五百六十六話 広大な地下世界

 ネームスが着地した箇所は派手に凹んでいた。

 肩の竜頭装甲ハルホンクを意識して暗緑色の外套から魔竜王装備に変化させつつ……ジョディのことを……。

 ジョディは来なかった。来る気満々だったが……。

 逸品居にいたシェイルが「あぅぅ」と叫びながらジョディに抱きついて『いっちゃいやだ』とせがんだからだ。


 直ぐに


『ジョディ、帰ってくるまでシェイルを頼む』

『あなたさま……はい。お帰りをシェイルと共に待ってます』

『帰ったら、シェイルの治療に必要な魔宝石を探しにいこう』

『はい!』


 涙を流すジョディの笑顔は忘れない。


 と、少しの前の出来事を打ち消すように、傍にいるユイが、


「地下世界か、本当に魔界のような場所ね、モンスターの死骸だらけ」

「この死骸はシュウヤたちが殲滅した後か」

「……わた、しは、ネームス」


 巨大な腕で地面を突いたネームスはゆっくり立ち上がる。

 ネームスを見ながら皆に向け、


「おう、大半は逃げていったが、まだ魔素の気配は無数にある」


 そう報告。

 傍にいるヴィーネも、


「倒したのは死骸を見て分かると思いますが、体毛の針を飛ばし、口から黄色い炎を吐く敵でした。ロルガと争うセレデルの兵士と推測できます」


 とモガたちに話をした。


「わたし、は、ネームス」

「ネームス、地底にも敵はわんさかいるってことだ、俺の魔剣シャローがうなることになる」

「……わたしはネームス」


 頷くモガ。

 ネームスは唇の樹木を動かす。

 会話が成立しているようだ。

 ユイが少しぽかーんとしていたが、俺に視線を合わせて微笑むと、


「……セレデルって地底神よね。同じ地底神ロルガの勢力と対決しているのだっけ」

「そうだよな、ヴィーネ」

「はい、深い理由は知りませんが」

「獄界ゴドローンから来ている神々同士でも、仲が悪かったりするんだろう」


 ユイたちは俺の言葉を聞いて、頷く。

 すると、キサラが、


「この死骸は皆同じ種族系……ナズ・オンのような将軍はいなかったようですね」


 死骸を魔槍ダモアヌンで突きながら確認。


「組織だって撤退はしたが指揮官はいなかったように思える。しかし、場所的に独立都市フェーンは近いはず」

「セレデルの兵士たちは地底神ロルガを信奉する独立都市同盟を攻めようとしたのかもしれません」


 俺の言葉にヴィーネがそう重ねた。


「地下の戦争。果樹園を攻めてきたグループ」


 ユイが皆に聞くように発言。


「はい、その独立都市フェーンの神殿に地底神ロルガがいるかもです」

「魂の黄金道は左。その都市の中にある神殿か、都市を幾つか越えた先かもしれない。さっきも話をしたが、ロルガを信奉する勢力が多い場所に向かうんだ。ナズ・オンのようなモノも存在するだろう」

