七百七十八話 魔法学院ロンベルジュと、校長

 神獣ロロディーヌは速度を少し落とした。

 大きな屋敷とアパートのような建物を軽々と跳び越える相棒。

 並木道を通る――。


「速いですが、風が気持ちいいですね」


 ビーサの言葉だ。

 もう相棒の機動力にこなれた感が出ている。

 さすがは銀河戦士カリームの超戦士なだけはある。


 ディアは後頭部の黒毛が作るソファーの中だ。

 先ほど怖がるディアを察知した相棒が気を利かせて触手で体をマッサージしていた。そしてついでに黒毛が構成するソファーに引き込んでいた。そのまま、ソファーに包まれたディアは、顔だけ露出して、なんとも言えない表情を浮かべている。


 ほんわかと、温泉にでもかって、『いい湯だなぁ』と今にでも歌い出しそうな表情だ。

 これから【幻瞑暗黒回廊】に挑むって顔ではない。


 レベッカは相棒の鼻先で器用に立つ。

 ミスティとキサラとエヴァとヴィーネは俺のそばだ。

 ヴィーネは俺の左腕を両腕でしっかりホールド。


 おっぱいさんの感触がたまらない。

 そのままヴィーネの唇を奪いたかったが――。


 魔法学院ロンベルジュが見えてきた。

 灰色の分厚い壁。

 その壁の前の通りを駆けた。


 通りには、魔法学院ロンベルジュの生徒が何人か見えた。

 制服姿の生徒は直ぐに分かる。

 が、冒険者風の防具姿だと、生徒か冒険者かの見分けはつかない。


 相棒の鼻先に立つレベッカが右腕を街路樹と商店街に向ける。

 通りの右側には文房具店と食事どころが並ぶ。


なつかしい商店街! あ、綿菓子が有名なトンプルソンの店は昔と同じ!」

「ん、学生時代に通ってた店?」

「そう。これはあとで知ったんだけど、ヴィーネが世話になったキャネラスの商会でもある」

「はい。キャネラスは靴の商会も持ちます」


 すると、神獣ロロディーヌは速度を更に落とした。

 もうかなり近いか。レベッカは前方に腕を伸ばす。


「ロロちゃん、あそこ!」


 相棒が動きを止めた。

 正門の前に到着。


「にゃおおお」

「ここが魔法学院ロンベルジュか」

「うん、到着~」

「立派な校舎です。五階か六階建てでしょうか」

「あぁ」


 だが、灰色の壁が異常に高いような気がする。

 城のような印象だ。

 そんな壁の間にある、大きい正門の間から姿をのぞかせる魔法学院ロンベルジュの建物は……。

 学校ってより、お洒落しゃれなオフィスビルって印象だ。


 体育館のような建物もあった。

 校舎の建物の間から校庭の一部が見えていた。


 相棒の周囲では、


「魔獣使いが現れたぞ」

「魔獣使いの新カリキュラムか!」

「大きい黒い魔獣だなぁ。グリフォン系の魔獣と大きい黒馬が合わさったような……」

「いや、黒豹が大きくなっただけだろ?」

「違う! あの両前足を見ろ、形は大きな猫だ!」

「え、肉球があるの?」

「可愛い~」

「お目目も可愛い~」


 生徒たちが騒ぎを起こしていた。


「降りようか。あ、校長先生に挨拶したほうがいいのか?」

「うん。校長にはシュウヤのことは伝えてあるけど、一応ね」

「どんな風に説明したんだ?」

「風槍流の達人の冒険者で、自然を愛する精霊を使役していて<天賦の魔才>を持ち、数々の困っている人を救ってきた英雄で、エトセトラ……。闇ギルドの盟主とエロを抜かして、盛大に盛って説明した」

「盛大にか……」

「うん♪ 校長は、『おお、聖人であり武術家でもある。強者の従騎を率いる逸物。それでいて、様々な属性を扱える大魔術師と<仙魔術>の大仙人のクラスとは! 世界屈指の秘境を知るムツゴロウと、おっぱいくろまてぃを愛する偉大なお方なのじゃな! しかし、気紛れか。むむむ、だが、そのオプティマムなる稀男が学院の講師となれば……むむむ、ミスティっ娘! その傾危之士の傑物を早く連れてくるのじゃ。今すぐにでもお会いしたい!』と、すご~く乗り気だった」

