六百五十六話 エメラルドグリーンの滝壺

「ジョディのところに移動しよう」

「はい」

「にゃ~」


 坂を下り岩を蹴って山間を駆けた。

 フォルニウム火山の中腹に入る形か。

 無数の樹木と岩壁の段差を利用して造り上げた大きな門は燃えて崩壊中。煙の正体はこれか。そして、魔闘術を纏った速度についてくる汎用戦闘型アクセルマギナ。

 ――岩場をアクセルマギナの足が捉えた時に、彼女の足がカモシカのように変化すると筋肉がしなり強い反発力を見せた。

 そのバネのような足の動きから近接格闘も強そうな印象を受けるが、実力は未知数。


「ンン――」


 相棒が喉を鳴らす。

 そのアクセルマギナの鋼鉄と素足が作る高機動の真似をしつつ跳ぶ。

 後脚で岩を捉えては前方へと跳ねるように移動。

 三角跳びを繰り返しつつ付いてきた。

 俺は足を止めて、皆を待つ。

 先の岩場の上でジョディが巨大なリザードマンを斬り伏せる。

 と、白蛾が舞うのを見ていると、黒豹ロロが先に来た。


 足に頭を衝突させてくる。


「ンン、にゃあ」

「ガォ」 


 相棒の頭を撫でると、琥珀が飛翔――俺の肩に移る。


「ンン」


 ロロディーヌはその場で、岩を登って宙空で回転。

 黒豹の四肢が躍動する姿は美しい。

 相棒が着地しながら先を見据えると、アクセルマギナも到着。


「リザードマン勢力の基地のようですね」

「あぁ、ジョディは、あ、先に行ったか。んじゃ、俺たちも奥に向かうか」

「にゃ!」

「はい――」


 そのまま皆でジョディが消えた先に向かう。

 岩壁にある蛇人族ラミアの像は破壊されている。

 通りにはリザードマンの宗教的な儀式が行われた跡もあった。

 蛇人族ラミアの大人や子供だったであろう骨という骨。

 槍と剣が地面に無数に突き刺さっている。


 近くには骨の塔。

 リザードマンのマークが揺らぐ。

 壁際には蛇人族ラミアの頭蓋骨も積み重なっていた。

 人族の頭蓋骨も並ぶ。あれはグルドン帝国の兵士たちの骨か?

 そういった人族の骨は古いと分かるが……。

 リザードマンは、グルドン帝国に従っていると思っていたが、一部は従っていないとか?

 リザードマンの勢力も多岐に渡るのか。

 リザードマンも首領ごとに考えが違うとか?


