四百五十九話 飛ばねえおっぱいは、ただのおっぱいだ
二人の故郷は地下都市ダウメザラン。
ヴィーネがダウメザランで生きた時代。
ラシュウことバーレンティンがダウメザランで過ごした時代。
それぞれ違う時代に生きたダークエルフだった。
しかし、同じダークエルフだ。やはり共通しているところは多い。
まずは魔毒の女神ミセアの存在だ。次に女性上位の象徴で、魔導貴族の長の女司祭。
いつの時代も、魔毒の女神ミセアに寵愛を受けた女司祭が各魔導貴族のピラミッドの頂点に立ち、その司祭の親族たちが魔導貴族中枢を支配するダークエルフ社会の構造は変わらない。そして、バーレンティンが語る第四位から下位の魔導貴族の名に自分の知る魔導貴族が少ないことに驚いていたヴィーネだったが……。
地下都市ダウメザランの魔導貴族の大規模な戦争話の一つに及んだ時、
『あの大富豪のサーメイヤー家がのし上がった理由! やはり、喋る植物だけではなかったのですね! 魔術師集団の裏は、強者としての理由があった』
と興奮した感じと分かる血文字を寄越してきた。更に、
『ご主人様と一緒にダウメザランに向かった時は第八位魔導貴族サーメイヤーでしたが、ラシュウが生きた時代は第十一位だったのですね。そして、他の地下都市と結ぶ独自のルートを持っていた理由。あれだけの土地と財産を所有できる強い理由があるわけです』
サーメイヤー家……俺が持つ
そんな貴重な鏡の一つを所有していた理由でもありそうだ。
その魔導貴族戦争の話は……。
サーメイヤー家が戦わずして勝つといったような権謀術と地下虫術が得意だった女軍師インサールが率いていたダークエルフの放浪者集団【暗黒蜂の母】を懐に引き入れたことから始まる。この集団がヴィーネの知る魔術師集団なんだろう。
「その女軍師インサールが駆使した戦術が……」
「惨いのか?」
「ですね……」
バーレンティンの表情が険しくなった。イケメンだけに渋いが……。
暗黒蜂の母の行動は酷かった……。
『女軍師インサールという人材をサーメイヤー家が引き入れたことから始まるらしい』
とヴィーネにバーレンティンの言葉を伝えていく。
インサールは魔手術の使い手。
表向きの怪物兵士同士を主軸とした戦争のやりかたは序の口。
「……怪物兵士はダークエルフの男が元なのですが……手術用のダークエルフの男の股間と腸に〝ある種の魔細菌〟を注入しまして……」
次に共生微生物群を頭部に注入。
続いて素材の大蜘蛛キュライコスの多脚に暗黒蜂の毒も注入。
毒が回った大蜘蛛の多脚を根元から切断し、その大蜘蛛キュライコスの複眼も、脳に繋がる神経に傷を付けないように採取。
そして、ダークエルフ男の頭部に複眼を移植し、下腹部へと毒が回っている多脚を無理矢理に移植する。そんな凄惨な話を繰り出すバーレンティン。
苦虫を喰ったような表情を浮かべていた。
皆も、お菓子を食べる手を止めている。
しかし、摂食と生殖の本能的な部分に他者の欲求が関与できる魔細菌を使ったゲノム編集ツールを超えるような高度手術ができるとは驚きだ……。
俺もある種のメタモルフォーゼ的にイモリザとジョディと波群瓢箪を用いてリサナを生み出しているから、なんともいえないが……。
バーレンティンは渋い表情で淡々と気色悪い話をしていく。
ダークエルフの魔改造のリアル出術話は……。
パーティグッズのクラッカーをイメージし、頭をパーンッと割るように、割愛。
「そして……次の話も酷いですが、聞きますか?」
ある種の拷問か?
