三百六十八話 沸騎士の叫び

 壊槍グラドパルスが作った静寂を壊すように魔槍杖を振るった。

 紅矛にこびり付いた肉片が八方に散る。

 その振るった魔槍杖バルドークを肩に担ぐ。


 掌握察で周囲を確認――ホルカーの木片を掴んで風に晒す。森の風に揺れる欠片がバイブレーターのように震えた。

 あちこちに反応を示すホルカーの欠片。

 これを使った遊びを受けたキサラは、泣くように喜んでいたが……と、不謹慎なことをしてしまったことは反省だ。そそくさと欠片をポケットに仕舞う。

 颯爽とヘルメが戻ってきた。


「閣下、いつにも増して複合連携からのグラドパルスが強力に見えました」

「確かに……」


 速度、間合い、少しずつという感覚と手応えだが……。

 確実に<闇穿・魔壊槍>は成長している。

 魔竜王でザガとボンが作った魔槍杖バルドーク。

 武器の進化。

 技としての進化か?

 それとも俺の能力か?


「閣下の成長は嬉しい。しかし、巨大な闇ランス壊槍グラドパルスが巻き込む範囲の側には寄りたくない。お目目に入った状態だと、また違った間合いになるとは思いますが、<精霊珠想>を使う場面も考えなければいけません。わたしの水も巻き込まれてしまえば狭間ヴェイルの次元を挟む境界、魔界、冥界、地底、暗黒、魔穴、などの他の次元に引き摺り込まれそうです……」


 ヘルメは懼れる。ロロの炎に対するような恐怖を、闇ランスこと、壊槍グラドパルスの影響範囲から感じたようだ。しかし、俺には、ご褒美。

 凛とした豊満な胸を張った姿勢を保ちつつ……。

 肌を構成する黝色の葉と蒼色の葉がウェーブ。


 勿論、それはある事象を発生させていく。


 そう、おっぱいだ。


 ぷるるんと、ぷるるんと、店先に並ぶ豆腐のように揺れる乳房さん。

 偉大な無限の水源を持つ精霊さんのおっぱいである。


 まさに、ザ・グレート・精霊ヘルメ。


 思わず、交響曲、いや、みちのくで育まれたようなネーミングを思いついてしまった。

 ま、これは仕方がない。


 反ったマスドライバー的な乳房さん。

 精霊さんだが、女神の芸術でもある乳房さん。


 そんな芸術的に反った女神の乳房の上を、躍動して駆け登る水滴軍団。

 羨ましい水滴軍団は、錠剤の形をした頂上の乳首から、飛び立った。


 離れたことが淋しいと、語るように、虹の梯となって水滴は儚く散る。


 そのコンマ数秒の、おっぱい芸術は……。

 俺を、いや、全世界の男を興奮させる。


 と、そんなエロでふざけた思考を、瞬時に切り替える。


「……そうだな。シュミハザーの血と魔力を吸い取り、イグルード戦を経験したのが一番大きいと思う」

「少しだけ伺いましたが、視界が奪われるという……」

「あぁ、正直あの戦いは驚いたよ。師匠の声に助けられた。ルシヴァルといえど対処が不可能なこともあると学んだ。あのイグルードが持っていた記憶、精神世界なのかは判断できないが……ガジュマルの根に似た樹木の群れは忘れられない」


 あの邪霊槍イグルード。

 再生を上回る攻撃か、再生という概念とは違う空間系、精神系の攻撃といえるのか?


