六百四十八話 仙妖魔だったマルアの悲しき秘話

 隻眼のマルアは俺を凝視。

 何かに気付いたように、ハッとした表情を浮かべた。

 片腕の剣と化したデュラートの秘剣を背中側に回し――。

 片膝で地面を突いて頭を下げる。


「……デュラート・シュウヤ様」

「俺はシュウヤだけだ。で、名はマルアでいいんだよな?」

「……はい」

「マルアが俺の眷属、光魔ルシヴァルの眷属となったことは分かる。が……」

「――はい、光魔ルシヴァルの宗主様、デュラート・シュウヤ様」


 と、マルアは腕にできたばかりのルシヴァルの紋章樹を見せる。

 また、デュラートとか名を付けている。


 今はスルーして、彼女に対して、頷きながら、


「黒い髪と血肉を操作できるマルアは人族なのか?」

「……見た目は人族ですが種族は仙妖魔。今は光魔ルシヴァルの<光魔ノ秘剣・マルア>として復活です」

「仙妖魔とは聞いたことがない」


 俺の問いを聞いたマルアは頭を下げつつ、


「魔界の種族と母フーディは語っていました」


 マルアは宣言するように力強く語る。


 すると、左手が疼く。運命線と似た掌の傷だ。

 菩薩の眼が開くように、傷が少し開きつつ、開く動きに合わせて傷の周囲の魔法陣的な<シュレゴス・ロードの魔印>も蠢く。 

 開いた運命線の傷から<神剣・三叉法具サラテン>の沙の切っ先が出現。

 沙の神剣の切っ先には、小人バージョンの沙が立ちながらマルアを指す。

 沙の衣装は半透明、小さい姿でも綺麗で可愛い。

 

 しかし、驚いている? 

 いや、物怪顔。


『どうした、沙』

『――その黒髪っ子は仙妖魔だからだ! 光属性もあるルシヴァルの血と、親和性がある理由でもある』

『知っているのか、仙妖魔とマルアを』

黒髪っ子マルアは初めてぞ。だが、貂がいつもと違う。まっくろ黒すけ八大龍王の時もアピールが激しかったが、美人な黒髪っ子は秘剣を使うから焦っておるのだろう』

『沙も微妙に早口になっているが、焦っている?』

『……器よ、そこはスルーするのが男子の務めであろう!』

『悪かったな。んだが、その貂の反応は気になる、貂に代わってくれ』

『あい! チェンジ!』


 沙は珍しい返事の思念を寄越して、素直に消える。

 貂の意識に変化した瞬間、掌の神剣サラテンも消えた。

 沙は、時々、よゐこの場合があるからドキッとしてしまう。


 刹那――。

 左手の運命線的な開いた菩薩の眼の傷から妖狐を思わせる魔力の尻尾が出た。

 この尾は<シュレゴス・ロードの魔印>とは違う。


 貂の魔力の尻尾だ。


『――器様、失礼します』

『おう、伝えたいことがあるようだが』

『はい、誉れある神界から堕ちた仙王家と仙王鼬族の仙人と仙女、それを仙妖魔と呼ぶのです。そして、仙妖魔には仙人の一族だけでなく仙女の一族も多い』

『仙女? マルアは、貂と沙と羅と同じような神界の種族だったと?』

『そうです。光魔ルシヴァルの血を得ながらも、デュラートの秘剣から出た黒髪の能力は無傷。それが何よりの証拠』


 黒髪から赤い靄的なモノを発していたが、光属性を含む血に対応する能力だった。

 

『納得はできる。その仙女とか仙人のことを聞こう』

『誉れある神界に棲まう者たちです』

『貂の故郷、仙鼬籬せんゆりとかに棲む?』

『はい。白炎王山と仙鼬籬せんゆりの森に、とくに力の持つ仙人と仙女が多い。仙人の眷属たちも無数に存在し種族は多種多様』


 刹那――。

 貂の尻尾が急拡大したと思ったら――。

 神界の様子のような濃密な幻影が――脳裏に浮かぶ。

 と――ジーンッとした衝撃波を<脳魔脊髄革命>に受けた気がした。


 幻影はコンマ数秒もなく一瞬で例えようがないが……。


 ミクロからマクロの宇宙観的な生物の群れ?

