三百九十四話 激戦・亜神ゴルゴンチュラ

 

 眼鏡娘を助けて、脇に抱えた。


「貴方はいったい」

「名はシュウヤです。とりあえず――」


 そう答えながら、倒れている女の子に<鎖>を差し向ける。


 だが、半透明の武者が反応。

 十文字刃の穂先で梵字が煌めく<鎖>の先端を弾く――。


 弾かれるとは予想外。

 弾くというか、<鎖>の速度に対応するのも驚きだ……。


 槍を扱う武術の質は高い。

 風槍流に近い武術?

 亜神ゴルゴンチュラも変質した両腕を上下左右に激しく動かしている。

 凄まじい触手群が交差する斬撃を十文字の槍で弾き受け流す。


 左に受け流したところで、両手に持った槍をくるくると半回転させて左から右下へと動かしていた。


 亜神は魔力を消費しているとはいえ、あの侍……強いな。

 亜神と真正面から普通に打ち合っている。

 そして、足元で倒れている女の子以外はすべてを敵だと認識するタイプか。


「妾の、キゼレグを返せ――」


 亜神ゴルゴンチュラはチャンスと判断したらしい。

 半透明な武者に向かわせていた触手を、貨物室内の壁へと伸ばしていた。


 鮫牙を生やした触手が壁を突き刺し、ヒトデが壁に張り付くように付着。

 亜神はこの貨物室ごと武者を潰すらしい。


 予想通り、亜神はその壁にべったりと張り付いた触手を収斂。

 触手が張り付いた鋼鉄の壁は内側へと、ぐにゃりと凹む。


 凹凸した鋼鉄製の壁は剥がれた。

 そのまま剥がれた壁は、亜神の前で戦う半透明武者と衝突。


 当然、俺にもその剥がれた壁の一部が迫った。


「ひぃぃ」


 脇に抱えた眼鏡娘は気を失う。

 この子に注意しながら魔槍杖を振り上げ、迫った壁を切断。


 同時に壁と繋がっていた床面が撓むと、備わった椅子も持ち上がる。

 盛り上がった反動により、ワイヤーが切れた黒髪の女の子は空へ弾け飛んでいった。


 助ける――。

 その黒髪の女の子へ向けて<鎖>を射出。

 落下中の女の子の胴体に<鎖>を巻き付ける。

 そこから素早く俺の手首のマークへと<鎖>を収斂。


 女の子を引き寄せる。


 よし――無事に女の子を引き寄せることに成功。

 脇に女の子を抱え<鎖>を消去。


 片手に握っていた魔槍杖も消去。


 新しく抱えた女の子は意外に胸があることをちゃっかりと確認。

 そして、両手に抱えた女の子に気を付けながら、視線をゴルゴンチュラに向ける。


 <鎖>をゆっくりともう一度出す。

 そのゆっくり軌道の<鎖>を亜神が回収しようとしていた、銀の棺桶に差し向けた。


 銀箱に<鎖>を絡ませて雁字搦め状態にしてから引き寄せる。

 銀箱を奪取した。


「あ! 妾のキゼレグぞ! 返せ――」


 亜神のゴルは無視だ。

 俺は落ちゆく旅客機の一部から離脱した。


 いつものように<導想魔手>を足場に利用し、跳躍しながら下降。


「ンン、にゃ~」


 神獣ロロディーヌの声が下から響く。

 下降しながら樹海を俯瞰。


 神獣の黒触手群が支えていた旅客機の一部が見えた。

 パイロットが乗っていた前部が地面に突き刺さっている?

