五百三十三話 名もなき町

 俺がデロウビンの経緯を正直に告げると、エマサッドは、


「そうか、デロウビンは喜んで逝ったのだな」


 蜘蛛娘アキは黙って頷いた。

 複眼から血の涙を零している。


 エマサッドは語り出す。


 盗まれた王家の秘宝か。


 その秘宝のデロウビンを取り返す極秘任務にゼレナードに襲撃を受けて任務に失敗。

 ゼレナードに捕まり大切な仲間たちが拷問を受けながら殺されたこと。


 その拷問の最中に嗤うゼレナードから<洗魔脳>というスキルの洗脳を受けたことを告げた。


 仲間の死の記憶は洗脳を受けていたからか、薄汚れた膜越しの不可解な光景としての記憶のようだ。

 曖昧な部分があるらしい……。

 息の詰まる思いなのか、エマサッドは悲痛感を露わにする。


「狂気だったんだ、わたしは……絶望という苦しみから逃げたかったんだろう。ゼレナードに屈したんだ。笑ってくれ、ラファエル。お前を責めるしか……」


 その説明の途中で嗚咽をくり返す。

 回復薬らしきモノを吐いていた。


 すぐにラファエルが泣きながらエマサッドの背中をさすっていた。


「……それは仕方がないよ。苦痛から逃れるためだ。逃げることは悪いことじゃない」


 そうラファエルが諭すとエマサッドは肩を震わせて号泣する。

 見ていて自然と涙が流れた……

 レベッカもヴィーネも同じらしい。

 もらい泣きをした。


「すまない。わたしは現実を見ず狂気に逃れたのだ」


 エマサッドの言葉を聞いたラファエルは泣きながら微笑むと、


「僕も同じだよ」


 と、発言した。

 ……俺はその短い言葉が本心であるとよく分かる。

 ラファエルと短い間だが一緒に行動したからな……。

 俺を陰の英雄と呼んでくれた友だ。

 ……あの時の表情は忘れないだろう。

 ……水魔法で、吐いたモノの掃除をするように、エマサッドへと浄化と回復魔法を唱えてから相棒の巨大な後頭部に移動した。


 相棒の長い耳を弄り気を紛らす……。

 エマサッドとゼレナードのやりとりを想像したくないが……。

 惨い凄惨なことがあったんだろう。


 話し合いは背後で続いた。


 俺は気持ちを切り替えるように相棒と感覚を共有。

 ゆったりとした飛行を楽しんだ。

 

 その時、ルシヴァルの血を感じ取る。


 分泌吸の匂手フェロモンズタッチを使わずとも分かった。

 俺たちの血の匂いだ。

 ロンハンを追いながら血をばら撒いていたからな。

 後続を誘導するために<霊血の泉>を用いて、小さい紋章樹ができた場所でもある。


 その直後――。


「あるじ、下に血の匂い~」


 小さいルッシーが肩に現れた。

 血色を基調とした衣装を着ている。


「下?」


 ルッシーに聞くと俺の気持ちを読み取った相棒が「ンン」と喉声を鳴らす。

 操縦桿の触手手綱が自動的に傾いた。

ロロディーヌは滑空し、低空飛行で樹海の木々に突入――。

 多数の緑色の樹木をなぎ倒し突き進む。

勢いのある相棒はルシヴァルの血の反応が強い樹の場所へと向かった。


 すると、


 血の滴る小さい紋章樹と神獣ロロが作り上げた肉球の彫刻が見えてきた。


 スカルプチャーアート風の見事な作品。


 ロロディーヌは小さい紋章樹を破壊しないように触手の一部を展開させるや、手前の巨大樹木を両前足で掴みつつ、その樹木を押し倒して着地を敢行――。

 地面に繰り出していた触手を引きつつ突き刺さった触手の群をブレーキか、クッションの代わりに利用して衝撃を殺しながら見事な着地を成功させる。


 すると、背後から


「――あれ、小さい紋章樹に用事?」

「気にするな、ちょいと寄り道だ」

「了解ー」


 レベッカの返事を聞きながら鼻息を荒くした相棒の長耳を撫でた。

 そして、肩のルッシーに向け、


「小さい紋章樹に何か用事か? ルッシー」


 ルッシーは小さい紋章樹を指しながら、


「うんーキッシュのとこに戻っていい?」

「小さいルッシーは制約がある? 時間制限とかあるのか?」

「ない。もどりたいー」


 一寸法師のようなルッシーはそう語る。

 自身の能力に関してあやふやなだけかな。

 そのルッシーは踊り出すと跳躍した。


 宙を泳ぐように回り出す。


「キッシュの、サイデイルの巨大な紋章樹にも、ルッシーはいるんだろ?」

「うんー大きいわたしがいる!」

「今まで分身を続けていたってことか? 記憶も共有している?」

「わかんないー。おねむのときに、いっしょにふあーってあそぶことある!」


 翻訳すると眠っている時に記憶を共有することもある?

