四百二十六話 兵は猶火のごとし
「ハイグリア。故郷までの案内を頼むとして、ダオンさんたちには?」
俺の問いに、笑みを浮かべたハイグリア。
「うん! 分かってる。外に行こう」
と、元気のいい声を発して全身に魔闘術を纏う。
前傾姿勢のまま素早く俺との間合いを詰めると――腕をさっと伸ばし俺の手を掴んで握る。
ニコニコしたハイグリアは、身を反転させた。
そのまま俺の手を引っ張りながらキッシュの家から飛び出す。
「――閣下、わたしも」
「ぷゆ!」
背後からヘルメとぷゆゆの声が聞こえた。
子供たちの遊び場の村の中央に来た。
丸い石のモニュメントがある場所だ。
ハイグリアは、
「ダオンとリョクラインと、それに皆を呼んでくる」
「おう。しかし、笑顔がいいな」
「それは当然だ! ついに、ついに、シュウヤがわたしと一緒に来てくれるのだからな!!」
ハイグリアは涙を双眸に溜めながら語る。
色々と我慢していてくれたようだ。
「約束は守る」
「うん! 神狼ハーレイア様も、喜んでいるはず」
「ハイグリアは、その神狼ハーレイア様の言葉を聞けるのか?」
「……たとえることは難しい……言葉のようなモノが、心に谺する。そして、わたしは、正式な銀爪式獣鎧が扱える子孫。神狼ハーレイア様から祝福を受けた神姫の直系なのだ」
「なら、お姫様と、お呼びしたほうがよろしいでしょうか?」
と、冗談を話すが、
「……シュウヤ。この銀爪の先端で、生爪の裏側を刺すと気持ちいいらしいが、どうする?」
ハイグリアの表情と言葉が怖い。
「……それは拷問だろうに。お姫様とは呼ばないようにするよ」
ふふっと笑うハイグリア。
「冗談だ。では、皆を連れてくる」
「おう。じゃ俺の家にある訓練場に集合ってことで」
「了解した――」
踵を返す仕草もさまになるハイグリア。
背中の毛が逆立つ。
村の外へ向けて走る姿は可愛い。
しかし、その彼女の背中からゆらりゆらりと白い蜃気楼のような狼の靄が出現。
前にも一度見た。
あれが神狼ハーレイアか?
その神姫の証拠とも呼ぶべき光景を見ていると、
「ン、にゃ~」
黒馬の姿となったロロディーヌが鳴く。
ハイグリアの神狼ハーレイアの姿を見て鳴いたわけじゃない。
ロロディーヌは、村のモニュメントの先端を見上げていた。
丸いモニュメントの上に登ろうとしているようだ。
また、『この村はわたしの村にゃ~』的なことを叫びたいのかもしれない。
「ロロちゃん! その姿ではさすがに無理でしょ」
「ん、でも、触手を使って登ろうとしている!」
レベッカとエヴァが笑いながら話していた。
「ロロ様! ぷゆゆちゃんが頭に乗りたがっているようですよ?」
「ン、にゃ~ん」
「ぷゆゆ~」
ロロディーヌはぷゆゆを触手で掴んでひょいと自身の後頭部に乗せた。
「ぷゆ~♪ ぷゆゆ~、ぷゆ!」
小熊太郎こと、ぷゆゆは嬉しそう。
ロロディーヌの頭の上で跳躍を繰り返す。
そして、皆はキッシュの執務を行う部屋で話し合い。
デルハウト。
シュヘリア。
紅虎の嵐のメンバー。
ネームス&モガ。
黒沸騎士ゼメタス。
赤沸騎士アドモス。
イモリザ。
キサラ。
ロターゼ。
ロターゼ以外の皆で村の拡張&周辺の警邏についてだろう。
そう考えながら相棒の姿を追う。
石のモニュメントに両前足を押し当てていた。
丸いモニュメントの天辺に登るつもりらしい。
「ロロ、遊びはまた今度な? 古代狼族の故郷に向かうから準備を頼む」
俺の言葉を聞いたロロディーヌ。
フサフサの黒毛が目立つ両耳をピクピクと動かした。
そして、
「ンン――」
そう喉声を発して、両前足をモニュメントから離すと、振り向く。
途端、末脚を活かす機動で突進してきた。
地面が爪と肉球の形にひび割れ凹んでは濛々とした土埃が舞う。
頭部に乗せたぷゆゆを振り落とす。
そのぷゆゆは……。
ぴゅーっと音を立てて螺旋しながら飛翔していく。
――小熊が空を飛ぶ。
飛ばねぇ熊は、ただの熊だ。
シュールで面白い。
前にも同じような光景を見たような気がした。
しかし、その黒馬のロロディーヌは――速い。
少し恐怖すら感じる速度だが受け止める!