 後部が多数の枝に引っ掛かる形で着地したらしい。


 乱暴に着地したようだが……。

 隣の樹木の上で四肢を乗せて待機していたロロディーヌの姿を確認。


 紅色の瞳と白髭が作る表情は可愛くもあり凛々しい。

 ドヤッとした自慢気な表情だ。

 その神獣ロロディーヌによって、打ち倒された樹木の下に、数十人の助かった人々らしき姿も見えた。


 傷を負っている人が多数居ることは想像がつく。

 が、今はあとまわしだ。エヴァの姿を確認しようと視線を上げる。


 俺たちが居るはるか後方の上空に紫魔力が確認できた。

 紫魔力の<念動力>が誘導する形で、破損したジェット機の一部も見えた。


 俺たちの近くに来ようとしているらしい。

 だが、さすがに機体が機体なだけに重そう。


 エヴァの表情はここからだと確認できない。


「返せ!!!」


 <鎖>と繋がる銀箱に釣られている亜神の怒号が真上から轟く。


 この亜神ゴルゴンチュラを仲間のもとに誘導したいが、距離的に不可能。


 ロロディーヌが下りた場所に向かうのもダメだ。

 助かった人々が居る。


『閣下、水の気配が右辺にあります』


 俺の気持ちを悟った左目に宿るヘルメちゃん。

 小型の彼女だが、精霊珠想の衣装に身を包む姿は非常に可愛らしい。


『了解』


 状況を把握している常闇の水精霊が指す方向へと向かう。


「キゼレグ――」


 上からストロー型の触手が伸びてきた。

 亜神ゴルゴンチュラの気色悪い触手腕だ。


 腕の先端はバナナの皮が剥かれたように細かく分裂していた。

 裏と表の鮫牙のようなものがビッシリと生えそろった触手。


 亜神のゴルゴンチュラと激戦を繰り広げていた半透明な武者は、その亜神ゴルゴンチュラを追いかけるように真っ逆さまに落ちてくる。

 というか、俺の抱えている黒髪の女の子が目的かもしれない。

 ――神も神だが、あの侍も侍だ。


 飛行機の内壁と衝突しても無事だったらしい。

 頭に矢は刺さっていないが、堕ちてくる侍は少し怖い。


 急いでヘルメの指した方角へ向かう。

 <導想魔手>の足場を遠くに設置するようにした。


 その分、落下速度が上がるが――構わず降下。


 背丈の高い樹木に生えている枝という枝を<鎖>で雁字搦めにした銀箱で破壊した。

 ハンマーフレイルを扱うように銀箱を扱う。


 多数の木くずが飛び散る。


 両脇に抱えた女の子に傷がつかないように注意しながら下降。


「ぬぬぬぬぬぉぉ、妾のキゼレグを!!」


 背後から亜神ゴルゴンチュラの唸る声が響くが、無視。

 そのまま乱暴に扱った銀箱を小さい湖へ投げ入れてから、岸側に着地した。


 遅れること数秒のあと。

 必死な表情を浮かべている亜神ゴルゴンチュラは銀箱を追いかけ湖の中へと飛び込んでいった。


 銀箱と繋がる<鎖>を伸ばしたり縮ませたりと、釣り糸を操るように操作を楽しむ。

 このまま亜神さんを湖面の中で泳がせておこう。


 その間に、岸から離れた。

 銀箱フレイルで打ち倒した樹木の下に向かう。

 彼女たちを隠すのに、いい感じの場所はないかな? 