 最初は、可視光線より小さいクォークと分かるモノ?

 最後は大森林と海と曼荼羅模様とピラミッドの遺跡に惑星と星々に恒星を有した銀河。


 ――幻だと分かるように、俺の左手から出ている貂の尻尾が揺らめく。

 すると、目の前のマルアが俺を見て、


「うふ、デュラート様……あちきの下に戻ってきてくれた」


 また、デュラートか。

 一気に現実に引き戻された。


 マルアの片方しかない瞳は黄緑色。

 純粋な心を思わせる瞳。

 そんな純粋そうな彼女の瞳には、俺がデュラートに見えているようだ。


『貂、沙とチェンジした直後で悪いが、ちょいと待ってくれ。マルアからも話をきく』

『はい。器様の新しい眷属<光魔ノ秘剣・マルア>ですね』

『おう』


 貂に念話を返してから、マルアを見る。

 マルアは満面の笑み。


 マルアは、俺をデュラートだと思い込んでいるのか。

 俺には、エヴァのような心を感じて癒やすような優しい力はない。

 

 マルアが何を考えているのか分からないが、真摯に伝えよう。


「もう一度言うが、マルア。俺の名はシュウヤであって、マルアが望むデュラートではない」


 俺の言葉を聞いたマルア。

 片方しかない目が物悲しらに揺れる。

 

 やや遅れて、また健気に、にんまりとした笑顔を作った。


「……ふふ、素直じゃないデュラート」

「そのデュラートとは、見た目が違うだろう」


 俺の言葉を聞いたマルアは、片方の瞳に魔力が溜まる。

 黄緑色の瞳の虹彩に、剣と黒い毛細血管のようなモノを生み出した。


 どんなに優秀な鑑定魔眼で俺を調べても魔闘術と<血魔力>の操作技術ぐらいしか把握はできないはず。


 ま、その操作技術の探り合いこそが、戦闘の基本で胆なんだが。

 

「……分かったわ。あちきのシュウヤ様?」

 

 マルアは『仕方がない』と言ったようなニュアンスだ。

 由有り顔といった印象を受ける。


 同時に、マルアの隻眼は、俺を見ているようで遠くを見ているような……。


 しかし、<光魔ノ秘剣・マルア>という名の秘剣として眷属化したが、完璧ではないのか?

 いや、それはないだろう。

 マルアは本心で、デュラートと俺を混合しているだけか?


 今は素直に、


「おう。マルア、これからもよろしく。もう俺の大切な眷属だ。秘剣としての活躍を期待する」

「はい、がんばります!!」


 と、元気よく喋ってくれた。

 その嬉しそうな心が躍るような仕草をくり返すマルアは、視線を巡らせて、


「皆様方、初めまして、わたしはマルア。<光魔ノ秘剣・マルア>として、デュラート・シュウヤ様の眷属の末席に加わることになりました。そして、今では名が<光魔・仙妖黒髪秘剣術>に変わりましたが、そのスキルを用いて攻撃してしまい――申し訳ございませんでした!」


 と、マルアは、凄まじい勢いで頭をさげた。

 土下座はしていないが、デュラートの秘剣で切腹をしそうな勢いだ。

 意外に沸騎士のような熱血を秘めている?


