四百五十二話 狐追いレース
ヘルメと競争するように上った坂の上は、一つのレース会場の観客席だった。
「――見晴らしのいい観客席だな」
「はい、獣人さんたちがいっぱいです」
ヘルメの問いに頷きながら周囲を観察。
ここは東京ドームで例えるとバックスクリーンの位置ってところか。
スタジアムに備わるようなアッシュグレイの客席だが、そんな客席は、色とりどりの衣装を着ている獣人たちの客で埋め尽くされている。
他のレース会場も、ブルームーンの宿がある大通りの市街地と繋がっていた。一つは、カーマイン色に縁取られた楕円型の会場。もう一つは、鳩羽色の剣と槍が×印の壁が円を縁取る闘技場の会場。
最後は青磁色の市街地を利用した楕円の会場。
それらのレース会場たちへ煌びやかな銀光たちが射していく。
巨大なスポットライトが当たっているようにも見えた。
スポットライトにも見えた光の正体は樹の切れ間からの木漏れ日だった。樹と植物の屋根回廊から降り注ぐ神々しい照明って奴だ。
芸術を感じさせる万朶の天井には、血色の睡蓮のような花々が咲いている。ジョディが誕生した時にも睡蓮があったな。
<霊血の泉>の効果でもあった血の湖面をバックにしながらの、彼女の切ない旋律は忘れない。ジョディの歌のような声を思い出していると、その天井に咲く睡蓮たちの花弁が生き物のように蠢いた。
蠢く花弁から、銀狼の形をした魔力の風が噴き出していく。
宙を舞う枯れ葉の群れは、その魔力の風を受けて、ぴゅうと舞い上がった。その舞い上がる枯れ葉の一部は橙色と紅色を帯びると三日月の形に変形。三日月は、生きた藻かミドリムシ的に微生物でも集結したかのような不思議な見た目となったが、その不思議な三日月は大気に浸透するように消失。この間も三日月に変化した枯れ葉。微生物的な三日月に変化か。
狼月都市ハーレイアだからこそ見ることができる景色の一部。
面白くて美しく荘厳さがある。しかし、同時に不気味さも併せ持つ。
やはり、ここは神狼ハーレイア様と双月神ウラニリ様と双月神ウリオウ様が、直接関係する土地か。その神界の神々を信仰する獣人が多いのだろう……だからこそ、ハイグリアが語っていた言葉が、真実の一端だったんだと分かる。しかし、そう単純ではないのかも知れない。
ヒヨリミ様が腕に取り込んだ竹筒。攻防一体型の武器に装着した聖杯のことを自ら〝呪われている〟と語っていた。
そして、ヴァルマスク家のホフマン一党が根城にしていた洞穴の壁画を思い出す。その壁画には、吸血神ルグナドと双月神ウラニリ様の姿が描かれていた、吸血神ルグナドと眷属たちに負けた影響で双月神ウラニリ様の体は傷ついた姿だった。あの時の壁画と、数時間前に地下で見たウラニリ様の姿と重なった。そういった神々の争いと、この<
そう思考した直後――。
天の樹木屋根の隙間から銀の木漏れ日が周囲に降り注ぐ。
その銀色の木漏れ日は、照明のように観客席に当たる。
芥子色から白緑色に、そして、極彩色へと美しく変化した。
――同時に煌びやかな観客席から彩り豊かな紙吹雪が舞い上がった。
巨大な塔から水蜜桃の色を持つ巨大な旗が上下に振られていく――。
レースは佳境のようだ。観客たちがどよめきの声を上げながら一斉にウェーブをするように立ち上がった。盛り上がる多種多様の声たち。声が、空間を震動させるように重なりうねる。そんな大歓声は、宙に漂う銀色の枯れ葉たちを吹き飛ばしていった。すると、
市街地の通路から楕円したレース会場へと突入していく魔獣たちが視界に入った。
魔獣たちは、ロウガダイル。乗り手たちの姿も確認。
乗り手の衣装は種族ごとに装備も見た目も違った。
ゼッケンはない。そんな乗り手たちが操るロウガダイルが駆けるレース場は、弧を描くようなコーナーだ。先は迷路のようになっている。
「先頭はノイルランナーだぞ! 狐人形も持っている!!」
「――バーナンソー商会が用意した奴だ!」
「道理で! 羊飼いが多いノイルランナーにしては、魔獣の扱いが上手いわけだ」
「百皇狐の
段差のある観客席からの声たちだ。白檀の匂いを漂わせた獣人の商人たち。運搬容器のばんじゅうに積まれている弁当を、そのばんじゅうの両端から伸びた紐を首に引っ掛け、胸にばんじゅうを抱えながら、そのばんじゅうに積まれている弁当を売る獣人たちもいる。
「……主催者側が、急遽用意したという優勝者の賞品……」
「百皇狐の
賞金の他に賞品もあるようだ。
しかし、地下オークション級の賞品だと?