 と、頭を振って探す。


 あった――。


 早速、見つけた木の根の溝の中へと駆け寄っていく。


 両手に抱えた気を失っている女の子を優しく下ろす。

 同時に、無詠唱で上級の《水癒ウォーター・キュア》を念じ、発動。

 前髪に当たるか当たらないかのすれすれの位置に浮かんだ水塊から細かい霧粒子が彼女たちの黒髪を洗い流すように降り掛かる。


 幾つか擦り傷を負っていたが、彼女たちが癒えていくのを確認した。

 敗れた軍服姿から下着を覗かせている。

 高級そうな下着だな? お嬢様系か? と、思いながらも振り返る。


 ヘルメを出して、ここで彼女たちを守らせることも考えたが……。

 助けたとはいえ、赤の他人。

 俺たちと敵対するかもしれない。


 それに、相手は亜神だ。

 ヘルメは必須だろう。


 その考えを数刻の間に纏めた。


 そのまま湖へと伸びている<鎖>を操作。

 <鎖>が絡みついた銀箱を掬うように勢いよく<鎖>を引っ張り上げた。


 湖面からミサイルが直撃したかのような、縦へと迸る無数の水飛沫。

 そんな水飛沫を浴びている銀箱はきらきらと輝いていた。


 亜神ゴルゴンチュラも湖面からぬっと現れる。


 亜神が釣れた。

 同時に凄まじい爆砕音が響く。


「アァ――」


 落ちていた侍が、湖面から浮上したばかりの亜神と衝突していた。

 また、湖面の中へと縺れるように侍と仲良く落下していく亜神ゴルゴンチュラ。


 その間に、銀箱を包む<鎖>を収斂。

 手元に引き寄せて、表面の模様を確認した。


 やはり、こいつが目当てか。

 表面に蒼い蝶々のマークがある。


「――オォォ」


 この銀箱も念のため、移動させておこう。


 と、銀箱を移動させた直後、水をまき散らしながら、亜神ゴルゴンチュラが岸辺に降り立った。

 半透明な侍はまだ湖面の底らしい。


 亜神ゴルゴンチュラの濡れた髪が綺麗だが、尖り顔だ。

 そんな感情を露わにした表情筋の動きを、確認する間もなく――。


 鮫牙が無数に生えた触手と、口を変形させて、その先端が鋭くなった口骨を伸ばしてくる。


『――ヘルメ。<仙丹法・鯰想>』

『はいっ』


 阿吽の故郷で左目からにゅるっとなまず型の想念体が現れる。

 触手牙、尖らせた口から放出してくる粘液のすべての攻撃を鯰は吸収し防御した。


 巨大な鯰想は唸り声を上げて、ゲップを吐く。


 そんな左の不思議な鯰の視界を感じながら俺は前進。

 腰を捻り右手に握る魔槍杖へと力を伝え撃つ<刺突>を放つ。


 狙いは驚きの表情を浮かべたゴルゴンチュラの胸元。


 だが、硬質音が響く――。

 ストローの形をした触手から分岐している太い鮫牙によって、紅矛の<刺突>は防がれた。

 そして、違う方向に伸びた鮫牙と、紅斧刃が擦れ衝突し、火花が散る。


 しかし、そんなことは想定済みだ!

