三百九十三話 異世界転移

 ◇◆◇◆



 計器と空調音が巨大貨物室の中に響く。

 ここは改造された旅客機の中で一定の気圧が保たれている。

 幅広い貨物室の中央には装甲車的な銀色の棺桶が置かれてあった。

 棺桶の表面には蒼い蝶々の刻印がある。


 その棺桶を見守るのは二人の傭兵然とした男。

 二人の男はスリングスイベルと繋がったアサルトライフルを抱え持つ。

 銃のグリップに片方の手が置かれ、もう片方の手から伸びた人差し指はトリガーに触れる位置にあった。その一人の傭兵が眉を潜ませる。

 と銀色の巨大棺桶に近付く。


 隣のもう一人の傭兵は訝しむ。


「どうした?」

「この棺桶から音が鳴った」

「音だと?」


 もう一人の傭兵も棺桶に近付いた。


「気のせいかもしれないが、内部から音が聞こえたような気がしたんだ」

「ここは気圧が保たれているはずだよな?」


 彼らは銀色の棺桶を触りながら、頷き合う。


「あぁ」

「……まぁ、怪物の類か? あのサナ様がドンパチ激しいアンカレッジの古代遺跡から回収した棺桶だからな」


 金髪の男はキャビンの前方を見ながら語る。

 彼が話すサナ様とは、彼ら傭兵が所属していた親会社ごと買い上げた人物で、東日本が誇る十二名家の魔術師だ。


「中身が健在なら戦争に利用できるかも? と、お嬢は仰っていたが」

「詳細は帝都についてからだな……」


 厳つい表情の男は太い指先で数回、トントンと、銀色の蓋を叩く。


「専門の設備を使い、この銀箱を無理やりこじ開けるつもりのようだ」

「そう聞いたが……素直に開く代物とは思えない。硬度はダイヤモンドかってぐらいだ」

「あぁ、ジャポンにはそんな技術があるのかねぇ」

「さあな? 蓋と桶を溶接した素材も未知の金属の可能性が高いらしい。溶接方法も分からないと聞いた」

「異常に滑らかな銀色の金属を扱う超古代文明か。金の鉱脈といい……ネフィリムと呼ばれている巨人の骨が見つかったアンカレッジの遺跡といい……古代文字の細かな溝も関係がありそうだ」


 その時――銀色の棺桶の内部から「我、キゼレ……グ……」と微かな音が響く。


「聞いたか?」

「聞いた……箱の中身は本当に生きているらしい」

「サナ様が喜びそうだ」

「しかし、聞き取れない音だった。外国語か?」

「サナ様は古代のアヌンナキと呼ばれる存在かもと、予想していた」

「……ハハ、分からない。荒唐無稽すぎてついていけん」

「あぁ、さっぱりだ。ジャポンの魔術は、まさに東洋の神秘だぜ」

「ふっ、俺たちはコレ・・だけで事足りる」


 銃を掲げて笑う二人の傭兵。

 金髪に紺碧の瞳を持つ彼らの出身は当然、東日本ではない。


 左の金髪の人物はイングランド出身。

 昔は王立海兵隊の中隊に所属していた。

 頭にLがついたブルパップ方式のアサルトライフルを持つ。


 もう片方の人物は米国から独立した北カリフォルニア共和国の出身。

 元は陸軍レンジャー部隊に所属していた。


 この二人が最近まで所属していた民間軍事会社は現在も活動中だ。

 散発的な戦闘に終始している地味な世界大戦といえば、聞こえはいいが……。

 内実は東日本、東邦ロシア、中華連邦、北アメリカ、北カリフォルニア共和国などの大国たちの軍隊が熾烈を極めて、アリューシャン列島、アンカレッジ、コーカサス山脈にまで及ぶ大金塊鉱床と、それに連なる古代遺跡群の権益を巡り争っている大戦だ。