 虎獣人ラゼールも一枚岩ではなかった。

 皆、部族ごとに、違った考えを持ち、個性があるのは、同じか。


 ……骨の塔には魔素の気配はない。

 ジョディが進んだ先は洞穴か。

 ママニとヴィーネの<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を感知。

 洞穴からは蒸気的な煙が出ていた。

 湿り気がありそうな洞穴だ。天井はアーチ型。


「――あの洞穴に向かう」

「にゃお」

「はい」

「ガォォ」


 水気が増すと同時に洞穴に突入――。

 洞穴の右側の壁には歴史的な蛇人族ラミアの壁画がある。

 が、その途中からリザードマンが無理に削ったような痕が目立つ。


 天井には蔓と苔が生えていた。左は苔と蔓のカーテン。

 その左の植物が織り成す自然のカーテンの向こう側から光が漏れて綺麗だった。

 その明かりで視界は良好。


 滝の音も響く――吹き抜けか。

 水飛沫も緑のカーテン越しに感じ取る。


 洞穴の天井を伝う水が、雨のように俺たちに降り注ぐ。

 滝から水か。洞窟を湿気で満たす。

 その苔と水分に満ちたねっとりした空気を味わうように深呼吸。

 一部の天井の形は鍾乳洞っぽい。

 左側の苔と蔓のカーテンを退かせば、底は滝壺だろうし、景色が良さそうだ。

 付近の岩に貼り付いた苔と光沢した植物類は栄養がありそう。


 ――デボンチッチの姿はない。

 が、カタツムリとか蜥蜴はいる。


 羽虫も舞う。苔だけでなく、蛇人族ラミアの皮で作られた部族の旗とリザードマンの人形が無数にぶら下がっていた。呪いがありそうな人形だ。

 蛇人族ラミアの血の跡が染みついた岩の柱もあった。


 正面は洞穴の道が続く。皆が戦うのは奥の間か。

 皆で石柱の間を走った。

 肩の琥珀が健気に吼える。


『――閣下、水の精霊ちゃんが多いです』

『空気の質も様変わり。火山が近いとは思えない』

『そうですね。ここなら……わたしも』

『おう。あとで頼むかも。今は<精霊珠想>系の準備だけでいい』

『はい』


 洞穴は奥行きが広い。

 奥に向かうと、岩壁を削って造り上げた遺跡的な石砦が奥に見えた。

 ヨルダンにあるペトラ遺跡風だが、アバクスの下の中央にリザードマンの頭部がある。

 アーキトレーブとエンタブラチュアに、玉縁には蛇人族ラミアを突き刺す剣の意匠もあった。その模様といい柱を構築する石部分はしっかりと太く分厚い。

 

 あれがリザードマンの根城か。

 

 手前は広場的で石柱が並ぶ。右側は岩が重なって砦の奥に続く。

 さっきと同様に、左側は吹き抜けだった。

 その縁沿いの奥には、滝壺に向かうであろう坂道の出入り口があった。

 出入り口の手前にはリザードマンの兵士が立つ。

 その背後には、破壊された一対の蛇人族ラミアの像がある。


 坂道の滝壺の出入り口を示す蛇人族ラミアの一対の像だったっぽい。

 破壊を受けた石組みの門だが……。

 その破壊でさえ一種のアートさを感じるぐらいに、古びた遺跡に見えた。

 皆は、その左奥ではなく、中央の広間でリザードマンの集団と戦っていた。


 ママニとビアにヴィーネにジョディ、そして、ヴェハノ。

 ――俺もすかさず参戦。

 ビアの<麻痺蛇眼>で動きが止まったリザードマンを狙った。

 《氷矢フリーズアロー》を繰り出す――《氷矢フリーズアロー》は速い。

 ヒトデバージョンの防護服のお陰だろう。魔法の速度が上がった。

 《氷矢フリーズアロー》は洞窟の宙を劈く勢いだ。

 ――《氷矢フリーズアロー》が標的のリザードマンの頭部をぶち抜く。

 背後のリザードマンには突き刺さらず。魔法の兜をかぶるリザードマンに《氷矢フリーズアロー》は弾かれたが、魔法の威力は上がった。

 ミスランの法衣バージョンに変えたら、もっと魔法の威力は上がるかな。

 だが、今の防護服はヒトデ模様がすこぶるお洒落だ。

 魔法戦士的な姿でもあるから、これでいくか。


「ガォ~」


 肩に乗る小さい琥珀が『攻めるのだぁ』といったように吼える。

 それとも魔法の威力を褒めている?

