四百四十七話 ロロの腹の魅力&森屋敷の沼
ヒヨリミ様は微笑みを浮かべている。
アイムフレンドリーが通じたかな。
近くで見たらあまり目立たない皺を見つけた。
しかし、ヒヨリミ様は視線を鋭くさせてきた。
ヘルメとジョディたちの周囲に絡んで浮かぶ宝物群に近寄っていく。
ヘルメの十本の指先から伸びている蒼と黒に輝く紐の<珠瑠の花>は美しい。
そして、ジョディの扱う白色の蛾も美しい。
ジョディが生み出している白色の蛾は無数に存在する。
その蛾は己の口と翅から血を帯びた白銀の糸を放出していた。
それらの紐と糸で絡めた宝物は宙に幾つか漂っていた。
ヒヨリミ様はそんな彼女たちの能力を見て感嘆したような表情を浮かべる。
しかし、宝物庫の品を調べることを優先したようだ。
俺がよくやるような……。
指先か、木の枝を使ってのツンツクツン。
といったようなことはしない。
宙を漂う宝物たちを下から覗くようにチェックしていくヒヨリミ様。
そうして、確認を終えたヒヨリミ様。
胸に片手の掌を当てながら頷いている。
ほっと安心したような素振りから、俺に笑顔を見せてきた。
宝物の回収を急いだ結果だが……俺の勝手な判断だ。
だから謝っておこう。
「……宝物を勝手に運んでしまってすみません」
「謝る必要はありません。宝物庫の状況を考えれば、当然の選択」
「良かった。では、この宝物をお返ししたいのですが」
「あ、このまま、この能力で、上の部屋まで運んで下さると非常に助かります。なにしろ……この宝物たちは呪い、魔力、スキルと、持ち主に対して様々な効果を与える品物ばかりですからね」
「了解しましたが……」
俺はヘルメとジョディの能力で絡んだ状態の宝物群を見る。
呪い……。
二人とも宝物たちを直に持っていないから大丈夫だよな?
と、双眸に意味を込めながらヘルメとジョディを見る。
彼女たちは「ふふ」と笑ってから、
「閣下、<珠瑠の花>は平気です」
「あなた様、<光魔の銀糸>も大丈夫です」
「おう、頼もしい能力だ」
と、話しながらもヒヨリミ様を見る。
ヒヨリミ様は、俺の右手に視線を向けていた。
右手というか、槍を注視している。
これは、双月神ウリオウ様が齎した槍。
狼たちの幻影を穂先から発する特別な槍だ。
ハイグリア曰く……。
嘗て、アルデルという名の古代狼族が使用していた槍。
――名は月狼環ノ槍。
柄に刻まれた古代文字の一部はエクストラスキル<翻訳即是>のお蔭で読めた。
魔槍技:<影狼ノ一穿>と記してある。
他にも文字はあるが……。
結局、読めた部分はこの技名のみ。
この<影狼ノ一穿>という<魔槍技>は実戦を積めば、いつか使えるようになるのかな。
ヒヨリミ様は、まだ見つめ続けている。
どことなく悲愴を感じさせる表情に変化しているが……。
月狼環ノ槍とヒヨリミ様か。
御伽噺にもあった悲憤の出来事と関係があるってことかな。
「……その武器は……」
ヒヨリミ様は弱々しい声を発した。青い目が揺れている。
一筋の涙が……頬を伝っていた。
月狼環ノ槍を見てヒヨリミ様は泣いてしまった。
そのヒヨリミ様の涙に呼応するかのように月狼環ノ槍が揺れた。
環の金属の群れが穂先の峰と螻蛄首辺りの金属と擦れてジャラジャラと音を発していく。
音は不協和音ではない。勿論、金属系の音は音だが、不思議な余韻を残す切ない音だ。
この月狼環ノ槍がヒヨリミ様に対して、何かを語り掛けている? そんな声音にも聞こえた。
すると、涙を流していたヒヨリミ様の虹彩に煌めきが増す。
その輝きを発した双眸から涙を覆うように滲み現れる小さい月と狼たちの紋様。
