四百五十三話 闇蒼霊手ヴェニュー

 

 オフィーリアを守るように<鎖>の巨大な盾を宙に展開した。

 他のロウガダイルの乗り手たちと、雅やかな商人たちもついでに、その<鎖>の巨大の盾で守る形だ。

 傭兵団は知らんが。


 そして、観客席からは、突如、頭上に湾曲した巨大物体が現れたように見えているはず。


 観客は宙で何をやっているか? と、疑問に思うだろう。

 俺もヘルメを連れているから誤解は受けそうだ。


 ま、誰一人として被害を出さないように努力はする。

 すると、レネの背後から兎人族が現れた。


「――お姉ちゃん! 見た目が人族の敵よ! さっきもわたしを見てたし、標的は優秀な護衛を雇っていたみたい!」


 さっきの兎人族だ。

 俺と目が合った瞬間、逃げた兎人族。

 やはりレネの妹さんだったか。


 一方、レネは跳ねる機動で宙を飛翔するように近付く俺の姿を見て、


「――え?」


 驚きの声を漏らし目が見開く。

 凝視してくる。


「な……」


 俺の姿を確認したレネ。

 狼狽えるように両手を震わせた。

 が、まだ弓と矢は番えている状態……。

 妹のほうは、そんな姉の動揺する姿を見ると、怪訝そうに眉の片方を傾けた。

 妹は、レネを守るように一歩前に出ると、俺たちを睨む。


「姉に何をした! 許さない! シャルアーンの顎を喰らいなさい!」


 姉の様子を見て勘違いした妹さん。


 俺は別に目から怪光線は放っていない。

 しかし、魔眼の能力はあるから同じか?


 妹さんは、そう叫びながら跳んできた。

 空中から接近戦でも挑んでくる気か。

 彼女にとって大切な姉のレネを柱の上に置いてしまう形だと思うが……。


 彼女は両手首の金属機構の腕輪に魔力を宿す。

 手首から肘にかけての羽毛の体毛は、その腕輪からモヒカンのように飛び出た形だ。

 兎人族の特徴でもある羽毛的な体毛。

 その金属の腕輪と鎖は指貫グローブと繋がっていた。

 爪と指が灰色に煌めく。

 その煌めきに合わせるように魔法陣が指先に出現した。


 出現した小型の魔法陣の内部に向けて、灰色魔力が包む指を伸ばす。

 そして、ピアノでも弾くように魔法陣を構成する魔法印字を器用に弄った。

 レネさんの妹さんの戦闘職業は不明だが……。

 

 妹さんの指の動きは熟練の域だと認識。

 指だけで魅せるように魔法陣を指で突く――。

 指が貫いた魔法陣は、ぐにゃりと曲がった魔法陣は、中央が窪むと、指貫グローブの中に吸い込まれた瞬間、指貫グローブと鎖が出た腕輪の防具が変形。

 腕輪は――クロスボウを一瞬で組み立てた。

 その機械式クロスボウは、手の甲と繋がる腕輪の防具と繋がった作り――。


 ライザーはない。が、トリガー部分はあるようだ。

 クロスボウの下部は小型のストックとローラーが一体化した環状の金属。


 リボルバー的な矢束も付属している。

 緑の魔力を有したブロードヘッドの鏃が、ミキサーのように急回転。

 クロスボウはレールに乗った列車のように――。

 ぐるりと腕の表面を回りつつ両手の掌に移動した刹那――。

 金属の機構が組み合わさってガチャッと小気味いい音が響く。

 クロスボウの矢の束がセットされた。

 一対の黒塗りのクロスボウで、回転式の連弩のようなタイプ。

 兎人族のレネさんの妹は、そのまま二丁拳銃を扱うような仕草を取る。

 二つの小型クロスボウの先端を、俺に差し向けた。

 妹さんは、二丁のクロスボウのトリガーを引いた――。

 スタイリッシュな旋律を奏でるように、短い矢が連続で飛来――。

 ――曲射か。鏃から漏れ出たような濃い緑の軌跡が宙に生まれている。

 毒々しいからまさに毒だろう。

 しかし、俺との距離がありすぎる――迎撃は楽だ。


 ま、レネの妹さんも牽制のつもりなんだろう。


 そう、思考しながら無造作に――。

 水属性の中級魔法|氷矢《フリーズアロー》を念じていた。


 刹那、氷の矢たちが、俺の眼前に並ぶ。

 それらの《氷矢フリーズアロー》は、クロスボウの矢を迎撃するため飛翔。

 

