七百八十二話 【幻瞑暗黒回廊】の探索旅行

 

 センティアさんたちが消えた。

 すると、ディアとの心の繋がりが小さくなる。

 代わりに、俺とディアが装備するセンティアの手の籠手系アイテムの魔力が強まった。

 それはディアも同じなのか、頷いたディアは腕を上げて、角灯の中にいる猿と雉を見ている。


 籠手の甲に嵌まる眼球も動いていた。


 俺も――センティアの手を持ち上げるように片腕を上げる。

 センティアの手にぶら下がる角灯の中の猿と雉は元気がいい。

 硝子の中を激しく動き回っていた。


 この猿と雉にも異獣の猿賀と雉芽の力が秘められているんだろう。

 すると、レベッカが、


「消えちゃったわね。でも、シュウヤとディア、大丈夫?」


 ディアは、そのレベッカに向けて、センティアの手を見せつつ、


「はい、お兄様が直ぐに察してくれました」

「ん、シュウヤも血と魔力を吸われた?」

「吸われた。精神的な魂の一部も持っていかれたような気がするが、まぁ、生きて思考はできているから、大丈夫だ」


 そう喋って、皆を安心させるように笑顔を向けた。

 センティアの部屋を改めて見回す。


 台座が並んでいた奥の空間は最初から無かったように無くなっているからセンティアの部屋は狭くなった。


 が、四方の壁が消えた場所に映る【幻瞑暗黒回廊】の景色は、先ほどとほとんど変わっていない。


 その外は絶景だ。

 ブルービーム計画が宙空に作りだすようなプロジェクションマッピングの強化版のようなリアルな幻影ではない。


 カラフルな細い筆で描いたような線の群れが、それぞれ滲み合いつつ重なり合っていた。

 極彩色豊かな絵の具と絵の具が融合したような神秘世界。


 光度が高いし、芸術性の高い神々が作るアート世界にも思えた。

 眺めているだけで、精神性が高まりそうな雰囲気がある。

 

 〝自然は神の生きた服装である〟。


 いつも自然と出るトーマス・カーライルの言葉を想起した。


 天井は灰銀色のままだ。

 チタニウムのようで硬そうだが、巨大なスプーンで乱雑に抉られたように見えて歪だ。

 降りる前の天井のセンティアさんは猿と雉と女性が合体した怪物のような姿だったからな。


 そんな天井の素材が金属なら回収したらどうだろう。と、ミスティを見たが、ここはセンティアの部屋だ。

 素材採取をすれば部屋の魔法バランスが崩れるかも知れない。


 が、ミスティはゼクスに乗りつつ天井の素材を触って確認している。


「ミスティ、溶かすなよ」


 ミスティはビクッと体を揺らした。

 ゼクスから落ちそうになっていた。


 面白い。


「わ、分かっているわよ!」


 ミスティは体勢を直している。

 あ、眼鏡を装備していた。


 綺麗な眼鏡お姉さんだ。

 眼鏡っ娘のディアと並んだら、眼鏡っ娘姉妹の出来上がりか!


