四百二十九 吼えるゼメタス&星屑のマント

 ドルガルは胸元の欠けた四角いタグに手を当て、


勿論もちろんです。戦っている時にはもう気付いていましたがね」


 一瞬、ドルガルは俺が腰に差し戻した鋼の柄巻ムラサメブレードを見る。


「あの時か。ま、俺も薄々気付いていた」

「やはり」


 にやりと片頬を持ち上げ笑うドルガル。

 剣と剣の勝負。そこにを感じたんだろう。


 俺も、その笑みに応えつつ、両手から<ザイムの闇炎>を消した。

 拳を覆う竜の頭を模倣したような形の闇炎は、一瞬で紅玉環の中へと収斂。

 

 ――え? 

 

 その紅玉環の指輪へと収斂しゅうれんしていく闇炎の中に、アドゥムブラリがたくさん? ムンクの叫びというか、単眼球が縦に引き伸ばされている状態。

 そんな状態の小さい単眼球が、幾つも映っていた。

 デボンチッチのようにも見えた。

 目にゴミでも付いているのかと、目元を擦ってしまった。


 ヘルメの<精霊珠想>の内側も、かなりぶっ飛んだ未知との遭遇映像だったが……。

 闇炎の中にいたアドゥムブラリの多重分身も奇天烈きてれつな姿だった。


 すると、中空からリーンを抱えたヘルメが戻ってくる。

 そのヘルメは、長い睫毛をはためかせるように、

「――閣下! 無数の剣の精霊たちが彼女の体を! 見ての通り重傷です。しかし、閣下の濃密な魔力が宿る専門の回復魔法ならば、癒やせるはず!」


 と、やや慌てていた。

 

 そして、そのヘルメの言葉と姿は一致しない。

 

 儚さを感じさせる清い泡沫を体から出していた。

 そのヘルメの綺麗な水は、流麗なフルートでも鳴らすように、リーンへと降りかかっていた。


 自然と、その水の流れを追った。ヘルメが着ている魔法衣の下だ。

 

 双丘の谷間の溝に流れる水。その美しいおっぱいの表面を流れる水は冷たそうだが、温かいと分かる。ヘルメが育んだ愛が内包された聖水だ。

 ヘルメの巨乳を形成する谷間の奥に溜まった聖水は小さい湖となっていた。

 泉の底から、間欠泉的に純粋な水が滾々と湧いて出たような色合いで美しい。


 前にも思ったが、まさにグラマラス。


 そして、グラマラスと似たグアテマラに存在する『アティトラン湖』のような美しい色合いだ。


 さて、そんな豊かな胸元ばかり注視しても仕方ない。

 

 ――治療を優先しよう。


 精霊の水にもリーンの体を癒やす回復効果はあると思うが、専門的な回復魔法程の回復速度はない。


 ヘルメはそのまま傷を負っているリーンをドルガルの足元に優しく寝かせる。


「治療する」

「はい」


 すぐに上級:水属性の《水癒ウォーターキュア》を発動した。

 水の言語魔法を無詠唱で発動。


 この無詠唱の効果の元は、俺の獲得していた<水の即仗>に起因するもの。

 今では<水神流槍武術・解>と融合し<水神の呼び声>へと進化を果たしたが、<水の即仗>の効果は続いている。

 そして、その<水神の呼び声>の効果は……。


 ※水神アクレシスの力の一部を武具に纏わせる。武具にも相性はあるが、様々な効果を使い手に齎す※


 とあるように、今、無詠唱で繰り出した上級:水属性の《水癒ウォーターキュア》も、武具ではないが、影響を受けていることは確実。


「おぉ、肩の蒼眼が輝いている?」


 ドルガルが驚き、ハルホンクの蒼眼のことを指摘した。

 その直後、リーンの頭上にあった水球が破裂。

 破裂した水球から煌びやかな流星群のようなシャワーがリーンに降りかかった。

 リーンが半身に受けていた生々しい傷は、細胞が新たな活力を得るように再生した。

 乱杭歯らんぐいばみついたような傷痕も元通りだ。


 周囲の紫色に変色した打撲を受けたような傷痕も、元の綺麗な肌色へと戻っていた。


「……リーンをありがとう。肩の竜頭に備わる蒼眼が光ったことも関係がありそうですが、無詠唱で烈級クラスとは、規模はもとより、精巧な魔法技術を有した回復魔法です。しかもアソルと俺に続いての連続魔法とは恐れ入ります」