「わたしがいたら……」

「そんなことは気にするな、戦いは時と場合による」

「はい、そうですね! 閣下、あそこに巨大狼の死体がありますが……」


 ヘルメが指摘。


 水棲怪物のイカ触手が首輪として繋がっていた巨大狼の死体。

 巨大狼は壊れた人形のごとく草むらに突っ伏している。


 草が倒れて引き摺られたような跡があるが……。

 その引き摺った跡を作ったと思われるイカ触手の首輪は、壊槍グラドパルスに巻き込まれたようだ。


 途中で消失していた。


「閣下のグラドパルスに巻き込まれずに済んだようですね」

「そのようだ」


 壊槍グラドパルスの影響範囲は巨大スプーンでくり貫いたような窪んだ穴……。

 ヘルメの言っていたように……。

 あのエリアに入っていたら巨大狼の死体は消えていただろう。


 そこに、ハイグリアの同族古代狼族たちが、


「神獣を乗りこなす、凄まじき槍使いだ!」

「あの紫の魔槍、紅色に輝いている!」

「もう一つの槍の刃を見たか?」

「勿論だ……二つの欠けた月だろうか」

「双月神に関わりがあるのか? それよりも、あっさりと倒したのが!」

「そうだ、手強い敵を倒した――」

「「あの樹魔妖術師を!」」


 どっしりとした重さを感じさせるような気合い声で、古代狼族たちは叫ぶ。


「ふふ、さすがはシュウヤ! あれがわたしの大事な雄なのだぞ」


 と、ハイグリアも含めて叫び声を上げていく。


「――樹魔妖術師が倒された!」


 俺が最後に倒したボス級のモンスターは樹魔妖術師という名らしい。

 名ではなくクラスとか階級かもしれないが。

 そういえば、鹿の巨大怪物も『樹怪槍軍ギジェデア』とか喋っていた。


 そんな騒いでいる古代狼族たちの中で、独り唖然としていた大柄の人狼が居る。


 大柄の古代狼族は眩暈を起こすような足取りで、前に一歩、二歩と力なく歩きながら、


「……あ、あれは、まさか……」


 と、息を漏らすように小声で呟いてから倒れている巨大狼の下へ駆け寄っていった。

 黒々とした尻尾が長い。


「あれはダオン様の?」

「たぶんな……」

「可哀想なダオン様……」


 一部の古代狼族たちからそんな同情するような声が上がっていた。


 あの倒れている巨大狼。

 樹怪王のモンスターではなく古代狼族が捕まっていたのか?


 見た目は人狼ではなく巨大な狼のままだが……。

 もしかしてハイグリアも巨大狼へと変身が可能?


 だが、まだ変身した姿は一度も見ていない。

 すると、ハイグリアが厳しい目付きを浮かべながら古代狼族の綺麗な女性に、


「……ダオンが気になる。が、リョクライン、今は報告の続きを頼む。樹魔妖術師が率いていた樹怪王の軍勢はかなりの規模だったが、故郷はどうなっている?」


 ハイグリアが尋ねているリョクラインさんは美人。

 ヘルメのような流し目に、筋が通った鼻。

 顎は長細く、ハイグリアより少しだけ上唇が大きい。


 他の古代狼族とは違い、目立つぐらいに、うっすらとした黒色と茶色の毛の獣人。

 人族に近い。


「姫、ザクセルが討たれた縄張りを樹怪王に……」


 ザクセルとは、ヴァンパイアのユオが殺した古代狼族か。

 ハイグリアは仇を取った。


「さっきも言ったが、ザクセルの仇なら取ったが……そのせいか? わたしを追う部隊を編制したせいで、一族の戦力が落ちた?」


 ハイグリアは責任を感じているらしい。


「いえ、姫様が居られても変わらなかったかと。他にもビドルヌ狼将の縄張りには旧神の使いに侵入されました。しかも、味方に紛れての混乱した戦いとなり多くの死傷者が……」


 旧神は聞く限りだと強そう。


「加えて死蝶人の縄張りに潜入していた若く優秀だった兵士級が討たれてしまい……他の狼将の縄張りにもオークやゴブリンたちが侵入しては紛争に。人族も縄張りを荒らしています」

「……またか。そして、わたしが居ても変わらないのは永遠の牢獄だな」


 ハイグリアはリョクラインの報告を受けて、表情を暗くする。

 暗いというより、いつものハイグリアとは違う。

 俺に対して嫉妬している表情とは、別だ。


 凛々しい姫の姿。


 風格すらある。


 ということは俺に向けた嫉妬も楽しんでいる範疇だったということか。

 ま、故郷に帰らずここに残り続けているのが、なによりの証拠。


「……そういった激しい局面で、吸血鬼に僅かな隙を突かれたことが原因です」

「吸血鬼も厄介だが……」


 と、ハイグリアは俺に視線を向ける。

 その眼差しには尊敬の意思が込められていた。


「ですが、さすがは姫様! 吸血鬼の幹部クラスを仕留めたのは凄いですよ! 死者の百迷宮に挑むよりも名声が高まりましょう。しかも十二支族のヴァルマスク家の一党とか! 大狼幹部会での発言権が増しますよ! 神狼ハーレイア様の祝福力も大いに増しましょう」


 美人のリョクラインは尻尾をふりふりさせながら語る。

 ハイグリアのことが好きなんだと分かる。


「……吸血鬼ホフマンの<従者長>を片付けられたのは、女の人族のヴァンパイアハンターとシュウヤのお陰だったりするのだ。そのシュウヤのことは、もう何も言わなくても分かるだろう?」