 その琥珀は竜頭金属甲ハルホンクから出た竜の髭が小さい虎の体に巻き付いて、振り落とされないようになっていた。専用のハーネスみたいで可愛いが格好良さもある。


 ――俺は竜頭金属甲ハルホンクを操作していない。

 ハル君が意外な一面を見せる。感心しながら前進すると――。

 ――前衛に位置するママニがアシュラムを<投擲>。


 彼女の狙いは、俺の《氷矢フリーズアロー》を喰らっていないリザードマン。

 円盤状の武器のアシュラムが、そのリザードマンの戦士の頭部と衝突。

 ママニは<投擲>したアシュラムを手元に引き戻しつつ――。

 盾を両手に持つリザードマンの間を突くように突進――。


「ぬぁぁぁぁ」


 と、吼えたママニ。前傾姿勢からの右回し蹴りを敢行。

 ママニとの間合いを詰めていたリザードマンの胴体を蹴り飛ばした。

 そして、その回し蹴り直後の隙を狙うリザードマン。

 そこにビアがママニの横から出た。

 魔盾で、他のリザードマンが振るった剣刃を防ぎ、弾く。

 ビアの見事な盾使いらしい動き。

 そして、その剣刃を繰り出したリザードマンに向けてビアは、


「キショエエエエッ!」


 と、咆哮しつつガスノンドロロクンの剣を真横から振るう。

 ガスノンドロロクン様の降臨――。

 といったような勢いで黒い稲妻が迸る。


 黒い閃光がリザードマンの群れを輪切りに処す。


「ガォ、ガォ~」


 琥珀もびっくりするように吼えた。


 ――凄い一撃だ。

 更に、赤い稲妻? いやビーム弾だ。

 リザードマンの鎧から火花が散る。

 鎧に赤い孔ができると、驚愕したような表情を浮かべたままリザードマンは倒れた。


 ビーム弾を射出したのは、俺の横に位置するアクセルマギナだ。

 スタンディングポジションからスムーズに片膝を地に付けた状態に移行しつつ射撃が続く。

 ニーリングポジションだ。AIだから射撃精度はスタイルに拘らずとも正確だとは思うが。

 P-90と似た近未来の武器を姿勢よく構えるアクセルマギナ。

 お? 途中から岩を利用しつつシッティングポジションに移行した。

 その銃口からエネルギー弾を連続的に射出する。

 格好いいぞ。岩から離れて、鋼鉄の腕に銃を乗せつつ射撃を繰り返す姿は、どこぞの特殊部隊。


 アクセルマギナが射出するアサルトライフルを彷彿する熱の弾を喰らったリザードマンたち。

 次々に、体から火花が散る。

 エレ銃のような威力はないが、俺が持つフォド・ワン・カリーム・ビームライフルぐらいの威力はある。

 が、リザードマンの中には魔法の鎧を着た存在もいるようだ。


 ビーム弾を中和させている強烈なリザードマンも存在。

 ビアの黒い稲妻の斬りも効いてない。

 前線のリーダー格か。

 赤い衣服でもないし、角はないが、蒼い衣装が目立つリザードマン。


 んだが、盾をも撃ち抜くことが多いアクセルマギナのビーム弾だ。

 要するに、<従者長>のフーのような、礫の魔法が詠唱無しで使えるのと同じってことだ。


 武器としては魔道具の杖と同じく、高性能だろう。

 すると、目の前で血文字が躍る。

 ヴィーネの正確無比な血文字だ。


『ご主人様、リザードマンの砦の前門は制圧。しかし、ご覧の通り洞穴と連結した右奥の石砦は分厚く、手前の蒼いリザードマンと、まだまだリザードマンには大物が控えている様子。増援部隊も多いです』


 と、血文字を寄越したヴィーネ。 

 そのヴィーネが位置するのは、前線のビアとママニとヴェハノの後方。


 俺たちの少し前に位置する。

 そのヴィーネはラシェーナの腕輪を使う。

 黒い小さい精霊ハンドマッドたちの能力で複数のリザードマンの動きを止める。

 前線の三人の動きを補佐。

 続いて、ヴィーネは、番えた翡翠の蛇弓バジュラから光線の矢を放つ――。

 ――宙に光線の軌跡を描きつつ飛翔する光線の矢。

 リザードマンをヘッドショットで沈めた。

 黒い小さい精霊ハンドマッドが絡まるリザードマンたちは動かない標的だ。

 優秀な射手でもあるヴィーネにとっては楽な仕事だろう。

 そして、矢が刺さった瞬間に緑の蛇が周囲に浸透して、爆発するのは、どの敵だろうと変わらない――魔毒の女神ミセア様の力。魔界の女神からの祝福の武器だ。

 やはり、翡翠の蛇弓バジュラは凄い武器。


 ――魔毒の女神ミセア様にお祈りをしておこうか。

 ――ありがとうございます。


 刹那、生暖かい風が体を吹き抜けるが、気にしない。

 ヴィーネもその風を受けて、何かを感知したように、俺のほうをチラッと見た。


 俺は頷く。

 銀色の虹彩が綺麗なヴィーネ。

 彼女も微笑んでから頷いた。


 その愛を感じるヴィーネは右の壁際と左の崖から続く洞穴っぽい地下道に視線を移す。

 赤い鱗の鞘が目立つガドリセスの剣が腰元で揺れていた。


 続けて、翡翠の蛇弓バジュラを構えたヴィーネ。

 素早い弓道的な所作で、光線の矢を放つヴィーネ。

 弓の形を大きく変えてからの<速連射>のスキルかな。


 前衛のママニとビアを数で潰そうと第二波的に集結しつつあったリザードマンたちの頭部をヘッドショット。

 ヴィーネの翡翠の蛇弓バジュラを構えた姿は絵になる。


 光沢した銀色の髪が靡く姿は、ダークエルフらしい。 

 射手技術も剣も魔法も<血魔力>も順調に成長していると分かる。


 そこにジョディが視界に入る。


 壁際で一人飛び出す形となったヴェハノのフォローを行うジョディ。

 そのヴェハノもフォローが必要ないぐらい強い。

 流星錘の鉄球を振るって、リザードマンの胴体を潰してその突っ伏したリザードマンの肩を踏み潰すように、腹で突いて踏み台に利用した細身の蛇人族ラミアのヴェハノは、右壁に跳んだ。