「臭いナズ・オンはわたしの<投擲技>を防ぎましたから、次こそはちゃんと倒したい」


 キサラはそう話しつつダモアヌンの魔槍を振るい、股に挟んで低空を飛翔する。


 キサラの飛ぶ姿はやはり魔女だ。


 ネームスもゆっくりとした動きで歩く。

 そのネームスの近くにいたユイが、掌で神鬼・霊風の鞘を回転させる。

 そして、鐺ではなく頭で地面を、いや、死骸を小突く。


「……魔石はないようね。ネームスさん、踏み潰して歩いても大丈夫よ」


 ユイはそうネームスに促した。


「わたしは、ネームス」


 いつもの言葉を投げかけるネームス。

 もっそりと歩きながら死骸を踏み潰していく。


「ネームスさんの目って綺麗よね。かえでさんが心にいると、シュウヤが教えてくれたけど、やはり女性ってことかしら……」

「わたしは……ネームス」

「純粋そうな心を持つからこその目だと思う」

「わたし、は、ネームス」


 ユイに語りかけるネームス。

 お礼を言うように頭部を傾けて肩を震わせた。

 枝と葉が数本落ちていく。


『まだ、魔素の気配は大量にあります』


 視界の端で泳ぐヘルメが指摘するように……魔素の反応は上下左右至るところにある。


 当然だが……。

 浅い地下世界だろうと地下は地下。


 樹海が可愛く思えるほどの混沌とした場所だ。

 キサラとユイは、先のレベッカに追いつくと、それぞれにハイタッチ。


 トーリは氷の刃を飛翔させていた。

 ネームスが、その氷の刃を巨大な腕で払おうとしていたが、もっそりだから氷の刃に当たらない。


 そのトーリは俺のほうに近寄ってくると、


「主、ここはグレナダクイーンの領域が近いかもしれません。だとすれば、地下の大動脈の一部」


 と、報告してきた。


「ほぅ……」

「たぶん、バーレンティンもそう判断するはず」


 バーレンティンはまだ穴から下りてこない。

 ユイとレベッカとキサラに、触手で応える相棒の姿を見ながら、周囲を見ていく。


 すると、小さいヘルメが、


行商傭兵軍団コンゴード・マシナリーズ隊やハフマリダ教団の小隊がいるかもしれません』

『ラングール帝国に所属する地下都市レインガンのドワーフたちに、ノームのアムたちか。地下も広大。そう簡単に偶然が起きるとは思えないが、まぁ地下都市を結ぶ通商路はあると思う』

『はい、魔神帝国の兵士だった場合は要注意ですね』

『キュイズナーのノームたちを洗脳していた能力か。ま、俺たちなら急襲すれば怖くない相手だ』

『はい、あの時は急襲する側でした。あっけなく倒せましたが、ハフマリダ教団のノームたちを裏切らせる力は侮れません』


 アムたちがキュイズナー相手に苦戦していた光景が脳裏に浮かぶ。


 そのアムとの会話でも、

『……魔神帝国とかの争いもあるんだろう?』

『はい。資源を巡り魔神帝国以外にも独立都市同士で戦争があります。キュイズナーも様々に種類がいますが、強者は恐怖の対象です。対精神防御の魔道具を超えてくる洗脳は受けたくない……』


 と顔色を悪くして語っていたアム。


 ヘルメと一緒に地下を旅した時にハフマリダ教団たちと遭遇したモンスター兵士。

 蛸頭のキュイズナー。

 キュイズナーは魔神帝国を代表する兵士。

 ロアとナロミヴァスも語っていた。

 魔人ナロミヴァスはそのキュイズナーを他の都市に送っていたし、とんでもない食人野郎だった。


 そして、ヘルメが言いたいことは分かる。

 先の戦い、魔銃使いのベニー・ストレインの強さのことだろう。


 それはキュイズナーにも当てはまると。


『洗脳に特化するキュイズナーの強者ってことか。蛸の頭部だが、一応は人の形だからな』

『……はい、閣下の成長した速度に追いついて、閣下に傷を与えるベニー・ストレイン。彼を見て、わたしは、自らの考えが浅はかだったことに気付きました。成長する力は強い。レフォトの加護の力を感じました』


 確かに、最初の転生の項目を思い出す。


 種族:人族

 平均寿命:48~

 種族特性:成長の証し

 恒久スキル:なし


 ※他の種族からは人族や人間など呼称は様々だ※

 ※主に人族と呼ばれている地域が多くこの世界で最も人口が多いとされている種族の一つ※

 ※人族の活動範囲はかなり広いエリアに分布している※

 ※遠い土地でも人族は存在しているだろう※

 ※しかし、人族が生息していない人類未踏の地も存在する※

 ※大概の人族社会は王や皇帝に女帝を頂点とした奴隷制を用いた貴族社会が中心となって構成された国々が多い※


 ※そして、違う国家同士の戦争もあれば、内部で王侯貴族たちの権力争いが暴走し、その結果内戦へと発展。それにより国が滅亡といった話は常に起きているのが現状だ。そんな人族たちの都市には、数多くのギルドが存在し、互いに切磋琢磨しながら発展を遂げているだろう※

 ※人族最大の強みとも言えるのは職業選択の自由だ※

 ※人族を含めた人型生物の特徴は【職神レフォト】の寵愛を受けているとも言われている。そのせいか無限とも言える戦闘職業が存在するのだ※

 ※自分の努力次第で戦闘職業のランクアップが可能※

 ※その変化は無限大※


 とくに、この三つ。


 ※種族特性:成長の証し※

 ※自分の努力次第では戦闘職業のランクアップが可能※

 ※人族を含めた人型生物の特徴は【職神レフォト】の寵愛を受けている※


 人型生物だから魔族だろうと関係がないか。

 獄界、魔界、神界、邪界と色々な次元世界に分かれている。

 ベニーやキュイズナーと関係ないかもしれないが魔力やスキルなどがある世界だ。

 神々も通じないミクロの共生細菌も、マクロの深宇宙も、次元の揺らぎ、量子のゆらぎを超えたような事象はあるかもしれない。

 多種多様な未知のモノは確実にあるだろう。


 そんなことを分析しながら、


『……七戒に関係した装備類とスキルの力もあると思うが、<縮地>を使いこなす狂眼トグマまでとはいかないが、あのような加速技を、人族か魔族のハーフの種族でも出せるのだからな』

