七百三十四話 ネドーの企みとルグファントの戦旗
豪快に笑う魔人ソルフェナトス。
容貌魁偉な姿だ。
眉毛が特徴的か。
毛の材質は鋼か鱗か。
硬そうな繊維で毛先は妙に鋭そう。
ひょっとしたら、あの眉毛は、伸びて刃の群れを構成できるとか?
しかし、俺を評して異世界を突く槍使いか。
<闇穿・魔壊槍>で出現する壊槍グラドパルスのことを暗に示している?
「異世界を突く槍使いが、俺か?」
「推測もあるが、その偉大な魔軍夜行ノ槍業の持ち主だからな」
推測か。
魔人ソルフェナトスは……。
<千里眼>。
<アシュラーの系譜>。
などの能力に、
などといった鑑定能力を有したアイテムは持っていないようだ。
が、優秀な鑑定能力を有したアイテムを用意しても、神々の愛用する鑑定能力を有したアイテムの力でさえ弾くことが可能な種族が光魔ルシヴァルだ。
魔察眼系なら、ある程度の個人の強さの推察は可能だが鑑定に関しては無駄だろう。
その眉毛が特徴的な魔人ソルフェナトスは、
「あのクソ強そうな
ガルファさんのことを聞いてきた。
「守ったさ。分霊秘奥箱をこの目で見たから、今俺がここにいる。で、貴方が魔人ソルフェナトスだよな」
「そうだ、槍使い。お前の噂は聞いている」
魔人ソルフェナトスはそう語ると……。
魔息を吐きつつ体から猛々しい魔力を発した。
かなり練り込まれた魔力。
武人然とした雰囲気を醸し出す。
双眸の虹彩は漆黒色。
瞳の色は茜色か鬼芥子色で、中心は黄金色。
その黄金色の瞳の中心の点から細い怪光線でも放ってきそうな気配がある赤色系の魔眼だ。
漆黒色の虹彩にも、金色の細かな幾何学模様があった。
その細かな幾何学模様は幾つもの小さい六芒星の魔法陣を模ると時計の秒針のように速く回り出す。
「噂か」
「各地で聞いているぞ」
そう喋る魔人ソルフェナトス。
不思議な魔眼を輝かせながら一歩前に出ると、
「分霊秘奥箱。あの秘宝に封じた魂の名はネドーだったな?」
と聞いてきた。
「そうだ、上院評議員。評議会議長で、セナアプアの権力者の一人だった」
「権力者か。あのような大規模な魔法陣といい……かなりの切れ者だ。俺も危なかった」
大規模な魔法陣に危なかったとは……。
「危なかった? ネドーの魂を分霊秘奥箱に封じることが危険だったと?」
「ネドーの魂自体はたいしたことはない。しかし、ネドーの魂が解放する仕組みと連動した分霊秘奥箱と高位魔力層の異質な魂のほうが、厄介だった」
「高位魔力層……」
「そうだ。この烈戒の浮遊岩でネドーが引き起こした事象を途中で止めたのは、俺なのだ」
そう語る魔人ソルフェナトス。
体から発した魔力が風となって襲来――<仙魔術>の類か。
魔人ソルフェナトスは<仙魔術>的に姿を消していないが……。
魔力の風を放つ魔人ソルフェナトスを見ていると……。
アキレス師匠が俺に見せてくれた<仙魔術>の風の技を思い出す。
魔の風からヒリヒリとした感覚を肌に受けた。
唾を飲み込みつつ、
「魔人ソルフェナトスがネドーの企みを阻止したと?」
「結果的にはそうなる」
「三つの浮遊島で起きたことの詳細をもう少し知りたいんだが」
魔人ソルフェナトスは片頬を上げた。
不気味に嗤うと片腕でマントを払う。
鎧を晒した、四腕か。
背中側にある腕のほうが長く太い。
魔族も多種多様だな。
四腕の魔人ソルフェナトスは腕の一つを上げて、その手の指先で厳つい顎を掻くように触りつつ、
「条件を呑めば教えてやろう」
と語る。
「魔軍夜行ノ槍業を寄越せとか? それは無理な相談だぞ」
「フハハ、気が早い。が、分からんぞ。お前と俺が戦い、俺が勝利したら、その奥義書は俺の物だ」
魔人ソルフェナトスの赤い魔眼がギラついた。
目尻辺りの皮膚から鱗の防御層が盛り上がる。
体から波動的な魔力を発してきた。
同時に、耳の飾りが光ると、肩の上に小さい骨人形のようなモノが浮かぶ。
召喚か? 耳飾りに棲む骨人形?
