五百八十八話 クレイン・フェンロンとエヴァの両親

 

 銀色のトンファーが舞う。

 華麗に回転しながら戦っているエルフの女性。

 容姿端麗な彼女は未知の集団から襲撃を受けていた。


 今も激しい剣戟が鳴り響く。

 ここは【魔鋼都市ホルカーバム】から南西に離れたナイトレイ領の【葉脈墳墓】の遺跡群。

 別名、灯火の葉脈墓場と呼ばれている。

 渓谷と山岳が繋がった地帯でナイトレイ家が所有するハームの町に近い。嘗てのベファリッツ大帝国の街の名残で、ベファリッツ大帝国を源流とする遺跡群は近隣地帯に複数存在した。ホルカーバムの東の巨大な頭部の石像群が地中から顔を覗かせている一帯は有名だ。

 魔鋼の大蜻蛉アロムヤンマの出現が多いことでも名が知られている地域。この葉脈墳墓も、冒険者の中では人気がある。

 北のマハハイム山脈の麓では、ホルカーバムの石切場に生息するのを超えた数のハーピーが巣を作り、魔霧の渦森で有名なガルバウントタイガーとホワークマンティスも巣を作る。

 そして、エルグタイガー、シャプシー、ハウンドハーピー、エシャードの使い、ホーンデッドドラゴンなどのAとSクラスの危険なモンスターたちが、それらのモンスターを食べに集まってくる。

 マハハイム山脈の地下に続くダンジョンもある。

 イチジク鉱と明魔緑鉱と良質な石材も採れて、モンスターの素材も高く売れるため一部の商会と冒険者には人気があった。

 更に、この葉脈墳墓の遺跡群には、言い伝えがある。


『墳墓で死んでも、永久に肉体は去らず、墓の中に取り込まれ残る』


 金牛の季節の四の四の日にイチジクの樹に影が射すと、墓地から影を纏う怪物と、その魂たちが現れて冒険者や旅人を襲うモンスターと化す話は有名だ。

 冒険者たちも、この日は狩りを休む。

 オセべリア王国の兵士も風声鶴唳(ふうせいかくれい)と逃げることが多い。


 そんな葉脈墳墓だが、旅人も隊商も多い。

 【葉脈墳墓】の左側を出れば、ゴルディクス大砂漠に出られるラド峠があるからだ。


 この地名と曰くつきの場所で、女エルフは戦い続けていた。

 今も、襲い掛かってきた兵士の攻撃を銀色と金色のトンファーで、巧みにあしらい往なす――。

 トンファー使いの女エルフは構えを変えた直後――。

 右手のトンファーを下方に、左手のトンファーを上方に動かし、足を止めた。それは魔力を整える歩法。そこから前傾姿勢で突貫――。

 するや否や俄に左右の足の魔力配分を変えて横へと跳ぶ――。

 踊るようなステップワークで軽やかな身のこなしから二人の剣士に近付く――愕然と眼を剥いた剣士は、逆に間合いを詰められた形となった。

 この剣士も実力は高い。素早く反撃のモーションに移るが――トンファー使いの女エルフの迅速な動きに付いてこられない。

 女エルフは左手の銀トンファーを振るう。

 剣士の脇の下に、するりとトンファーが吸い込まれた。


 トンファーは剣士の革鎧ごと横腹を裂く。


「うがぁ――」

「ヘジファ! 糞が!」


 もう一人の布帽子を被る剣士も、仲間がやられて黙っていない。

 布帽子を被る剣士は袈裟懸けを仕掛けた、迅速に剣を振るう――。

 女エルフは右肩狙いの剣刃を見ず、右手のトンファーを斜めに向けた。

 布帽子を被る剣士の袈裟斬りの剣を金色のトンファーで右に弾くと、速やかに布帽子を被る剣士の背に回り込む。その背中を銀と金のトンファーを貫く。一瞬で引いた銀と金のトンファーが続けざま前に出た。