 《氷矢フリーズアロー》の大きさは人の腕ほどはある。

 ――太い矢だ。


『フン、妾を使えば一瞬で屠ってやるものを――』


 左手に宿るサラテン。

 そんな思念を寄越してきた。


 しかし、レネの妹さんを殺める気はないからな。

 悪いがサラテンを使う気はない――


 その僅かな思考の間にも《氷矢フリーズアロー》は雨霰の如く突き進む。


 レネの妹さんが放ったクロスボーの矢の群れと――。

 俺の《氷矢フリーズアロー》の群の第一波が衝突――。

 続けて、俺とレネの妹さんとの間の宙空で、第二波も衝突した。

 

 氷矢と毒矢の衝突が華々しい閃光を生む。

 俺が放った幾つかの《氷矢フリーズアロー》は、クロスボウの矢の中に吸収されるように消失。

 妹さんはクロスボウの矢を放つ直前に……。

 矢の名前か、クロスボウの名前か、技の名前を叫んでいた。

 矢の数も束で大量だ。毒もあるか。

 

 特別な魔矢だと推測。


 しかし、俺の《氷矢フリーズアロー》のほうが強いか?

 第二波はすべて散ったが、俺が放った第三波の《氷矢フリーズアロー》がクロスボウの矢を押し込む。

 まぁ魔法の連射と魔法威力だ。

 毒々しいクロスボーの矢の群れは勢いは弱まった。

 次の瞬間、俺の連射した《氷矢フリーズアロー》が、クロスボウの矢の大半を潰す。


 今の光景を見て判断するに……。

 俺の魔法の質もかなり上がった、と、実感できた。


 矢を迎撃した俺の魔法を見たレネの妹さんは、驚きの表情を浮かべて、


「無詠唱の言語魔法!? それにしても威力がありすぎる。シャルアーンの顎をあっさりと……でも――」


 と、彼女は喋っている途中で、不敵な笑みを浮かべ即座に一回転――。


「姉さんを殺させるわけには、いかないわ!」


 レネの妹さんは『今度のほうが、本番よ』といいたげな強気の言葉から――。

 両足を揃えるような構え取る。


 足にライトグレー色の魔力が集中した。

 プロレスでいうならドロップキックか?


