八百二十九話 聖魔術師ネヴィルの記憶と銀灰色の猫メト

 俺の手の甲に片足を乗せた黒猫ロロは頷いた。

 頷いてから、


「石像に魔力を込める――」

「ンン」


 喉声を鳴らした黒猫ロロと一緒に――。

 銀灰色の猫の石像へと魔力と<血魔力>を注いだ瞬間――。


 俺たちの魔力が石像の中に浸透するや否や石像の表面に極彩色の魔力が滲み出る。

 黒猫ロロは、その極彩色の魔力を発する石像の変化を見て、


「ンン」


 と喉音を発した。

 俺に警戒を促すようなニュアンスだろうか。

 

 黒猫ロロは小さい体から橙色の燕の魔力粒子を放出する。

 その魔力粒子が橙色の透けた魔法の衣へと変化を遂げた。


 戦巫女風と呼ぶべき魔法の衣。

 戦神イシュルル様の妹の戦神ラマドシュラー様の加護かな?

 

 それとも戦巫女イシュランの加護なんだろうか。


「……な……石像が反応しただと!?」


 驚いているトレビン。

 

「神獣ノ、黒猫ニハ、鳥ノ魔力ガ……」


 ペントハウス内にいるミナルザンは黒猫ロロに驚いている。

 可愛い黒猫ロロが好きになったかな?

 

 ユイは隣。ミナルザンの両足が縮んで身長が低くなっていた。


 足が縮むのは一種の種族特性か?

 体付きは人族と似て骨があるキュイズナーだが……イカ綱タコ目の軟体動物の遺伝子が強いとよく分かる。


 黒猫ロロは、その間も前足で俺の手の甲を柔く押す。


 爪の出入を繰り返してきた。

 爪先がチクチクと手の甲に当たる。


 子猫が母猫に母乳を欲するような甘える仕種と似ているが、微妙に異なるか。


 その甘える仕種と似た行動を繰り返していた黒猫ロロは、その動きを止めた。

 

 足を引き下げて両足を揃えたエジプト座りに移行した。


 そのまま銀灰色の猫の石像を見つめる。

 すると、ユイが、


「もぎゅもぎゅだけど、声帯の振動がある印象……今、神獣って語った?」


 キュイズナー語の単語を感覚で察知したようだ。

 何気にユイには言語学者の素質ありか?


 <ベイカラの瞳>を発動中のユイを見たミナルザン。


『ん?』


 と隻眼ではない片目を細めつつユイを見て、


「目カラ白銀ノ魔力ヲ放出……シカシ、マグル語ハ、ワカラヌ。外部魔賢長ズゥガカラ、言語ヲ学ンデ置ケバ良カッタ」

「もぎゅの魔剣師ミナルザンか。面白い言葉。あ、亀裂――」


 ミナルザンを見ていたユイだったが、神鬼・霊風が納まる鞘のこじりを俺たちに向けた。


 銀灰色の猫の石像に無数の亀裂が走る。

 更に亀裂から無数の煌びやかな魔線が宙に迸った。

 

 それらの魔線の一部が避ける暇もなく顔面に迫り、白銀の仮面に付着。

 白銀の仮面の名は聖魔術師ネヴィルの仮面。


 その聖魔術師ネヴィルの仮面が微かに振動を起こす。

 白銀の衣装も外と内から風を受けたように揺れた。


 聖魔術師ネヴィルの仮面と連動したようだな。


 聖魔術師ネヴィルの仮面から暖かい魔力的なモノを感知。

 その暖かい魔力が銀灰色の猫の石像に伝わった。


 同時に俺の胸元が淡く輝いた。

 ――<光の授印>?


 俺が装着中の聖魔術師ネヴィルの仮面と銀灰色の猫の石像は、魔線で繋がっているが、その魔線の魔力は俺の魔力ではない。


 二つを繋ぐ魔線は、聖魔術師ネヴィルの仮面が元々内包していた暖かい魔力が源だ。


 その刹那――。


 ピコーン※<軍事貴族使役>※恒久スキル獲得※

 

 おお、スキルを得た!

 すると、白銀の仮面と銀灰色の猫を結ぶ魔線が横に拡がった。


 暖かい魔力が俺を包むように拡がった魔線の中に、白銀の仮面と白銀の衣装を着た男性の幻影が出現。


 その男性の足下にロシアンブルーと似た銀灰色の毛を持つ猫の幻影も現れた。


 そんな幻影は、白銀の仮面と銀灰色の猫が繋がる魔線が上下左右に拡がると共に俺の視界をジャックするが如く拡がった。


 白銀の衣装の人物と銀灰色の猫の幻影は、楽しそうに街を疾走。

 肩に銀灰色の猫を乗せる仕種は俺と似ているかも知れない。


 白銀の衣装を着た人物は聖魔術師ネヴィルだろう。


 周囲の商店街には魔塔のような建物が並ぶ。

 浮遊岩と飛行船のような乗り物が宙を行き交っていた。

 空魔法士隊らしき魔法使いたちもいる。


 塔烈中立都市セナアプアか。


 その街並みの光景はぐわんと反転、変化した。

 

 ――地下世界でモンスターと戦うところ?