「防御性能といい百皇狐たちの攻撃は凄まじい」
「死者の百迷宮から隻眼のラドラスが持ち帰ったアイテムらしいわ」
「……レシトラス遺跡の探索で活躍したという隻眼のラドラスか」
隻眼?
刀傷の目立つ形で片目が塞がっていた獣人は……。
通りで見かけた
それらしい……武を感じさせる者の存在は、大通りで何人か見かけた。
「そんなことよりレースだ! 俺の予想と違う!」
そう叫んだのは
すると、隣のローブを羽織る商人がレースを見ながら、
「はは、甘いな。マジュンマロンの食い過ぎだホレイショ。あの先頭に立つノイルランナーは、腕利きと聞いた」
「マジュンマロンは美味いだろうが! が、そんな冗談より、あのノイルランナーだ。ついこの間まで、ノーマークの存在だったのに!」
ホレイショという名の
彼か彼女か不明だが、顎にママニのような蠢く髭はない。
魚のワッペンと鹿の頭を突き刺している絵柄が特徴の腕章を身につけている。
「……黒色のマントを羽織るノイルランナーの件は、少し調べたぜ」
「――どんな情報だ?」
ホレイショがローブを羽織る商人に、そう問いかけながら金貨を投げる。
ローブを羽織る商人は、その金貨を尻尾で受け取っていた。
「……八支流、樹海を越えた地域、主に南部地方で活躍中のバーナンソー商会が特別に用意した札付き。要するに曰く付きらしい……ノイルランナーにしては美形だとも聞いている」
「ほぅ、ノイルランナーで札付きか……まさか……」
「……そんな乗り手より、バーナンソー商会のことならホレイショも知っているだろう。あそこは、ピサード大商会とも取り引きがある。そして、ドイガルガ上院評議員が直に持っている商会だからな」
「……人族同士の戦争でも儲かっていて、樹海の各地、八支流とハイム川を東に越えて、古都市ムサカ、別名、豹文都市ムサカに、シクラの羽を大量に卸したという」
「そうだ。最近、この地方で流行中の魔導札を卸したのも……」
「それは知らなかった。あの魔導札もか……コレクションになるしカードゲームも面白いと聞く」
と、ホレイショがローブを羽織る商人に聞いていた。
「あぁ、面白いぞ。アキエ・エニグマという名の大魔術師が開発した。そのカードの中でも、とくに、幸運が増すという効果があるとされる〝黒猫の絵〟が描かれたカードがわたしは欲しい」
その瞬間、ローブを羽織る商人は俺の方に頭部を向けた気がした。
金色の双眸?
魔眼的なモノがあったような気がした。
勿論、ローブ姿だから顔は隠れて見えない。
だが、体内の魔力操作は魔察眼で判断すると巧みな操作だと分かる。
丹田の中心点から魔力がスムーズに体の至る場所に移動していく。
小さい魔印が生まれ消える。
……両目、額、頭部、耳。
だから、普通の商人ではない。
と、分かるが……。
しかし、〝黒猫の絵〟とはな……。
一瞬、頭部を向けた時、金色に光る双眸が見えた気もした。
ロロディーヌのことを暗に指しているのか?