避けずにロロディーヌを迎え待った。
胸元にそのロロディーヌの馬と似た頭部がぶつかる。
――ドッとした鈍い衝突音が響く。
強い衝撃を胸に受けた。
――痛い。
胸の金具と親指ほどの釦が肌に食い込む。
出血した、正直……かなり痛い。
が、相棒の愛のある行動だ。
可愛いから許す。
ロロディーヌは頭部を上向かせつつ……。
俺の顔に、頬を擦りつけてきた。
可愛いが……野性味ある獣感剥き出しのロロディーヌさんだ。
――鼻息が荒く、ふがふがの嵐。
よしよし――と、喉と鬣のようなフサフサの黒毛を十本の指で優しく梳く。
撫でてあげていった。
「ンン、にゃ~ん」
マッサージが効いたか。
気持ち良さ気に鳴いたロロディーヌ。
頭部を俺の腕の中へと預けるように体重を乗せた。
『信頼してるにゃ~、気持ちいいにゃ~』という気持ちだろう。
喉の黒毛が振動するゴロゴロの音を響かせた。
俺の両手の指のマッサージ技術は並みじゃないからな。
掌から魔力を出して指の裏で相棒の地肌を入念に優しくグルーミング。
ロロディーヌは地肌はピンク色の部分もあるが、黒色の部分もある。
その地肌が桜色に上気したように見えた。
さすがにおっぱい用の百六十手の必殺技は使わないが。
ロロディーヌはごろごろ音が小さくなった。
眠るようだ。
だらんと、力なく顎先を伸ばし体重を乗せてきた。
幸せそうな表情だ。
「ロロ、起きろ。家の前に向かう」
「にゃ~」
瞬きするロロディーヌ。
紅色の虹彩の中に宿る黒い点のような瞳が、縦に割れた。
やはり、ネコ科だ。
猫の瞳の神獣ロロディーヌは姿を馬の大きさに変える。
黒触手を俺の腰に伸ばし巻き付けてきた。
「ンン」
喉声を鳴らすと、俺を軽々と持ち上げた。
背中に運んでくれる。
『ここに乗れにゃ』ということだろう。
神獣ロロディーヌの背中を跨いで騎乗した。
目の前に来た触手の手綱を掴む。
その掴んだ触手の平たい先端は、いつものように俺の首にピタッと張り付いた。
感覚の共有だ。
「エヴァとレベッカはどうする?」
「ん、ペルネーテに戻る。ディーにフルーツ持って帰る。皆にも伝えた。デルハウトとシュヘリアにも話をしといた」
「うん。キサラさんにも話は通した。わたしもベティさんに報告しないと! クルブル流のサーニャさんにも、屋敷のイザベルとミミたちに加えて、アジュールにもサイデイル村がどんな場所か伝えてあげないとね!」
「了解した。ロロ、彼女たちも乗せてくれ。一旦、家に帰る」
「――にゃ~」
二人は俺の前後の位置に座った。
エヴァとレベッカは、俺に身を寄せてくれた。
前に乗ったレベッカは慣れているはずだが。
初めてのような表情を浮かべている。
視線を泳がせつつ頬を紅く染めた。
そんな、いじらしく可愛らしいレベッカをよく見ようと――。
上から覗くように微笑みながら金色の前髪を……じっと見ていると、
「もうっ、顔を近づけないでよ!」
「レベッカさん。そうは言うが、俺の唇ばかり見つめてくるのは、何故かな?」
「ん、えっちモードなレベッカ?」
背中から感じたエヴァの吐息とおっぱいの大きさは、相変わらず、たまらない。
「もう、エヴァまで! おっぱい押し付けているくせに!」
「ん、当然! シュウヤのこと好きだもん」
「あーそんなこと言うんだ、シュウヤ――」
と、背が小さいレベッカは勝気な表情を浮かべてから――。
その場で背筋を伸ばして立ち上がるように、強引に頭部を寄せてくる――。
唇を奪ってきた――柔らかい唇だ。