直後――。
ヘルメの
振動を繰り返す宝物は竹筒。
見た目は古い竹筒だ。
しかし、竹筒には魔力が尋常じゃないほど内包されている。
宝物庫に保管してあった物だから当然か。
ヒヨリミ様はその震えている竹筒を凝視……。
首を縦に振り、頷く。
そして、すぐに俺に青い目を向けてきた。
「……シュウヤ様の持つ、その神槍は、〝小月様と狼たちの絆がある槍〟ですね?」
ヒヨリミ様はハイグリアと同じことを聞いていた。
「はい」
俺は恐縮しながらも、短く返事をする。
「やはり、そうでしたか。しかし、今は……」
ヒヨリミ様は月狼環ノ槍のことも気になったようだが……。
「凛々しい神獣ロロディーヌ様ですね。ご活躍は聞いています」
ヒヨリミ様は
「ンン、にゃお~ん」
ヒヨリミ様は「元気なお声ですね」と小声で呟きながら微笑みを
しかし、
「この者たちは……」
「婆様! 神獣様が捕らえているノイルランナーたちはツラヌキ団のメンバーです!」
「神獣様が……」
「はい、神獣様は凄い! 捕まえたノイルランナーが盗人仲間の方向を示す前に、このノイルランナーの臭いだけで、ツラヌキ団のメンバーを追った動きは正確。嗅覚は、わたしたちを超えています! 無限に広がる地下洞穴も形無しです!」
「にゃ、にゃ~ん」
「きゃぁああ」
「うあぁぁ」
褒められて嬉しい
触手で雁字搦めにした二人の
ハイグリアとヒヨリミ様は、唖然とするが、
「……今、回っているノイルランナーの一人は、宝物庫の中へと侵入を試みようとしていたメンバーです」
「どうして宝物庫の場所を把握できたのか、謎ですね、ツラヌキ団……」
ヒヨリミ様は釈然としないというように、宙にぶら下がる
このアラハとツブツブの
さっき、相棒のくすぐりの刑で仲間の集合場所をぽろりと吐いていた。
そして、彼女たちの処遇はハイグリアに許可を得ているが……。
ヒヨリミ様にも許可を得た方がいいかもしれない。
「……このツラヌキ団の処遇の件は、ハイグリアにも伝えてありますが、俺に任せてもらえませんでしょうか」
「はい。神獣様が捕まえたノイルランナーたちです。その神獣様を使役しているシュウヤ様に当然権利があります。わたしの許可なんて必要はありませんよ。ただ……」
「ただ?」
「狼将たちが知れば黙っていないでしょう」
大狼妃ヒヨリミ様は、絶対的な君主ではないということか。
「覚えておきます」
「大丈夫ですよ。元より神獣様が動かなければ宝物庫の品はすべて盗られていたはずですからね……それよりも……」
ヒヨリミ様は語尾のタイミングで、俺の背後で会話の様子を見守っていたバーレンティンたちのことを睨みつける。
「そこの吸血鬼たち。血の臭いを巧妙に隠しているようですが……わたしは騙せませんよ?」
あ、そういうことか。
さっきの冷笑は俺ではなくて……。
この墓掘り人たちに向けられていたものだったのか。
金色の前髪を揺らしながら、頭部を上げるバーレンティン。
「……騙すつもりはない。そして、勘違いをしているのかは不明だが……そこの
涼しい表情を浮かべていたバーレンティン。
喋っている途中から私情を隠さず、俺に対しての向背を明らかにした態度を取った。
俺には目端が利く態度に映ったが……。
バーレンティンの言葉と態度を見たヒヨリミ様は眉間に皺を寄せた。
ヴァンパイアたちが気に入らないようだ。
というか当たり前か……どんなに理知的なヴァンパイアといえど、そのヴァンパイアと古代狼族は争い続けているんだから。
ヒヨリミ様の圧力を受けた墓掘り人たちは警戒態勢を取った。