 要するに、サイデイルの本体ルッシーと、今の喋っている小さいルッシーは、すべての事柄をリアルタイムに共有しているわけではないが、何かしら意思の疎通はできたってことかな。


 ルシヴァルの紋章樹が張り巡らす根。

 その根が発する血魔力。

 更に俺の<霊血の泉>が合わさった結果が……。


 今の小さいルッシーだと思うが……。


 ま、サイデイルの巨大な紋章樹がルッシーの中心ってことだろう。

 この小さいルッシーが、ルシヴァルの力が作用した飛び地扱いってことにするか。


 光魔ルシヴァルの聖域が広がっているという認識でいいのかな。

 戻りたい=経験を本体のルッシーに伝える効果とか?


 この辺りの考察は小さいルッシーだけに、まったく違うかもしれない。

 ヴェニューと気が合うかも?


「戻りたいなら戻っていいぞ」

「あいー大きいわたしにもどるー」


 すると、宙を漂っていたルッシーは小さい紋章樹に向けて突進。

 小さい紋章樹からルシヴァルの家系図か葉脈のような魔の紋が浮かぶ。


 その魔の紋の中にルッシーは突入。

 軟性を帯びた紋は、内側の小さい紋章樹の中へと渦を巻くようにルッシーを引き込み、ルッシーごと消失した。


 一方、相棒は巨大な頭部を自分が作った肉球アートの方に向けている。

 そんなロロディーヌに向けて、


「んじゃ相棒、空旅を再開だ」

「ンンン――」


 神獣ロロディーヌは体勢を少し沈めた。

 四肢に力を入れ、一気に、跳躍し空に出る。

 緑豊かな樹海が下に広がった。


 大鷹を超える翼が開く。

 風切り羽が、本当に風を切る音を立てた。


 相棒は澄み切った蒼穹を翔る――。


『――閣下、外に出ていいですか?』

『おう』


 左目に棲む液体状のヘルメがにゅるりと外に出る。

 俺にぴたりと抱き付きながら器用に女体化した。


 俺の背中に両手を回していたヘルメは左手を離す。

 そのまま上半身を左斜めに傾け、悠久な空を見ていく。


 ヘルメは庇を作るように額に左手を当て、


「蒼い空は好きです――」


 と、喋り、左手を左斜めへと伸ばす。

 水飛沫を発生させた指先をバレエのように伸ばす。


 しかし、相棒が進む先にモンスターたちが見えてきた。


「――空もモンスターが多いですね」

「空も空でモンスターたちの戦いはある。食物連鎖はどこも激しいし、ましてや、ここは樹海上空だ」

「はい、戦いますか?」

「ンン――」


 喉声を発した相棒――。

 『そら』『そら』『たのしい』『てき』『いっぱい』『たのしい』『あそぶ』『たおす』『おいしい?』『たべる』『たべる』『くろんぼ』『あめんぼ』『たおす』『そら』『あおい』『おどる』『あそぶ』『ヘルメ』


 相棒の気持ちだ。

 俺の首に付着している触手手綱の肉球を押して柔らかいクリームパンの肉球のムニュムニュを楽しんだ。

 

 翻訳すると、空旅は楽しくて、モンスターを食べて美味しいかも?