 その伸び切った魔槍杖バルドークを消去させ、右手に再召喚。

 間髪入れずに<刺突>から<闇穿>を繰り出す。


 最初の<刺突>の紅矛は防がれた――。

 が、螺旋している幅広の紅斧刃は防ぐことはできない。

 <刺突>によって腕に切り傷を負うゴルゴンチュラ――。


 しかし、続けて繰り出した闇を纏う<闇穿>は身を捻って避けてきた。

 とはいえ、反撃させるつもりはない――。


 至近距離から――《氷竜列フリーズ・ドラゴネス》を発動。


 イメージはハルホンク。

 俺の肩鎧にある竜頭の金属甲を強くイメージした。


「ゲェ――」


 不意を衝くことはできた。

 突如現れた“龍頭”を象った列氷が亜神を喰らう。

 亜神は湖面に触れていた足から二つの水飛沫の線を発生させながら、吹き飛んでいた。


 吹き飛びながらも、氷の龍の魔法を防ごうと触手群を衝突させていく。

 だが、上顎と下顎の牙の量は異常に多い。


 氷龍と触れた亜神の触手群は一瞬で凍って粉々となった。

 細かく散る蝶々たち。


 綺麗だ。

 同時に魔法の影響により、足元の水飛沫も凍った。


 その湖が凍っていく光景は圧巻だった。

 亜神の背中から生えている蝶羽とマッチしている。


 蝶が羽を開くように広がっていた水飛沫の芸術。

 しかし、そんな湖面が作る芸術は一瞬で砕け散った。


 露出している亜神の胸元にも氷龍の牙が突き刺さる。

 その衝撃で体勢が崩れた亜神は床に激しく衝突し、転がった。

 凍った湖面をバウンドしていく。

 立ち上がった亜神。

 体が震えて、胴体の一部と足が凍っていくことを防げていない。


 亜神ゴルゴンチュラは蝶羽も凍る。

 表情をも凍らせたところで、動きを止めた。


 急激に温度が下がったのを肌にヒシヒシと感じながら<邪王の樹>を意識。

 動きを止めた亜神ゴルゴンチュラの下へ樹木を向かわせた。


 チャンス――。

 俺は<血魔力>を強く意識。


 仙丹法・鯰想を展開していたヘルメの一部が左目に戻るのを感じながら<血液加速ブラッディアクセル>を発動。


 足元に生成した樹木道の上を血ですべるように駆けていく。


「ぐぐ、なんという氷魔法。強さだ……その血のオーラ――」


 喋らせるつもりはない――。

 口を塞ぐように、

 初級:水属性――。

 《氷弾フリーズブリット》。

 中級:水属性――。

 《氷矢フリーズアロー》。

 を発動――。


 だが、口は塞げなかった。

 凍った体の内部から亀裂が走った瞬間、亜神は双眸から魔力を放つ。


「舐めるなよ! 妾は神を喰らうモノぞ」


 と叫ぶと、脱皮でもするように綺麗な肌を露出させながら上空へと舞い上がる。

 足に付いていた邪界の樹木は吹き飛んでいた。


 宙を優雅に飛ぶ亜神ゴルゴンチュラ――。

 魅了の効果でもあるか……


 俺はしばし、釘付けとなった。

 艶のある肌に小さい顔に小さい唇。


 ややこぶりなおっぱい。


 そのこぶりなおっぱいさんが、魅力を助長していると感じさせた。


「血の系譜を持つ者よ。その実力は認めよう――」


 見惚れてしまった亜神は、さらに俺を魅了させるように、背中の蝶羽を羽搏かせる。

 身を捻り踊るような機動のゴルゴンチュラ。


 その羽から、虹色の魔力波を飛ばしてきた。


『閣下――』

『任せた』


 左目に宿るヘルメの<精霊珠想>が展開。

 鯰想の姿の一部が丸く変形。

 大きな丸盾状に変化を遂げると、亜神の繰り出した虹色の魔力波と衝突した。


 虹色の魔力はヘルメの蒼い液体盾を侵食しようとする。

 だが、蒼い液体の中でぐるぐると渦が巻く。

 巨大な丸盾を凝視したら、細胞が細胞を殺すように無数の小型ヘルメたちが大盾の内部で躍動しているのが見えた。


 面白い。


 そして、ゼロコンマ何秒も掛からず、虹魔力を逆にヘルメが吸収。

 虹色魔力は完全に消失した。


「チッ……なんという防御力。妾は選択を間違えたか?」

「しらねぇよ――」


 俺はそう口にしながらも、亜神の強さを認めた。

 ラ・ケラーダのマークを作り、抱拳。

 そして、改めて、アキレス師匠から学んで獲得した恒久スキル……。

 <魔闘術の心得>を意識し――。

 同時にキサラから習いかけの魔手太陰肺経から連なる天魔女功を強く意識した。


 全身の魔力を練るように纏い直す。

 その瞬間、亜神ゴルゴンチュラの足が強く光る。


 ん? 光っていたのは紙人形、チカタだった。

 何の意味が、動きを鈍くしたのか、魔力を吸い取っているのか?


 まぁいい。

 そして、<精霊珠想>状態のヘルメが俺の左目に戻る、その僅かな間に――。

 <始まりの夕闇ビギニングダスク>を発動。


「お前の語っていた血の系譜らしく――闇は闇でいこうか」

「な、何だ、結界か?」


 動揺しながらも両手を盾状に変化させた亜神ゴルゴンチュラ。

 細い素足の先はロングソードのように鋭い爪を伸ばしてきた。


 そんな爪先から毒々しい蝶々が出現したと、思ったら、蝶は液体と化して凍った湖面を溶かしていく。


 酸のような匂いが漂った。


 亜神は近接を想定したか?