『はい』

『アイテム云々の前に、ベニー・ストレインが特別だっただけかも?』


 クナが闇のリストで紹介する男。

 暗殺チームを率いていた奴だ。


『そうですね。成長も個性の範囲。なにごとも閣下いわく、千差万別かと』


 同意しながら、暗い地下世界を見ていく。

 モガもレベッカとユイとハンカイとキサラの横に並ぶ。

 魔剣を抜いて歩く。

 あれは魔剣シャローか。


 皆が歩く姿は雰囲気がある。

 特別なヒーローたちに見えた。


『それにしても広い空洞だ……』

『地図があったとしても迷いそうです』

『地図スキル持ちが冒険者たちに人気があるのも頷ける。ま、俺たちには魂の黄金道があるし、五面の鏡もある。迷ってどうしようもなくなったら、デビルズマウンテンのハフマリダ教団の部屋に設置したパレデスの鏡に移動し、アムたちと合流ってのもありだ』


 小さいヘルメはくるっと回って踊ると。


『――あ、なるほど! 魔神帝国の地下都市に殴り込みをかけてルシヴァル神聖帝国の構築を行うのですね、分かります、さすがは閣下!』


 語尾のタイミングでヘルメ立ちを繰り出した。


『はは、ナイスポーズ。が、帝国は築かないからな?』

『分かっています。閣下風に言いますと……おっぱい帝国ですね』

『おう、お尻帝国を作ることを許そう』


 ぷりぷりとお尻を揺らすヘルメちゃんだ。

 小さい姿だが、ナイスバディなヘルメに魅了される。


『ふふ』


 零コンマ数秒の間に、そんなヘルメとの冗談思念を、伝え合いながら歩く。

 頭上に蒼炎弾が飛翔していった。


 ――軌跡が綺麗だ。

 しかし、暗闇に吸い込まれるように、蒼炎弾の明かりが小さくなっていく。


 ヴィーネもユイもキサラも蒼い軌跡を見る。

 ネームスも少し遅れて睫の枝を震わせつつ見ていた。


「……シュウヤから聞いていたけど……想像を絶する広さ」


 レベッカの言葉に頷いた。

 地下の広大な世界について聞いたことがある程度だったようだからな。

 その地下世界に圧倒される気持ちは分かる。


「あぁ」

「――きゃっ」


 と、背後から可愛いエヴァの声が。

 尻餅をついていた――急ぎ、駆け寄る。


「大丈夫か?」


 と、手を出してエヴァの手を掴み、起こしてあげた。


「ん、ありがと、大丈夫――」


 俺に抱きついたエヴァ。

 いい匂いとおっぱいの柔らかさを堪能したのも、つかの間――。


 エヴァはすぐに俺から離れた。


 全身から紫魔力を発したエヴァ。

 身を捻りトンファーを袖の中に仕舞う。

 踵を軸に回転。

 踵から生えた金属杭を基点としたターンピックを生かす回転だ。


 そのまま回転しながら跳躍すると魔導車椅子状態に移行する。


 エヴァの足の金属たちは溶けていく。

 距骨、踵骨、立法骨、指先の金属たち。

 溶けながら金属と木材の背もたれ、アームレスト、レッグレスト、スカートガード、クラッチレバー、キャスター、ステアリングに車輪が瞬時に作られた。

 魔導車椅子が完成。

 形状記憶合金を超えた金属の奇跡としか思えない動きだ。


 その代わり、エヴァの脹ら脛の肉と歪な骨が露出した。

 しかし、エヴァも成長している証し。


 そして、改良が進む金属足と同じく魔導車椅子の形も洗練されていた。


 セグウェイタイプから車椅子に移行する速度も上がっている。


「ん、偵察する。レベッカ、上のほうは任せて」

「うん。大量の敵が、まだ潜伏している可能性があるから、無理しないで」

「広いしな。魂の黄金道が続いている左のほうだけでいい」

「分かった。左ね」


 紫魔力に包まれるエヴァは俺たちのほうを向いて頷く。

 そのまま駆動輪の上のハンドリムに両手を当てつつ、左の宙空を飛翔していく――。


 途中、レベッカの蒼炎弾をお手玉していくエヴァ。


「ぬん――!」


 と、ビアの掛け声的な声が穴から響く。

 穴の方を見ると、サザーとママニを抱えたビアが派手に着地していた。


 地面が少し陥没している。

 蛇の舌が宙を泳ぐ。


 ビアの二人を抱えた姿が合体ロボットのように見えてしまった。