「……ミスティ、そりゃ盛りすぎだろ。それにエロを抜かしたら俺じゃない」

「「ふふ」」

「にゃおぉ~」


 相棒も笑ったように変な喉声を発した。

 面白い。


「あはは、たしかに。あとムツゴロウとおっぱいくろまてぃって、ミスティ、へんなことを教えちゃって! 面白いんだから!」


 レベッカは大笑い。

 ディアとビーサ以外も笑っている。

 ミスティは素早くメモ帳に何かを書いている。


『おっぱいくろまてぃと笑いに関する考察』

 

 思わず吹いた。

 俺のフザケタことを真面目に考えちゃだめだろう。


 ディアとビーサは神妙な顔付きで頷いていた。

 ビーサは、また銀河騎士の習わしとして、変なことを覚えてしまったのか。


「ふふ、うん。ま、どちらにせよ、挨拶しときましょう~」

「そうね。魔法学院の施設内にある『七不思議の禁忌の秘密部屋』に挑むんだから」

「それじゃ、先に――」


 先に降りたミスティ。

 相棒も頭部を下げた。


「では、閣下、わたしも降ります~」

「おう」


 ヘルメは体から水飛沫を発して派手に降りる。

 正門の前にいた生徒たちから歓声が上がった。


 そりゃそうなるか。

 ま、ヘルメの見た目は人族っぽいからそこまでの驚きはないみたいだが。


 アジュールだったら、確実に悲鳴が響いていたはず。

 すると、相棒の頭部の端から下に飛び降りようとしていたレベッカが、俺たちを見て、


「ディア、最初の自動改築魔術がある部屋の入り方だけど」


 そんな部屋があるってことは聞いている。

 ディアは頷いて、腰ベルトのアイテムボックスから、小杖を出す。


「はい。双頭そうとうロン姉妹が繰り出す数々の謎々クイズに正解し入手できた、このロンの小杖を使用しました。そうして自動改築じどうかいちく魔術の部屋の鍵が外れて部屋に入ることができたんです。内部も単純なパズルでしたから、簡単に解き続けて、自動改築魔術の部屋を突破したんです」


 そう語るディアの腰ベルトには、〝稀人まれびとの血〟と呼んでいた魔造書と〝異端者ガルモデウス〟のレプリカの魔造書がぶら下がっている。


 レベッカはディアの言葉に少し驚いたようなリアクションを取る。


「……へぇ、わたしと同じ。ディアもその小杖を手に入れるなんて、面白い」

「ん、魔法学院ロンベルジュの秘密に挑戦していたって聞いたけど、そのこと?」

「うん、そう。双頭ロンの謎々。七不思議の一つ」


 一瞬、エジプトの『スフィンクス』を思い出す。

 ギリシャだと『スピンクス』か。

 『朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これはいったい何か?』のなぞなぞを。

 そして、稀人の血か。

 稀人は過去に何回も聞いた言葉だ。


 俺が血魔剣を使った時も〝血魔道ノ理者〟という名の外宇宙の称号を得た。

 その際に四人の血の魔導師たちは……。


『……確かにシュウヤの血と魂の臭いは、地下に息いた者の血の臭いだけではない。黒き環ザララープの魔軍夜行たちとも似ているが……外来の者稀人の血と魂と同じ部類。これは、血外魔と血獄道を獲得した相性の良さも物語っている』


 そのような思念会話を行っていた。

 血外魔と血獄道。

 外来の者稀人とあったように、それらの血を活かした魔法、魔術と呼ぶべき技術は、俺たちが生活している惑星セラを擁した次元宇宙で育まれたモノではない。

 

 異なる外宇宙の理だ。

 俺も外宇宙からの来訪者、稀人だから時空属性を得たってことだろう。

 稀人は、転移者や転生者を意味する言葉でもある?

 ディアの祖先、兄も黒髪だし、過去の家系に日本人の転移者か転生者がいたって線が濃厚か。


 【天凛の月】の両手剣使いのロバートも日本人風だった。


 更に、稀人は、闇鯨ロターゼの言葉にもあった。

 レフテン王国のネレイスカリを伯爵領に送った先で助けることになった【旅芸人一座・稀人】の劇の名もそうだった。


 ペルネーテの迷宮地下二十階層の世界で遭遇したイシテスも……。


 そのイシテスが助かったのは、三眼のトワを助けるために白い霧へと魔王種の交配種を投げたからだ。その魔王種の交配種は白い霧と孔の魔力の影響を受けて、盛大に成長を遂げて地形も変えてしまった。