 銀灰色の猫はロロディーヌのように戦えるようだ。

 が、瞬時に光景が変わる。

 

 今度は冒険者ギルドで依頼を受けるところ。


 受付はおっさん。

 ギルドマスターのキッカ・マヨハルトの姿は見えなかった。

 

 この幻影の映像は、だれの視点で、オセべリア王国暦だといつ頃なんだろう。

 聖魔術師ネヴィルの主観視点ではない時がある、聖魔術師ネヴィルの仲間、恋人、あ、銀灰色の猫の視点か!


 そして、都市は、塔烈中立都市セナアプアではなく違う都市の冒険者ギルドかな?


 そういえば、まだ塔烈中立都市セナアプアの冒険者ギルドに入ったことがない。

 今度キッカに血文字で連絡して行かないとな。


 幻影世界の映像が反転、また反転。

 今度は大魔術師と戦うところだ。


 聖魔術師ネヴィルは蒼い魔剣と赤と蒼の魔力を帯びた短剣を持つ。


 が、すぐに幻影の光景が変わる。


 ――魔塔に忍び込む?

 その魔塔の中で鍵開けを行う聖魔術師ネヴィル。

 銀灰色の猫が扉を猫掻きするところは面白い。


 ロロディーヌもペルネーテの【迷宮の宿り月】の玄関の扉にも同じことをやったなぁ。


 聖魔術師ネヴィルは金やアイテムを盗んでいた。

 その金とアイテムを貧しい者たちに配っている場面の幻影世界は、紙芝居が切り替わるようにいきなり変化する。が、またも視界は反転、上下逆さま、そして、また反転。


 ――シベリアンハスキーのような犬とカモシカを助けて使役しているところ。


 へぇ、今机の上に並ぶ石像たちか。

 

 と、幻影世界は森のような場所に変化した。

 

 鬱蒼とした森林世界。

 俺とラグレンが旅をしたところ、テラメイ王国の大森林を思い出す。


 聖魔術師ネヴィルと仲間たちは、ドワーフやエルフたちが暮らす街で過ごしたようだ。

 聖魔術師ネヴィルの仲間には、エルフの男性、人族の女性、ドワーフのおっさん、樹海獣人がいるようだ。

 

 街の外にはモンスターがうようよ。

 どうやら、街の外はモンスターの勢力圏らしい。


 冒険者の一部と戦うモンスターの幻影世界が見えた。

 聖魔術師ネヴィルの連れの人族の女性が、その中にいた。


 身なりは大魔術師っぽい。

 聖魔術師ネヴィルの友? 恋人?


 が、いきなり聖魔術師ネヴィルが仲間の墓場を悲し気に見ている幻影世界に変わる。

 肩にいるロシアンブルーと似た銀灰色の猫も悲しそうだ。

 

 その銀灰色の猫は聖魔術師ネヴィルを見る。


 可愛い紺碧の瞳だ。

 猫ちゃんのつぶらな瞳はとても可愛い。


 銀灰色の毛の猫は、瞼をゆっくりと閉じて開くコミュニケーションを行う。


 瞳だけで、『信頼』と『愛』の愛情表現を伝える猫特有のコミュニケーション方法は同じか。聖魔術師ネヴィルにとって……。

 銀灰色の猫は黒猫ロロと同じような大切な相棒だった?


 すると、幻影は再び地下世界に変わった。


 黒寿草が繁る地下か。

 左斜め上から下に九十九折りに急流がある。


 急流の周囲には、明るい光を放つ蟲のモンスターが行き交う。


 崖は瀑布だ。近くには地下祭壇がある。


 水路には蛍光色の魚が泳いでいた。

 大きな蜻蛉モンスターもいた。


 その蜻蛉は蛍光色の魚に向けて針を発射――。

 針は蛍光色の魚の横を素通り、ミスったか。

 が、針の中には半透明な魔力が濃厚な液体が入っていたようだ。

 

 針と、その魔力が濃い液体は水に溶ける。

 瞬時に、蛍光色の魚の動きがオカシクなった。蛍光色の魚が、魔力の濃い液体を体内に取り込んだせいだろう。


 蜻蛉は生物兵器のような液体を川に放ったのか。


 蜻蛉が放った魔力が強い液体には、酸化グラフェンのようなモノが入り込んでいたのか?


 蛍光色の魚は水面を這うようにゆっくりと移動して、大きな蜻蛉モンスターに自ら近付いた。


 大きな蜻蛉モンスターは口が拡大。


 それは『わたしを食べてください』


 と言わんばかりのアホな光景だ。


 蛍光色の魚が取り込んだ魔力の液体には、魔力伝導率が高いモノが内包されていた?

 

 蛍光色の魚は脳と体に魔力伝導率の高い魔力物質が蓄積された?


 そうして、魔力の波動の影響を受け易くなったことで、その大きな蜻蛉モンスターが発した魔力の波動で、蛍光色の魚は脳をハックされてしまった?