 そして、彼らのような優秀な傭兵はどこの国も大金を用意して欲しがるほどの人材だった。


 そこに、貨物室の内部の壁面に据え付けてあった椅子が並ぶ場所から女性の声が響く。


「キース、アレス。何かありましたか?」


 優し気な声音で傭兵たちをキース、アレスと呼ぶ黒髪の女性。

 彼女の背後には背が低く、丸眼鏡をかけ、手元にタブレットを持った女性がいた。


「サナ様とヒナ、気にせず座ってください」

「ですな。ここはまだ危険空域」

「そうですか? この旅客機も改造が施してありますし、なにより、わたしがいますから大丈夫ですよ」


 サナは小さく呟きながら黒髪を耳の裏に通すと、キースとアレスの傍へと歩み寄る。

 そのサナは、東日本国の軍服を身に着けた学生の身。

 だが、東日本国最強魔術機関の一つ、十二名家の鳳凰院家の次女で稀有な能力を持つ魔術師でもあった。

 キースとアレスの傭兵はサナの日本人としての美しさより……サナの頭上に浮いている特殊な存在に視線を向けていた。

 それはサナの自信を示す言葉が嘘ではない証明。自信の表れ、強さの証明でもある

 サナの上にあるは、【戦魔ノ英傑】に部類する御守様。

 【戦魔ノ槍師】こと通称〝戦魔〟。

 十二名家の魔術師としての証拠であり、力の証しだ。

 その戦魔は蜃気楼のような半透明の姿。

 しかし、戦国武者を彷彿とさせる厳つい面頬を装着した頭部を持ち、甲冑姿と認識できる。十字穂先の槍を持っている。

 この戦魔は、嘗て、戦国の世を生きた鳳凰院家の槍使いこと、音なし又兵衛。

 彼を語る詩が有名だった。


〝疾風迅雷の音なし又兵衛〟

〝彼がひとたび槍を振るえば、相手は口なし、頭なし〟


 彼の槍捌きは音が鳴らないことで有名だった。

 まさに一騎当千のつわもの。


 そんな音なし又兵衛を使役可能となる特別な魔術。

 十二名家でもこの戦魔ノ英傑と契約が可能な魔術師の数は少ない。


 二人の傭兵はサナと戦魔を見ては息を飲みながら、


「……承知していますよ。セナ様は遺跡の中と外で派手に暴れましたからね」

「お嬢の能力、とくに対人戦の強さは信頼しますが、ここは空の上ですよ?」


 アレスとキースはそう話してから互いに頷く。

 彼らは、この銀色の棺桶を回収する際に見たサナの動きと、戦魔こと音なし又兵衛が、縦横無尽に敵兵士を薙ぎ倒す光景を思い出していた。


 しかし、地上と同じように戦うといっても相手が戦闘機では……。

 といった考えがぬぐい切れないでいた。


 疑問の表情を浮かべて、サナとヒナを見る。


「あれほどの強さを見ても、まだ分からないとは……」


 と、丸眼鏡を触りながらヒナが語る。

 彼女は丈の短いスカート系の軍服を着ていた。

 ヒナも優秀な魔術師。

 祖先からサナの鳳凰院家に仕えている家系だ。


「そりゃそうだろう」

「敵の網に掛かった場合の相手は人ではない。戦闘機だからな」


 傭兵コンビはサナとヒナに、そう言葉を投げかけた。


「そうはいっても、もう空の上です。この改造した旅客機を信じましょう。それに、この旅客機には中華連邦、東邦ロシア、北カリフォルニアなどの人たちも乗っているのですから、追っ手も早々に撃ち落とす判断は下さないでしょう」


 サナは旅客機の上方部を見ながら話をしていた。


「お嬢、それは甘い。中立の飛行空域はもう離脱している……」

「ですな。問答無用で他の飛行機を巻き込んででも、この旅客機を撃ち落としに掛かるはず」

「だから何だというのですか。戦場を生きた傭兵でしょう。サナお嬢様が喋られているように、もう飛行しているのです。そして、サナお嬢様の強さを信じてください」


 そこに、キャビンの前方から走ってきた軍服の青年が口を開く。


「レーダーに反応、二機の戦闘機が近づいてきます」

「やはり来たか」

「……キース。東日本国の十二名家が改造したという旅客機の実力を信じるか?」

「いや……いくらなんでも図体がでかすぎるからな」


 アレスとキースは責めるようにサナたちを見つめる。


「貴方たちはそこで銀色の棺桶を守ってくれていればいい――」


 サナがそう喋った瞬間、機体が激しく揺れる。

 その鳳凰院家が改造を施してある旅客機が急な旋回をしたからだ。


 追跡してきた軍用機からバルカン砲が発射されていた。


「きゃぁ」

「ぬお――」


 そんな旋回中、眩い閃光が周囲一帯を包む。



 ◇◆◇◆




 おいおい、飛行機群を召喚だと?