 バーレンティン、ロゼバトフ、蜘蛛娘アキ、スゥン、イセス、キース、サルジン、フーも着地。

 フーは恥ずかしそうに股間を押さえながらの着地だ。


「主、遅れました」


 と、駆け寄ってくるバーレンティン。

 状況を見て、すぐに骨喰厳次郎の柄に手を当てていた。

 銀色の長髪と首の襟章のバッジが輝いて見える。


 最後に、ソロボとクエマが着地。

 キースも側に来ると、足下の死骸を見て、


「主! 戦いが……これはセレデスの兵士。しかし、遅れて申し訳ない」


 と、謝ってきた。


「まだまだこれからだ、気にするな。俺たちが強すぎた結果でもある。実力がなかったらもっと長引いて、キースたちの出番もあっただろう」

「はい」

「地底神セレデルの兵士か……〝不浄なる邪悪な書〟に包まれた敵だったようだな」

「リッチではないから、主たちが倒したのは尖兵だろう」


 ロゼバトフとバーレンティンが表情を顰めながら語る。

 不浄なる邪悪な書とリッチか。

 リッチは魔術師のアンデッドかな。

 ツアンから煉獄丘の地下に君臨する、グスデル死者デスアソール軍団などと、他にも、長い名を持つアンデッドのことを聞いたことは覚えている。


 地底神セレデルと、それらは同じなんだろうか。

 何かしら関係性がありそう、黒き環ザララープから到来した何か・・の場合もある。魔界セブドラや獄界ゴドローンの可能性が高いか。

 アンデッド系なら<光条の鎖槍シャインチェーンランス>があるし、聖槍もある。

 アロステは返すが、閃光のミレイヴァルが居るから大丈夫だろう。


「主、魔石がないか確認してくる、モガ殿とも話がしたい!」

「オークの大支族が使うなら、マークがあるはず、確認してきます」

「分かった」


 ソロボとクエマは、周囲を探りながら、レベッカのほうに向かう。


「モガ殿~、ヴェン大氏族に知り合いは!」

「なんだぁ! もごもごと、オーク語はわからねぇぞ」

「……古老剣士ギザのような魔剣を見たいとソロボは話しているのですよ!」


 と、オーク語で説明するクエマだが、モガは片方の眉を下げつつべらんめぇ言葉を放って逃げていく。


「ご主人様、ソロボとクエマは?」

「ソロボは、見ての通り、モガの魔剣と剣術が気になるようだが、オークの大支族たちが使っている地下道かどうかを確認するようだ」

「なるほど、ではわたしたち血獣隊も周囲を把握してきます」

「了解、左のほうに向かうからあまり遠くにいくなよ」

「「はい」」

「我もか!」

「ビアもだ」


 ママニは血獣隊を連れて離れていく。 

 すると、


「ここ、エブエさんの故郷の地下とも近いのかな……」


 レベッカの声が聞こえた。

 俺はバーレンティンたちに腕を振りながら、そのレベッカのほうに足を向けた。


「戦馬谷の大滝の地下か」


 と、歩きながらレベッカに話をした。


「そう」


 周囲は岩場だらけで、クリスタルの環境はない。


「一応は樹海の地下。それなりに近いとは思うが、ゼリウムボーンの巣はないようだし……近くに神具台はないだろう」

「地下大熊っぽい種族は居るかもしれない?」

「居るかもな」


 大小様々な魔素がいくつも動いている。

 エヴァが下りてきた。

 血獣隊も俺たちの下に戻ってくる。


 そのエヴァが、


「ん、シュウヤたちが神具台で下りた地下は、ここよりもっと地下の空間?」

「そのはずだ。俺たちは滑り台を下っただけ」


 俺は暗闇の先を見ながら、話をしていた。

 魂の黄金道は、その暗闇の先に続いている。


「……ひょっとして地下って……地上より大きい?」


 エヴァは地下を経験済みの物知りなヴィーネに聞いていた。


「どうでしょう。広大すぎて考えたことがないですね」

「旧神の遺跡群とペル・ヘカ・ラインにヴァライダス蠱宮の大穴にも繋がる地下道と思えばいいってことね」


 レベッカが細い腕を掲げて宣言。


 すると、白魚のような指たちに蒼炎を纏いつつ――。

 その蒼炎でハイム川のような線と地形を描く。


 暗い地下を下地とした蒼い絵画を宙に描いていった。

 かなり上手だ。