 が、代わりにイシテスは体を取り戻した。


 そして、魔王種の交配種の大本は十五階層。


 二十階層の上に階層があるのなら、その魔王種の交配種は成長を続けて、十五階層にまで到達しているかも知れない。


 その時、蝶の羽を持ったエルフのような幻影も出現した。

 羽根を伸ばしていたエルフ的な存在は、混沌の女神リバースアルア様だったかな。

 クラブアイスと関係する十五階層のニューワールドも気になる。


 そして、イモリザの大本は邪神ニクルスの選ばれし使徒、第三使徒のリリザだ。


 そんなことを考えつつ、


「……色々と重なっているな。そして、ますますレベッカの学生時代が気になる」

「ふふ」

「もてた?」

「当然~♪ あ、嫉妬はだめよ~。ふふーん、でも……」

「分かった。さ、降りようか」

「なによ! メルのようなリアクションではなく、ちゃんと嫉妬しなさい! ふんだ。ディア、エロシュウヤやんは置いて先に行きましょう? きゃっ――」


 あはは、レベッカは尻を相棒に叩かれる、いや押されて、落下。

 ミスティの傍に着地したレベッカは「ロロちゃん、シュウヤの味方しすぎ~、って、あぅ~」と、金色の髪の毛をわしゃわしゃと悪戯されている。


「さて、元気もりもりなレベッカさんはおいておいて、皆、降りようか」

「はい」

「では――」

「先におります」


 皆降りたところで、ディアの手を握って一緒に降りた。


「きゃっ」


 着地際に<導想魔手>をディアの足下に置く。

 クッション代わりにしてあげた。


「あ、ありがとう、お兄様……」

「いいって、さ、妹様、お手を――」


 執事風に、頭を下げつつ<導想魔手>の上に立つディアに手を出した。

 ディアは笑って、


「ふふ、お兄様、面白いです――」


 俺の手を握ってから地面に着地。

 そのディアの手を離して、皆を見ながら、


「さぁ、行こうか――」

「うん」

「「はい」」

「ンン――」


 相棒は一瞬で、子猫化。


「「おぉぉ~」」


 黒猫ロロの姿を見た学生から、どよめきの声が上がる。

 ゼロコンマ数秒だから、かなりビビるだろう。


 相棒は気にせず走った。


「あぁ、ロロちゃん、花壇の中に入ったらダメ、って遅いか」


 黒猫ロロは薔薇のような花々と植物が茂っている花壇の中に侵入。


 子猫の姿だし、葉と茎に覆われて、余計に見えなくなった。

 更にヘルメが水を、その花々と植物に向けて撒いた。


「ロロ様~、お水をあげます~」

「にゃお~」


 ヘルメの水を浴びた花壇の植物たちが少し大きくなったように見える。

 相棒は薔薇バラのような花の横から頭部を突き出して、あーんっと口を拡げて、見事にヘルメが指先から放出している水を飲んでいた。


 中庭では、バルミントとポポブムと一緒に、ヘルメのおっぱい水を飲んでいたなぁ。


「シュウヤ、大きいほうの校舎の一階の出入り口から行きましょう。中に入って右に上り階段がある。二階に校長室があるから」

「分かった。相棒、出てこい。ヘルメも水はしまいにしろ。中に向かう」

「ンンン――」

「はい~」


 黒猫ロロは、植物と植物の間から飛び出てきた。

 ヘルメも来た。


 相棒は走り寄ってくると、ミスティとレベッカの前方を進む。

 咥えていた茎を振り回している。


 獲物を得た気分なのか。

 茎は一部が枯れているから、強引に抜いたわけじゃないようだ。

 

 ディアはその様子を見て微笑んでいた。

 ヴィーネは、皆とは違う方向を見ていた。


 校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を見上げながら歩いている。

 その渡り廊下の構造は他と違う。


 血管のような魔力の管がいたるところに繋がっていると分かる。

 何かの魔法陣の一端を担う仕組みか?


 禁忌の部屋とかあるようだし、校舎自体が魔法陣の結界とか、ありそうだ。

 日本でいう龍脈とか。

 陰陽師、レイラインは考えすぎか。


 ディアのセンティアの手を見ながら一階の出入り口を潜った。

 キャッキャッと麗しい生徒たちの声を聞いて、心が少し弾む。


 ラッパーのような生徒もいる。

 魔力を帯びた木刀で争っている学ランを着た生徒とか。

 他校の生徒と剣道部は争っている? ボクサーの生徒はいないようだな。

 