 遠い空だが裂けた空間が閉じていく光景は綺麗だ。


 閉じる瞬間、眩い灰銀色の閃光がランダムに十字放射を続けてから閉じた。


 懐かしい光。


 しかし、乗客が乗っているとしたら、異世界転移……。

 急ぎ、波群瓢箪を持ちながら亜神ゴルゴンチュラから距離を取る。


『――ヘルメ。<精霊珠想>を展開だ』

『はい!』


 瞬時に左の視界を常闇の水精霊ヘルメの液体が包む。

 深海の雲のような液体に光が射してエシェル回折格子のような光を作る。

 ヘルメの内側の世界は不思議だ。


 しかし、<仙丹法・鯰想>はまだ使わない。


 そんなゼロコンマ数秒もない一瞬の思考の間にも……。

 ゴルゴンチュラは半透明の蝶の羽を羽搏かせる。


 ゴルゴンチュラの大杖と斜め上へ伸びていた右腕が萎れ消失していた。

 片腕となったゴルゴンチュラは苦悶の表情を浮かべている。


「神々の邪魔がないとはいえ、やはり……<時の翁ファーザータイム>が、だが成功だ……キゼレグ……」


 と、発言したゴルゴンチュラは片膝と片腕で地面を突く。

 ジョディとシェイルから眼球を一つずつ奪ったとはいえ……。

 魔杖と自らの腕をも消費して発動した次元を裂く音波系の大魔法だ。

 かなり力を消費したんだろう。


「強烈な音魔法か? だが、音なら俺には効かねぇ! キサラの足蹴り、いや、神獣様の尻攻撃の方が痛かった!」


 超音波のような攻撃に耐えていた闇鯨ロターゼだ。


「邪魔な木ごと潰れろ――」


 そう叫ぶロターゼは巨体を揺らし、額のイッカク角を左右に振るい、蝶々の形の監獄に衝突させていく。

 亜神ゴルゴンチュラが封されている監獄は硬い、ロターゼの角は弾かれて硬質な金属音が響くのみ。


「硬ぇ」

「神を封じていた監獄だからね」

「教皇庁第一課遺跡発掘局の連中がこれを見たら興味を持つだろうな……しかし、神という存在を初めて見た……噂では、【煉獄丘】の地下に君臨するグスデル死者デスアソール軍団を率いる【死賢の絶対者リッチ・アブソルート】も人型らしいが……」


 光るククリ刀を逆手に持ったツアン。

 体勢を直しては、そんなことを語る。


 リッチか。

 宗教国家も聖王国も、魔界の傷場から押し寄せる軍勢以外にも、そんな敵がいるのでは大変だな。


 ま、だからこそ……光属性の教皇庁が力を持っているんだろう。

 そこで、黒豹姿のロロに視線を向ける。


「ロロ! ここから距離が離れているが大きい旅客機を救おう。巨大な鉄箱だ。エヴァは念動力で中型の飛行機と長い鋼鉄を対処してくれ、誘導でもいい――キサラとレベッカにはこの場の指揮を任せた。ゴルゴンチュラを見て対処しろ」

