三百九十話 リンゴ畑への旅


 黙って尻尾を揺らし待機していたハイグリアも紹介。

 すると、皆は、


「貴女が可愛らしい狼女ね。お洒落な鎧はセンスいい!」

「ん、シュウヤの血文字の通り。古代狼族ならではの装備品。銀毛も綺麗」

「口の牙もチャーミングね~シュウヤが気に入るわけよ。でも、わたしたちのアクセサリーを起点とする紅と黒の羽が美しいムントミーの衣服と合わせた衣装装備のほうが、確実によ。ね?」


 と、俺に同意を求めてくるレベッカさん。

 微かに頷いてから、ハイグリアを見た。


 そのハイグリアは口を動かしていく。


「見た目が華やかなシュウヤの家族たち! わたしとシュウヤは神像広場で栄光を共にする拳と拳の決闘をする仲となった。よろしく頼む」

「そんな怪しい決闘は認めない。決闘するならわたしがやる!」


 蒼炎を身に纏いジャハールを構える仕草は本当にさまになっていた。

 金色の髪が靡くさまは……美しい。


「先程から見せていた蒼炎だな! だが、認めないなんて……」

「そこで俺を見るな、ハイグリア」

「草の片葉になろうともついていくと……わたしが決めた雄だが、それでもいいのだ……」


 ハイグリアはいじける。

 その横でレベッカがジャハールを真上に突き上げ、


「ふふッ――婚約? 伽? のような決闘を阻止! グルブル流の拳を習ってきたがいがあるってもんよ!」


 調子に乗った言い方は相変わらずだが、美人さんだ。


「伽なら、ふふ、シュウヤ様と済ませましたよ……猛烈な愛を感じるほどに、何度も……」

「閣下は激しいですが、お尻ちゃんを労ってくれています」


 キサラとヘルメが自慢気に語る。

 しかし、お預け状態のハイグリアは機嫌を悪くしてしまった。

 が、それはレベッカも同じか。


「むむ? むむぅ! 聞き捨てならない……けど、わたしも何度も優しくしてもらったし、スタミナが無尽蔵のシュウヤだからねぇ……仕方がないか」


 レベッカは力が抜けて肩を落とす。

 今度、サービスしてやるか。


「……無尽蔵……す、すごく気になるが、神楽の儀式はべつにやらなくてもいい……ただ、決闘はしたかった……」

「安心しろ。ハイグリア。約束は守る。それにサイデイル村と古代狼族を結ぶ大事な提携話というか、同盟の件があるからな」


 機嫌を損ねていたハイグリアだったが、俺の言葉を聞いてすぐに反応した。


「そうか! そうだよな! ふふ~良かった。キッシュとは仲良くなったぞ。いい司令官だ。もし古代狼族だったら、狼将に抜擢されるだろう!」


 背中の銀毛が揃い立つハイグリア。

 尻尾も左右に揺れていた。


「ん、約束したなら仕方ない。吸血鬼ハンターのノーラといいシュウヤは……モテモテすぎる。けど、色々と頼られるのはいい男の証明。シュウヤ! 決闘を頑張って、ブチノメセ!」


 エヴァは認めていたが、最後の言葉のニュアンスが微妙に怖い。


「お嬢様が居るのに……」

「リリィ、シュウヤさんを責めてはいけない。お嬢様から数々の出来事を聞いているだろう?」

「うん」

「お優しい方なのだ。このような家を助けた方々に作ってあげているのだからな」


 そうディーさんが語ってくれるが……リリィはジト目で俺を睨む。

 まぁ、彼女の気持ちは分かる。

 彼女からしたら、好きな女を放り出して遊んでいると同じなんだろう。

 続いてオークたちを紹介。


「これが、恭順した珍しいオーク。美形なオークね……」


 レベッカがソロボを置いてクエマに顔を近づけて見つめている。

 そして、また俺に視線を向けてきた。

 その視線から『……綺麗だから助けたんでしょ? このエロヴァンパイア!』という言葉が込められている気がした。


 俺は魔煙草が吸いたくなったが、我慢。


「ん、大柄なソロボ。魔傘と立派な刀。クエマは槍と骨笛を扱うと聞いた」

「シュウヤ殿。この金色の髪に小柄の女性がレベッカ様……紫の瞳がエヴァ様。眷属のご家族様たち……なのですね」


 ディーとリリィも入っているような気がするが、まぁいいや。


「前に伝えたように光魔ルシヴァル種の血を色濃く受け継ぐ者たちだ」

「……はい。言葉が通じずとも気持ちは同じ――」


 ソロボは気合いを入れるように胸元に手を当てる。

 それはゴリラがアピールするようにも見えた。

 顔は豚顔だが。


「オレは、シュウヤ殿の配下の末席に加わったソロボと申す。剣だけは自信があった荒くれ者のオークだ。今後ともヨロシク頼むぞ!」


 ソロボが宣言を行うように自己紹介。

 クエマと視線を合わせて互いに頷く。

 そして、片膝を突く。


「閣下、言葉は分かりませんが、何を言っているかは分かります。このオークたちの強さも忠誠も信頼できますし、眷属化を行ったうえで西方へと遠征中のカルードの下へ送り込んでは?」