たまたまかな。
「……魔力が回復するカードもあるようだな」
「魔法使いが白金貨を出して欲しがるというレア物。わたしは持っている」
しかし、そんなカードゲームがあるんだ。
そこで、間が空く。レースはまだノイルランナーがトップだ。
「……ノイルランナーは巧みだ。しかし、〝熱波のセバーカ〟の野郎に賭けちまった」
ホレイショが悔しそうに語る。
その言葉に頷いたローブを羽織る商人は女性の声音で、
「熱波のほうも知名度は高い。オッズも本命候補だし、賭けたのは仕方がないだろう。ま、どちらにせよ、レースはまだまだ長い。先頭集団が走っている迷路通りは、まだ中盤だ。これからだ。巨大なコーナーを曲がったところからが……本番となる」
と、レースを分析しながらホレイショをフォローした。
「……直線ルートの長い坂か」
様々に語る方々は、商人、大商会、その組織に所属した幹部たちといったところか。
すると、客席と巨大な塔の間に並ぶ木柱の中にある一つの柱が気になった。
その一つの柱の上に……。
ぽつねんと、立っている一人の兎人族。
兎人族が立つ柱には、魚の形をした布が紐で結ばれていた。
その魚の布は宙を泳ぐように揺れている。
俺には鯉のぼりに見えた。
しかし、そんなどうでもいい布より柱の上に立っているあの兎人族だ。
先ほど通りで見かけたレネと少しだけ似ている。
まさか、妹さんか? あ、離れた――。
兎人族の女性と目が合った瞬間、柱を蹴って高く跳躍してしまう――。
逃げるように去る兎さん。
しかし、両手を広げて羽毛のような小さい翼を生かすように跳ぶ姿は、華麗だ。
兎人族さんは、そのまま違う柱の上に片足を突けると、その柱を反対の足裏で蹴る――。
再び、高く、空でも飛ぶように跳躍した。
そうして、遠くの柱の上へと、転々と素早く移ってゆく。
俺から逃げるように姿を消したが……。
スラリとしたモデル足といい……。
気になる。が、追いかけない。
今は、オフィーリアのことが先だ。
楕円形の最終コーナーを曲がってきた魔獣たちの姿を注視した。
先頭を走る魔獣ロウガダイルに乗っているのは
黒色のマントが似合う。
彼女が、ツラヌキ団の隊長であるオフィーリアだろう。
彼女が操るロウガダイルの後部に、錦木のような色合いの狐人形が刺さっている。
ツラヌキ団のメンバーが、『トップを走っているはず』と、語っていたように彼女が騎乗するロウガダイルは見事先頭に立っていた。
だが、彼女の背後から、他の獣人が操るロウガダイルが迫っている。
まさに――逃げる狐を皆が追う。
オフィーリアは慌てる素振りを見せない。
彼女が操るロウガダイルは頭部を上下させて、口から唾をまき散らしていた。
小さい手で手綱を握るオフィーリアは、その手綱を小刻みに動かし、器用に引く――。
すると、その手綱と繋がった口の轡と馬銜のような金属に青み掛かった魔力が宿る。
その瞬間、ロウガダイルの頭部の揺れが小さくなった。
背後の
僅かに頭一つリードしたオフィーリアが操るロウガダイル。
黒装束が似合うオフィーリアは前屈みの姿勢から俄に上背を持ち上げた。
頭部を晒した彼女――。
落ち着いた表情を見せながら、左右に並ぶ獣人たちを見やる。
さらさらと靡く長髪。
髪の先が、マントの肩の部位に当たった。
空気抵抗的に不利な気もするが、大丈夫のようだ。
そのオフィーリアの左頬には傷がある。
しかし、傷なんて些細なもんだ。
美人さんだからな。
そして、サザーのような、もこもこの毛ではない。
獣人だから産毛はありそう。
ぷゆゆたちの樹海獣人も……。
ボルチッド族、テルポッド族、ソンゾル族のように指の数、毛の色、肉球の柔らかさといった細かな違いはあるようだからな。
そう、思考した瞬間――。
オフィーリアは、自身の小さい体から青色の魔力を発した。
同時に、彼女が羽織る黒色のマントが、風を取り込んだように撓んだ。
意識があるように、ひらひらと自然と舞うマント――。
マントの裏地を縁取る金色の模様がキラキラと煌めいて綺麗だった。
そして、彼女が騎乗するロウガダイルもセルリアンブルーの魔力が抱く。
オフィーリアは<人馬一体>といったような、魔獣とオフィーリアの能力が同時にアップするような魔法かスキルを発動したのかもしれない。
その証拠というように――。
彼女が操るロウガダイルは一段階ギアが上がったような加速を示す――。
そんなスキルを発動したオフィーリアを追いかけようと――。
背後のロウガダイルを操る獣人たちも、切り札を出す。
それぞれに違う色合いの魔力を体から発して、魔獣を、その魔力で包む。
二番手の
厳つい
その、彼か彼女か不明の
テール・トゥ・ノーズか?