それぞれ所持する武器の柄に手を当てながら体内魔力を活性化させる。
バーレンティンが仲間たちの動きに即座に反応――。
『この場は押さえろ』という意思が込められたように左腕を振るう――。
指先の指輪の一つから魔力の糸のようなモノが宙に伸びていた。
ヒヨリミ様は、その態度と能力の一部を見て『気に食わない』という意思を眉間に表すように皺を徐々に増やしていく。
全身からも魔力を発し始める。
大狼后としての威厳を合わせた圧力を持った凄まじい視線をバーレンティンに向けて、睨みを続けた。
墓掘り人たちはバーレンティンの指輪から伸びる魔力糸を見て警戒を解く。
が、ヒヨリミ様と墓掘り人たちとの間では、溝があった。
剣呑な雰囲気だ、ここは俺が収めるか……。
と、思ったところでヒヨリミ様は、ハイグリアに対して視線を向ける。
そのアイコンタクトの意味は、『神姫という立場の貴女が吸血鬼と共に動く?』といった気持ちが込められていることは確実だろう。
「……ヒ、ヒヨリミ婆様。こ、これにはわけが……」
ハイグリアは強く動揺してしまった。
だが、これはハイグリアの責任じゃない。
俺は、その思いをはっきりと伝えるべく――。
怒っているヒヨリミ様に謝意を表す態度を取りながら、
「すみません。おこがましいことを申し上げますが――」
一歩、前に出て胸を張る。
そして、背後に居る仲間たちに向けて腕を伸ばした。
「このバーレンティンとヴァンパイアたちは、現在、俺の部下という立場です。ハイグリアには一切の責任はありません。俺が、彼ら墓掘り人たちを信用し、この場に連れてきました。その行動の責を問うならば……それは俺の責任ということです」
そう強めに言葉を吐いた。
ヒヨリミ様は、俺の言葉を聞いた瞬間、目を見開く。
険しかった表情を緩ませるように崩す。
笑みを意識するように愁眉筋と頬も動かす。
細い銀色の眉を上下させながらハイグリアと俺のことを交互に見比べるように見つめてきた。
ヒヨリミ様の目は澄んだ水のように美しい。
そして、豊麗線も綺麗だ。
ハイグリアは、この美しいお姉さんのようなヒヨリミ様を婆様と呼ぶが……。
やはり、初見通り、婆さんには見えないな。
婆さんといえば、サイデイル村に棲む呪術師のバング婆さん。
札をエヴァとレベッカにプレゼントしていた。
そんなバング婆さんの不思議な茨系の呪術魔法を思い出していると……。
ヒヨリミ様が、口元を緩めて独特の表情で微笑む。
「ふふ。シュウヤ様はハイグリアのことを気に入ってくださっているのですね。非常に嬉しく思います」
「……ハイグリアとは約束がありますから」
約束の言葉を聞いたヒヨリミ様は、興奮したように鼻の穴を膨らませた。
そして、ハイグリアをチラリと見てから視線を俺に戻す。
「……約束。はい。神姫ハイグリアを含めて古代狼族たちの一隊を樹怪王の軍勢から救って頂いた話は聞いております。本当にありがとうございました」
「当然のことです。鹿頭の連中がサイデイル村に攻めてきたんですから」
「ふふ、リョクラインは、偉大な方と話をしていましたが、本当のことなのですね」
「……偉大ですか……正直な話、俺には分かりません。いや、一人の偉大な方から薫陶を受けた覚えはあります。しかし、どうでしょうか……聊か、語弊があるように思えます……」
リョクラインが、俺のことを大袈裟に説明したようだ。
「ふふ、その物言いが既に……英傑。その英傑のお師匠様にもお礼をしたいところです」
「……英傑とは、また、なんとも」