 前にも思ったが、レベッカの戦闘職業は魔法絵師系、ラファエルやクロイツが扱っていた魔法の額縁は必要ないってことだろう。


 その絵を見ていたハンカイが、


「ほぅ。巧いな。魔法絵師の力か?」

「え、そう?」


 嬉しそうな表情を浮かべるレベッカ。


「ん、レベッカ、芸術家になれる!」

「へへ、調子に乗っちゃうわよ~」

『ルシヴァル神聖帝国の宮廷絵師ちゃんの誕生ですね!』

『どうだろう』


 と、思念で無難に答えていると、ハンカイが、


「……これは都市の絵か。ラングール王、いや帝国の都市を見てみたいものだ……」

「ん、ハンカイさん、魂の黄金道が優先」


 地下を放浪しロアをつけていった時を思い出す。

 あの時、ドワーフの隠密集団のような兵士たちに追い返されたんだった。

 そのハンカイは、


「ふむ……ブダンド支族が地底に逃れた確証はないのだからな。ただ、同じドワーフとして地底のドワーフに興味があるだけだ」

「ロアなら会おうと思えば会えるが」

「今は目的を優先しよう」


 皆、ハンカイの言葉に頷く。


「……サラとルシェルから博士たちのためと、布に地図を描いてとお願いをされたけど、無理そう」


 レベッカの言葉のあと。

 死骸を調べて、天井にまで続いている細い岩柱を調べていたバーレンティンが振り向く。


 何かを言いたげだ。


「発言をよろしいでしょうか」

「いいよ、気にせず」

「はい、地底神セレデルの兵士たちが侵入していたようですが、ここはグレナダクイーンの領域と【古のクイル隧道】に近い……大動脈層が重なった場所と判断できます」


 グレナダクイーンか。

 天井付近に蜘蛛の巣があるが……。


 先ほど少しだけトーリも語っていた。 

 氷の刃を宙に放ってトーリは頷く。


 とりあえず、想像はつくが、その大動脈層を聞くか。


「大動脈層とは?」

「地下を巡る空洞と空洞が上下左右幾重にも繋がっている場所のことです」

「幾重にもか……それらをすべて把握しているのか?」

「いえ、さすがに無理です。<地図制作者ラビリンスマッパー>の能力があれば、把握はできたかもしれませんが、さすがにないので」

「なるほど、ずっと前に聞いたが、地下深くにある鋼鉄網が広がる謎の地帯にも繋がる?」

「下へ下へと向かえば、自ずと……鋼鉄の網で構成された地下世界に変わるかと」

「興味がある……鋼鉄だらけの世界……そこに長居したことはないのか?」

「ないです。ゼリウムボーン、古代ドワーフが作ったような魔導人形ウォーガノフ系のモンスターが無数に現れます。それに未知の女性の幻影も見たことがあるので逃げました」

「……それって古代の眠り姫の伝説とかに関係が?」

「ペル・ヘカ・ライン大回廊とも続いているだろうし、関係はあるかもな」


 地下も地下だけで無数の謎が犇めいている。

 ま、地底神ロルガ討伐を優先し【蜂式ノ具】を取り返す。

 取り込まれていたら、討伐だけでよしとしようか。

 はたして、討伐が可能なのか? 


 という疑問もあるが……。


 天凜堂の戦いの終わりに【雀虎】の盟主リナベルが地底神ロルガへ向けて大太刀を突き刺していた。

 神話ミソロジー級の大太刀で傷を与えることが可能なら……。


 俺たちも倒せるだろう。

 そのことは話をせず、魂の黄金道について、


「……魂の黄金道は左に続いているようだが……そこも?」

「はい、幾重もある地下道の一つ」

「地下都市は近い?」

「左の少し先に独立都市フェーン、独立都市ビエルサ、独立都市ラレルダ、独立都市キプレット、等の地底神ロルガを含む地底神を信奉する都市が続きます」

「魂の黄金道と合う。で、その他の地下都市も通じているのかな。少し教えてくれ」

「はい、距離がありますが、地下都市セーブロウは、わたしたち墓掘り人がよく利用していた都市。そして、オーク勢力の地下都市グドーン、ダークエルフ勢力の地下都市ゴレア。もっと遠くですと……ノームたちの独立地下都市ファーザン・ドウム、ダークエルフの地下都市リンド、等に続く地下道があるはずです。もっと遠方ですと……方向は不明ですが、サウザンドマウンテン、ダウメザラン。東のほうと分かるデビルズマウンテン」