 美人さんだし、スタイルもいいから印象はいい。

 んだが、デュラートをつけるのは……困る。


 ヴィーネは、そのマルアを訝しむ。


「ご主人様が、デュラート・シュウヤ?」

「デュラート・シュウヤ・カガリ……」


 ジョディがおっぱいの上に両腕を乗せつつ、そう呟く。

 デュラートを連呼すると『背後に立つな』が有名なライフルを使う某凄腕暗殺者を思い出す。


「……主、新しい名を得たのか?」

「ビア、真顔で反応するな。このマルアが勝手に、デュラートだと思っているだけだ」

「承知した。が、主……その左手から出た妖艶な尻尾は……空旅の時にも見たが、あの美しい妖狐の尻尾だろう! またイチャイチャする気か!」


 ビアの言葉に頷きつつ、


「イチャイチャはしない。が、名前は妖狐ではなく貂だ」

「ふん!」


 ビアの不満そうな鼻息声には笑って応えつつ――。

 左手から尻尾を出している貂に対して、


『貂、この際だ。出てきてくれ』


 と、念話で促した。


『はい――』


 左の掌から貂が現れる。

 

「皆様、さっきぶりです」


 妖艶さ溢れる貂。

 和風衣裳が似合う。

 無数にある尻尾が靡く。

 

 何処となく、和太鼓と笛の音が聞こえたような気がした。


「貂ちゃんを出すということは、リザードマンの威力偵察に?」

「いや、マルアと仙妖魔と、神界セウロスについてを、皆に話してもらおうと思ってな」

「神界セウロス……」

「ドッパパル・アゴロンデ・ヴェハノ・ガスノンドロロクンよ。我の主は、その手首に浮かぶアクセルマギナだけではない。神獣様と精霊様も従えているだけでもない。イモちゃんという黄金芋虫ゴールドセキュリオン。左手には、暴れ娘の沙王女、腰の魔軍夜行ノ槍業にフィナプルスの夜会、閃光のミレイヴァルなどを使役しているのだ」


 ビアがヴェハノに対して力説。

 子分的な細身の蛇人族ラミアのヴェハノは、三つのおっぱいに手を当ててから、俺にお辞儀をくり返す。

 沙の気配が左手からしたが、


『……』

 

 無言だった。俺は無難に笑みを意識してから、貂にアイコンタクト。

 貂は頷いてから、尻尾の一部をくるっと足下に巻く。


 和風衣裳の模様を変化させた。

 手に握っていた神剣を消すと、パッと布の腰巻きに神剣がぶら下がった状態で出現。

 

 その貂はマルアを見て、


「マルアの仙妖魔とは、嘗て仙女だった種族なのです。だからこそ、魔界に染まった仙妖魔でありながら、光魔ルシヴァルの血にも耐えたのです」

「そうだったのか」

「……魔界の者に光の耐性を持つ種族が多い理由の一つ」


 ヴィーネとジョディがそう発言。


「驚きだ」

「はい、さっきから混乱してばかりです」


 ビアの言葉に頷きをくり返している蛇人族ラミアのヴェハノ。

 彼女にとってはそうだろう。

 助けられたと思ったら、巨大な蛇人族ラミアの像の足下の遺跡が動いての、八大龍王の剣だ。

 そして、助けた俺たちの存在。

 俺の戦闘型デバイスに浮かぶ小さいアクセルマギナを用いたアイテム群。


 キルベイン・ウォーカーが愛用した『ドラゴ・リリック』で展開した未知のゲーム。

 小さい独鈷魔槍を使う、これまた小さいガードナーマリオルス。


 更に、白銀の牛白熊怪物のフィギュアを取り出しては、それを肩の竜頭金属甲ハルホンクに喰わせて、装備を白銀の牛白熊怪物をモチーフとした新装備に変身だ。今も、肩の竜頭金属甲ハルホンクがカチカチと音を立てて、魔竜王の蒼眼が煌めいている。


「にゃお」

 