「何をいいますか。このわたくしに対して、物怖じせずハッキリと自らの意思を語った。短い言葉でしたが、力強かった。その心意気こそが、偉大な証拠。その気概を見て……確信致しました。リョクラインの言葉に嘘はなかったと……」
「リョクラインは随分と力を込めた説明をしたようです」
「……良い男……」
ヒヨリミ様はボソッと呟く。
ハイグリアをまたチラッと見た。
俺に視線を向けなおし、
「ふふ、出身、種族を問わず気に入った者たちを眷属と仲間に迎え入れて〝新紀元を開く〟方だと強い口調で聞きました。緊急時の状況を判断する力もスバ抜けていると。そして、眷属と身内の安定と平和のために……いつも
リョクラインか。
彼女の妹さんを助けたからなぁ。
「……ありがたい評価です。しかし、価値観とは、主観の相違で変わります。だからこそ、何が正しいのか悪いのか、結論は分からない」
そう、正直にいえば俺は血を好む種族。
偉そうに述べているが、秤に掛けることだってある。
エロな本質も変わらない。
「……ふふ。深い考察です。光魔ルシヴァル、混沌の種族と聞いていますが……素晴らしい観念をお持ちのようですね。混沌だからこその柔軟性。すべてを受け入れ、水のごとく流れるままの精神を持つ御方……あ、もう知っていると思いますが……わたくしの名はヒヨリミと申します。よろしくお願いしますよ」
そう、気さくに話をしてくれた。
しかし、リョクラインから話を聞いていたとはいえ……。
この短い会話で俺を分析したのか。
カザネのような力はないと思うが、やはり婆様なのかもしれない。
そして、畏怖とはまた違うが……。
初見に感じた威厳さを言葉の節々に感じる。
リスペクトをもっと強めよう。
「……はい。シュウヤ・カガリと申します。以後、お見知りおきをヒヨリミ様」
「礼儀正しい。ハイグリアが惚れるのも分かります。吸血鬼のことは差し置いて、その
「ありがたき幸せ」
ヒヨリミ様に一礼。
「……ふふ、もう一度、あえて言いますが、本当にいい男です。ハイグリアにはもったいない……」
ヒヨリミ様は女としての顔を見せる。
頬が、まだらに朱色に染まっていた。
「ええ!?」
「……ハイグリア、冗談です。それでは、ここでの話はお仕舞にして、続きの話は奥の間で行いましょう」
冗談には思えないヒヨリミ様から迫力が伝わってくる。
そのヒヨリミ様は、熱を帯びた女としての視線をもう一度俺に向けてきた。
礼儀正しい所作で頭を下げてくる。
俺も即座に反応して頭を下げた。
頭を上げて、ヒヨリミ様を見ながら、
「分かりました。ツラヌキ団と背後の仲間たちも一緒にですが、よろしいでしょうか」
「最初からそのつもりです。ささ、皆様も、階段を上がった先の、わたしの部屋にご案内致します。勿論、ハイグリアも一緒にですから、ね?」
ハイグリアに向けてウィンクするヒヨリミ様。
「は、はい!」
「ふふ、いつものハイグリアですね。よろしい!」
ハイグリアの様子を確認したヒヨリミ様。
笑みを浮かべてから、深く頷く。
そのまま踵を返して階段の方に歩いていった。
その歩く姿には品がある。
淑やかな腰フリも魅力的だった。
大狼后様だから当たり前か。
そんな雰囲気を醸し出す大狼后ヒヨリミ様を彩るように……。
ヒヨリミ様の足下へ花を撒く古代狼族の女性たちも仕事をしながら歩いていく。
その花を撒く女性の一人が振りむいてきた。
頭を下げる。
しかし、その礼をしたせいで胸元の籠から花弁がこぼれ落ちた。
俺はすぐに駆け寄った。
「手伝います」
「は、はいです、すみませんです!」
と、お?