「確かに……闇ギルド創設の動きの力となる。が、カルードに聞かないとな?」

「無理そうですね」


 ヘルメが呟く。


「あぁ、多分な? カルードはユイに血文字を任せているのか寄こさないし。それに男として一から努力をしたいんだろう。鴉さんとの新婚旅行なのかもしれないが」

「版図の拡大を……」

「すまんな。ヘルメの望みを知っているが俺はカルードを信頼している。それにユイから連絡を受けているし、まだいい」

「ん……」


 その間に、エヴァが頭を下げているオークたちに手を伸ばし触れていた。


「ん……びっくり」


 と、心を読んだエヴァが俺に向けてそんなことを喋る。


「何だ?」

「本当にシュウヤへと命を捧げるつもりいる……オークなのに、精霊様の言った通りだった」

「ハンカイさんではないけれど、恩を忘れない忠実なオークなのね。それを聞くと……お肉としてはもう見えないわ……食べられないかも」


 俺とまったく同じ感想を持ったレベッカ。


 ところが、リリィとディーさんは違うようだ。


「オークたち……」


 リリィは、じゅるっとした生唾の音を立てた。

 生姜焼きでも想像しているのか……顔付きがヤヴァい。

 胸元がV字に開けたエプロン姿が可愛いが……。

 一方、ディーさんは商人然とした刺繍入りの上着と合う革防具を身に着けている。


「肉ですな……」


 眉目が冷たく冴えたディーさん。

 腰にぶら下る包丁へとそろそろと手を伸ばした。


「ディー。包丁から手を離して、リリィもオークたちは食べ物ではないからね」


 オークたちの言語はだれ一人理解できないので大変だ。

 オークの二人を危ない二人から引き離そう。


「クエマとソロボ、顔を上げていいよ。外に出てムーの様子を頼む」

「お任せを、オレも訓練場でソエバリを振るって訓練しながら見よう」

「わたしも槍を扱う身。トトクヌ支族では子供は大事にする」

「オークたちも何か喋っていたな。わたしも外に出る」


 オークたちに続いてハイグリアが訓練場に向かう。


「では、わたしも、ムーちゃんがオークたちを食べないにようにしませんと」

「ムーちゃんを見てあげます」


 キサラが冗談を話し、ヘルメも微笑みながら玄関に向かう。

 ムーも幸せだな。

 ヘルメとキサラはハイグリアと合流して、空のロターゼは何処いったんだとか話をしながら玄関扉を開けて外に出ていった。


「ムーちゃんに挨拶したい」

「ん、わたしも」

「分かった。俺たちもいこう」


 レベッカとエヴァを連れて居間から玄関に向かう。


 波群瓢箪が視界に入る。

 これも持っていくか。

 と、扉の前に嵌まっている波群瓢箪を見て足を止めた。


 扉に右手を当て<邪王の樹>を意識し、操作。

 玄関の木目は波を打つような機動を見せると一瞬で崩れるように消失。

 嵌まった波群瓢箪が傾き、地面に倒れかけたところで出っ張りを掴む――。

 波群瓢箪は相変わらず、重い。

 この重さの正体は、中身のせいか? それとも表面の金属か?

 そんなことを思いながら、同時に肩の竜頭金属甲ハルホンクを意識――。


 布頭巾を竜頭の口へと引き込ませて仕舞ってから、掴んだ波群瓢箪を背中へ運んだ。


 一瞬で両腕から<鎖>も射出。

 背負いベルトを作り波群瓢箪を背負うと、レベッカたちと共に家の外に出た。


「ん、重そうな瓢箪。飾りも綺麗」

「鎖で背負うなんて洒落てる~」


 と、俺の背後から語る美人なご両人。


「この中身に入っているモノが、血を吸う天花?」

「そうだ。象鼻の時獏が曰く【雲錆・天花】の一部の源が入った大切な物らしい」

「ん、調べる?」


 そう話しながら波群瓢箪に手で伸ばすエヴァ。


「うん、一応、意識があるのか分からないが」


 エヴァは頷くと背後に回る。


「触る」


 と、声が聞こえると……。


「……表層からは何も」

「そっか、ありがと」

「わたしも触ってみようかな。わたしもこういうアイテムが欲しい。ロロちゃんみたいなスーパー猫ちゃんを使役したいなぁ」


 レベッカは魔法絵師に憧れていたんだっけか。

 前にもそんなことを言っていた覚えがある。


「……ざらざらしている。これで樹怪王の軍勢を屠ったのねぇ」

「レベッカの指、綺麗」

「ありがと。拳を扱うようになってから、天使のベールと、アルコーニ商会の新作とアマードのアイズを使っているからね」

「天使のベール買ったの?」

「うん、お客さんにマダム貴族が居るんだけど、お勧めされたんだ」

「そういえば、紅茶を買いにくる人たちが豪奢な服を着る人たちが増えたとか聞いた」

「そうなのよ。もしかしてメルと王子様関係と思ってるんだけど……ま、ベティさんは喜んでくれているからね」

「何かあったらわたしが駆けつける」

「ありがと、わたしもエヴァの店のお手伝いするから、タナカ菓子店に負けないよう頑張りましょ」

「ん!」


 そんなガールズトークを邪魔するわけじゃないが、


「ご両人、あそこだよ。訓練場は」


 と、指摘するが、


「ん、シュウヤ、その背中の不思議~。今、血色に光った」

「見た見た」


 背負っている波群瓢箪はテールランプに使えそうだ。

 という冗談は口にはしない。


「サラテンといい、シュウヤは不思議な物集めすぎ」

「機運に恵まれたか、あるいは呪神の気まぐれか」


 と、サラテンが収まった掌を見ると……。

 この間とは違い『妾……』と小さい声音のサラテン念話が響く。

 血を吸っていないから栄養が足りていない?


