五百二話 ユイの活躍&白色の貴婦人
◇◆◇◆
「やったッ、血文字を見た? シュウヤが人質を救った」
「はい! これで敵を避ける必要はなくなりました」
「では……<魔絶>からの急襲で敵を吸い取るとしましょう」
壁に背中を預けていたジョディは武器を肩に掛けて優雅に歩き出す。
廊下の中央をリズミカルに歩いていった。
自然と音楽が聞こえてくるような気がする。
ジョディの背中や足先から血色の蝶々が湧き立つさまはヒヨリミ様が蝙蝠傘を使ってダンスを踊っているよう……。
彼女が精霊様と気が合うのは凄く分かるわ。
魅了されちゃいそう。
あ、でも死蝶人の名残なのか口が少し尖った。
不思議だけど美形は維持している。
「それがクンナリーの刃ね?」
「はい」
「見た目といい技の質といいグロそうだから……」
と、遠慮しながら指摘した。
「大丈夫ですよ。シェイルのように、これ以上の変形はしませんから」
「あ……」
わたしはしまったと思った。
「わたしもサイデイルでキッシュとゴルゴンチュラの傍で、転がる玉を楽しそうに追いかける遊びをしているシェイルの様子は見ました……」
ヴィーネも弱々しいシェイルの姿を思い出ながら語る。
「うん、わたしも見た。だからジョディ……彼女を治すのに必要なアイテムを探す時は、わたしも協力したい気持ちがあるからね」
「ユイさん、その気持ちだけで十分です。貴女はお父様とシュウヤ様のために動いている。そのシュウヤ様もこの地域に安全な地盤を築こうと奮闘している最中で、皆、忙しいのですから……」
ジョディは心が強い。
<光魔ノ蝶徒>だからってのもあるのかな。
でもシェイルのことを思う気持ちが……ジョディの瞳に表れてきた。
悲しげに瞳が揺れていく。
シュウヤも、ジョディの、今のように相棒のことを思う気持ちに感づいているからこそ……。
時々、ジョディに対して凄く優しく接しているのね。
ハイグリアちゃんのことを含めて色々と嫉妬しちゃう……。
けど、わたしは、自らの意思でシュウヤから離れた。
父さんの夢の手伝いを選んだのは、わたし。
勿論、わたし自身の修行と父さんの夢が重なるのもある。
そして、それが将来のシュウヤのためになるからこそ……離れたんだけど。
カッコいいシュウヤの側に居ると、ずっと傍に居たくなる……。
……ダメね。
ヴェロニカ先輩のように女帝としての意識を持たないと。
<筆頭従者長>として甘えてはいられない。
強い女にならなきゃ……。
シュウヤが安心して背中を預けてくれるぐらいに……。
すると、鳥の声が鳴った。
笹鳴きのように鳴く金属製の小鳥。
ヴィーネの血を纏った姿だけど可愛い。
小さい梟から、これまた小さい
隠身用から攻撃用に移行ってことかしら?
不思議な金属製の鳥。
ミスティの素材収集のために二人が協力して開発したらしいけど。
その金属でできた鶯のような鳥について詳しくヴィーネに聞こうとしたら――。
警報音がどこからともなく響いてきた。
「助けたことが察知されたようね」
「そのようです」
「……敵が来そうです」
その直後――。
ジョディの言葉が現実になった。
廊下に転移陣が幾つも出現していく――。
その転移陣の上に怪物たちの半透明の姿が浮かんでいく……まだ完全に実体化はしていない。
それは魔族系の大柄な兵士だ。
頭部から胸板を含めて分厚い。
オークかゴブリン系の種族かもしれない。
武器は巨大な刀。
大刀のような穂先に死体をぶら下げている。
死体をぶら下げた不可解な大刀?