 ヘルメとも蒼い空で遊びたい。


 といった感じだろう。


「ヘルメ、速度を少し上げつつ、俺たちも戦いになるかもしれないがいいか?」

「はい――」


 ヘルメは左手を俺の背中に回す。

 両手でがっちりと腰をホールドするヘルメ。

 圧力のある巨乳さんの感触が、すこぶる気持ちいい。


「ンン」


 長耳を後頭部に傾けて、俺の頭部を撫でてくる。

 相棒の触手は依然と俺の首に繋がっているが、気持ちは伝えてこない。


 が、なんとなく『皆が戦う必要ないにゃ~』といったニュアンスは伝わってきた。


「相棒、任せた――」

「にゃおおおお~」


 加速する相棒。

 神獣ロロディーヌは上腕三頭筋か三角筋辺りからニョキッとした音を立てながら骨の段平を生やす。

 巨大な骨のブレード、可変翼にも見えた。

 胴体の黒翼も小さく形を変えていくから、戦闘機の前進翼でも得たような感じだろうか。

 戦闘機のように前進する相棒――。


 最初は色違いの巨大な妖鳥が争うところに向かう。

 二匹は片方が肩を喰いもう片方が胴体に爪先を食い込ませて絡み合っていた。


 ロロディーヌはその二匹の間を裂くようにど真ん中から突入――。

 両ブレードを生かすように二体の間を突き抜ける。


 一気に妖鳥たちの体を真っ二つ――。

 四つの肉塊を宙に生み出した。


「ロロ様、凄い」

「ロロちゃん、派手にぶちかました!」

「わぁ!」

「おお」

「何という!」


 背後から歓声が起きた。

 更に、ロロディーヌは皆に見せるように、胴体の下部から触手群を発生させる。


 その触手から出た骨剣がミサイルのごとく飛翔し、妖鳥の肉塊たちを刺し貫く。

 刺し貫いた肉塊たちを口元に運ぶと、肉塊にむけて小さい炎を吐いた。


 焼き鳥風だ。

 相棒は飛びながら、その焼いた肉を器用に食べていく。


「ンン、にゃお~」


 鳴き声の意味は『美味いにゃ~』だろう。

 速度を落とし、俺にも巨大な焼き肉を伸ばしてきたが、「ロロ、今はいい」と断る。


 神獣の相棒ちゃんは、焼き鳥を瞬く間に平らげる。

 すると、前方にモンスターたちが争う光景が見えてきた。

 いや、前方じゃないのか。

 三百六十度の空間だ。

 そこら中で、ひしめき合うモンスターが争っている。


 人の腕で構成した肉塊モンスター。

 蟻とバッタのモンスター。

 眼球を無数に宿した蛇モンスター。


 あ、神界の戦士も居た。

 頭部に黄金の環を持つ神界風の身体に金属の部位が多い戦士たち。

 ホフマンたちと争っていた奴らとは、また違うようだ。


 そのホフマンことヴァルマスク家の一党たちは南の大墳墓の血法院にでも逃げたのだろうか。

 ペルネーテではヴァルマスク家の偵察は依然として続いているようだが。


 お? 両手に薬の瓶を持った巨大狸に乗った人族も居た。

 巨大狸を使役している存在に興味を持つ。


 だが、カオスな状況だ。戦うことになったら厄介そうな相手かもしれない。

 ロロディーヌはそれらモンスターたちを吹き飛ばしながら、無視して突破した。


 モンスターパレード状態のエリアはできるだけ避けようか。


「ンン――」


 比較的……空いている場所はないかと、相棒と意思を通じ合わせながら探す。


 ――あった。

 大人しいクラゲ群が飛んでいる空間を狙う――。


「ンン――」


 俺の意思を汲み取った相棒!

 喉声を発しながら加速した。


 クラゲ群を一気に突き抜ける。

 突破すると上下左右に巨大な竜の群れを視認。


 その竜の群れたちの狙いは、シャチのような姿のモンスターたちのようだ。

 あれは怖い。

 魔竜王のような存在が無数とか勘弁だ。


 今はナナが揺り籠の中に居るし、皆が乗っている。

 相棒どころか、俺も傷を負い蒸発しそうな相手は避ける。


 夏空らしい入道雲を発見――。

 何かの門にも感じたが、気のせいだろう。


 操縦桿を握りながら『相棒、あそこに逃げるぞ――』と気持ちを込める。


 長耳を後頭部に沿わせるように傾けたロロディーヌ。

 前足と胸元近辺から伸ばしていた段平風の骨ブレードを格納。

 頭部を長方形に真っ直ぐと伸ばすように飛翔する。


 ――大鷹を超えた竜のような黒翼を鳴動させた。


 巨大な雲に向けて風に乗ったように斜め方向へと飛翔していく。

 視界が悪そうで魔素もそこら中に感じる。


 一応、右目の側面に備わる金属のアタッチメントをタッチ。

 カレウドスコープを起動した。

 解像度を異常に引き上げるように鮮明な視界を確保した。


 念のため、速度を出し過ぎないように入道雲の手前で減速させた。

 雲の中に突入する――。

 視界が淡い雲の色彩世界となる。

 一気に湿った空気が俺たちを出迎えた――。


 響き渡る稲妻音――。

 淡い人の形をした幻影が遠くに出現した。雷の神様か?

 雷神ラ・ドオラ様なのか?