 俺は四天魔女キサラの踵技を思い出す。

 一瞬、強ばった。


「――ソプラッ、だめ! あの方はわたしを救ってくれた人! よく見て!」


 狼狽していたレネは気を取り直したらしい。

 俺の存在を妹さんに伝えている。

 その妹の名を叫んでいるレネは魔弓を背中に戻していた。


 禍々しい魔力を放っていた矢も手元から消えている。


「え? お姉ちゃん! やっぱり精神波攻撃を受けた?」


 アドレナリンが脳内を駆け巡ってそうな妹さんだ。

 美人な彼女はやる気のようだ。


 そして、名前はソプラさんか。


 彼女の両手は左右に伸びている。

 手首から肘にかけて生えている見事な白色の羽毛たち。


 その羽毛は本当の翼の効果でもあるように、慣性としての落下速度は緩やかに見えた。


 白い羽毛から魔力の風を出している。

 だから、何らかの揚力を得られる効果があるんだろう。

 そんな十字架にも見えるポーズを取って浮かんでいるソプラはレネの制止を振り切り、


「仕事の邪魔をする魔族な人族! 変な護衛め! 姉さんの精神を返せ! フライクゲール!」


 と、勘違いを続けている妹さん。

 強く叫びながら回転機動を取る。

 そして、横回転しながらガーターベルトが似合う太股に手を伸ばした。


 ガーターベルトと連結している長紐を引っ張る――。

 すると、両足の防具の中に畳まれていたであろう木組み細工が自動的に足の側に展開した。


 その展開した木組み細工は、瞬く間に、巨大な魔力を内包したバリスタのような弩砲となった。

 銀色の長矢も備えている。

 鋼色のワイヤーのような弦も黒光りして不気味だ。


「あぁ……」


 レネは妹さんの戦闘態勢を見て……。

 動揺したような声を漏らす。

 俺に視線を向け『妹が、すみません……』といったような泣きそうな表情を浮かべていた。


 そのレネは、もう魔弓をしまっている。

 妹さんのソプラと違い戦意も感じられない。

 彼女の狙いがオフィーリアだったのかどうか……。

 まだ分からないが……。


 暗殺を一時的とはいえ取り止めたようだ。


 一方、攻撃する気がまんまんのソプラさん。


 俺としては構わない。

 オフィーリアは逃げているかもしれないが……。

 まぁいいさ、後で追いかければいい。

 今は、対峙しているソプラさんだ。

 そのソプラさんの、足の間に出現している巨大な弓は、いや、バリスタは、かっこいい。


 ソプラさんは、鋼色のワイヤーの紐を引っ張るように、長い銀矢と繋がっている金具に片足を引っ掛ける。

 そして、足に引っ掛けた金具を引き上げた。

 同時に弦と連結している長い銀矢が引かれていく。


 あまり見たことのないやり方だから面白い。


 そして、矢を引いたソプラさん。

 片足の裏の踵に備わる銀細工が綺麗な靴底で、バリスタ先にあるトリガースイッチを踏みつけるような動作を行った、その直後――。


 長い銀矢を射出――。

 矢というか、対戦車ミサイルのジャベリンの姿を彷彿する――。


 あんな長くて太い矢を、喰らったら……。

 神話ミソロジー級の防具服であるハルホンクでも痛みを味わうかもしれない。


 ま、味わう前に打ち落とす。

 そうイメージを連想しながら迎撃するとして……。


 両手の<鎖>は、大盾を作り現在は使用中だ――。

 だから<光条の鎖槍シャインチェーンランス>か、腰から鋼の柄巻きを抜いて<水車剣>から、魔槍杖バルドークの<紅蓮嵐穿>の連携か?


 それとも左手の月狼環ノ槍による、魔槍技の新技ができるか試すか?


 無難な連携だと……。

 <血鎖探訪>をソプラに向けてフェイントに使い<水神の呼び声>を発動しつつの、<水月暗穿>の最初の蹴りでジャベリンの下腹を叩くように浮かせてから、弧を描く軌道の槍をキャンセル。

 そこから<邪王の樹>でガチガチにジャベリンを固めてから、魔槍杖バルドークと月狼環ノ槍の二本の槍を用いた<水雅・魔連穿>の空中コンボもいいかもしれない。


 そして、最後の締めに少し遅れたタイミングで、<導想魔手>に握らせた聖槍アロステによる<刺突>でもいい。


 と、一瞬の間にシミュレーションしたところで、


「――閣下! ここはお任せください」


 背後からヘルメの声が響く。

 さっきも暇そうにしていたし精霊の彼女に任せるか。


「――分かった。殺すなよ」 

「はい」


 ヘルメは俺の前に出た。

 水飛沫を纏う冷風が頭部から一気に全身を撫でる――。


 冷たい、身体がぶるっとした。

 前に出たヘルメは俺を守るように細い両手を広げる。


 右手に闇の靄がわだかまる。

 そして、左手に蒼色の水球と円環が発生。


 指先の球根花から輝く紐もそれぞれ伸びている。

 両手の、闇の靄と、蒼色の水球と円環に対して、蛇でも巻き付くように絡みついていた。


 不思議と指先の球根の一つが膨れている。

 さらに輝く紐たちは、いつもと違う色合いで点滅を繰り返していた。


 <珠瑠の紐>の力も加わっていることは分かるが……。


 少し興味が出た。

 <導想魔手>が握る月狼環ノ槍を左手で掴む。

 フリーにした<導想魔手>を足場にして跳躍。


 ヘルメの横に回り込む。

 魔察眼で、闇の靄と蒼色の水球を凝視。

 今までと少し形が違う?


