三百七十七話 ムー
ネームスが階段の樹の板を踏んでも、板に足跡はつかない。
<邪王の樹>は頑丈だ。
「わたし、は、ネームス!」
「――よっ、この階段もシュウヤのお手製か?」
階段を上がるモガが聞いてきた。
「そういうこった。邪界製の樹の板はネームスの体重にも耐えている」
「わたしはネームス」
「邪界ヘルローネには頑丈な樹木が生えているんだな」
モガはそう話をしながら、自身の身軽さを活かす。
小さいペンギン足で二段、三段と、飛ぶように階段を上がる。
その足捌きは剣士らしい。
細い足の爪先に魔力を溜めつつ僅かに解放する〝妙〟がそこにはあった。
<魔闘術>の技術は本当に高い。
さすがは
前にモガ族の剣士であり剣王と名乗っていた。
見た目はペンギンだが、やはり、ただのペンギンじゃねぇ。
実際にそのような戦闘職業を得ているのかもしれない。
ネームスのほうは相変わらず鈍い動き。
岩の塊のような両肩を一生懸命揺らしつつ……。
のっしのっしとモガの背中を見ながら上がっている。
階段を上がった二人は小さい丘の手前に広がる訓練場の中に入ってきた。
「――で、ネームスとモガ。俺と一緒に訓練を、という顔じゃないな」
「そうだ。お宝が盗まれたんだ。トロールの鳴き声が止んだとはいえ、急に魔法書だけが無くなるなんてことは不自然だからな。だからシュウヤに相談しようと思ったんだ」
モガがそう話をした瞬間、俺の背中で隠れていたムーがビクッと体を震わせる。
「そこの後ろに隠れている坊主が持っている書! それだ!」
ムーが持つ書物に気付いたか。
ま、完全に隠れているわけではないからな。
「……わたしはネームス」
「ムーは坊主、男じゃない。女の子だ」
「んなことぁどうでもいい。ムー! 盗んだな!」
ペンギンの顔を持つモガ。
小さい手を俺の足の後ろに隠れているムーへ向けて伸ばしている。
双眸は皇帝ペンギンさん風で可愛いモガ。
が、その口の犬歯のように出ている牙は、鋭そう。
「まだ子供なんだ、遊びの一種だろう」
「ふん! シュウヤよ、いかんぞ、子供とはいえ盗人は犯罪、盗み癖の始まりは、こういうところから始まるのだ。甘やかすのはいかんぞ!」
「……っ」
ムーは『違う!』とでもいうように俺の背後から前に出る。
「……!」
ムーは持っていた魔術書か魔法書か分からない書物を頭上に掲げた。
そして、掲げた魔法書を空へと投げた瞬間――。
その魔法書の表紙を形作る紐たちが蠢く。
蝶結び、片結び、蛇結び、あらゆる結び方で結ばれた紐たち。
紐たちは自然と解かれて表紙の一部が崩れていった。
書物自体が崩壊するわけではないが、表紙の絵柄模様の一部が欠けている。
ムーは自らの貫頭衣を脱いで、裸を晒す。
「な――」
「ど、どういうわけだ――」
「わたしは、ねー、むす!!」
皆、ムーの体を見て驚く。
小さい体躯のあちこちに縫ったような手術痕が……。
胸は、お猪口のようで、可愛いらしい。
いや、それよりも片腕と片足の根元。
肩と臀部の生々しい傷痕から小さい三角錐の突起物が……。
小さい三角錐の表面には魔法陣が刻まれている。
しかも、三角錐の先端から、紐が宙へと伸びていた。
紐は魔法書へと向かう。
魔法書の表紙を崩すように蠢いていた紐も、下から迫るムーの紐に反応していた。
ムーの三角錐から伸びた紐と魔法書の紐が、宙で絡み合う。
それはN極とS極の磁石が引き合うような勢いだ。
色々な結び目を作り結合を繰り返していた。
表紙が崩れかけていた魔法書とムーは紐で繋がる。