 

 そう考えた瞬間――。


 大きな蜻蛉のモンスターは、蛍光色の魚を吸い寄せて食べていた。


 ゾンビ蟻を操る寄生性の菌類は実在した。

 映画では名作の『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』が有名か。

 心を操る寄生体って本も読んだ覚えがある。


 俺の知る異世界地球の科学的にもありえる話だ。

 ニューロモジュレーション。

 磁石で脳と行動をコントロールする技術は開発されていた。

 外部の電磁場からの命令や指示を受け取ることが可能となるアンテナを自然と脳内に構築させるため、国民に対してナノテクノロジーが生んだ電気伝導体として機能するモノを多数……。

 

 と、そんな昔のことを考えている間に、幻影は地下祭壇にズーム。


 ズームされた場所で聖魔術師ネヴィルたちが戦っている。

 アリーナ的な地下祭壇か。


 聖魔術師ネヴィルたちが戦っている相手は……。

 仮面をかぶる魔人で四本腕か。

 その魔人が率いるムカデモンスターたちと戦っていた。


 聖魔術師ネヴィルの得物は魔剣と短剣。

 

 聖魔術師ネヴィルは魔剣を振るう。

 近寄るムカデモンスターは蒼い魔剣の刃で両断された。

 

 聖魔術師ネヴィルは体を退きつつ、その魔剣を瞬時に返す。

 反対方向から迫っていたムカデモンスターの胴体を両断して倒した。


 更に、聖魔術師ネヴィルの背後にムカデモンスターが寄る。

 聖魔術師ネヴィルは横回転。

 爪先回転と似た避け技術で回転するや否や、振り向き様に、短剣を握る片腕を真っ直ぐ伸ばし――背後のムカデの頭部を、その短剣で貫き倒した。


 二剣流の腕前はユイクラスか?

 その聖魔術師ネヴィルは掛け声を発した。


 大きい銀灰色の猫――。

 大きいシベリアンハスキー――。

 大きい氈鹿カモシカ――。


 三匹が、聖魔術師ネヴィルの声に応えるような動きを見せる。


 銀灰色の猫は虎的な魔獣に変身。

 銀灰色の虎魔獣は魔法の鎧のような鎧を装着した。


 大きいシベリアンハスキーと氈鹿カモシカも魔法の鎧を装着すると、三匹は協力して巨大ムカデと対決を強めた。


 一方、聖魔術師ネヴィルは前傾姿勢で魔人との間合いを詰めるや、蒼い魔剣の切っ先で魔人の胸を狙う。


 そして、やや遅らせた短剣で魔人の腕を狙った。


 魔人は余裕の態度。

 

 四つの大剣の内、二つの大剣を握る両腕を横と下に動かす。

 その二つの大剣で、蒼い魔剣と短剣の突きを余裕の間で防ぐ。


 と、魔人は上腕が握る二つの大剣を横から素早く振るった。

 その大剣の刃で聖魔術師ネヴィルの首と足を狙う。


 聖魔術師ネヴィルは反応。

 正眼の位置に置いた蒼い魔剣を微かに上下に動かしつつ退いた。

 

 蒼い剣刃で連続的に大剣を叩く、小手を狙う印象にも見える剣捌きで、難なく力強い大剣の攻撃を往なした。聖魔術師ネヴィルの二剣流による防御剣術は独特だが、参考になる。が、一瞬の動作で学びきれない。

 退いた聖魔術師ネヴィルを魔人は追う。

 聖魔術師ネヴィルは退く速度を落とした。聖魔術師ネヴィルの罠か?

 ゼロコンマ数秒もなく、突進した魔人を狙う聖魔術師ネヴィル――。

 蒼い魔剣から発せられた蒼い魔刃が、魔人の足に向かった。


 が、魔人は仮面に魔力を込める。


 すると、仮面からムカデが出現。下に垂れたムカデと蒼い魔刃が衝突。


 ムカデと蒼い魔刃は溶けて相殺。


 臭気が立ちこめるような魔力の残骸が二人の間で舞ったような印象を受ける。


 魔人は吼えて前に出た。応える聖魔術師ネヴィル。


 聖魔術師ネヴィルと魔人は、それぞれの得物で二合、三合、四合、五合、六合、七合、八合と鬼気迫る表情を互いにぶつける勢いで連続的に打ち合った。


 凄い。聖魔術師ネヴィルは魔剣師系統の技術もかなりの域。


 研鑽を高めた剣術だと分かる。

 が、四本の大剣を使う魔人も、ただの蟲使いではない、凄腕の武人。


 実力は互角か?


 打ち合いが続くから銀灰色の虎魔獣の戦いを見た。

 銀灰色の虎魔獣は、急に猫の姿に戻る――。

 と、鎌の刃がブーメランの如く銀灰色の虎魔獣に迫っていたが、体を銀灰色の猫に小さくして、そのムカデの多脚攻撃を一度に避けた。


 相棒的な避け方だ。


 その体を縮小させた銀灰色の猫は小さい体を活かすように、多脚の鞭がしなる機動の斬撃をスイスイと避けつつ前進するや、ムカデの体に飛び掛かった。


 爪を出した両前足が、ムカデを掴むと同時に体を虎のような魔獣に変化させながらムカデを押し倒した。そのままムカデの頭部を噛みきる銀灰色の虎魔獣。


 ムカデを倒した後、そのムカデの死体を後脚で蹴って高々と跳躍――。

 銀灰色の虎魔獣は、宙空から他のムカデに向けて尻尾を振るって絡ませる。と、その尻尾をきゅっと引っ張り、ムカデを引き寄せた。

 引き寄せたムカデを、四肢の爪で裂いて倒す。


 着地後の吠える姿が凜々しい。

 

 銀灰色の虎魔獣は間髪を入れず、魔人と互角に戦う聖魔術師ネヴィルに加勢しようと魔人の背後に向かった。


 一方、聖魔術師ネヴィルと対決中の仮面を被る魔人は、銀灰色の虎魔獣を気にしない。

 その仮面を被る魔人の頭部は、辛うじて、人の形を保っているが、首が斜め前方に伸びて、頭部の形も茄子のような印象だ。更に、ムカデを生み出した額には、小さい角が密集している。

 そんな異質な仮面の縁は茄子のような頭蓋骨と繋がって、色合いは銅と虹色が混じる。

 銅色と虹色の仮面の双眸と鼻と口は窪んで造形され、小さい穴を起点とした円環も刻まれていた。

 

 その仮面を被る魔人に、聖魔術師ネヴィルが跳躍からの斬撃を繰り出した。

 続けて蹴り技を放ちつつ至近距離から《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》のスクロールを<投擲>。


 魔人は切り下ろしの斬撃を大剣で防いだ。

 が、蹴り技と《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》を体に浴びた。

 

 異質な仮面に傷ができた。

 短剣と魔剣は、この宝物庫に保管されている怪しい短剣と魔剣か?