拾った花弁は温かい。
花弁に魔力を内包していることは、分かっていたが……。
『ホッカイロ』のような機能を持つ花弁なのかな?
と考えて花弁を擦ったら――。
花弁は千切れてしまった。
ヤヴァッと、急ぎ、ごまかすように――。
他の落ちている花弁を拾う――。
拾った花弁を女性に手渡してあげた。
「あ、ありがとうです!」
小柄な花を撒く古代狼族の女性は元気よく頭を下げる。
と、また、胸元の籠から花弁を落としていた。
「あぁっ」
おっちょこちょいな古代狼族の女性だ。
目元がくりくりとして、顔も丸っこいし小顔で可愛い。
俺は笑いながら<導想魔手>を瞬時に発動――。
その<導想魔手>で包んだ花弁たちを古代狼族の女性の前に運んであげた。
すると、古代狼族の女性は驚いたような表情を浮かべる。
<導想魔手>が包む花弁たちを見ては俺の顔を見つめてきた。
次の瞬間、古代狼族の女性は頬を真っ赤に染める。
そして、また頭を下げて、
「あ、ありがとうで、です!」
と、また籠から花弁を落としそうになったから彼女の胸元の籠を押さえてあげる。
「――何をしているんだ、シュウヤ! まったく、ヒヨリミ様だけでなく、イチャイチャと!」
「閣下の女殺しが炸裂!」
「ふふ、あなた様はお優しいですからね」
「わたしにさえ優しかったからな。誰にでもああなのか?」
「優しいシュウヤ兄ちゃん、女殺し? 犯罪者なのー?」
「ンン、にゃんお~」
黒豹ロロディーヌが俺の代わりに皆の問いに答えながら、触手の裏側の肉球で俺の尻を叩いてくる。
クッションのような肉球の感触から何かを感じた。
そんなやり取りをしていると花弁を足元に撒く仕事の女性は、恥ずかしかったのか、籠を大事そうに抱えながらヒヨリミ様の隣に駆け寄っていく。
女の子走りのあの子の名前は聞けなかったが、その走る様子は微笑ましい。
そして、おっちょこちょいな花を撒く女性の衣装は黒衣の方とは違う。
花柄模様が、ちりばめられたシースルー系の衣装だ。
腰と太腿に繋がった細い金具が、胸元の花弁が入った籠と連結している。
魔力を放つ香具の花袋も腰とお尻の部分にぶら下げていた。
お洒落な鈴付きの腕輪も装着している。
ヒヨリミ様は、花柄の衣装が似合う古代狼族の女性に向けて優しげに語り掛けながら、花弁を足下に撒く係の女性たちを侍らせて階段を上がっていく。
階段で待っていた黒衣を着た古代狼族の方々も一緒だ。
キコとジェスと呼ばれていた黒衣を着た女性たち。
すると、彼女たちが杖の先端に小さい口を当てる。
また楽器を使うようだ。
笛の音を鳴らし始めた。
その途端、甲高い歌声が彼女たちの左右の位置から響いてくる。
さっきは歌が聞こえてこなかったが。
ソプラノのような歌い手もいるとは……。
その歌い手も黒衣を着ている。
ここの位置だと、その歌い手の顔は分からない。
迷宮の宿り月の宿屋で、歌手活動を続けていると思われるシャナの歌声には負けるが。
この古代狼族の歌い手も中々に声音が美しい。
ま、迷宮の宿り月のシャナはエルフの見た目だが……実は人魚だからな。
彼女は次の冒険のために、歌手&冒険者活動を続けて、お金を貯めているはずだ。
しかしこの古代狼族の歌い手も中々だ……。
『アベ・マリア』でも聞いているような気分となった。
19世紀だったかな、ドイツのシューベルト。好きだった。
まさか、ロマン派音楽の作曲家さんが転生者として……この惑星セラの大地に……。
俺は日本人だから日本の転生者ばかりを注視するが、金髪さんも多いし、中には、欧州からの転生者もいるだろう。
そんな調子でヒヨリミ様たちは黒衣の歌劇団を連れて階段を上がっていく。
「シュウヤ、わたしたちも上ろう」
笑顔のハイグリア。
音楽に合わせるように尻尾を左右に揺らしていた。
「おう、行こうか――」
俺は背後に居た仲間たちへ振り向きながら、
「皆も向かうぞ」
と、腕を上げる。
「はい」
「分かりました」
「承知」