「はい。我々を救う動きに樹怪王の軍勢を打ち破る指揮能力の高さ。更には、樹魔妖術師を単独で屠ることが可能な、卓越した個人戦闘能力の持ち主。まさに英雄。見た目は黒髪の人族ですが……ふふ」


 今、俺の瞳を見て、頬を紅く染めていたな。

 リョクラインさんもいいね。美人さんは大好きだ。


「……リョクライン。その視線はよくない。しかし、お前の妹はシュウヤの技で直に助けられたのだからな……分かる気がする」


 ハイグリアは得意気に語りながら、頬を朱に染めていた。


「だが、だめだ。シュウヤは渡さない! シュウヤは偉大な神獣様を使役している強者の雄だ。そして、わたしの名を直接教えた男。神像広場で栄光を共にする拳と拳の決闘を約束した雄でもあるのだ」


 ハイグリアさん、いつもの調子だ。

 双眸が欲望丸出し状態となっていた。


「姫――他種族の雄と婚約を取り交わしたのですか!?」

「なな、なんと……」

「まさか、神楽の儀式は……」

「む、ま、それはまだなのだ……だが、いい。わたしは草の片葉・・・・になろうとも、シュウヤに付いていくと決めたのだからな」

「姫様……」


 リョクラインという女人狼から睨まれた。

 『姫を誑かしたのはお前か』という視線だ。


 そんな視線は、まさに、しらんがな、だ。


 リョクラインとかいう古代狼族の背後には、俺が<鎖>を絡ませて助けた女人狼の姿もあった。

 妹さんらしいが、目が合うと笑顔を見せる可愛い女人狼ちゃんだったりする。

 俺も笑みを返すと、ハイグリアが騒ぎ出すが……。


 キッシュと今後のことを話し合っていくと自然と静かになっていた。

 サイデイル村と古代狼族は同盟の流れかな。


 魔槍杖と神槍を消失させたところで、鴉の鳴き声が響く。


「――シュウヤ様、簡易的な偵察ですが、モンスターの魔素はあまり感じないです」


 キサラの周りには数羽の黒い鴉が舞っていた。


 簡易な偵察が可能なキサラの使い魔か?

 すると、偵察に出していたその鴉を手首の盛り上がった数珠印の中に納めた。


 少しだけ聞いてみよう。


「了解した。その鴉は使い魔?」

「少し違います。〝百鬼道〟、姫魔鬼武装の一種です――」


 その百鬼道が分からない。

 が、魔導書を含めて説明を聞くと長くなりそうだ。


 今はいいや。

 聡明な彼女は、俺が深く聞こうとしないことを察したようだ。


 無言で、握った匕首から伸びた魔力の刃を――。

 シュッと音を響かせながら匕首の柄元に収斂。


 普通のドスのような匕首の武器となった瞬間――。

 その匕首の武器は二羽の黒い鴉の姿に戻る。


 吉凶を占うような烏鳴を上げて羽搏く二羽の鴉――。

 手首にしまった偵察に出していた鴉とは違う。

 武器になっていたように、鴉に見えるが、鴉じゃないな。


 尾が尾長鳥のように長い。

 しかも、匕首の柄頭にあったモノと同じだ。


 尻尾が銀チェーンのような色合い。

 先っぽに十字架のストラップ模様の飾りがある。


 とすると匕首はルロディス系の武器だったのか?

 短刀から伸びた魔力刃は光属性という感じではなかったが。


 キサラは匕首に変身が可能な特別な魔鴉たちへ向けて妖艶な笑みを浮かべた瞬間――。

 魔鴉たちを手首の数珠印の中へと吸い込ませる。

 マジシャンが鳩を扱う感じだ。


 手首の数珠印はバーコード印刷のように盛り上がっていた。

 さらに、腰ベルトの金具と銀の鎖が結ぶ魔導書も光を帯びた。

 魔導書は人の皮か不明だが、不気味な皮の装丁だ。


 自動的に魔導書の頁が捲れていたが、その魔導書は閉じていた。

 瞬間的に連携しているのかもしれない。


「……それも百鬼道か」

「はい、ご明察通り。では、シュウヤ様と精霊様、そして、狼ちゃんたち。上空のロターゼと合流し、直に空から偵察をしてきます――」


 キサラは俺に笑顔を向けていたが、古代狼族には鋭い目付きを送っていた。

 そのまま練達の深さを感じさせるような身の翻しを見せる。


 あっという間に上空を翔けていった。


 腰の括れといい空を天女のように舞う足さばきは、美妙。


 まさに、『る者くこと無し』だ。


 キサラはロターゼの額の上に腰を落とすと足を悩ましく組む。

 そして、俺にウィンクを寄こし、投げキッスまで……。


 そのままロターゼと共に上空を旋回していった。


「……シュウヤ、キサラがお気に入りだな?」


 俺が眺めていたことが気になったらしいキッシュの言葉だ。

 分かりきったことをわざと聞いてくる。


 ハイグリアとの大事な話は途中で止まっているが、大丈夫か?