 墓掘り人たちも頷き合う。

 地下都市ゼーブロウを根城にしていたのか。


「その大蜘蛛ではないですが、今も居ますな! <偽銀火>」


 と、スゥンさんはスキルを発動すると、頭部が強烈に輝く。

 リングオブガイガーの指環も輝く。


 頭部から放たれた光線が地下道を射していた。


 その光線が照らす地下道に居たのは……。

 巨大な眼球を主軸とした下半身に蠍の尾を持つ魔獣たち。


 見たことのない魔獣たち。

 うなり声を上げると、素早く岩に飛びつき身を隠す。

 ……警戒心が強いタイプか。


「アービター系の亜種かと」


 なるほど、下半身が蠍の尾で見たことがなかったが……。

 巨大な眼球で光線攻撃を繰り出してきた魔界系のモンスターなら戦ったことがある。


 先ほどのアンデッド系の魔獣死人と違って襲ってこない。


「攻撃を仕掛けますか?」

「ご主人様、速攻ならアシュラムで」

「わたしも参加です。食べちゃいます!」


 キサラとママニとアキが聞いてくる。


「攻撃をされたら、反撃をするぐらいの気持ちでいいさ、そして、そのグレナダクイーンとは?」

「スゥンが少し述べましたが、大蜘蛛系の種族たち。知能も高く危険な相手です。我らは蝙蝠に変身し移動していたので戦うことはありませんでしたが、魔石類の大鉱脈と狭間ヴェイルの薄い領域を巡って、アービター系の魔族系モンスターや地底神のグループと争っていることが多いです」

「だから、うじゃうじゃいるのか。んじゃ、皆も揃ったことだし、そろそろ歩みを早めていこう」


 と、左の方に腕を向けた。


「承知」

「左ね。独立都市フェーンの勢力とかち合うと思うけど」

「ま、仕方ない。ロルガを信奉しているんだ」

「……うん。行こう」


 と、神鬼・霊風を握る手に力を入れたユイ。


「「はい」」


 と、巨大空間の魂の黄金道が続いている道を歩いていく。

 硫黄の臭(にお)いが漂ってきた。


「臭(くさ)い?」

「にゃ」

「臭いが、こっちだ」

「ん、あそこは狭い。あ、塞がっている」


 ヴィーネの隣に居たエヴァが指摘する。

 魂の黄金道がある先の壁が崩落して先が狭まっていた。


 通れる幅と思うが狭い……。

 ビアとネームスにロゼバトフだと引っ掛かりそう。


「魂の黄金道は狭そうな道の先だが、どうしようか」


 左右の地下道は三十メートルの幅があるぐらい広い。

 あの幅広の地下道を迂回しながら、魂の黄金道を辿るか?


 狭い道は、魔力を含んだモンスターの化石が無数に散らばっている場所。


 魔線たちが岩と岩の間から噴き出している。

 熱水噴出口のようなイメージだが、魔力が噴き出ていた。

 あまり熱は感じないが、風を生み出していたのはこれか。


 鉄還元細菌とか無数にいそう。

 硫化水素なら毒……。


 すると、その左右の地下道から集団の魔素を感知。

 ――人型だ。


「皆、斜め左と右の地下道から大柄の魔素が大量に来る。一応、伏せろ。襲い掛かってきたら対処しよう」

「はい」

「了解」


 <隠身ハイド>はしないが、少し、傾斜した高台に身を隠す俺たち。


『分かった』

『シュウヤ、察知能力が速い』

『いつものことだ』

『ふふ、そのくせは血文字でも変わらない』


 岩陰に浮かぶユイの血文字を見て、俺は声を発せず笑った。

 蜘蛛娘アキが、「もし蜘蛛系なら会ってみたいです」と小声で話をしてきた。


「魔素は大きいが、形は丸い。大蜘蛛かもしれない」


 すると、大柄のホームズン隊が現れる。

 中隊規模か。

 達磨兵だ。

 戦獄ウグラと似ているモンスター兵士。

 単眼の頭部が二つ、それは前と変わらないが……。

 前は丸い胴体に腕がなかったが、今回は、人のように一対の腕がある。

 両腕には大きな十文字槍を持っている。

 十文字の穂先に、オークの頭部と蜘蛛の複眼が突き刺さっていた。


 胴体は丸く鋲が付いた鉄の鎧を纏っていた。

 腰にオークの首級たちと蜘蛛の多脚らしき物がぶら下がっている。


 狩りの成果か。

 あの大柄のオームズン隊は優秀?