頭蓋骨の額と双眸の位置には、無数の複眼っぽい翡翠系の魔宝石が鏤められている。
その頭部が頭蓋骨らしくカチャカチャ動くと、
「ソルフェナトス、条件だと? 暢気に会話なんかしてんじゃねぇ、さっさとやっちまえヨ!」
「キストレンス、この場は俺に任せろと言ったはずだ」
「NONO! お前の宿願だから色々と……許して、待ったが、槍使いは仲間を連れているんだ。思ったよりたいしたことはねぇんだろ――それに俺たちはここで鬼婦ゲンタールと目立つ戦いを行った。その戦いの余波は俺たちの敵側も気付いただろう。だから、さっさと槍使いを片付けて、お前の宿願だった八槍卿の奥義書を奪っちまえヨ!」
と、キストレンスって名らしい骨人形が魔人ソルフェナトスをけしかける。
ラッパー的な威勢の良さは元魔侯爵アドゥムブラリ的か?
デフォルメされた魔界版デボンチッチの亜種って印象だ。
悪夢の女神ヴァーミナ様が水浴びをしていた泉にいた子鬼のようなモノとは違う。
魔人ソルフェナトスは頷く。
「あぁ……」
と答える。と、体から発する魔力の質をまた変えてくる。
すると、
「にゃごぉ……」
相棒が空から威嚇する。
『閣下、あの頭蓋骨が目立つ人形と魔人ソルフェナトスの体内にある魔素量は混沌として予測ができません。魔人のほうは閣下と対峙している気分です……気を付けてください』
『……器よ。先制攻撃をするなら指示を出せ』
『主、我を使え』
ヘルメと沙が警戒。
左手の運命線のような傷が疼く。
<シュレゴス・ロードの魔印>のシュレも反応してきた。
剣呑な間となったところで、
「……条件とは戦いだろ。戦うなら戦うさ。だが話を聞いてからだ。ネドーと分霊秘奥箱がお前にどう関わったのか教えてくれ」
魔人ソルフェナトスは硬そうな表情筋を崩して笑顔を見せる。
すると、骨人形のキストレンスが、
「槍使いさんヨ。ソルフェナトスの宿願だから会話を許しているが、オマエサンたちも戦いに巻き込まれる可能性があるってことを理解しとけよ?」
「骨人形のキストレンス。その巻き込まれるってのは、お前たちの敵がここに襲来し、俺たちにも戦いを仕掛けてくるって言いたいのか?」
「そうだヨ」
骨人形のキストレンスの声は異質だ。
しかし、敵か。俺たちを襲ってきた空魔法士隊っぽい連中を想像する。
そのことは告げずに、
「……敵ってのはどこのだれだよ、俺たちではないのか?」
「お・ま・え・は・バ・カ・か?」
骨人形のキストレンスは頭蓋骨に指を当てながら、そう喋る。
迫力のある眼窩の動きだったが、思わず吹く。
「なぜ笑う。しかし、その奥義書を持っていて、そんなことも知らねぇのか? 魔人武王を信奉する一派は多種多様。闇側の勢力には無数にいる」
刹那、魔軍夜行ノ槍業が反応を示す。
その魔軍夜行ノ槍業が揺らぐと、隣のフィナプルスの夜会と銀チェーンの十字架の閃光のミレイヴァルと衝突して火花が激しく散った。
「……槍使い。キストレンスの言葉に嘘はない」
「オウ。だからさっさと、その魔軍夜行ノ槍業をソルフェナトスに渡せや」
「済まん。キストレンスは俺と似て言葉が乱暴だ。今仕舞う――」
魔人ソルフェナトスは片耳に魔力を込めた。