 稲妻の音が俺を呼ぶようにも感じた。

 激しい稲妻たちが雲間の中を走り、巨大な門を作るようにも見えた。

 その瞬間……こっちにまでびりびりとした触れられた感触を得るほどの強烈な稲妻音が響き渡る。


 しかし、その刹那、雷神ラ・ドオラ様のような幻影は消えた。


 神獣ロロが飛翔している周辺に稲妻はない。

 雲は雲だが、あまりどんよりとしていない。


 頭部を突き抜けていく風が気持ちいい――。

 水滴が頬に付着するとかもない。


 神獣ロロディーヌが魔力を発しているお陰だろう。

 だが、戦闘機が旋回する時に起こるベイパーと似た現象がロロディーヌの両翼にも発生していた。

 この星、いや、この世界の慣性やエアロダイナミックは地球のそれとは違うだろうけど、似たような現象はある。

 魔力が何らかの摩擦抗力を起こしているだけかな。


 そんな調子で飛行を続けた。

 木漏れ日のような閃光が先に見えた瞬間、入道雲を突破した――。


 眼下に広がる雲海エリアに出た。

 暖かく気持ちの良い太陽の光だ――。


 自然と操縦桿の触手を離して、腕を左右に広げていた。

 隣のヘルメの胸元に左手の甲がぶつかる。


 やっこい感触。


「あぅ!」

「ごめん」

「大丈夫ですよ。それより光の精霊ちゃんが溢れて、暖かくて、風の精霊ちゃんがダンシングです」

「あぁ、気持ちいい空だ」


 雄大な空の景色を見る。

 広大なゲレンデを滑るように飛翔していくロロディーヌ。


 ん? 火のようなモノがちらちらと光って見える。

 遠くの雲海を泳ぐ龍のような生物だ。

 鱗が太陽の光に反射して輝いている。

 大きい龍と小さい龍。


 親子の龍たちかな。


 サジハリとバルミントもあんな風に移動しながら、この惑星で生き抜く勉強をしているのだろうか。

 そして、反対の方角では、雲海エリアだろうとモンスター同士の食物連鎖の戦争はある。


 巨大蝙蝠のようなモンスターとグリフォン風の集団が争っている姿を視認した。

 見学しながらゆっくりと飛翔を続けた。


「ヘルメ、左目に戻っていい」

「はい」


 ヘルメを左目に戻しカレウドスコープを解除。

 ときおり旋回をしたり、ゆっくり景色を楽しんだりと、飛行を続けていく。

 巨大な神獣鯨とは遭遇しなかった。


 背後から会話が時々聞こえてくる中で、ラファエルは残念そうな声を発していた。

 しかし、そうじて、空旅を満喫するような感想を寄越す。


 美しい空の世界を堪能しているようだ。


 背後で、がやがやと続いていた喧噪はもう止んでいる。

 イケメンのラファエルと揉めていたエマサッドも泣いてから落ち着いたようだ。


 と、自動操縦をするように操縦桿から手を離して、背後を見る。

 エマサッドの周囲を<筆頭従者長選ばれし眷属>たちが囲っていた。


 ユイ、ヴィーネ、レベッカ、ミスティから質問を受けている。

 キサラとジュカさんは話を聞いていた。

 ついでにラファエルとダブルフェイスも会話に参加。

 ま、魂王の額縁を含めて……。

 アイテム類も浮いているし、闇のリストだし、聞きたいことはたくさんあるだろう。


 なごやかな会話だ。


 ラファエルは改めて俺に助けられたこと。

 事前に俺の姿に気付いていながらも、白色の貴婦人勢力たちのだれにも告げずにいたことをアピール。

 ユーンを助けたことから使役している弱ったモンスターのために〝ラデランの応力錐おうりょくすい〟が必要だったことも包み隠さず順を追って説明していった。


 ミスティは血文字でリアルタイムにエヴァとキッシュに説明をしていく。

 片手で、きびきびと羽根ペンを動かす。

 もう片方の手では、金属を転がすように操作していた。


 血魔力を備えた金属の実験を繰り返している。


 脳にマルチタスク機能でもあるのか。

 ミスティは本当に器用だな。


 そして、相棒が作った専用のゆりかごで気持ちよさそうに寝ているナナに関することについても話をしていった。


 俺は魔煙草を吸いながら空を背景に皆の様子を眺めていく。

 ジョディとツアンも、皆の会話を聞きながら参謀のように俺の隣に立つ。

 そんな黙っていても心が通じ合うような感覚を生み出すツアンとジョディに魔煙草をプレゼント。


 一緒に壮大な空の景色をおかずに……。

 健康に良い魔煙草を吸い合っていく。


 一方、キースさん以外の墓掘り人たちはエマサッドの尋問に参加していない。

 空旅に慣れていないようだ。

 恐慌状態が続いていく。

 メッシュな髪を持つ美人ヴァンパイアのイセスも大柄のロゼバトフを支えにしようと離れず。

 イセスを脇に抱える形のザ・破壊者の印象だったロゼバトフさんだったが、空と頭上に広がる青々とした空を恐怖するように見ていた。


 銀色の髪を靡かせている渋いバーレンティンでさえも……。

 双眸を充血させ犬歯をガタガタと震わせている。


 魔煙草を差し向けるが、首を振るバーレンティン。

 胸元の金具の上に浮かんでいた幻影の弩は渋いが……。


「……ゼルウィンガー……眠り石に引き込まないでくれ。ここは昏くない世界、光溢れる世界、天蓋の先は果てがない……樹が、川が、一つの絵のように続く……神界セウロスに至る道なりか……」 