 だが、キサラへの想いを隠すつもりはないので、正直な気持ちで、


「……そうだ。最初から彼女とは初めて会った気がしなかった」


 キサラを抱いていることをキッシュは知っているから素直に告げた。

 キッシュは眉尻を吊り上げて、一瞬、小鼻をふくらます。


「……そうか。ハイグリアとの話し合いに仲間のことも、そして、今は村の子供たちのほうが心配だ」

「子供たちは集会場だっけか」

「うん。回収にはすぐに戻ってくるから。精霊様も、またあとで――」

「はい」


 頭を振って笑顔を取り戻したキッシュは踵を返す。

 俺の家があるほうの坂を上がっていく。


 キッシュが向かったであろう方角から、幽霊たちの歌声がまだ響いている。

 そこに、沸騎士たちが魔造虎のアーレイ&ヒュレミを連れて登場。

 足並みを揃えながら俺の前に来た。


 ゼメタスとアドモスは魔界式の挨拶をしてくる。

 すると、ロロディーヌが反応。


 沸騎士たちの挨拶に釣られるように頭蓋骨を舐めていく。


「ロロ様!」


 ゼメタスに続いてアドモスの頭蓋を舐めるロロディーヌ。


「そこは炎の眼球が宿る場所ですぞぉぉぉ」


 目ん玉が気持ちいいのか?

 分からんが、アドモスは興奮して煙を噴き上げる。

 黒猫ロロの頭部に赤い煙が掛かってしまった。

 相棒は、


「クシュッ――」


 と、くしゃみ。

 鼻から赤い煙を吸ったらしい。

 盛大な、赤い粘液が混じった鼻水をアドモスに浴びせていた。


 アドモスの頭蓋をぼあぼあと覆っていた赤い煙は吹き飛ぶ。

 そして、くしゃみの赤い粘液はべっとりと胸甲鎧に纏わりついていた。


 アドモスはあまり気にしていない。

 ふつふつとした沸騰音の後、ぼあぼあと煙を噴き上げる。


「アドモスよ。この際だ、閣下とロロ様に見て頂こう」

「そうしよう! 我らもイモリザ殿に負けないという意思を!」


 沸騎士たちの突然の気合いを見せるリアクションに、ロロディーヌは少しびっくりして距離を取った。


 ゼメ&アドのコンビは、また、魔界式の挨拶。


 そこから……骨らしい硬い動きで骨剣と方盾を左へ右へとエッサホイサと掲げては、互いの頭蓋骨を勢いよく衝突させる。


 何がしたいんだ。

 そして、俺の蹴り技を真似するように回し蹴りを行った。


 頭蓋骨といい膝頭といい強烈だけど……。

 互いに衝突した箇所からひびが……。

 さらに、脇の骨と骨のシャフトエンジンのような隙間からぼあぼあとした黒と赤の煙を噴き出しては、それを交じり合わせていく?


 指と指を合わせていないが、『フュージョン』でもするつもりなのか?

 黒と赤が混じった色合いの煙を纏ったゼメタスとアドモス。


 血が付着した互いの骨剣を胸元でクロスさせて動きを止めていた。


「閣下ァァ」

「「これが、真・魔界血沸き踊りですぞ!」」

「ふふ、腰の曲がり具合とお尻ちゃんが硬いですが……合格としましょう」


 ……お前たちなりのヘルメ立ちの答えなんだな。


「おぉぉ、精霊様から合格の言葉を!」

「我らの実力が認められたのだな!」

「にゃぁ」


 ロロディーヌは触手でゼメタス&アドモスの頭を撫でていた。

 『よくやったにゃ』といった感じなんだろうか。


「踊りは、置いといてだな。強くなったのもいいけどさ……その頭突きのダメージと威力のある蹴りの、技? 樹怪王の軍勢と戦って受けた傷よりもダメージが大きくないか? 骨が削れてあちこちが割れているぞ……」


 と、ツッコミを入れとく。


 不思議な踊りと蹴りを見せてくれた沸騎士だが、最近は魔武士、魔侍に見える。

 一方で、アーレイとヒュレミは、踊りに興味がない。

 いつもなら沸騎士たちに飛び掛かっていると思うが……。


 前足の裏側を舐めては、肉球をもぐもぐと甘噛みしていた。

 肉球の溝に詰まった鹿の肉でも食べているのか?