 水球には円環もあるし、ん? 形が変化?


「――優しい閣下を攻撃しようとは、許せません!」


 怒気を込めて喋ったヘルメ。

 怒った表情も可愛い。

 両手をエブエのようにクロスする――。

 両の掌を胸元で合わせた。

 

 闇の靄と蒼色の水球が押し潰れる?


 いや、合体した。次の瞬間――。


「閣下から直に頂いた望外な魔力を得て、獲得した! <闇蒼霊手ヴェニュー>!」


 息を吐く間もなく。

 ヘルメのさむざむとした魔音声が響く――。

 ヘルメの魔音声の息が掛かった両の掌から深淵の闇が広がった。


 おっぱいも良い感じに揺れている刹那――。

 広がった闇の中心点から、その闇を裂いて〝群青色の片目〟が出現――。

 しかも、象形文字のようなモノが周囲に浮かぶ。


 文字に囲まれている群青色の片目はギョロリと蠢く。

 ヘルメが生み出した片目の周囲は時空属性もあるのか、時の流れが遅くなったような気がする。


 いや、気のせいか。

 俺には<脳魔脊髄革命>があるからな。


 すると、

 裂いた闇が渦を巻いて浮いている文字ごと――。

 その出現したばかりの群青色の片目の中に吸い込まれていく。


 ――が、その群青色の片目もぐにょりと折れ曲がるように湾曲した。


 自身の片目の中へと圧縮でもするように小さく縮小しながら球体となった。

 同時にその球体からコルクが抜ける音が響くと箱船が誕生。

 風船のアーチも付いている箱船から妖精のような小さい人型が飛び出してくる。


 そして、ゼロコンマ数秒も経たず――。

 その小さい人型は複数の腕を持つ女の子を象った。


 その女の子は群青と蒼が少し混じった髪を持つ。

 お揃いのオッドアイ色の双眸。

 体は半透明な色合い。

 箱船のマークが特徴の和風衣装を着込む。

 ヘルメと似た水を帯びた衣も羽織っている。


 見た目は弁財天を小さく可愛くしたような姿だ。

 そして、複数の小さい手には……。

 鯛、釣り竿、打ち出の小槌、宝棒、宝塔、琵琶の楽器、宝珠と巻物が括り付いた杖、桃と団扇、笑顔の仮面を持っていた。


 まさに、七福神を体現するような女の子。


 しかし、お尻が輝いている。


『ぐぬぬ、ま、まけた……か、かわゆい……』


 何故か、サラテンが負けを認めた。


 そのまま宙を踊るようにソプラの放った巨大なジャベリン矢に突進を開始する可愛い姿の闇蒼霊手ヴェニュー。


「ヴェニューちゃん、閣下の<白炎仙手しろひげあたっく>を超えるのです!」


 ヘルメは応援するように叫ぶ。

 ヴェニューちゃんか。

 しろひげあたっくの件については指摘はしない。

 霊手と名があるようだが……本当に女の子っぽい。


 光魔ルシヴァル種としてルシヴァルの紋章樹から生まれた特別な精樹眷属のルッシーのような存在? 


 あれも精霊の一つのか? 

 ジャベリンにいったいどんな強烈な攻撃を、え?