 剣術が巧みな聖魔術師ネヴィル。

 白銀の仮面と白銀の衣装が似合う。


 が、仮面を被る蟲使いの魔人も強い。

 

 重そうな太い四本腕が握る四本の大剣を軽々と上下左右へと振るう。

 

 力強さと軽やかさを併せ持つ仮面をかぶる魔人は、正面の聖魔術師ネヴィルが振るった短剣と魔剣の刃を三本の大剣で防ぐ。

 

 更に銀灰色の大きい猫が振るった爪の斬撃を、背中に回した大剣で弾いていた。

 前足を振るった大きい猫は、銀灰色の虎魔獣とは少し違う。

 姿は相棒と同じように変化が可能なのか?


 背中に目があるような大剣術を披露した魔人の四本腕には、手甲、肘、二の腕、肩に魔宝石のような物が嵌まっている。


 甲骨文字と異体文字と似た文字が刻まれた魔宝石には意味があると分かる。

 ホフマンの黒爪剣と似た能力か?

 ホフマンの手の甲には蟲が入った縦に長い試験管が嵌まって手と同化していた。


 そんな装備を持つ魔人の背後から――。

 

 大きい銀灰色の猫は、再度、大きな虎魔獣に変身。

 大きな銀灰色の虎魔獣は銀色の魔力を吐いた。

 空間と洞窟が振動したように銀色の目映い光が拡がった。

 神獣ロロディーヌが口から放つ紅蓮の炎のような攻撃だろうか。

 

 幻影の光景が眩しくなって見えなくなる。

 が、銀色の炎のような光は、魔人が放った魔力のようなモノで打ち消された。


 銀色の魔力の息を打ち消して吸収していた魔人は前進。


 聖魔術師ネヴィルも速度を一段階引き上げて前進。咆哮?

 銀灰色の虎魔獣に指示か。そして、聖魔術師ネヴィルは<魔闘術>系スキルを使った?


 白銀の仮面から白銀色の魔力粒子が迸る。

 それらの魔力粒子は半透明な翼の模様を宙に描きつつ蒸気的な大気となって消えた。


 加速した聖魔術師ネヴィルは短剣と魔剣の間合いの差を活かす戦法。

 迅速な踏み込みだ。

 電光石火の突きスキルの連続。

 

 魔人を追い詰める。

 

 更に、袈裟斬りの連続技を続けざまに魔人に向けて繰り出していた。

 

 肩と胸に傷を受けて守勢に回ったが、仮面を被る魔人も強い。


 四本の大剣の刃と柄と全身の防具のすべてを使い、聖魔術師ネヴィルの怒濤の勢いで繰り出される短剣と魔剣の連続技を無数の火花を宙空に生みつつ防ぎきった。

 

 一瞬で、二百合は打ち合ったのか?


 大きい銀灰色の虎魔獣は魔人とネヴィルから離れて、巨大ムカデと蟲のモンスターたちと戦っている大きなシベリアンハスキーと大きなカモシカに加勢。


 銀灰色の虎魔獣は前足の爪の一部を剣のように変えた。

 その前爪で蟲の群れを多数両断して倒す。

 

 その影響か、巨大ムカデとがっぷり四つで互角だった大きなシベリアンハスキーと大きなカモシカの力が増す。三匹は心が通じている?


 神狼ハーレイア様を彷彿させる大きなシベリアンハスキーが、一対の揃えた後脚の蹴りを巨大ムカデの胴体に衝突させた。


 巨大ムカデの胴体は凹み、持ち上がる。

 蹴りを繰り出した大きなシベリアンハスキーは、前足で地面を蹴った。

 

 身を宙空で捻りつつ巨大ムカデに飛び掛かるや巨大ムカデの頭部をマルカジリ。


 すると、大きなカモシカが突進――。

 額のユニコーン的な角剣で頭部を失った巨大ムカデの胴体を捕らえた。


 頭部を失っていた巨大ムカデは吹き飛びつつ風穴から血飛沫が散る。


 銀灰色の虎魔獣と、大きなシベリアンハスキーと大きなカモシカの勝利だ。


 三匹は魔人と戦う聖魔術師ネヴィルの加勢に向かう。

 

 テイマーでもある聖魔術師ネヴィルの勝利は確定か。


 と思われた直後――。

 

 聖魔術師ネヴィルの胸と下半身に、魔人が繰り出した大剣の刃が連続的に突き刺さる。 


 幻影世界は一気に血に塗れた。

 幻影の光景に切れ目が走る。


 血塗れの聖魔術師ネヴィルは咆哮。

 全身から白銀色の魔力を放つ気概を見せたが――。

 首を穿たれた聖魔術師ネヴィル、仮面が外れて、宙を舞う。

 同時に、アイテムボックスが切られて、無数のアイテムが散乱した。

 

 様々な魔法の仮面も宙空に舞いながら消えた、転移?


