五百二十一話 リサナの橋頭保
足場の悪い坂に
お陰で少し余裕ができた。
そのリサナ嬢を見学――。
彼女の桃色髪は最初と変わらない。
角も綺麗で髪飾りもセンスがいい。
そのリサナは全身から桃色の魔力を発しつつ状況を把握するため跳躍していく。
ヴィーネとユイの頭上を越えた。
俺は反対方向から迫った小さい恐竜たちに向けて<鎖>を射出――ヴィーネが呼応――。
「ナイスだ、ヴィーネ!」
「はい!」
ヴィーネの声が<鎖>を加速させる訳じゃないが――動きを止めた小さい恐竜の頭部を<鎖>がヘッドショット。
ユイも前進しながらスムーズに剣突系の技を使い、小さい恐竜を倒すと、右に左に回転しながら、動きを止めた小さい恐竜を確実に切り伏せる。
ヴィーネのフォローとユイの攻撃に、俺は<
一時的な安全地帯を無数に作った。
しかし、小さい恐竜は漆黒色に塗りつぶす勢いで
すると、上から、
「小鳥さん、こんにちは!」
と、ヴィーネの操作している金属製の鳥に挨拶するリサナの声が聞こえた。
そのリサナは笑みを浮かべて、
「シュウヤ様、前線はお任せください――<魔鹿フーガの手>」
スキルを発動した。
足下に浮く波群瓢箪が蠢く。
表面が捲れて剥がれた。
同時にリサナの半身の骨と血管が輝きながら――半透明な皮膚を、内側から突き破りつつ飛び出ると、それらの骨と血管は、瞬く間に筋束となって、互いに巻き付き腕の肉と骨と指を作る。
巨大な腕の原型となった。
その巨大な腕の原型は、足下に浮かぶ波群瓢箪から剥がれた金属部位と合体。
合体した巨大な腕の色はカーボンブラック。
巨大な腕だが、鹿の角のような印象を抱かせる。
前より厚みが増した?
重量感のありそうな鋼の素材。
中手骨の拳をガードするように盛り上がった拳のデザイン。
そんな腕を血色と青色の点滅する魔力が覆う。
巨大な手首の底面は噴射孔と似た部位が二つ存在する。
二つの孔はジェットエンジンかロケットエンジンか。
または「ミノフスキー粒子」を用いたような推進力を得る装置にも見えた。
二つの噴射口から出た魔線はリサナの細い両腕と繋がっている。
続いて、半透明色の可愛い三角帽子がリサナの頭部に出現。
帽子から飛び出た雌鹿風の角。
角の先端から放出した桃色の繊細そうな粒。
小さい蛞蝓と、カタツムリに鹿の角たちの模様は「シャワードット」と「勾玉模様」に近い。
可愛く、センスのいいデザイン。
ホルターネック系の襟と繋がる二つのマフラー風の紐が魅力的。
衣装には、煌びやかな錆色の棘の群れが金具のように付いている。
可愛い姿で浮くリサナは、その巨大な腕を生やした波群瓢箪をハンマーフレイルのごとく扱う。
可憐なリサナ。
坂に小さい恐竜を押し潰すようにハンマーフレイルと化した波群瓢箪を衝突させた。
坂の一部に突き刺さった波群瓢箪に群がる小さい恐竜たち――。
リサナは、波群瓢箪を直進させる。
坂の一部を破壊しつつ重低音を響かせながら小さい恐竜たちを吹き飛ばし突き進む波群瓢箪――。
その姿はまさに重戦車――。
見た目は、寺の入り口にある巨大な鐘か常香炉にも見えるが、また、凄い。
さすがは波群瓢箪に宿る特別な精霊。
俺でさえ扱うことが難しい、クソ重い波群瓢箪を軽々と扱う。
本体のリサナは半透明で可愛らしいんだけど……。