「――NA!?」
骨人形のキストレンスは不満そうな声を発しつつ、魔人ソルフェナトスのイヤーカフの中に吸い込まれて消えた。
魔人ソルフェナトスは半身の姿勢に移行。
背後に回っていたキサラとヴィーネの動きを把握していた。
流し目のまま上にいる神獣ロロディーヌを凝視。
俺はそのソルフェナトスを見ながら、
「魔人武王ガンジスの一派ってのは【テーバロンテの償い】とかとも関係するのか?」
「あると言えばある。が、組織は組織、個人も個人。同じカテゴリーで争い合う連中もいるから組織の枠で語ることは難しいんだよ。魔族は魔族同士でいがみ合う。ま、それは人族も同じだがな」
「詳しく」
「……あ”ぁ? ネドーの理由といい、めんどくせぇ」
機嫌を損ねた魔人ソルフェナトス。
「いいのか? 宿願の理由でもあるんだろ? その宿願が目の前にあるぞ」
「チッ……魔軍夜行ノ槍業……了解だ。魔人武王の一派でくくることは無理だが……【
なるほど、だからか。
魔軍夜行ノ槍業を自分の物にしようってことか。
巷にある奥義書を巡る争いのようなイメージか。
魔人ソルフェナトスは話を続ける。
「……勿論、神々の意向に沿うことを主軸とする者が大半だがな。俺は、その魔人武術を知る者の一人となる。だからこそ、俺が暴れたことで、俺を狙う敵が来る」
ソルフェナトスも魔軍夜行ノ槍業と似たような魔人武王ガンジスと関わる品物を持つってことかな。
ならば、神槍ガンジスは……。
ま、戦いとなれば見せることになるか。
一先ず、皆に血文字で知らせるか。
「分かった。皆に知らせておく」
血文字で素早く――。
『魔人ソルフェナトスには敵がいるようだ。烈戒の浮遊岩で暴れたせいで、その敵が襲来してくる可能性があるらしい。だから俺と魔人ソルフェナトスが戦うことになっても混ざらなくていい。皆は注意を外に向けていてくれ。ヴィーネとキサラは、遺跡を調べるのもほどほどに』
『『はい』』
『ん、分かった。わたしは少し距離を取る』
エヴァは宙で静止中の相棒から離れた。
レベッカは『わたしはここで皆を見る』と、血文字を寄越す。
『ヘルメも出すかも知れない』
『精霊様はシュウヤの傍にいたほうが奇襲に対応できるから、そのままで。わたしはロロちゃんとエヴァと一緒に空から周囲を見守るから』
『降りてきてもいいぞ』
『うん。でも、魔靴ジャックポポスがあるから空を飛べるし、空から蒼炎弾を使った援護も可能。あと、城隍神レムランの杖からは、巨人の蒼く燃えた骨の手も出せる。炎の壁を発動可能な魔杖グーフォンもある。そしてそして、可愛いナイトちゃんとペルちゃんのスーパーミニドラちゃんもいるからね! ふふん! シュウヤは安心して頂戴な! その魔人ソルフェナトスに集中よ!』
『分かった』
元気はつらつなレベッカさんだ。
頼もしい。
と、俺の血文字を不思議そうに眺める魔人ソルフェナトス。
「その血のような字は、時空属性の伝達術か」
「似たようなもんだ」
「しかし、あの大魔獣を使えば、おまえたちは逃げることは容易だと思うが」
「敵が来ると聞いて、俺たちが逃げると思ったのか?」
「警告したつもりだ。
善い魔人でもあるのか?
