五百八十話 家族の円陣

「一気に安堵感を得ました!」


 サザーが元気にジャンプをくり返す。

 ママニとフーも頷いて笑顔だ。

 左目からヘルメも出る。


『妾も出るか!』

『いや、そのままでいい』

『ふん!』


 サラテンは出さない。

 俺は一瞬で女体化したヘルメに、


「ヘルメ、寝ているダークエルフを綺麗にしてやってくれ」

「はい」


 瞬時にヘルメは神秘的な液体となってダークエルフを覆う。

 すると、レベッカが、細い腕を上げつつ、舞うように回って、


「地上っていい~暖かい~」


 そのまま小走りに部屋の端に移動。

 細い腰をくるりと回し、細い腕を左右に伸ばした。


 部屋の中だが、日光浴か?


「内装もお洒落で素敵な家だし!」


 レベッカはそう語ると、窓の縁に手を当て、外の様子を見る。

 訓練場と紋章樹が見えているはず。


 ムーは外かな。


「風も気持ちいい~。ムーちゃん元気そう~」


 外に向けて手を振るレベッカ。

 深呼吸をくり返すように両手を広げた。


 エヴァとヴィーネも、その窓に向かう。

 外の様子見て深呼吸をくり返している。


 ネームスとモガは、まだパレデスの鏡の傍に居る。


 すると、エヴァが寝台を覗く。

 ダークエルフの体を神秘的な液体のヘルメが覆う。


「精霊様のお掃除は気持ちよさそう~」

「だな」


 そう言葉を発しながらエヴァの隣に移動。

 手を握ってきたエヴァ。


 俺のことをジッと見て、


「……ん、無事に帰ってこられてよかった。任務達成できてよかった。キッシュも喜ぶ」


 天使の微笑。

 そして、握った俺の手を上げると、自身の頬に当てて……、


「シュウヤもがんばった」


 と、喋ってくれた。

 可愛い。肘に当たるおっぱいの感触もいいね。


 刹那、紫色の瞳を強めるエヴァ。

 あ、そうだった。と、手を離すが、


「ん、えっち」


 エヴァにバレていた。


「なにしてん!」


 レベッカさんのツッコミが入る。

 が、爪先回転の技術でターン、華麗にスルー。

 すると、サザーが、


「ご主人様の華麗な避け技です」

「にゃ~」


 と、ロロディーヌも俺と一緒に回り出した。


「はは、ロロ~」

「ンン、にゃっにゃ~」


 周囲が笑いに包まれた。


「ご主人様、和みますね」


 ヴィーネの言葉に頷きながら、つま先を軸とする回転をストップ。

 アキレス師匠のステップワークは偉大だ。


「うむ、なんだかんだで、戻ってきたって感じがする」

「そうねぇ、地下冒険から、地底神ロルガを倒して、秘宝の奪還! 魔宝地図に挑むより確実に凄いことをやってのけた」

「ん、イノセントアームズは強い!」

「はい」

「ペルネーテで初めて組んだ頃を思い出す」

「わたしはまだ奴隷でした。警戒しながらも、皆のことをある種、尊敬していました」


 レベッカとエヴァとヴィーネが語り合う。

 すると、のっそりと動いているネームスが、


「わたしは、ネームス」


 発言しながらモガにクリスタルの双眸を向けていた。

 ペンギンに見えるモガも頷く。


「おうおう! 俺たちも、その頃か?」

「出会いは、確かにその頃だ」

「そして、今回は、イノセントアームズとしての初冒険を終えた記念日って奴だ」


 モガの言葉を聞いたネームスは頷いた。


 クリスタルの双眸が輝く。

 そして、大きな唇付近の鋼と樹がひび割れるような、パキパキとした音を立てつつ、


「――わたし、は、ネームスゥ!」


 ネームスは巨大な腕を真上に伸ばす。

 幸い天井は高い。ネームスの大きい腕が天井を突き抜けることはない。


 そのネームスは睫毛と眉毛の枝が揺れている。

 眉毛から小さい葉っぱが生えて枯れ葉が落ちていく。


 自然の四季がある眉毛。

 その光景は面白い。

 破顔したモガは頷いていた。


 ペンギンのような顔だから奇妙だ。


「おう! 派手な冒険だった」


 モガとネームスは会話できる。

 ネームスは、ゆっくりと頷いていた。


 モガも頷く。

 ネームスとモガは長年コンビを組んでいる。

 だから、微妙な表情の違いで会話が成立するらしい。


 ネームスは、顎の髭風の小さい枝の群れも動く。

 可愛い……小さい枝は伸縮が自在。


 枝は楽器のような意味もあるのか?