 普通にゴミが詰まったか。

 ここんとこずっと沸騎士たちを乗せて、軽騎兵として一緒だったからな。


「――閣下、この程度はかすり傷! 大丈夫ですぞ!」

「丈夫さも増しているのか。煙の量も増えているような気がする」

「はい。成長の印かと存じます」

「我らも、自らの滾る心から熱量を感じます故……」


 その内、何かのきっかけで種族進化を果たしたりするんだろうか。

 重厚な重騎士か、それとも軽騎兵としてか……。


 楽しみかも。

 だが、この見た目が沸騎士だからな。


「……熱量か、お前たちの熱く滾る想いは俺を元気にさせる。ある偉大なプロレスラーも元気があれば何でもできると話していたからな。今後も期待しているぞ」

「「勿体なきお言葉!!」」


 沸騎士たちは感動したように片膝を突く。

 その瞬間、凄まじい骨が割れる音が響いた。


「――ヌグォォォ」

「――グァァァ」


 膝頭を残して片足が折れると、そのまま体がずれて派手に転んで頭蓋骨が地面に突き刺さっている。

 ……興奮しすぎだろ、沸騎士たち。


 おーい、と、思わず延髄蹴りツッコミを入れたくなる。

 いや、ストンピングのほうがいいのか?


 とにかく、片膝を強く突き過ぎだ。


「……壊れてしまいました。まだまだ甘いですね」


 ヘルメさん、Sだ。

 長い睫毛を生かす流し目。

 そして、ふっくらとした乳房を持ち上げるように両腕を胸元に組みながらのお言葉だ。


 俺もヘルメ先生の言葉に頷きながら、


「……お前たち、十分働いたから、そのまま魔界に帰還だ。またすぐに呼ぶと思うが」

「はっ――」

「承知しました、逝って参ります――」


 ぼあぼあと沸騎士らしい煙を吐き出しながら姿を消していく。

 俺の闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトの指輪も反応した。


 膝を残してこけた沸騎士たちだが、俺の魔力と繋がる大切な部下だ。


 そして、魔界の戦いもある沸騎士たち。

 彼らにも彼らの戦いがある。


 拳闘を祈ろう。


「アーレイとヒュレミも来い」


 小さい猫の姿に戻ったアーレイとヒュレミ。


「ニャア」

「ニャオ」


 二匹は鳴き声を上げると、母のようなロロディーヌに近付く。

 挨拶するように馬足に頭を衝突させてから俺の肩の上に乗ってきた。


 両肩に二匹の可愛い体重を感じる。


 くすぐったい舌の感触を楽しむのもいいが……。


 さっきのダオンと呼ばれていた古代狼族が気になる。

 死んでいる巨大狼を抱きかかえている古代狼族。


 あの巨大狼が死んだ理由、もしかして俺のせいか?

 巨大狼と触手が繋がっていたボスを、俺が倒したせいで、死んでしまったのかもしれない。


「ヘルメ、少し古代狼族と話をしてくる」

「はい、ついていきます」


 相棒ロロの触手手綱を掴む手に少し力を入れる。

 馬獅子のロロディーヌを跨いでいた右足で、そのロロの右わき腹を軽く叩いた。


「ンン――」


 喉声で俺の気持ちに応えた黒馬型のロロディーヌ。


 死んだ巨大狼を抱えているダオンの下へ馬獅子ロロディーヌを向かわせた。

 ロロは馬のような『ヒヒーン』という息遣いは立てていない。


 だが、馬のように四肢を動かし常歩ウォークの速度で進んだ。

 ゆっくりと優雅に移動する際、ハイグリアの背後から、


「おぉ」

「わぁ」

「……凛々しくカッコいい黒馬姿ね」

「さっきは巨大な黒豹姿だった」

「そう、黒豹様に助けられた。姿を変えられる聖獣様だろう」

「遠いレリック、兎人族に伝わる聖獣様?」

「断定するのは速い。兎人族はいない」

「聖獣様だとすると……姫様がこの小さい村に留まっている理由か?」


 といった溜め息に近い声と会話が聞こえてきた。

 樹怪王の軍勢を喰いまくりで圧倒したロロディーヌだからな。


 ロロディーヌもどことなく褒められて気分がいいらしい。

 尻尾を大きく揺らしてから、傘の柄でも作るように尻尾を立てている。


 神獣の姿を見て、目がハートな、魅了状態の古代狼族たち。

 相棒の太股の黒毛は、ヤヴァい。

 

 ふさふさな黒毛。

 あの、ふさふさと柔らかそうな黒毛から神性さを感じているのだろう。


 黒猫大好きな男が言うのだ、うむ! 