骨と金属を隙間なく加工した金属鎧を身につけている。
見た目は正式な軍隊の衣裳。
武器防具の見た目からして、普通の魔族兵士たちではないわね。
だけど無駄よッ――。
転移を待つほど馬鹿じゃない――。
自然と胸ベルトの紐を緩め神鬼・霊風を抜く。
そう、自然と前傾姿勢で前へと駆けていた――。
ヴィーネもジョディも同じ。
神鬼・霊風の太刀の鞘はベルトに連なるアイテムボックスに素早く差し入れ、左手でアゼロスを抜く――。
――鞘は使わない二刀流で仕留める。
最初の狙いは頭部――アゼロスの魔刀の切っ先で立派な兜ごと頭蓋を貫く。
「――ひゃ?」
変な最期の声が聞こえたけど気にしない。
奥の魔法陣から出現途中だった魔族系との間合いを零とした――。
首筋に神鬼・霊風の刃を押し当て、その頸動脈を一太刀で斬る――。
首から胸にかけての斜めの線から勢いよく血が迸った。
――鮮血を浴びつつ神鬼・霊風に魔力を通す――。
間髪容れずに神鬼・霊風から見えざる風刃が出る。
魔族は全身に見えざる風刃を浴びて鎧ごと肉体がバラバラとなった。
わたしの視覚を奪うような血の飛沫がいっぱい。
その血飛沫は、昇竜のように宙を翔け巡っていく。
竜ってより、間歇泉かな。
その宙に大量に散った血を<血道第一・開門>で吸い取る。
わざわざ肉片に噛み付いて<吸血>はしない。
同時に、左の魔族の頭部へ向けて、アゼロスの突きを狙う。
でも、ヴィーネの光線の矢がわたしを越えて先をいく――。
わたしが狙った魔族の頭部にヴィーネの光り輝く矢が突き刺さった。
その魔族の頭部は少し遅れて兜ごと爆発。
頭部だけが無残に散った魔族。
胴体は、兜の破片が突き刺さった状態で、そのまま壊れた人形のように倒れた。
血はヴィーネに譲る。
吸わずに前進――。
右にいる魔族にはジョディが対処。
鎌の刃で魔族を両断した。
体が左右に分かれていくのを視界の端に捉えた。
ヴィーネの血を纏う金属製の鶯も躍動。
鳥の鳴き声と共に鶯の懐から手裏剣が出る。
その手裏剣はジョディを狙う魔族たちに向かっていった。
わたしは、斜め左前に出現途中だった魔族の首を狙う――。
頭部だけ、出現中の魔族さん――その魔族に対して悪いとは思うけど――。
わたしたちは光魔ルシヴァルの<
速度は並じゃない――。
駆けながら半身、右に体を傾け斬る<燕廻>を繰り出した。
絶望的な表情を浮かべた魔族の首に向けて、回転斬りの<舞斬>から発展した新技を披露――。
逆袈裟軌道の神鬼・霊風の刃が魔族の首を捉え「ひゃッ――」と、刎ねた。
宙を飛ぶ魔族の首から奇妙な声が響く。
移り変わる視界の中で頼もしい仲間の活躍が映った。
それはヴィーネの連続した光線の矢。
矢が飛翔していく。
シュウヤの光槍とは違うけど、宙を裂くような軌跡が無数に生まれ出ていた。
射手系のスキルを発動したようね。
ヴィーネの弓を扱う様子は、美しいし絵になるわ。
――光線の矢は、出現途中のオーク系と似た魔族の頭部たちを連続で捉えた。
その頭部だけを正確に破壊し爆発させていく。
ジョディはわたしたちの後方に移る。
背後からも出現した魔族風の兵士たちに対処するためだけど、やはり判断力は高い。
ジョディは蝶の形をした飛び道具を飛ばす。
魔族兵士たちを足止めした。
そして、飛ぶような機動で兵士たちとの間合いを瞬く間に詰めてから、螺旋している足先が尖った部分で蹴り、いや、魔族兵士の肩を貫いてから、兵士の頭部に尖った口先を突き刺して、中身を吸い取って<吸魂>するように倒していた。
そのまま頭部を回しながら通路ごと切断するように巨大な鎌を振るう。
サージュを力強くダイナミックに使っているし凄い戦い方……。
わたしは体が駒にでもなったように回転を続けながらジョディの戦いを見学した。
その僅かに視線を逸らした瞬間――。
油断したわけじゃないけど――。
先の通路の奥から出現を終えていた魔族兵士が素早く間合いを潰してきた。
「先頭の人族を狙え――」
そう叫ぶ魔族は――細身?