 その壁に蛇人族ラミアの蛇腹の鱗が並ぶ一部を変化させた腹の部位を衝突させる。


 腹に秘めた能力を活かす形か。

 ビアは、暗部の技と語っていた。

 裏ヴェハノ区の一族。


 その下っ腹から重なった鱗状のモノで、段差のある壁を、器用に掴みつつ、壁をするする上りながら、その壁を蛇腹で蹴ると宙空に回転。

 その宙空から流星錘を振るう。

 下にいるリザードマンの頭部を潰していた。

 盾を掲げていないリザードマンは次々に振るい落ちてくる鉄球によって頭部が潰れて死んでいく。

 ――モグラ叩きのように見えるが、ヴェハノは実に軽快な動きだ。


 そんなヴェハノの着地際をしっかりとフォローするジョディ――。

 サージュの大きな鎌を一回、二回、三回と振り下ろしつつ前を駆け抜ける。

 こちらにまでスパッスパッと音が聞こえてくるぐらいに快調な動きのジョディ。

 <光魔ノ蝶徒>が洞穴を進むたびに白蛾とリザードマンの血飛沫が舞う。


 その都度、リザードマンたちの体が分断。

 首をなくしたリザードマンはバタバタとその場で倒れた。


 同時に<光魔の銀糸>で絡めたヴェハノを前線から引き離す。


 ヴェハノは、その背後で翡翠の蛇弓バジュラを構えたヴィーネを越えて、俺たちのほうまで転がってきた。 

 血と銀に輝く糸に絡まった、そのヴェハノを守るように立った黒豹ロロディーヌと俺。

 横ではアクセルマギナが膝を地につけて銃を構えている。


 その銃口から射出されたビーム弾。

 相棒が、そのビーム弾を見ては、銃口に顔を近づける。


「あ、ロロ――銃口は危険だから、だめだ。先端に頬を擦りつけるのは禁止」

「ンン、にゃおお」


 相棒は『分かっているにゃ』風に鳴いて傍に転がるヴェハノに頭部を寄せて匂いを嗅いだ。

 まだ倒れているヴェハノの蛇腹に神獣ロロは肉球を押し付けていた。

 そして、ヴェハノの顔に向けて、片足を上げる。


「にゃぁ」


 と、肉球挨拶。

 俺は気にせず、そのヴェハノに、


「――よう、立てるか?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 相棒の肉球の洗礼を受けたヴェハノに手を貸す。

 起こしてあげた。

 そのヴェハノに、


「ここは滝壺に向かう地下通路のようでもあるが」


 と、左奥にある坂道の出入り口を差す。 


「はい、ここはもう既に蛇人族ラミアのスポーローポクロンの秘境の一つ。【大地道蛇牙ノ滝】と【蛇樹葉】に通じる地下道。ここをリザードマンの首領の一人、ドッバザンの勢力が根城にしたようです……」


 ヴェハノの語りようは憎しみに溢れている。

 表情は苦しそうだ。


「ヴェハノ、大丈夫か」

「は、はい。さきほど、家族らしき骨が……」

「え……」


 と、太い大腿骨に突き刺さった小さい盾に破片の一部を見せる。

 そこにはヴェハノの一族のマークらしき紋様が刻まれてあった。


「……ヴェハノ」

「大丈夫です。戦います。わたしが故郷の近くで戦い続けてきた理由ですから」

「そうか、分かった。リザードマンを倒そう」

「はい」


 隻眼を含めて、両方の瞳から涙が流れているヴェハノ。

 俺には血の涙に見えた。

 この地方で生きる種族たちの戦争には正直、分からないことが多いが……。

 いや、悲しんだところで、ここは戦場――。

 今は、ヴェハノの想いを受け止めるだけでいい。


「……左側に坂道があるが、あの先が伝説の蛇騎士長の滝壺かな」


 俺の問いに涙を拭ってからヴェハノは、


「はい。リザードマンに荒らされてなければ、滝の底に、古い蛇騎士長たちを奉る祭壇と墓があるはず」


 墓か。

 と、ヴェハノの言葉を聞きながら相棒とアイコンタクト。


「ンン――」


 相棒はガドリセスに持ち替えたヴィーネと一緒に前線に出た。

 俺は闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトを触る。

 沸騎士たちに『出ろ』と念じつつポケットから魔造虎を出した。

 闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトから魔の糸が地面に付着して、その地面から沸々とした沸騰するような音が響く。