 と、勝手にそんなことを考えていると……。


 馬か豹か獅子にも似たロロディーヌは、大柄のダオンに近付いていた。


 ダオンは眠るように死んでいる巨大狼を膝と胸に抱えた状態だ。

 ダオンは肩幅のある体を左右に揺らして、これでもかという勢いで泣いていた。


 ロロディーヌはそんな大泣きする古代狼族へと頭部を傾けて……。

 馬と豹に近い形の鼻を寄せていた。


 ダオンのことが心配らしい。

 俺も馬上からだが「……大丈夫か?」と話しかけた。


「……」

『大丈夫じゃない――』


 と、語るように頭を左右に振ってから無言で頭を上げる古代狼族。

 蒼い双眸から涙が零れ落ちている。


 泣くダオンの額には十字傷があった。 

 狼系獣人とはいえイケメンな中年だけに、少し、面喰らう――。


 死んだ巨大狼は彼の家族か恋人だったのか?

 ハイグリアもリョクラインとの会話を止めて、一向に泣き止まない仲間の様子が気になったのか、側に来た。


「――もしや、行方不明だったカエム……なのか?」


 ハイグリアはダオンが胸に抱えて死んでいる巨大狼の姿をカエムと呼ぶ。


「姫……そのようです」

「そうか……なんといっていいか……」


 ハイグリアは『ご愁傷様です』と語るような悲しげな表情だ。

 ダオンは双眸から涙を零しながらもハイグリアの言葉に頷いていた。


 肩を落としたダオン。

 悲しみの意思を表すように……。

 部族服と混ざった全身の爪鎧は溶剤的な粘りのある動きで、両手の爪に戻らず、その手前の両手首に集中し、古代狼族らしい大きな籠手となった。


 瞬時に体格のいい古代狼族としての肉体を晒す。


 獣人らしい黒毛と灰色の毛が目立つ人狼だ。

 段だら模様の部族服の胸元には月のマークに数を意味しているような横線に似た骨マークもある。


 遠くからはハイグリアと同じ銀色の毛に見えたが。

 よく見ると黒が混ざっているんだな。


 そのダオンが、


「樹魔妖術師に囚われていたのだな……」


 と、また、大粒の涙を零しながら語る。

 死体の巨大狼を強く抱きしめていた。


 その樹魔妖術師の水棲怪物を倒す時、一応、触手が繋がっていたことは視認していた。


 だが、倒すことに集中してしまっていた。


「……普通にナメクジ女を倒してしまったが……その死んでいる巨大狼の理由に、俺のせいとかの可能性は?」

「何を血迷ったことを、それはない。むしろ善く倒してくれた。洗脳されて死んだ場合、普通は原型を保っていないのだ。だからこそ巨大狼の姿として死ねたことは、わたしたちにとっては重要なのだ」

「そっか」


 死体を抱えているダオンも何度も強く頷いていた。


「……そうです。ありがとう、人族の英雄……」


 しゃがれた小声でそう聞こえた。


「……しかし、ダオン、泣いてばかりはいられんぞ。お前はザクセルの跡継ぎのような存在。だから敢えて話そう。悲しみは心を滅ぼすと共に同時に強くもするのだ! 故郷で、お前の身を案じている者が他にもいることを忘れるな」

「……はい、姫のお言葉を胸に刻みます」


 なんか姫様らしいハイグリアの姿と言葉は立派だ。

 失礼だが、意外だ。

 いつも嫉妬しては、決闘のことばかり話していたからな。


 それ以外はキサラとイモリザを追いかけて空を飛ぼうとしたり、ぷゆゆと混じって子供たちと一緒に踊ったり、ドナガンの農地を爪で耕さずにぐちゃぐちゃに種ごと破壊して「これは楽しいものなのだな!」と、溌剌とした笑顔で語っていたのは印象深かった。


 俺がハイグリアのじゃじゃ馬ぶりを思い出していると……。


 リョクラインもダオンの側に駆け寄り、彼のことを優しく慰めていた。


「……それじゃ、俺たちは俺たちの仕事をするとしよう」


 回収だ。鹿モンスターの死体の数は多いから急がないとな……。

 異世界の冬を熱くする。

 そう、働く男を応援する、あのコーヒーが飲みたい。


 皆におつかれ、といえるように、俺も頑張らないと。


 そんな考えを浮かべながらハイグリアたちを横目に、黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミを肩に乗せたまま馬獅子型のロロディーヌから降りた。


「ロロ、森の縄張りチェックをしてきていいぞ」

「ン、にゃお」


 草むらに背中をつけて転がっていた黒猫ロロ

 姿を一瞬で黒猫の姿に戻していた。


 背中が痒いのか?