ヘルメとジョディにバーレンティンが頷く。
墓掘り人たちもそれぞれ頷いていた。
俺を信用していないと語っていたヴァンパイアの女性を注視。
彼女は中々に美しい。
輝きを放つアッシュピンクのアイシャドウが目立つ。
化粧のアイシャドウにも魔力が宿っているんだろう。
大きな碧眼の瞳をより、くっきりと魅せていた。
綺麗で可愛い。ジロッと睨んでくる。
そんな睨みを見せる彼女の胸元は……。
外套はカーディガン系。
カーディガンの下にV字に近いプランジングネック的な革鎧を身に着けている。
紅色の魔力を宿した硬い革鎧と分かった。
しかし、【紅虎の嵐】のベリーズ・マフォンのような爆乳ではない。
ストラップレスのブラジャー系が包む程よい大きさの乳房を持っていた。
革鎧はタセットもあるが動きやすさを重視しているのか、波と葉が合体した形状でイヤンな露出が多い。
太腿とパンティが見えていた。足元の装備も紅色のブーツだ。
一瞬で視線はエロ紳士として逸らしたが、<脳魔脊髄革命>のお陰で、そのパンティは、脳の海馬体にスーパーナチュラル的に記憶として刻まれている。
ヴァンパイアの彼女は背中に特徴的な武器を持つ。
巨大チャクラムのような武器だ。
環の武器、手裏剣にも見える。
あの環状の武器をぶん投げて攻撃してくるのだろうか。
仲良くしたいが……。
本当に俺を信じていないようだ。
俺に対しての睨みが一層強くなった。
ジョディは分かっているのか、すごい形相を浮かべて、その美人ヴァンパイアを睨みつけている。
争いは起きないと思うが……少し心配だ。
ま、バーレンティンが何とかしてくれるだろう。
と、考えたところで、エルザが、
「アリスも行こう」
「うん、でも、神獣様と一緒がいい」
アリスはエルザの右手を握りながら語っていた。
さっきまで相棒に乗っていたからな、気に入ったか。
すると、
「ンン――」
喉声を鳴らした
「あ、神獣様! まって!」
アリスは
だが、この階段の段差は少し高い。
子供のアリスは階段を上がることに苦戦していた。
「ふふ、ロロ様の魅力的なお尻ちゃんです」
モッフモフな太腿の毛だからな。
「確かに――」
俺は笑ったニュアンスで語りながら階段の前に向かう。
樹木の階段に片足を乗せた。
固い。アーゼンのブーツの底からの感触を得ながら、先は長そうだと……。
階段が存在する空間を確認。
階段の両側の壁はジグソーパズル的な縦長の敷石が重なり合っている。
敷石の横から燕の巣のようなアルコーブが突き出ていた。
近くの階段の端にも、そのアルコーブはある。
そこには狼と月の形をしたランプが置いてあった。
この光源が設置されたアルコーブは、階段の先にもある。
階段下からだと、外の光を取り込む窓のようにも見えた。
そして、双月神様たちと神狼ハーレイア様の姿が描かれたリアルな壁画もある。
玉虫色の色合いだから、不思議だ。
天井はアーチ状。
水滴が垂れてきそうな牙的な出っ張りがあるが……。
大丈夫だろう――。
と、観察しながら階段を上がる。
そうして、ヒヨリミ様たちの背中を確認。
黒衣の方々が奏でている音楽も響いてくる。
独特な良いリズムを生んでいる。
リズムの良い音楽に釣られるようにハイグリアの尻尾が左右に揺れていた。
「ふふ。歌もあるんですね。古代狼族の都市は音楽に溢れています」
ヘルメも音楽が気に入ったようだ。
知恵の輪のような水飛沫を周囲に発生させながら、微笑む。
しかし、階段の先を上がっていたハイグリアの尻尾を見て表情を変えた。
『あのハイグリアの尻尾ちゃんを弄りたい』とでもいうような顔つきを浮かべていく。
しかし彼女の両手の指から伸びる<珠瑠の花>は宝物たちを浮かせている状態だ。
だから、何もしていなかった。
微笑ましいヘルメの行動を見ながら、階段を上がっていると、アリスが、
「ふふっ、やった! 捕まえた!」
アリスの言葉通り
黒豹から子猫の姿に変身したところを狙われたかな?