 銀と金のトンファーの杭刃が布帽子の剣士の背中と腰を貫く。

 布帽子の剣士の体が湾曲しながら吹き飛び、転び、全身から血飛沫を噴出させながら、震懾(しんしょう)した表情を浮かべつつ事切れた。


 二人の剣士を瞬く間に倒したトンファー使いの女エルフ。

 涼しげな表情を浮かべながら周囲の襲撃者たちを虎視眈眈と見据えた。


 その睨みさえ美しい女エルフ。

 爪先で地面を蹴りふわりと浮かぶような跳躍をくり返す。


 フットワークのよさを襲撃者たちに示した。


 女エルフを睨む一人が舌打ち。

 更にもう一人の男が、口を開く。


「……その動き、クレイン・フェンロンで間違いはないな」

「……?」


 フェンロンは名乗っていない。


 自分の名を知る者が敵にいることを知ったクレイン・フェンロン。

 訝しみながら敵を窺った。


「ヘジファとロモトフをあっさりと倒す実力といい、ごまかそうとしても無駄だ」

「そうだ。情報は伝わっている。この場所に長居し過ぎたんだよ。古貴族フェンロン一族の生き残りだろうが」

「……さぁねぇ……」


 女エルフは忌まわしそうに男たちを睨む。


 政変絡みかと思いきや、わたしの名と古き血脈を知るか……。

 こりゃナイトレイ家に迷惑をかけたかも……こうなることは分かっていたから、最初は、断ったんだ……しかし、あのエヴァを、足の無い女の子を見たら……。


 と、考えた女エルフ。


「……惚ける面かよ。伝糸不明の火の鳥を扱うトンファー使い、不吉な怪鳥使いクレイン・フェンロン……」

「元六大トップクランの、隠れた古貴族フェンロン一族なんだろう? 男爵家が雇った」

「……またの名を、銀金火鳥のフェンロンさんよ」

「銀刺金刺のクレイン・フェンロンだろう。またの名を銀死金死」

「ははは、わたしの異名を全部言うつもりかい? で、何者だい?」


 女エルフのクレイン・フェンロンは、襲撃者たちに問いかけた。

 男たちは嗤う。


「さあな?」

「……」

「者ども、空空寂寂って面か?」


 クレインは、襲撃者たちに問う。


「意味が分からないが、古貴族様のように学は、ないのでね」

「……さもありなん」


 クレインは頷きながら襲撃者たちを見据えた。


「余裕顔だな? お前を追ったついでに、ナイトレイ家の連中を見たが、その全員が死んでいたぞ」

「……なんだと!」


 世話になった男爵家当主が……。

 ショーンの旦那にマリナさん、死んだのか……。

 とクレイン・フェインロンは動揺を示す。


「死んでいたとは、お前たちの仕業か?」

「いや、どこぞの野盗か、不明だが、馬車の馬ごと死んでいたな」

「どちらにせよ、俺たちによって、死は確定していた」

「……男爵家の者たちは、お前たちと関係がないだろう」

「お前が身を寄せた者たちを抹殺しろと指示を受けている。だから、お前が死ねば任務は達成って奴だ」


 弟子のエヴァも死んだと思っているのか?

 あの子は……エヴァは、ペルネーテに避難しているはず。

 しかし、政変絡みの流れと分かるが、エヴァの家族たちの死が、わたしのせいだとしたら顔向けできないねぇ……それよりも、こいつらか……。

 ペルネーテでもいざこざはあった。

 クレインはそう考えてから、小さい口を動かす。


「……【邪神トリベラーの使徒】の駒か【セブドラ信仰】か?」

「……魔界ではない」


 頭巾をかぶる男がそう喋ると、背後に視線を向けた。

 同時に一人の魔術師に注目が集まる。


「【スィドラ精霊の抜け殻】を追う者か【サウス・アラディア】の者か【東亜寺院】か【未開スキル探索団】か?」


 クレイン・フェンロンは自分と関わる組織を挙げていく。


「クレイン・フェンロン。敵が多いようだなァ、俺たちは〝魔金だろうと、命だろうと、分け前は必ず剔り得る〟と言えば分かるか?」


 合い言葉は【闇の八巨星】が愛用する【八本指】? 