魔手術は省いたが……。
聞いておいた方が良いだろうと判断した。
「あぁ……」
と、頼むとバーレンティンは小さく溜め息を吐いてから教えてくれた。
アリスの耳はエルザが塞いでいる。
最初は、敵対する魔導貴族の要人がトイレに入り……。
用を済ませている隙を見せたところを事前に用意しておいた張りつき甲虫を用いて、その要人の肛門ごと腸を破壊する酷い暗殺。
そればかりか、敵対する一族が支配する領域を手に入れ表の権力で住民を押さえているのにもかかわらず水源を特殊魔術液で汚染させ、汚染した水源を利用するダークエルフの住人と家族の崩壊を促すジガバチのような麻酔薬を用いた実験をしてから……次々と、その麻酔実験を喰らったダークエルフたちを昆虫型怪物兵士に仕上げるようにする非破壊出術の実行していた。
まさに民族浄化。
〝静かなる虐殺劇〟。
「……そんな地下社会でよく生きてこられたな」
「男ですが、エンパール家でしたからね……その後も……」
ミセアは本当の裏切りを味わった感情の魂を味わい得て喜んだそうだ……。
ヴィーネからも妹たちが犯され殺された惨い話は、聞いていたが……。
いつの時代も地下のダークエルフ社会は変わらない。
魔導貴族同士が憎しみ合い、時に手を取り合い、その手を逆に切り落とし、争い合いながら切磋琢磨する社会がダークエルフの根幹だ。
だが、その裏切り憎しみ合う社会を持つからこそ……。
魔導貴族の一族は家族としての絆が強まりダークエルフとしての生命という姿を得ているのかもしれない。
そして、ラシュウ、今は、バーレンティンだが、ヴィーネのような〝強者〟たちを生み出す原因と推測した。
そんな考えを持ちながら口を動かす。
「……魔毒の女神ミセアの歪んだ愛の結晶?」
と、半ば冗談めいた風に聞いていた。
バーレンティンは笑わず静かに頷く。
「確かに、もう、わたしは別の負の螺旋に入り、脱しましたが、ダークエルフの宿命かもしれないです」
と、バーレンティンは喋る。
宿命か……。
ダークエルフたちを含めた地下で暮らす無数の生命体にとって厳しい地下社会こそが普通でありごく自然なことだからな。独創的なダークエルフらしさを育む環境。
だからこその、遠大な地下種族らしい進化を促す奔流がある。
あ……これも魔毒の女神ミセアの歪んだ愛なのか?
混沌とした世を強く生きるダークエルフための……。
その自分の志も含めて、気持ちを、目の前に居るバーレンティンと皆に長々と伝えながら、ヴィーネにも同時に血文字でメッセージを伝えていく――。
◇◇◇◇
「そんな感じで、愚考はする。俺も俺で小さい正義感を振りかざしているからな」
『俺の場合は力を持つと、いや、この場合は力を持っていなくても……』
皆と同時にヴィーネにも血文字で、そう言葉を贈った。
『ご主人様は、難しく考えすぎです』
と、目の前にヴィーネの血文字が浮かぶのを視認していると、
「主は、ヴィーネ殿の復讐を手伝った話といい、いつもそのようなことを考えているのか?」
バーレンティンがそう聞いてきた。
『エクストラスキルの<脳魔脊髄革命>があるお陰で、色々と考えるんだ』
と、ヴィーネに血文字の返事を中に指で描きながら、実際の口でもバーレンティンに対して、
「そうだよ。小さくても悩みはある。己の小さい正義感を振るうことに関して日々積み重なるように増大している――」
そう告げながら口に咥えた魔煙草から息を吐く。
そのまま素早い指タッチを意識した血文字筆記体をヴィーネに送った。
そして、バーレンティンにも、
「これは実際の力と言葉の暴力のことも含んでのことだ。ま、戦闘前の忙しい状況では、そんな迷いは一瞬で消えるが」