「ん、可能――」


 エヴァは魔導車椅子に座った状態で浮く。

 波群瓢箪を地面に置いた。

 その置いた波群瓢箪の前部を強く蹴って斜め上へと跳躍して――下を少し見た。


「了解! <筆頭従者長>の実力を見せてあげる! キサラさん、いきなりの共闘だけど、よろしく!」


 蒼炎を展開していたレベッカだ。

 魔杖グーフォンを振るう。


「こちらこそ! ――ロターゼ、防御陣を敷きます。ゼメタス&アドモス殿は左右に展開してください。魔侯爵アドゥムブラリは中央から先制攻撃を――」

「おう! まずはこの邪魔な監獄から」


 闇鯨ロターゼが蝶々型の監獄を打ち倒そうと巨体を突進させるが、監獄はびくともしない。


「四天魔女! 主からの信頼が厚いようだな。気に食わないが指示には従う――」


 三つ目を鋭くさせた魔侯爵アドゥムブラリがそう語りながら、ウィップスタッフを構えて振るっていく。

 振るった瞬間、細かく振動した一本のスタッフから分裂した刃。

 蛇腹剣のごとく分裂した刃はワイヤーと繋がっていた。


 そのまま鞭がしなるような機動でゴルゴンチュラへと刃先が向かう。


 俺はそこで、遠くの飛行機へと視線を向ける。

 亜神ゴルゴンチュラとの闘いは、仲間に任せよう。


 まずは、あの飛行機を確認だ。

 乗客がいるなら助ける。

 足元に発動した<導想魔手>を強く蹴り、より高く跳躍――。

 血魔力<血道第三・開門>。


 <血液加速ブラッディアクセル>を発動。



 ◇◆◇◆



 螺旋の機動で神獣ロロディーヌが宙を突き進む。

 少し遅れてシュウヤとエヴァが宙を駆けていく。

 その直後、亜神ゴルゴンチュラを囲う動きを取っていた沸騎士たちが行動を起こす。


「三つ目に続く!」

「アドモス、骨濁剣の舞で魔侯爵の動きと合わせるぞ」

「――了解した」


 体勢を立て直した亜神ゴルゴンチュラは、魔侯爵アドゥムブラリが操るウィップの刃を避け続けていた。


「妾に攻撃とは身の程をわきまえろ」


 つりあがった双眸で周囲を睨みつけながらそう叫ぶ。

 間合いを詰めてきた沸騎士ゼメタスのシールドバッシュと、アドモスの骨剣の連係攻撃を、ゴルゴンチュラは身を捻って半身の体勢で避けると、


「――無礼な骨共が! 古代狼族ドルセル族を燃やした刃を受けるがいい」


 と語気を荒く言い放つと、無事な片腕に魔力を集結させる。

 その腕に集結させた魔力を放つように左から右へと腕を振るう。


「<アーグライ>!」


 独特の音波めいたスキル名を発した亜神ゴルゴンチュラ。

 振るった腕先から虹色の魔力刃が飛び出す。


 蝶々の形をした虹色の魔力刃は沸騎士たちと衝突した。


「ぐあぁ――」

「ぬぬぬぬ」


 前線に出ていた沸騎士たちは吹き飛ぶ。

 それは魔侯爵アドゥムブラリも同じだった。

 両手とウィップスタッフをクロスするように防御の構えを取った魔侯爵アドゥムブラリだったが、まともに虹色の魔力刃を喰らう。


 腕、足が削られて、骨という骨が露出しながら部品が外れていった。


「主、こいつはやべぇ」


 と言いながら、傀儡兵の頭部から分離したアドゥムブラリ。

 単眼球に戻ると、背中の小さい翼を羽ばたかせながらレベッカの後方に避難していく。


 その間にも、亜神ゴルゴンチュラが放った<アーグライ>の蝶々の形をした魔力刃は死蝶人たちにも突き刺さっていた。


「蝶々の群れ? 邪神の黒樹の槍を思い出すわね――」


 レベッカは金色の前髪を揺らしながら涼しい表情で語る。

 その表情通り、扇型に展開したカーテン状の蒼炎が、難なく亜神ゴルゴンチュラの魔力刃を防いでいた。


 レベッカはツアンと魔侯爵アドゥムブラリを助けていた。

 同時に<筆頭従者長>としての実力を周囲に見せつける形となった。


 しかし、亜神ゴルゴンチュラの実力は高い。

 カーテンを形作る源だった丸い蒼炎弾は徐々に削れていった。


 同時に蒼炎の防御陣は削れていく。

 しかし、彼女が扱う蒼炎の技術は確実に進歩を遂げていた。


「ありがとうございます」

「いいから、まだまだ遠距離攻撃はきそうよ」


 レベッカの言葉に頷いたツアン。

 彼はもう一度、レベッカに向けて頭を下げてから――。


 近くを飛んでいた魔侯爵アドゥムブラリを掴むとバク転。