「ぷゆ!」


 と、突然、ぷゆゆが、背負っている波群瓢箪の上に乗ってきた。

 俺の家の屋根上から跳躍してきたらしい。


 鼻息が妙に荒い……項がすーすーする。


「あーこれが、ぷゆゆちゃんなのね、可愛い~」

「ん、この毛むくじゃら! さっきシュウヤの屋根裏部屋で悪戯してた!」

「ぷゆゆ~ぷぅ!」


 あの変な杖を左右に動かしているのか?


「もう! 触らせてくれないのね、ツンな子?」

「ん、悪戯っ子」

「まぁ、こいつは放っておく」


 そのまま玄関口から目の前に広がる訓練場の脇を通る。

 訓練場ではムーを含めた皆が居た。


 ムーは槍を一生懸命ひたぶるに努める。


 訓練場の中央に聳えるイグルードの樹木は目立つ。

 陽が当たっているので、イグルードの樹下には影があった。


 日向と影が織りなす光景。

 縁側を意識させる……。


 ほのぼのとした訓練場だな。

 その光景を見て、エヴァとレベッカの美人な両者は互いに頷き合う。


 訓練場の中に入り、皆の下へ駆け寄っていった。

 リリィとディーさんも続いた。


 俺もついていく。


「あなたがムーちゃんね、わたしはレベッカ」

「ん、わたしはエヴァ」

「……」


 ムーは突然の見知らぬ人の登場に動揺を示す。

 俺を見てはモガ&ネームスが来た時と同じように背後へ回ろうとする。


「ムー、隠れる必要はない」


 と、手を伸ばし来るなと指示。

 すると、ムーは助けを求めるようにキサラとヘルメに視線を移す。


「大丈夫ですよ」

「シュウヤ様の血の眷属様たちです。大事なご家族でもあります」

「……っ」


 ムーはキリッと睨みを利かせる。

 『なんで拒否った』とでもいうように俺を睨んでから、樹槍をエヴァとレベッカに向けていた。


「あら」

「ん、樹槍で勝負?」

「――っ」


 ムーは左右に振るった樹槍を下方へ動かしながら義足から無数の糸を地面へ向け射出。

 糸と地面を固定すると、高く跳躍した――。

 そのまま樹槍を振り上げ振り下ろす。


 カチアゲ動作はまだまだ甘い。

 まぁ子供だしな。


 そして、振り下ろしながら無事な方の片足で地面に着地。

 振っていた樹槍を手前に引き戻し、糸で小さい体を支えながら樹槍の穂先で地面を突き刺すと、その樹槍の上に無事な片足を乗せてバランスを取っていた。


「……っ」


 樹槍の上に乗っているムーはドヤ顔だ。


「ぷゆゆ~」


 波群瓢箪の上に乗ったぷゆゆが、叫ぶ。

 ニュアンス的に褒めているようだ。


「おぉ……」

「あの糸と繋がる魔法書は不思議だ」


 大柄のソロボとスリムなクエマが武器を片手に自らの甲を叩いて、ムーの訓練機動を褒めていた。


「糸を使う槍使いの少女とは」


 ディーさんも感心した表情を浮かべて拍手しながら呟く。


「シュウヤさん、この子は喋れないのですか?」


 リリィが聞いてきた。


「そのようだが、違うかも。少しだけ言葉が漏れたことはあったからな」

「そうなんですね」


 リリィはエヴァを見る。

 昔を思い出しているような面だ。


「爪がないのが惜しい。が、古代狼族の子供より成長は早い! ダオンとリョクラインもムーの動きを見たら褒めるはず!」


 ハイグリアは両手から銀爪を出し入れさせながらムーを褒めていた。


「ムーちゃん、キサラが教えていた『浮砂落とし』を成功させました」

「そう見えましたか? 槍はまだまだです。ですが糸は違います。ここまで使いこなすとは……」


 ヘルメとキサラがムーの機動を見て語り合っていた。


「わたしたちにこれを見せたかったのね、ムーちゃん」

「……」


 頷くムー。

 しかし、樹槍の上に器用に乗っていたのに降りて着地した途端、見事にこけていた。

 最初だけか。


「あっ」


 ヘルメがフォローに動こうとしたが、一足先にエヴァがムーを起こしてあげている。


「……っ」


 ムーはお礼に頭を下げていたが……。

 エヴァの金属足に興味を持ったらしい。

 ジッとエヴァの足を見つめ出していた。


「ふふ、この足は特別。ミスティと作り上げた逸品、そして――」


 セグウェイタイプに変化すると、足の横の車輪を生かす機動でスーッと移動していく。


「……ッ」


 ムーは不思議な機動で移動するエヴァを見ては、息を荒くした。

 エヴァを追いかけていく。

 だが、ムーの走り方はぎこちない。