照れた笑いを意識しながら正直に自らのスタンスを告げた。
ツラヌキ団たちもこれから仲間になって欲しい相手だ。
サイデイル村、いや、街の貴重な戦力となってくれるだろう。
俺の場合は……。
他の眷属たちと同じように離れることも近付くこともあると思うが。
昔からの秘めた思いは眷属たちと等しく伝えておく。
すると、片方の頬を上げて、にやりと、笑みを浮かべたバーレンティン。
「……ヒヨリミ様の言葉を思い出しますが、主は、本当に吸血鬼の力を持つ方か?」
その笑みと相手の裏を考えている言葉から、またメルっぽいと思ったが……。
同時に野望達成のために西方で活動中の<従者長>カルードの姿を思い出した。
「……ヴァンパイアとして疑うのか? なんなら血を吸うか。いや、野郎の血を吸っても仕方がない。ということで、すぐ後ろで話を聞いている美人なイセスの血なら吸いたいな」
俺はにっこりと紳士らしい笑みを意識しながらイセスを見て語った。
その瞬間、イセスは眉を寄せてキッとした表情を作る。
そして、細い腕を前に伸ばし、人差し指で俺を指しながら、
「――ちょっと! 真面目な会話から急にエロに切り替えないでよ。<筆頭従者長>とかいう選ばれし眷属のレベッカさんのような蒼炎の拳はないけれど、盛大なツッコミを入れるわよ!」
頬を朱色に染めている彼女はレベッカの真似をするらしい。
「ふふ、閣下らしい」
ヘルメはぷかぷか浮かびながら、上半身だけでそう語る。
「……シュウヤ兄ちゃんとヘルメお姉ちゃんが笑ってるー」
「アリス、食べながら喋るのは止めなさい」
「だって、このお菓子、美味しいんだもん!」
アリスは、偉そうに語るが……。
口からぽろぽろと、餡子のような黒色の菓子を零している。
「あぁ、また、こぼしている」
「わたしも、このお菓子好きかも――ささ、アリスちゃんも、あーんして」
「うん~」
ソプラさんがアリスに向けて菓子を差し出していた。
「ふふ、可愛い、もぐもぐしていると、ネコ耳が動くのね」
「……アリスを甘やかさないでくれ」
母親役のエルザがお菓子を上げたソプラさんに注意をしていた。
「あら、妹がごめんなさいね。でも、このお菓子、独特よね。表面は堅くてパリッとした感触だけど、中に細かな葉も入っていて、モチモチッと、しているし」
「うむ、確かに通り沿いの駄菓子屋といい、狼月都市ハーレイアの菓子のレベルは高い」
レネ&ソプラさんとエルザ&アリスはお菓子を食べながら語り合っていた。
ツラヌキ団たちも、
「ブルームーンのお菓子も美味しかったけど、このお菓子は中身が柔らかくて美味しい!」
「ハウザント高原の茶菓子に匹敵する!」
「でも、ペソトの実の味もする」
「そう? ココの舌はいまいちだからね。いつもペソトの実の料理を食べているし」
「キュトンの実のような味もするけど……」
「ううん、これクアリの豆が使われているような気がする」
と、
そして、
「オカシ、ウマイ、ゾ、マリョク、エル」
独特の音声のガラサスだ。
「その左腕、普通に菓子を食べているが、どんな構造を……」
と、墓掘り人のスゥンも八つ橋のような菓子を口に含みながら喋っていた。
禿げたスゥンさんが、そう渋い口調で語るようにガラサスの造形は……。
肩と腕は外套に隠れているから見えないが、普通と思う。
しかし、外套から出ている手は……。
指を備えた手が、狼の頭部と似た造形に変化を遂げていた。
その狼の頭部のようなガラサスの掌が、菓子をむしゃむしゃと食べていく。
元は邪神ヒュリオクスの眷属なんだよな。
エルザの種族の力で変化したと聞いたが……。
フーの頭部にとりついていたヒュリオクスの眷属とは少し部類が違うのか?