そのレベッカの気持ちに応えるつもりで、細い背中に手を回す。
――長いキスを続けた。
愛しいレベッカの細い体を指だけで支えるように……。
回していた両手を離す。
彼女はパッとした息を漏らしながら、離れると、またすぐに俺の胸に抱き付いてきた。
そして、エヴァの叩く手を感じたのか、すぐに退く。
エヴァの催促を受けたレベッカ。
キスの余韻が残っているように俺を切なそうに見つめてくる。
ぽぅっとした表情だ。
上の空的な表情を浮かべている。
愛しい表情だ。
俺は自然と――。
欲情した蒼い瞳を少し隠そうとする金色の前髪を、すぅっと撫で上げるように持ち上げていた。
「シュウヤ……」
切なそうなレベッカは、また、熱い吐息を漏らすと目を瞑った。
お望み通り、彼女の小さい鼻に、俺は自分の鼻を合わせるように顔を寄せる。
そして、その愛しい小さい唇に、俺の唇を重ねていった。
心が仄々と温まる。
レベッカのほうは仄々どころじゃない。
高鳴った心臓の音が弾けていることがよく分かる。
蒼炎が噴き出すように、血の色が頬に出ていた。
汗を掻く女の匂いを漂わせた。
彼女はわざと足が縺れるような挙動を取ると、俺の腰に足を絡ませ挟んできた。
そのままレベッカの弱点の脇腹をさすると、
「……あぅ」
眉間に皺を作り、体を何回も震わせる。
「ん、ずるい――」
背後から強引に眷属パワーを使ったエヴァによって、俺は頭部を横へとずらされる。
と、背中越しにそのエヴァからもキスを受ける。
そのイチャイチャした瞬間――。
「ンン――」
ロロディーヌが何か文句を言うような喉声を発して素早くロロディーヌは跳躍、空を飛んだ。
ヘルメとぷゆゆが遊ぶ姿を見えた。
が、その間も、キスを楽しんだ俺たち。
ロロディーヌは家の屋根に着地。
朔風のような風を身に感じながら――。
レベッカとエヴァの二人の手を握りつつレディーファーストを意識。
彼女たちを優しく降ろしていく。
そうして、屋根に玄関でもある大きな木窓の枠に足をかけて、二階に入った。
二階の隅っこには、パレデスの鏡。
左奥に寝台。
右の階段近くに専用の箪笥とサイドテーブルがある。
主にキサラと過ごすことが多い自室だ。
エヴァとレベッカは、この部屋で休むことなく階段を下りる。途中で、足を止めた二人。
一階の広間で、リデルから言葉を教わっていたサナさんとヒナさんへ向けて、
「サナさんとヒナさん! わたしたちはペルネーテに戻るから、またねー」
「ん、またすぐに戻ってくる!」
と、別れの言葉を述べた二人。
ぷゆゆとヘルメにジョディが一階の玄関から現れると、彼女たちにも、
「精霊様、さっきも言ったけど、シュウヤを頼むわよ!」
「ん、精霊様。ペルネーテに戻ってディーたちにフルーツ渡してくる! あと、えっちも任せた。キサラさんとロターゼにもよろしく」
「キサラさんとは十七高手の件で約束したから、またすぐに皆と会うと思うけど。それじゃ、一旦戻るわね! ジョディも、サナさんとヒナさんも! ばいばい!」
「はい。植木ちゃんや、千年ちゃんのことも頼みますよー」
「ん、任せて」
「ペルネーテにお戻りになられるのですね。またです~」
彼女たちは挨拶を終えた。
俺は寝台近くで
「にゃ~」
腹減ったというニュアンスの
地下から回収した長細い熊肉を
すると、触手骨剣で器用にネギを斜め切りするように熊肉を切断し、その肉を平らげる。
「食べるの、速すぎ」
と、言いながら、
肩の上に戻ってきた