 義足の使い方が微妙に荒い。

 結局、片足を器用に使ってぴょんぴょんと地面を跳ねる調子で移動していた。


 優しいエヴァはそれを見て、車輪の動きをストップ。

 くるりと反転。

 黒髪が美しく舞う――。


「ん、わたしも棒術が扱える! 見てて」


 そのままセグウェイタイプから普通の金属足に戻したエヴァ。

 両腕の裾から錬魔鋼と霊魔鉱を融合したトンファーを伸ばしていた。


 エヴァは双眸を鋭くさせると、刺突のような連続突きを繰り出す。

 続いて、腰を捻りながら片手のトンファーの先を地面に突きさすと、金属の片足を斜め前方へ伸ばす蹴り技を披露した。


 その瞬間、地面に突きさしたトンファーを基点に、身を捻りながら一回転。


 くるっと振り返りムーに近寄ってから、


「わたしも足が不自由だった。ムーちゃんと同じ」

「……っ」


 ムーは必死に何回も頷く。

 それは『わたしと同じなの? 凄い凄い』といっているようにも見えた。


 ムーは樹槍の先をエヴァのトンファーに向ける。

 エヴァの扱う武器のことを知りたいようだ。


「ん、これはトンファー。クレイン・フェンロンという名の先生、ん、師匠から習った。これは杖にもなる。わたしの〝武器〟であり大切な〝足〟」


 そう語ったエヴァはトンファーを引っ込めて仕舞う。

 そして、天使の微笑を浮かべながら、両膝に手を当てる。


 小柄なムーと視線を合わせるためだ。

 エヴァは片膝から細い手を離すと、ムーへと伸ばした。


 メッシュ系の髪を優しく撫でていく。

 優しい保母さんのようにも見える。


 ムーは真新しい戦闘用の服を着ている。

 ドココ・ミユーズさんが作った衣服だろう。


 そんなムーの細身の体を触るエヴァは優しい。


 ムーの義手と義足から伸びている糸も調べるように触っていた。


 あ、なるほど……。

 言葉が喋れないから、ムーの心の声を……。

 エヴァはムーを優しく撫でながら微笑む。


 心が癒やされる光景ってこういうことだな……絵になる。


「ふふ、ムーちゃんが笑顔を見せている」

「あぁ、あっさりと打ち解けたようだ」

「エヴァはご近所さんの子供たちにも人気があるから、分かる」


 レベッカと笑みを交えて「こりゃ、わたしの出番はないわ」とか話をしていると……。

 ムーから離れたエヴァが魔導車椅子状態に戻し近寄ってきた。


「ん――」


 エヴァは体を浮かせて、


「……ディーとリリィの用事が済んだら……あのイグルードの白花が咲いている樹にさき程と同じ<紫心魔功パープルマインド・フェイズ>を実行する?」


 ムーから聞こえていたはずの心のことは話してこなかった。

 子供のマインドを考えて、秘密を漏らさないようにしているのだろう。


 ……エヴァの幼い頃の話を知っているだけに納得できる。


「……それもそうだな。宜しく頼む」

「ん」


 ムーはエヴァに向けて手を振ってから、ヘルメとキサラの下に走っていく。


 そこから俺たちは村の中央へと向かった。


「あっ、ロロちゃんが、あそこに!」

「ンン、にゃ、にゃにゃ~ん」

「ンン、ニャア」

「ニャオ~ニャオ~」


 黒猫ロロがモニュメントの頂上に立ち、月に向かって吼えるように叫んでいる。

 風に揺れた胸元の黒毛が美しい。

 黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミも同じように真似をしている。


「ぷゆゆ!」


 波群瓢箪の上に乗っていたぷゆゆが早速影響された。

 『わたしも参加ぷゆ!』というように跳躍――。


 小さいうえに身体能力が高い樹海獣人ボルチッド


 毛むくじゃらの短い足裏には肉球がある。

 臭そうだが、あれは……いつかモミモミしたい。


「ぷゆゆもモニュメントで開催されている動物祭りに参加したいようだ」

「ロロちゃん、可愛い~」

「ん、ロロちゃん、私たちに気付いてない?」


 レベッカとエヴァが黒猫ロロにアピールするが、黒猫ロロはモニュメントの上から動かない。


 黒猫ロロは『風が気持ちいいにゃ~』といっているような気がした。


「たぶんな、夢中なんだろう。ロロはあそこで叫ぶのがお気に入りだな。まぁ、たぶん、下に居る子供たちに自分の凛々しい姿を見せつけて楽しんでいるんだろう。『アゲアゲ~にゃ~』な『気分が上昇~にゃ』と、歌っている気分なんだろう。イモリザが居ないことが驚きだが」