 大きな銀灰色の猫、大きなシベリアンハスキー、大きなカモシカが叫ぶ。

 悲鳴的な鳴き声だと思うが、幻影だから聞こえない。


 空間ごと幻影が大きく揺らぐ。

 と三匹の幻影は、現実の机に鎮座する石像へと収斂するように消失した。


 視界は元通り。

 暖かい魔力も消えたが、銀灰色の猫の石像と白銀の仮面と繋がる魔線は残っている。


「今の光景は……」


 そう発言すると、皆が俺を見る。


「ん、光景? シュウヤ、なにか見えたの?」

「見えた。聖魔術師ネヴィルたちと魔人の激戦だ」

「ん、見えなかった」

「その幻影を見る前に<軍事貴族使役>を獲得したんだ」

「にゃお?」


 黒猫ロロは見えていた?


「……<軍事貴族使役>」


 レベッカは銀灰色の猫の石像を見てから、


「幻影はともかく<軍事貴族使役>は凄い。この銀灰色の猫の石像は異界の軍事貴族ってことなのね。魔造虎だと思っていたけど」


 と発言。

 俺が装着している聖魔術師ネヴィルの仮面には魔造虎の技術も使われている?


「ん、エブエさんの一族が守ってきた獣貴族的な能力が、シュウヤが装着した聖魔術師ネヴィルの仮面にはあるの?」

「たぶんな」

「……驚きだ。使役に成功したのか……」


 トレビンが呟く。


「スキル獲得おめでとうございます。そして、わたしも幻影は見えなかったです」

「はい、見えなかった。聖魔術師ネヴィルと魔人の激闘は長く感じたのでしょうか」

「あぁ、音はなかったがリアルだった」

「マスターが見た幻影は、聖魔術師ネヴィルと銀灰色の猫との絆?」

「にゃ」


 相棒はミスティの言葉に向けて返事をしている。


「ロロ様もシュウヤ様と同じような幻影を見た?」

「にゃおお~」


 ドヤ顔の黒猫ロロさん。

 幻影は見えていたようだ。


「ナンダナンダ?」

「幻影は、どんな風に終わったの?」

「この石像たちを使役していた聖魔術師ネヴィルの最期だと思う。蟲使いの魔人が扱う四本の大剣で全身を貫かれていた」

「……そうなのね」

「ん……」


 皆、銀灰色の石像を悲し気に見る。


「聖魔術師ネヴィルと敵対していた存在は、魔界セブドラ側の魔人に見えたが、地底神を信奉する魔神帝国の諸勢力かも知れない」


 すると、レベッカは、


「うん。シュウヤは胸元が光って、<魔装天狗・聖盗>も獲得したし、その白銀の仮面には、聖魔術師ネヴィルの魂のようなモノが宿っていた、今も宿っている?」

「微かに残っていたが、幻影が消えると同時に暖かい魔力は消えたから、消えたのかもな。そして、沙・羅・貂、ヘルメ、シュレゴス・ロードのような思念はなし。イモリザ、ピュリン、ツアンのような<光邪の使徒>でもない」

「その白銀の衣装と連動した<魔装天狗・聖盗>と称号の覇槍ノ魔雄の効果もあるはずです」

「覇槍ノ魔雄には、神感現象楽進があると聞きました」


 キサラの言葉に頷いてから、


「たぶん、すべてが正解だろう。称号とスキルがなければ、たぶん幻影も見ることはできず、新しく<軍事貴族使役>を獲得することもなかったはず」


 皆、頷いた。

 

 再び銀灰色の猫の石像を凝視。

 依然と俺の白銀の仮面と銀灰色の猫の石像は魔線で繋がった状態だ。


 二つの魔線は心と心が通じているように脈動している。


「ンン」


 不思議な魔線を見ていた相棒も感じ入るような喉声を発した。


 黒猫ロロは自分の感情を表すように喉声と鳴き方を微妙に変えてくる。


 すると、相棒の声に反応したように銀灰色の猫の石像の表面に亀裂が入る。


 その亀裂が剥がれていった。


 剥がれたモノの一部はシルバーグレーの魔力粒子となって、シベリアンハスキーとカモシカの石像に繋がる。


 シベリアンハスキーとカモシカから魔線が迸った。


 その魔線が聖魔術師ネヴィルの仮面に当たる。


 同時に、銀灰色の猫の石像の表面が剥がれた中から息衝く猫の体が現れた。


「にゃおおお」


 黒猫ロロも驚いた。

 