ムーと魔法書を繋ぐ長い紐は風に揺れていた。
その長い紐からはあまり魔力を感じないが……こう、何か別種の……。
そう……長期間錬成していた魔力のような質を感じた。
「……ムー。これが、しかるべき理由とでもいうのか……」
「……っ」
ムーは答えず。
紺碧の双眸は魔法書を一心に見つめて、片頬を少し震わせている。
紐を操る魔法の操作に集中しているような表情だ。
「紐の魔法書と同じ紐で体が繋がるとは……ということは、その吸血鬼のお宝はムーの物だったのか?」
「……わたし、は、ネームス!」
ネームスは魔法書と繋がる不思議なムーへと頭を寄せる。
きらきら光るクリスタルの瞳で、ムーの表情をじっくりと見つめていた。
そこから、いつものように肩の〝楓〟マークをアピールしていくネームス。
しかし、ネームスも不思議巨人だから、何とも言えない。
肩をアピールしている姿を見たムーは、大きいネームスの頭部へ向けて眼光を鋭くする。
片腕の根元から伸び魔法書と連結している紐を操作し、手元に魔法書を引き寄せていた。
ムーは魔法書を右手で掴むと、キリッとした表情を浮かべた。
『これはわたしの!』とでもいうように、ぎゅっと魔法書を握っては、手を背中に回し隠した。
そのまま頭部を寄せているネームスから、ぷいっと視線を逸らす。
ネームスから逃げるようにぴょんぴょんと片足の爪先で地面を蹴って跳ねるように歩くと、俺の背中側に回り込んでくる。
「……ということで、モガとネームス。この魔法書はムーが持ってていいかな」
「いいさいいさ! あたぼうってやつよ! しかし、お宝の紐の魔法書と繋がりがあるとはなァ、驚きだ。ひょっとして、吸血鬼たちに囚われていた理由か?」
笑いながら語るモガは、ムーを見つめながら問いかけた。
ムーはビクッと反応を示して、俺の太腿裏に隠れるように小さい顔を寄せてくる。
時折、頭部を傾け「っ――」と獣のような息を吐く。
そのモガに向けられた態度から、怒りか、憎しみか、憎悪的なモノを感じさせる。
いや、モガというより、囚われていた記憶がそうさせるのかもしれない……。
しかし、隠れていることからして一応は……。
モガの家に飾ってあったアイテムを黙って持ってきたことに引け目を感じているのかもな。
「はは、俺は嫌われたか。しかし、魔法書と繋がっても言葉は喋れずか」
「そうみたいだな」
「わたしはネームス……」
ネームスも残念そうに呟く。
そのクリスタルの瞳はムーを見つめていた。
俺はモガの言葉と同じように、
「ムー。魔法書か魔導書か分からないが、その書物と、どういう繋がりが……」
と、ムーに視線を向けながら話しかけたが、
「……」
ムーは答えず。
ムーは片足の臀部から伸びた紐を操作。
地面に落としていた貫頭衣に、その紐を引っ掛けては自身の下に貫頭衣を運ぶ。
その貫頭衣をすっぽりと羽織るように着た。
「紐を器用に操作か。ただ片腕と片足が無いだけじゃなかったんだな」
「……」
服を着たムーは少し頷く。
が、頭を左右にも振っていた。
その瞬間、片腕と片足の根元から伸びた紐が縮んで服の中に引き込まれる。
服で見えないがムーの操る紐が、肩と臀部の突起物の中へと収斂していく様子だとは、想像がついた。
「……あまり長いこと紐の操作はできないということか」
「――っ」
俺の言葉に『そう!』とでもいうように強く頷くムー。
そのまま、俺の魔槍杖を見てくる。
槍を習いたいようだ。
「不思議なムー。紐の魔法書を使いながらも槍使いを目指したいようだな」
「わたしはネームス」
紐・槍使いのムーか?
