六百九十六話 獄魔槍譜ノ秘碑と幻想修行
六幻秘夢ノ石幢を地面に置いた。
一の面は石弓雷魔ノ秘碑。
二の面は乾坤ノ龍剣ノ秘碑。
三の面は蛇騎士長ルゴ・フェルト・エボビア・スポーローポクロンノ秘碑。
四の面は獄魔槍譜ノ秘碑。
五の面は金剛一拳断翔波ノ秘碑。
六の面は魔槍鳳凰技・滅陣ノ秘碑。
四の面の獄魔槍譜ノ秘碑を正面にした。
そして、槍の間合いを取る。
左手を伸ばして風槍流の構えを取りながら……。
独鈷魔槍を右手に召喚――。
揺れた腰の魔軍夜行ノ槍業が、
「ドクンッ」「ドクンッ」「ドクンッ」
と、前と同じく連続した心臓の鼓動音を轟かせる。
『おぉぉ、ついにか! 使い手! さっさと獄魔槍譜ノ秘碑の封印を解くんだ』
『言われなくてもそのつもりです。グルド師匠!』
『いい気概だ! 使い手、いや、新しい弟子!』
『はい、しかし、セイオクス師匠とレプイレス師匠に対してもですが……弟子の宣誓が、まだのような気も……八大墳墓の破壊も実行していない』
『あぁ、確かに。俺たちの本懐は八大墳墓の破壊であり魔人武王とその弟子の討伐だ。しかし、弟子の宣誓? 律儀だな。魔城ルグファントの八怪卿の頭目でもあったグラド爺はどうだか分からんが、弟子よ、俺様は下らん形式には拘らない。過去、お前が念話を通じて〝学べるなら学びたいです〟と思念を寄越しただろう』
『はい』
『あの時点でもう決まったようなもんだ! そして、お前は忘れているかも知れないが、直に光魔ルシヴァルの、お前の濃密な魔力を俺ら、この魔軍夜行ノ槍業に注いだじゃねぇか。あの時点で、他は知らねぇが……俺はお前の師匠なんだよ! その効力は永遠だ! さぁ気合いを入れろ律儀な弟子――お前さんの『天運』を見せろ、あの忌ま忌ましい腕にぶちかませ!』
六幻秘夢ノ石幢の四面の魔槍を持つ腕の絵か。
刹那――その魔軍夜行ノ槍業が、
「ドクンッ」「ドクンッ」「ドクンッ」
と、心臓の鼓動音を轟かせる。
その心臓の鼓動音と合わせるように、
われら、八大、八強、八怪、魔界八槍卿の魔槍使い。
われら、八鬼、八魔、八雄、魔界八槍卿の魔槍使い。
われら、魔城ルグファントの八怪卿の魔槍使い。
われら、かつての異形の魔城の守り手!
われら、唯一無二の魔界八怪卿なり!
復讐の怨嗟に燃え滾る、異形の魔城の守り手!
われら、ルグファントの八怪卿なり!
われら、魔界八槍卿の魔槍使いなり!
師匠の方々が重低音で歌声を響かせてきた。
同時に、魔軍夜行ノ槍業から洩れる硬質な魔力が出る。
そのグルド師匠の気合い溢れる意志が宿ったようにも見える硬質な魔力は、独鈷魔槍を避けつつ俺の左側の周囲に拡がった。
俺は独鈷魔槍に魔力を通す。
独鈷魔槍の両端から杭を頂点とする銀の刃が伸びるや――。
腰を落とし、独鈷魔槍を握る右腕を脇に寄せる。
そのダブルブレード的な独鈷魔槍で六幻秘夢ノ石幢を見据えるように風槍流の構えを取る。
そして、右手が握る独鈷魔槍の銀刃を押し出す<刺突>を繰り出した――。
四の面の獄魔槍譜ノ秘碑に独鈷魔槍の銀の杭刃が突き刺さる。
衝突面から歪な形の魔印がパッと散るように出現――。
衝突した四の面から眩い光が迸った。
――眩い光は魔軍夜行ノ槍業の硬質な魔力と繋がると――。
セイオクスさんとレプイレスさんと同じく――。
魔軍夜行ノ槍業の表紙にある悪魔模様の珠玉が炳焉に輝く。
魔軍夜行ノ槍業から鏃の形をした魔法文字が出現するや――。
魔法文字を背景とする魔力の波にグルド師匠が映った。
『素晴らしい武力と魔と心だ! 痺れるぞ使い手ぇぇ! 良くやったァ!! グハハハ、静寂は散ったァァァ――』
世紀末感溢れるマハハイム語だ。
双眸の色合いは黒色と黄金色。
鼻筋が発達して少し鼻が高い。
頬骨と顎骨の一部が傷を受けて陥没して、魔力を発している。
厳つさもあるが、セイオクスさんより若い?