 黒パンティとガーターベルトの魅力的な下着さんが少し見えた。


 勿論――。


 黒パンティ見学委員会理事として『あざーっす』と敬礼したくなった。


 そして、そんな魅力的なミスティから、いつもの口癖の「糞、糞、糞っ」が聞こえたような気がした。


 床の色合いもチタニウムっぽい。

 灰色が主体で黒色の溝があちこちにある。


 そんな床の感触を――。

 アーゼンのブーツと――。

 無名無礼の魔槍の柄頭で――。

 突いて、確かめつつ、


「皆、このセンティアの部屋で【幻瞑暗黒回廊】を探索、冒険しようと思うんだが」

「うん! ワクワクする~。セナアプアの魔法学院を目指すの?」

「そうなればいいとは思う。が、とりあえずは、ペルネーテ以外の都市にある魔法学院に着いたらいいな。と、安直に考えている」

「ルシュパッド魔法学院など、セナアプアには魔法学院が無数にありますから、距離的にも、セナアプアの魔法学院に着く可能性が高いかと」


 ヴィーネの言葉に頷いた。

 ビロユアンの上司だった副議長の一人が持っていた魔法学院がルシュパッド。


 そのルシュパッド魔法学院に【天凛の月】の一員となったばかりのビロユアンが飛行術の魔法書を手に入れるために向かってくれた。

 【緑風艦】の空魔法士隊の残党とかネドー側だったルシュパッドだ。


 ……なにも起きないといいが。


「迷宮と化している浮遊岩は、魔法学院ごとよね。そんな迷宮と融合してしまった魔法学院の【幻瞑暗黒回廊】に着いたら大変よ?」

「大魔術師の一人が【幻瞑暗黒回廊】のことを語っていましたね。【幻瞑暗黒回廊】での探索は【魔術総武会】も注目してくるでしょう」

「大魔術師アキエ・エニグマの思惑通りとなって少し悔しいですが、さすがはアキエ・エニグマ。わたしの天魔女流の槍使いとしての実力を試したくなる」

「キサラ、気持ちは分かるが、まだタイマンはスルなよ?」

「ふふ、大丈夫です。開放されたら魔塔ゲルハットに来ると思いますから、その際に余裕があれば、模擬戦を申し込んでみようかと思います」


 模擬戦か。

 見たい一戦ではあるが、気が抜けないな。


「コミュニケーション次第だな」

「はい」

「ん、先のことより、これから。シュウヤとディアはセンティアを解放して、この部屋の権利を得た。だから、シュウヤが<覚式ノ理>を使ったら、凄いことが起きる?」

「シュウヤとディア次第ってことね」

「はい。そして、ご主人様とディアの親和性は高まった。雌のディアの消費が気になるが……ご主人様ならば成功するだろう」


 そう語るヴィーネは俺を熱い眼差しで見つめてくる。

 前にも、クナの言葉を引用して、各都市の魔法学院にある【幻瞑暗黒回廊】の次元通路を簡単に利用できるようになるかも知れない。と語っていたからな。


「ふふ、転移力の高まりによる次元通路間の旅行ですね」


 キサラがそう語らいつつ傍に来た。

 急ぎ、無名無礼の魔槍を消して、キサラを抱き寄せる――。

 更に、右肩の竜頭金属甲ハルホンクを速やかに意識。


 ――半袖の薄い白シャツに着替えた。

 その竜頭金属甲ハルホンクを消す。


 キサラが肩に顔を寄せやすくしてあげた。

 キサラは微笑むと俺の右肩に頬を寄せて、上目遣いで、


「シュウヤ様……」


 そう切なそうに語ると、蒼い目をゆっくりと瞑り、唇を少し前に出す。

 その可愛いキサラの唇に唇を重ねた。


 ――柔らかい唇。

 その襞を自らの唇で、強弱をつけて、優しくマッサージを行う。

「んん」


 感じたキサラは鼻息で応えつつ、唇で、俺の上唇を優しく包んでくれた。

 更に、舌で俺の舌を遠慮勝ちに突いてくる。


「あぁ!」


 レベッカの反応は読めている。

 俺とキサラは握り合っていた手を離しつつターンして離れた。


「もう、素直にツッコミを受けなさい!」


 すると、ディアが、


「お、お兄様が、でぃーぷなキッスを、ううぅ……」


 ツッコミどころではないディアだ。

 いじけてしまう。


 レベッカはディアに素早く歩み寄った。

 ディアの背中に手を回して、優しくさすってあげている。


「ディア、エロ大魔王をお兄様と呼んで、親和性を高めちゃったから、嫉妬もすごいことになってそうね……」


 続いてエヴァもディアに寄って、


「ん、シュウヤは皆の恋人で愛する人。だからシュウヤを想うなら、女性として覚悟が必要」