 黒猫に戻っている相棒が、ヴェハノに尻尾を当てている。

 黒猫ロロの顔付きはドヤ顔風味。

 ヴェハノに向けた『安心しろにゃ』というニュアンスだろう。


 ヴェハノはその黒猫ロロに向けて、


「こ、この尻尾ちゃんを触ってもいいのですか?」


 と語りかけている。


「ンン、にゃ!」


 と、偉そうな黒猫ロロさんだが、可愛い。


 そして、尻尾と言えば、貂だ。

 妖狐的な無数の尻尾を持つ貂を見て、


「貂、話の続きを頼む。この場の皆に、仙鼬籬せんゆりの森と神界に関する知っていることの説明を」

「はい。誉れある神界の白炎王山と仙鼬籬せんゆりの森に棲まう者たちが、仙人と仙女です。その眷属たちは、種族に関係なく多種多様です」

「仙王家とは?」

「白炎王山と仙鼬籬せんゆりの森を支配する一族が、仙王家とその親類です」


 頷きつつ<白炎仙手>を想起した。


「仙王スーウィン家に伝わる秘奥義<白炎仙手>を獲得したご主人様に通じる話」

『閣下が、わたしを治療した仙技です!』


 ヴィーネもヘルメも同じことを考えたか。


 仙王家の仙技でもある<白炎仙手>。

 俺は<白炎の仙手使い>の戦闘職業にも進化している。


 ※神界の〝白蛇竜大神〟を崇める【白炎王山】に住まう仙王スーウィン家に伝わる秘奥義<白炎仙手>を獲得し、竜鬼神グレートイスパルの洗礼を受けて、他にも様々な条件を達成後に覚える希少戦闘職業の一つ※


 ※仙人系戦闘職業は数多あれ、水神アクレシスの<神水千眼>に棲む八百万の眷属たちに加え小精霊デボンチッチたちを通し視界を共有する水神の親戚白蛇竜大神インが見守る中、【白炎王山】に住まう仙王家の秘奥義<白炎仙手>を獲得するという条件を満たした者は他にいない※


 と、ステータスにあった。

 

 俺は貂を見ながら、


「貂の種族は仙王鼬族と聞いたが、仙王家?」

「その端くれ、親類にあたります。この尻尾の数が証拠です」


 尻尾は数えられないほどある。

 しかし、その尻尾を操作する貂の顔は風情ある衣装とはまた違い、何処となく愁色を帯びていた。

 間があく……衣装に仙王鼬族っぽいマークが浮かぶと、目を細める貂は、俺に何かを伝えるような素振りを見せる。


 つい、<神剣・三叉法具サラテン>として、沙と羅を一緒に考えてしまうが。

 貂は、沙と羅とは性格が違う。


 俺はマルアをチラッと見て、


「仙妖魔は元々仙女だとして、マルアの祖先は仙女ということを覚えているか?」

「……仙女? 魔界では仙妖魔の秘剣として、お母さんと仲間たちと生きるために、モンスター軍団と戦ったことは朧気に覚えています。でも、柄にダメージを受けて、あ、デュラート様が助けてくれたでしょう? そこからデュラートと一緒に秘剣を学び合いながら、家族と一緒にモンスターを倒し続けて楽しかったァ。ふふ、デュラートはピンク色の胡蝶蘭をくれた。口吻も! いっぱい愛し合った! で、も、あれ? 突然、フーディ母さんが倒れて、食べられて……あれ、アレ? デュラート、血だらけ? 変なイカ脚の魔術師に捕まって、アレ? レ、レレ、アァ、あたま、いたい、あとは変な、ウゲァァァァ」


 剣がない腕で頭を抱えたマルア。

 急ぎ、彼女に寄り添った。


「――マルア?」

「……」


 気を失っている。

 失っている傷のある眼窩から血が流れていた。


 すると、マルアの腕に刺さっていたデュラートの秘剣が抜ける。

 デュラートの秘剣は落ちずに浮遊。

 そのデュラートの秘剣は、胡蝶蘭の刃文から血の涙を流すように、剣身から血が流れていく。

 壊れた秘剣の柄から黒髪が大量に溢れ出ると、その黒髪に絡め取られたマルアはデュラートの秘剣の柄の中に黒髪と一緒に吸い込まれる。

 