陣笠をかぶって魔闘術を扱える未知の魔族兵士。
魔族ではなく人族の血も入っているのかもしれない。
武器は大柄魔族が持っていた太刀と少し形が違う。
どちらにせよ、普通の太刀じゃない。
刃の一部と繋がった変な死体がぶら下がっていた。
体格は細身で強そう。
さすがに緊急時に転移してくる兵士たちね。
――武の動きがあるし突きの動作をスムーズ。
細長い切っ先でわたしの頭部を突いてきた。
すると、死体から毒のような魔力が漏れて、その突きが左右に分裂した。
刃が飛び出て、わたしの手首を狙う――。
無駄。染みついた動きで跳躍し、手首に迫る刃を躱した――上段から神鬼・霊風を振り下ろす――。
未知の魔族は驚き、
「迅ッ――」
と声を上げた。
その細身で未知の魔族がかぶっている陣笠には牙が異常に生えている。
陣笠から牙が飛び出るとかはなかった。
その陣笠をかぶっている素早い魔族は、魔刀を水平に翳して、神鬼・霊風の刃を受けた。
ふふ、反応するところは見事。
だけど受けちゃだめよ――。
<筆頭従者長>としての力が加わっている神鬼・霊風の刃は強力。
案の定、受けている魔刀をくの字に歪ませていく。
陣笠が凹むと額から血が溢れていく。
そのまま湾曲した魔刀をめり込ませていった。
その湾曲した魔刀にぶら下っていた毒々しい死体は力を失ったのか萎れていく。
同時に魔刀と陣笠ごと魔族兵士の頭蓋骨を砕き斬る。
更に、わたしの魔力を得た神鬼・霊風の太刀は鬼神でも宿るように風を起こす――続けざまに風の刃を全身に浴びた魔族は、さっきの魔族と同様に身体が一瞬でバラバラとなった。
――四方に鮮烈な血飛沫が生まれ出る。
そんな血が迸る中でも、他の魔族は臆せず。
転移を終えた他の魔族たちと同様に、睨みを強めると……。
わたしたちに向けて突進してきた。
「囲め、囲んで潰せぇ!」
「どこから侵入したァァァ」
「ゼレナード様に近づかせるなァァ」
口々に気合の声を発して、間合いを詰めてくる魔族兵士。
わたしは、その魔族兵士が繰り出した袈裟斬り軌道の攻撃をアゼロスで受け流す。
半身の体勢になりながらの神鬼・霊風の<横流し>で、その攻撃してきた魔族兵士の小手を斬った。
前に踏み込む――と、同時にアゼロスの刃先を相手の頸動脈寸前の直線上に据えた。
そのまま魔族兵士は「とまら――」と、声を発しながら前進。
アゼロスの刃先は、そのまま魔族の首に吸い込まれた。
頸動脈を貫く――。
「この女、普通じゃねぇ」
「なんて、二刀使いだ――」
「びびるな――我が、この首なし毒牙で、仕留める」
太刀にぶら下がっている死体は毒気を帯びている。
さっきと同じ敵?
毒の魔力を持つ死体刀ってやつかな。
その魔族兵士と相対した時、父さんとの訓練を思い出す。
『敵の力量をはかる場合、相手の狙いを見極めることが重要だ。一瞬の虚実を掴むのだ」
『虚実? でもフェイントを含めると千変万化よ?』
『視線も含めるとだな。しかし、相手が人型なら呼吸法が戦いの刹那の間にヒントをくれるだろう』
『呼吸法……』
『そうだ。敵が攻撃する時は大概が荒い息を吐き出す。逆に平静を装う時は、息を吸う。そこを狙う――』
現実と父さんの<虎突刀>という刀突技がシンクロした。
「コキュッ――」
<虎突刀>で、突進してきた魔族兵士の喉と胸元を貫く。
『己は無。呼吸は一呼吸。刀は一挙動に振るうことを心がけよ――』
うん、フローグマン家に伝わる剣術は伊達じゃない――。
「番外に構うな、死体を利用しろ」
番外? 白色の貴婦人側に階級でもある?