 モニュメントの上で遊んでいる黒猫ロロ軍団は放っておく。

 一方、下の広場で集まっている子供たちは、皆、興奮して叫んでいる。


 ロロに向かって、


「黒豹に変身してー」

「馬がいい」

「わたしは大きい虎~」

「ボクは神獣で空を飛んでほしい~」

「えぇーそれは怖い」

「アーレイとヒュレミと戦ってほしいー」

「今のまま、撫でたいから降りてきてー」


 と、アッリとタークを含めた子供たちが叫んでいた。


 黒猫ロロは大人気だ。


「閣下! 私たちも参加したいのですが……」

「閣下ァァ、子供たちの投擲訓練がロロ様に邪魔されてしまいました」

「あ、ぼあぼあ」

「ひさしぶり、ぼあぼあ~」

「ぬぁんと! 閣下の眷属様たち!」

「ゼメタスよ、我らの成長を眷属様たちに見てもらおう!」

「おう!」


 ……俺はスルー。

 しかし、ハイグリアは釣られて体を動かし始めていた。


「――思い出す。彼らと戦ったことを!」

「ハイグリア、模擬戦したいなら自由にいいぞ」

「いや、いい。ただ、沸騎士たちの動きを見ると、魔界とは険しい場所なのだとつくづく思い知らされる」

「だろうな」


 そんな喧噪というか賑やかな場所に哲学と諺が好きなトン爺が現れる。

 続いて、マグリグ&スー夫婦。

 そして、樵のエブエと畑を作っているドナガンも現れた。

 このドワーフのドナガンは今ではサイデイル村の農業担当だ。


 ドナガンから、レーメの羊に関する情報と、良網草ヨイモイの栽培について、ディーさんとエヴァを中心に意見交換を行った。


 レベッカとハイグリアは分からないことが多いのか、黙って聞いていた。

 そこに、お菓子作りのリデルと一緒に住んでいるパル爺が寄ってきた。


 レベッカはリデルと、お菓子には紅茶が合うと言うように、お菓子と紅茶の話題で話が盛り上がっていた。


「皆、それぞれに得意なことがあるのだな」

「ハイグリアだってあるじゃないか」

「ほ、ほんとうか?」


 ハイグリアは尻尾を左右に揺らしながら嬉しそうに微笑む。


「その爪鎧。ファッションセンスがいい」

「そ、それだけか?」

「おう。モンスターの解体もダオンさんのほうが上手。畑を耕すのも、めちゃくちゃだ。ドナガンに『種を潰すな!』と、叱られていただろう?」

「……」

「ま、何事も最初がある。プラスになることはあってもマイナスになることはない。経験を得たことが大切。次がある。そのまた次もある。やればやるほど力になるはずだ」

「あ、うん、ありがとう……」


 ハイグリアの良い笑みだ。


 ハイグリアは古代狼族らしい素早い機動で、俺の隣にくると手を握り顔を寄せてくる。


「……あ~何をいちゃついているのかなぁ」

「ん、ハイグリア、隅に置けない」

「美人だしね、シュウヤは決闘するようだし」

「ん、阻止する?」

「しちゃおっか~」


 <筆頭従者長>コンビは笑いながら話しているが、本気に聞こえる。


 そんなやりとりのあとに、バング婆にも紹介。


 謎の木札をエヴァとレベッカは貰っていた。

 木札から魔力をあまり感じない。

 ……が、俺が作った家を茨で覆う呪術魔法を扱う、謎の婆だからな……。


 守護的なモノだろうとは思うが。


 と、そのまま無難に皆が打ち解けたところで、


「んじゃ、役場のキッシュのところに向かう」


 役場に移動。

 司令長官のキッシュが居る政務室の中に入った。


 茶色の家具が左右に並ぶ政務室。

 オークから得た戦利品の一部が床に置かれてある。


 奥の間で座っているのがキッシュ。

 左の本棚近くにイモリザとモガ&ネームスが並ぶ。

 右の食器棚の手前に探検隊ごと村で正式に雇うことになった【紅虎の嵐】の面々とドミドーン博士とミエさんも居る。


「使者様♪」

「イモリザ、今は静かに」

「……はぃ」


 俺が魔力を放出させながら凄みを見せるとその場は静かになった。

 気にせず、ディーさんに視線を向けて頷く。


「ディーさん、彼女がキッシュ。この村の責任者です」

「了解した」 


 ディーさんがキッシュと話し合いをしていく。

 あっさりとドナガン経由のここでしか採れない野菜の売買交渉は纏まった。

 金というか物々交換がメインらしいが、詳しくは聞いてない。


 すると、エヴァとレベッカが前に出る。


「貴女がキッシュさん」

「ん、美人エルフ」

「こんにちは、この村にようこそ。レベッカさんとエヴァさん。シュウヤから色々・・と話は聞いている」

「そ、そう、わたしも色々と聞いていたんだから! 最近は血文字だけだけどね」

「ん、キッシュ。わたしはエヴァでいい。シュウヤが大切にしている女性なら仲良くしたい」

「わたしもだ。エヴァとレベッカ。今後ともよろしくお願いしたい」


 レベッカが不満を漏らしていたが、今後はどうするから始まりリンゴ畑は自由に使っていいから……何事もなく話し合いは進む。



 ◇◇◇◇



「んじゃ、血文字で説明しているが……改めて紹介しよう。イノセントアームズ入りした、あの、モガ&ネームスだ」