イケメンの部類かも知れない。
『使い手よ、分かっていると思うが、俺が魔界八槍卿が一人、八怪卿と呼ばれた獄魔槍グルドである!』
『はい、グルド師匠。四面の魔槍を持つ腕は、グルド師匠の?』
『……腕は違うが、魔槍の絵柄は俺の獄魔槍である。だから、この魔軍夜行ノ槍業でもう一度獄魔槍譜を貫け。そうすれば、セイオクスやレプイレスまでとはいかないかも知れないが……お前なりに、俺の魔人武術及び魔槍武術の秘伝書として理解ができるはずだ』
『はい』
その魔軍夜行ノ槍業を掴む。
ラ・ケラーダの心持ちで――。
独鈷魔槍を下げて押忍! と空手の挨拶を行う。
そして、
「では、修業を開始させてもらいます!」
と魔軍夜行ノ槍業を、四面の獄魔槍譜ノ秘碑にぶち当てた――。
刹那――六幻秘夢ノ石幢の四面が揺らいだ。
魔軍夜行ノ槍業を持つ手を引く。
四面の絵柄の魔槍を持つ腕に亀裂が走った。
亀裂が開くと、中にある腕だった模様の一部が岩として斜めに突き出た。
突き出た岩には、紙片らしきモノが編むように結んである。
絡まった紙片が自然と解かれて、折りたたまれてあった紙片が開いた。
俺の眼前に、その開いた眩い紙が浮かぶ。
――眩い紙片の内側の中央に『獄魔槍譜』と記されている。
読めるのはそれだけ。
紙片の四方の要所に特徴的な神代文字風の未知の文字が書かれてあった。
右隅と左隅にも象形文字があり、いたるところに呪術的な文字もある。
その紙片が散ると、それらの紙片の一つ一つに刻まれた神代文字風の文字が意味があるように光りつつ一気に俺の頭部へと飛来――。
避ける暇はない。
額に文字を刻む紙片が衝突。
紙片は魔力の塵になって俺の頭部に入り込む――。
と、脳の中心が熱くなった。
位置的に松果体だろうか。
何かが弾けた感覚を得た、同時に魔力の波動が体全体から迸る。
体が熱い――同時に視界が揺らいだ。
絵画の未知な世界を覗くような感覚から――。
その視界ごと、俺の意識が、その未知な世界の中に引っ張られる感覚を受けた瞬間――。
視界が変化。
ここは魔界の戦場か。
グルド師匠と見知らぬ魔人が戦う場面に変化した。
見知らぬ魔人は、一対の赤茶色の角を頭部に持つ、ザ・魔人の厳つい方。
デルハウト系だが、デルハウトのような髭か尻尾かの特徴的な器官は、頭部にない。
角あり魔人とグルド師匠の戦いは拮抗。
この角あり魔人は、魔人武王の弟子か?
ところが、グルド師匠は片腕が飛ぶ。
と、魔槍を奪われてしまった。
四面の絵柄の構図か。
刹那、その片腕を失ったグルド師匠と俺は一体化した。
俺も片腕がない。痛いってより喪失感か。
不思議だ。
そのグルド師匠は右腕を失ったが構わず、宙に月を描くような鋭い回し蹴り――。
※ピコーン※<湖月魔蹴>※スキル獲得※
角あり魔人の胸元に強烈な魔蹴りを喰らわせる。
角あり魔人は派手に吹き飛ぶが魔槍の柄で地面を突いた衝撃で回転しながら起き上がっていた。
魔槍と片手を回しながら構える。
魔力が全身から迸る角あり魔人。
骨のブーツから蒼い炎が迸る。
確実に強者。
片腕のグルド師匠は咆哮――。
地面に落ちていた、ただの鋼の槍を拾っては――。
その鋼の槍に魔力を通しつつ前進。
鋼の槍は、グルド師匠の魔力に反応するや柄から鋼の鱗を生み出す。
それは柄の内部で化学反応でも起こした的な、鋼の鱗の増殖だ。
グルド師匠の体と防護服からも鋼的な部位が、鋼の槍に付着、吸着していった。
ゼロコンマ数秒も経たず、一瞬で、鋼の槍は、円錐状の穂先に変化した。
鋼が多重に、段々と重なりつつ先が細まっている。
穂先はブロードソードにも見えた。
そのランス的な多重鋼の槍で<刺突>系の突技を繰り出す。