 マルアを吸い込んでも、デュラートの秘剣は浮いたまま。

 柄は壊れていると思ったが壊れていない。


 血と黒髪が絡むナカゴの部位を露出したまま……。

 元々柄があった場所の近くで黒髪が絡まった部品のようなモノとして浮遊している。


 分離状態が正しい位置らしい。

 しかし、マルアはゼレナードに捕まって弄られていたか。

 デロウビンと、そのデロウビンのいた壁にあった悲惨な光景を思い出す。


 白色の貴婦人ことゼレナードが秘術を用いたか。

 使役するための拷問だろうか。

 だからこそ精神が壊れてデュラート・シュウヤとなったのか?


 ……だとしたら胸が痛い、可哀想だ。


 俺はそんなマルアに、デュラートではないと酷いことを言ってしまった。

 ……ごめんな、マルア。お前が愛した共に生きたデュラートではないが、お前のデュラートになろう。

 もう、お前は俺の<光魔ノ秘剣・マルア眷属>なんだからな……。


 今は、少し寝て休め……と――。

 デュラートの秘剣を右手で握る。

 柄から出た黒髪が涙で曇った視界の俺を労るように、手の甲の表面を摩る。


「ご主人様、マルアは?」

「あなたさま?」

「俺は大丈夫だが、マルアは一時的に眠った」

「……そうですか。元々はゼレナードの宝物庫の品……あの大魔術師級の怪物から、どのような秘術をデュラートの秘剣は……受け続けていたのか。マルアは、だから秘剣の柄となるしかなかったのか……」


 アルマンディンの魔宝石探しに成功して機嫌がよかったジョディもそう呟くと泣いていた。


「あぁ……」


 悲しき沈黙が流れる。

 俺は、貂に視線を向け直し、


「貂、仙女が仙妖魔となった原因を教えてくれ」 

「器様、大丈夫ですか」


 泣きそうな面の貂。

 

 俺は顔に出ていたらしい。

 微笑みを作ると、自然と片方の眼球から涙がこぼれた。


「器様……」

「あなた様」

『器よ、マルアをつこうてやれ』

『閣下……』

「なんという、マルアの悲しき秘話……か。ご主人様――」


 ヴィーネが体を寄せてくれた。

 俺は微笑みながら、


「皆、前を見ようか。貂、気にせず、説明を頼む」

 

 と、ヴィーネの頬に伝う涙を親指で拭う。


「……はい。原因はセウロスへ至る道の禁忌を破り白炎王山から〝白炎鏡の魂宝〟を盗んだ仙女フーディとその仙女一族と仙骨種族たち」

「フーディと仙女一族と仙骨種族が、マルアの子孫? フーディを母とマルアは喋っていたが……」

「そうですね、マルアの過去話と合いますし、マルアの母が仙女フーディ、そう考えることが自然かと。黒髪を操る仙女一族と推測します。そして、マルアは神々の呪いを何かの手段で糧にして、進化をしては秘剣として生きた。その間に、デュラートという存在に助けられたようですが、最期は……」


 皆、貂のマルアの推測話に納得。

 デュラートの秘剣を見てから、フーディのことを聞く。


「マルアの母の仙女フーディはどうして、神界セウロスの、仙人の親玉集団の住み処的な白炎王山から、秘宝を盗んだんだ?」

「定命の剣士の男と輪廻の縁が深い一族と会うためと言われていますが、聞いただけですから……定かではないのです」


 裏がある?