「おうよ! シュウヤから聞いてるぜぇ美人たちよ。迷宮以来だな? 俺はギュンター・モガ。剣術メインの前衛だ。んで、後ろ相棒が」

「わたし、は、ネーームス!!」


 ネームスはいつもより気合いが入っていた。

 太い鋼のような足が不自然に揺れている。


 エヴァが、


「ん、よろしく。後衛も前衛もできる。でも、後衛が主力」

「よろしく~魔法使いというより最近は万能型になったレベッカです」


 エヴァに続いてレベッカも律儀に頭を下げる。

 レベッカは、グーフォンの魔杖からガスバーナーのような炎を出していた。


 そこからモガを中心に迷宮談義となったところに、キッシュと契約云々の会話を終えたのか、紅虎の嵐のメンバーも俺たちの会話に加わってきた。


「イノセントアームズか。わたしたちのクラン入りを断ったのも納得だ」

「そうね……」

「うん。シュウヤさんの強さと経験なら納得です。クランに入り、その独自のクランの制約により束縛されるのはいやでしょうから」


 ベリーズ、サラ、ルシェルは語る。


「しかし、俺たちはここの村に雇われた。隊長がこんな決断を下すのは初めてなんだぞ」


 と、渋い声で語りながら俺に視線を寄こすブッチ氏。

 キリッとした茶色の瞳は力強い。

 ワイルドな髭も整えられてある。


 背中の大斧といい、戦士の風格は依然より増して見えた。


「俺としてはありがたい。キッシュが楽になる」


 と、本音を告げた。


「キッシュさんのためでも、わたしは残る」

「……ま、隊長が惚れている相手だし仕方がないでしょう」

「だって、シュウヤと別れてヘカトレイルで樹海の依頼を受けての……失敗しそうになったところで……偶然にシュウヤとの再会だよ? 当然、優しくしてもらったから離れたくないという大前提があるけどさ、他にも理由はたくさんあるし」


 サラは俺のことを見つめながら語る。

 視線を合わせると、すぐに恥ずかしそうに逸らしたが、また合わせてきた。

 ネコミミも同時にピクピクと動かしているし、可愛い。


「隊長が他の理由もたくさんあると語ったように、わたしたちの依頼はまだ途中」

「はい。まだ依頼は生きています。時間制限はないですし。ここで力をつけて成功に導きましょう。たとえ、失敗扱いでもお金はたんまりとありますから。わたしもシュウヤさんともっとお近づきになりたいですし」

「……俺も賛成だ。ミエさんも居る!」


 ブッチはルシェルとベリーズの意見に声を大きくして賛同した。

 ドワーフのミエさんへ視線を向けている。


「なるほど、ブッチも理由があるか」

「わしたちが紅虎を雇っていた立場なんだがな?」

「博士」

「――ミエ、分かっている。否定ではない。依頼主として責任者としても、皆の意見に賛成なのだ」

「はい」


 ミエはドミドーン博士の髭を見ながら頷く。


「うむ。ここに拠点ができたのは大きい。わしは樹海を調べるのが命を賭けた趣味みたいなもんだからな? キッシュ村長も色々と便宜を図ってくれる。だから自分のためでもあるが、このサイデイル村の発展に協力しよう」


 ドミドーンは目的と一致するためか、ここに骨を埋める覚悟らしい。


「博士と同じく。遺跡調査が楽になります。それに、旧神ゴ・ラードの遺跡近くには古代狼族の縄張りもあるようですし、色々と樹海の興味深い情報が手に入ります。ここは素晴らしい拠点ですよ。研究者のわたしが言うんですから間違いありません」

「ミエさん……」


 ブッチが熱を帯びた小声を呟く。

 野郎の色っぽい声なんて聴きたくないが……。


 まぁミエさんは細身のドワーフ。

 確かに美人だ。

 小柄で可愛らしい姿からアムを思い出す。


「それじゃ、サラたち軽く話が纏まったところで、俺たちはリンゴ畑へ向かう」

「おうよ、俺たちはここに残るぜ。博士が契約云々でうるさいからな。それにネームスを博士は調べたいらしい」

「……わたしはネームス」


 ネームスの声は……。

 今まで聴いたことのないぐらい小さい声だった。

 ドミドーン博士の実験台となるのはいやなんだろうな。


 サラは皆を見てから、


「わたしたちはキッシュ村長と詳細をつめる」

「詳細か」

「うん。シュウヤが作った新しい正門へと続く階段も整備されたからね。ベリーズの弓兵長としての立場とその守り方について詳しく話をしないと、敵はいつ攻めてくるか……空から奇襲だってありえるし」

「隊長といっても、わたしの弓術を教える相手が子供たちではね。あ、ピュリンさん?」


 そこでイモリザに視線を向けるベリーズ。

 イモリザが事前に色々とアピールしていたようだ。

 三位一体が何とかスキルを俺にもアピールしていたからな。


「はーい♪ でも、今はイモリザです♪」


 より目になったイモリザは手を上げて楽し気に語ると、急に静かになった。

 もう一人の人格ピュリンと会話を脳内で始めたようだ。


「遅いから、俺が説明しよう。ピュリンならセレレ族の力で遠距離狙撃ができる。ただ、弓じゃないな。それと、イモリザとツアンに変身できるからタイプ的にワンマンアーミーに近い運用が望まれる」