首元からお豆型触手の先端を、俺が手の内で転がしている
「にゃッ、カカカッ」
そこに、階段を上がり二階に戻ったエヴァとレベッカが来る。
「んじゃ、早速」
俺は久しぶりに
光るゲートが発動した。
ゲートの先には俺の部屋が映る。
驚いたようなミミの表情が写った。
部屋の掃除をしていたようだ。
「んじゃ行こうか」
「ん」
「うん」
頷いた彼女たちの手を握り、肩に
一時的に、エヴァとレベッカを連れてペルネーテに帰還した。
鏡から外れた
「ご主人様! お帰りなさいませ!」
「よ! ミミ。ポポブムはどう?」
「はい、元気です! しかし……」
「しかし? 何かあるのか?」
「はい、最近はアジュールさんと一緒に買い物に行く際に乗せて頂くことが多いですが……どうしたことか、油の匂いが好きなようで……時々油を売っている屋台へと勝手に走ってしまうのです。それ以外は大丈夫です」
なんだ、そんなことか。
でも、油か……。
そういえばポポブムが俺の屋敷に戻る前……。
油売りの商人のもとで働いていたな。
ポポブムはその商人とも仲良くしていたのかな?
肩に乗っていた
ポポブムと会いたいようだが、今はハイグリアとの約束を優先だ。
そこで、レベッカたちに顔を向ける。
「血文字ではもう報告済みだが、ヴェロニカやメルたちにも、よろしく伝えておいてくれ。警備もアジュールに任せたぞ、とな」
「任せて。リンゴだけじゃない美味しいフルーツはアイテムボックスにたんまりと、入れたからね。ふふ……」
ぐふふ、というか、邪悪というか、小悪魔的な笑みを浮かべるレベッカさん。
皆に自慢するようだ。
美味しいからな、果樹園のフルーツ類は……。
特に、アボカドと似たフルーツなんて、熟れてないのに熟れているように柔らかくて、少し甘くて……なんともいえない香りだし……。
自慢する気持ちはよく分かる。
家族のベティさんにあげるんだろうな。
そんなことを考えながら、
「レベッカ。古代狼族の故郷を見たいと、俺に付いていく、といっていたような気がしたが、本当に、いいんだな?」
「……うん。正直言えば古代狼族の故郷って、どんな場所か興味はあるけど、ね……」
「ん」
レベッカとエヴァは頷き合ってから俺に視線を向けてきた。
「あの子、ハイグリアはお姫様というけど、キッシュやこのサイデイル村の子供たちのために、色々と人族のことを学ぼうとして頑張っていたし、神狼ハーレイア様のことも教えてくれたのよ。そして、いつも……古代狼族の番がある、と、我慢強くシュウヤのことを慕っているのを、わたしたちは傍で間近で見ていたから……ね。尻尾を揺らして、いつもシュウヤを健気な態度で見てた。その様子を見てたら、きゅんとしちゃった……ハイグリアは良い子よ。だからシュウヤ。あの子の心を傷つけないであげてね」
レベッカ……。
エヴァも真面目に語るレベッカの優しい女らしい言葉を聞きながら、数回、頷いていた。
血を好む眷属たちだが、その前に、とても優しい心根を持つ女性たちなんだな、ということがよく分かる。
ま、一緒に猫グッズ。
いや、名前はヌコグッズか、を使って、皆と仲良くなったからな。
「分かった。んじゃ俺は戻るよ」
「ん、シュウヤ、待って」
と、また抱き着いてくる二人。
彼女たちも寂しい思いがあることは重々承知だから強く抱きしめてあげた。
二人の身体を離してから、「またすぐ会える」と、喋りつつ、
鏡から出た俺は
すぐに階段を降りて一階へと向かう。
ぷゆゆでも追いかけるつもりかな?