 ドルガルは、俺の魔法の質と魔力量を間近で見て驚いたようだ。

 そして、俺の肩には、ハルホンクの竜の頭部の形をした肩防具がある。


 その竜頭金属甲ハルホンクには、魔竜王の蒼眼が嵌まっているからな。


 魔竜王の蒼眼といえば、謎のSランククラン【蒼海の氷廟】の双子も欲しがったモノだ。

 坊主系のつるつるした頭頂部に白いみぞれのようなシンボルマークがあった不思議な双子。


 その双子に、魔竜王の蒼眼を一つ売ってしまった……。

 そして、その双子は十天邪像の鍵を持っていた。


 邪神の使徒の可能性もある双子。

 名はアレンとアイナ。


 ……今、どうしているだろうか。

 まだペルネーテの迷宮世界、邪界ヘルローネの中を彷徨っているのかな。


 邪神の使徒といえば、転移者のマナブもそうだ。

 彼は魔眼・・と紫色の特殊そうなを使っていた。

 未だに、派手なハーレム生活をしているのだろうか。


 ま……俺は俺だ。

 双子には双子の、マナブにはマナブの物語がある。


 そして、俺自身もまた再確認した。

 魔法書を読んだ魔法は、それなりに理解しているつもりだが……。

 魔法も魔法で奥が深そうだと。

 言語魔法一つ取っても、詠唱や詠唱する速度といったように、色々とある。

 まぁ、これは熟練度か。

 そして、自身の魔力量、魔力操作の技術、精神力、周囲の環境、神々の影響を含めると……多種多様だからな……。


 そんな思考の後。


「……一流の――」


 俺を褒めてくれようとしたドルガルへ片手を上げる。

 〝それ以上の褒め言葉は要らない〟といった意思を示す。


「――そんな言葉より、そこのリーンとアソルは大丈夫か?」

 

 指と視線を下の二人へと向ける。

 アソルとリーンは、まだ寝息を立てている。

 アソルには<ザイムの闇炎>を纏う派手な打撃を喰らわせたからな。


「見た範囲だと大丈夫だと思いますが、一応、見ておきます」


 と、堅い口調で喋ったドルガル。

 巾着袋から、小型の容器と瓶を取り出す。

 続いて、自らが飲んでいたのとは色違いの丸薬と葉っぱを袋から取り出している。

 あの巾着袋、アイテムボックスか。


 他にも色々と入っていそう。

 取り出した容器に素早く親指で丸薬を押し込み砕く。

 葉もり潰して、銀色の粉末を作っていた。


 その銀色の粉末は、容器の窪んだ底に溜まる。


 ドルガルは手慣れた手つきだ。


 そして、容器の上に掲げた瓶を傾ける。

 瓶から魔力を内包した液体が零れ落ちて、容器の中へと液体が注がれていった。


 銀色の粉末とその液体が混ざると、ぐつぐつと沸騰するような気化が始まる。

 完全に混ざると――。

 蒸発したわけではないと思うが、薄い黄緑色の煙が発生した。

 その煙は消えたが、底には、薄く輝く肌色の液体があった。


 新しい肌色の輝きを発している液体は、魔女が作ったような怪しい薬ではない。


 光の癒やし効果でもありそうな色合い。


 ドルガルは、できたてほやほやの輝く液体を眺めて、満足したような笑みを浮かべた。


 そして、素早い専門的な所作でその液体が入った容器を振ってから、寝ている彼女たちへ、その輝く液体をかけていった。


 彼の戦闘職業はてっきり剣士系かと思ったが、違うのかもしれない。

 今のように薬を製作できる錬金術系の技術もある。

 賞金首を追う聖ギルド連盟の刻印バスターが一人、五番のドルガルと名乗っていたように、聖ギルド連盟の幹部として、秩序の神オリミール様の加護を得た特殊な戦闘職業を獲得しているのかもしれない。