 微かな音を発して、凸と凹の動きを繰り出す。


 俺は、その面白いネームスとモガに向けて、


「……二人とも、がんばったな、協力をありがとう」

「気にするな、俺たちはもう【剣王モガと黄昏ネームス】ではない。イノセントアームズなんだからな」

「わたしはネームス!」

「ということで、シュウヤよ。今度でいいから冒険者ギルドで正式にイノセントアームズとして、何かの冒険者依頼を受けておきたいんだが」

「わたしは、ネームス」

「ネームスも賛成だ」


 そうだな。

 ヘカトレイルか、ペルネーテか、または違う都市か。

 いずれは、


「ま、おいおいってやつだ。今は、任務の成功を素直に祝いたい」

「無事に蜂式ノ具を取り返すことができてよかった」

「お姉様方と連携して戦えたことも嬉しかった」

「ご主人様の的確な動きのお陰」


 ママニが語る。


「そうですよ! ごしゅ様は、地底神ロルガ討伐&秘宝奪還に成功したのです!」

「ん、ロロちゃんもがんばった!」

「はい! ロロ様も!」

「にゃおぉぉ~」


 サザーとエヴァの声に釣られたのか、相棒も元気だ。

 その元気な相棒の声に釣られたわけじゃないと思うが……自然と皆が、ロロディーヌを囲うように円陣となった。


 黒猫ロロは皆の注目を浴びる。

 ロロディーヌは尻尾で傘の尾を作るようにピンと立てた。


 小さい頭部を左右に動かす。

 下から皆の顔を確認していく素振りだ。


「そうですな」


 スゥンさんも微笑みながら頷く。


「ふむ」

「はいです!」

「はい!」

「シュウヤ様のお陰です~、激しい戦いに大勝利~♪」


 波群瓢箪を揺らしながら、踊るリサナ。

 横に居るエヴァが瓢箪に生えている葉っぱを触っていた。


「わたしは、ネームス!」

「うん」

「にゃ~」

「やりました!」

「……地下世界は、単に活動する場所だったけれど……こんな迅速に目標目掛けて駆け抜けて、モンスターを倒しつつ冒険するなんて、今までで、一番……楽しかったかも」

「イセスに同意する。逃げるだけではない。まっすぐ突き進もうとする主の姿勢は我らの胸を打つ」

「吸血王なのだから、当然だ」

「主なら、古い血脈ソレグレン派に関わる古代遺跡も辿れる」

「ふむ。吸血王なら、偽の神霊トルゥザの地下墳墓を超える地下墳墓を漁ることもできようぞ」

「地下か、ま、暫くはごめんだな、アムたちのことを思えば悪い気もするが……」

「確かに、キュイズナー軍団は、質が高かった。常に恐怖を感じる敵ってそうはいない」


 ユイが厳しい表情を浮かべながら語る。


「そうねぇ、元墓掘り人たちには悪いけど、だいたい、地下って暗いし、怖いのよ」

「はい、暗い雰囲気で常に心が試されるような場所でしたからね。だからこそ、この開放感がなんとも言えません!」


 サザーがレベッカの言葉に同意するように語る。


「気持ちは分かります。わたしも蓋がない世界に最初は戸惑いましたが、日の光を知ると、地下世界が如何に暗い場所かと身に沁みます」


 元ダークエルフとして、ヴィーネがそう語る。

 バーレンティンは無表情。

 やはり、地下世界のほうが相性がいいんだろう。


「レベッカの蒼炎は明るいから結構、快適だったが」

「ん、レベッカの元気があれば、地下世界の暗さも平気、地下でも元気でた」

「あぅ、エヴァったら、嬉しいことを! ありがとう!」

「ん」


 エヴァとレベッカは微笑み合う。

 二人を見ていると自然と温まる。


 すると、笑うモガが、ハンカイを見て、


「あはは、心が温まるな? ということで、ハンカイ殿、逸品居で一杯どうだ?」

「ふむ、地下都市を巡る冒険譚の自慢でも皆に披露か?」

「おう、イノセントアームズとしての自慢だ!」

「どうせなら、俺もその、イノセントアームズに入っとくか」

「何を言うハンカイ殿! もうメンバーだろう。この地下に挑戦したメンバー全員がイノセントアームズだ」

「わたしは、ネームス!」