「は、はい。うすうす分かっていましたが、ミスティ先生だけではないのですね……」


 ディアはそう語るが、納得はしていないだろうな。


 天井の素材を見ていたミスティもゼクスを操作し、降りてきた。

 ゼクスは手足の裏と脇と背中の噴射口から、魔力粒子を小刻みに噴射中。


 重いゼクスが滑らかに動くんだから凄まじい性能だ。


 六つの眼の一つが怪しく輝いているのは、イシュラの魔眼か。 

 星魔樹稜骨といい、順調に改良は進んでいるようだ。


 そのゼクスの肩に乗っているミスティは片足を組み直す。

 ちょいエロなガーターベルトが太腿から見え隠れした。


「そうよ~。ディアは大事な生徒だけど、わたしも先生の前に一人の女だからね。そして、シュウヤは皆のことを愛して労ってくれる」

「にゃ~」


 俺の代わりに相棒が応えていた。


「うん、エロいけど、弱者ほど労おうとする強くて優しい男がシュウヤだからね」

「はい。シュウヤ様は心技体を見ようとしてくれます」

「ダークエルフの地下社会の流儀を重んじてくれた強き雄がご主人様。そして、サイデイルとアルゼとセナアプアを救った英雄で在らせられる――」


 ヴィーネが珍しくラ・ケラーダのマークを胸元に作ってくれた。

 俺も頷いてから『ありがとう』の気持ちを込めてヴィーネにラ・ケラーダを送った。


「そうね。わたしも<筆頭従者長選ばれし眷属>の一人にしてくれたし、ちゃんと抱いてくれた」

「ん、わたしも<筆頭従者長選ばれし眷属>にしてくれた。家族にしてくれた」

「わたしも魔導人形ウォーガノフの研究と金属の探求に、紋章の調べものとか、教師もだけど、自由に好きなことをさせてくれている。自主性を重んじてくれるの」

「ん、でも、シュウヤは、わたしたちを想ってわざと離れようとすることもある」


 エヴァ……。


「わたしたちはわたしたちで、シュウヤ様の想いに応えていかなければならない」

「うん」


 キサラとレベッカは俺の手を握るとギュッと力を込めてくれた。

 温かい。


「皆さんを、家族に……お兄様と深く愛し合っているのですね」

「ん」

「うん」

「そう」

「「はい」」


 すると、ビーサが、


「わたしは、まだ正式に光魔ルシヴァルの血の洗礼を受けたわけではない……だから、選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスの習わしとして、わたしも光魔ルシヴァルの眷属になったほうが……」

「あ、ビーサは、ルシヴァルの紋章樹のマークが胸元に出ていたから家族の気分だったけど、眷属化はまだだったわね」


 レベッカの言葉に頷いた。

 皆も『あ、そうだった』という顔付き。


「しかし、俺の眷属の光魔ルシヴァルとなるのはな。ここはナパーム星系の辺境だ。ビーサの故郷のラロル星系ではない。ビーサの種族の文化的な問題とか、または族長は気にしないのか? 眷属化を行うなら故郷の星で行ったほうがいいかも知れない」


 そう聞くと、ビーサは軍隊式の挨拶を行う。


「大丈夫です。わたしは族長たちが使ったラービアンソードを持つ、一人前のファネルファガルなのですから!」

「ふふ、昔を思い出す」

「ん、シュウヤとの出会い?」

「その後のことだ。ご主人様は気を遣う方だからな……わたしを<筆頭従者長選ばれし眷属>に誘う時も、さんざんに迷っておられたことを思い出す」


 そう語るとヴィーネが俺に寄り添う。

 そんなヴィーネの腰に手を回した。


「ぁ……」


 ヴィーネの体の抱きしめを強くしてから、感じて背中と項を震わせたヴィーネを片手で支えつつ、


「なら、ビーサ。今度、眷属化を行おう」

「はい!」

「宇宙の種族の方は、初?」

「ふふ、素晴らしい、閣下の光魔ルシヴァル神聖皇帝は、宇宙にまで拡がる!」


 皆、真面目だ。

 ヘルメの言葉は、よく当たるからな。


 真面目に頷くレベッカさんの表情が少し面白い。


 ひょうきんなところも凄く好きだ。

 脇腹をくすぐってあげたくなる。


 だが、我慢した。


「ん、賛成。でも、先生も眷属化を希望していた」

「クレインか。それもタイミング次第。ペレランドラの血の儀式もあるし、取りあえずは、そのペレランドラに処女刃を早く使ってもらわんと困る。頼られている商会との会合も大事なんだろうとは思うが、情報の伝達がな……血文字になれすぎたってこともあるが」