 ゴルゴンチュラと距離を取り、より目になった。


「ぬお、出っ歯! 俺はクッションじゃねぇ! 地面に押し付けて回転するな! それに、俺を掴むとは百万年はえぇ」

「いいから俺の側にいろ。眷属様の扱う蒼炎の邪魔になるだろうが」


 ツアンはより目を浮かべたまま魔力を纏うと、掴んだ単眼球アドゥムブラリに話し掛けていた。


 彼は同時にイモリザとピュリンと念話をしていた。

『ツアン、三位一体よ』『そうです。魔力を中心に当てますから』『了解した』


 といったような精神の会話を続けた三人は一致協力。


 すると、


「<光刃鋼陣>――」


 シュウヤが聞いたことのないスキル名を呟くツアン。

 彼の両手から離れるように消えた光るククリ。


 その代わりにそれは細かなククリ刃となって、ツアンの周囲に小さく出現。

 ゴルゴンチュラが放った蝶々型の魔力刃と、その細かいククリ刃群が衝突。


 相殺していく。

 しかし、完全な相殺にはならず。

 ツアンは傷を負っていった。


「――こんな痛み、<光邪ノ使徒>の俺には通用しない」


 魔侯爵アドゥムブラリは、傷つきながらも強気な態度を崩さないツアンを見て……『こいつは主の部下なだけはあるな。イケメンな部類だし、だが、出っ歯の綽名は取り下げないぞ!』と考えていた。


 一方闇鯨ロターゼは斜めに上昇し飛翔をして避難。

 キサラは魔女槍のフィラメントを自分の周囲に展開。


 トレードマークのマスクも変化した。

 鼻先がコンドルの嘴を思わせる姫魔鬼武装の兜と成った。

 砂漠鴉ノ型。高速戦闘タイプ。


 そのコンドルのような嘴を備えた兜を装着したキサラはダモアヌンの魔女槍、ダモアヌンの魔槍を軽やかに振るい、血の模様が綺麗な髑髏穂先を、己に迫った魔力刃へと衝突させていく。


 ダモアヌンの魔槍の柄の孔から放射状に伸びたフィラメント群も操作。

 亜神ゴルゴンチュラが繰り出す無数の魔力刃をフィラメント群とダモアヌンの魔槍の柄で弾いていった。


 そのタイミングでキサラは『魔女槍だけでは防ぎきれない』と判断。


 ある程度魔力刃を弾いたところで、キサラは側転を始めた。

 細い足先が宙を舞う。

 同時に足の間からパンツが露出。


 シュウヤが見ていたら、凝視していただろう瞬間は一瞬で過ぎ去った。


 キサラは魔力刃を華麗な機動で避けながら――遠距離攻撃を繰り出してきた亜神ゴルゴンチュラとの間合いを詰めると、<刺突>系の技を繰り出していた。


「――くっ、妾の<アーグライ>を掻い潜り、間合いを詰めてくるとは――」


 ゴルゴンチュラはそう喋りながら、無事な片腕でキサラの魔女槍を払うと、一対の羽を羽ばたかせて後退――。


 と、思いきや、地面を蹴るゴルゴンチュラ。

 素早く反転しながら無事な片腕を触手状に変化させる。

 キサラに近付き、


「<荒神サウル喰い>――」


 とスキル名を発すると、鮫牙を彷彿とさせる触手の刃を更に細かく分裂させながらキサラへと伸ばす。


「――ひゅれいや――砂漠鴉」


 超自然的な声の<魔嘔>を用いたキサラ。

 爆発的な加速を利用するように、左から右へとステップを踏みつつ宙に卍の絵でも描くようにダモアヌンの魔槍を振るいゴルゴンチュラの触手のすべてを真っ二つにした。

 地面に落ちた触手だったものは毒々しい花々となって蝶々に変身すると蕾を宿す。


「気色悪いですね――」


 礼儀正しい所作を取っていたキサラはそう喋ると、その不気味な花を蹴り飛ばす。

 修道服の上に纏っていた魔法衣が舞っていた。


「生意気な――」

 

 そこにツアンが放ったククリ刃がゴルゴンチュラの胸に突き刺さる。


「く、これは光属性か? お前も人型にしては動きがいい」


 ゴルゴンチュラはそう喋ると、胸元に突き刺さったククリ刃を掴んで引き抜く。

 その瞬間、空から闇鯨ロターゼが亜神ゴルゴンチュラに突進していた。


 闇鯨ロターゼのイッカク角が亜神ゴルゴンチュラに突き刺さる。


「どうだ!」

「――痛いではないか! それに生臭い!」


 亜神ゴルゴンチュラは肩を貫いたイッカク角を根本から折る。

 そして、口の中から骨筒のような舌を発生させると、その先端が鋭い骨筒状の舌をロターゼに差し向ける。


 ロターゼの巨大な額に骨筒状の舌が突き刺さった。


「ぐああぁ」

 