ま、わざと捕まってあげたのだろう。
アリスは
「ふふっ、柔らかい~。ロロちゃん大好き!」
その
『仕方ないにゃ~』といった感じだろうか。
だが、抱きしめられている感覚は満更でもないようだ。
そのまま体をだらりと下げて、後脚をぶらぶらさせた。
なすがままの状態。
アリスは
ピンク色の乳首さんが見えていた。
伸びた後脚が左右に揺れ続けていた。
くっ、ヤヴァイな。腹の柔らかさにはなんともいえない魅力が……。
ケシカラン、本当に可愛らしい姿だ。
次第に落ち着いた抱っこモードとなる。
「にゃ」
と、挨拶するように鳴いていた。
「ふふ、わたしの顔に何かついてる?」
アリスは抱きしめている
胸元のネックレスを見ているのか?
「シャァァッ」
「きゃっ」
声を荒らげた
そして、階段の下に居た俺の肩に向けて素早く跳躍してくる。
触手と前足を、俺の腕と肩に引っ掛けると、見事な機動で、俺の肩の上に着地してくる
くるりくるりとその場で回ると、香箱スタイルで待機し始めた。
俺の肩で休む
「……離れちゃった。これの力を感じたのかな。呪い、闇、ノスタリウスの冠……」
そう呟いて触るネックレス。
アリスの指に禍々しい魔力が喜ぶように粘着性を帯びた質でこびり付いていく。
すると、不思議な白い幽体たちを宿す双眸を持つエルザが、
「……アリス。それにあまり触れるな……階段を上るぞ」
「……うん」
さりげない会話だが……。
ハスキー声のエルザは真剣だと分かる。
エルザはネックレスから手を離したアリスを連れて、まだまだ先が長そうな階段を上がっていく。
子供のアリスは歩幅が小さい。
だから、階段を上がるのも一苦労かな。
すると、エルザと左腕に棲む
子供のアリスを引っ張り上げるように、一緒に、仲良く階段を上がっていく。
優しいエルザだ。
後ろ姿は、母親のようにも見えた。
そんな母性のある彼女の項から魔布の切れ端が飛び出ていたが……。
髪の毛のように蠢いている。
そんなエルザを観察しながら、俺たちも続いた。
一瞬、解放されていた
ジョディの扱う白糸に捕まっている。
ヘルメがステップを踏みながら階段を二段、三段と上がっていった。
すると、
その伸びた先はヘルメの尻のほうだ。
「ヤワラカソウ。タザカーフ、ノ、ケンゾク、ノ、オシリ、セイブツノシンカ、ヲ、カンジル」
「――ぶはっ」
思わず吹いた。
ガラサス。ヘルメのお尻に生命を感じたか。
まぁ、ヘルメの尻は輝く時があるから気持ちは分かるが……。
そのヘルメさんは、ガラサスの言葉を受けて動きを静止した。
「――ふふ、わたしのお尻ちゃんを分析しようとするとは! 百万年早い!!」
そう喋ると、ヘルメは、バレエの『グランプリエ』のような動きを取る。
そこから俄かに体操選手のようなスラリとした長い片足を交差――。
片足を前方へ勢い良く伸ばす。
そのまま、交互に、足を交差させながら、階段を駆け上がっていく。
体から発した水飛沫を周囲に飛ばしながら軽やかなステップで階段を上がる。
そして、数段上がった先で動きを止めた。
そのまま、バレエの『デベロッペ』のような動作で片足を前方の階段に伸ばす。