「ん、血文字は便利だから仕方ない」

「血文字は必須よね。ペレランドラは上院評議員に復帰するだろうし、ナミさんとリツさんも【天凛の月】に加わる。幹部たちが一気に増える。リツさんとの繋がりもある錬金術師のマコトも【天凛の月】に与するかも知れないし」

「ん、精霊様も言ってたけど、そんな皆が集まる魔塔ゲルハットに拠点を移した上院評議員ペレランドラなら、重要な役回りも可能になると思う」

「そうだな。ペレランドラ魔法学院の復活など、<従者長>だからこそ可能なことも増えるだろう。眷属となった時に魚のようなモノも宙空に発生していたし、戦闘面も、意外な進化があったのかも知れない」

「それは興味深い話ですね。そして、副長のメルもセナアプアに来るようですし、魔塔ゲルハットも華やかになりそうです」


 皆と頷き合ってから、


「そうだな。よし、そろそろ、センティアの部屋での【幻瞑暗黒回廊】の移動を試すとしよう。が、ディア、気になることがある」

「はい、なんでしょう」

「【幻瞑暗黒回廊】で出会った存在を、少し教えてくれ」

「魔人グウとミアさん、ミスランの法衣を着た古代ドワーフの大魔術師と目される方々と会って共闘したことがあります。戦ったのは、魔界の勢力でした。闇神の勢力だと思います」


 闇神の勢力か。

 センティアを封じた【異形のヴォッファン】かな。


 しかし、ミアだと?