続けざまに<銀靭・二>を繰り出す。
シュウヤに見せたかった居合い系技術の応用技。
真上に跳躍しながら水平に片手斬り――。
二匹の魔族の頭部を両断、流れるように神鬼・霊風の刀を頭上から一気に振り下ろしつつ、身を反転させる――。
着地に向かう際にもッ、魔刀アゼロスを真下に斬り下げる。
一挙動で五体の魔族を屠った。
しかし、六体目の魔族には対処が少し遅れた。
「血の魔剣士めがァ――」
眼前に迫った魔族の剣を神鬼・霊風で受けて、防ぐ――。
間合いをあっさりと詰められたように、この大柄魔族は力が強い、火花が散った。
そのまま宙に円を描くように、魔族の扱う剣を引っ手繰る――。
剣と剣とのダンスにも見えるかもしれない。
ふふ、でも、生憎ね――。
「何者だ。フェウ様直参の俺の剣術が通じないとは」
「喋り掛けてこないでよ。わたしは貴方と踊る趣味はないから――」
持ち手を変えていたアゼロスの下からの一振り、で、魔族の臀部を斬り落とす。
「ぎゃぁぁ」
更に回転回し蹴りを、突っ伏した魔族の頭部に食らわせた。
場を制した後、右足を後ろへ大きく引く。
同じく魔刀も引いて半身に構えつつ、周囲を窺った。
残心の構えのまま、三呼吸を維持。
血を吸い上げながら息を抜いた。
「お見事です。体の開きと二刀を巧みに使った先の先を征く太刀捌きです」
ヴィーネに褒められた。
わたしは足を戻しながら静かに魔刀アゼロスを腰の鞘に納める。
「ふふ、刀に脂が付着してもユイさんたちには、関係がなさそうですね――」
ジョディは楽しげに語る。
昔、父さんも『一本の刀じゃ五人は斬れぬ』と不満そうに漏らしていたっけ。
そんなジョディさんは、巨大な鎌刃を振るい続けている。
出現途中の実体化した部分だけを狙っていた。
凄い、巨大すぎて壁に嵌まりながら出現した魔族の肉体を見事にスライス。
一度に、三体屠っていた。
でも、転移って普通なら脅威だけど、わたしたちには逆効果ね。
普通に廊下から現れる方が戦いになっているし。
転移も便利だと、座して見ている間抜けではないから。
あ、いや、〝槍使い〟のシュウヤならあえて転移を待つかもしれないわね。
今回は槍の武人としての衝動は抑えるつもりのようだけど。
いつも、ことあるごとに武術の昇華を狙う槍狂いの宗主様だからね……。
そんなシュウヤだからこそ、父さんや闇神アーディンが認めたデルハウトさんも慕い尊敬しているんだろうけど。
と、宗主であるシュウヤの癖を心配するユイであった。
◇◆◇◆
ここは白色の貴婦人が愛用する実験室。
「いや、離して……」
台の上に囚われている少女は体を動かそうとしても、動けない。
目元も不可解な魔力に覆われ視界も塞がれている。
少女には、恐怖と絶望でしかなかったが、口は喋れているように、塞がれていない。その口から液体のような黒色の靄が宙に放たれていく。
黒い靄は三つの真っ赤な勾玉を眉間に宿す狛犬のような頭部を模ると、形を歪な黒塊に変えた。
そう、このような形を変える怪物を生み出す、囚われている少女も普通ではない。
最終的に卑猥な形となった黒塊の怪物。
表面から鮫の口から生えているような歯牙を無数に生み出していく。
牙を生やした黒塊は白色の存在に襲い掛かった。
白色の存在は、鮫が持つような歯牙を生やす怪物が迫っても慌てない。
「無駄よ、アハハ」
「――ムダダ、アハハハ」
甲高い女性の声で嗤い、笑う。
白色の存在は女性のような声音と不気味な重低音の声音を発生させていた。
不気味な多重の嗤い声を上げながら両手と両手を頭上に掲げる――。
その掲げた指たちから丸い白色の紋章魔法陣たちが発生。
それら白色の魔法陣は黒塊の群れたちと衝突した。