可笑しな奴だ。
「ま、逃げるべきだと判断したら逃げるさ。んだが、そもそも……そのエルフの爺のガルファさんから烈戒の浮遊岩の乱を鎮めてくれ。と頼まれたんだぞ? そして、そのガルファさんに俺を呼べと頼んだのは、お前だろう。魔人ソルフェナトス」
「そうだった。
そう語ると俺を睨んできた。
先ほど骨人形のキストレンスを吸い込んだイヤーカフの表面に鏤められていた緑色の魔宝石が怪しく光る。
骨人形のキストレンスは出ない。
しかし、『俺は強い』か……。
魔人ソルフェナトスの言葉に嘘はないと分かる。
俺は気合いを入れるように右手に魔槍杖バルドークを召喚。
「守る――」
と言いながら――。
魔槍杖を下げた。
竜魔石で地面を突く――。
ドッと鈍い音が地面から響くと周囲に魔力の風が吹く。
地面に突き刺さった魔槍杖バルドークが少し揺れた。
魔人ソルフェナトスは、その魔槍杖バルドークと俺を交互に見る。
その魔人ソルフェナトスに向けて、
「ネドーとの関わりを教えてくれ」
魔人ソルフェナトスは、鷹揚に頷いてから、
「いい武器だ。武威と言葉を信じよう……ネドーの狙いは強力な魔人へ転生しての復活。それも尋常ではない〝魔王錬成〟と呼ぶべきとんでもない儀式だったんだよ」
「魔人転生に魔王錬成……泡の浮遊岩と網の浮遊岩も、その尋常ではない儀式のせいなのか?」
「そうだ」
気になることだらけだ。
一先ず、泡の浮遊岩と鋼の浮遊岩のことも聞いておくか。
「泡の浮遊岩が迷宮と化した暁の墓碑の密使の一人、ゲ・ゲラ・トーの魂とはなんだ?」
「高位魔力層と呼ばれているモノと同じだと思うが、他の浮遊岩の詳細は知らねぇ。名前から推測すると、暁の帝国ゴルディクスの大賢者の類いか、その大賢者が持つ組織の者か、暁の帝国ゴルディクスが封じていた……凶悪なナニカか。次元軸を更に狂わせる迷宮だからな。とてつもないモノだろう」
暁の名がある以上は予測していたが、やはりな。
キサラからゴルディクス大砂漠地方の歴史は聞いて知っている。
「ゴルディクス大砂漠となる前、ベファリッツ大帝国よりも遙か昔の国の名か。暁の黄金都市ムーゴがあり、古代ドワーフと髑髏武人ダモアヌンの一族が暮らしていたとされる国」
「槍使いは、栄華極めし暁の帝国を知る者か! では、暁の魔導技術や伝説の法具を扱える者なのか?」
と、魔人ソルフェナトスは嬉しそうな声をあげつつ……。
俺の右腕の戦闘型デバイスを凝視――。
幻影の小さいアクセルマギナがピクッと体を揺らして反応。
鮫に襲われる的な、微かな心音的な音を鳴らす。
芸が細かい。
そのアクセルマギナは粒子状になって儚く消える。
と小さいガードナーマリオルスの幻影もアクセルマギナが消えた方向を追うように粒子状になって消えた。
演出が凝っていて面白い。
「それはアイテムボックスなのか? 時計の魔道具にも見えるが……ペルネーテの迷宮産か」
「鋭い。元々は宇宙の文明のアイテムだが、ペルネーテの迷宮から地下オークションに出品されたアイテムと聞く」
「うちゅうってのはわかんねぇが、面白ぇ話だ。この地上も不思議に溢れていると分かる」
頷く。
さすがは宇宙のナパーム統合軍惑星同盟産。
その宇宙文明のエリートのフーク・カレウド博士が造り上げた代物。
「ま、俺も武器類は不思議な物が多いが――」
と、魔人ソルフェナトスは周囲を見渡す。
地面に刺さった魔槍と魔剣か。
それぞれの武器の柄と体に繋がる魔線を確認している。
ふと……。
関係ないが、フォド・ワン・プリズムバッチとキルベイン・ウォーカーが愛用した『ドラゴ・リリック』を想起した。
フォド・ワン・プリズムバッチは後回しにしているが……。
使ったら、転移してしまう可能性が高いんだよなぁ。
『ドラゴ・リリック』に、この魔人ソルフェナトスの魔素のデータと武器類をぶち込めば、『ドラゴ・リリック』のゲーム内に登場させることが可能だったりして。
フィギュア化が可能ならハルホンクに喰わせることも可能?