「興味深い、〝魔杖ビラールと使い魔グウの物語〟は読んだことがある」


 ヴィーネがそう発言。


ミア・・か……で、古代ドワーフか。【幻瞑暗黒回廊】は、エルンスト魔法大学にも通じていることは確実っぽい」

「前にも言いましたが、【幻瞑暗黒回廊】で、遠い魔法都市エルンストへの移動が可能となれば、わたしたちにとってどれほど有益なことになるか」

「おう。クナとの相談もしないと」

「はい。魔塔ゲルハットに作る予定の大規模転移陣ルームですね」

「そうなる。この【幻瞑暗黒回廊】次第で、まだまだ先だが」

「はい」


 そこで、ディアを見て、


「センティアの手と、俺たちの<覚式>を、もう一度使おうか」

「はい、<覚式ノ従者>を用います!」

「おうよ! <覚式ノ理>を使うとしよう。皆、また集まってくれ」

「ん、シュウヤ――」

「「「はい――」」」

「了解♪」

「ンンン――」


 うご、皆が抱きついてきたから、ディアが外に出ちゃったがな。

 相棒が興奮して、皆の肩を渡って、皆の頭部に、自身の頭部を突けて回っている。


 黒猫ロロは、


「ぁぅ」


 ヴィーネの長耳をぺろぺろと舐めてグルーミングを始めてしまった。

 ヴィーネの長耳が揺れてピクピクと動くさまは面白く魅力的だが――。


「皆、激烈なハグは今度な、相棒もグルーミングは今度に」

「にゃ~」


 真面目な顔で発言しつつ、皆の体を離す。

 相棒は俺の肩にきた。耳朶を猫パンチされるが、そのまま好きにさせた。


 そして、片方の腕をディアに伸ばす――。

 ディアは頷いて、俺の片手を握ってきた。


「ん、シュウヤの真面目な顔がカッコいい~」

「ふふ、エロいことをしないと、なんかイケメンすぎてイライラする」


 なんでイライラするんだ。

 面白いレベッカだな。

 その元気のいいレベッカの声に笑いつつ――。


「お兄様……」


 ディアと呼吸を合わせた。

 互いのセンティアの手に魔力を送って――。


「<覚式の理>――」


 スキルを使用した刹那――。


 ドッとセンティアの手から上下左右に魔力が迸る。


 更にディアと俺のセンティアの手の角灯が絡み合う。

 鎖のチェーンの一部が分裂しつつディアと俺を合体させるように絡まる。

 ディアの制服の一部が切れてしまうが、体に傷はないようだ。

 その一部のチェーンは床に伸びて、角灯が床に付着するや、センティアの部屋とセンティアの手から閃光が走った。


 また、センティアの手に血と魔力を吸われた。

 ディアの足下が、センティアの部屋と融合するように繋がっている。

 だからか、センティアの部屋の天井の姿を想起した。


「ディアとセンティアの部屋が繋がっているのね」

「……興味深い」


 ディアの中に俺の感覚があると分かる。

 このディアをコントロールするってことが<覚式の理>か――。


 ディアの鼓動が激しくなった。


『お兄様……すき……お兄様、お兄様、わたしを……お兄様……離さないで、あぁ……』


 ディアの健気の思念が伝わってきた。


「あん、お、お兄様が、わたしの中に……体が……感じてぇ、ぁぁン」


 眼鏡っ娘のディアから女の匂いが立ちこめたが、皆、指摘はしない。 

 すると、センティアの部屋がディアの鼓動に合わせて、移動――。


 不思議と振動はないが、外の景色が変化した。

 漆黒の雲が漂う空間――。

 槍が刺さった怪物たちが争い合う空間――。


 などの空間をゼロコンマ数秒で通り過ぎる。


 と、右斜め前方に星々が連なる世界が見えてきた。

 更に、左前方からは、形の違う空間と空間が衝突している謎の宇宙空間が迫る。


 左右の壁が存在した空間は、一大パノラマ。


 凄まじい――。

 右前方の星々の光景は、直ぐに消える。


 右側百八十度は、ビッグバン的な大爆発が重なり合う世界となった。


 巨大な《雷鎖チェーン・ライトニング》を受けた星が、超新星爆発を起こして、雷神ラ・ドオラ様が激おこ中?

 分からないが、ガス星雲とガス星雲の戦い?


 更に、それらのガス星雲を巨大な魔人の胃袋的なモノが蠢いて、吸い込んでいた。

 胃袋は閃光を放つ。


 胃袋が膨れて大爆発を起こし儚く散る。

 その影響で、環状の破壊光線があちこちに発生。


 破壊と大爆発の連鎖が、怖い。

 が、今度は、破壊され大爆発した空間が瞬時に元通り。


 時間が遡っている? 

 右側百八十度の世界の理が変わったのか。


 その右側から三百六十度全ての見える世界が暗くなった。


 液体のような世界に様変わり、その液体世界には潜水艦? いや、巨大な深海魚と巨大な牛のようなモノが泳いでいる。


 その巨大な深海魚の頭部は変わっていた。

 半透明な膜が覆う脳のような場所に異星人が住むような街並みがあった。

 しかも、近付いてくる。


 不安を覚えるが、ディアの視界にいる俺の姿を見ると、大丈夫と理解できた。


「閣下!」

「大丈夫だとは思う」

「ん」

「ンン、にゃお~」

「シュウヤ様!」

「ロロちゃん、こっちに来て」

「お兄様、あのようなモノは、初めて見ましたが……」

「シュウヤ、戦いに?」

「一応二十四面体トラペゾヘドロンを起動しとく――そして、衝撃に備えよう」


 相棒は、床に降りて腹を舐め続けている。

 毛繕いに夢中。


 だから、巨大な深海魚が俺たちと衝突はしないと思う。


「ん」


 ヘルメが《水幕ウォータースクリーン》を前方に三重に展開中に――。

 二十四面体トラペゾヘドロンの一面をなぞってゲートを起動。


 ペルネーテの自宅の鏡の光景が映る。

 巨大な深海魚は、俺たちを飲み込む機動で迫った。


「「――え?」」


 巨大な深海魚の体を通り抜けた。

 巨大な深海魚の内臓に棲まう魚人系の知的生命体たちの生活が見えた。


 その内臓は、大陸の臓器か?