卑猥な形の黒塊は、少女の恨みを黒い塊に宿すように荒々しい鼓動を発しながら、うねり、形を変える。
最初の狛犬と似た頭部になった。
そして、魔獣としての荒々しい魔力を込めた息を口から吐く。
普通の状況ならば、この狛犬のような巨大な頭部を見たら恐慌してしまうだろう。
だが、対峙している白色の存在も、また普通ではない。
「……ヴァーミナの駄犬が、調子に乗るな」
三つの勾玉を眉間に宿す凶悪そうな面の狛犬を駄犬と蔑む白色の存在。
そのまま見下すように頭部らしきモノを傾けた白色の存在は、嗤い、笑う。
二つの笑い声を発した白色の存在。
紋章魔法陣を操っていく。
荒々しい息を発している黒色の狛犬は口を広げ顎から生えた鋭い牙を見せる。
目の前の笑い声を発している白色の存在を喰らおうと襲い掛かった。
白色の存在は微動だにせず。
指先から魔法陣を発して、狛犬の噛みつき攻撃を防ぐ。
狛犬は、その白色の魔法陣ごと、白色の存在を喰おうと、噛み付こうと、何度も、何度も、荒々しく必死に噛み付こうとした。
しかし、白色の存在が発動し操る魔法陣は強固。
噛み付き攻撃を防がれた狛犬の頭部は、また卑猥な黒塊の形に戻す。
だが、攻撃を諦めない。
攻撃の度に、ぐにょりと形を変えて、黒色の塊の表面を覆う歯牙を生かす。
今度は口の臭そうな竜が生やしていそうな乱杭歯を生み出した。
その乱杭歯を生かすように黒色の塊は体をしならせる。
再び、白色の存在へと襲い掛かった。
塊の表面に生えた乱杭歯を分裂させる。
攻撃の手を増やした黒塊だったが、相対する白色の存在は落ち着いていた。
指先に生み出した小さい白色の紋章魔法陣を巧みに操作――。
黒鞭か黒蛇とでもいうような連続した攻撃をタンポポの種を摘まむように防いでいく。
宙で魔法陣と黒色の塊が衝突するたび激しい火花が生まれた――。
烈々とした火花が、何度も宙に散っている。
白色の存在が目の前に展開している紋章魔法陣は固い。
攻撃を受けてもびくともしない。
小さい白色の紋章魔法陣は、幾重にも重なった多重魔法陣だからだろう。
時には分裂し細くなるが、タイミングよく重なり盛り上がる防御型の魔法陣。
黒色の塊は、その醜悪の見た目とは裏腹に白色の紋章魔法陣に押さえ込まれていく。
やがて卑猥な黒色の塊は自身の攻撃が無駄と分かると、少女の近くに戻る。
囚われている少女を守るように漂い始めた。
「……これが恐王ブリトラの眷属の力か」
「多少ハ混じってイル。悪夢の女神ヴァーミナの力もアルだろう」
「これを取り込みたいけど……」
「まだ、無理ダ。レブラの枯れ腕ガ必要デアル。アルゼの魂ヲ、獲テからダ」
「そうねぇ。ハンゼの器にはまだまだ入るからね」
「……古代狼族から奪った秘宝モ必要ダ」
「ロンハンが持ってくるとして……」
白色の存在は異質な声と女性の声で話し合う。
その刹那――。
白色の存在は震えた。
自身の能力が、強引な手法で取り外されたことを察知し、怒りを覚える。
「何者かしら……」
「……我ノ力ヲ破ル者」
「……アルゼの仕込みも同時に失った」
「アリエヌ――」
白色の存在が二つの声を轟かせた刹那――。
足下に巨大な白色の紋章魔法陣が展開した。
その魔法陣は瞬く間に盛り上がる。
白色の存在は積層した魔法陣に包まれると、塵も残さず転移した。
クォークを超えた最小の粒子さえ残さず消える。
それは「量子の絡み合い」を実際の物質に用いたような凄まじい転送技術。
黒塊を口から吐き出していた囚われている少女は自身の命が助かったことは知るよしもない。
◇◆◇◆
警報か。
クナの力でノイルランナーたちを救ったんだ。
そりゃ白色の貴婦人らしき存在も敵対する存在に気付くよな。
と、なると、ここに直に来るか?