モガとネームスは、不思議なムーを見つめていた。
紐・槍使いになりたい顔でも浮かべているのか、ムーの頬は赤く染まる。
注目を受けたムーは恥ずかしいのか、また俺の後ろに隠れる。
はは、また隠れているし。そして笑みを意識しながら、
「ムーは俺とキサラの訓練が気に入ったようだしな――」
そう喋りながら、わざとムーから離れるように素早く壁際に移動。
リデルが地面に置いていった袋に手を突っ込み、中からリンゴを掴む。
そして、モガへと――そのリンゴを<投擲>した。
モガはリンゴを掴んで、
「――お、こりゃ、あの銀髪が、ぐにょぐにょと動く門番長が持ってきたリンゴか」
「そうだ。美味いぞ。ネームスも喰うか?」
「……わたしはネームス」
ネームスも『食べる』という意思を示すように腕を伸ばしてきた。
巨大な手の上にリンゴを置く。
ネームスは真っ赤なリンゴを潰さないように、樹皮が割れているような口へとリンゴを運び食べていた。
ネームスの胴体の樹と鋼の間からリンゴの汁系と似た魔力の液が溢れている。
「……ネームスは基本、何でも食う」
「そのようだ」
モガも小さいペンギンの牙でリンゴの皮を器用に剥いてから食べていた。
俺も食いながら、ムーに視線を向けるが、頭部を振るう。
ムーは要らないようだ。
すると、リンゴの芯ごと喰い終わったモガが、
「……話を変えるが、シュウヤから預かっていた魔剣シャローを返す」
と、話をしながら懐の瓶盥のアイテムボックスから魔剣を取り出そうとしていた。
「いや、それならモガにあげるよ。ムーが持つ魔法書と交換という形だ」
「おぉぉ、いいのか!」
剣ならある。
<サラテンの秘術>という使いこなせていない神剣がある。
キサラが言うには、運命を切り開けるって代物らしいが。
本当に俺の運命線を新しく作ったのかもな、神剣サラテンは。
それに魔剣なら過去から愛用しているモノがある。
「――モガの気前の良さに感じ入ったわけではないが、俺は魔剣ビートゥという
そう話しながらアイテムボックスを操作。
ひさしぶりに、魔剣ビートゥを取り出した。
魔剣ビートゥの柄の握りを強めつつ持ち上げる。
赤みを帯びた刀身に紫色の文字。刃の表面を覆っている闇色の靄もある。
「……光剣のような鋼の柄巻なら、見たことがあったが……」
「わたしはネームス!」
前かがみ状態のネームスが魔剣ビートゥに頭部を寄せる。
クリスタルの瞳の中に映る魔剣ビートゥ。
楓さんも魔剣を扱いたいとかあるのだろうか。
「この魔剣ビートゥも魔竜王戦で使った。ペルネーテの優秀なアイテム鑑定人のスロザは『魔界の八賢師セデルグオ・セイルが作り
「ぬぁんと、見た目からしてお宝なのは確実だとは思ったが、まさか魔界八賢師とはな。魔界六十八剣を作ったランウェンとはまた違う八賢師か」
モガは黒い縁が可愛い黄色い嘴を、上下に大きく広げて驚きの表情を作って喋っていた。
「八賢師とやらに詳しいのか?」
「いや、魔界の鍛冶師の類だろう? 名前だけでよくは知らん。サーマリア伝承に伝わる魔王級魔族の名がつく魔剣を少し知っているぐらいだな。そういった類の品のことは冒険者活動をしていれば、いやでも耳にする。それにヴァイス大闘技場で行われる闘技大会はよく観戦していた。そこで戦う武人やら剣闘士たちの<魔闘術>の扱いは見事だぞ。そして、魔剣やら見たことのないアイテムを装備している奴らばかりだったからな」
「わたしはネームス!」
ネームスも同意するように声質を太くして答えていた。
闘技大会か。
「闘いや武術のトーナメント?」
「そうだ。武術連盟の闘技大会に神王位戦を巡る個人戦は……特等席を予約して、ネームスと一緒に観戦を楽しんでいた。ネルギンの菓子を片手に、熱い試合を見るのは楽しかった」
ネルギンの菓子はポップコーン系か?