 否、こいつらは先の剣士たちと同じく超一流ではない。

 手練れは……奥に居る魔術師ぐらいか? だとしたら、その組織員の……。


 と、クレイン・フェンロンは思考し、


「【テーバロンテの償い】共か……」


 と聞くと襲撃者たちは、


「そうだ」

「揉めたのは昔だ。それも賭場の一つ、二つを潰したぐらい。それで、ここまで追っ手をかけるかねぇ」

「け、何が一つ、二つだ。当時の支部長を二人。支部員を殺しまくった裏切り者が」

「……否定はしない。だが、勘違いするな、裏切り者ではないさ。雇いの身だ。しかし、八巨星の、闇の大組織とあろう者たちが、わたしをここまで執拗に追う理由が分からない」

「理由だと?」

「舐めているな」

「支部長が持っていた宝玉を奪ったフェンロンさんよォ、とぼけんな」

「そうだ! 一夜限りの【八頭輝】とは違うんだよ」

「その宝玉は、見当たらねぇが……ま、死んでもらおうか」

「ヘジファとロモトフの仇だ、俺の槍で死ね――」


 屈強な体格の槍使いが笑みを浮かべたまま腰を落とす。

 と迅速にフェンロンの胸元を突くように槍を突き出した。

 十文字の穂先が迫るが、クレイン・フェンロンは涼しげな表情を崩さず。

 金色のトンファーを僅かに斜めに傾け、迫った鋼の十文字槍を弾く。


「――威力あるねぇ――片腕が少しジンジンするよ? 豪槍流かい?」


 クレイン・フェンロンの問いを耳にした槍使いは、眉をピクリと動かす。

 そして、地面すれすれに穂先を据えて構えながら、


「……そうだ。<豪暴突>をいとも簡単に弾くとはな……」


 と、喋りつつ……。

 柄を両手で握り締める。


 槍をゆっくりと持ち上げた。

 その穂先の向こうにフェンロンの顔がある。


「豪槍流を馬鹿にするわけじゃないけどさ、手合わせした風槍アキレスのほうが強かったね――」

「いい度胸だ、豪槍ボージュ・イロキが参る!」


 挑発に乗った槍使い。

 腹から野太い声を発して、クレイン・フェンロンとの間合いを詰めた。


 地面が凹むほどの踏み込み<豪力足>から<豪・漸>で、クレイン・フェロンの美しい顔を潰そうと――。

 ――が、槍使いの意識はそこで途切れた。


 跳んだフェンロン。

 下から振るった銀色トンファーで、槍使いの頭頂部を剔っていた。

 槍使いの頭部は、物の見事にかち割れる。


 その槍使いの頭蓋骨の破片と脳漿を撒き散らした着地際を、剣士たちが狙う。

 が、剣士たちの鳩尾に、銀と金のトンファーの杭が刺さった。


 二人の剣士は両膝から崩れた。

 剣士たちは、まだ息がある。

 が、二人の前にフェンロンの影が立ち塞がるように見えた時、二人の剣士の視界は、血に染まった。

 そして、移り変わる宙空世界となって、無となる。

 瞬く間に味方の剣士が倒され、首が飛ぶのを見た魔術師。

 陽光を背にした、その魔術師が、


「……クレイン・フェンロン……噂通りの強者だ」


 そう語る。

 陰影は彫りが深いと分かる魔術師。

 双眸は鬼灯のように膨れ上がった<憤怒ノ魔眼>を発動した。


「死ねや――<グロウ・ゾブリス・ゼア>」


 目元から湧き出た魔界の闇の炎がクレイン・フェンロンに迫る。

 その瞬間、クレインの頬に古貴族フェンロン一族の証明が浮かび上がった。

 それは、朱華と深緋を基調とした火の鳥。


 同時に両手を揃えるクレイン・フェンロン。

 銀と金のトンファーが煌めく。


「<朱華帝鳥エメンタル>」


 クレイン・フェンロンはエクストラスキル名を呟く。