 ロターゼは巨大な胴体をくねらせて上空へ避難。

 尻から紫色のドット風の放屁を放っている。


「ひゅうれいや、嘔や嘔や、ささいな飛紙」


 ゴルゴンチュラの右側奥に回り込んでいたキサラは<魔嘔>を披露。

 ムーの訓練の時とは違う動きだ。


 キサラは魔女槍の柄の孔から伸びているフィラメントで地面を突き刺すと、魔女槍を宙に浮かせるように固定。


 無手となった両手で地面を突く。

 その両手首の数珠マークが光を帯びた。

 数珠マークは一瞬、リアルな数珠となったが、鴉の姿を象る。


 だが、その鴉も溶けるように黒色の液体と化す。

 その液体はキサラの腕を伝い地面に浸透――。

 同時に、キサラの腰にぶら下がる魔導書が煌めくと、地面に魔法陣が完成した。


 煌めく魔導書の頁は自動的に捲れる。

 魔導書から紙片が飛び散っていった。


「飛魔式、ひゅうれいや――」


 これは百鬼道ノ八十八。

 幼いムーを指導する時にも使っていた魔導書に関係する技だ。


 そして、彼女が大切に扱う魔導書は……。

 魔界でも屈指の魔法書物。


 侍型の十兵衛と忍者型の千方の<魔具飛式>たち。

 紙人形たちの雑兵の<飛式>も同時に展開させている。


 千方は、荒四鬼に部類する極めて貴重な能力なのだが……。

 キサラ自身も、まだ真の力に気づいていない。


 紙人形たちは、亜神ゴルゴンチュラの足に纏わり付く。

 <魔具飛式>の侍型の十兵衛が、血気盛んに袈裟斬りから逆袈裟斬りを敢行。


 亜神ゴルゴンチュラの綺麗な足を切っていく。

 確実に生足を切り刻んでいた。

 が、あまりにも小さい切り傷故に、あまり意味がなかった。

 チカタも紙の手裏剣を飛ばすが、針よりも小さい故にやはりあまり意味がなかった。


「く、なんだこれは――アーティファクトか?」


 意味がないが故に、亜神ゴルゴンチュラは動揺を示す。

 そこに、レベッカの蒼炎弾が、動揺していた亜神ゴルゴンチュラに衝突。


「ぎゃっ――」


 動きが鈍った亜神ゴルゴンチュラは蒼炎弾を腹に喰らう。

 蒼を基調としたワンピースが燃えて素肌が現れる。

 胸も露出し、その素肌が焼けただれるほど、勢いよく炎上した。


 そして肌が再生しては、炎上を繰り返す。

 亜神ゴルゴンチュラは背中が折れ曲がりながらも、体勢を元に戻していた。


「く、久しぶりの痛みだ。この身に纏わりつく蒼炎といい……そこの金色の髪のエルフ。他とは違うな? 神の僕か?」


 レベッカを双眸だけで射殺すように睨むゴルゴンチュラ。

 吹雪を思わせる口調で語っていた。


「違う。いや、ハイエルフだったし、違わないのかな? よく分からないけど、今のわたしはシュウヤの選ばれし眷属よ。ルシヴァルの血を受け継ぐ<筆頭従者長>が一人」

「ハイエルフか。それが血の系譜を持つ一族に加わるとは……」


 眉を潜めたゴルゴンチュラ。

 背中の蝶妖精のような羽を羽搏かせる。

 羽は半透明な色合いを保ちつつも、蒼色の色合いから虹のような色合いへ変わっていく。


 そんな羽から鱗粉が放たれると、ゴルゴンチュラを燃やしていた蒼炎は消失し、キサラの紙人形たちも萎れて消滅した。