 声に深みがない。

 ネモフィラの花を感じさせた双眸はくすんで見えた。

 ただでさえダークエルフで痩躯だからな……虚ろで弱々しい印象を抱かせる。

 両手で柄頭を持つ骨喰厳次郎が不甲斐ないと語っているように見えた。


 少し前まで、ダブルフェイスと啀み合っていたが、そんな印象はもうない。

 それを見ていたヴィーネが魔導貴族の質問をしながら優しげに語りかけていた。


 同じ地下世界出身のダークエルフ。

 そして、同じ高所恐怖症のヴィーネだからな。


 今はゆったり飛行だからヴィーネも平気のようだ。

 震えて萎れた植物のようなバーレンティンの気持ちを理解できるようだ。


 一方、墓掘り人の中でただ一人。

 悠然といった観を醸し出すような渋さを保つキースさん。


 空旅を満喫しているハイ・ゾンビ風のキースさんは愛刀を胸に抱えながら、ママニと話をしていた。


「的確な指示を出すママニ殿が戦闘奴隷だったとは信じられない」

「戦闘奴隷とはいっても高級な方だ。ルシヴァル一門に加わる前、奴隷となる前の、エスパーダ傭兵団で指揮した経験が生きた」


 と、返す虎獣人ラゼールのママニ。

 血獣隊隊長としての誇りがあるように、嘗ての隊長としての記憶を宿しているようにアシュラムを胸元に持つ。

 そして、チラッと俺に視線を向けていたママニ。

 虎だが、女性らしく微笑んだと分かる。


 このギャップが彼女のチャーミングポイントか!