「わ、生まれたぁぁ」

「ん! 異界の軍事貴族の猫ちゃん!」

「まぁ!」

「ナンダァァ!」


 ミナルザンが面白い。


「ひぃぃ、生まれたァァ」


 トレビンは怯えた。


 石像から生まれた子猫の体毛は薄い青色と灰色の毛が密集した銀灰色の毛だ。


 綺麗なシルバーグレー。


 その毛を持つ銀灰色の猫から心臓の鼓動のような音がドクッドクッと響いてきた。


 同時に全身の銀灰色の毛がうねる。

 背中の銀灰色の毛が逆立つと、再び全身の銀灰色の毛がうねった。


 そのまま薄い青色の毛と灰色の毛が、強風を受けて裏地を見せるように重なったコントラストが美しい銀灰色の毛となってウェーブを起こした。


 更に石像の表面だった魔力の殻は、粉塵のように散る。


 本当にロシアンブルーと似た猫となった。


 スリムで華奢きゃしゃな猫だ。


 そのスリムで華奢きゃしゃな銀灰色の猫は両前足を前に伸ばす。


「ンン――」


 と鳴いて背を伸ばしてから体勢を戻し、


「ンン、アァ、ぎゃっ、ンァ――」


 と変な声を発して大あくび――。


「新シイ猫ダ!」


 隻眼のミナルザンも興奮。

 宝物庫の出入り口付近で吼える。

 傍にいたユイが、興奮したミナルザンの姿を見て笑っていた。


 神鬼・霊風を落としかける。


 一方、スリムで華奢な銀灰色の猫は、


『ここはどこにゃ』


 と言うように頭部を左右に振るいつつ背伸びを止めた。


 頭部をゆっくりと上げつつ小さい鼻先を俺たちに向ける。


 双眸は薄緑色。

 中心の瞳は黒色だ。

 鼻先は黒の色合いが強い。

 鼻孔も漆黒だが、白色が少し見え隠れ。

 ウィスカーパットの髭と毛穴は微かに白くて可愛い。


 基本、シルバーグレーの色合いだが、鼻とのコントラストが妙に可愛い。


 その銀灰色の毛の猫は初めて呼吸をするように、


「にゃあぎゃぁぁ」


 と俺たちに挨拶してくれた。

 黒猫ロロの毛が一瞬逆立つ。

 が、すぐに収まった。


「ふふ、新しい猫ちゃん誕生!」

「ん、銀灰色の毛が美しい猫。お目目が緑色」

「はい。ロロ様に負けず劣らず、美しい」

「うん、細身で上品?」

「アーレイとヒュレミも喜びそうな猫ちゃんです」

「トレビン、説明を」


 ヴィーネの言葉を聞いたトレビンは唖然としつつも、


「言い伝えでは魔造虎と似ていると聞いているだけだ。異界の軍事貴族として石像に変化が可能なはず」

 

 と発言。

 

 その異界の軍事貴族の銀灰色の猫はクンクンと鼻孔を拡げて窄める。


 俺たちの匂いを遠くから嗅ぐ。

 黒猫ロロも銀灰色の毛の猫に鼻先を向けつつ、


「ンン、にゃお~」


 と挨拶。

 銀灰色の毛の猫は黒猫ロロの鳴き声に驚いたのか。


 両耳を凹ませつつ姿勢を下げた。

 

 黒猫ロロの体格は、子猫よりも少し大きい程度だ。

 銀灰色の毛の猫と、そんなに変わらない。

 黒猫ロロは優しそうな顔色となった。


 そして、


「にゃ」


 と小声を発して銀灰色の猫の背後に回った。

 

 黒猫ロロさんは賢し顔。

 銀灰色の猫の尻の臭いを嗅ぐ。


 お尻を嗅がれた銀灰色の猫はイカ耳を作る。

 緊張している? 太股のシルバーグレーの毛がピクピクと動いて反応している。


 イカ耳は小さいから可愛い。


 銀灰色の猫は、黒猫ロロに対してビビったように両足でつんのめるような体勢となると、前に少し移動。黒猫ロロは構わず――ずんずんと頭部を押した。

 

 銀灰色の猫の尻を自身の小鼻で押すように、健康チェックを続けている。


 黒猫ロロは急に顔を逸らす。

 灰銀色の猫の菊門の匂いに満足した?

 

 俺たちを見る黒猫ロロ

 ドヤ顔気味で、見事な『くちゃ~』顔を作っていた。


 フレーメン反応を寄越す。

 

 あんさん、臭いの分かっていて匂いを嗅いだんだろう?

 と黒猫ロロにツッコミを入れたいが、これも猫の習性だ。


 とやかく言うつもりはない。


「あはは、臭い~の顔が面白い」

「「ふふ」」


 皆も笑う。

 歌舞伎役者も真っ青なドヤ顔だからな。


 尻の臭いを嗅がれた銀灰色の猫はイカ耳を元の耳の形に戻して黒猫ロロディーヌに頭部を向けた。


 母を見るような印象。


 黒猫ロロも応える。

 銀灰色の猫の鼻に自身の小鼻を付けた。

 鼻キッスの挨拶を行う。


 可愛い。

 黒猫ロロと銀灰色の猫は互いの顔を見ながらゆっくり離れると、

 

「にゃぁぁぁ」

「にゃお~」


 と挨拶。

 黒猫ロロと銀灰色の猫は仲良くなった。


「ンン」

「ンンン」


 互いに喉声を発してはトコトコと一緒に歩いて、トレビンとヘルメに向けて、


「にゃ」

「にゃお~」


 と挨拶。


「ふふ、ロロ様と銀灰色の毛の猫ちゃんは仲良くなったのですね」


 ヘルメの指先に黒猫ロロと銀灰色の毛の猫は頭部を寄せた。


「にゃ~」

「ンン、にゃ、にゃ~」


 ヘルメは二匹の頭部を撫でてから、俺を見て、


「閣下、名前は決めましたか?」


 そう聞いてきたから、


「まだだ、どうするかな」


 そう言いながらトレビンを見る。

 トレビンは、俺と銀灰色の猫を見比べるように視線を巡らせた。


 そのトレビンに、


「……トレビン、異界の軍事貴族らしいが、この銀灰色の毛を持つ猫の名は?」


 と聞いた。

 