そう思った直後――。
ガラスの部屋が白色の輝きを放つ。
やはり来たか。と、思ったところで、<
足の下から闇が生まれ出る――。
瞬時に、アイテムボックスから硬貨を取り出し、じゃらじゃらと撒く。
……痛ッ、俺は自らの親指と人差し指を齧り取った。
捨てた硬貨と同じ床へと取った血濡れた指を「ペッ」と捨てる――。
その手から血飛沫が出るゼロコンマ何秒も経ってない間に、夕闇世界が周囲ごとガラスの部屋を通り抜けて侵食した。
邪魔なガラスを<
分厚いガラスは一瞬で、粉砕、部屋の中にあった魔道具は穴だらけ、ばらばらだ。
大人しく待つほど馬鹿じゃない。
転移してくる存在をすり潰してやろう――。
初級:水属性の《
イモリザの第三の腕の布石はまだだ。
<血外魔・序>も意識し、月狼環ノ槍を地面に突き刺すと同時に血魔剣を引き抜く。
髑髏の柄と剣身から血の炎が噴出した。
一見、火傷を負いそうな髑髏の柄だが火傷はしない。
噴出した血の炎は十字架を象る。
吸血王らしい血魔剣は脈を打つように動くのを確認しながら振り上げる。
<十二鬼道召喚術>を発動した。
前と同じように、腰にぶら下がる奥義書の魔軍夜行ノ槍業が不満そうに魔力で音を打ち鳴らすが、無視。
「百目血鬼、出ろ――」
複数の目を持つ両手で八枝剣を握った女性は、嗤いながら登場した。
百目血鬼の腕に宿る複数の目は、俺の指と血と硬貨を欲するようにギョロリと蠢く――。
刹那、俺の指と血に硬貨を複数の目が吸い込んでいった。
柳の葉のような黒髪を持つ百目血鬼は、血飛沫を背中から発しながら――。
細い片手に持った八枝剣を振るう――。
薄い濃密な魔刃を連続で発射していく。
さらに俺の《
いや、穴だらけとなった壁の奥から震動が起きる。
壁が崩壊するように巨大な罅が無数に生まれていた。
転移に失敗?
壁の中にめり込んでいるようだ。
普通の人族なら、即、死亡。
まさに「※いしのなかにいる※」だな。
床に敷き詰められた魔法陣は俺の<
差していた月狼環ノ槍を握り引き抜く。
左手の血魔剣と右手の月狼環ノ槍の一剣一槍の構えを取った。
すると、
「グォォ……我のソクナーを利用した転移に干渉する結界ダト……」
「未知なる闇の心象異次元世界と攻撃……だとしたら、時空属性を持つ者?」
「事前に多段攻撃を用いるとは……相手は……ゼレナードよ……八賢者に追われたのか?」
「そのようなことは……アルゼの仕込みを破壊したのと同じ者の仕業なら……ないとはいえない」
壁の奥から女性のような声と不気味な声が響く。
ゼレナードは、八賢者に追われるような立場だということか。
壁の内部からの震動は続く……二人居るのか?
その直後、壁に大穴が空いた。
周囲の壁が崩れると、巨大な白色の魔法陣も現れる。
その魔法陣の背後には、魔法陣を構築している白い者も居た。
他の指からも、白色の紋のような小さい魔法陣が浮かんでいる。
<
俺の攻撃と八枝剣の攻撃を防ぐ魔法陣。
いや、完全に防げてはいないようだ。
『――外魔ノ血ヲ刻ム者よ。銭と血はしかと承った。こやつを処分すればいいのであろう』
「そうだ」
『<百目魔剣・障目鬼>――』
スキルか?