と思ったが、そのぷゆゆが見当たらない。
あ、居た。
上か……二階から屋根裏に続く猫用のアスレチックス施設のような階段を走りながら跳躍を繰り返しては、幽霊のラシュさんを追いかけている。
というか、蜂を追いかけていた。
二階にある小さい出窓から出たり入ったりと忙しい小熊太郎ことぷゆゆは必死だ。
リスめいた小動物のような動きは素早い。
その面白い動物のような生態を、階段の下から見上げながら、暫し……見学……。
そうしてから、一階のサナさんとヒナさんがお菓子を食べている広間に向かう。
向かい側の椅子にはヘルメとジョディも居た。
楽しそうに笑みを浮かべているヘルメは細い指先から、ちょろちょろと水を出している。
ジョディはその水を追い掛けるように飲んでいた。
「精霊様、この美味しい水はいったい……」
「ふふ、閣下とわたしが一緒に創り上げたとくべつな聖水なのですよ!」
俺と一緒に聖水を創り上げた?
水はヘルメの力だろう。
と、思ったが……。
水神様の下でヘルメの心臓から亜神ゴルの一部を剥ぎ取る<白炎仙手>の手術を行い彼女を助けた。
その助けた際にヘルメは何かパワーを得たのかな?
そんな疑問を持ちながら……。
ジョディに「ただいま」と、片手を上げて挨拶。
勉強を続けているサナさん&ヒナさんの邪魔にならないように彼女たちへと近付いていった。
すると、水を飲んでいたジョディがヘルメから離れて立ち上がる。
ジョディは敬礼するようなポーズを取ってから、俺を見た。
「あなた様! わたしも古代狼族の集落に行きたいです」
床に大鎌の柄を当てている。
ジョディの大鎌を使った武術は強い。ホフマンと互角に戦っていた。
シェイルとは一度、戦ったが、ジョディの大鎌の技は見たことがあるだけだ。
今度、模擬戦を頼むかな。
「……別に俺は構わないが、ハイグリアに聞かないとな」
細い腰にはフムクリの妖天秤をぶら下げている。
見た目は死蝶人に近い。
しかし、もう俺の眷属の<光魔ノ蝶徒>だ。
ハイグリアが拒んでも、本人が行きたいというのなら連れていこうか。
と、考えたところで、ヘルメに、
「ヘルメ、左目に来い」
「はい!」
スパイラルしながら左目に戻ってくるヘルメ。
この目に戻ってくる挙動は一瞬だが、サナさんとヒナさんは視界に捉えていたようで、拍手を繰り返す。
リデルは何が起きたのか理解できてない。
といった顔付きだ。
そう考えると、サナさん&ヒナさんは冒険者として生きていける能力はありそう。
サナさんには、十字穂先の槍を扱う凄腕の侍こと、又兵衛が居る。
十二名家の魔術師だ。ま、強いのは当たり前か。
だが、その魔術師としてのすべての技や力の秘密を見たわけじゃないから、何とも言えないが……。
少なくとも、動体視力は優れている。
しかし、唇に指を当てて、頭上に疑問符を出しているリデルにも、何かしらの特技があるはず……。
エブエのように、あのヴァンパイアたちが生かしたまま捕らえ続けて、血の実験に利用していたのだから……。
たまたま?