そして、空気抵抗を利用してパワーを得たのか
その追い抜く際に、オフィーリアのロウガダイルの尻に刺さっていた狐人形は、その
半馬身程引き離された形で、二番手に落ちたオフィーリア。
しかし、狐人形を奪われても、その表情にあまり変化は見えない。
想定していた通りなのか、冷静だ。
ツラヌキ団を率いているだけはある。
あ、三番手だった樹海獣人にもオフィーリアは並ばれてしまった。
大丈夫か、オフィーリア隊長!
あれ、いつの間にかツラヌキ団の隊長を応援している俺がいる。
自然と、手に持っていた月狼環ノ槍を持ち上げていた。
ま、背が小さいとはいえ、アムのように美人の隊長さんだからな。
と、レースに集中している俺だが……。
外套の尻部分がめくれた感触を得た。その瞬間――。
「お尻ちゃん!」
とヘルメの楽しそうな声が響く。直ぐに尻から冷たい感触を再び得た。
が……気にしない。レース会場は一気にヒートアップ。
観客のボルテージが膨れ上がる。色とりどりの紙吹雪が噴水のごとく舞い上がった。
巨大な塔の上部とワイヤーのような金属で繋がっていた大きい観客席も揺れていた。
籠のような入れ物と似ている観客席は……一種のアトラクションに近い。
気持ちは分かる。レースは手に汗握るという奴だ。
そうしたところで、レースの終盤らしい盛り上がりを演出している三頭を見やる。
信号のような魔力を纏った三頭のロウガダイルと騎手。
再び、その三頭のロウガダイルは、一列に並び揃う。
おぉ、思わず声が漏れる。
しびれる展開だ。魅せるな、このレース。
この先どうなるのか、まったく読めない。
カザネだったら未来を予測してだれが勝つか読めるのか?
オフィーリアは勝てるのか?
彼女が操るロウガダイルは、神獣ロロディーヌのような爆発的な末脚を持つのか?
三頭はスリーワイドとなって、一直線に駆けてくる。
最後の長い長い直線ルート。
坂道だってのに、狭霧のような土煙を発生させている三頭の加速が続く。
しかし、長い直線だ。
あの魔獣、ロウガダイルたちは、スタミナがある。
そして、緊迫感を醸し出すレース中だが……。
ヘルメは、レースではなく、違うことに夢中だ。
そう……まだ、俺の尻に向けて水鉄砲を飛ばし続けていた。
時々、外套がめくれるのは彼女の仕業だ。
「お尻ちゃんの筋肉ちゃんがいいですね!」
と、声を上げている。
まったく……美人な精霊のくせに。
だが、そんな些細な彼女の楽しみも、わしゃわしゃとした小熊系の樹海獣人に話しかけられて中断している。
小熊太郎こと、ぷゆゆと似た獣人との会話は面白い。
前に通りで見かけたカウボーイハットをかぶったテルポッド族ではない。
帽子はかぶっていないが、可愛い小熊系の『テディベア』の姿だ。
俺も常闇の水精霊と小熊が織りなすコミカルな会話に参加したかったが、無視。
『ぷゆゆ侍はどうしているかの』
サラテンはヘルメと小熊の話に興味を抱いていたらしい。
そんな思念を寄越してきた。
侍とは、過去に、沸騎士たちの会話でも聞いていたのか?