 卵の顔を持つトレビンは俺を凝視しつつ、


「<魔装天狗・聖盗>を獲得しただけで、二十面相の聖魔術師ネヴィルのすべての能力を得たわけではないようだな」

「当たり前だろう。聖魔術師ネヴィルの仮面は、獣貴族の能力と似た機能を秘めていたとは思う。が、その聖魔術師ネヴィルの仮面を装着しただけだからな。で、ロシアンブルーと似た猫の名は?」

「異界の軍事貴族フル・メトだ」

「名前はフル・メトか……」

「なら、フルちゃん? メトちゃんで決まり?」


 ミスティの発言に頷いた。

 それでもいいかなと考えながら、


「メトにしようか」

「ん、賛成」

「フルメトちゃんでもいい」

「メトちゃん、フルちゃん。フルメトちゃん?」

「ご主人様はメトに決めたのだ。メトでいい」


 皆で銀灰色の猫の名前を決める。

 暫し、揉めた。

 メトに決まったところで、


「今がある以上、分かっている答えだが、トレビンに聞こう。スプリージオや他の大魔術師たちも、この聖魔術師ネヴィルの仮面を装着して、メトと他の石像を起動できなかったのか」


 そう聞いた。

 トレビンは、


「そうだ。できなかった」

「獣貴族については?」

「獣貴族も色々だからな」

「はい、異界の軍事貴族と契約し使役できる獣貴族。しかし、エブエと魔人ザープの言葉にありましたように、わたしの知る獣貴族と、皆が語る獣貴族は、少し異なるようです」


 とキサラが発言。


「獣貴族関連だと、メルの父の話とかぶるが、ゴルディクス大砂漠の自由都市大戦の話と【黒の預言者】の魔人キュベラスとの戦いもあるんだったな」

「はい」

「獣貴族、特殊な召喚器具を用いることに変わりはないと思うが、なんらかの恩恵を齎すことに変わりはないだろう」


 とトレビンが語る。


 そのトレビンが、


「俺からも質問がある」

「なんだ?」

「聖魔術師ネヴィルの仮面に対応したシュウヤは、聖魔術師ネヴィル・クロフォードと血縁関係なのか?」

「違う」

「そうなのか。まあ血縁だけで起動する魔道具とは思えないからな。ならば、シュウヤの属性と魔力の質が、聖魔術師ネヴィルの仮面の秘密の鍵としてネヴィルの魂が解放されたのか?」

「そうかも知れないが……分からない」

「石像が異界の軍事貴族として動くのは、初めて見た」


 少し怯えた印象のトレビンがそう語る。

 卵怪人、卵魔人と呼ぶべき顔を持つ卵のトレビンだが、渋い顔付きだ。


 渋い顔付きだと卵の印象が消える。


 どこぞの偉人さんのような雰囲気だ。

 一瞬、俺のソレグレン派の眷属の一人、スゥンさんを思い出す。


 トレビンは禿げていないが、そのような雰囲気を醸し出す。

 

 そのトレビンに向けて、


「主のスプリージオが、トレビンに語ったことを教えてくれ」


 俺がそう聞くと、トレビンはエヴァを見て溜め息。

 

 小声で、


「仕方ねぇ……シュウヤたちに降伏だ」


 とボソッと呟くとキリリッとした顔付きとなる。

 

 が、卵は卵だ。

 その卵魔人、卵怪人のトレビンが、


「主は『聖魔術師ネヴィルが死んだことは伝承通りだ。石像を見て分かると思うが、異界の軍事貴族フル・メトにも、魔力はない。石像も動くことはないだろう』と発言。俺はその時、骨董品だろう。ここに保管しとくべき石像なのか? と聞いたら、激高。『置くべきアイテムだからここにある。かの二十面相の聖魔術師が使役していた動物たちの一部なのだ。そして、魔匠ツクヨミならば直せる可能性が高いと聞いている。が、所在は知れず……』と語っていた」

「大きい犬とカモシカの石像もひび割れているし、異界の軍事貴族フル・メトちゃんを獲得できたのは、シュウヤに時空属性があったから?」

「それもあるかもな」

「ん、やっぱり、聖魔術師ネヴィルの仮面には聖魔術師ネヴィルの魂があったんだと思う。シュウヤの能力で、そのネヴィルの仮面が覚醒して、メトちゃんの石像に残っていた愛が呼応したんだと思う」


 エヴァは感激しているように涙ぐむ。


「うん、素敵なできごとね」

「はい」


 暫し、二匹の毛繕いを見る。

 そして、トレビンに、


「二十面相の由来は?」

「二十の仮面を使い分けて、数々の薬専門の大商会、闇ギルド、魔界セブドラ側の使徒たちと戦ったようだな」

「聖盗、盗聖の渾名の由来には裏がありそうだ」

「あぁ、敵側の組織も無数だ。特に悪徳商人に悪徳聖職者が多い。そんな悪徳商人が持つ商会に盗みに入り、高い薬を盗んでは、病気で薬が必要だったが、金がなくて買えない弱者に高い薬を配っていたようだ。盗聖の称号は、その時に得たモノだろう」