「定命の剣士の男の一族と会うだけが、秘宝を盗んだ要因ではない、他にも裏があるってことかな。神界も神界で、魔界と変わらないぐらいに陰湿な権力争いがあるということか」


 ま、これは可能性の一つ程度の認識だが。


「……はい。推測の域の話。あくまでも可能性の一つ」


 貂も俺と同じような考えらしい。


「分かってる。否定も肯定もしない。陰謀論者と一方的に否定し、可能性の考えを否定するほうが危険だ。そういう話もある、と仮定し、考えることのほうが重要。そして、考えを共有することのほうが大事だ」


 皆、頷いた。


「我は小難しいことは理解できぬが、主の言葉なら信じられる!」


 ビアらしい。

 

『閣下、だから、皆に、貂との会話を聞かせているのですね』

『そうだ。普段独善的に考えがちだからな。できる限りはこういう会話はしときたい。ヴィーネが血文字で、この会話の内容を皆に送ってくれているのもあるし』

『はい』


 視界に浮かぶ小さいヘルメと念話をしていると、貂が、


「しかしながら、仙妖魔となったようにフーディたちが、神界の【仙鼬籬せんゆりの森】の〝大いなる大結界〟に傷を作り、離脱したことは事実。そして、狭間ヴェイルをも破り、神界セウロスから離脱した……」


 ガスノンドロロクン様も風紀の王と壁の王の諸勢力が離脱したと語っていたが、その件は告げず、


「神界セウロスから狭間ヴェイルを作り秘宝を使っての離脱。そんな大それたことが可能な秘宝には、何かしらの触媒かリスクがありそうに思えるが……」

「リスクも触媒もあります。神々と協力した魔神具に正式な儀式でない強引な手法を用いた狭間ヴェイルのこじ開けですからね……<信心魔ノ還>の秘術も必須。無数の魂と本人の高い精神力と仲間たちも必要……」

「それでも成功か。大事件だが、フーディとその仙女一族と仙骨種族が優秀ってだけでは、やはり説得力に欠ける」


 仙妖魔と化す仙女たちに、何かしらの神界魔界問わずの、神々の関与があった。

 といった説が濃厚だろう。

 ゼレナードのような大魔術師を超えた、超越者オーバーロード的な存在の干渉も考えられるか?


「はい……次元世界に傷を作ることと同じですからね。そして、白蛇竜大神イン様と神界の神々は勿論のこと、仙王家と仙王鼬族の支配者、仙女と仙人たち、全員が、怒りました。結果、呪いを受けた仙女フーディと仙女の一部は、仙妖魔と化した。仙骨種族がどうなったのかは不明ですが……」

「仙骨種族は、マルアたちと同じ仙妖魔ではないのか」

「分かりません」


 骨の種族っていっぱいいるからな。


「そっか。とにかく、仙妖魔のマルアは呪いを受けても生きている」


「はい、神々から愛のある罰を受けて、弱体化したはずの仙妖魔フーディは、魔穴に吸い込まれず他の次元に転移もせず……仙妖魔として魔界セブドラか、セラに無事に堕ちていた。このことから、何か別の理由で、白炎鏡の魂宝が盗まれて使用された可能性が高い」

「……神界も複雑に絡み合っているのですね」


 ヴィーネが血文字で<筆頭従者長選ばれし眷属>たちに伝えながら、そう呟く。


「更に、他にも魔界セブドラとセラでは、フーディと関係のある地名や関係した種族が増えたようです。普通は、想像もできない世界に転移か、優秀な魔術師に魂として捕まるか、魂が幾重に引き裂かれて滅するはず。何かしらの強大な力が作用しての……」

「仙妖魔の種族誕生秘話であり、母のフーディとマルアか」

「はい」


 ん? 魔界セブドラとセラに同じ名前の種族が増えた?

 魔界四九三書のフィナプルスの夜会。

 それぞれに契約主がいる特異な魔女たちが管理する魔界四九三書だ。

 本来の【魔女ノ夜会集】の【理の古魔女会】としての魔女たちが活性化したフィナプルスの夜会。


 その異世界に棲まうドルライ人の骨種族たちを想起した。

 あのフィナプルスの夜会の異世界で敵対した影骨手フーディの名は偶然か?