「これは失礼を」

「いや、構わない。しかし、短い間とはいえ戦場で血を流し合った仲。そう堅くならないでもいいと思う」


 確かに、地上戦をチラッと見ていた時……。

 キースさんは指示役が多かったママニのことをフォローしながら戦っていた。


「ママニ殿……しかし、地下都市での争いも助太刀する機会が多くてな。染みついた態度ってことで、今後は気を付ける」


 そのキースさんは渋いゾンビ風。

 頬の間から内部の骨を覗かしている。

 その露出している頬骨に魔法の印字が刻まれていた。


 それがえらく渋くカッコイイ。


「承知した。それより、キース殿の敵の急所を的確に斬る剣術は素晴らしかった。地下も地下で凄まじい闘争があったんだろうと、わたしなりに推測できる剣術であった」


 そう語るママニ。

 女性だが渋い虎獣人ラゼールだ。

 そして、虎獣人ラゼールらしい虎の髭も凜々しい。


 俺としては、その髭の下にある白いぽつぽつが好きだ。

 黒猫ロロも実はよく見たらある。

 ネコ科特有の可愛らしい特徴の一つだな……。


 そんなママニとキースさんに割り込むわけじゃないが。

 キースさんに挨拶。


 日本人らしく頭を下げた。

 渋いキースさんは日本風の挨拶を受けて、


「我らの吸血王! 俺に頭は下げないくれ――!」 


 と、露出した骨を血色に染めながら動揺し、ママニから離れつつ一歩、二歩と後ろに下がる。

 そして、片膝で相棒の背中を突く。


 得物の魔刀も足下に置かれた。


「気にするな。頭も上げてくれ、吸血王だろうと俺は俺。好きなように尊敬を抱く」


 と、俺の言葉を聞いたキースさんは頭部を上げた。

 頬の穴から魔息を吐き出していく。


 すると、レベッカが近寄ってきた。 

 お洒落な髪形が崩れている。

 理由は分かった。ロロディーヌの悪戯だ。

 わしゃわしゃと黒毛と触手たちに髪を弄られたらしい。


 そのレベッカが、髪を弄りながら、


「……シュウヤらしい言葉ね。皆も頼むわよ。シュウヤもその方が嬉しいから――」


 悪戯を続ける神獣ロロの触手を叩くレベッカ。

 自身の髪を手で梳いて直していく。


「そうですね。ご主人様はなるべく公平であろうとしますから」


 ヴィーネも尋問から離れて、俺の隣を確保すると、そう補足した。

 そう言ってくれるのは嬉しい。


 が、尊敬を込めているとはいえ、キースさんのことをハイ・ゾンビと、勝手に渾名を作ってしまった俺だ。


 と、彼に謝るつもりで、彼の愛用する魔刀の名でも聞こうかなと思った時、


「あなた様、精霊様は左目に?」

「おう、そうだ」


 と、ジョディが俺の左目を凝視しながら聞いてきた。

 そのジョディはヴィーネと俺の側の位置を争うように、手で叩き合っている。


『なんでしょうか、ジョディちゃん』


 と、視界に浮かぶ小さいヘルメ。

 片手に注射器を持ち、衣裳は看護師ではなく、水の羽衣を纏う姿だ。

 小さくとも、膨らんだ胸元からくびれた腰にスレンダーな足先は変わらない魅力感あふれる妖精姿だ。


 小さいとはいえ、妖精というニュアンスで表現するのは違うか。

 妖精っぽい姿の方は闇蒼霊手ヴェニューだな。


「……何か用事でもあるのか? と聞いているぞ、ジョディ」


 ジョディは白と黒に血が混ざった色合いの瞳を瞬きさせる。


「いえ、あなた様の側に精霊様のお姿がいないと寂しいと感じたもので」

『まぁ、ジョディちゃん。良い子ですね! 今度、お水さんをプレゼントしてあげます』


 視界に浮かぶヘルメは独特のポージングをとり喜びを表現した。

 ……〝真・ヘルメ立ち〟だ。


「そっか、ジョディ。後かどうかは分からないが、ヘルメは喜んで水をプレゼントすると念話で伝えてきたぞ」

「嬉しい~ありがとうございます!」


 ジョディの言葉と態度を見ている小さいヘルメは、ぷるんぷるんと胸を揺らす。

 お尻もプルルルンと震わせ、掲げた注射器の針の先から水を飛ばす。

 すると、本当に、俺の左目から涙がちょろっとだけ自然に出た。


 偶然とは思えない。

 ヘルメの力が増している証拠か。

 ジョディはツアンと宗教国家について話をしていく。

 死蝶人の頃に宗教国家を知る魔人と遭遇していたようだ。


 俺はヴィーネと手を繋ぐ。

 イチャイチャしながら……。

 二人でキッシュとエヴァに向けて血文字で色々と報告をしながら樹海の景色を堪能していく。


 モンスターがひしめくエリアを脱したかな。


「ご主人様、ここは平和ですね」

「そのようだ」


 ヴィーネの言葉に頷く。

 遠いが、小さくモンスターの背骨のようなマハハイム山脈の一部が見えた。

 すると、あっちの方が北か。

 ゴルディーバの里の方角。


 アキレス師匠とレファにラグレンとラビさん元気にしているかな。


「ご主人様、いいことでもありましたか?」


 と、俺の表情を見ていたヴィーネが聞いてきた。

 自然と笑っていたらしい。


「あぁ、偉大な師匠の姿とゴルディーバの里を思い出していた」

「そうでしたか」


 と、声のトーンを下げた。

 長耳も下げている。

 ヴィーネは自分のことを考えてくれていると勘違いしたようだ。


「そう、すねるな。下を見ろ」

「はい」


 眼下に広がる樹海は深い森を讃える宝石のようで凄く綺麗だ。


 あらゆるものが緑色に輝いて見えるほど、たくさんの樹木や植物が育っていた。

 背の高いポプラ風の木々が何かの食べ物に見える。


 ヴィーネの視線を確認。


「美しい自然です」

「あぁ、ヴィーネの長耳のように美しい……」


 と、長耳に不意のキスを実行したった。


「――ァン!」



 ◇◇◇◇



 やがて、ハイム川に連なる八支流の一つが見えてきた。

 あれがサスベリ川か。

 船宿があった支流のジング川とは地形も幅も違う。

 ジング川より、このサスベリ川の方が急流だ。

 そんな急流をせき止めるような岩の群れも点在している。

 小さい船なら通れると思うが……。

 あれはあれで、ゴルディーバの里の近辺にあった川を思い出す。

 師匠が足場に利用していたなぁ。

 ゼレリの黒虎を狩った時とか。


 川辺から張り出た太い古木に小さい家が作られている。

 家の横の煙突から出た灰色の煙が、サスベリ川の川面に垂れこめていた。


 手前の樹と樹を繋ぐロープには分厚い布の洗濯物が干されている。

 風で洗濯物が揺れていく。


 右手の川辺付近には荷馬車もある。

 街路も樹に隠れる形で覗いていた。


 樹海の内部のフェニムル村に続く陸路もあるにはあるんだろう。


 釣り船もあるし、格好も釣り人風の小柄獣人ノイルランナーと農夫の人族と虎獣人ラゼールの姿も確認できた。

 

 ジング川周辺にもあった農地もある。


 比較的平和なようだが、地上ルートのみだと険しいだろうな。

 ハイグリアが渋い顔を浮かべながらサイデイルとの交易話をしていたことがよく分かる。


 ここからだと、岩の蔭に魚が居そうで釣りが楽しそうな樹海渓谷の一部って感じだが。


 あ、あった。あそこだ。

 支流を見下ろす形の高台と港町。

 ジング川とアルゼの街に近いオセベリア領内の【名もなき町】。

 