 盗賊ギルドでは、また別の渾名があるのかも知れない。


「それでは、この可愛い銀灰色の毛が可愛いメトちゃんは、異界の軍事貴族メトとして聖魔術師ネヴィルが契約していたってことね」


 ユイがそう聞いていた。

 トレビンは頷いて、


「……そうだ」

「話の途中にあった魔匠ツクヨミさんとは?」

「凄腕の魔道具の修理人だ」

「オードバリー家の魔金細工が有名な職人のような存在?」

「フリーの凄腕と聞いているが、噂でしかない」

「有名なの? 知らない職人さんね」


 レベッカがそう言うと全員が頷いた。

 俺はヴィーネの銀色の瞳をチラッと見る。ヴィーネは頭部を左右に振った。

 続いて、キサラの蒼い目を凝視。


「わたしも知りません」

「ザガ&ボン的な、無名だが、超が付く優れた職人は、それなりにいるってことか」


 皆が頷く。

 すると、シベリアンハスキーとカモシカも毛が生えて生きた姿として現れた。


 シベリアンハスキーに近いが、白狼にも似ている。

 その犬系の狼とカモシカが、


「ワン!」

「グモゥ」


 と鳴いた。やはり犬と鹿か。


 黒猫ロロ銀灰猫メトが、


「にゃお~」

「にゃあァ」

 

 と犬とカモシカに挨拶。


「わ、大きな犬とカモシカが!」

「ん、犬とカモシカ? 名前は……」

「トレビン、この二匹の名は?」

「銀灰色の猫の石像の名しか知らない。主なら知っているかも知れないが」


 シベリアンハスキーと似た犬とカモシカに向けて、


「とりあえず、犬とカモシカも異界の軍事貴族なのかな?」

「ワンッワン!」

「グモゥ」


 当たり前だが、分からない。


「ふふ、可愛い動物たち!」


 ユイの笑顔がいい。

 同時に、宝物庫の出入り口でペントハウス内を見張ってくれている。

 

 ヴィーネとキサラはもう宝物庫の中だ。

 すると、エヴァが、


「ん、メトちゃん~、こっちにきて~」

「にゃあぁぁ」


 銀灰色の猫のメトは黒猫ロロとは違う鳴き声を発した。

 そして、エヴァの近くへトコトコと歩く。


「メトちゃんいいこ~」

「ふふ、可愛い~」

「ロロ様も~」


 さて、宝のことをよく知るトレビンに対して、


「大魔術師スプリージオは、鑑定能力を持つのか?」


 そう聞くと、トレビンは頷いた。どこか自慢気な表情だ。

 そのまま浮遊しつつ机の上に下り立つと、ヘルメのパンティを指すようにチッコイ指を斜め上に向けた。


 ハンプティダンプティの仕種っぽい。


 そのトレビンが、


「主に鑑定能力はないが、アイテム鑑定が可能な伝説レジェンド級の瀛識えいしきアポソログアーの杖があるのだ!」

「ん、凄そうな名前!」


 トレビンが卵の顔を膨らませる。

 表情筋が豊かだ。


「へぇ。優秀な鑑定アイテムを持つスプリージオだけど、封印を解くことはできなかったのね」

「……」


 無言となるトレビン。


「スプリージオはアキエ・エニグマにすべての品を見せた?」

「いや、一つだけだ」

「だから、わたしたちが宝の封印を解けないと大魔術師スプリージオは考えていたのかな」


 レベッカが聞いたトレビンはすぐに顔に出した。


 視線が泳ぐトレビンは、分かりやすい。

 エヴァが近寄って、卵の頭部の端を触り、


「ん、トレビン。大魔術師アキエ・エニグマはこの宝物庫のことを知っている?」

「……」


 トレビンは応えない。

 が、エヴァは頷いてから、


「ん、トレビンは『知っている。我の解除はアキエ・エニグマにも不可能だった』と考えていた」

「……心を読む能力者かよ。反則だ」


 心を読ませないスキルもあるとは思うが。

 そのトレビンに、


「大魔術師スプリージオは、<隠身ハイド>系スキル、魔法が得意かな?」

「……」


 トレビンは無言。エヴァは頷いた。


「大魔術師スプリージオは、魔道具に〝闇隠の指輪〟と〝隠形チフホープ〟がある。<隠身ハイド>と<隠影歩ステルスウォーク>と<隠蔽ノ魔剣>のスキルもある」

「……主、すまぬ、我の殻は完全に剥がされた。まさに、我は、ゆで卵である」


 トレビンの言葉に吹いた。


「ふふ」

「ん、ごめんね、トレビン。大魔術師スプリージオはシュウヤの大事な書物を初見で盗もうとしてきたから、敵対心は拭えないの」

「分かった。お前の名は?」

「ん、エヴァ」

「その掌で頭部を撫でてくれたら、許してやろう」

「俺が代わりに撫でてやる」

「チッ」


 トレビンは舌打ち。

 エヴァから離れた。


 そのトレビンに、


瀛識えいしきアポソログアーの杖は回数制限とかあるのか?」

「ある。主は、まだ数百は使えると語っていた。だが、優れた鑑定能力を有した瀛識えいしきアポソログアーの杖であるが、犬とカモシカの石像の名前が分からなかったように完璧ではない」


 すると、ユイが、


「外に魔素の反応が増えた」

「ペントハウスの外か」

「うん。速度も異常だし、大魔術師スプリージオと他にも多数ってことかな」

「助っ人か」

「主……」


 トレビンは項垂れている。

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