黒鋼色の魔力を宿す<刺突>系の技は、角あり魔人の扱う魔槍の柄で弾かれた。
が、グルド師匠は足に血色の魔力を宿しつつ、その足から閃光を放つような鋭いミドルキックを繰り出したが、角あり魔人は半歩退いて、胴体に迫ったグルド師匠のミドルキックを避ける。
グルド師匠は、避けた角あり魔人を追うように多重鋼の槍で<豪閃>を繰り出した。
その薙ぎ軌道の<豪閃>の刃を魔槍の柄で防御する角あり魔人。
クルド師匠は続けざまに、左手で殴るフェイクを入れるや、多重鋼の魔槍を引いては、その多重鋼の魔槍を素早く突き出す<刺突>を繰り出した――。
が、素早い角あり魔人は、その<刺突>を反対方向に体をゆらりと動かして、避けた。
グルド師匠は半身の姿勢のまま右足で地面を踏み噛むような踏み込みから、多重鋼の魔槍の柄を左手で持ち上げる。風槍流『顎砕き』的な武術だ。
斜めしたから振るった多重鋼の石突が角あり魔人の顎に向かう。
が、角あり魔人は魔槍を斜めに上げて、魔槍の下部の柄で多重鋼の石突を防いだ。
防いだが、角あり魔人は防戦モードだ。
片腕のグルド師匠は、失った片腕を上げたフェイク。
そこから、多重鋼の槍を下から放り投げるように振るう――。
と、角あり魔人は双眸を鋼のように鋭くさせて反応。
グルド師匠から奪った魔槍を下方に傾けた。
薙ぎ軌道の多重鋼の槍の下腹部に迫る攻撃を、魔槍の柄で受けては、柄の上を滑らせて、グルド師匠の扱う多重鋼の槍の攻撃を防いだ。
多重鋼の槍の穂先は激しい火花が散らしつつ、角あり魔人が持つ魔槍の表面を滑った。
下からの振るい上げをずらされて防がれたグルド師匠は接地が狂うかと思いきや、滑る多重鋼の槍を手元に引きつつ後部の柄を押し出した。
力で角あり魔人を押し込めつつ、迅速に間合いを詰める。
角あり魔人も、魔槍でグルド師匠を押し返すように――。
その魔槍を回転させつつ横移動するや片腕全体から出した環が重なった刃を振るった。
グルド師匠は、突然に腕から出た環の刃を屈んで避けた。
いや、眉間が熱いし血飛沫が飛ぶ。
額に傷を受けたグルド師匠は片腕が握る多重鋼の柄を――。
その環の刃に当てて、なんとか弾く。と、片方の視界が血濡れた半視界となりながら、多重鋼の槍の柄を振るって<豪閃>――角あり魔人は、腕防具を展開させつつ掌を拡げた。
グルド師匠の<豪閃>を、その拡げた掌で捕らえるように、胸元で多重鋼の柄を受けて防いだ。
と、防いだ多重鋼の槍の柄を下へと投げ捨てるように、跳躍した角あり魔人――。
同時に跳躍した勢いを乗せた魔槍を迅速に振り下ろす――。
見上げること動作もしないグルド師匠は、多重鋼の槍を掲げて、角あり魔人の魔槍の振り下ろしを受けた。
受けた多重鋼の槍から火花が散る。
更に、鋼の鱗が剥がれ落ちて細い鋼の槍に戻った。
が、その軽くなった鋼の槍を活かすように、鋼の槍を縦回転させた。
角あり魔人が持つ魔槍をずらしつつ、回転させた鋼の槍を手元に引く。
そして、引いた鋼の槍で<刺突>を繰り出す。
鋼の槍の穂先は、角あり魔人の鎧の胸元に突き刺さるかと思ったが――。
軽くなった影響で角あり魔人の鎧に弾かれて折れた。
が、折れることは想定済みのように拳を繰り出す。
角あり魔人も魔槍ではなく拳を出した。
拳と拳が衝突――。
その拳と拳の衝突面から閃光が迸る。
一瞬、視界がセピア色に変化した。
また直ぐにリアルな視界に変わる。
グルド師匠と一体化が続く俺は、脳内が焼け付く感覚を受けた。
グルド師匠はスキルを使用した?
加速――前のめりから、これは新しい魔人武術の組手か。
グルド師匠は、片腕の血飛沫を操作?