 と、朱華と深緋の魔力の炎を、体から生み出した。


 その朱華と深緋が揺らめく魔力の炎は、一瞬で、帝火鳥を模り、銀と金のトンファーに移る。

 一対の紅蓮に燃えたトンファーとなった、その切っ先から三角錐十字の燃えた鳥が出現――。


 三角錐十字の燃えた鳥は、クレイン・フェンロンを飲み込もうとしていた闇の炎を、逆に燃焼させる。

 闇の炎を打ち消した。

 そのまま三角錐十字の燃えた鳥は、襲撃者たちへと襲い掛かる。


「――え?」

「ひぎゃぁぁ」

「<グロウ、ゾ、ゼア様ァァがぁぁぁ」


 三角錐十字の燃えた鳥は周囲の者を喰らう。


「燃えた悲鳴に合わせて踊ってもらおうか……」


 クレイン・フェンロンの冷めた言葉通りにはならず――炭化した者たちは、灰となった。

 三角錐十字の燃えた鳥も空の彼方へと飛翔しながら消えていく。


 その帝火鳥を悲し気に見るクレイン・フェンロン。

 古貴族フェンロンとしての歴史を思ってのことではない。


 ……ショーンの旦那。


『このことは、絶対、あの子に内緒だ』

『……そこまでして』

『私事だが……この辺り一帯の貴族は権力者に靡く者も多い。私の男爵家も一見は裕福だが、安泰ではないのだ。いずれは、事が起きる。その時、甘え育った娘だったら?』

『先を見据えてか……』

『そうだ。成家立業を為し得ることは難しい。生きてはいられないだろう。顔がよい場合は、なおのこと、どのような仕打ちを受けるか』

『そうです。ただでさえハンデがある娘……あの子に、弱く育ってほしくない。わたしたちが居なくなっても、切に、強く生きてほしいのです……』

『……足がないんだ。両親から愛されていないと思い込めば、内気になるぞ? それにあの子も特異能力者、馬鹿でもない。その足を含めて、自分に大金が掛かっていることぐらい分かる』

『……それは貴族としての面があるから大丈夫な、はず……。それに、この魔道具もある』


 この時、ショーンは瞑心具の針を出し、クレインに見せていた。

 その針を打てば、心は読まれるどころか、反対の思念を伝えられる、曰くつきの呪具。


 だが、針で打つ度に性格も徐々に変わるという呪いの品でもあった。


『……約束してくれないと他を探す』


 そんな男爵夫婦との会話を思い出すクレイン・フェンロン。


 訝しむわたしを夫婦で咎めるような、もの言いだった。

 自らの身を犠牲にしても……。


 それだけ娘のエヴァのことを、想っていたんだろう。


 だから約束は守るさ、ショーンの旦那。

 自分の心を偽る魔道具まで用意して、我が子の将来のために……。


 ……優しいエヴァに、その深い愛情を持っていた両親の死を伝えることは……。

 酷だけどねぇ……。


 盗賊に殺された事実は伝えなくては、ね。

 それにわたしの追っ手が、エヴァの両親を殺していたかもしれないんだ。

 雇われた手前、責任はある。


 だから暫くはエヴァに、わたしの追っ手が向かうか調べようか。

 無事と分かれば……。


 あとは、わたしが派手に暴れて逃げればいい。


 そう考えたクレイン・フェンロン。

 口笛を吹きつつ空を見上げる。


 その音色は……甲高い。

 ベファリッツ大帝国出身者なら気付く者もいるだろう。

 それは誄歌(るいか)の時に奏でられる音色だった。


 若葉の匂いを漂わせた風が、クレイン・フェンロンの身を撫でるように吹き抜けていく。

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