扇子を持った可憐な魔術師の姿で、波群瓢箪を扱う姿は、ギャップがありすぎる。
しかし、あのまま波群瓢箪を右の方に運んだら……。
ま、
大丈夫か。
遠くから「にゃおおお~」と声が轟く。
偶然だが、思いは通じたようだ。
一方、リサナは、今も大量に小さい恐竜を屠っていく。
しかし、まだまだ小さい恐竜の数は多い。
小さい恐竜たちは、動く要塞のような波群瓢箪を脅威と感じたらしい。
狙いをリサナに絞り群がった。
そのリサナは「いっぱい釣れました~」と楽しげに発言した。
巨大な漆黒の腕を生やす波群瓢箪が激しく回転を始める。
波群瓢箪は、散乱した坂だった土と岩ごと、小さい恐竜を潰していく。
或いは、弾き飛ばしていった。
無敵時間の長い――ダブルラリアットかよ。
漆黒の巨大腕を生やした波群瓢箪は、新しい安全地帯を瞬く間に作り上げる。
ヴィーネは目の前に突如出現した簡易な要塞と呼ぶべき波群瓢箪の存在を見て――。
――
小さい
ユイも
「――リサナ、盾として利用しますよ」
「――わたしも」
ユイとヴィーネの声を聞いた上空に漂うリサナは、
「はい、もとより眷属様たちに合わせるつもりです――」
と、発言。
そのリサナは、ハンマーフレイルの要領で振るった波群瓢箪をユイとヴィーネに合わせる。
波群瓢箪の一対の巨大な腕を振り子時計のように動かしつつ、小さい恐竜を捕まえると、拳を作りながらリンゴでも潰すように潰し殺した。
<筆頭従者長>が楽に戦える空きスペースを作り上げていく。
見た目は「モビルアーマー」にあるような巨大ロボットの腕といった感じだが……。
本当に簡易的な要塞だ。
敵戦線の一角に波群瓢箪を基点とした橋頭堡を築く。
波群瓢箪と魔線で繋がって浮くリサナの本体は、武器の扇子を口元に広げた。
口を隠しながら、
「……眷属様たちの動きは速い! そして、神獣様の炎は煌めいて綺麗……」
リサナはそう発言しつつ周囲を見ていく。
「ですが、まだ敵は多い……」
俺は、そう喋るリサナの透けた半身を凝視した。
骨と血管を伝う魔力の血流は……小宇宙を感じさせる。
<精霊珠想>や<仙丹法・鯰想>の内側からヘルメを覗いた時は七福神のような箱船に乗ったヴェニューたちだったが……リサナの場合は、蛞蝓とカタツムリと鹿が多い。
その三つの象徴よりも、小さいが、象と蛇に龍の絵柄もある。
面白い絵柄だ。
しかし、俺的には、内部よりも巨乳さんのほうがいい!
前にも増して膨らんだ双丘さんと分かるほど、肌に密着したキャミソール。
露出した肌も色っぽい。
しかも、その双丘の揺れ具合は、ほぼ、完璧に近い。
重力の神様がいたら、重力神に感謝。
おっぱい神にも大感謝しよう。
そんな俺のエロい視線を受けても嬉しそうに微笑むリサナ嬢。
「シュウヤ様、わたしのお胸は好きですか?」
はい、大好きです。と、挙手しながら言おうとした、その直後――。
その広げた扇子で笑う口を隠して、その扇子を振るう――。
はためくような扇子の一枚一枚は硬そうな甲羅だ。
墨の鳥獣戯画のような絵柄の蛞蝓とカタツムリと鹿が輝く。
他の、龍と鼠と蛇と象と鳥は輝いていない。
その間にも《
魔法を前方に飛ばし、ユイとヴィーネをフォローする。
「ふふ、的確です」
と、リサナは俺の魔法の軌道を褒めると、
「わたしも前線に加わります」
と発言しながら扇子の先の宙に小さい魔法陣を瞬時に生み出した。