 ネームスはモガの言葉に同意するように大声を上げた。


「そうだな、ハンカイは仲間であり友だ」

「ありがとう。斯道(しどう)を征く武人のシュウヤが率いるグループに入れて誇りに思う」


 ハンカイが真顔で礼を言うから、照れる。


「……嬉しいことを」

「がはは、そう照れるな」


 照れを誤魔化すように、


「モガとハンカイが逸品居で飲むなら、キッシュに報告してから俺もいこうかな」

「おうよ、シュウヤもこい」

「わたしも相伴します」

「では、わたしもお側に」

「へぇ、飲み会? 当然、わたしもね」

「ん、結局皆?」

「そうなりそう」


 ユイが微笑む。


「ガハハ、皆で飲もう!」

「キサラさんの歌と、ごしゅ様の歌も、聞きたいです」


 キサラは恥ずかしそうな表情を浮かべながら、


「わたしの歌ですか、シュウヤ様なら喜んでお聞かせしますが」


 そう発言。

 俺は頬をぽりぽりと指でかきながら、頷く。


「歌に自信はないが、キサラの声は綺麗だし、ジュカさんもいい声をしているから期待したい」


 と、正直に語る。

 正義のリュートもあるし、演奏は好きだ。

 ジュカさんはどこだろう。

 エルザとアリスと一緒に城下街かな。


「ありがとうございます。新しい地下をモチーフとした、冒険譚を披露しましょう」

「冒険譚かぁ、入り組んだ地下道に棲んでいた怪物のモンスターたち。壁の外も生活模様も混沌としていたし、都市の中も怪しい神殿の建物ばかり……オークたちが信仰している神殿もあったようだし、壮大な歌になりそうね」

「歌にしにくい部分もある」

「ん、助けることができなかった人たちも多くいた」

「怪しい儀式……」

「食料にされている人たちも……助けたかった」


 皆、沈黙。

 やっぱ気にしていたか。

 だがな、俺たちにも限度はある。

 ラファエルもそれらしいことを語っていたが……。

 厳しい言葉を、敢えて、皆に告げようとした。


 が、


「……そうね。うん。助けたかったのは事実。でも、その考えは傲慢かもしれないわよ」


 ユイが俺の代わりに敢えてそう語る。


「どうして?」

「今回の偉業を否定するわけじゃないからね。地底神に争いを挑み、一人も犠牲者を出さず、その神との争いに勝利した。そして、奪われていた蜂式ノ具聖域を……取り返すことができた。これは本当に奇跡で偉業だと思っているんだから……」

「うん」

「そうね、要するにすべてを救えるほど、わたしたちに力はない。慢心せず過信をしない。って、ことを言いたいんでしょう?」


 レベッカは、分かりやすく指摘した。


「そう、ロロちゃんの腹の件も含めて、すべてを救えるほど、わたしたちは強くない……僅かだけど、救うことができた命のほうが大事。だから、足下をしっかり見て、踏み外さないように歩くことが重要だと思って」


 ユイ……三つの魔刀を振るい無双していた彼女が語る言葉だ。説得力がある。


「ん、確かに。熾烈な戦いの中、ダークエルフだけでも、救うことができたことのほうが重要……」


 エヴァはユイの言葉に同意しつつ、寝かせているダークエルフを見ながら発言した。


「我も救われた」

「そうねぇ。異獣ドミネーターさんも助けることができた。そして、シュウヤとロロちゃんと皆が居ながらの結果だから」

「はい、強い怪物ばかりでした」

「ん、独立都市フェーンに行き着くまでも広大で、その都市もまた、巨大」

「わたしたちが戦った都市のエリアも極々狭い範囲でしかない」


 レベッカ、ヴィーネ、エヴァ、ユイが語る。

 そのヴィーネが、


「壁の外側に棲む怪物の数は、万を有に超えていた。あの中を突破し、都市の中に入り込めたことのほうが、奇跡に近い」


 と、語ると、キサラも、


光と闇のダモアヌン運び手ブリンガーのシュウヤ様だからこそ可能な偉業。そして、敵も強かった。攻めてきたナズ・オン将軍のような特別な防御能力を誇る敵はいないようでしたが、総じて、タフでした」