 ここ、魔法学院なんだよな。

 ポンパドール頭が特徴的な股間が盛り上がっている謎の生徒もいるし、怖い。


「まぁ!」


 ヘルメも口元に手を当てて驚くぐらいだ。

 ディアを見るが、『わたしに聞かないでください』と顔に書いてあるような表情を浮かべて教室の窓硝子を見ながら歩いている。


 イジメとか本当にあるんかいって印象ばかりな明るいノリの生徒が多い。

 校庭では、魔法の杖を持った生徒が、列を組んで交互に光の玉を撃ち合う訓練もあった。 うん、魔法学院らしい光景だ。

 少し安心しつつ、下駄箱付近の生徒たちの邪魔にならないように――。

 そそくさと前進。


「どうも~」

「……どうも……」


 と、女子生徒に怪しまれたが、まぁいいさ。

 レベッカが口に人差し指を当てて『静かに』という意味を伝えてきたが、笑顔は意識しないとな。


「ちょっと、速い――」


 その気概のまま階段を二段ステップで上がる。


 踊り場を、右足の踵を軸とした爪先半回転で、曲がる――。

 次の上り階段の初段を、左足で踏み蹴り跳躍するように階段を上がる。

 更に、右肘の打撃を前方に繰り出して左手の掌底を繰り出すモーションから、右肘を前に出して、その右腕を横へと開くように、二階に到着。


 横回転――皆を振り返った。


 皆も二階への階段をあがってきた。


「凄いです、お兄様の足技と体術! 武術の講師だと直ぐに理解できました」

「うん。凄いけど、速すぎて……生徒がいないからよかったけど、階段を修業場所に変えちゃうんだから」

「二人か三人の敵を倒しつつ、階段のような岩場か、足場の悪いところを想定しての訓練ですね」

「さすがキサラ、ご主人様の歩法を読んだか。それにしても、風槍流は、見る度に洗練されていく」

「うん。羽風を思わせるし、マスターの武術の舞を見ていると溜め息がでちゃう。美しい詩も書けそう」


 皆に褒められると照れる。


「皆、ありがとう。風槍流は基本が大切。同時に基本が応用でもある。一の槍に通じた教えだ」

「もう、言ってることが、武術を極めた仙人っぽいのよ」

「うん。時々、すっごい古風なことを真面目に語る時があるのよね」

「そう、そのアンバランスなところが、また、シュウヤらしいんだけど」

「ん、ミスティが盛った話だけど、その通りな面もあると思う。わたしたちもシュウヤの武術を見て、成長している」

「それは言えてる。風槍流は基本が大切。心に響く言葉よね」

「ん、シュウヤのお師匠様と会いたい」


 エヴァ、それは俺もだ。


「にゃ」


 はは、相棒もだよな。皆もか。


 エヴァの足下にいる黒猫ロロは頷くように俺を見ながら鳴いていた。

 ゴルディーバの里の下のほうの森には、黒猫ロロがよく通っていた猫たちが暮らす地域があった。

 その猫たちがどうなっているか、黒猫ロロも気になっていることだろう。

 が、今は今。


「さ、校長先生に挨拶しようか。ミスティ、最初は頼む」

 

 校長室に校長先生らしき魔素の反応がある。


「うん、こっち」


 ミスティが廊下を素早く歩いた。

 生徒と挨拶してから校長室に入る。


 すれ違った生徒たちは俺たちを見て驚くが、それは一瞬。


 あまり気にしていないようだ。


 アス家のディアも一緒だからだろう。

 アス家は貴族の名門っぽいからな。


 グロムハイムが本拠らしいが。

 ディアの表情とヴィーネの横顔を見ていると、校長室の扉が開いた。


 ミスティが、ひょっこりと顔を廊下に出して俺たちを見る。そして、笑顔を見せてから頷いた。


「大丈夫、中に入って、校長先生が待ってる」


 と言うと、顔を引っ込めた。

 ミスティと会話を行う校長先生の声が少し聞こえてくる。


 校長室の隣は職員室だ。

 ブレザー姿の生徒たちといい学生の頃を思い出すなぁ。


「了解」

「ん」

「行きましょう」


 皆と校長室に入った。

 ミスティと話をしていた奥の机に座っていた人物が立ち上がる。

 

 その人物は耳が長い。

 エルフの爺さんか?

 ハーフエルフか?


 バーガンディ色が基調のオーバーオール系の魔法衣装を着ていた。

 帽子は、帽子掛けに掛かったままだ。


 校長先生の頭部は少し禿げていた。

 顎の白髭は仙人風に下に垂れている。


 いきなり跳躍して、軽功のように杖の上に軽々と立っても不思議に思わない。

 胸元に魔力を帯びたネックレスと怪しい巨大な鍵。


 両手には、短い魔棍棒か。

 大人の玩具系にも見えるが……。


 柄が伸びるタイプと予想。


「おぉぉ、貴方が! 偉大な風槍流の武術家!」

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