といった可能性もある……が、ドココさんも裁縫が凄いレベルだ。
ドナガンは農作物を育てるマニアだし、マグリグはマッチョだし、トン爺はトン爺だし。
だから、何かしらの理由はあるはず。
と、そんなことを考えながら玄関口から外に出た。
ジョディが横から、足元からは
訓練場では毎度の光景が広がっていた。
少し違うか。桜色の花が咲いているルシヴァルの紋章樹だ。
そのルシヴァルの紋章樹もある訓練場では、ムーとクエマ&ソロボが訓練をしていた。
ルッシーもその訓練の真似をするように樹枝を使って踊っている。
小さい手が握る樹枝からは、血飛沫が飛んでいた。
ルシヴァルの血か。
ジョディと共に訓練場の外から柵に手を当てて訓練を見学。
すると、クエマとソロボが近寄ってきた。
「主。おかえりなさい。ムーの訓練は順調です」
「主の風槍流を基本とした糸を使った槍武術。どういった戦闘職業を得ているのか興味がありますな」
槍を教えるクエマと剣というか筋肉を教えていそうなソロボがそう発言。
そのムーは、近くで踊っているルッシーの姿を追っている。
義足の先から糸を少しだけ宙へと伸ばしていた。
「ムーの訓練は順調そうだな。ところで、お前たちに大事な話がある」
「主、なんなりとご命令を」
「主! ついにオーク大氏族の切り崩しを狙うのか!」
「いや、戦いに向かうことじゃない。俺の血のことだ。今すぐということじゃないが、光魔ルシヴァルの眷属にならないか?」
「おおおおお」
「わ、わたしたちも眷属に! 入りたいです!」
「俺も入りたい。主と一緒の一族、家族となれる……共に戦える……」
厳ついソロボは口の端から生えている牙が震えていた。
正直、心配だ。自分の牙で脳天を突き刺すんじゃないかと……。
「良かったですね。皆も眷属となれば、より、この村の発展に寄与できましょう」
ジョディが語る。
『ジョディちゃんのいう通り! いいコンビですからね、オークちゃんたち』
左目に宿る精霊ヘルメも同意した。
「……ソロボとクエマ。クエマ・グル・トトクヌ、ソロボ・グル・カイバチの名があるが、平気なんだな?」
「勿論だ。沸騎士殿たちに負けたくない」
「わたしもだ。主に、わたしの……すべてを捧げる」
美人のクエマから告白されてしまった。
オークとはいえ、かなりの美形。
嬉しいかも。
「おう。正直嬉しい。じゃ、眷属化するとして<従者長>を候補として考えているが、いいかな?」
「承知! 精霊様が話していたような、主の親衛隊に入りたい」
「了解した! 主!」
頬を真っ赤に染めたクエマが、俺に抱きついてきた。
「まぁ、大胆なオーク娘ですね」
ジョディが一言。
そのジョディはいまさっきの態度とはうってかわる。
冷淡さをはっきりと表に出していた。
クエマはそんなジョディを見てない。
大事な骨笛を地面に落としている。
しかし、そんなことより……胸元だ。
俺は柔らかい感触を得た。
クエマ。君はなかなかの幅と奥行きがある胸を持つのだな。
素晴らしい桃源郷の、おっぱいダイナマイティの持ち主だ!
興奮したせいで、昔、発明した造語が噴き出した。
おっぱい神は罪深い。
そんなエロい思考に染まった俺にツッコミというわけじゃないが、
「シュウヤーーー連れてきたぞ!」
古代狼族たちを引き連れたハイグリアが端から現れた。
さっと、クエマは俺から離れる。
ハイグリアの左右後方には、ダオンとリョクラインも居る。
ダオンもリョクラインも爪の鎧を身に着けているが……。
やはり、姫というだけあってハイグリアの銀爪式獣鎧はスマートでカッコいい。
獣人としての力強さを感じさせながらも、どこか洗練した近未来の技術が集合したようなカーボンファイバーを使った鎧にも見える。
銀色の美しい毛を持つ彼女だからかな。
エブエのコスチュームも渋いが、古代狼族の姫様の方が格を感じさせた。
今だけなら、古代狼族たちを率いている立派な隊長さんに見える。
「クエマとソロボ、また帰ったら話そう」
「承知しました」
「分かった! 主、まってる!」
クエマが女の表情を浮かべている。
楽しみかもしれない。
「んじゃ、ジョディ、向かうぞ」
「はい!」
俺も古代狼族たちを出迎えるように、彼女たちに近寄っていく。
「シュウヤ!」
「シュウヤさん、ついに神楽の儀式を!」
「姫様を貰う気になったのですな!」
ダオンさんとリョクラインは嬉しそうな表情を浮かべて語っていた。