 それも当然か……。

 今思えば、俺とロロディーヌの合体技、<魔連・神獣槍翔穿>を胸に受けたドルガルとリーンは、アソルが<投擲>した回復ポーションによって助かった。


 その<投擲>したポーションが、ドルガル製の薬だったのかは、分からないが……。


 アソルとドルガルの二人は聖ギルド連盟の刻印バスターだ。その二人を助けるために咄嗟とっさに投げたポーションは、きっと特別な秘薬だったんだろう。


 他にも首にかけている布。

 聖ギルドメンバーの和風ジャケットの衣装。

 幹部たちの胸元に備えた四角いタグ。


 それらの専門的な衣服や防具にも、伝説レジェンド級規模の防御力があるのかもしれない。


「……もう大丈夫です」


 安心したような表情を浮かべて語るドルガル。


「ならいい」


 そう返してから視線をそらし、皆が戦う場所を見た――。

 魔槍杖バルドークを右手に再召喚。

 ゼメタスと古代狼族たちが巨大蛞蝓の精霊と戦っている。

 歪な剣の精霊たちとは、アドモスとジョディに少数の古代狼族たちが衝突していた。


 サイデイル村で築き上げた信頼と訓練に実戦を重ねた前衛たち。

 その仲間たちが巨大蛞蝓と歪な剣の精霊たちと戦う姿は正直、カッコいい。

 精妙な連携作戦を展開している。


 樹海で活動している聖ギルドメンバーたちも経験は豊富だと思うが、

 さすがにその前衛の戦いには参加できていない。


 聖ギルドメンバーたちはその前衛たちを見ながら……。

 その動きに感心するような応援の言葉を次々と発している。


 そんな遠距離攻撃に徹した聖ギルドメンバーたち。

 石礫、矢、魔法を巨大蛞蝓へと繰り出していく。


 俺は<光魔ノ蝶徒>のジョディと沸騎士アドモスを見た。


 歪な剣の精霊たちに囲まれている。

 その歪な剣の精霊たちは、物質化しつつ、それぞれ幻想的な動物を身にまとっている。


 幻想的な動物も物質化していた。

 攻撃の際に、本体の剣精霊が腹から飛び出る形になっている、モンスターのような存在もいる。


 幻想的な動物と一緒に浮かんでいる歪な剣も居た。


 数と質といい、こちらの方がヤヴァイことは確実だ。


 しかし、その剣の精霊たちを組み伏せるように倒す前衛のアドモス。

 

 更に、ジョディが躍動。

 

 ジョディは地上と空の中距離からヒット&アウェイの機動でアドモスの周囲にいる剣の精霊たちを斬りまくる。


 ジョディのフォローは正確だ。


「閣下、あの剣の精霊たちはそれぞれに特徴があるようです。闇属性を濃く感じますが、他の精霊ちゃんたちとは異なります」

「異なるか。本体の歪な剣たちに加えて、色彩豊かな幻想動物を纏っては、外に誕生させているからな」


 再び、ジョディがサージュを振るう。

 そのサージュの鎌の刃の軌道を見てから、ヘルメに視線を向けた。


「ヘルメはここで待機」

「はい。ちゃんと見て・・おきます」


 ヘルメは意味を込めたニュアンスで語る。

 そして、指先から水をちょろちょろとリーンとアソルに向けて放った。

 左手の指の先端には球根花が咲いている。


 そう、<珠瑠の花>だ。

 おしべとめしべのような部位と花弁の先から輝く紐が伸びていた。


 その球根花からはいい匂いも漂う。

 ヘルメはいい匂いを漂わせる<珠瑠の花>の光り輝く紐で、リーンとアソルの頬を優しく撫でていた。


「ふふ」


 戯れのような笑い声を出す常闇の水精霊ヘルメ。

 光沢のあるキューティクルを保った睫毛と、大きい瞳が作る表情だ。

 優しさと厳しさを合わせ持つ。


 素直に美しい。

 その美しいヘルメは、まるで水の女王だ。

 毛布にくるまった幼子に祝福を授ける幸福の一齣を具現化するような神々しい光景にも見えた。しかし、そんな水の女王の、水のバレリーナが作る淡い幻想世界は、リーンとアソルの尻が光ったことで、もろくも崩れ去る。