 まぁいい、丁度いい、仲間も居ないから、俺のすべてをぶち込む。


 この亜神とサシの勝負だ。

 ……毒は気にする必要はない。


 俺の身体を基点に膨大な闇が生まれ出る。

 昏い深淵の闇は、この世界を闇と化すように広がった。


「……妾を前にして嗤うとは。堕天のようなその闇の翼といい。生意気だ。目も赤い、やはり血の系譜。吸血鬼一族の高祖か? ルグナドめが、また妾の邪魔を……」


 フハハ……勘違いしてやがる。

 しかし、この<始まりの夕闇ビギニングダスク>の副次効果か?

 どうも、発動すると高揚感が抑えられない。


 フフ、ハハハハハ――。


「悪いな、亜神」


 普通に喋ったつもりだったが、低い声音だった。

 凍えそうな深淵の闇世界に釣られたようだ。


「……妾の視界が昏い闇に視界が埋まるだと……このような闇世界は知らぬ。知らぬぞ……<蝶累の眼>でさえ届かぬとは……妾が畏怖の念とは、もしや、ルグナドではないのか?」


 亜神も見えないらしい。

 俺も成長した結果かな?

 単に、亜神が力を消費しているからか?


 だから、その精神に作用した結果かもしれないが。


 亜神に<始まりの夕闇ビギニングダスク>が効いたようだ。


 一方、俺には「咫尺を弁ぜぬ」ではない。

 心地よい闇だ。


 ということで、まずは、これだ。


 その心地よい夕闇世界から――。

 <夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を発動させる。


「ぐあぁぁ」


 突如、三百六十度の位置から出現した<夕闇の杭>。

 滂沱の雨の如く降らせ、下から横から無限に闇杭を生やす。


 亜神ゴルゴンチュラの身に闇杭が突き刺さっていく。

 亜神は両手の盾と足剣を使い身に迫る闇杭を落とし斬っていくが身に迫る闇杭の量は膨大だ。


 その光景をただ見ているわけではない。

 一瞬<闇の千手掌>を意識した。


 が、違う選択肢を取る。

 相殺するつもりはないが――<光条の鎖槍シャインチェーンランス>。


 闇杭の合間を縫うように亜神の身に光槍が、二本、突き刺さる。

 当然、光槍の下部は分裂しながら光網となった。

 網に触れた闇杭群が消えるが、代わりに光を帯びた網が亜神ゴルゴンチュラに網タイツ衣装を作り上げていく。


「ヒィィ、再生がぁぁ遅れるぁぁ 何かが体ヲォォ」

「それは光条の鎖槍というスキルだ――」


 続けて、<闇の次元血鎖ダーク・ディメンションチェーン>を発動。


 闇世界の虚空から紅蓮の血鎖たちが生まれ出る。

 血鎖は闇世界ごと、亜神ゴルゴンチュラを貫くかと思われた――。


「血鎖――いや、金剛色の像が浮かぶ血鎖だと」


 光槍と闇杭で動きが封じられていた亜神ゴルゴンチュラだったが、避けている。

 視界も回復したらしい。

 続けて、空間を切り裂く血鎖を避け続けていった。


「妾の<時の翁>を最大に使わせるとは――」


 声質がガラガラと変質した亜神ゴルゴンチュラ。

 美しい色合いを維持していた体の一部も変色。


 そして、背中から生えていた蝶羽も萎んでいた。


 だが、その代わりに得た機動は異常な速さだった。


 俺の暗闇世界が血鎖に切り裂かれて消えていく。

 かつて、この必殺技を避けられたのは、邪神シテアトップのみ……。


 少しショックだが、やはり、亜神……最高級に強い。

 と思ったところで、亜神ゴルゴンチュラは不敵に嗤う。


 蒼い双眸は鋼のように鋭い。

 だが、嗤っている。


 変形していた口を元の美しい唇に戻す。

 ところが、戻したのは一瞬だった。

 口が、横から上下に広がるように裂けていった。


「――神に歯向かう、覚悟はいいか?」


 ガラガラ口調で喋る。

 毒々しい霧のような粒子を裂けた口から発していた。

 魔息とガスのようなモノを吐き、嗤いながら踊るような機動で、俺の<始まりの夕闇ビギニングダスク>の世界を壊していく<闇の次元血鎖ダーク・ディメンションチェーン>の凄まじい鎖の連鎖攻撃を避けていく。