 回収作業をしないで『わたしを弄ってにゃ』か?


 そこに黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミも母のロロに続いて、ごろんと寝転がった。


 ごろごろと喉音を鳴らし始める。

 俺たちは猫の喉声合唱団をバックに、ルンルン♪ としたイモリザのような気分じゃないが、鹿の怪物の解体を開始する。


 この死体から切り分けている素材……。

 はっきりとした細かな効能は分からない。

 だが、畑の栄養剤、多様な薬類、食料、交易品、衣服と、色々なものの素材になりえるはずだ。


 そんな作業の最中にも、広間から幽霊たちの歌声が響いているが……無視。


 エブエの声も響いてきたので、<邪王の樹>を発動。

 エブエを閉じ込めた檻の樹木へと樹木を伸ばして繋げてから、檻ごと消失させる。


 彼の喜ぶ声が広場から聞こえたが、無視。


 すると、キサラがロターゼから離れて空から戻ってきた。


「――シュウヤ様、樹木が、あ、消えました」

「いいとこに戻ってきた。回収をするから手伝え」

「はい!」

「地味な作業だが、ま、ぱっぱっぱっとやっちまうぞ」


 ロターゼは雲の彼方に消えている。


 気になったが、まぁ、空の上には彼の仲間がわらわらと居るからな。

 ロターゼにとっては空飛ぶ大鯨は、ただの餌かもしれないが。


「神獣様、可愛い……」


 回収作業は手慣れているキサラちゃん。

 黒猫ロロの姿を見て萌えていた。


 黒猫ロロさんは、両手の肉球で藁束のような蔓を掴んで遊んでいる。


 く……あれには引き込まれる魔力がある。


 愛猫の萌える姿に興奮しながらも……。

 キサラとヘルメと皆で、しばらく鹿の怪物たちの剥ぎ取り作業を続けていった。


 樹怪王のモンスターは角とか骨に、樹木製の鎧武具があるだけだ。

 勿論、小隊長クラスと思われるモンスターはそれなりの貴重品を持っていた。

 ちゃんと分けておく。

 しかし、オークのような重厚な装備品はあまりない。


 皮を剥いで内臓を切り分ける作業はスムーズに進む。


 すると、


「シュウヤ様、この素晴らしい鹿角は、片方が折れてしまっていますが、砂漠地方ならば高く売れるはず」

「ヘラジカのような角か。魔力も感じるし、削って粉にしたら薬になるとか?」

「はい、詳しいのですね。専用の魔釜と錬金術スキルを用いれば、何かの秘薬材料に、なるかもしれないです」


 キサラは錬金術も使えるのか?


「閣下、今すぐにキサラを眷属にしましょう」

「そう焦るな。それより、この集めた鹿皮の水分を集めて掃除を頼む」

「お任せください。ぴゅっぴゅっの逆ですから簡単です」


 そんな調子でヘルメを含めた俺たちが回収作業を頑張っていると……。


 古代狼族を引き連れたハイグリアが「わたしも手伝うぞ! シュウヤ」と参加を始めた。


「頼む。量が量だけにな。この死肉の量だ。他のモンスターを呼び寄せるだろう。間に合わなきゃ、ロロに全部燃やしてもらうが」

「ンン――」


 黒猫ロロも鳴いて同意。


 すると、「にゃぁにゃにゃ~」と、『手伝うにゃ』というように鳴くと……。

 乾燥している鹿皮で、フンッフンッ、と鼻息を荒くしながら一生懸命爪とぎをしていく。


「……手伝いになってない。あとで猫じゃらしで遊んでやる。そして、家の猫小道を使った新しい遊びも考えたから、今は我慢しろ。散歩してこい」

「ンン、にゃ、にゃ、にゃあ」


 黒猫ロロは何回か鳴くと黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミを呼び寄せてから森の中へ消えていく。