 血管の道には、岩の居住区がある。

 穴と形は、カッパドキアを彷彿とする。


 巨大な深海魚の内臓に魚人系の知的生命体たちが棲まう異世界か。


 世界を運ぶ巨大な深海魚とか、浪漫があるなぁ。


 尻尾の中の骨にまで居住区があったし、様々な造形がある魚人系の知的生命体の数も豊富だった。


「すり抜けて、魚の中に家とか、凄すぎて……シュウヤ」

「あぁ……【幻瞑暗黒回廊】と近い多次元の別世界を、俺たちが覗いた形だろうか?」

「……ご主人様の推察は面白いです」


 俺としては、クォークなどの原子の世界の住人になった気分で語っただけだが。


「ん、センティアの部屋の能力?」 

「圧倒的だった。なんで巨大な魚の中に魔人か魚人のような存在の街があるの?」

「分からない。巨大な魚の中に棲んでいる方々には、俺たちの存在は感知できない、認知できないのかもな。蟻には蟻の世界があるように」

「シュウヤ、時々難しいことを考えつつ喋るでしょ。蟻の世界ってなによ」

「蟻の視界では、俺たちの存在と世界は巨大すぎて分からないとか、平面状の紙の絵の世界が生きた世界だとして、平面状の紙に棲まう絵たちにとって、その絵の書き手が住まう世界を認知するにはとんでもない努力や魔力、科学力がいるってことだ」

「……ワカッタ。と言いたいけど理解できそうにない。ラファエルの魂王の額縁のような魔法の額縁の世界ってことかな?」

「それも一理あるが、まぁそれでいい」


 魔法の小道が発生している空間もある。


「ん、【幻瞑暗黒回廊】……」

「センティアの部屋の足場があるから、外を安心して見ていられますが……」

「遊覧船的にね」

「はい」

「もし、センティアの部屋がなかったら、魔靴で飛翔しなきゃ行けないところだった」

「ん、センティアの部屋がないと、上も下も果てがなさそうだから、感覚を失う?」

「感覚の鋭いエヴァがそういうと、少し怖い」

「わたしもゼクスがいなかったら、センティアの手を持つシュウヤかディアに、しがみついていたかも知れないわ」

「ん、見て! 今度の右の空間は、狭間ヴェイルの穴? 【幻瞑暗黒回廊】は様々な世界が重なり合う場所?」

「そうかも知れないな……」

「はい。ご主人様の目的の魔界セブドラに向かうための傷場もどこかにあるかも知れないですね」


 そのヴィーネの言葉が響いた瞬間、

 センティアの部屋が揺れた。


 四方の空間が一瞬で壁になる。

 正面には、豪華な黄金と銀の扉か。

 表面には何か刻まれているようだ。

 

 左右の柱は人の骨で構成されている。

 

 怪しい扉だが豪華な扉だ。

 溶かして回収すれば、いや、センティアの部屋の一部だろうし、止めたほうがいい。

 烈戒の浮遊岩の鉱脈があるんだし、儲かる算段はメルたちに任せるとしよう。


「わ、着いたの?」

「着いたは着いたが……」

「迷宮か、魔法学院か……」

「はたまた、異世界か……」

「ん、シュウヤ、ここでも、二十四面体トラペゾヘドロンが使えるか確認する?」

「そうだな」


 ディアも床とくっ付いてコントロールユニットと化していたが、足は元通り。

 眼鏡を直しつつ……。

 自らの切れた制服を見ては恥ずかしそうにしていた。


 急いで大きい布をアイテムボックスから取り出して、ディアに渡す。


「お兄様、ありがとう――」


 頬にキスされたが、眼鏡が当たって少し痛かった。

 が、そんなことは言わず、


「おう、今度は唇にバッチコーイ」

「なにがバッチコーイ!」


 と、見事なツッコミ音がセンティアの部屋に炸裂。

 レベッカのナイスツッコミが俺の後頭部に決まった。


「にゃお~」


 相棒もレベッカの真似をして、肉球パンチを俺と皆に向けて繰り出している。

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