ソルフェナトスの装備品が使えるようになったりして。
そして、アイテムボックスには夢追い袋のアイコンもある。
ハルホンクにアイテムを喰わせていた時に候補だったアイテムはまだあった。
暁の墓碑の密使ア・ラオ・クー。
虹のイヴェセアの角笛。
ということは……。
暁の墓碑の密使ア・ラオ・クーは暁の帝国ゴルディクスと関わる危険なアイテムってことになる。
そのことは言わず……。
鋼の浮遊岩の件を聞くか。
「次は網の浮遊岩の件を聞きたい」
「魔元帥がどうとか聞いたぞ」
「その魔界から復活した存在の……魔元帥級のラ・ディウスマントルも魔力高位層って言い方でいいのか?」
「ラ・ディウスマントルは魔界の諸侯の一人。魔力高位層って喩えも違うような気もするが……ま、古い言い方の一つと捉えればいい。濃密な魔素の持ち主、高魔力の塊、大魔術師クラスの魔素を持つような、とにかく、魔力高位層ってのは、力を持つ存在ってことだ」
「分かった。で、この烈戒の浮遊岩に置かれた分霊秘奥箱に封じられていた高位魔力層が、魔人ソルフェナトス、ではないんだな」
「はぁ? なんで俺なんだ。俺は部外者だ。その魔軍夜行ノ槍業を追っていたように、昔から、この烈戒の浮遊岩を狙っていたのが、俺だぞ」
へぇ。
「しかし、ふざけたネドーが支配するケルソネス魔法学院のクソうぜぇ連中と、空戦魔導師たちに空魔法士隊の数が多すぎた。更に烈戒の浮遊岩にある……悪愚遺跡の秘……いや、とにかく分霊秘奥箱には入ってねぇ……俺は、その分霊秘奥箱を用いて魔人転生を果たそうとしたネドーの企みを阻止したんだ。感謝してほしいぐらいなんだがな?」
烈戒の浮遊岩に悪愚遺跡?
ここに秘密の遺跡があることは確実か。
魔人ソルフェナトスは『悪愚遺跡の秘……』の部分で厳つい顔なりに、シマッタって表情を浮かべていた。
が、まぁ、ネドーの魔人転生、魔王転生を阻止したんだ。
当然感謝はしているさ。
世話人ガルファさんも同じ思いだからこそ、俺とこの魔人ソルフェナトスを引き合わせたんだろう。
「……感謝はしているさ。で、この烈戒の浮遊岩の分霊秘奥箱に入っていた高位魔力層はどんなモノだったんだ? 大爆発を起こすようなモノか?」
「違う。高位魔力層の名は鬼婦ゲンタールだ。俺の相棒のキストレンスも喋っていたが、その鬼婦ゲンタールは俺と相棒で倒した。他のモンスターもすべて倒した」
鬼婦ゲンタール……。
むっちゃ強そうな名前だ。
大量の乳房を備えた守護者級のモンスターを思い出す。
身震いした。
だから烈戒の浮遊岩がボコボコな現状になったのか。
そして、イヤーカフに内蔵された骨人形のキストレンスも強者か。
「その倒してくれた鬼婦ゲンタールとは、魔界の強さで言うと魔公爵級とか?」
「……そうだな。そういった諸侯の魂だろう」
「諸侯の復活……魔神具を用いても、
「復活や召喚が難しいことに変わりはない。が、神ではなく、諸侯ならありえるからな。そして、この塔烈中立都市セナアプアは多次元が重なり、空間がオカシイ場所も多く、
「その条件に合った場所が、三つの浮遊岩で、その内の一つから鬼婦ゲンタールが復活したと」
「ふむ。俺が倒した鬼婦ゲンタールの復活は完全ではなかったがな?」
「へぇ、魔法学院の生徒たちや、この浮遊岩の人口では魔素が足りなかったのか」
結構な人口のはず……。
「生贄となる者たちは多かったが、鬼婦ゲンタールの完全復活には生贄の数が少なすぎたんだ。それでも〝流転魂魔書〟の作用を逆に利用した鬼婦ゲンタールは、自らの体を構成しうる魂を強引に得て復活を果たした……その鬼婦ゲンタールは頗る強かったぞ……」
「その〝流転魂魔書〟とはなんだ?」
「……ネドーが用意していた書物。十層地獄の王トトグディウスも使ったと云われている魔界四九三書の一つ、〝流転魂魔書〟だ。更に、用意周到なネドーは各浮遊岩にも、魔界四九三書にも劣らない未知の魔造書も複数設置していた。それらの未知の魔造書から出現した魔界のモンスターでさえも生贄とする〝冥慮吸魂魔王召喚陣〟を自らの死と引き換えに発動させていたんだ。つまりはとんでもねぇ人族の爺ってことだ」
「その長ったらしい〝冥慮吸魂魔王召喚陣〟が魔王錬成と呼ぶべき儀式ってことか」
俺がそう言うと、笑う魔人ソルフェナトス。
「フハハ、そうだ! ネドーは三つの浮遊岩のすべてと、この塔烈中立都市セナアプアに住まう者たちの魔素を利用して、強力な魔人、魔界セブドラで言うなら魔元帥か、魔王クラスへと直に転生する予定だったということだ。ほんと、クソな生意気野郎だが、知恵が働く」
マジか……。
ペレランドラを救うための戦いだったが……。
なんというか……。
「たしかに、とんでもねぇ爺だ」
「……同意だ。ネドー本人だけでなく優秀な配下と大魔術師も傍にいたとは思うが、ネドーは自らの死を予定調和として受け入れていたことになる。事前に自らの魂の一部を分霊秘奥箱に封じていたんだから、人族の知恵はマジで侮れねぇ……」
確かに知恵という観点で見れば尊敬に値する。
が、ネドーは白色の貴婦人のゼレナードのような巨悪。
三つの浮遊岩には魔法学院の生徒を含めると数千人以上は住んでいたはず。
その数千人以上に加えて違法な奴隷とモンスターも生贄に利用する〝冥慮吸魂魔王召喚陣〟を発動させて、魔人転生を狙うとか、まさに悪魔その物だ。
そして、ソルフェナトスが語るように……。
ネドー側にいた空戦魔導師と空魔法士隊の人員以外にも、【魔術総部会】の大魔術師クラスがいたかもな。
魔塔エセルハードの戦いを外から見ていた魔術師集団とか?