 足はホームズンらしい多脚に幅広な爪の剣が生えている。

 その多脚の幅広な爪の剣を、ヘリコプターのブレードのように回していた。


 そのブレードで周囲の岩を壊しながら進んでいく。


 オークの頭部を見て、ソロボとクエマが苛ついたような表情を浮かべた。

 が、俺を見て黙って頷く二人。


 もう二人はルシヴァルだからな。

 魂の黄金道の狭い岩を削りながら進むホームズン隊。


 そのホームズン隊が、俺たちに気付いたような仕草を取る。


 高台に居る俺たちのほうに十文字の槍を向けた。

 そして、多脚の爪からブレードの刃を飛ばしてきた。


 魔槍杖で対処しない。


 指向性の高いブレードの刃――。

 ブレードの刃を視認。

 半身の姿勢で少し腰を落としつつ左手で腰の柄巻を握り引き抜きながら、その左手が握る鋼の柄巻に魔力を送る――。


 ブゥゥンと音を立てたムラサメブレードを振るう。

 目の前のブレードを下から斬った。


 二つに分かれたブレードの破片は魔竜王装備の鎧が弾く。


 俺が着ている防護服が半袖タイプだったら……。

 身体のどこかに突き刺さっていたかもな。


 ユイとヴィーネは武器を構えつつ右と左の高台の縁を走る。

 だが、下りてはいない。

 二人は相棒の動きを見ている。


 神獣の力で一気に沈めたほうが速いからな。


 レベッカとエヴァは俺の背後。

 サザーは前に出て、黒豹ロロディーヌとイチャイチャしていた。


 すると、ホームズン隊のやつらが、武器を向けて、


「マグルの気配だ!」

「緑に輝く魔剣を持つマグルか……」

「地下にマグルだぁ? 冒険者という奴だろう。狩れ! 狩れ! 餌だ」

「首級にならないが、闇虎ドーレ狩りみたいなもんだろ。出るぞ、破刃王のムムガ様に貢献する! 破刃武隊の力をマグルに見せつけろ!」

「「おう!」」


 すると、ママニがアシュラムを構えて、


「ご主人様、倒しましょう!」

「ん、大柄のホームズン。迷宮のモンスターリストにない敵。武器は手の槍と多脚のブレード。遠距離の攻撃が有効?」

「……我らなら余裕かと」

「「はい!」」


 エヴァとママニの言葉の後、墓掘り人たちが発言。

 俺は頷くが、左手を泳がせて、ママニたちに落ち着けと促す。


 ここは無難に燃えてもらおうか。

 ――な? と相棒ちゃんに視線を向ける。


「ロロ、地形ごと広げる強烈な息吹を、頼めるか?」

「ンン、にゃお」


 相棒は『任せろにゃ』と鳴く。

 サザーから離れて、大きな四肢のストライドを生かすように前進。


 傾斜した岩場をそっと下りながら黒豹の姿から黒馬に代わる。

 更に、黒獅子からグリフォン級にムクムクと身体を大きくさせた。

 巨大な神獣の姿に変身するロロディーヌ。

 首下と胸元から胴体にかけて無数の触手網が風で靡いていくように蠢く姿は圧巻だ。

 皆が居るから俺の<古代魔法>を撃ってもいいが……。

 相棒に任せよう。


「皆、後ろに下がれ」

「「ハイッ」」

「やっぱり、ロロちゃんならやると思ったんだ」


 皆、俺の背後に移動した。


「そうですね!」

「――ん、ロロちゃん、がんばれ!」


 エヴァの声を聞いた神獣ロロディーヌは、尻尾を立てた。

 巨大でも可愛い後ろ姿だ。


「サザーも見ていないで、下がれ」

「は、はい!」


 相棒の立派な姿を凝視していたサザー。

 顔を赤くしてから、ロゼバトフの背後に移動する。


 両手を広げていたビアはスルーされていた。

 時々あるが、ビアは蛇の舌を出しつつ魔盾を構えて気にしていない。


 俺は振り向いて巨大な相棒の姿を確認。

 そっと忍び足で前進していく姿……。


 それは神獣というより獲物を狙う巨大な肉食獣だ。


 その肉食獣としての神獣ロロディーヌは長い尻尾を上下に振り地面を叩いて土煙と風を起こす。

 皆、その尻尾と風の合図から『警戒しろにゃ』という意味を受け取った。


「にゃごあぁぁぁぁ~」


 火を噴くにゃ~といったように鳴いた瞬間――。 

 神獣ロロディーヌは口から火炎の息吹を吐く。


 ――神獣の紅蓮の炎。


 ホームズン隊の隊長クラスだと思われる存在が、逸早く、その盛大な炎に気付く。

 が、優秀な方でも、うん、時既に遅し――。


 寿司はこの世に、と自分でボケながら相棒の炎が作る海を眺めていく……。

 地下ごと燃えつくさんとする紅蓮の波頭。

 ホームズンごと燃やし尽くす。

 ゼレナードの防御層を打ち砕く威力だ、ホームズンが耐えられるわけがない。


 熱風がここまで轟く。


『凄まじい熱!』


 骨も炭も残らず、ホームズンたちは焼却処分となった。

 同時に、崩落していた岩という岩も溶けていく。


 地下道の幅を上下に拡張された。