 地面からもくもくとした煙が昇る。


 黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミに魔力を通した――。


 沸騎士が誕生する証拠の赤と黒の煙が上がる中、黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミが出た。


「ニャオ」

「ニャア」

「よう、アーレイとヒュレミ。相棒の黒豹ロロと、これから魔界セブドラから来る沸騎士たちと連携して前線を支えろ。ただし、ヴェハノの守りを優先だ」


 すると、肩にいた琥珀が、



「ガォ――」


 と、竜頭金属甲ハルホンクから離れた。

 しかも竜頭金属甲ハルホンクからハーネスのような部品を受け取ったままだ。


「ニャアァ」

「ニャゴォン」


 黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミの大虎と琥珀は俺に対してスフィンクスの姿勢で頭を垂れてくる。

 三匹とも、尻尾が激しく左右に揺れている。


 可愛いから弄りたくなったが、我慢。


「ははは、俺のことはいいから、相棒の傍にいって活躍してこい。琥珀は落ちるなよ?」

「ニャアァ」

「ニャオォ」

「ガォ」


 聞き分けのいい二匹と一匹。

 黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミは素早く楽し気に立ち上がる。

 黄黒虎アーレイの頭に乗った琥珀。

 その黄黒虎アーレイの頭に自然と絡む琥珀のハーネス。

 黄黒虎アーレイに小さい虎の帽子をかぶせたように見えた。


 その琥珀を乗せた黄黒虎アーレイは相棒の近くに走っていく。

 白黒虎ヒュレミ黄黒虎アーレイの頭に乗る琥珀に「ニャォ」と挨拶しながら横を走る。


「閣下ァ! ゼメタスがここに!」

「閣下ァ! アドモスがここに!」


 片膝を地面につけた状態で誕生した沸騎士たち。


「ゼメタス、アドモス。ここは蛇人族ラミアの故郷の一部。俺は、スポーローポクロンの滝壺に向かうところだが、リザードマンの石砦がある。前線の押し上げと、この隣にいる細身の蛇人族ラミアのヴェハノを守りつつ戦ってくれ。ま、彼女は強いから大丈夫だと思うが」

「「承知!」」


 と、赤沸騎士アドモスが先に立ち上がる。

 続いて、黒沸騎士ゼメタスが立ち上がった。

 ゼメタスとアドモスは、頭蓋骨と一体化したような兜を見せ合うように視線を合わせる。


「――閣下に貢献!」

「――そうとも、魔界の領域が維持できているのは閣下のお陰である!」


 ゼメタスとアドモスは互いの骨盾をぶつける。


「――ここで活躍せねば、我らの面目が立たない!」


 頭突きをし合う。


「――うむぅ!」

「――おおう!」


 続いて、骨剣をぶつけ合うゼメタス&アドモス。

 つばぜり合いを起こした両者は骨の武者だ。

 罅が入った頭蓋骨から僅かに血のような魔力粒子が迸る。


「――アドモス、あの魔族ドドロンと似た種族共を攻め倒そうぞ」

「――ゼメタス、我が先に出る!」

「――否、私が先である!」


 星屑のマントが羽ばたくように二人の沸騎士は身を翻す。

 重低音溢れる音だ。

 ヴェハノは唖然としていた。

 が、今までよりは驚いていない。

 汎用戦闘型アクセルマギナの活躍にも驚いていたが、もう俺の行動に慣れたようだ。


 さて、ここは皆に任せて、


「ヴェハノ。俺はビアを連れて下に向かう」

「はい」


 <光魔ノ秘剣・マルア>を意識。

 片手でデュラートの秘剣を握りつつ前進。


「ビア、左の坂道を下る。付いてこい」

「――分かった、主――」


 走りながら<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を五発、発動。

 複数のリザードマンの胴体に突き刺さった<光条の鎖槍シャインチェーンランス>。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>はリザードマンの一隊を右の壁に運び、壁にはり付けた。