その小さい魔法陣を、片手の指で鍵盤でも叩くようにつま弾く。
その魔法陣は散りながら小さい魔力の線となって拡散――。
糸くずとピアノ線を彷彿とする魔力の線は、音符のマークに変化。
その音符マークはリサナの二の腕に向かう――。
刹那、リサナの周囲でバロック音楽を奏でていた蛞蝓とカタツムリたちが反応。
音符は、リサナの腕に引き込む役割もあったようだ。
蛞蝓とカタツムリは、リサナに引き寄せられ、列となって彼女の二の腕に突入。
そして、彼女の腕の周りをぐるぐると回る蛞蝓とカタツムリたち。
事前にリサナの腕に環でも作るように回っていた音符と混ざっていく。
蛞蝓とカタツムリと音符が、互いに陰陽のマークを作るように溶け混ざった瞬間、魔力を宿した腕輪とリアブレイスと似た特殊な腕防具と化した。
前にも見せてくれた装備か。
新しい腕輪防具の表面には髪飾りと似たカタツムリ形の模様がある。
細い腕をカバーするような、特殊防具となった。
リサナは腕防具を得た細い両手を翼のように伸ばして飛翔して、ユイとヴィーネが戦う前線に躍り出た。
「俺も出よう」
俺も全身に<魔闘術>を再び強く纏い<導想魔手>を蹴る――。
<血道第三・開門>――。
<
崩落し掛かっている端を蹴り、前傾姿勢で突進した。
蹴った地面の坂が崩れた音が、背後から聞こえるが、気にしない――。
そして、標的は小さい恐竜ではなく、大柄の魔兵士たちの方だ。
大柄の魔兵士の集団を見据えながら……。
肩の
同時に、坂の上を血魔力で滑るように――。
ユイ、ヴィーネ、リサナの前に出る形のスライディングキックを敢行――。
大柄の魔兵士は俺の血の加速を生かしたスライディングキックに反応できず。
魔兵士の両足をアーゼンのブーツの底が、捉えた。
一対の足を折るように刈る。
「ギャァァァ」
悲鳴は普通。
片手に握った月狼環ノ槍の柄頭を地面に刺し、支えにしながら、足がぐにゃりと曲がり、突っ伏した魔兵士の胴体に膝蹴りを喰らわせる。
体重は重いが、上手く宙に跳ね上がった魔兵士――。
肉鎧の脇腹に凹んだ痕が見える。
その浮いた魔兵士目掛けて、肩の魔竜王の蒼眼から氷礫を射出――。
宙空で回転し、腹を下側の両手で押さえながら、身を捻り氷礫を避けようとした魔兵士だったが、間に合わず。
魔兵士の頭部に氷礫が無数に突き刺さる。
その刹那、右手に魔槍杖バルドークを召喚。
魔兵士は胴体の上側の剣腕で頭部を押さえようとしながら振り回す。
頭部の触角から炎を出していく。
「眼ガァァ」
と悲鳴をあげながら上側の剣状の腕を振り降ろして、俺を攻撃しようとする。
見た目通り、タフな魔兵士だ。
そして、理解できる言葉だ。
しかし、もう戦いだ。
――凹ませた肉鎧の胴体が空く――。
その隙だらけの胴体へ、浮いている胴体へと――。
魔槍杖ごと右腕を真上に突き出す――<血穿>をプレゼント。
宙ごと突き抜ける勢いの嵐雲の形をした魔槍杖バルドークの穂先が大柄の筋肉鎧ごと胸から背中までを貫く。
「――凄い! 紅色と紫色の閃光が宙を裂くように見えた」
そんなユイの声が耳朶を揺らす。
ユイは魔兵士たちの攻撃を受けながらも真っ直ぐ突き上げた魔槍杖バルドークの動きを見ていたらしい。
その真上に繰り出した血を纏う魔槍杖バルドークを右手から消去。