侍という思念を送ってきたが……。
その件についての指摘はしない。
再び、レース会場に視線を戻す。
直線ルートの先にゴール板のような高台がある。
その高台の下から真横の反対側の高台まで、目玉焼きのマークを記す薄い垂れ幕がかかる。
あれがゴールか?
何故、目玉焼きの絵柄なんだ?
と、疑問に思ったが、まぁ、あれがゴールなんだろう。
そして、コーナーの位置にあったような巨大な塔ではないが。
そのゴール板を意味する高台の横では、桃色の旗と黒色の旗がクロスしつつ上下に行き交う。
あの揺れ交うフラッグは、先頭集団ではない後続の乗り手たちに向けたステータスフラッグ風の意味でもある?
レース状況を伝える意味でもあるのだろうか。
そうして、先を争う三頭は並びながらゴールへと向かう。
もうゴールは目の前だ。デッドヒートを演じる三頭の内、だれが勝つのか!
次の瞬間――。
前に出た
それは
魔力に紛れている突起物が槍の矛状に変化を遂げた。
その槍の突起物を備えた煙は、
――最初に、その魔力の煙が向かったのは樹海獣人の乗り手。
樹海獣人は、手綱を煌めく剣のように変えて、槍の突起物を捌いて払うが、一度、払うことに失敗すると、肩を穿たれた。その肩から鮮血が迸る。
そのまま混乱するように手綱を手から落とし、魔獣の速度を大きく落とした。
樹海獣人はポーションを飲み回復するが、先頭集団から後れを取る。
当然、その速度を落とした樹海獣人と同じく――。
その突起物が混じる魔力の煙は――。
セルリアンブルーの魔力が包むオフィーリアにも襲い掛かった。
オフィーリアは微笑む。すると、その突起物が混じる魔力の煙に自ら突貫した――。
黒マントを靡かせた疾走だ。突貫すると同時にオフィーリアの背負う黒マントが、そのオフィーリアを守ろうと、頭の上を覆うように捲れた。そのマントの内側が強く煌めいた。
その煌めきは、金色の印のような小型魔法陣を瞬時に生み出す。
小型魔法陣から細かな金色の矢が飛び出していく――。
その金色の矢と魔力の煙が衝突していく。
突起物と魔力の煙は、金色の矢と相殺するように消える。
オフィーリアのセルリアンブルーの魔力も勢いを増した。ロウガダイルは駆ける。
オフィーリアの切り札はマントだったのか。
セルリアンブルーの魔力で身を包んだオフィーリアはしたり顔で、
一位でのゴール。優勝はオフィーリアだ。
まさにツラヌキ団の隊長としての結果を残す形だ。
ゴール横から、トップチェッカーのような桃色の旗と黒色の旗が振られている。
大歓声が響く――レースの中盤辺りで、色々と語り合っていた商人たちからも叫ぶ声が聞こえた。白熱したレースだったしな、皆も興奮しているんだろう。
そういう俺も自然と拍手していた――興奮したよ。
うん。思わずポケットから魔造虎たちを出して、お手玉をしたくなるぐらい。
「閣下、レースは終わったようですね」
「――終わった。確保予定の隊長が見事に勝ったようだ。で、ヘルメさんよ。俺の下半身は、びちょびちょなんだが?」
と、笑うように睨む。
「!? 気付かれていましたか!」
常闇の水精霊ヘルメは、わざとらしく、にこやかに笑っている。
一瞬、《
レース後の余韻を感じさせず、すぐに表彰式となるようだ。
「ヘルメ、遊びはそろそろ仕舞いにしろ。ということで、久しぶりの掃除を頼む。ま、目立つと思うが、今、皆が注目しているのは、すぐそこのレース会場だからな」
「はい! おまかせください!」
側転機動で素早く隣に移動してきたヘルメ。
華麗に、おっぱいを揺らしながら細い両腕を左右に伸ばす――。
ヘルメの腕先と腋の間から煌びやかな水の群れが発生した。