 ……頬をでて、何で尻が光るのか分からない。

 んだが、その件については細かく指摘はしない。


 お尻ちゃんが奇妙に光っている現象を見て、不安そうな表情を浮かべたドルガル。


 が、『しらんがな』の精神を貫く。

 一応、笑みを浮かべたが……。


 気持ちは通じるはず。

 そのタイミングでうなずいてから――。

 再び、戦いの場へと視線を向けた。

 後衛の聖ギルド連盟のメンバーの攻撃が始まった。


 杖を持った魔法使いたちが、《土槍アースジャベリン》系の攻撃魔法を放つ。


 小さい岩の群れが、巨大蛞蝓なめくじの柔らかい胴体に突き刺さっていた。


 その間に、アイテムボックスを操作。あるアイテムを出しつつ、見学を続けた。

 ゆっくりと歩きつつ――。

 仲間たちが戦っている中で、もろそうな場所はないかと……。

 皆の連携の邪魔にならないように――。

 フォローに回るべき場所がないかと探した。


「――狼襲・六牙から骨狼陣・第三に切り替えだ!」


 ダオンさんの気合いの入った声が周囲に響き渡る。


 俺は初耳だったが、古代狼族たちと沸騎士たちにとっては違うようだ。


 その戦術に切り替わった後、否が応でも目立つ存在が現れる。

 それは黒沸騎士ゼメタスだ。

 先頭に立つゼメタスは方盾を掲げて前進。

 古代狼族の若い戦士の二人を庇う、身を挺して救うような機動だ。

 更に、巨大蛞蝓なめくじの胴体の腹が急拡大。

 その腹から触手を繰り出した。


 それは、瞬く間に、触手槍の群れとなった。

 触手槍の連続した槍衾のような攻撃を、ゼメタスは方盾を上下左右に動かして防いだ。


 ゼメタス独自の方盾専用の防御術があると分かる。強烈な触手槍の一撃を、足を地面に沈ませて受け止めたところで、


「――好敵手としては認めるが、このような半透明な触手なぞ効かぬわ! ヘルメ様とは雲泥の差だ!」


 と叫ぶゼメタス。

 ゼメタスの厳つい骨が集積した方盾から無数の金属音が響いた。

 

 たしかに、ヘルメとの模擬戦では、そのヘルメから強力無比な《氷槍アイシクルランサー》を受けていた。しかし、巨大蛞蝓も暴走した精霊で、強敵だ。


 <血穿>と<魔連・神獣槍翔穿>の槍攻撃を喰らって生きていることが、何よりの証拠。

 俺の血を纏った矛で『闇の性質を得た』とヘルメが語っていた。


 そんな巨大蛞蝓はゼメタスを認めるように「ジュアアアァァァ」と奇声を発した。

 その奇声の影響か、気合いが入ったのか不明だが、軟体の胴体から生える、異様なオーラを纏った触手槍の数が増えていった。


 触手槍の連続した攻撃は続いた。ファランクスの槍衾を想起するほどの連続攻撃。

 その槍の見た目は、どろどろとした粘液にも一瞬見えたが、蝋のように固まるのか? 芯は鋼鉄のように硬いようだ。

 すると、凄まじい連続攻撃を一手に引き受けていた黒沸騎士ゼメタスが、


「ヌヌヌッ」


 と声を漏らした。

 同時に眼窩に宿る炎を明滅させる。


 明滅が強まった。

 心が滾ったのだろう黒沸騎士ゼメタスだ。


 胸元から漆黒の蒸気を勢い良く噴き出した。


 その刹那――。


「わたしをだれだと思っている! 閣下から直に名を賜った黒沸騎士ゼメタスであるぞ!」


 ゼメタスは気合いの口上を述べた。

 

 そして、ゼメタスの相棒のアドモスがギラリと炎の瞳を滾らせる。


「そうだとも! そして我は赤沸騎士アドモスである! 閣下専用の闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトを舐めるなァ――」


 アドモスもゼメタスの声に同調した。

 ゴリラのような幻想動物を纏った剣精霊の攻撃を赤い髑髏の方盾で防ぎつつ、骨剣で反撃を繰り出す。


 あの辺りは、距離が離れていても阿吽の呼吸らしい。


「おう!」


 アドモスの声に反応したゼメタス――。

 胸を張りながら斜め上へと方盾を掲げた。


 厳つい胸元から漆黒の蒸気が勇ましく迸った。


 それは機関車を想起させる。

 そのまま突貫を続けた刹那――。

 戞、戞、戞、と独特の乾いた衝突音が響いた。


 それは漆黒の頭蓋骨に触手槍が幾つも突き刺さった音だった。

 一瞬、大丈夫か? 