 闇蒼霊手ヴェニューちゃん……。

 打ち出の小槌を振るいかけたところで、転けていた。

 そのままぐるんぐるんと前に転がりながらジャベリンと頭から衝突――。


 その途端、闇蒼霊手ヴェニューちゃんから泣き声のような声が響いた。


 銀の矢ことジャベリンは闇蒼霊手ヴェニューの頭部に突き刺さったどうかは分からない。


 闇蒼霊手ヴェニューは、衝突した長い銀の矢と一緒に消失している。


 そして、見事な前転攻撃の効果だろうか?


 心和む色合いの鯛が宙に残って踊っている。


「――ラランの好きな鯛を、わ、忘れた!」


 と、鯛が踊っている側の空間から謎の子供の声が響く。

 小さい空間から霧雨が降ると無数の半透明な子供の手が、その鯛を拾い上げた。

 そして、ゼロコンマ数秒も経たず――。


 映像を逆再生でもするように……。

 子供の手は、霧雨と鯛ごと小さい空間の中へと退いた。

 余韻はない。魔力も一切感じない。

 輝く枯れ葉もなし。


「何、今の……速かったけど……」


 ソプラさんが唖然としながら呟く。

 まさに、そんな感じだ。

 彼女だけじゃない。

 突進しているヘルメ以外はそんな反応だろう。


 下は<鎖>の巨大な盾が展開中だから観客席からは見えてないと思うが……。

 急角度に傾斜している場所からなら見えているかもしれない。


「あ、きゃぁ――」


 ソプラさんは悲鳴を上げた。

 そう、その瞬間、ヘルメの指から伸びた<珠瑠の紐>が、ソプラさんを捕まえていた。


 同時に<珠瑠の紐>の紐が伸びているヘルメの指先から良い匂いも漂う。

 ヘルメの<珠瑠の紐>の輝く紐の効果をもろに味わっているソプラさんは……色っぽい、あへ顔を晒していた。


 美人なだけに変態顔でも魅力的な表情だ。

 しかし、狡猾そうな怪しい媚態があった表情とは、激変したといってもいいだろう。


「閣下、捕縛完了です!」

「おう、しかし、さっきのヘルメの能力は、新技というか……」

「はい。新しい姉妹ちゃんたちのような感じです」


 ヘルメはそう語りながらソプラを俺の足下に移動させてきた。

 <導想魔手>にぶつかる。

 俺は右手に持っていた魔槍杖を消去。


 <鎖>の大盾はまだそのままにするか。

 騒ぎは面倒だ。

 ヒヨリミ様から直に伝わるだろう。

 しばらくすれば、騒ぎも収まるはず。

 あくまでも、しばらくすれば、だが。


 すると、


「あ、あの……シ、シュウヤさんよね……わたしを助けてくれた……」


 申し訳ないといった面を見せているレネだ。

 そして、妹さんをチラチラ見ては、思案する表情を浮かべていく。


 俺はヘルメに視線で『柱に向かうぞ』と合図してから<鎖>の大盾を消去。


 そして、フリーにさせていた<導想魔手>を蹴る。


 レネの側に移動した。

 俺が近くに来たレネは、少し下がり体を震わせていた。

 柱から片足の踵が飛び出て、バランスを崩してしまう――。


 俺は即座に動いた――。


「――そうだよ。レネ、ひさしぶりだな」


 と、柱から落ちそうになったレネを掬うように抱きしめながら、<導想魔手>を蹴り、宙を跳ねて移動――。


「――あ、ありがとう」


 頬を赤く染めているレネ。

 彼女の背中に納まっている魔弓の感触から、相当なマジックウェポンだと想像ができた。


 さて、そんなことより、オフィーリアだ。


「ヘルメ、下に向かってオフィーリアを探すぞ」

「はい――」


 そのままお姫様抱っこ状態のレネを運びながら、<鎖>の大盾を消去。

 ひらりと垣根を越えるようにレース会場に降り立った。

 オフィーリアの姿はない。

 やはり、逃げられたか……。


「おい、わしの大切な魔宝石が付いた黄昏の帽子がない!」

「あれ……魔造家が」

「ナロミヴァス様の紋章が……」

「八支流の別荘の鍵が」

「カラムニアンの侍女が……」

「おい、貴重なエロ本を……」


 近くの豪奢な衣服を着た方々が騒いでいる。

 しかし、挙措動作からしても雅趣の雰囲気があった。


 商人たちと同じく虎獣人ラゼールの傭兵集団に守られていたようだが……。


 盗まれたとは、オフィーリアの仕業かな?