消える一瞬、『もっと、血と魔素ヲ!』、『魂ヲ寄越せ』というニュアンスの唸り声と乾いた嗤い声を響かせた魔槍杖バルドーク――。
そんな不気味に声を発した魔槍杖の柄が消えた直後――。
魔兵士の胸元に空いた傷穴から真っ赤な血が溢れ出す。
月狼環ノ槍が魔槍杖を否定するように棟に備わる金属環たちが音を鳴らしていた。
一方、腰の魔軍夜行ノ槍業は楽しそうに留め具を打ち鳴らすと、何故か、血魔剣の柄に魔力の波動のようなモノを向かわせている。
血魔剣も対抗し骨の杯が埋まる不気味な柄から血が出てくると、その魔力の波動と対決していた。
俺も俺で
そして――魔槍杖さんよ、反駁するつもりはないが血はもらう。
シャワーのように降り掛かる血を滝行でも行うがごとく、吸収――。
大柄の魔兵士は無言のまま、血を吸った俺の頭部に向けて落ちてくる。
引いた右手に魔槍杖を再召喚しながら、その死体を避けるように一回転。
周囲の大柄魔兵士はユイの時と違い、攻撃してこなかった。
その隙は致命的――。
前傾姿勢で見ている魔兵士の軍団に突貫――。
<鎖>で先頭の魔兵士の頭部をヘッドショットで倒す。
<
その魔兵士に<鎖>を搦めている最中に、左斜め前の大柄魔兵士の胴体に月狼環ノ槍を突き出す<刺突>で胸元を穿つ。
「囲んで圧殺ダアァァ」
「ウオオオオオ」
「ゴロゼェェェ」
<魔闘術>を意識しながら集団を見据える。
ユイとヴィーネが戦う場所からは離れないようにしよう。
しかし、さすがに隙もここまでか。
具足を打ち鳴らす勢いで突進してくる魔兵士たち。
あの触角といい、眼窩に宿る厳つい複眼。
迫力があるし、まさにゼレナードお手製の近衛兵か。
――左手が握る<刺突>を繰り出した月狼環ノ槍を離した。
<生活魔法>の水をばら撒きつつ、八本の剣腕の突きと袈裟斬り軌道の近接攻撃を避ける。
細い炎ビームの遠距離攻撃も避けた――。
<超脳・朧水月>の爪先半回転の技術で回避を行いながら、全身の筋肉を意識する。
左手に神槍ガンジスを召喚し、水の回避速度を上げた勢いを生かす――<双豪閃>を発動。
間合いを詰めた魔兵士たちを嵐に巻き込んだように薙ぎ払う――。
多数の仲間が一度に分断されるという血の惨劇を見ても、勢いを失わず、向かってくる魔兵士たち。
<鎖>で絡めたやけに体格のいい魔兵士を使うとしよう。
周囲から血を吸いながら、その兵士を肉の壁として掲げる。
肉壁を盾代わりに近接戦を仕掛けた――。
前方の肉壁に突き刺さる四本の剣腕。
肉壁の背中から突き出た切っ先は、魔力を帯びている。
その魔剣のような剣腕を伸ばした魔兵士は「間合イ、ヲ、自ラ、潰スダト!?」と声を出す――。
俺は側面に回り、その剣を突き出した魔兵士の剣腕を強引に左手で掴む。
――握る左手から痛みが走るが、構わない。
「ヌゴァ?」
強引に魔兵士の腕を引き抜くように、下へ落としながら俺は側転――。
側転機動に巻き込んだ魔兵士は剣腕ごと転倒した。
俺は側転を続けながら<
そのままの側転機動で次の魔兵士に近づく。
「ギョ!?」
驚いた魔兵士は二つの剣腕で、側転後の俺の胴体を突こうとする。
その剣を受けず半身をずらした――剣が頬を掠めた。
痛みと自らの血を味わいつつ左手首の角度を調整。
鋭い剣腕攻撃を繰り出した魔兵士と間合いを詰める――と同時に――。