片足のアキレス腱のストレッチ運動でもするように、片足を上の階段に乗せる。
上半身を、その伸ばした足につけて前屈を始めた。
バレエでいう『リンバリング』の開脚ストレッチだ。
背中のしなやかな筋から腰と太腿が非常に魅力的。
素晴らしいポージングだ。
同時に群青色のコスチュームが輝く。
特にお尻部分が強く煌めいた。
続けて、伸ばした片足の膝頭に、左手を当てながら、くびれた腰をひねり上半身を向けてきた。
肌に密着したような群青色のコスチュームが映える。
勿論、偉大なおっぱいは、たぷん、と音を立てるように揺れていた。
――俺は思わず拝んだ。ヘルメは楽しそうだ。
「オドリ、オドル……オドラレル」
ビッグ、ビガー、ビゲスト的な
いや、違うか。
ガラサスが変な言葉を呟いている。
「す、すまない、ガラサスが興味を……」
エルザは恐縮したように謝ってきた。
「いや、本人も楽しそうだし、気にするな」
俺はそうエルザに告げながら階段を上がっていった。
階段の左右の壁が狭くなった。
アーチ状の天井も明るい。
風も感じる。
すると、ハイグリアが、
「シュウヤ。ヒヨリミ様の姿が見えなくなったように、もうじき狼要塞の中庭が見える廊下に出る。そこから綺麗な沼の景色が見えるんだ」
「へぇ、それは楽しみだ」
狼要塞と森屋敷の宮。
そういえば、沼の湖畔の近くにあると話していたな。
その直後、ハイグリアが述べていたように、階段の上方から淡い光が差す。
外からの光かな?
俺は、バーレンティンたちに視線を向けた。
「地上だが……」
「あぁ……気にするな。光は平気だ。シュウヤ殿に今は付いていく」
バーレンティンはそう述べる。
ヴェロニカが持っていたような魔力が漂う指輪を見せてきた。
墓掘り人たちも頷く。
光に耐性を持つためのアイテムをそれぞれ見せてくる。
俺が注目していた美人ヴァンパイアもガーターベルトに差してある短剣を見せてきた。
パンティが見えていたが、紳士を貫いた。
「了解」
そうして、森屋敷の天井が見えたところで、板廊下に出た。
廊下の先で、黒衣が似合うキコとジェスと呼ばれた二人が待っている。
彼女たちはヒヨリミ様の専属の侍女だろう。
縦笛を持っている。
しかし、そんな彼女たちには悪いが……。
湿った空気を堪能するように……。
廊下の左の端に自然と移動していた。
「シュウヤ、沼に興味が?」
「あぁ……綺麗だなと」
ハイグリアに返事をしながら……。
廊下の柱と柱の間から広がる光景に目を奪われた。
ハイグリアは森屋敷と呼んでいたが、屋敷ではないだろう。
樹木と湖を生かした自然の宮殿だ。
左に広がる水面は、沼というか湖だな……。
――風が吹く。
青白い湖面を薄らと白い霧が漂っていたが、霧は雲のように霞むと消えた。
綺麗な青白い水面を晒す。
湖面も揺らめくと、掌を翳したような水草も葉脈を輝かせながら泳ぐ。
すると、その水草が不自然に倒れた。
湖面は強く揺れると、波が起きた。
何かが、水の中を移動している?
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