 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>の後部が分裂するのは見ない。

 デュラートの秘剣の刃を傾けながら――。

 ――前傾姿勢で前進。

 右手に出した鋼の柄巻に魔力を通す――。

 ブゥゥゥンとムラサメブレード・改が起動。

 前にいるリザードマンの戦士の間合いに入った瞬間、<水車剣>で斬り伏せた。

 ビアは俺の走りに呼応するように寄ってくる。

 ママニとヴィーネにジョディとロロディーヌが右側を制圧しながら――。


 そのリザードマンの砦が続く右の奥に向かうのを確認。

 遅れてヴェハノ守護隊こと、沸騎士たちと汎用戦闘型アクセルマギナに大虎のアーレイとヒュレミが続く。琥珀は見えない。

 隣を走るビアに向け、


「――ビア、坂道は狭い。リザードマンを上から排除しつつ底にくるか? 俺は左の崖から一気に飛び降りるつもりだが」

「主、我は上から行く」

「了解。先にホルテルマの蛇騎士長の封窯を滝壺に漬けるとしよう」

「待った、主――回収した強いリザードマンの首が二十ほど入っている」


 と、膨れた魔法袋を渡された。


「あぁ、さんきゅ」

「祖先のホルテルマとは、我が決闘をしたかったが、我は我の仕事をしよう――」


 と、坂道に突入するビア。

 いつの間にか盾を仕舞っていたビア。 

 両手が握るガスノンドロロクンの剣から黒い稲妻が迸っていた。


 もっとビアの戦う姿を間近で見たかったが――。

 点々とした葉漏れ日が目立つ左の苔と蔓のカーテンをデュラートの秘剣の<水車剣>でぶった切った。

 深緑の葉群が舞う――。

 森の匂いと滝の水飛沫を浴びつつ鋼の柄巻を戦闘型デバイスに戻す。

 アクセルマギナは戦闘型デバイスの風防の上に浮いていない代わりにガードナーマリオルスの映像が浮いている。そして、難なくアイテムがアイコン化するのは変わらない。


 汎用戦闘型アクセルマギナを運用しても、ちゃんとアイテムボックスとして機能するということだ。 

 と、苔と蔓が開けた真上から降り注ぐ日光を浴びる。


 水気といい滝の景色がいい――。

 水飛沫があちこちにある。

 虹もあった。


『ふふ、綺麗な場所です――』

『あぁ』


 ヘルメに同意する。

 と、一瞬、吹き抜けの向こう側の重なった岩が構成する滝の真上辺りに、水神アクレシス様の幻影が見えたような気がした。その下には岩壁を削ったような形の坂の道がある。

 その坂の道で奮闘しているビアの姿があった。

 縁からリザードマンの死体が落ちていく。

 同時に血飛沫が下の滝に混ざった。リザードマンを吹き飛ばしつつ進むビアが重戦車に見える。

 このまま吹き抜けの向こう側でビアが戦う様子を眺めるのも、また、一興だが……。

 あの敵を打ち倒す速度だと、先にビアが滝壺に着いてしまう。

 ……しかし、この横からビアが戦うところを見ると……。

 ビルの廊下でマフィアとマフィアが戦う映画のシーンを見ているようで……。

 絵になるな……録画したいと思ったところで、偵察用ドローンを出した。

 ガードナーマリオルスも同時にカメラを動かす。

 よーし、録画開始だ――いかん、さて――。


 あとでビア無双を楽しむとしよう。


 崖下を覗くと、巨大なエメラルドグリーンの滝壺が見えた。

 底に、スプーンのような形のこれまた小さい島的なモノがある。

 スプーンのつぼが、湖面の中央か。


 瓢箪島っぽい。

 その中央に古い祭壇がある。


 よーし、一気にショートカットと行こうか。

 崖から一気に飛び降りた――。

 ――金玉がキュンとなったが構わない。


 島的な部分と衝突しないように、このまま滝壺にダイブ――。

 <導想魔手>で足場を作ろうかと思ったが――。

 ――ダイブを強行。途中、何かの膜を突き抜ける感覚を得た――。

 ――構わず、滝壺に足先から突入――。

 ――ズバァァァァと、音が響く。

 冷たさを味わうと同時に――。

 水中世界――上からエメラルドグリーンに見えたが滝壺の中は透明度が高い。

 耳の奥に独特の気圧が詰まったような重い音が谺する。

 ――空気の泡があちこちにある。


 巨大な淡水魚を発見。

 鯉のような魚もいた。