地面へと放物線を描くように放たれている水の群れは、俺の足下を半円で囲う。
その半円を描いた水は生き物のように、しゅるしゅると音を立てながら残りの半円を描ききるように素早く移動していく。
そうして瞬く間に魔法陣のような円を描いた液体はぷっくりと膨れて、虹を生み出すように噴き上がって周囲と隔絶する水の膜となった。
そんなヘルメの水の膜の内側にいる俺はヘルメに抱かれるように水に包まれた。
自然と<精霊珠想>を意識――常闇の水精霊ヘルメと一体化することによる特殊な仙技。
この俺を包みゆく水は素直に気持ちがいい。桃源郷のような気持ちを齎してくれた。 その常闇の水精霊ヘルメの水による体の掃除はゼロコンマ数秒も掛からず終了した、少し切ない。その僅かな間に、俺を包んでいた水の膜も常闇の水精霊ヘルメの下に収縮し収斂する。掃除をしてくれた神秘的な液体ヘルメに感謝。そのヘルメの神秘的な液体は目の前に集結している。それを凝視、水面は鏡のように見えるが鏡ではない。ヘルメの美しい表情が一瞬映ったが、直ぐに星々を意味するような色合いに変化した。いつ見ても不思議だ。
<仙魔術>と水神アクレシス様が作用した<精霊珠想>が常闇の水精霊ヘルメの力。
暗黒時代を彷彿とさせる深宇宙から生まれたばかりの恒星のような輝きを見ているような気にさせる。闇色と群青色の海の中を輝くダイヤモンドの粒が漂流しているような神秘的な液体だ。ヘルメの親族か? ヘルメが成長している証し?
可愛らしい七福神を彷彿とさせる存在たちを乗せている箱船が見えた。
そんな神秘的な映像を展開しつつ目の前に集結したヘルメの液体。
丸く集結した液体ヘルメから、細い片腕が、にゅるりと俺の胸元に伸びた。
ピアノでも弾けそうな指たちが優しく外套越しに触れる。
その細い腕が『クラインの壺』を象りながら、ぐにゃりと変形――。
『閣下……』
と、同時に彼女の温かい心が伝わってくる。更にヘルメの新しい心臓部か?
アニュラスのような指輪の円環が重なった大事そうな、秘部を、わざと晒してきた。
そこから、瞬く間に――常闇の水精霊としての美しい群青色が映える女人の姿へと変身を遂げる。
「――閣下、完了しました」
その笑顔にドキッと魅了されたが、顔には出さず、
「おう」
と、無難に返事をした。
すると、隣で、今の光景を見ていた樹海獣人が集まってきた。
ぷゆゆ系の毛むくじゃらの可愛いやつらだ。
「何だ、何だと――」と、叫んでくるが無視だ。
いちいち、気にしない。
近くの樹海獣人以外は、レース会場を注目している。
当然だ。俺とヘルメは観客に過ぎない。
レース会場の主役は、あの獣人たちだ。
俺の思いと同調するように会場の全体から、ファンファーレの音が鳴り響く。
レース会場の左右から様々な獣人たちの姿が現れた。
主に樹海獣人たちが多い。
そして、種族ごとに動作が違う集団体操を披露していく。
マスゲーム風の演技は、民族舞踊と組体操を合わせたようなダンス。
その不可思議ダンスを繰り広げながら動植物の絵柄を集団で作り出していった。
蜘蛛の巣のようなマークから、最後は、ロウガダイルの魔獣の姿となる。
ロウガダイルの魔獣が吠える仕草で集団体操はストップ。
舞台の幕へと消えていくような特徴を持った動きをしながら散っていく。
中には、中央に残り独特の踊りを、披露し続けている樹海獣人たちもいる。
端から古代狼族の兵士たちも登場した。
重装歩兵に似た古代狼族の兵士たちだ。
俺たちが地下で宝物庫に突入した際に遭遇した兵士たちと似ている。
あの時とは見た目が少し違うか。
古代狼族たちの両手の爪は、儀式用の爪の槍と化していた。