大魔術師アキエ・エニグマも、【魔術総武会】の内部での勢力争いの一環からネドーたちの不穏な動きを察知していたからこそ、俺たち側に付いたんだろうか。
大魔術師アキエ・エニグマの【魔術総武会】での派閥が血長耳と俺たち側に付いた行動原理が理解できる。
会議の時のシオンって大魔術師は俺に中指を向けてきたが戦おうとはしてこなかったからな。
シオンは彼か彼女か不明だが、アキエ・エニグマと同じ派閥ってことだろう。
と、考えてから、
「……では魔人ソルフェナトスが、ネドーの魔人転生の阻止を……ありがとうございます」
俺が礼を言うと魔人ソルフェナトスは「チッ」と舌打ち。
機嫌を損ねた。
怒ったように片目を大きくさせると、イラッとしたような面で、
「……あ゛ぁ? 勘違いすんな。俺はこの浮遊岩が欲しかったから暴れただけだ。近くの魔塔に住むゴロツキの人族たちも邪魔だから殺した。ここで暮らしていた連中も死んでくれて良かったと思っている魔族側の魔人が俺だ」
そんなことは分かっているが礼は礼。
しかし、魔人ソルフェナトスはそんな礼の雰囲気が気に食わないらしい。
魔眼をギラつかせる。俺は頷いてから、
「……ネドーの魔人転生は失敗したが、このセナアプアに混沌を齎すことには成功したってことか」
魔人ソルフェナトスは俺の表情を確認するように凝視。
そして、少し後退しつつ右手に魔力を溜めている。
その魔人ソルフェナトスが、
「……ふむ。話は終了って面か」
「おう。それじゃ、そろそろ戦うか――」
魔槍杖バルドークを引き抜く。
風槍流の構えを取った。
すると、
「あの大魔獣は降りてこないのか?」
魔人ソルフェナトスはそう俺に聞いてから見上げた。
彫りが深い。
「相棒は俺が戦えば降りてくるかも知れない。が、敵は他にもいるって言ってたからな。用心だ」
そうロロディーヌのことを告げると、魔人ソルフェナトスは一気に破顔。
「フハハハ。槍使い! 噂通り魔英雄と同じく<魔獣の心>と似たスキルを持つのだな! その奥義書に棲まう……異形の魔城の守り手たちの奥義にも期待しようか」
魔人ソルフェナトスは俺の腰を凝視。
茜色の魔眼が鋭く睨むのは、魔軍夜行ノ槍業だ。
「俺の噂か。それより、この魔軍夜行ノ槍業を狙う、いや、追うことができた理由だが……」
「俺はルグファントの戦旗の一部を持つ。戦旗は魔城ルグファントと関わるモノに反応を示す」
「へぇ、だからか」
「……俺は魔城ルグファントで一兵卒だった……魔人武王ガンジスの連中と敵対していた者の一人……だから、魔軍夜行ノ槍業に棲まう方々は俺の、いや、俺たちの目標。神輿で、魔君主たちだった……」
八人の師匠たちはお偉いさんか。
魔人ソルフェナトスにとっては、神輿、魔君主たち。
そして、ルグファントの戦旗の一部を持っているのか。