 鰻系のモンスターもいるが、近寄ってこない。


 右の底に水中洞窟がある。

 深い場所にも、何かあるようだが……。

 とりあえず――。


『ヘルメ、出ろ――』

『はい――』


 瞬く間に左目から出て、滝壺の中を泳ぐヘルメ。

 常闇の水精霊らしく、周囲の水を吸収するように体からの煌めきが増す。

 指先から竜巻を起こして、泡で模様を作る。


 模様は文字となった。

 『かっか、だい、ちゅ、き』


 と――楽しそうだ。

 イルカが作るような、水中の泡文字が少しオカシク変化。

 それが、ヘルメのキュートさの表れのような気がして俺も気分がノッてきた。


 そのままヘルメを追い掛けるように平泳ぎを行う。

 モンスターらしき魔素は上にも下にも豊富にある。

 反応は底のほうが強いから、強烈な水棲モンスターが棲んでいるかもな。


 ま、近寄ってこないなら無視だ。

 ヘルメに向け、指を上に差しつつ『浮上するぞ』と意思表示。

 頷いたヘルメはハート型の泡文字を作る。

 と、体を回転させつつ、あっという間に急上昇。


 ヘルメは常闇の水精霊だ。

 まさに、水中はホームだろう。

 移動速度が――速すぎるヘルメを追い掛ける。

 先に湖面から出たヘルメの足先が人魚に見えた。


 とりあえず、俺も浮上――。

 岸から上がって、上のほうから坂道を下りつつ戦っているビアの姿を確認。

 もうすぐ下りてきそうだ。


 が、坂道の下には、リザードマンたちがいる。


「フシャァァァァ、敵だ。敵が下にも出たぞ!」

「人族だと?」

「グルドン帝国の勢力か!!」

「なんだと、グルドン帝国の宮廷魔術師アーズ・クパズシオンは約束を違えたか!?」

「……我らはなんのために、あの糞皇帝カイの部下共に同胞を……」


 なまじ言語が理解できる時がある。

 前のリザードマンの勢力の言語は理解不能だったが……。

 リザードマンの部族ごとに喋る言語が異なるのか。

 よく見たら、喉の形が今までと違う。

 ヴェハノは、言語が理解できたリザードマン種族の部族をドッバザンの勢力と語っていたが、まぁ戦いだ。


 下りてくるビアに向けて、


「先に祭壇にホルテルマの蛇騎士長の封窯を納めるからな!」 

「承知――」


 と、ビアの野太い声が滝壺の中段辺りから響く。

 そして、返事代わりに両断されたリザードマンの死体が降ってきた。


「――閣下、ここは、精霊ちゃんがいっぱいです」

「おう」


 俺の言葉を聞いたヘルメは祭壇の屋根の上で踊る。

 水神アクレシス様に踊りを捧げるように水飛沫を発した。

 体をくるくると回してから縁に移動したヘルメは――。


「――この下に封窯を納めるのでしょうか」


 生々しいお尻を自慢するような体勢となった。


 ヘルメは祭壇の屋根の縁にあるアルコーブに足を付着させて、ぶら下がりつつ祭壇を見ている――。

 長い髪が垂れていたが、毛先がカールするように自然に巻く。


 そのまま背筋でも鍛えるのかい。


 と、ツッコミは入れない。


 祭壇の中心にはヘルメが指摘するように祭壇があり、祭壇には仏像のような蛇人族ラミアの形をしたオベリスクがあるようだった。


 ヘルメの魅力的な姿が気になる。

 背中から太股のラインは本当に美しい。


 幾度となく、あの悩ましい背筋に指を沿わせたが……。

 魅力的な背筋とお尻を、海馬に焼き付けてから――。


「たぶんな。今、そこに向かう」


 岸辺付近に生えた蔓を払いつつ中央に向かった。

 すると、坂道から下りてきたリザードマンが襲撃してきた。


 矢が複数飛来。

 すぐに<超能力精神サイキックマインド>で吹き飛ばす。

 反撃に<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を返した。

 狙いは射手のリザードマン。

 <夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>の闇杭が、頭部を貫く。

 その<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>の連射を掻い潜ってきた素早いリザードマン戦士たちには――。