「わたしの古代狼族の兵士なら弓が扱える者も数名いるが、全員接近戦タイプだ」


 ハイグリアの言葉に頷いたキッシュが、


「その件だが、クエマから得たオーク支族の情報から推察した地下道の場所へ古代狼族たちと共に偵察に出るべきか……意見の相違がある」


 そうキッシュが話をしたところで、自ら咳払い。


「ま、今は戦術の話は止そう。それと、シュウヤ……夜な夜なの生活にサラを強烈に巻き込んでくれるなよ?」


 キッシュは翡翠色の瞳で俺を睨む。


「キッシュ……不満か?」

「いや、正直、独占したい気持ちは村を放り出したいぐらい持つ。しかし、シュウヤはタフ過ぎるからな……」


 そこでサラを見るキッシュ。

 サラもキッシュに向けて暗黙の了解というように頷くと、俺を見つめてくる。


 薄紅色の瞳の奥には、欲情の色が激しく渦巻いていた。


「サラ、思い出した?」

「あ、うん、ばかシュウヤ……」


 サラは激しい情事を思い出したのか、ネコミミと頬だけでなく、両肩や太股の白い肌がまだらに赤く染まっていく。


「ん、シュウヤ。今日はだめだからね」

「そ、そうよ! 油断したら、まったく……」


 エヴァとレベッカが、俺を守ろうと前に出た。

 キッシュもサラも不満気だが、仕方ないという表情だ。


「んじゃ、イモリザ。遊んでないで門に向かうぞ」

「はーい」

「はい」

「ん、にゃ」


 政務室に入ってきた黒猫ロロ軍団とユーモラスにおどけたイモリザへと指示を出す。


「ディーさんとリリィもこっちです」


 黒猫ロロにちょっかいを出していたリリィを呼ぶ。


 そのままハイグリアと紅虎の嵐たちを残して、村の役場から出た。

 向日葵のような太陽からの陽射しは暖かい。


 うららかな気候はいい気分。


「リンゴ畑にピクニック~♪」

「ふふ。わたしも同じ気分~」


 レベッカとエヴァは笑う。


「わたしもです~あったかいんだから~♪ こっちです~」

「待った次いでに」


 俺が作った家々を見せていく。

 トン爺とモガ&ネームスの家を含めて、調子に乗って家を案内していると、


「にゃ、にゃ~」


 黒猫ロロが来た。


「よ、遊んでいたようだな?」

「にゃ~」


 俺の足に数回、頭をこすりつける黒猫ロロ

 黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミは居ない。


「にゃ」


 エヴァにも甘えた声で挨拶している。

 黒猫ロロはエヴァの足下にトコトコと近寄った。


 すると、むくっと上半身を上げて二本脚を使い器用に立つ。

 胸元で、両前足を上下させている……。


 餌をくれってか? 

 それとも『膝に乗せて、にゃ』かな?


 エヴァは優しい笑みを浮かべて、


「ん、ここ、くる?」


 と、黒猫ロロに向けて話すと、


「ンンン」


 黒猫ロロは喉声で返事をしながらエヴァの股の上にジャンプ。

 エヴァの細い手をピンクな舌でペロペロ舐める。

 そのまま太股の上で丸まろうと、回り始めて、下丈のワンピースが少し捲れてしまう。

 エヴァは白い太股を少し露出させていたが、そのまま黒猫ロロが落ち着くのを待ってあげていた。


 相棒は、丸くなって眠り出す。


「……いいなぁ。昔を思い出すわね。わたしも車椅子が欲しい」

「お嬢様の太股が、ロロ様はお気に入りなのですね~」

「レベッカ、口にリンゴパイのカスがついてる」


 エヴァに指摘されているように、トン爺とリデルが作ったリンゴパイを両手に持った持った状態で、口をもぐもぐさせていた。

 白魚の手に握る結構な大きさなパイだが、もう既にリンゴパイはかなり欠けている……。


 レベッカのお菓子大王としての素質もかなり伸びているらしい。

 頂戴、頂戴と言われて渡す度に……菓子を食べる速度が増しているようにも感じた。


 そんな和やかな調子で、門に到着した。


「イモリザ、行きまーす」


 その某パイロット語勢にツッコミは入れない。

 俺に向けて敬礼をしたイモリザは二つの短い足を揃えると即座に反転。

 黒爪は使わずに何故か側転しながら門を潜って先に進んでいった。


「イモちゃん元気ね。でも、この門は……話に聞いていた以上の出来だと思う!」

「ん……立派で大きい。シュウヤが作った家と屋敷の警備隊長アジュールの小屋が可愛く見える」


 俺が作り上げたサイデイル村の門を見てレベッカとエヴァが語る。

 感心、感心、といった表情を浮かべていた。


「お嬢様! 子供たちの絵もあります!」

「料理もこなせるうえに、碑銘入りの木工とは、シュウヤさんは器用な方だ」


 リリィとディーさんも驚きと尊敬の意思を感じさせる言葉を話す。

 俺は「いいからいいから、先を急ごう」と話をして、峡谷の下へと側転しながら進むイモリザのあとを追った。


「あ、待ってよ」

「ん、行く」

「にゃ~」


 皆も、門を潜り天然のリンゴ園が広がる谷間に向けて出発となった。



 ◇◇◇◇



 探検家が好むようなつづら折りの道。

 雲雀の声が遠くから聞こえ蜩に似た音がかなかなと鳴き独特の余韻を残す。

 小石と根を足裏で揉むように降り、長靴が欲しくなるのを感じながら……。


 そこら中に生えている樹木をチェック。

 崖際で、


「ん、魔素が薄い」

「にゃお」

「……都市の外ってこんな気候なんだ」

「レベッカはペルネーテの外は初めて?」

「そう。こんな自然があるから美味しいリンゴ菓子があるのね」


 <筆頭従者長彼女>たちの言葉に、自然と頷いてから、俺も改めて……崖下に広がる樹海の光景を眺めていった。


 太陽の陽射しが樹海の樹木たちを照らす。


 黄緑の屋根を作る樹の群だけではない。

 黄金と銀色の幹から伸びた枝に生えた紫の葉。

 肌色の樹皮を持つ太い幹が特徴的な樹。

 