百目血鬼の周囲に、歪な目が無数に誕生する。
その直後、八枝剣を揮う速度が倍加した。
凄まじい速度で硬貨が混じった魔力の刃が飛翔していく。
銅貨色に輝く円月輪のような魔刃は強力だ。
白色の魔法陣の一部を切断していた。
内部の白布をかぶる存在にダメージを負わせていく。
白布をかぶった者は女性か。
巨大で、女性の造形と分かるが……異質だ。
<
百目血鬼が切り崩したところは白色の魔法陣が修復していく。
その白い者の肩の上にもう一人居た。
背中の一部と繋がっている小さい椅子を背負っている。
背もたれつきの椅子に座っているのは頭骸骨が顔の一部から露出している子供。
子供は損傷している。
頭部の一部がへこみ、硬貨が突き刺さり、口からは血を吐き出していた。
だが、まだ生きている。
俺を睨んできた。
大柄の女の方の下半身は巨大なスカート状のモノか。
いや、防具服と一体化した人のようなモノたちが集結し筋肉質に盛り上がっている姿……。
『閣下、この者たちが白色の貴婦人こと、ゼレナードでしょうか』
『たぶんな。しかし、闇属性の攻撃を防ぐのは当然として、下腹部が異常だ』
『はい……』
……ダメージを負ったような雰囲気を持つ。
こいつが白色の貴婦人か。
文字通り、白色の紋章陣の力を使って、この場に転移してきたようだ。
子供ではなく、女性の頭部を注視した。
血のような液体が白色の布の表面に滲んでいるが、顔の輪郭は分かる。
鼻の高そうな、のっぺらぼうか。
そして、彼女に攻撃しているのもあるが<無影歩>は通じてない。
白色の布をかぶっている女性らしき存在は攻撃している俺のことを無視して部屋を見回す。
少し遅れて、白色の貴婦人は長細い腕を振るった――。
巨大な魔力の刃が腕から迸る。
魔力刃は四方に分裂しながら飛翔してくる。
ママニの扱うアシュラムのような魔力刃だ。
それを避けた――。
『げぇ』
<百目魔剣・障目鬼>を繰り出していた百目血鬼は胴体に巨大な魔刃を喰らう――。
もろにカウンターを喰らうこととなった百目血鬼は体をくの字にさせて吹き飛んでいく。
百目血鬼は壁と激突。
新しい巨大な穴を誕生させていた。
白色の貴婦人の狙いは、この空間その物か。
魔力の刃に呼応するように俺の右手が握る月狼環ノ槍が震えた――。
魔力の波動のような刃を振動しながら受け続けた部屋はさらにダメージを受けていく。
壁というか、ここの天井の一部が崩落しそうだ。
転移に失敗した影響からできた巨大な穴といい俺の魔法と<
地下施設は頑丈そうだから、全部が潰れるほどの崩落はないと思うが……。
天井の一部は崩落していた。
しかし、この白色の貴婦人らしき存在の下半身は気持ち悪い……。
よく見たら、連綿とした人間のような者たちが繋がり重なった肉布団衣裳を作り上げていた……。
素材は、肉か、肉のようなモノ、ぶよぶよしたスライムのようなモノが混ざって太くなっている衣裳だ。
上半身は普通なだけに異常に目立つ下半身を持つ。
闇杭でぶっ壊した魔道具の下部と形が似ている。
そう分析すると、その白色の貴婦人らしき存在が俺を見てくる。
一瞬、恐怖した。
双眸の位置から赤色と黒色が滲み出たからだ。
一方、百目血鬼の復帰はまだらしい。
彼女が吹き飛ばされてできた人型の穴は暗くて見えない。
施設に巨大な横穴を作ったようだ。
ま、彼女は召喚した妖怪みたいな存在だ……。
俺の指と硬貨を喰ったし生きてはいるだろう。
『妾を使う場面だと思うが』
『まだだ、百目血鬼のように対応してくる可能性があるからな』
『……』
左手の内包世界に棲むサラテンは珍しく納得したようで沈黙。
俺は魔闘術を意識した。
白色の貴婦人こと、ゼレナードを攻撃しようと……。
<
イモリザを用いた布石からの連携からの魔槍技は……まだだ……。
その刹那――背後から相棒の動きを感じ取った。
「にゃごあぁぁぁ」
『閣下――』
怯えたヘルメの警告思念。
分かっている相棒の十八番だ――。
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