そして、傭兵集団を引き連れた大柄な
その傭兵集団に守られる形で、この狐追いレースの主催者グループと目される臙脂色を基調とした豪奢な衣装を身に纏う商人たちも現れる。
独自の盆踊りを披露していた樹海獣人たちは左右に散った。
すると、その散ったところの中央に白萩色の大きな式台が用意される。
弦楽器を肩に抱えた樹海獣人たちによって音楽が奏でられる。
正式な表彰式が始まった。
白さが際立つ巨大式台の近くにはオフィーリアの姿も見える。
最後まで争っていた
あの樹海獣人。
名前は知らないが、見た目は、ぷゆゆの小熊太郎系。
歓声に応えているように手を振っているから、どうもしっくりこない。
その式台に
そんな彼女を大歓声が包む。
両手を挙げて、嬉しそうに微笑むオフィーリア。
そんなオフィーリアに賞金の古代紫色の包みと白色の毛に包まれたマフラーのようなアイテムが手渡される。
その直後――違和感。
称号:覇槍ノ魔雄の効果か不明だが、顔に〝痛み〟のような感覚を覚えた。
首筋の傷痕の<夢闇祝>ではない。首から血は流れていない。
悪夢の女神ヴァーミナから取り込んだ力も関係しているのかもしれないが……。
デジャブ、既視感の類い。
この痛覚……覚えがある。
『妾も感じたぞ! 器! 右上を見ろ!!!』
サラテンの警戒した電波が響く。右を見たら、え? 柱の上に兎人族が――先ほど視線が合った際に、逃げていった兎人族ではない。羽毛が生えた両手は……右手に持つのは魔弓? あれはレネか? まさか……彼女は、嘗て、俺を狙ったように……壇の三人の誰かを暗殺する気か? 背中に特徴ある形の矢筒を背負っている。が、もうすでに禍々しい魔力を宿す矢を左手の指に数本掴む。
連射も可能という感じだろうか。細長い矢の鏃部分から怨念めいた黒色と幻影の髑髏の群れが上下左右に飛び交っていた。右手が握る魔弓からライトグレー色の魔力が発せられていく。その魔力は標的との距離を測るような風でも読むような動きを示す。まだ、その右手の魔弓に禍々しい魔力を宿す矢を番っていない。俺を射貫いた時も、あんな感じだったのか?
すると、左手の指で挟むように持っていた禍々しい魔力を宿す矢を弦につがえる。距離にしたら数百メートルはあると思うが……あそこから狙う気か。
そして、弓張りの月でも表現するようにスカイグレーの魔力が包む弦が引かれていく。レネの周囲を舞っている輝く枯れ葉たちは鏃が放っている黒色の髑髏たちに触れると萎れるように消失していった。
レネも禍々しい矢から自身を守るようにスカイグレー色の魔力を放つ。
魔弓の分厚いアッパーとロアーの部位からも同じスカイグレー色の魔力が放たれた。彼女の周囲の気流が荒れるように激しく魔風が行き交う――鯉のぼりのような布が激しく揺れていた。暗殺対象がオフィーリアだったらヤバイ。
「ヘルメ、あそこで矢を放とうとしている兎人族がいる。止めるぞ――」
「え?! はい――」
レネだと思うが、ここの位置だと、まだ推測の域をでない。
ヘルメを置いていくように即座に階段の横を駆けた。
客席の合間を駆けていくから、注目が集まるが、構わない――しかし、レネだと思う兎人族とは距離がある。間に合うか? 魔闘術を身に纏う――足に込めた魔力の配分を強めた。レネだと思う兎人族が立つ柱へ向け、跳躍した――宙を直進しながら<導想魔手>が握る月狼環ノ槍を確認――。
右手に魔槍杖バルドークを出す。<鎖>でスケートボードは作らない。大きな盾を作る――。
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