 薄青色の巨大葉が特徴的な樹などが並ぶ。


 一齣一齣、きっちりと仕切れている衝立にも見えた。

 俺たちを、もてなしてくれるような自然美術の歓迎だ。


 が、土と岩が隠れるほどの樹が豊富だからか……湿度が高い。

 魔霧の渦森と、昔ラグレンと一緒に旅をした隘路のことを思い出す。


 水源に木の根が生えた自然豊かな地を進んでいくと、魔素の反応だ。

 クリオロフォサウルスと似た頭部が六つもある。

 細長い首が六つの小型竜だ。

 そんなモンスターが崖上の出っ張った岩場に張り付いているのが見えた。


「あ、モンスター!」

「ん……一体」

「古代狼族の警邏部隊が居ても樹海は広いからな……」

「使者様~わたしが倒しま――」


 イモリザは<魔骨魚>を出そうと両手を伸ばす。

 指で宙に小型魔法陣を描く。


 だが、一足先に紫魔力を纏ったサージロンの鋼球が凄まじい速度で宙を突進。


 五つのサージロンの鋼球は唸る。


「ん――」


 宙に浮く魔導車椅子に乗ったエヴァ。

 彼女も自らが放射状に発した紫色の魔力に飲み込まれる勢いだ。


 サージロンの鋼球たちはモンスターの長首に衝突。

 五つの鋼球はそれぞれ自意識を持つようにジグザグ軌道でモンスターを貫く。


 無残にも穴だらけだ。


 エヴァの操作するサージロンの鋼球は威力が凄い。

 小型竜は見る影もなく背骨が潰れ倒れた。


 血塗れとなったサージロンたちは使い魔のように戻っていく。


 俺は自然と宙に浮かぶエヴァに向け、


「すげぇな。前よりコントロールがよくなったか?」


 と、そう褒め言葉を送っていた。

 エヴァは魔導車椅子を反転させて下降してくる。


 下丈のワンピースがひらりと舞う。

 金属の足は前より細くなっているような気がした。


「ん――お手玉が上手くなった」


 エヴァは天使の微笑を浮かべながらそう語る。

 ……いつみてもドキリとさせる笑みだ。


「わたしの蒼炎の出番がなかった~」

「ん、ごめん、次は任せた」



 ◇◇◇◇



 次に現れたゴブリンの中型はレベッカが対処。

 エヴァの活躍に刺激されたレベッカは蒼炎弾を飛ばしていた。


 近距離の拳を使えばいいのに。

 と思ったが成長したところを見せたいんだろう。


 だから黒猫ロロと共に黙って見学を続けた。


「しかし、イモリザ。モンスターはよく出るのか?」

「はい、結構色々な種類が出ます」

「ゴブリン、オーク、鹿系軍団の他にも色々出るようだな」

「卵が腐った臭いと共に斧を持った骨の片腕が数体出現した時はゼメ&アドちゃんと一緒に殲滅させました! その時は<光邪ノ使徒>のわたしが沸騎士より活躍しました!」


 銀髪の形がぐにょりと動いてビックリマークを三つほど作る。

 携帯の電波かい!

 と、ツッコミは入れない。


「……へぇ」


 ハイグリア率いるダオン&リョクラインの古代狼族チームと、沸騎士&イモリザ&アッリとタークの子供たちで警邏した時かな。


 そんな調子で隘路を進む。

 やがて、水に濡れた蔦が新種のカーテンのように伝う岩壁の場所に出た。


「もうすぐです~」


 イモリザの言葉が谺する。

 石清水の小さい滝がある。

 岩と岩の窪みに小さい泉が形成されていた。

 湯気が昇る泉もある。


 もしや温泉が?


「あれって温泉?」

「色合いが怪しいから温泉というわけではなさそう」

「ん、シュウヤ、さっそくエッチなこと想像した?」

「バレたか」


 エヴァに手を握られながら聞かれたら嘘はつけない。


「でも、結構歩いたわね……距離的にそう遠くはないのだけど……」

「ん、今は足状態に変化させているし、車椅子状態でも、わたしは浮いているから大丈夫」

「ペルネーテと違い別世界です……」

「リリィ、家で留守番していてもよかったのだぞ」


 料理人のディさんが語る。


「いえ、わたしもお手伝いではありますが、冒険者の端くれ。大草原の食材集めの狩りの時も慣れましたから」


 リリィの言葉を聞きながら少し進むと到着した。


 魔力が湧き出している泉。

 葉という葉に水滴が当たり跳ねる音が、いたるところから響く。

 沢山の樹木群があるが、ちゃんとしたリンゴの原生林だった。


 真っ赤に育ったリンゴ。

 青いリンゴ。

 育ちかけたリンゴ、

 魔力が内包した特別なリンゴもある。


 とにかく量が凄い……。

 リンゴジャムを特産品にできる。

 ディーさんにアップルパイとリンゴを使ったパイ重ねのケーキとか教えたらタナカ菓子店に勝てるかもしれない。


「こっこでーす。使者様の眷属様たち! わたしが最初に見つけたのですよ!」

「ということで、ここがリンゴ畑だ」


 俺の隣で微笑んでいたエヴァは瞬きを繰り返してから、


「ん、周りを見る――」


 魔導車椅子を展開させてから、その魔導車椅子を浮かせて、座りながら周囲を探索していった。

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