 名もなき町が、町の名前っぽい。


 灯台といえば、地球でもアフリカ最南端にある喜望峰は有名だった。

 ま、あれは海だからたとえに出すのは間違いか。


 ここは川だし……。

 しかし、眼下にある石灰岩風の灯台は大きい。


 先端にある風見鶏は魔力を内包したモノ。

 心臓のような形の器具が凄まじい勢いで回転し光を発して、川面を照らしている。


 ある妖精が領主の心臓を条件に建設したと云われる不思議な灯台か……。

 〝名もなき町〟と言うように今は領主がいない理由の一つ。

 その怪しい灯台が発した光により、魚が湧いたり、モンスターが湧いたり、荒波が静まったりと、色々な効果がある。


 荒波が静まる時間に交易船と小舟がたくさん通るようだ。


 そんな灯台の下にエヴァたちが休むクナのセーフハウスがある。

 名もなき町だがしっかりとした防壁があった。


 聞くところによると小さいが冒険者ギルドの支部もあると。

 冒険者を雇った隊商たちが泊まる宿もある。


「都市ではないですが、人がたくさん居るようです。クナの語る闇のリストもあの建物群の中に……」


 ヴィーネの言葉に頷く。

 クナの知り合い闇のリストたち。

 謎のよろず屋〝火を熾ししトセリア〟。

 複数の顔を持つ〝鑑定屋オカオ〟。

 謎の船長〝レイ・ジャック〟。

 贋作屋〝ヒョアン〟。


 四人の闇のリストがここに住む。

 そのオカオさんだが……。

 表の顔としてヘカトレイルの冒険者ギルドでも働くこともあると聞いた時は驚いた……。


 アキレス師匠の古代金貨を鑑定した人物がそんな名前だったはず。

 おっぱい受付嬢との会話を思い出す。


 そのオカオさんは、スロザのような超・優秀なアイテム鑑定人ではないが……。

 クナが言う〝闇のリスト〟の一人らしい。


 そのクナも『確かな腕を持つ』とエヴァに対して豪語し、

『わたしが言えば、無料で鑑定するはずです』とも、エヴァ経由の血文字で聞いた。


 だから、呪いの品を含めて鑑定してもらうにはちょうどいいかもしれないな。


 そんな者たちも住む、名もなき町。

 海運商会との繋がりの深いオセベリア海軍の兵士が常駐する。

 宿&酒場を利用している地元冒険者たち&船商会に雇われた流れ冒険者たちと犯罪者が多い。


 アルゼの街とまではいかないが、ジング村より賑やかと聞いた。


 その背景には過去のヘカトレイルを巡る戦争から現在の東と西で続く戦争によって、収穫物の値段が上がり続けていることが理由らしい。

 各商会は海運だけでなく陸運でも大儲け。

 オセベリアもサーマリアも課税が増えてどこの領主も喜んでいるらしい。

 大麦やクアリ豆とレーメ豆を植える農夫も多かったことも理由の一つとか。


 まぁ、八支流を含めて、ハイム川という黄金ルートがあるんだから当然か。

 東はサーマリアの王都ハルフォニアから先のローデリア海へと、西はオセベリアの王都グロムハイムからハイム海までと、アメリカ大陸を横断するように繋がっているんだから。


 サーマリア王国も含めるがオセベリア王国が大国と呼ばれる国力があるとよく分かる。 

 迷宮産だけでなく、麦、豆、蜂蜜、砂糖、塩、ココナッツ、あらゆる食品が各都市を巡るのだから。


 非常に豊かな地域だ。

 その分、貧富の差もあるが……。


 そして、ここの名もなき町も、他の港町と同じように、喧嘩や金銭を巡った単純なトラブルから荷下ろしに関係したアルゼの役所と繋がっている課税絡みのトラブルも多く、国の関係者以外にも、闇ギルドと盗賊ギルドの工作員が居るようだ。


 だが、ここ〝名もなき町〟はあくまでも八支流のエリアにある小さい田舎町。

 そんな小さい町だが、昔のクナが依頼をこなしたように冒険者依頼はしっかりとある。


 この灯台に出没するシャプシー系のモンスター討伐依頼があったと聞く。


 クナが【刺の毒針】というパーティ名・・・・で対処したと。 

 まぁ、Bランク冒険者であり〝暗黒のクナ〟だしな。


 周辺地域の主な依頼も……。


 廃れた神像の地下に湧く怪人アルポ。

 アルゼサーモン漁の手伝い。

 川に棲むライノダイル討伐というか、ライノダイル漁。

 四眼ババエリの秘宝探索。

 幻影香を使う魔物使いの討伐。

 水竜ネビュロスの祠に通じる地下隘路の探索の護衛。

 エホーク村の殺人事件の個人的調査。

 樹海未探索地域の偵察。

 櫓を備えた砦を持つゴブリン・ヤンカーの亜種。

 洞窟を根城にしたゴブリンから進化した鬼系モンスター。

 魔石群鳴地帯の探索。 

 サスベリ川とヨークセン川を阻むゴドーの群れの討伐。

 地下に続く岩場を占拠しているオークの討伐。

 樹怪王軍団が占拠した砦を占拠し、略奪品の回収など。


 といった捕虜を含む皆の知る情報を血文字でエヴァとカルードから教わった。

 他にも、カルードの報告に聖ギルド連盟が追っていたアルゼの街で〝はばを利かせている商会〟と今回カルードたちが追われていた理由にクナの知る闇のリストの一人が重なっていた事実が書かれた血文字を見た時は驚いた。