あの蟲は不思議だ……。
主人であるエルザも八つ橋のような菓子を食べながらアリスに頭部を向けているからか、ガラサスは自由のようだ。ガラサスは手の形を奇妙に変える。
八つ橋のような菓子に向けて眼球を備えた触手で突き出した。
菓子の分析でもするようだ。
単眼球が八つ橋のような菓子を食べながら凝視する姿か。
まさに、未知との遭遇。俺も、そのお菓子を口に含む。
表面はやはり、八つ橋系のパリッとした感触。
砂糖と米粉が使われていそうな感じだが、米はないはず。
だとすると、粉は違う系統だな。と、中身が柔らかい生菓子系に変わる。これまた絶妙な柔らかさだ。
葉の味は抹茶系かな、渋い黒色は豆か?
……餡子系の砂糖と混ざっている、うめぇ。
緑茶の匂いもしているように、茶が入った高級な茶碗もあるし。
お茶を楽しみながら、美味しいお菓子を食べていく。
そうだ、菓子で、思い出したが……。
予め買って置いたお菓子があった。
マジュンマロンと一緒に菓子類を、アイテムボックスから取り出す。
「――ヘルメ、ロロにもあるが、買っておいたお土産だ、食べたかったら取ってくれ」
「あ、はい! ありがとうございます――」
ヘルメは宙を前転。
上半身の姿を回転させながら机の上に飛翔してきて、菓子類を覗いていく。
「この菓子類の一つ黄色い奴は、今、皆が夢中に食べている表面を焼いた餡子系が入った菓子と違って、卵の素材がメインだ。しっとりふっくらと柔らかい舌触りが特徴的なお菓子だ」
「では、閣下が大好きな菓子を!」
やはり、マジュンマロンか。
ヘルメは宙空でぷかぷか浮きながらマジュンマロンを食べていった。
「美味しい!」
マジュンマロンを食べていくヘルメ。
食べるたびに体から水飛沫が噴水のように迸るから、俺に水がかかった。
が、喜んでくれて良かった。
「いいなぁ」
「……それはあの時の駄菓子屋の菓子だな」
「……ごくり」
「その菓子も美味しそうですね……」
「シュウヤさん……」
「ほぅ、黄色の菓子か」
「主、わたしも……」
渋いバーレンティンも欲しがった。
「いいよ。ただし、ロロにも残しておいてくれ」
「はい!」
皆、勢いをつけて大量に置いたマジュンマロンを取っていく。
相棒を呼ぼうと、外を見る。
その丸い的と化した白色の蝶を、相棒が出していた触手骨剣が突き抜ける。触手の先端から螺旋した骨の剣がにゅるりと突き出る速度は尋常ではない、威力はかなり上がっているだろう。
そんな触手ミサイルで白色の的の蝶を貫き、落とす、遊びのようだ。
更にジョディ本体は沼で泳ぐザハたちに向けて白色の蛾が鱗粉を撒く。ザハたちは口をパクパクして、その鱗粉を食べていた。
ザハの魔魚は大丈夫なのか?
あの白い粉のような鱗粉が餌になるのかな……。
すると、そんな白い粉が欲しくなったのか、神獣ロロディーヌが、ザハから粉を奪い取るように、口を広げて鱗粉の中へと突入――。
その瞬間――。
ここまで、ボフンッといったような粉袋が破裂した音が聞こえてきそうなぐらいに白い粉状の鱗粉が周囲に飛び散った。
漆黒色に近い神獣ロロディーヌだったが……。
白粉を頭部にぬったようなバカ殿の猫様に……。
あるいは、白い骸骨を象ったような姿に……。
あれはあれで、ハロウィーン・ホラー・ナイトって感じ。
俺も骸骨衣装を着ながら突入するか?
そして、骸骨といえば、沸騎士だ。
沸騎士を召喚し、沼で泳いで貰うか?