近距離で左手から小銃でも撃つように<鎖>を射出――。
魔兵士の頭部を<鎖>が貫いた。
大柄の魔兵士の頭部は弾丸が衝突したようにドッと音を立て破裂。
その頭部を失った魔兵士の血塗れ死体を掴む。
魔兵士たちの仲間意識を利用するように遠距離攻撃を仕掛けてくる魔兵士に投げつけた。
すぐに反撃がくるが、反復横跳びをするように避けた。
そして、触角から放たれてくる炎ビームを避け続けていく。
――遠距離攻撃を放つ魔兵士の射線に他の魔兵士が入るように移動した。
そうして、攻撃を躊躇させながら、次の標的の魔兵士に向かう――。
近づきながら身を捻りつつ魔槍杖を右の手の内に召喚。
回転機動の力を乗せた魔槍杖バルドークを斜め下へと振るった――。
魔兵士は一つの剣腕でバルドークの穂先を受ける。
刹那、魔兵士の反対の剣腕が俺に迫ったが、無視だ――。
――強引に前に出た。
そのまま右足で地面を咬むような踏み込みから、魔兵士の剣腕を、力の魔槍杖で、胸元に押し込むと魔兵士の肩から首に嵐雲の形をした穂先が沈み込む。
光魔ルシヴァルの力の槍で、魔兵士の首から胸を斜めに腹まで切断していく――。
「グオァァ――」
俺は血飛沫を浴びながら魔鎧の一部に引っ掛かった魔槍杖を消去。
無手状態で、あえて、斬ったばかりの魔兵士へと頭突きを喰らわすように前進した。
魔槍杖で斬ったばかりの証拠、引き裂かれたような痕を残す魔兵士で視界が埋まる。
頭部がもたげて、口から血を吐く死に向かう魔兵士の頭部を、右の掌で押さえ、斬った胸元を前足で蹴りながら踏み台に利用、跳躍した。
――二メートルほどの高さに出た俺に炎ビームが迫る。
身を捻って躱した。
しかし、炎ビームはハルホンクの防護服を掠めた。
さすがは
そんな遠距離攻撃を繰り出した魔兵士を睨む――。
目から怪光線――もとい<
続けて、《
そんな足の筋肉だけの力を用いた着地際の俺を狙う魔兵士の剣腕たち。
俺自身は制動があるように動かない。
一見は無防備かもしれない。
夏服バージョンから七分袖バージョンの防護服。
暗緑色の防具服のハルホンクで受ける覚悟は勿論ない。
痛いのは嫌だと――<導想魔手>で防ぐ――。
眼前に展開した、歪な魔力の手というか腕。
この<導想魔手>の指の数は七本。
その魔力の指たちの間に複数の魔兵士たちの剣腕を挟んだ。
この剣の上腕たちを逆に利用してやろう――。
ナイフトリックではないが<導想魔手>をひっくり返す。
上腕が<導想魔手>に挟まれている魔兵士たちも当然、その場で一回転して転ぶ。
その間に、月狼環ノ槍を回収。
同時に<
ドドドドッと鈍い音を響かせながら転んだ魔兵士たちの頭部をぶち抜いていく。
赤い触角がミンチと化す。
「ヌゴォァァァ、許セン!」
仲間の乾いた血肉と残骸の光景を見て、怒りを覚えたであろう魔兵士の叫びと言葉。
突進してきそうな雰囲気がある……。
が、仕掛けてこない。
魔兵士は意外に冷静か。観察を強めてくる。
見た目通り、脳は昆虫系だと思うが……。
そして、繭から生まれたばかりのはずだが、死んだ魔兵士のことを仲間だと認識している。
本能として、仲間としての情報が予め脳にインプットされているんだろうか?
それとも、繭で育っている間、脳のような器官が繭の中で形成される以前に……。
精神世界のような量子世界で情報を共有していた?