 クナがここにセーフハウスを用意した理由らしいが。

 ま、メルにも血文字を送ったし海賊関係は後回しだ。

 そんな血文字でやりとりしながら、灯台の下にある小さい町の様子と周囲の景観を観察していると、


「ンン、にゃおお~」


 ロロディーヌが滑空を始めた。

 着陸態勢へと移る。


 一足先に、


「ヴィーネ、ジョディ、ツアン、先に下りる」


 と発言しながら触手手綱操縦桿から手を離す。


 左の視界に浮かぶ小さいヘルメもジョディとツアンに対して敬礼を行った。

 ピッタリと俺の首下に貼り付いていた相棒の触手も離れる。


 だが、下りる前に――。

 片膝で相棒の後頭部を突いてしゃがむ。


 後頭部の操縦席として活動していた黒毛と地肌たちを労る。

 片手で優しく撫で撫でを実行した――。


「いつもありがとな」


 と、相棒に気持ちを伝えてから――。

 その相棒の長耳たちに襲われる前に――優しく後頭部から離れた。


 ――急降下。

 下から風が一気に襲い掛かる。

 暗緑色の防護服ハルホンクが風を取り込むように捲れていった。


「ンン――」


 背後から相棒の悔しそうな喉声が聞こえた。

 長耳で俺を捕らえたかったようだ。


 俺は笑いながら――<導想魔手>をワンクッションに利用し着地。

 その足場の<導想魔手>を蹴りまた空へ向けて跳躍した。


 片方の足先で空でも蹴るか斬るかのごとく。

 一気に落下、風を受け前髪が後ろにもってかれてオールバック――。

 口は閉じているが――風により体が圧迫を受けている感覚。

 深海とか潜ったらこんな感覚なんだろうか。

 パラシュートではないが薄手の暗緑色の防護服ハルホンクが翼のようにはためくのを感じた。


 再び<導想魔手>を足場にしてから――。

 高台に両足で下り立った。

 アーゼンのブーツの底から感じる感触は草と土。

 花の匂いがあたりを満たす。

 すると、必死な表情を浮かべたエヴァが走り寄ってくる。


 急ぎ、振動が続く月狼環ノ槍を地面に突き刺す。

 エヴァは月狼環ノ槍を見てから、俺に向けて、さっと、自身の体をぶつけてくるように跳躍――。

 

 抱きついてくる。

 ぎゅっと抱きしめてから、


「――エヴァ、ただいまって、いきなりだな」

「――ん! おかえり!」


 胸元から上目遣いで俺を見る紫色の瞳。

 少し充血し、虹彩たちが揺れて、涙を溜めている。


 愛しげだ……。

 エヴァの匂いもいい。

 と、エヴァの背中に手を回した。


「ン……」


 と、目を瞑るエヴァ。

 金属足を生かすように足先を伸ばし立ち、小さい唇を突き出してくる。

 お望み通り――。

 そっと、彼女の小さい唇に親愛を込めて唇を重ねた。

 同時にエヴァの唇を労りながら彼女の全身ごと心を感じ抱いていく。


「ぷぁ――」


 長いキスを終えた。

 エヴァは切なそうに俺の唇を見つめ続けて……紫の瞳は潤んでいる。

 その紫の瞳がゆっくりと上がり、視線を合わせてきた。


 とろん、と酔ったような表情を浮かべながら俺の双眸を見続けてくる。


 俺もそんな紫の瞳を見続けていく。

 すると、エヴァは俺の手を両手で強くぎゅっと掴む。


「どうした? アドゥムブラリは出さないぞ」

「……ん、シュウヤがんばったからご褒美」


 と手を引っ張り、自らの胸に誘導してきた。

 もにゅっとした、感触が手の甲に。


 たまらん、手の甲が幸せに包まれた!


 エヴァは立ち襟デザインのゆったり系。

 ムントミーではない。

 ジョディの和風の裳と似た服。

 古風な和服と似た小腰から続く綺麗な飾り紐が、巨乳さんを隠すように胸元で薔薇の花のような形で結ばれていた。

 フリル袖もあるし可愛い。


 そして、そんな服越しに隠れ巨乳の感触をアピールするように、俺の手を押しつけてくる。

 エヴァのやっこい双丘さんを百六十一手の必殺技でカイロプラティックしたかったが――。


 俺はキリッと表情を意識した。

 今までと違うところを見せるつもりで、


「ありがとな――」


 と、発言しつつ離れた。

 今は紳士を貫く。


「ん、だめ――」


 あれ、逆にエヴァはショックを受けたように表情を切なくさせてしまった。

 離れず、俺の胸元にまた飛び込んできた。

 すると、風を感じた。


「きゃ」


 と、エヴァが風を受けて可愛い声をあげたように、俺の背後で神獣ロロディーヌが着地――。


 俺は相棒の姿を確認しようとエヴァの背中に回した手で、エヴァの背中を守りながら一回転。

 エヴァを抱きながら相棒の姿を確認した。


 相棒は高台の地面をグリフォンのような爪先で抉っている――。


「ンン、にゃおおおお~」


 頭部を上げた相棒は狼のように叫ぶ。

 神獣ロロディーヌの『ついたにゃ~~』という気持ちが込められた叫びだ。


 或いは『ここはわたしの縄張りだにゃ~』という宣言かもしれない。

 背中に乗っていた皆も触手から解放されて次々と下りてきた。


 エヴァは俺を抱きながら、


「皆、おかえり!」


 と、発言した。

 きっと天使の微笑を浮かべているに違いない。

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