そんな風に混ざって遊びたくなる光景だった。
だが、今は血文字でヴィーネとのやりとりの途中だ。
皆と団欒中でもある。
もうカソジックの料理を食べたし、お菓子は後にするか。
と考えたところで視線を皆に向ける。
ガラサスの単眼球は、まだ、八つ橋のような菓子を眺めていた。
単眼球か……自分の指に嵌めているアドゥムブラリの紅玉環をチラッと見てから……再び、ガラサスのオモシロイ動作の観察を続ける。
このアドゥムブラリも出すかと魔力を注ぐ――。
俺の魔力を得たアドゥムブラリの紅玉環は、一対の翼がはためくように動くと紅玉環がぷっくりと膨れる。
小さい貴族服を着た
「よう、アドゥー」
「主! 俺はアドゥムブラリ様だ。アドゥーではない」
「わ、魔物!?」
ソプラさんとレネからお菓子を貰ってにこにこと笑みを浮かべていたアリスがアドゥムブラリを見て、反応していた。
「アドゥを否定するとは、エドゥというFKの名手を知らないのか!」
「主、アからエに変化しているが、そして、その、ふりーきっくの名手とはなんだ!?」
小さい貴族の単眼君は体を震わせていた。
そんなコミカルな会話をしていると、
「シュウヤさん、その指に生えた丸っこい魔族のような方は……」
「あぁ――」
「まてぃ! 魔君主が、下僕をわざわざ紹介する必要はなかろう! 自ら名乗る!」
偉そうなんだが、卑屈なんだが分からん奴だ。
「先ほど、自ら名乗ったような」
「主、細かいことは気にするな」
「おう……」
「オウヨ、者共ォ! オレ様は、このような姿だが元上流だからな! ふはは、しかも魔界に轟いた、この名を聞いて驚くなよ」
「いいから、エドゥと名乗れ」
ぷっくりと膨れた
「チゲェェ、オレ様の名はアドゥー。じゃねぇ、元魔侯爵アドゥムブラリであーる」
「ガラサスの可愛い兄弟が生まれた!」
「ぬぬ、そこの変な眼球とは生まれも資質も違うことを、ここに宣言する!」
ピコピコとした動きが過敏だ。
「……おぉ、ぴこぴこで、偉そうな仕草ですが、背中の翼が動いた!?」
「飛べるのかしら……可愛い制服を着た眼球ちゃん! でも、口が大きい?」
レネとソプラが細い腕をアドゥムブラリに向けて伸ばす。
「面白い! 口が大きい!」
アリスは嬉しいようだ。
「口は小さくもできる」
「わ! 本当に口が動いた、変な口……」
粘土のような感じだ。
そういえばシュミハザーの武器と化していた時も粘土のような動きの質だった。
「うぐ、アドゥムブラリ様だぞ。これでも主に重要視されているのだ!」
「うん、でも、つんつくしていい?」
「え、表面は、び、敏感だから、あまり触らないでくれたまえ……」
アリスが眼球に触りたいとアピールすると、アドゥムブラリは動揺を示す。すると、ガラサスが菓子を食べながら単眼球をアドゥムブラリに向けて、
「ウルサイ、メダマオヤジ」
「ぶはッ」
思わず吹いた。
不気味な声音だが、メダマオヤジとは、オモシロイ。
しかもガラサスは少し怒った口調だ。
アドゥムブラリをライバルと思ったか?