「わたしたちが戦った怪物たちは、吸血鬼ほどってわけじゃないけどね。でも、今思えば、ホームズンの兵士たちは楽だった」

「ん、フェーンを囲う壁の中に住んでいた存在も気になる」


 確かに、と、俺も頷く。


 巨大な岩壁に囲われている独立都市フェーン。

 都市を囲う幅のある壁の中には、人族のマグルと似た存在たちが住む。

 壁というか居住空間コロニーだった。


 地底神ロルガと槍使いレターゲス。

 蟻地獄の魔術師ダ・ゼ・ラボムとキュイズナー軍団。


 戦った怪物たちは、その種族たちのことをグンドァンと呼んでいた。


 そのグンドァンはフェーンの内と外を巡り地底神たちが率いる怪物……魔神帝国の怪物たちと争っているようだ。


 壁の穴から都市の内部に突入した際に……。

 その壁で叫んでいた種族たちが、グンドァンってことかな。


 あの時、ポルトガル風の言語が聞こえた。

 スペイン人かポルトガル人の転生者が、あの壁の中に住んでいるとか?


 ホフマンのような転生者も居るからな。

 可能性はあるだろう。

 そう考えると……本当に世界は広い。


「……ま、とにかくだ。俺もがんばった。剣王モガの名は地下に広まっただろう」

「それはどうだかな?」

「んじゃ、円陣となったし――」


 相棒の真上辺りに腕を出す。

 