 あの嗤った表情といい何か嫌な予感。


 依然と亜神ゴルゴンチュラは素早い機動を維持した状態だ。

 すると、裂けた口から、紫と蒼に点滅する羽を持った歪な巨大蝶々を生み出す。



「――グランドシャプルーアゼベアよ! あやつを食え――」


 巨大蝶々は死蝶人たちがぐちゃぐちゃに集まった蝶々だった。

 気色悪い――。


 咄嗟に――逃げるように横へ避けた。

 だが、巨大蝶々は俺を追尾してきた。


『閣下、わたしが――』

『――おう。頼りになる! <仙丹法・鯰想>』


 鯰の形をした防御の網を俺の前に展開される。そこから飛び出た魔力の手の群れが巨大蝶々に向かう。

 その巨大な蝶々の体と蝶々の羽を掴むと、それを毟り取るように<仙丹法・鯰想>の体内へ誘い込む。

 

 鯰状態の<仙丹法・鯰想>のヘルメが動きを止めた。


「掛かった――」


 と、亜神ゴルゴンチュラは叫ぶ。

 そのタイミングで<闇の次元血鎖ダーク・ディメンションチェーン>を避けきっていた。


 亜神ゴルゴンチュラは闇の世界が消えたことに満足するように頷く。

 前傾姿勢を取ると、猛然と前進を開始した。

 

 俺との間合いを詰めてくる。

 新しく生やした骨剣と足爪を振るってきた。


 亜神ゴルゴンチュラとの近接戦に移行――。

 魔槍杖バルドークを掲げ、斜め軌道の斬撃を柄で受け流す。


 続けて身を捻り――首を薙ごうとする軌道の刃を視界に捉えながら避ける。


 そこで『ヘルメ、どうした?』と念話で聞きながら、軽く跳躍――。


 亜神ゴルゴンチュラの頭部を狙い突く。

 が、ゴルゴンチュラは片腕を上げた。

 骨剣で、眼前に迫った魔槍杖バルドークの紅矛を弾くと、反対の腕で、俺の胸を突こうと差し向けてくる。


『身動きが……閣下にご迷惑はおかけしません!』


 ――身動きだと? 

 動きを封じる系か、吸収に時間を要するタイプか。

 ヘルメは俺を守るように、左目と繋がっていた液体部分を切断していた。


 液体の塊と化したヘルメは凍った湖面の上を転がっていく。


「――フハハ、もうあの防御は使えまい?」

「――そうみたいだな」


 ヘルメに変な技を喰らわせた亜神に対して怒りが湧いてきた。


 が、怒りに飲まれはしない――。

 このまま爪先回転を維持。


 受け身の時間を長く保つ。

 ――湖面の水場へと、わざ・・と亜神を誘導させる。


「どうした? 先ほどまでの威勢は! フハハハッ!」


 防御一辺倒になったのを喜ぶ亜神ゴルゴンチュラ。

 踊るようの足の動きで、爪剣を連続的に繰り出してきた。

 が、それも頷ける。

 

 本当に蝶の羽を失ったのかよ。


 と言いたいぐらいの機動だ――。

 なんとか、身を捻り避けながら回避に専念した。


 風槍流『案山子通し』を行い回転しながら退く。

 足場が水面になったところで、水神アクレシス様へと感謝の念を強く持つ。

 水が俺の足元に纏わりついたのを見た亜神ゴルゴンチュラは、


「水神の加護だと!」


 と叫ぶ。

 その焦りの視線は、俺の足と背中と岸に置いた銀箱に順繰りに向けられる。


 ん? 亜神ゴルゴンチュラの素足が点滅?