周囲も笑いに包まれた。
アドゥムブラリとガラサスは兄弟のように言い合いを始める。
その途中、アドゥムブラリは魔大竜ザイムの自慢話をしながら<ザイムの闇炎>の力を見せるように、消えていた燭台に闇炎を灯す芸当を魅せて驚かせていた。
そうして、皆と会話をしながらお菓子を食べてヴィーネとも、その美味い菓子についても血文字で連絡を取り合っていく。
アドゥムブラリは周囲を偵察に出る宣言。
宙を移動していく。背中の小さい翼がパタパタと動いて可愛い。
アドゥムブラリは豚の置物に興味を持ったのか、その置物の周囲を回り続けていた。
すると、
「――お風呂に入りたい!」
と、小腹を満たしたアリスの声だ。
小さい指を部屋と地続きの風呂場へと向けていた。
服を脱ごうとしながら風呂場に、よっこらしょと寄っていく。
エルザはすぐに、
「アリス! 服を脱ぐな」
「あう! でも、この三角と四角い角の部品、サーメの角かな。とんがったところが気になる!」
「あぁ、その魔道具にも触るな。まったく、黒衣の笛使いからも注意を受けただろう。風呂に入るならわたしが先に入って安全を確認してからだ」
「了解しました隊長! おふろにはいる~はいる~ん。るんるんるるーん♪ るんるんるるん~♪ トゥッス!」
アリスはツラヌキ団の言葉を真似してから敬礼。
その踊り楽しげなアリスの姿を見て、笑い声を発したエルザは立ち上がる。
エルザは皆に向けて
「ゴホンッ、では、先にいいかな」
わざと咳払いをしてから、真面目な口調で聞いてきた。
「いいぞ」
と俺が発言。
「うん。というか、わたしたちも入ろうかな」
「そうしようか。女子は女子で先に入ったらいい」
無難に勧めた。エルザは一礼してから左腕を操作してから周囲に笑顔を振りまくアリスの手を握り風呂場へと向かっていく。
その後ろ姿を注視した。
外套の項から魔の糸のような切れ端が多数浮いて揺れていた。
黒髪に絡むマスクからも紐が揺れている。
エルザの背中に装着していたヤハヌーガの大牙はない。
現在は寝台の近くに立てかけてある。蟲が宿る左手を覆うガントレット系の防具も一部が外されてあった。ネジとネジに引っ掛けるような金具が置いてある。
右手の籠手の環も台の上に重なるように置いていた。あの環状の防具は知恵の輪として遊べそうだ。
見た目はやはり俺の二の腕に備わる
そのエルザは後頭部に両手を回し、髪の毛をかき上げた。
女性として魅力を感じる細い
マスクの紐を解こうとしたところで、
「――見世物ではないぞ」
とハスキーな声を発しながらエルザは振り向く。
他のスゥンさんを含めた男たちもそんな彼女の様子を見ていた。
そのエルザは何故か俺に対して頭部を向けている。
アウトローマスクから覗かせる黒い瞳は、俺を睨んでいる感じだ。
幽体のようなモノが駆け巡っている魔眼の双眸だから迫力はある。
その視線から『エロは許さないぞ』、『チンモク!』といったエルザの気持ちと左腕のガラサス君の気持ちが伝わったような気がした。
エルザは、胸を隠すポーズもした。
そのエルザは微かに微笑んで、天井を見る。
真鍮製の月の形をした垂れたフックは幾つかある。そこに長布を引っ掛け、カーテンとなった。そのカーテンを横に伸ばしていくエルザだったが、俺をチラッと見ては何かを言うような視線となるが、直ぐに笑顔を見せてカーテンを動かし、隠れる。
当然、露天風呂ではないから遮蔽カーテンはあるよな。
カーテンでエルザたちの姿は見えなくなった。といっても音は聞こえるが。
「あのマスクの下は、気になるな」
と赤髪のモッヒーことモヒカンのサルジンが喋っていた。
獣人系のモヒカンの髪が世紀末過ぎるサルジンに対して、頷く。
「気になるが、素性を知れば……」
「……」
墓掘り人たちは、スゥン、サルジン、バーレンティン、イセスの以外メンバーはあまり喋らない。バーレンティンはチンモク。
「エルザ。水幕でも遮蔽できます。やりますか」
瞑想していたヘルメだ。
エルザとアリスの風呂に入る行動を見ていたのかエルザに聞いていた。
「おぉ、精霊様、ありがとう。お願いできますか?」
エルザはカーテン越しにヘルメにお願いしていた。
ヘルメのスタイルの良さが影となってカーテンに映る。
机の灯燭の明かりさん、ナイスだ。
先ほど
「お水、ぴゅっぴゅしてくれるのー?」
「はい。喜んで。アリスちゃん。似たようなものですよ~」
ヘルメは楽しげに語りながら、
「では、ぴゅ~ッと」
霧状と化していた下半身をエルザたちの方向に差し向ける。
すると、その霧たちの濃淡が変化し、蒼色と黒色の強くなる形で煌めいた瞬間――煌めく霧から幻想的な魔力の水の手が生み出されて、エルザとアリスたちへと向かった。
小さい魔力で水の手は<導想魔手>とは違う。モデルは俺の<白炎仙手>か?