 <導想魔手>と<破邪霊樹ノ尾>で素早く盾を作って対処。

 リザードマンたちが振るった剣撃を弾く、その瞬間――。


 カウンター気味に――。


 <光魔ノ秘剣・マルア>――。

 瞬く間にデュラートの秘剣の柄が分裂して黒髪のマルアが出現。

 一緒に握ったデュラートの秘剣を振るう<陰・鳴秘>を繰り出した。


 二重唱のデュラートの秘剣から黒髪色の音波の剣筋が迸る。

 同時に長い黒髪から音楽が鳴る――。

 アンプロンプチュで、マルアの音程に合わせた。

 音波の刃筋通りに、リザードマンたちの体は一斉に切り刻まれた。


「ふふ、デュラート・シュウヤ様。お見事な剣術です――」

「おう。褒めるのはあとだ。マルアはそのまま坂を上がりつつ、ビアと合流してリザードマンを挟み撃ちにしろ」

「はい――」


 俺はデュラートの秘剣から手を離す。

 マルアは素早くデュラートの秘剣の柄を一人用に変化させると、坂を上がりながら巧みな剣術と黒髪を盾にしてはリザードマンを斬り伏せていった。

 黒髪は盾以外にも蜘蛛の巣状に展開することもできるようだ。


 その黒髪の蜘蛛の巣でリザードマンを捕らえて動きを封じる。

 そのリザードマンの胴体を肩口から袈裟斬りに斬り伏せたマルアは黒髪を引き込みつつ左手に持ち替えたデュラートの秘剣を<投擲>。真っ直ぐ伸びたデュラートの秘剣は二体のリザードマンの胴体を貫くと、ゴムで引き寄せるように黒髪に引かれたデュラートの秘剣がマルアの左手に戻った。

 右手で地面を突いたマルアは高機動を見せて側転からの右足の回し蹴りで、側面に回ったリザードマンを滝壺に落とす。


 俺は、そんなマルアの活躍とビアの活躍を見てから、ヘルメが覗く滝壺の中央にある小島に向かった。


 小島というか石橋の先にある祭壇だ。

 石橋の幅は細く木の根が石橋の表面を盤踞する。


 その石橋の縁には蛇人族ラミアの小さい像が並ぶ。

 石橋の手前のほうの蛇人族ラミアの像は、リザードマンの手によって破壊されていたが、どういうことか、石橋の中段から祭壇に近い場所の蛇人族ラミアの像は破壊されていない。


 と――石橋を走っていると、一瞬、膜を突き抜ける感覚を得る。


 何かしらの結界か。

 結界と言えば、アーカムネリス聖王国の首都の白い城を思い出す。

 あの桃色髪の御姫様は元気だろうか。

 アウローラ姫とシュアネ姫。

 【魔境の大森林】には魔界に通じる〝傷場〟がある。


 魔界セブドラ側もその傷場を巡って、魔界の諸侯たちと日夜争いが続いているようだが、そういった魔界の勢力は、その傷場からセラの地上にあふれ出ている。


 だから、今も聖戦は依然と続いているはず。

 宗教国家ヘスリファートとの同盟関係も気になるが……。

 ま、俺がいなくても連綿とした戦いはあったんだからな。

 あの大剣使いが守る戦姫シュアネ。


 エルメスさんとクロエさんもアウローラ姫を支えているし、大丈夫だと思いたい。


 そして、結界だが……。

 湖面に浮かぶ祭壇からの湖の景色は、ヒヨリミ様の森屋敷の宮で過ごしていた頃を思い出す。

 滝壺の周囲の小さい湖を囲う壁には苔と古びた樹も多い。


 小さい湖だけを見れば……。

 狼月都市ハーレイアの内部にある湖畔の雰囲気に似ていた。


 デボンチッチがちらほらと見え隠れするのを確認しながらヘルメにアイコンタクト。

 傍に来たヘルメ。

 祭壇の中心には、お供え物を置く台がある。


「ここに、これを置くとしようか」

「はい」


 と、ホルテルマの蛇騎士長の封窯とリザードマンの首が詰まった魔法袋を置く。


「……」


 ん?

 魔力を込めないとだめか。


「ごめん、魔力を込めるか――」


 と、ヘルメに語った瞬間、祭壇が煌めいた。

 続いて、リザードマンの首が詰まった魔法袋が袋ごと消失。

 その瞬間、目の前のオベリスクから魔力が吹き荒れる。


 オベリスクの形が崩れて――。


「オギャァァァァァァァ」


 え? 蛇人族ラミアの赤ちゃん?

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