あの中央の魔神具を用いて、原核生物、真核生物、マイクロRNA、DNA、それぞれ違う遺伝子群にスイッチが入った状態で共生しているとか……「ホメオティック遺伝子」が複雑に絡みあった状態で生まれてきたのかな。
そんな思考を打ち消すように魔兵士が、
「魔力ヲ、ヨコセェェェ!」
と、叫ぶ。
今度は魔力か。
「魔力が欲しいのか?」
「ソウダ、シヌガイイ」
「ごめん、俺、死ねないんだ」
一方的だが、意外に話ができた。
だが、ここはなんでもありな戦場。
相対している相手が武術家なら、風槍流を主軸とした戦いを挑むところだが……。
そして、相手が美人さんで話ができるなら、俺は「どらえもん」と化すエロい自信がある。
が、相対する相手はモンスターだ。
更に、ここは武術道場でもないし――。
と、回収したばかりの月狼環ノ槍に魔力をかなり込める。
そして、マウンドのような少し盛り上がった足下の地面を見て、再び、魔兵士を見る。
バッターボックスに立ったような位置から俺を見る魔兵士は興奮していた。
「――魔力ヲォ、ヨコゼェ、ガァァァ」
走り寄ってくるオカシナ叫び声を発した魔兵士。
俺は、プロ野球の「巨人」で有名だったクォータースローの名手を思い出しながら……。
月狼環ノ槍の握り手を調整して、クォーターではなく、サイドスローの<投擲>を行った――同時にマウンドを蹴り走る――。
投げたばかりの月狼環ノ槍を追う――。
幻狼たちを纏う月狼環ノ槍は遠吠えのような声を轟かせながら、魔兵士の胴体をぶち抜く――と、背後に居た魔兵士たちをも大刀の穂先が貫く。
月狼環ノ槍は棟に備わる金属環から不協和音を鳴らし螺旋しながらなおも前進。
纏う幻狼を周囲に飛び散らせつつ坂に衝突した――。
その坂を破壊しながら地中に突き刺さって、やっと動きを止める。
『妾のように嵌まったか~』
と、どこかで小さい恐竜を屠っていただろうサラテンの声が響く。
どこから俺の行動を見てんだよ。
というツッコミ思念は入れず無視だ――。
幻狼たちが周囲に漂う、突き刺さった月狼環ノ槍を足場に利用――。
月狼環ノ槍は踏みつけても怒らない。
怒るどころか、幻狼たちも俺に応えてくれた。
アーゼンのブーツに、幻狼たちが寄り添うように付着してくる。
いや、よく見たら、アーゼンのブーツに噛み付いている小さい幻狼もいた。
ま、いいかと、幻狼たちを足に纏った俺は宙空に跳び上がった。
速度が上がったような気もする。
<導想魔手>を足場にしつつ、斜め下から飛んできた炎ビームを避けていく――。
幻狼たちが足に付着したからといって都合よく空を飛べるわけじゃないようだ。
まだ、あの月狼環ノ槍には秘密がありそうだな――。
と、真下で揺れている月狼環ノ槍を<鎖>で回収しつつ周囲を確認。
ヴィーネが作り上げていた
その代わり、近くに坂からせり出した要塞に見えるリサナの波群瓢箪がある。
巨大な腕を生やす波群瓢箪の周囲は小さい恐竜の死体が積み重なっていた。
その一対の巨大な腕を振るい、死体を潰すように吹き飛ばしていく。
今戦っていた敵の種類からも察していたが、小さい恐竜の数は減っている。
そして、波群瓢箪の周囲は明らかに安全地帯となる時間が増えた。
すると、ユイは安全地帯から飛び出る形で突出。
<舞斬>らしき技の回転機動だ。
自身も回転し、数十の敵を魔刀で巻き込みながら敵の身体を切断していく。
ユイの頭上に漂う金属製の鳥からも、タイミングよく金属刃が飛び出しユイを守るように、群がっている小さい恐竜たちを牽制していた。
絶妙にユイをフォローする金属製の鳥。
ユイは、前蹴りを繰り出し、制動を殺しながら口に咥えた魔刀を右から左に振るう。
小さい恐竜の腹を斬りつつ、半身の体勢で動きを止めた。
白い太股から足に沿うような魔刀のポーズは凄く美しい。
「リサナで楽になりました。ユイ、わたしはあの波群瓢箪の近くに移動します」
「了解、シュウヤ! さらに前に出るから――」
「おう、フォローは任せろ」
「うん――」