そんな幻想的な魔力で水の手の群れは風に靡いていたカーテンと衝突。
水の魔力の手は、極彩色の煌めきを発しながら崩れるようにカーテンの表面を這うように拡がる。不思議なヘルメの水は風呂場を隠しているカーテンの表面を完全に覆った。
煌びやかなヘルメの水はカーテンの表面を越えて浸透し、一部の液体はカーテンの表面から跳ね返り、宙空に、散って此方側の視界を隠すような水蒸気となった。
ヘルメの水の一部はカーテンを抜けたようだ。
「わぁ、精霊様の水~」
「ふふ、気持ちのいいシャワーです」
「うん♪」
雨霰のようにエルザたちを降りかかっていると分かる。
と琴の音のような不思議な音がカーテンとエルザたちのほうから響く。
と、水蒸気が消える。ヘルメの煌びやかな水が覆い流れていくカーテンの布が半透明色から極彩色に変化を繰り返した。
カーテンの表面が、立体的な川にも見える。
そのヘルメの水と融合しているようなカーテンの中に箱船に乗ったヴェニューたちがいた。流れに逆らい上昇する闇蒼霊手ヴェニューたちもいる。
逆らわず流れ落ちるヴェニューたちもいた。
箱船に乗っているヴェニューたちは船の上で楽器を片手に踊っていく……楽しそうだ。
すると、その楽しそうなヴェニューの妖精が、流れていた水の中から、突如として、立体的に起き上がるように上半身が現れた。
液体だが女の子の上半身は保たれている。
「わぁ~ちっこい精霊ちゃん!」
「「おぉ」」
皆、驚く。
アリスが興奮し、皆が、驚いた。
「え、そちら側にも……水の小さい女体が現れたのか?」
声を震わせているエルザがカーテン越しに話してきた。
「現れたぞ。カーテンに女の子の半身が生えたような姿、その女子の名はヴェニューだ。ヘルメの新能力の一つ。新しい眷属、水の姉妹のような存在か……」
と解説。そのヴェニューの半身は液体金属が人の姿を形状記憶していたような姿。
見たことのない弦楽器風の楽器を宙に浮かせた上半身のヴェニュー。
幼女のような両手を交差させる。ヘルメのようなポーズだ。
そして、持っていた小さい棒と小型の萎れた鯛を宙へ向けて投げていく。
「お胸がどっきりんこ!」
投げると同時に、そんな謎の宣言をするヴェニュー。
小さい棒は針のように天井に突き刺さった姿で投影していたが幻影となって消失。
萎れた鯛の方は宙に弧を描く軌道のブーメランのように彼女の手元に戻ってきた。
「おもしろいー」
「オモシロ! ワタシモ、ヤリタイ――」
「――アンッ、馬鹿ガラサス! それは飛ばせない!」
「あはは、ガラサス、エルザのおっぱいを引っ張っちゃだめだよー。飛べないなんだから」
飛ばねえおっぱいは、ただのおっぱいだ。
何を言わせる気だ、ガラサスめ。エルザの可愛い声が煩悩を刺激する。
まったく、その羨ましい行動を小一時間、問い詰めたいが……。
戻ってきた萎れた鯛を、ヨーヨーでも扱うように水糸を掌から放出して掴むヴェニューの姿が気になった。
鯛は萎れたままの状態だ。
ヴェニューは手元から納豆のようなネバネバ糸を出していたが……。
あの真鯛に見える魔鯛は元に戻って回復をしないのか。
もしかして、ヴェニューは、いきなり貴重な力をあの時に使ったのか?
ま、俺が気にしても仕方がないか。
『妾が魚に封じられたままなのは……あの小娘の能力か……』
『サラテン怒るな。その内、解放してやるから』
『ふん……アドゥ、いや、エドゥを出したくせに』
俺は気付かなかったが……。
まだ<魔鯛>の効果が続いているようだ。
普通のフォースフィールドのような魔法防護とは違うらしい。
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