 そのまま優雅な態度で周りを見据えている。


「いちいち魔力を使わせおって……」


 そこから第二、第三の攻撃が始まるかと思われた。

 が、突如、亜神ゴルゴンチュラは地面で蠢いていた死蝶人たちへ双眸を向ける。

 先ほど蹴りを喰らわせて吹き飛ばした死蝶人たちを眺めていた。


「……妾の眷属が、<血魔力>に関した……汚れた定命と汚れた誓約をするとは、まっこと悲しきことだ……」


 と膨大な魔力を周囲に発しながら呟く。

 膨大魔力の質は極めて高い。

 精神にダメージを与えるプレッシャーは定命の者には耐えられない。

 神が持つ故の不思議な力があった。


 それはこの場、この領域故、ゴルゴンチュラが作り出した領域である証拠でもある。<筆頭従者長>のレベッカ以外には、その力への理解が及ばない。


 亜神ゴルゴンチュラは美しい相貌だが……。

 同時に周りからは醜く見えるほどの凶悪な雰囲気を醸し出す。

 蟻を踏み潰すような絶対強者の視線で周囲を見据えていた。


 周囲の動きを止めた亜神ゴルゴンチュラは満足そうに微笑む。

 その瞬間、萎んでいた片腕を歪なストローの形に変化させた。


「妾の糧となれ――」


 ゴルゴンチュラはそう言うと、先端が尖ったストローのような歪な骨腕をジョディへと伸ばす。

 骨腕の先端がジョディの胸元に突き刺さった。


「えぅ!? な、なぜぇ、ゴルゴン、チュラ様……」


 まだ生きていたジョディは涙を零しながら語る。

 悲しみから絶望へと感じていた白蛾の蝶々が細かく哀しげに分裂を繰り返しては……ジョディだった蝶々は消失した。


 心臓部の白い宝石も……何か、モノをいうように転がっていく。


「ど、どうして、わたしたちは守っていたのに――」


 シェイルは両足が動かないのか、必死に地面を這いつくばりながらアンチモンのような宝石の下に移動していた。


「ジョディが――ジョディがぁぁぁぁぁ」


 シェイルは忘れ形見を抱き寄せるように白い宝石に頬ずりすると号泣し、叫ぶ。彼女が抱く宝石の表面にはシュウヤ・カガリの名前が刻まれてあった。


 蒼い血が訴えるようにシュウヤの文字で表面を埋める。


「お前たちは領域を維持するためだけに妾が生み出した存在。妾の力となるのは当然であろう。それよりもキゼレグだ――参るぞ」


 亜神ゴルゴンチュラは空を見上げながら、そう語る。

 身に魔力を宿した瞬間、その亜神ゴルゴンチュラは突如消失した。



 ◇◆◇◆



 既にボロボロだった旅客機が視界に映った。

 補助翼と尾翼は無事だ。

 しかし、中央部の胴体には無数の穴が空いていた。

 片翼のエンジンからは煙が上がっている。


 旅客機の後方は飛行中の戦闘機から攻撃を受けていたらしい。


 しかし、旅客機も含めたどの飛行機も機首が乱高下している。

 ボロボロな旅客機は分かるが、どういうことか戦闘機も同様だった。

 この世界は慣性やエアロダイナミクスが違うのか?

 飛行機のトリムが狂っているのか?


 不自然なタックアンダー現象が飛行機に起きたように揺れに揺れた。

 飛行機から細かな部品が落下。

 