 先ほどのキサラの紙人形か。

 紙人形の一部が湖面へと伸びて繋がっていた。


 その僅かな間を逃さない。

 体を駒のように回転させながら、左手に神槍ガンジスを召喚。


 亜神の側面に回り込む。

 反撃のタイミングで右手の魔槍杖による<刺突>を出した直後――。


 腰を沈ませる中腰姿勢を維持した状態で直進しながら――。

 左手・・を強く意識。

 そして、神槍ガンジスによる下段専門の突き<牙衝>を発動。


「ふん――」


 亜神はわずかに腰をずらし避けてくる。


 反撃は来なかった。

 亜神ゴルゴンチュラの胸元から蒼い血がドバっと噴き出る。


「――え?」


 身を捻り、血をまき散らしながら後退する亜神ゴルゴンチュラ。

 『どういうことだ?』と、疑問符を浮かべて、胸元からあふれ出る蒼い血を確認していた。


 蒼い血は、蝶々の形となって消えていく。


「血、しかも剣だと? あぁ、妾の血が……ぐぁ――」

『美味い美味いぞ! 最高の血だ! 器よ、よくやったぞおぉぉぉ! ウハハハッ! だいたい、妾、妾と生意気なのだ!』


 そう、正直あまり使いたくなかったが、二槍流も布石だった。


 神槍ガンジスの<牙衝>と共に<サラテンの秘術>を発動。


 神剣サラテンは亜神の血を吸収したのか色合いを変化させている。

 鋼というか黒い斑点と金色の双眸のようなモノを纏うサラテンだ。


 テンションが高いサラテンは、また、亜神の体を貫く――

 意識を持つ神剣サラテンは剣身を三つに分裂させた。


 よく見れば分裂じゃないな……。


 積み重なった刃先が三枚の剣刃となった。

 ミルフィーユのような三枚状の神剣サラテンは上下左右を行き交う。

 神剣の上には小さいサラテンが乗っていた。

 そんな神剣をただ見ている訳ではない亜神は腕を振るい抵抗――。


 しかし、抵抗を続けている、その右腕を狙うように神剣サラテンは方向展開。

 飛行速度を急激に上げたサラテン――。


 亜神の右腕に向けて突進し、その亜神の右腕を見事に神剣は貫いた。

 肩から三枚おろしとなった。


「……」


 腕を分断されるように失った亜神ゴルゴンチュラは悲鳴をあげない。

 そのタイミングで、亜神は銀の箱へと視線を移す。


「キゼレグ……」


 悲し気な表情を浮かべて名前を呟く。


『サラテン、戻れ。巻き込まれるかもしれない』

『巻き込まれる? そんなことより器よ、ご褒美じゃ。妾との濃厚な接吻をくれてやろう』

『いいから早く戻れ!』

『ぬぬぬぬ、思念操作か――まけん、負けんぞぉぉ』


 前と同じ洒落を……。

 中空で動きを止めて少しだけ抵抗を示す神剣サラテン。

 だが、身を震わせると、掌の中に戻ってきた。


 そんなことより亜神ゴルこと、ゴルゴンチュラは、ゴルゴンゾーラのような腕をスパゲッティと化しては再生させるつもりなのか?


 そんな俺の冗談めいた考えに乗るかのように動きが鈍った彼女は嗤っていた。


 醜い嗤いは何を意味するのか?


 分からない――。

 念のためヘルメの位置を確認。

 ヘルメは回復したのか、よろよろと歩きながら岸辺に向かっていた。

 水黄綬の文様が彼女の体に浮いている。


 心配だが、亜神を見る。

 前傾姿勢で前進――体勢を沈めながら、その亜神ゴルゴンチュラに近づく。


 間合いを零としたところで<水月暗穿>を繰り出した。

 低い体勢から弧を描く蹴りが亜神の腹と衝突し喰い込む――。

 亜神の腹の底を、足先で持ち上げる――。


 その瞬間、亜神の体の一部が萎んだ。

 内臓がぶち壊れたような鈍い破裂した音も轟く。


 アーゼンのブーツからしっかりとした感触を得た。


「ぐあぁぁ、キゼレグぅぅ、妾は、妾はァァァ――」


 強烈な蹴りで高く浮かんだ亜神ゴルゴンチュラは悲しげな声で叫ぶ。

 黙らせるわけじゃないが、下から半円を描く軌道で神槍を振るった。


 神槍ガンジスは湖面の水を得るとさらに加速――。


 方天画戟と似た矛が月を描く。

 その振動した穂先が亜神ゴルゴンチュラの胸を斬る。

 亜神ゴルゴンチュラは衝撃で上空へと持ち上がった。

 直後、<魔闘術>を意識。

 キサラから習った<魔手太陰肺経>――。

 同時に伸びきった左手を手元に引き寄せる。

 そして、右手に魔槍杖バルドークを召喚。


 ぬぉ――。


 その瞬間、活性化した俺の魔力か、血を欲したのか? 