 と思い<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を発動。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>が巨大蛞蝓に向かう。

 が、俺の心配は杞憂だった。ゼメタスは、


「ヌォォォラ――」


 凄まじい気魂の声を響かせながらの前進を止めない。


 巨大蛞蝓と戦う者たちを含めた周囲から、『風声鶴唳』といったようなどよめきと歓声が起きる。


 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>があっさりと突き抜けた巨大蛞蝓からの悲鳴ではない。


 ゼメタスが黒沸騎士として魅せる。

 巨大蛞蝓が繰り出す触手槍の攻撃を弾き、喰らいながらの突進だ。

 鎧から噴き出す蒸気と黒色の煙には、星屑をちりばめたような模様が拡がっていた。

 まさにタマシイがレボリューションするといったような、凄い迫力。


 その美しくも勇ましくもある黒色の煙が、頭蓋骨に突き刺さっている触手槍と衝突した瞬間――。

 触手槍は隕石と衝突したように輝きを発してから、その星屑の中へと流れ落ちていくように消失していった。


 黒沸騎士ゼメタスが美しい夜空を背負っているように見えた。


 それはあたかも、星屑の蒸気マントを背負ったようにも――。

 

 輝きを帯びた一対の黒翼が生えたようにも見える。


 背中から星屑が流れ落ちていくような光景は美しい。


 沸騎士として、魔界に生きる宿命を背負った魔界騎士然とした姿に見えた。


 星屑マントと化した黒色の煙。


 今も儚く揺れている。

 そんなマントを揺らしながら突貫する黒沸騎士ゼメタスは巨大蛞蝓との間合いを潰した。


 そして、勢い良く黒光りした骨の方盾を、真横に揮う――。


 風を孕んだ強烈なシールドバッシュを、巨大蛞蝓の胴体にぶち当てた。


 鈍い音を響かせながらの攻撃を受けた巨大蛞蝓の胴体が、ぐわんと、歪な音を響かせて、大きく窪む。


 ゼメタスは反対の腕を前に伸ばし――次の攻撃モーションに移った。

 そう、それは骨剣の<刺突>とでも呼ぶべき強力な剣突技だ。


 あの踏み込む前屈みの機動はキッシュの剣術と似ている。

 腰骨が折れそうなぐらいの腰の捻りを生かした腕を伸ばす突剣技。


 キッシュ以外にも、ヘルメのポーズを生かした?

 ヘルメのポーズがここで生きるとは。

 伊達にヘルメを真似て、腰を捻り、見事にその腰を折っては、何度も魔界に帰っていなかったわけだ。


 セラの武具は魔界に持ち帰れない。

 だが、セラでの経験は魔界に持ち帰ることができるからな。

 魔界セブドラでの戦いにも、腰の捻りを生かしているはず。


 沸騎士コンビが活躍しているだろう魔界のグルガンヌの東南地方。

 その東南地方を支配する魔公アリゾン公との領域を巡る戦いの話は聞いている。

 ソンリッサの魔獣やら、滝壺の下にコインを見つけたとか、他にも色々な話があるようだ。腰の捻りが魔界の踊りとして進化か?


「ギュェェァァ」


 太鼓腹に孔ができた巨大蛞蝓は悲鳴を上げる。

 声帯があったことにも驚きだ。

 ま、痛いのは分かる。

 ゼメタスが片手に握る骨剣の剣身はフランベルジュ系。

 そして、骨の刃以外にも、ごつごつとした岩の棘やら竜の牙のような刃がいたるところから生えている。


 そのフランベルジュ系の骨剣が螺旋しながらの突剣。

 巨大蛞蝓の肉を切り裂き、穿ったんだからな。

 そりゃ、痛いだろうよ。


 そんな骨剣と骨盾を力強く扱う黒沸騎士ゼメタスには、星屑のマントが映える。

 重騎士然としたゼメタスの姿は、まさに魔界騎士といえた。


 戦艦や空母を纏めるような、巨大な黒き不沈艦。

 旗艦のようなたたずまいだ。

 星屑ほしくずの黒い煙が新しいかぶとのように覆う頭蓋骨は、前にも増して厳つい。


 正直、厳ついデルハウトが可愛く見える。


 そして、そのすこぶいかつい表情を演出するかのように眼窩がんか双眸そうぼうに宿る炎。

 その炎の眼球を一度見れば……。

 敵だろうと、味方だろうと、強力なインパクトを残すし、まずびびる。


 彼を見るだけで強烈なテラー効果を受けるはず。

 これは言い過ぎか。

 サイデイル村の子供たちは平気だったし、むしろ人気だった。


 そんなことを考えている俺のほうこそ、テラーだ。

 ついさっき、新しく獲得した血鎖鎧スキルの<霊血装・ルシヴァル>があるから、あまり強く言えない。


 すると、


 古代狼族たちは、そんな黒沸騎士ゼメタスのかっこいい前衛の動きと働きに刺激を受けたのか、遊撃に回っていた戦い方を変えていく。

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