 戦闘機は不自然に振動しては車輪も出ていた。

 そんな飛行機はクラゲと巨大鯨に衝突しそうだ。


 全力で向かえばなんとか間に合いそうだが。


 隣で飛翔しているエヴァを見た。

 紫魔力が魔導車椅子ごと体を包むエヴァの姿は不思議な力強さで満ちていた。


 彼女と数コンマ何秒という短い刹那の間、視線で語り合う。

 『あの飛行機は任せて』というように微笑むエヴァは本当に天使のようだ。

 エヴァが周囲に展開させていた金属群は、既に地面に落ちている。


 そして、天使の微笑はすぐに終了。

 厳しい視線を作った彼女は「んっ」と微かな声を漏らしながら、<念動力>紫色の濃い魔力を操作。


 霧か、雲か、液体か、形容しがたい紫色の<念動力>が宙を染め上げていくかのように、ビジネスジェット機へと向かう。


 そのビジネスジェット機は後部から煙を出していた。

 間に合うといいが……。


 俺たちの先を飛ぶ神獣ロロディーヌも無数の黒触手を旅客機へと向かわせている。

 しかし、神獣の速度でも間に合う距離ではない。


 多数の人が座席に乗ったまま外へ飛ばされていく。


 そこで巨大鯨の群れとボロボロだった旅客機は衝突。

 旅客機の片翼が完全に壊れた。

 長い胴体の半分がもげて、爆発してしまう。


 多くの乗客たちが爆発に巻き込まれて死んでいく最中――。

 神獣ロロディーヌの黒触手群が火炎を纏う旅客機の一部を包む。


 同時に、違う黒触手も四方八方へ展開。

 爆風を浴びず、破片が突き刺さっていない宙を舞う無事な人々に、触手を絡め救出していった。

 しかし、触手群は巨大な旅客機の一部も支えているので、すべての人は救えない。


 だが、乗客を少しでも救出しようと必死に触手を展開している姿は立派だった。

 救いの手を差し出す神にも見える。


 見た目は黒い獣だが、まさに神獣だ。

 触手が絡んだ旅客機の前部は無事に回転が止まっている。

 これ以上の犠牲者はでないと思いたい。


 そう思いながらも俺は<導想魔手>を蹴っては前進を続けていた。


 旅客機の後方の戦闘機からフレアが発射される。

 天使の双子を思わせるエンジェルフレア。


 美しい軍用人工雲が奏でる天使たちのダンスだな。


 しかし、そんな美しい人工雲も……。

 鯨と竜にクラゲ群。

 空を飛ぶ狸や大小様々なモンスターたちにとって意味がない。

 

 戦闘機は空飛ぶ狸型のモンスターと衝突し爆散していた。


 俺は<脳脊魔速>を発動。

 分離した旅客機の後部に近づく。

 特殊な構造の旅客機。


 尾部は巨大輸送機が持つエスカレーター型のタラップだ。

 ロターゼの額を思わせる巨大なタラップ。

 そのタラップが、空中で、駒のように回転中。

 遠心力の効果もあって、タラップから次々と荷物が外へ飛び出ていく。


 俺は<鎖>をタラップの出っ張りに巻き付けながら収斂。

 一気にそのタラップの上に移動――。

 俺はタラップの上から転がるように貨物室らしき場所に突入した。

 

 二十秒が経過――。

 丁度、切り札が切れて、加速タイムが終了。


 貨物室の中はぐちゃぐちゃだった。

 足裏の血を意識して、体勢を維持。

 

「ああぁぁぁ――」


 女の子が椅子にしがみ付いていた。

 ロープを上手く腰に巻き付けている。


 必死な表情だが、丸眼鏡が似合う女の子だ。


「何だ、この半透明な槍使いは!」


 え? 亜神ゴルゴンチュラだ。

 蝶の羽が綺麗なのは変わらないが、腕が触手状に変質している。

 その変質した腕を使い、体勢を変えながら激しく半透明な甲冑姿の槍使いと戦っていた。

 

 足下には黒髪の女の子が倒れている。

 眼鏡の子と同じような軍服だ。

 衣服に絡まったワイヤーによって助かっていたらしい。


「定命の者めが、奇怪な魔法を……使役しているわけではないようだな」


 亜神がここに来たということは、転移系のスキルか魔法が使えるのか。

 

『レベッカ、亜神ゴルゴンチュラが空の上にいるんだが』

『うん。順調に戦っていたんだけど、亜神ゴルゴンチュラは死蝶人の片割れを吸って消えちゃった。と思ったら、そっちに移動していたのね』

『そういうことか、こっちはこっちで対処する』


 と、血文字で連絡。


 外国人の死体が散乱し、アサルトライフルを含めた武器類が床に転がっているが、無視だな。

 ミスティに渡したら銃の研究が進みそうだが……。

 この世界じゃ、あまり意味がない。

 スナイパーによる暗殺の一手が増えるぐらいか。

 

 ジャベリンクラスの対戦車砲なら効くとは思うが。


「――妾の眷属たちと勝手に誓約をした男か……」


 半透明な武者と戦っていた亜神ゴルゴンチュラは俺の存在に気付く。

 最初から気付いていたと思うが。


 ゴルゴンチュラは視線を銀色の棺桶のような長方形の塊へ、数回向けていた。直ぐにピンときた。

 あの銀箱、飛行機が転移した理由、亜神ゴルゴンチュラが飛行機を召喚した理由だろう。固定されたワイヤーが外れて斜めにズレている銀箱は外に放り出されそうだが、貴重な物と推測。

 しかし、ここは落下中の旅客機の一部、先に眼鏡娘と倒れている女の子を救おう――。


 次いでに亜神ゴルゴンチュラが戦っている最中に銀箱も回収してしまうか。

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