「二人とも、気が早い。だが、古代狼族の領域に向かおうと思う。そして、今まで、村の防衛に力を貸してくれてありがとう」
「いえ、とんでもない。シュウヤさんに惚れたのは姫様だけではないのですから」
「そうですよ。キッシュさんも優秀ですが、やはりシュウヤさんという存在がなければ、ここまで姫様と共に残ったりしませんから」
と、ダオンさんとリョクラインは笑みを浮かべながら語る。
ハイグリアは大きく頷いていた。
さて、
「ハイグリア。ジョディを連れていってもいいかな?」
「……死蝶、いや、新しい眷属か……良いぞ。ジョディの姿を見て、驚くとは思うが……シュウヤがどういった存在か、故郷の皆も分かるはずだ。狼将たちも納得するはずだ」
ハイグリアはこめかみに力が入っている。
狼将たちか。古代狼族の首脳たちにとっては、死蝶人は絶対的な死を齎す存在でしかないからな。
びっくりどころじゃないはずだ。
「ロロ――」
「にゃぁ」
一瞬で、黒豹より大きい黒馬の姿に変身したロロディーヌ。
巨大なグリフォンを超えるような神獣タイプではない。
そのロロディーヌに乗ったところで、
「んじゃ、ハイグリアたち、故郷への案内を頼む」
「お任せください。姫、行きましょう」
「おう、先鋒はダオンだ。白色の貴婦人のエリアには気をつけろ」
「承知――」
ハイグリア。腕をさっと伸ばした、姫様としての指示の出し方は正直、カッコいい。
こうして、ダオン隊長率いる古代狼族の中隊に混じる形で、サイデイル村の西の森に出た。
先鋒にダオン隊長率いる古代狼族。
中衛にロロディーヌに乗った俺。空を飛翔しているジョディ。
後衛にリョクラインとハイグリア。
樹海の奥地へと向かう中隊。
姫を探索しにきた部隊のメンバーたちは、中々の実力者たちだ。
近寄ってくる数多くのモンスターを蹴散らしながら進む。
ハイグリアが喋った〝白色の貴婦人〟とやらが気になったが……。
古代狼族の兵士たちが行うモンスターの殲滅に協力していく。
といっても、殆どロロディーヌとジョディが頑張って、俺は樹槍を<投擲>しているだけという……。
が、その直後――。
かぐわしい香気が漂うと前方の地面がひび割れた。
前だけでなく、周囲に巨大な魔素たちの反応もある。
すると、空間に泡が走り高架が走る!?
視界が切り取られたように揺らぐ。
眩惑を起こすような勢いだ。
続いて機雷でも敷設してあったかのような爆発音が轟いてきた。
ひび割れた地面からまばゆい白刃の閃光が生まれ出る。
すると、左から、胸元に古代文字を刻むジャケットを着た綺麗な女性が現れた。
「鬼が出るか蛇が出るか!」
言語は共通語。
見た目は長い黒髪に美しい顔を持つ。
人族の女だとは思うが――。
先端がレンチか?
物を挟める形の二股の金属矛を持った長柄武器を両手で支えるように持っている。
長柄武器は特別なマジックウェポンと認識。
なにより体から放つ魔力の量が普通じゃない。
さらに、少し遅れて、漆黒の鋼ブーツを履く男と女が現れた。
御揃いのジャケットを着こむ二人。
「刻印の力といつもの高貴さが足りないな、アソル」
「ふふ、高貴さ? 猪突の勇ドルガルが、そんな言葉を出すとはね」
優秀な冒険者パーティか?
「二人とも行動が遅い。結界が反応したのよ?」
先頭の長柄武器を持つ女性が語る。
隊長クラスか?
『閣下、精霊を複数操っている女性が後方に居ます』
『ほぅ。遅れてきた女か。背中に組んだ手には短杖を持つとか、ありそう』
『キサラがよく話していた暗器系武具。もしくは、デルちゃんが使っていた『魔擒拿拳』からの『暗雷剣』のような技系かもしれません』
ヘルメが忠告してくれた。
武器類も気になるが、あのお揃いの黒を基調としたジャケットといいカッコいい。
組織だとして……。
【未開スキル探索団】の樹海狩りとは違うグループか。
坊主系の戦神教ではないようだが……。
ハイグリアたち古代狼族は無言で、周囲に散らばる。
古代狼族は両手の爪を剣刃に変えている。
ダオンさんを中心に、素早い機動でゲリラ戦術を取った。
とりあえず、戦いになる前に話しかけるか……。
「――皆、交渉をするから、戦いは控えてくれ」
そう喋りながら前に出た。
『器よ。妾で不意打ちを行うのじゃ、許可しよう』
『……兵は猶火のごとしってか?』
『そうだ。ふん、妾を戒めているつもりか? 妾の使い方は器がよく知っておろうに』
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