「ん」

「はい」

「わたしは、ネームス」

「おうよ」

「そうね~」


 と、皆も俺のあとに続いた。


 サザー、バーレンティン、キース、レベッカ――。

 トーリ、エヴァ、リサナ、モガ、イセス、ヘルメ――。

 アキ、スゥン、ヴィーネ、ネームス、ユイ――。

 ママニ、フー、サルジン、ビア、ロゼバトフの皆が腕を伸ばす――。

 手を合わせようとした。

 少し遅れてソロボとクエマも腕を出す。


 俺も腕を出した。


「安堵の円陣。ことが終わってからの円陣だが、まぁ俺たちらしいか」


 と、語る。


「そうね、でもいいじゃない、わたしたちは家族!」

「にゃ~」


 相棒も下から触手を出してきた。

 皆でチームワークを意識した円陣を組む。


「ふふ」

「くすぐったい」

「あぅ~」

「ちょっと、ロロちゃん、わたしの腕ばかり弄っている?」

「ぬぉぉ、俺の腕をくすぐるなぁ」


 モヒカンのサルジンが吼える。


「我の腹は遊び道具ではないぞぉ」

「ふふ、波群瓢箪は太鼓ではないです~♪」


 と、言うが、銅鑼風の音に聞こえるリサナの波群瓢箪。

 ギョッとして驚く異獣ドミネーターは、黒毛が逆立っていた。


 ロロディーヌは、そんな腕を伸ばす皆の下から触手を伸ばしているようだ。


 相棒なりに……。

 皆のことを、地下のがんばりを激励しているのかもしれない。


 ビアはくすぐったいのか、蛇腹の端を横にずらして、サルジンごと壁と衝突していた。


 そんな皆に向けて、俺は気合いを入れるように……表情を引き締めてから、


「――皆、今回の旅はご苦労さまだ――」


 そう語った直後、腕に力を込めた。

 皆の腕を下に押しつつ――。


「おう――」


 と、大きな掛け声を発してから、手を離した。

 腕を真上にあげた。


「「「――はい」」」

「「「おおう!」」」


 皆も応えた。

 リサナが一対の可愛らしい角から不思議な色合いの魔力を宙に放つ。

 カタツムリと蛞蝓の小さい模様たちが宙で踊る。

 ヘルメも負けじとヴェニューたちを宙に放ち、てんやわんや、の大騒ぎ。


 精霊大合戦。

 と、たとえればいいんだろうか。


 昔、ペルネーテの中庭でパーティをしたことを思い出す。

 皆、拍手したり、笑ったりをくり返す。


 一方、異獣ドミネーターは輪の中に入らず、


「……ここが地上の家なのか?」


 二階の俺の部屋を観察している。

 その言葉に頷くイセス。


「……地上のサイデイル。規模的にもう吸血王の城ね。ここはその王の寝室ってこと」


 V字ネックの衣裳が似合うイセスの言葉だ。

 メッシュで流した髪形も似合うし、元墓掘り人たちの中では紅一点。

 グラマーなスタイルを誇る女性吸血鬼がイセス。

 そのイセスが、異獣ドミネーターに説明していた。



「巨大な光魔ルシヴァルの紋章樹もある」

「光魔ルシヴァルの聖域、我らソレグレン派の王に相応しい居城」


 バーレンティンとキースが語る。


「ん、確かに。でも、ペルネーテの武術街にも、もう一つの大事な拠点。シュウヤの買った大屋敷もある」

「そうそう、アジュールの警備隊長とメイドたちも居る。わたしたちの部屋もある。だから……」

「いいぞ。エヴァもレベッカも住んで。拡充した部屋が無数にあるからな。別荘か定住か、好きなように使ったらいい」

「うん、ありがと! でも、向こうも向こうで便利だからね。ベティさんとクルブル流の師匠も居るし。どうしようかなぁ」

「ん、どちらも家にする!」


 エヴァらしい。

 レベッカもエヴァも笑顔で頷く。

 ユイもヴィーネもキサラも微笑んでいた。


「ンン、にゃ」


 楽し気なロロディーヌの声だ。

 ――声のほうを釣られて見る。

 いつものように寝台を利用した遊びはしていない。


 キャットウォークの低い棚に乗っていた。


「相棒、腹を調べたいんだが」

「ンン――」


 俺の言葉を無視した相棒ちゃん。


 尻尾をふりふりさせつつ後脚で棚を蹴って一つ上の棚に飛び移った。

 ぷゆゆの遊びに参加するつもりなんだろう。


 ここからだと、そのぷゆゆの遊ぶ姿は見えないが……このビシバシと響く扉の音からして、きっと、ぷゆゆだ……。


 鼻息を、ふがふがと、荒くしながら……。

 屋根の扉の開け閉めをくり返しているに違いない。


 しかし、猫用に作ったんだが……。

 今ではすっかりぷゆゆ用の扉だな。


 ぷゆゆの、まん丸な双眸と真っ白い歯をむき出しながらの……。

 必死な表情と仕草を想像すると……。


 笑えてくる。


 俺が笑ってると、ロロディーヌは棚をトコトコと歩く。

 棚の端から部屋の匂いでも確認するように鼻先を周囲に向けていた。


 クンクンと鼻先を動かしつつ、近くに居たバーレンティンに片足の裏側を見せる。


「ンン、にゃ~ん」


 バーレンティンの高鼻に肉球を当てていた。

 シュールな光景だ。

 高鼻に、ぷにぷにとした肉球タッチングを受けたバーレンティンは微笑む。


 渋いバーレンティン。

 彼は「ギュスターブ・クールベ」が描く自画像に登場してきそうなぐらいにハンサムだ。


 非常に絵になる。


「バーレンティン、鼻の感触は気持ちいいのか?」


 と、聞いているトーリ。

 彼も「パイプを加えた男」にそっくりだし、ヒャッハーなサルジンとは対照的だ。


「うむ。絶妙な柔らかさだ」

「ほぅ」

「にゃ~」


 相棒は肉球の感触を褒められて嬉しかったのか、バーレンティンの鼻を連続的に叩く。

 叩かれているバーレンティンは動じず、


「……ロロディーヌ様、黒猫の姿もまた気品がありますな?」

「ン、にゃ」


 ロロディーヌはバーレンティンに返事を出す。

 バーレンティンの顔遊びを止めた。


 長い尻尾で、近くのトーリとキースの頭部を撫でてから、見上げる。

 ブックシェルフのような棚を利用して、キャットウォークを上がるつもりか。


 ジャングルジムのような母屋の木組みは、相棒の楽しい遊び場だからな。


 だが、今はダメだ。


「相棒、待て」

「にゃ?」


 相棒は片耳をピクピクと動かしながら俺に頭部を向ける。


「ダークエルフが寝てる横の寝台で待っていろ、腹を調べる」

「ンン、にゃ――」


 ロロディーヌはプイッと頭部を逸らして跳躍。

 また、無視しやがった。一つ上の棚に飛び移る。


 そのまま坂を駆け上がって、また跳躍。

 お尻さんをぷりぷりと振って尻尾を揺らす。


 可愛いんだよ。こんちきしょう。


 ロロディーヌはキャットウォークを走る。

 大小様々な棚と板が並ぶキャットウォークだ。


 棟木と母屋が構成する屋根裏のジャングルジムの上で、四肢を躍動させ走る黒猫ロロ――楽しそうだ。

 アーレイとヒュレミも出したくなった。

 黒猫ロロは天井に向かう。


 また、棚に戻る遊びを繰り返す。


 ぷゆゆの遊びに参加するつもりなんだろうけど、気まぐれだからな。

 しかし、ぷゆゆがやっている扉の開け閉めの遊びは、何が楽しいんだろうか。


「ロロちゃんは大丈夫みたいね」

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