そういえば、ヴィーネが闘技大会に出場して力を見せつけてほしいとか話していたっけ。
結局はヴァイス闘技場の中には入らなかったな。
ま、いつかは入るかもしれない。
「……なぁ、この村には相棒の神獣様しか連れてきていないようだが……俺たちと初めて会った時、
ネームスの足元から一緒に魔剣ビートゥを見つめていたモガがそんなことを聞いてきた。
「レベッカたちか? 彼女たちはペルネーテに住んでいるからな」
「あの場で活動していた冒険者パーティーは臨時か?」
「いや、冒険者パーティーは臨時ではない。大切な家族であり仲間たちだ。またいつかペルネーテに戻った時には、魔宝地図もあるし、一緒に迷宮に潜ることもあるだろう。魔石も欲しいしな? といっても俺の眷属たちが魔石の収集活動を続けているが」
「……家族か。眷属とはいえ、そんな言葉をいえる仲とは羨ましいメンバーだ。シュウヤはいい仲間と出会えたんだな。俺たちも酒場で仲間を募集しパーティーに参加したんだがなぁ」
モガは寂し気にネームスを見る。
「わたし、は、ねーむす……」
「だよなぁ、ネームスよ」
モガはネームスを見て残念そうに何回か頷く。
ネームスの瞬きを行う回数で、感情を読み取っているのかもしれない。
そんな寂しい雰囲気を醸し出すモガ&ネームスのコンビに注目していると、小さいムーが俺の前に出た。
ムーの紺碧の双眸は俺が握る魔剣ビートゥを眺めている。
「……」
魔剣ビートゥに触りたいのか?
背を伸ばすように片腕を上げる。
同時に、片腕のない撓んで垂れていた袖口の中から伸びている紐と繋がる魔法書は浮いていた。
ムーは、その浮いている魔法書を操作しているようだ。
自動的に魔法書が動いているのかも知れないが、その魔法書が魔剣ビートゥの側に寄った。
魔剣ビートゥと魔法書は同じ色合いで点滅。
表紙の下のほうに小さい紋様でセデルグオ・セイルと文字が浮かんでいた。
すると、布の魔法書と連動しているように魔剣ビートゥの柄にもセデルグオ・セイルと小さい文字が浮かぶ。
「読めない字が浮かんでいる」
「わたしはネームス!」
モガは魔界の字は読めないか。
ネームスは読めているか分からない。
「俺は読める。魔剣ビートゥと同じ名ということは、その紐で作られたような魔法書もセデルグオ・セイルが作ったのか?」
そして、製作者が同じだと共鳴する仕掛けでも施されているらしい。
贋作対策か、コレクターたちが喜びそうな仕掛けだ。
「シュウヤが持つ魔剣ビートゥと同じとは。その魔法書も八賢師の物だと?」
「わたしはネームス!」
「……っ」
モガとネームスが驚く中、ムー自身は、分からないといったように頭を左右に振る。
点滅が消えるとムーと繋がって浮いていた魔法書は地面に落ちていた。
ムーの体から伸びている紐も力を失い地面に落ちている。
魔剣ビートゥの柄に浮かんでいた文字も消えていた。
「とりあえず、魔剣ビートゥは仕舞う」
魔剣ビートゥをアイテムボックスに納めると、ムーも落ちた魔法書を拾いに、片足を使いぴょんぴょんと跳ねながら前進。
自らの無事な方の手で魔法書を拾うと、俺の足下に戻ってきた。
「しかし、ムーはどうやって槍を使うんだ?」
「俺が義手と義足を作ってあげようかと」
「なるほど。最初から教える気か、優しい奴だな。だからこその仲間と家族か……」
「わたしはネームス……」
モガとネームスは互いを見て頷く。
相棒としての絆を感じさせる。
「俺は優しくない。やりたいことをやっているだけだ」
「ははは! 素直じゃないな、好きな女のために命をかけて誘拐された子供を助けに向かい、その子供を救っては見ず知らずの弱き者たちも助けた。その助けた者たちに、家と土地を与え、あまつさえ生きる指針まで与えようとしている……そんな懐の深い男が……優しくないだと? 笑わせる。最近では幽霊たちの仕事まで引き受けたそうじゃないか。まさにモガ家に伝わる英雄セガールのような男!」
「わたしはネームス!」
「――っ」
ムーもモガの話を聞くと、ぴょんぴょんとモガたちと俺の間に立ってから、モガの言葉に同意するように、強く何回も頷く。
「俺はそんなんじゃ……」
そう俺が呟くと、モガは全身に<魔闘術>を纏う。
軽やかに跳躍したモガはネームスの肩に乗った。
ペンギン足をパタパタと動かすと、片手を俺に向ける。
歌舞伎ポーズをとりながら、
「――てやんでぇ! シュウヤよ、照れるな! しかし、照れた仕草も様になる。かっけぇ男だ! 俺は認めよう。モガ家として、お前を異種族中の男の中で、一番の男だと!」
と語りつつポーズを繰り返す。ネームスの巨大な肩の上で器用だ。
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