 窃盗団のリーダーらしく抜け目のない早業か。

 まぁ、空に突如とした<鎖>製の大盾の出現だ。


 皆の視線が上に誘導されて、絶好のスリチャンスだったろうし、仕事師なら見逃す訳がない。


 そう、思考したところで、


「おい! 何で人族がそこにいるんだ」

「ああああーもしかして!」

「盗んだのは、黒髪の人族か! 怪しい! 胸に兎人族を抱いているぞ!」


 近くに古代狼族の兵士は爪の槍の矛を俺に向けてくる。


 傭兵団の中に優秀な奴もいた。

 手裏剣のような物を<投擲>してくる。

 俺は即座に、左手に握る月狼環ノ槍を揮った。

 <投擲>してきた手裏剣を打ち落とす――。

 大刀の金属の環、九環刀のような金属部分が震える。


 環から滲むように出現する小さい狼たちが吠えていく。


 レース会場の一部に突き刺さった手裏剣に小さい狼たちが追撃。 

 手裏剣に狼型の穴が空いていた。

 自動カウンター?

 しかも、俺の傷を相手に与えないという意識を汲み取ったような動きだ。


 武器の能力を見た傭兵団の獣人たちは警戒を強める。

 そして、傭兵な彼らと違って、古代狼族の兵士たちは、あまり必死ではない。

 さらに傭兵集団の俺に対する敵対行動を咎めたりはしなかった。


 ま、当然だな。

 この短い期間にすべての古代狼族兵士たちに俺の情報がちゃんと行き渡っているわけではない。

 優れた無線通信的な魔道具はあるとは思うが……。


 そう易々と手に入る代物ではないはず。


 電話が普及していたら世界は変わる。

 そして、こうなることは予想済みで「ヘルメ――」と精霊な彼女に呼びかける。


「はい――」


 とりあえず狼要塞に中に戻るか……。

 いや、ツラヌキ団のリーダーなら――

 と、瞬時に、簡易的なプロファイリングを行う。


 そして、俺の『撤退する、オフィーリアを追う』といった意思を瞬時に汲み取ったヘルメの水幕魔法が周囲に出現していくのを、視界に捉えながら足裏に魔力を溜めた。


 走りながら地面を強く蹴り高く跳躍した――。

 飛翔しながら左手を斜め前に伸ばす。

  <鎖>を射出した。

 高台の一つに<鎖>を突き刺す。

 ちゃんと<鎖>が固定されたかどうかを確認。

<鎖>を引っ張って強度をチェック。

 強度は大丈夫だ。

 アンカー代わりにするように、左手首の<鎖>因子のマークへと一気に<鎖>を収斂させる。

 腕に<鎖>を引き込む反動を受けながら移動するGをレネは感じたのか、


「きゃっ」


 と、胸元から可愛い悲鳴が聞こえた。

 笑顔を意識するが、無言で宙をスパイダーマンのように移動を続けた。


 そのまま高台の天辺に片足の裏から着地――。

 周囲を確認しながら<鎖>を消去。


 そこで、


「――レネ、暫く付き合ってもらうぞ。暗殺の理由もあとで聞こう」

「うん」


 そうして、俺に遅れること数秒後……。


 宙を華麗に飛翔しているヘルメが見えた。

 彼女の腰の側に、<珠瑠の紐>にぶら下がる形で、あへ顔のソプラさんを連れてくるのを確認。


 それを見た、レネは安心した表情を浮かべていた。


 さて、急ぐか――。

 柱を蹴って、<導想魔手>を発動――。

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