 そそくさと移動する猫たちの後ろ姿を、微笑みながら見てから作業を開始した。


 地味な作業を繰り返していると……。


 ふと、アキレス師匠と過ごした頃を思い出す。

 狩りから素材の切り分けを色々と学んだ……。


 そこで、ハイグリアが雑に素材を扱うのが見えたので、


「おい、ハイグリア。その出っ張りの骨素材は使えると思う。だからもっと大事にしろ。死体は宝の山だ。角、眼球、頭蓋を含めた骨、毛皮、内臓は、もうちょっと切り分けて一か所に纏めろ。俺が氷魔法で固めるからな」

「わかった!」

「ひ、姫、このような作業は我らに……」

「リョクライン、何をいう。こんなもの、爪ではぎ取れば楽なもんだ」


 姫ことハイグリアの傍でおろおろしているリョクライン。

 侍女だったのかもな。


「……リョクライン。姫が自らやっているのだ。我らも続くぞ」


 額の十字傷を持つ人狼も渋い口調で喋ると、ハイグリアを助けるように、いや、指導するように死体から素材を剥ぎ取り出していった。


 ダオンの動きはテキパキしている。

 現場で叩き上げられた職人的な爪捌きだ。


 やるな、ダオンさん。

 一瞬だが、アキレス師匠を思い出させるとは。


 彼の職人的な動きに続くように、プライドが高そうな他の古代狼族たちも本格的に手伝いを始めてくれた。


 そうして……作業を素早く終えることができた。

 ま、人数が増えたとしても、ヘルメと俺が居るからな。


 暫くして、子供たちの無事を確認したキッシュが広間から坂を降るように戻ってきた。

 あれ? ぷゆゆを連れている。


「子供たちは無事だった。イモリザとモガにネームスは不満そうだったがな。そして、見ての通り、ぷゆゆがついてきてしまった」


 『だっこちゃん人形』のように、いや、『テディベア』版のだっこちゃんだな。


「ぷゆゆ!」


 キッシュの細い二の腕に抱き着いていたぷゆゆは回転しながら軽やかに跳躍。


 新体操選手のように、両手を左右へと広げてポーズを決めての着地。


 左右の小さい手を振って、トコトコと歩み寄ってきた。

 そして、ミニチュアのクリスマスツリー飾りが特徴的な杖を鹿の素材群へ向ける。


「ぷゆゆ、ぷゆ」


 と、声を上げてから頭を小さく傾ける小熊太郎。


 そのまま「ぷゆぅぅ、ぷゆ!」と鳴いては乾燥している皮を小さい杖で突く。

 すると、珍しく大事そうな杖を落とした。


 続けて、赤ちゃんのような、てのひらを広げて、その乾燥している鹿皮を掴んでいた。

 乾燥した皮の襞を伸ばそうとしているらしい。


 その左右へ伸ばす遊びに飽きたのか、その皮を離すと、今度は氷で固まった鹿肉の匂いを嗅いで「ぷゆぅ……」と、不思議そうな声を上げてから、毛が混じって分かりにくい眉毛を動かすぷゆゆさん。


 鼻が見えてないので、臭いを嗅いだのか分からないが……。


「ぷゆゆは……あのままでいいか」


 イモちゃんには指に戻ってもらうかな。

 ツアンとピュリンも、出番がなくて不満がありそう。


 と、キッシュを見つめて、


「……正直、戦いの規模が局地的な展開で済んで良かったよ」

「うむ。わたしも村の中心に残りたいぐらいだった」

「子供たちの中には優秀で強い子もいると思うが」

「そうだ。子供たちも戦いの経験は豊富で生半可な経験はしていない。だが、できる限り……争いには巻き込みたくないからな」


 村長、いや、母のような顔付き。

 村人が増えたとはいえ、子供たちが多いからな。


「しかし、歌声が……まだ、続いているのだな?」

「あぁ」


 俺は力なく答えていた。

 荘厳な歌声を披露している幽霊たち。

 幻影のキストリン爺さんも魔眼を光らせて俺を見つめてくる。


 いきなりの紛争で、キッシュにちゃんと説明をしていなかった。

 だから、この歌声の主たちとキストリン爺さんを紹介しようか。


 もしかしたらキッシュの家族たちも、この幽霊たちの中にいるかもしれない。

 あ、亡くなったと聞いていたキッシュの妹……。

 そういえば、妙にキッシュに似ているなと思った幽霊がいた。


 ……もしかして、あの双子だと思っていた片方の幽霊は……。

 俺の家の前に、何かを訴えるようにわざわざ来ていた、あの美人エルフの幽霊は……。

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