「ご主人様、フーディの名は聞いたことがあります」

「あぁ。フィナプルスの夜会もそうだ」

「……」


 最後の頁の挿絵にあったルエルとリャイシャイの笑顔と握手は忘れない。


 ドルライ人とアニュイル人の争い。

 そして、その敵対していた両種族の和解。

 あの頁に至る道のりは、大変だったと思う。


 ルエルとリャイシャイは元気かな。

 平和を永遠に祈る――。

 心でラ・ケラーダを実行。


 皆、俺の腰にぶら下がる魔界四九三書フィナプルスの夜会を見る。

 同時に、魔女たちの会話を思い出した。


 『……古い主たちのせいだ。魔女フィナプルスは、その古い主たちにより、魔心臓をくり抜かれた』

 『古い主? このフィナプルスの夜会という名の魔術書には、他にも契約主が居ると?』

 『そうだ。時と場合により魔界四九三書の名は様々だ。そして、新しい主を生み出さないために、古い主たちが、この魔界四九三書の循環を破壊する目的で、魔女フィナプルスの魔心臓をくり抜いた。間接的ではあるが、わたしを含めた魔女たちのせいでもある』

 『その古い主とは?』

 『魔界王子ハードソロウ、幻魔ライゼン、魔界奇人レドアイン、魔公爵ゼン。本来であれば、魔女フィナプルスが生まれし日に……新しい契約主の下で使われる魔術書であったのだ』

 『だから、フィナプルスが主を得れば、その契約によって、今よりは、この世界の吉兆の魔力が強まる。調和が取り戻される』

 『奇怪の出現も緩和される』

 『世界に秩序が生まれやすくなるはずだ』


 俺と契約したフィナプルスさんは、


 『魔女たちと本契約を結んだ古い主たち。その主たちが生んだ魔十字の亀裂が薄れることになり、豊潤が世界を満たす。世界が安定に向かいます』


 と、語っていた。

 そして、魔女カトロさんは、


 『魔界王子ハードソロウとは繋がりがある。切っても切り離せない存在であり、理の一つ』


 だからこそ、魔界王子ハードソロウの下僕と名乗ったキュプロは、俺が持つフィナプルスの夜会を見て混乱していたのか。

 

「キサラの過去話にもフーディの名はありました」

「そういえば、あった」

「あなた様が持つ血骨仙女の片眼球にも関係が?」

「あるかもしれない」


 血骨仙女の片眼球。

 アクセルマギナのアイコンとして浮いている血骨仙女の片眼球……。

 アイコンだから可愛い感じだが、片眼球。


 血骨仙女とは種族。

 砂漠地方、あ、その街の名って……。


「今もあるか不明だが、砂漠の街にフーディの名があった」

「血骨仙女たちが多い地域の街か村の名」

「ゴルディクス大砂漠地方……」


 ジョディの呟きに頷く。

 

 マルアもちょうど隻眼だ。

 マルアの片方の眼に、血骨仙女の眼が相性がよかったりしたら……。


 血骨仙女の片眼球の移植については【白鯨の血長耳】の盟主レザライサに相談しようと思っていた。

 血長耳幹部、乱剣のキューレルの片腕を治療した錬金術師マコト。

 クナとも知り合いらしい錬金術師マコト。

 錬金術師マコトは、過去ララーブインで、俺の【天凜の月】の部下の豹獣人セバーカのカズンさんと接触していた。

 そして、ホフマンの血の工場を破壊したのも錬金術師マコト。

 

 魔窟の塔烈中立都市セナアプアには色々と集結している……。

 有りと有らゆることが重なり巡る。

 

 偶然にもほどがある。

 ――運命神アシュラー。

 お前は俺を弄んでいるのか?

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