 沸々と音を立てている熱の洞窟に様変わり。


 そこに『わたしの氷で冷やしますか?』とヘルメの念話。


『いや、水蒸気爆発の危険がある。魔力で関係がないかもだが』

『爆発……分かりました』

『熱いところは避けて、相棒に乗って飛翔していこう』


 <導想魔手>と<鎖>もあるが……。


 皆に向け、


「皆、相棒の背中に乗って移動しようと思う。そして、今後は地下を飛行しながら敵をできるだけ無視しよう。魂の黄金道の道標と、このキストリン爺の地図通りに進む」

「「了解しました」」

「ん、そのほうが早い」

「もし、独立都市フェーンのような地下都市に近付いたら……」


 と、墓掘り人たちに意見を求めるように視線を向けた。


「潜入は無理です」

「マグルは問題外として、ダークエルフ、ドワーフ、ノーム、地底神側でさえも、狩りの対象かと」

「そっか。だからといって、独立都市に派手な戦いを仕掛けてもな? 時間が掛かるだけとなる。無難に迂回しよう。その場合だが……」

「ルートはいくらでもあるかと」


 と、スゥンさんが片目を瞑りながら語る。

 キースとロゼバトフも


「そうですね、神獣様の火炎もあります。穴をあけて強引に突破も可能かと」

「俺も穴開けなら得意技がある。天井付近の戦いも大蝙蝠に変身しながら戦えるからな」

「うん、わたしたちは変身が可能だし、どんな場所でも大抵は平気。あ、セーブロウに立ち寄るなら美味しい酒場を案内するわよ? 地下闘技場で活躍するのも面白いかもね?」


 と、イセスは語る。


「ダウメザランとゴレアならわたしが案内します!」


 必死になるヴィーネ。

 と、そのヴィーネの細い腰に手を回し、抱き寄せてから、


「んじゃ、相棒! 皆を頼む」

「ンンン――」


 皆、ロロディーヌの長細い触手群に人形のごとく捕まると、背中に乗せられていく。


 気まぐれな俺はヴィーネを抱えながら跳躍――。

 <導想魔手>を足場に利用し、跳躍しながら相棒に近付く。


「ご主人様の機動は素晴らしい……」


 と、ヴィーネが俺の胸に頬を預けてきた。

 相棒が繰り出した素早い触手を避けながら――。


「ンン」


 文句を言うような喉声を発したロロディーヌ。

 その相棒の巨大な後頭部目掛けて宙返りを実行。


 身を捻りながら視界が移り変わる。

 眼前に神獣ロロディーヌの触手が迫った。

 裏側にちゃんとあるピンク色の肉球判子を親指で押し込むように、その手綱の触手を左手で掴む――。


 むぎゅっとした感触を親指から得た。


 そして、


「ロロ、すまんな! 遊んだ」


 と、笑いながら発言しつつ神獣ロロディーヌの後頭部に着地した。

 ヴィーネも神獣ロロの頭部に着地すると、神獣ロロが片耳が曲げてくる。


「きゃ」


 ヴィーネの可愛い悲鳴が聞こえたが、片耳に包まれているヴィーネは嬉しそう。

 すると、


「ン、にゃおん、にゃ」


 と鳴いた神獣ロロは巨大な頭部を揺らす。背中に待機している皆も少し揺れていた。

 更にもう片方の長耳も傾けてくる。

 お揃いの大きく長い耳で、蝶々結びでもするって印象に両耳を後頭部に乗せてきた。

 俺も大きい耳に包まれながら、袖に耳の中にいたヴィーネの下に運ばれた。

 両耳の内に生えている産毛は少し黒い、そして、ピンク色の地肌が見えているが、その産毛を擁した両耳によって俺たちは遊ばれるように耳の中を転がされた。


「うふふ」

 

 ヴィーネが嬉しいそう。

 たしかに……耳の中は柔らかいし、温かい。


「ロロ様……」


 ヴィーネは感動したように声を漏らす。

 すると、神獣ロロが、


『たのしい』『いいにおい』『だいすき』『すき』『そら』『みな』『そら』『いっしょ』『くいもの』『ほしい』『あそぶ』『たのしい』『すき』『あめんぼ』、『まるまる』『うまい』『すこーん』『あそぶ』


 と様々に気持ちを伝えてきた。

 『すこーん』は美味しいお菓子が、俺の知る日本にあったことを教えたから覚えたようだな。

 そして、ロロディーヌの鼓動を感じていると……。


 長耳が離れていく代わりに足下の後頭部から黒毛と触手たちが盛り上がる。

 皮膚と黒毛と触手で台座でも作るように俺とヴィーネを持ち上げて――どこかで見た形の操縦席が瞬く間にできあがった。


 背中に居たサザーたちから歓声が上がる。


「はは、相棒! この席はマジマーンの船に影響をうけたな?」

「にゃおおお~」 


 正解らしい。

 触手手綱を撫でてやった。


「よーし、飛翔だ! 天井付近から魂の黄金道を突っ切ろう!」

「行きましょう!」


 ヴィーネと視線を合わせて頷き合う。

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