血飛沫を吸い取るユイ――。
ヴィーネから敵を引き離す。
そのヴィーネは跳躍。
後方伸身二回宙返りを行いながら、波群瓢箪の上に着地。
そのまま詠唱モードだ。
「――雷精霊ローレライよ。我が魔力を糧に、雷の精霊たる礎を越え、古から続く、理の雷網たる天器に轟く雷鎖を現したまえ――」
ヴィーネの詠唱が俺の走るリズムを刻む。
波群瓢箪に近寄ってきた魔兵士目掛け走りながら<鎖>を射出。
魔兵士の頭部が爆発したように散った瞬間。
――強烈な連鎖した雷撃魔法が展開した。
感電した魔法によって一種の雷撃の肉壁が前方にできあがる。
なるほど、触れたら感電するから動きも鈍くなるし麻痺を与える効果もあるのか。
前衛としてのユイは楽になったと思うが、小さい恐竜と違い大柄の魔兵士の動きはいい。
触角から炎ビームも出して、連鎖した雷撃を崩すように攻撃。
魔兵士は、雷撃を纏った肉壁をあっという間に崩していた。
頭がいい魔族だ。
ヴィーネに視線を向けてアイコンタクト。
波群瓢箪の上に立つヴィーネは、後衛の位置。
頬の銀色の蝶を晒していた。
なるほど、アレか。
そのヴィーネは、波群瓢箪から離れて盛り上がった坂の一部に着地。
俺は前衛のユイを確認。
大柄の魔族兵士に囲われたユイの背中側に下りた俺は――。
魔槍杖バルドークを振るい、大柄の魔兵士の首に嵐雲の穂先を吸い込ませて、首を刎ねる。
その横からユイの胴体を狙う剣腕を月狼環ノ槍の穂先で受け持つ――。
ユイを守る。
右手の魔槍杖は、消去。
再びユイを狙った魔兵士へ向けて<鎖>を発動――。
右手に魔槍杖を再召喚しながら魔兵士の胴体を貫いた<鎖>を収斂させる。
<鎖>を剥がそうと、もがく魔兵士を強引に――近くに引き寄せたところを魔槍杖の<刺突>で出迎える――ように穂先を突き出した。
魔兵士の頭部を嵐雲の穂先が貫く。
そのまま血濡れた穂先を払いながらユイの背中に俺は背を預けた。
「ここの魔兵士は極端に動きのいい奴が居る。気を付けろ」
「――うん。個性ある敵。ありがと」
「いつものことだ――」
いつもの癖で答えると、違う四腕の魔兵士が迫ってくる。
左手から月狼環ノ槍を壊さないように<血鎖の饗宴>を繰り出す――。
無数の螺旋した血鎖たちがタコ足のように蠢きながら近寄ってくる魔兵士たちの体を貫いていった。
「まさにルシヴァルの宗主様らしい攻撃ね……圧巻……」
ユイの熱情が籠もった色っぽい言葉と敵の消えゆく微かな音がBGMとなる。
さすがに機転が利く魔兵士でも、初見の不意の<血鎖の饗宴>に対処はできない――。
すると、銀色の蝶々たちの群れが大柄の魔兵士たちに降り注ぐ。
ヴィーネが<銀蝶の踊武>のエクストラスキルを使ったようだ。
大柄の魔兵士たちは混乱。
混声合唱団が仲良く歌、いや、仲良く祝う、一種の祝祭空間と化した。
ヴィーネは指揮者だな。
その間に、前線が拡大したことを把握したリサナは、波群瓢箪を操作――。
重い波群瓢箪を華麗に扱うリサナ。
俺の<血鎖の饗宴>の間を縫うように波群瓢箪の位置を調整し、坂の一部ごと魔兵士たちを潰す形で、強引に着地させた――。
波群瓢箪に生える漆黒の巨大腕が壁となる。
新しい安全地帯を確保する前線要塞が、また瞬時にできあがった。
ナイスな判断だ、リサナ。
桃色の魔力粒子が、彼女の周囲に浮かぶ。
と、俺は<血鎖の饗宴>をストップ。
「シュウヤ、まだ残ってる」
俺から離れていたユイ。
波群瓢箪の前に出るユイの後ろ姿がぶれたように加速した。
足跡に血魔力と銀色の魔力が宿っている。
俺のような<
血魔力<血道第二・開門>を得られたのだろうか。
<
ユイの動きにまた魅了を受けながら、続く――。
すると、ジョディのリサナに挨拶している声が響く。
そのジョディが
「あなた様、お待たせです! こちら側でわたしが――」
「僕だって!」
「――新しい主に、俺が使えるということを示そう!」
左からジョディとラファエルとダブルフェイスだ。