すると、魔軍夜行ノ槍業が震えて、魔力が出る。
そして、
『魔城ルグファントと関わった一兵卒とは驚きだ』
『……カカカッ、使い手よ。わしらは其奴を知らぬが、戦旗の一部を持ちつつ生き続けているとは、まっこと面白き奴』
『うん、驚き。魔人武王の弟子たちと戦っていたのかしら……それなのに生き続けて、わたしたちの痕跡を追うなんて……泣かせるわね……』
『ふむ、魔城ルグファントの八怪卿の弟子を望む存在は数多いたからの……そして、戦旗の一部を持つとはいえ、魔城ルグファントの後継者の立場を狙っている奴かも知れぬぞ。油断はするな……』
『頭目は厳しいわねぇ。でも、この場所にはナニカありそう』
『一兵卒が、我らのルグファントの戦旗の一部を持ち続けた。その心意気は高く評価したい』
『…………ここには、我の、悪愚槍譜の感覚がある……』
『トースンの魔人武術? 魔槍武術の秘伝書が封じられた石板があるってことかしら。魔人ソルフェナトスは、トースンの魔人武術を継承しているってこと?』
『ほぅ……トースンと関わる槍譜か拳譜か……あの拳の上に浮かぶ骨魔武具は……』
『チッ、怪しいとは思ったがトースンかよ。俺の獄魔槍の〝閻略・遮槍軍槍譜〟とかがあれば使い手は更に強くなるってのに』
『フン! 妾の愛する弟子よ。グルドの蠅槍なぞ捨て置け、女帝槍をもっと極めておくれ。『霊』と『臓』が宿る女帝槍で……妾をもっと突いておくれ……』
『デレたレプイレスは放っておきましょう。そして、使い手。こんな魔人は放っておいて、八大墳墓を目指してよ、墓を破壊して!』
『『そうだ、破壊しろ!』』
『うん! あと雷炎槍譜に関わる物も見つけなさい! そしたら、ご褒美をあげちゃうから!』
鈴の音のような声のシュリ師匠とは、そのご褒美について、ずっと話がしたい。
が、他がうるさくなった。
魔軍夜行ノ槍業に棲まう方々は異形の魔城の守り手でもある。
同時に俺の槍の師匠たち。
雷炎槍のシュリ師匠。
塔魂魔槍のセイオクス師匠。
悪愚槍のトースン師匠。
妙神槍のソー師匠。
女帝槍のレプイレス師匠。
獄魔槍のグルド師匠。
断罪槍のイルヴェーヌ師匠。
飛怪槍のグラド師匠。
『魔界の師匠たち。いつかは八大墳墓の破壊に向かいたい。ですが、今は今――』
と言いながら、魔軍夜行ノ槍業を叩いて感覚を遮断。
「――さぁ、槍使いシュウヤ。準備はいいな?」
声を弾ませるソルフェナトス。
「おう」
「……よし」
静かに息を吐いたソルフェナトス。
マントの間から出ていた細長い腕を横に動かした。
すると、マントは自動的に内部の体と鎧に収斂。
マントを格納できる魔法の鎧か。
魔法の鎧の脇腹から斜めに腰と尻にかけて貝柱的な筋模様がある。
そこから魔風が噴出を始めた。
<魔闘術>に合わせた推進装置か?