 魔槍杖バルドークが強く振動。

 更に、俺の精神へと干渉しているのか底の方から激しい血の衝動を覚えた。

 吸血鬼ヴァンパイア顔となっているかもしれない。

 同時に鐘の音が頭に響く。

 胸元から光を感じながら、構わず、魔力を魔槍杖バルドークに浸透させる。

 体を螺旋させることを意識して跳躍。

 体幹も重要だが、丹田も重要だ。

 落ち着かせようと、師匠の鬼顔とキサラの声を思い出す。

 と、引き戻した左手の神槍ガンジスで<水穿>を繰り出す。

 タイミングを合わせ、同時に右手の魔力が乗った魔槍杖バルドークでも<水穿>を発動。


 二槍流の手応えあり。

 ピコーン※<水雅・魔連穿>をスキル獲得。


 ――おぉ新技を得た。

 亜神が串刺しとなったところで、両手から槍を消失させる。


 そして、右手に魔槍杖バルドークを再召喚。

 力なく壊れた人形のように落ちてくる亜神ゴルゴンチュラ。


 一瞬抱き寄せて<吸魂>をするか? 

 と思ったが……嫌な予感がする。


 だから、


「……魔界か神界か冥界か、分からないが、お前を待つ存在が居るかもな?」

「妾は神……またいずこか――」


 そう、たむけの言葉を贈ると共に、<闇穿・魔壊槍>を発動。

 <闇穿>が亜神の頭部を貫く。


 亜神の蒼い血飛沫を全身に浴びた。


 その血を光魔ルシヴァルらしく吸いながら魔壊槍グラドパルスを見る。

 空間ごと貫く勢いの魔壊槍――。

 亜神ゴルゴンチュラのすべてを巻き込むように直進するグラドパルスは圧巻だ。


 ――この世界、この樹海に、目印を打ち立てるような軌道のグラドパルスは閃光を発した。


 え? 意味があるのか?

 本当にグラドパルスは存在証拠を見せつけるように印を宙に残すと、消失。


 まさに異世界を突く。


 ゴルゴンチュラも消えたが……。

 最期に語っていたように……神を完全に滅ぼすことは不可能だろう。


 吸収しない限りは……。

 そう思ったところで、


 ※ピコーン※称号:セラの神殺し※獲得※

 ※亜神封者ノ仗者※セラの神殺し※が統合サレ変化します※

 ※称号:亜神殺しの槍使い※獲得※

 ※ピコーン※<水神流槍武術・解>※恒久スキル獲得※

 ※<水の即仗>と<水神流槍武術・解>の二種スキルが融合されます※


 ※ピコーン※<水神の呼び声>※恒久スキル獲得。


「ンンン、にゃぁ~」


 癒やしのロロディーヌ!

 皆を連れている。

 エヴァはまだ来てないな。


 さて、スキルも気になるが、銀箱と助けた人をチェックかな。


 だが、心配だったヘルメを見る。

 彼女は俺を見て幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「閣下……お、おめでとう、ございます……」


 笑みを湛えていたが、顔色が悪い。

 急いで側に駆け寄った。


「どうした――」

「す、すみません、閣下……わたしは幸せでした」


 ヘルメを模っていた綺麗な表情が崩れ落ちていった。


「おい! 嘘だろ、ヘルメ!!」


 その瞬間、<水神の呼び声>が発動。

 ヘルメだった液体が閃光を発して一か所に集結していく。

 お? びっくりさせやがって……。


『――眷属が世話になっているな? 覚えているか?』

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