とはいうものの、銀糸に絡まっているラファエルとダブルフェイスは何もできない。
ラファエルはともかくとして、ダブルフェイスは、まだ無理しないでいいんだがな。
どちらにせよキッシュの下にくるか、聞くつもりだ。
そう、昔から、首から下で考えてからのダイバーシティを重視するのは変わらない。
相手が美人さんなら、おっぱいさん、いや、へその下となるが――。
ま、それも建前だが。
「リサナちゃん、前線要塞をお借りします――」
そう宣言しながら、波群瓢箪の上に着地したジョディ。
頭部に手を当て周囲を観察。
ジョディは魔兵士の集団を見つけると、
「見つけた! 小さいモンスターの数は減っています。大柄の敵もまだまだいます。繭も多い!」
そう叫ぶと、波群瓢箪を蹴り跳び、飛翔するジョディ。
宙を螺旋回転しながら、標的目掛けて特攻するジョディ――。
「ハハハ――」
嗤ったジョディは死蝶人の姿と重なる。
銀糸から解放されたラファエルとダブルフェイスは逆さまな体勢で、波群瓢箪の下に落下した。
リサナが漆黒の巨腕を使い、ラファエルとダブルフェイスをちゃんと、キャッチ。
見た目はジャイアントゴリラに捕まった二人の男という構図だ。
「ありがとう」
「……すまない。と流れから言うが、俺は助けないで大丈夫だ」
と、ラファエルとダブルフェイスはそう語る。
ラファエルの方は、たぶん、リサナが動かなかったら頭部から落ちていたはず。
能力的に前衛タイプのダブルフェイスは華麗に着地していただろう。
「<蛾速>――」
ジョディはスキルを使用した声だ。
サージュを振るいながら大柄兵士の胴体を斜めに切断すると回転蹴りを背後の大柄兵士に喰らわせて吹き飛ばす。
そして、サージュの重さを利用するように斜めに側転しながらの迅速な回転切りを三体の大柄兵士の四腕に衝突させると、その四腕を切り落とす。
更に、回し蹴りのモーション途中にそのサージュから魔力の刃を飛翔させる。
近くから遠くまでの魔兵士たちに加えて地面ごと薙ぎ払っていた。
ジョディもすげぇな……。
しかし、これで粗方、片付いたかな……。
血飛沫はすぐに皆が吸うから、乾いた空気感だ。
だが、巨大な塔付近に、これまた巨大な魔道具らしいモニュメントがある。
見えているだけでも、巨大な繭も数個あった。
地面の蔦のような触手群はケーブルのように至る所に繋がっている。
そして、蒼い閃光が発せられたままだ。
聳え立つ巨大な塔といい、巨大なモニュメントと巨大な繭か……。
気になる。と、そこに地響きだ。
さっきの地震とは違う。
「にゃおおおおお~」
神獣らしい巨大な姿になっていた相棒が戻ってきた。
誇らしげな態度で俺の前で止まる。
触手という触手に凄まじい数の死体をぶら下げていた。
孔雀の羽というより、闇のオーラにも見える触手群を従えるロロディーヌの頭部は黒豹と黒馬に近い。
張った胸元は黒獅子。
胴体はグリフォン級という。
足下は馬に近いか。
まさに、巨大な神獣ロロディーヌ。
圧巻たる姿だ。
「わぁぁぁぁ」
と、大声をあげるラファエル。
神獣ロロディーヌの姿を見て、膝を崩した。
泣きながら、法悦状態。
神に祈るようなポーズで両手を胸元に当てているし。
「ンン、にゃおォォ」
と、巨大な声がラファエルの髪ごと彼の魔道具を揺らしていく。
魂王の額縁の世界に居るユーンたちも神獣の息吹が届いたのか、不可解に揺れていた。
ロロディーヌ的には『ただいまにゃ~』、『美味しい肉と皮だったにゃ』とかだろうな。
現に、焼き鳥風の長細い触手に串刺した焼けた肉を、俺に差し出している。
ダブルフェイスも驚く。
ロロディーヌってより、イケメンのラファエルの態度を見てかな。
ユイとヴィーネにリサナも俺の側にきた。
ヴィーネはさりげなく、おっぱいさんを腕に寄せてくれた。
ジョディは残党狩りを続けていく。
とりあえず、相棒の催促通り、この焼き肉を食うか。
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