そんな高性能な魔法の鎧を装着している魔人ソルフェナトス。
細長い上腕を斜め前へと上げた。
魔力を内包した黒い布が覆った掌を見せる。
拳の上に浮く骨刃は漂ったままだ。
右手の掌から出た魔線が揺らぐと、その掌は閃光を放つ。
すると、地面に刺さっていた魔槍が揺らぐ。
と、その魔槍を掌に引き寄せて掴む。
魔槍を掴んだ魔人ソルフェナトス。
二つの上腕で柄を掴み直す。
満足気に魔槍を眺めてから、その魔槍を勢いよく振るう。
風を切る勢いで、左から右に振るい上げて、下げた。
魔槍の感覚を確かめているんだろう――。
その鋼色の魔槍を傾けた。
そこで初めて魔人ソルフェナトスに尻尾があることを把握。
すると鋼色の魔槍の穂先から怪しい紫色と銀色の魔力がゆらゆらと湧いた。
魔人ソルフェナトスは鋭い眼力で、その揺らめく紫色と銀色の魔力を退かすように俺を睨む。
漆黒色の虹彩と赤い魔眼。
中心は黄金色。
その魔人ソルフェナトスの魔眼から恐怖を感じた。
魔人ソルフェナトスはハッと魔息を吐くと、
「いざ、尋常に勝負」
そう宣言。
俺も応えようとした瞬間、魔素が周囲に出現。
「にゃご――」
「シュウヤ! 本当に敵らしき者が来た! エヴァ、戻って」
「ん――」
『――シュウヤ様、黒装束を着た者と頭部に角がある魔族の者を確認しました』
『はい、先制攻撃ができます』
『了解した。敵が俺たちに攻撃を仕掛けてきてからでいい。二人は、その攻撃を仕掛けてきた敵の背後を取って、一気に仕留めろ』
『『はい』』
魔人ソルフェナトスも魔素の集団に気付いた。
「チッ、こんな時に……」
そう発言したソルフェナトスのイヤーカフから、ゆらりと魔力が湧く。
そこから骨人形のキストレンスが出現。
「だから言ったんだ。敵は、左と右に複数。どうする」
「戦うに決まってんだろうが! で、槍使い。俺との勝負はまた今度でいいか?」
「はは、まだ戦いたいのか。了解だ。そして、望むなら共闘と行こうか? 魔人ソルフェナトスとキストレンス――」
魔槍杖バルドークの穂先をソルフェナトスの足下に寄せる。
「おう――」
「勿論だ――」
魔人ソルフェナトスも鋼色の魔槍を俺の魔槍杖バルドークに重ねた。
キストレンスも骨の小さい手から細い骨剣を伸ばす。
魔槍杖バルドークと鋼色の魔槍に骨剣が衝突すると、火花が散る。
金属音は不思議と心地いい。
魔人ソルフェナトスと骨人形キストレンスは笑みを見せる。
不気味ではある。
が、武人としての笑みだ。
同志に懐かしさを得た。
その魔人ソルフェナトスは頷くと即座に背を見せる。
魔人ソルフェナトスの立ち居振る舞いは、侍的だ。
左側の敵の集団目掛けて駆けていた――速い。
俺は<魔闘術>を全身に纏う。
エヴァたちが降りてきた。
「ん、シュウヤ、角を生やした敵は強そう!」
「ンン、にゃごぉ~」
「うん、キサラとヴィーネは左側だけど、右側も多い」
そう喋るレベッカに魔弾が飛来。
――レベッカを守るように前進。
左手に移した魔槍杖バルドークで、下から魔弾を突き上げて魔弾を粉砕――。
「あ、ありがと」
「なぁに――」
「ん、右――」
エヴァのヌベファ金剛トンファーが冴えた――。
トンファーを握るエヴァの細い二の腕がぶれる速度で振るわれた。
宙空に銀閃の軌跡が生まれるや、キィン、キィィンと音を響かせつつ幾つもの魔弾を弾き切る。
ヌベファ金剛トンファーは強烈。
華麗にトンファーを扱うエヴァの背中を見ながら、
「エヴァ、ありがとう」
「ん――いつものことだ?」
俺の真似をしながら笑みを見せるエヴァ。
可愛いエヴァのヌベファ金剛トンファーに魔槍杖バルドークを当てる。
と同時にエヴァの頬にキス――。
「ん――」
と、エヴァのお返しのキスをもらいたかったが、エヴァの前に出た。
黒豹の姿に縮んでいた相棒と前進――。
狙いは、先頭の黒装束を着た人物だ。
背後にも黒装束を着た集団はいるが――。
「もう! エヴァにだけなの!」
レベッカの嫉妬の声を背中に感じつつ――。
黒装束の男との間合いを詰めた。
その黒装束の男は相棒の触手骨剣を腕に喰らう。
「ぐぁ――」
杖を地面に落とす。
反対の手で腰から長剣を引き抜こうとするが、遅い――。
<刺突>――。
嵐雲の穂先が黒装束の男の胸元を穿った――。
「ンン――」
相棒から連携を望む喉声だ。
よし――。
魔槍杖バルドークを素早く消しつつ相棒の触手を掴む――。
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