血が角あり魔人に降りかかった。
刹那、先ほど獲得した変形<湖月魔蹴>の蹴りから――。
右足の踵の踏み込み代わりの踏みつけ蹴りを敢行。
血を浴びた角あり魔人は混乱したのか、反応が遅れた。
グルド師匠は、角あり魔人の軸足を封じた直後――横回転――。
拳から角刃が出た裏拳を、角あり魔人の右肩に衝突させた。
角あり魔人の右肩の鎧を裂いて吹き飛ばす。
続いて体重を沈める動作からの、左肘を真っ直ぐ繰り出す。
強烈な打撃を、角あり魔人の脇腹にぶち当てた。
角あり魔人は苦悶の声を上げたようだ。
が、俺には聞こえない。
角あり魔人は衝撃で背後に飛ぶが、飛ばさないように、グルド師匠は前進。
膝蹴りを、その退き飛ぶ角あり魔人の右脇腹に喰らわせる。
更に退き飛ぶ角あり魔人。
グルド師匠は、突如、腕を生やした。
しかも俺の腕で、独鈷魔槍を握った状態。
グルド師匠は、またもや激烈な声で、咆哮――。
が、俺の声帯は震えないしオカシナ感覚だ。
声も出ない――グルド師匠と俺は独鈷魔槍で<刺突>を繰り出した――。
角あり魔人の首に銀刃が吸い込まれる。
かと思ったが――。
角あり魔人はグルド師匠の魔槍の柄で、独鈷魔槍の銀刃を防ぐ。
俺は脳が焼けないが、そのぐらいの勢いで痛む。
続けて素早く右手を引いたグルド師匠は、前進し踏み込む。
再び、独鈷魔槍の銀刃の<刺突>を角あり魔人の胸元に繰り出した。
対決する角あり魔人の胸元を貫いた。
黒鋼色の皮膚鎧も関係ない。
その角魔人は悲鳴をあげたような面を見せる。
声は聞こえないが、震動波的なモノは感じた。
グルド師匠と一体化している俺は独鈷魔槍を引く。
刹那――。
相対する角あり魔人は、まだ生きていた。
が、グルド師匠から奪った魔槍を落とす。
その落ちた魔槍を引き寄せる――。
グルド師匠の<念動力>か?
<
すると、俺の独鈷魔槍と、そのグルド師匠の魔槍が重なった。
いや、独鈷魔槍は消えて黒鋼色の魔槍に変化した。
――この世界その物が幻影、否、幻想修行か?
頗るリアルだ――。
更に『これが獄魔槍:<魔槍技>が一つ! <獄魔破豪>だ! 受け取れ――』
と、グルド師匠の思念が意識内に谺するや魔力の奔流的な凄まじい唸りが体から迸る。
グルド師匠の構えが――。
自動的に俺の体に焼け付く感覚を受けた。
黒鋼色の魔槍がグルド師匠の血肉を纏う。
同時に魔力の波動を発しつつ黒鋼色の魔槍と共にグルド師匠は螺旋機動で宙を突貫。
壊槍グラドパルスのような機動だ。
黒鋼色の魔槍が相対する角あり魔人の体を派手にぶち抜いた。
同時にグルド師匠から迸る魔力の奔流を、俺が直に吸収していると分かる。
今度は、逆に、腕が黒鋼色の魔槍に吸われるような感覚を受けた。
刹那、視界は元通り――。
目の前の六幻秘夢ノ石幢はそのまま。
四面に刺さっていた独鈷魔槍が、四面の模様を弾き飛ばす。
独鈷魔槍を引きながら俺は離れた。
六幻秘夢ノ石幢の四面に一点の傷跡が残ったが……。
それ以外はまっさらな状態となった。
すると、
『獄魔と氣滅活』
『鵜牙魔王』
『先天八盤十二魔槍――獄魔破豪』
と、文字が浮かぶ。
『槍が来たりて来たりて、神々に関わることなく、魔界の大地を獄魔が征くがごとく『獄魔』と『破豪』が宿る。反躬自省のまま『鵜運・魔極魂秘訣』を獲得し、『獄魔破豪王槍把』を得るに至り、獄魔槍の絶招に繋がる』
※ピコーン※<獄魔破豪>※スキル獲得※
同時に魔力を得ては、失った感覚を得ると……。
高揚感と疲労感を得た。
魔軍夜行ノ槍業は自然と腰に戻っていた。
自然と肩で息をするように片膝を突いていた。
ふぅっと……息を吐く。
腰に戻っていた魔軍夜行ノ槍業の金具がパチッと閉まった音が聞こえた。
表の片手がない魔界騎士のような姿の騎士の片手の血の形が変わっているような気がしたが、気のせいか?
すると、右腕の戦闘型デバイスの風防にアクセルマギナが浮かぶ。
膝に乗った右腕の真上に傾くように立つアクセルマギナ。
スカートで魅惑のデルタゾーンを隠すそぶりを見せずに、
「マスター? 大丈夫ですか」
と、聞いてくる。
「あぁ」
「独鈷魔槍で突いた石幢の一部が散ったかと思ったら……マスターの体内へとスペクタキュラー的に粒子が取り込まれましたが……」
「アクセルマギナには、そんな風に見えていたのか」
「はい、凄かったです」
すると、周囲に野良猫たちが集まってきた。
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