三百六十六話 奇を衒う


 霧が裂けた中心からローブ姿の幻影が現れた。

 深めに被る頭巾の奥から覗かせる眼窩は鋭い。


 そして、特徴的な白鬚。長細い白鬚を蓄えた爺さんだ。

 

 ローブ姿の爺さんは、金色と藍色の霧を足元に漂わせながら浮いている。


 眼球は見えないが……。

 光線っぽい淡い光を眼窩から放つ。

 唇の形からして威厳がありそう。

 

『濃い闇と同時に光を宿す者。古竜バルドークの心臓を喰ったソナタから聖槍の匂いを感じる』


 聖槍に匂いがあるのか?

 魔竜王の心臓はたしかに喰った。

 

 <光闇の奔流>は昔からあるが……。


『……鋭い嗅覚をお持ちのあなたは、どなたでしょうか。俺は魔竜王の心臓を喰った。そして、とあるエルフから聖槍アロステを託されました』


 刹那――<導想魔手>を発動。

 その歪な魔力の手が握るのは、アロステだ。

 

 ローブ姿の幻影に対して、歪な魔力の手 <導想魔手>が握る聖槍アロステを見せる。


 キサラはアロステの十字矛の煌めきを見た途端、


「シュウヤ様が聖槍を――」


 そう話しながら片膝で地面を突く。


『素晴らしい。確かにアロステである! わたしはキストリンと呼ばれていた隠者』

『俺の名はシュウヤ・カガリといいます』


 キストリン爺さんか。

 頭巾で顔の上半分が埋まっている。

 表情が把握できないが――。


 キストリンの爺さんに頭を下げた。

 目上の存在だ。

 俺は爺ちゃんと過ごした。

 だからなこともあるが、光の神様っぽい存在のキリストリン爺さんにリスペクトを送る。

 

 『ラ・ケラーダ』の挨拶をした。


『……人の独立戦争、聖戦に力を貸したイギル・フォルトナーの遺志を引き継ぐ英雄シュウヤ殿よ。いきなりの願いだが、聞いてくれ』

『聞くだけなら』

『……一部の魂たちが願うハーデルレンデの聖域への帰還を叶えてはくれまいか? 彷徨える魂を救ってほしいのだ……』


 頼まれたが、俺は素直じゃない。リスペクトするが……。


『それは魂たちを守りつつ障害を排除しながら地下深くの謎の遺跡へと向かえということでしょうか』

『そうだ。黄金の道があるとはいえ……障害は多く遠い道のりでもある。そして、地底神ロルガの勢力がハーデルレンデやフムルトロールから奪った聖域の奪還は困難を極めるだろう』


 フムルトロール? 

 トロールの種にも色々あるようだ。

 鳴き声を上げ続けていたトロールとは、そのフムルトロールなんだろうか。


 俺が戻って半透明オークを倒してからは、トロールとやらの鳴き声は聞いていないが……。

 ま、爺さんと幽霊たちには悪いが断ろう。

 

『……急ぎならお断りします』

『……ぬあんと!?』


 幻影のキストリン爺さんは俺の問いに驚いて頭巾をおろした。


 眼窩に宿る紺碧色の十字魔眼から神々しい光を放っている。

 眉は濃く細長い。鼻筋は高く彫りが深い。

 しかし、髪の天辺が特徴的な爺さんだ。 

 蛇が巻き付くような髪形だった。


『……キッシュに頼まれたら、地底深くだろうが、挑戦するとは思いますが』

『友の頼みは聞いて、わたしの言葉が届かないとは……』

『そこの美人な幽霊さんに直接頼まれたのなら考えるかも。しかし、俺は忙しいんですよ。だから後回しですかね』


 そう素直に話をした。

 忙しいのは本当だ。


 サイデイル村の復興はこれからだ。

 正門を含めて、壁も新しくしないと。水路を整備して水車作りも考えている。

 

 血文字で魔霧の渦森で修行中のヴィーネにも報告だ。

 ゾルの遺産を研究しているミスティの進捗具合も聞く。

 ムントミーの衣服が魅力的なレベッカががんばるクルブル流拳術の話。

 ベティさんのお手伝いの紅茶売りの仕事の愚痴もあるだろう。


 エヴァとは、まったりとお手玉について語り合いたい。

 お店の食材集めとか、ライバルになりそうなタナカ菓子店の存在も気になるしなぁ。

 

 それにだ……。

 ヴェロニカと対ヴァルマスク戦線のホフマンについても情報共有をしなきゃならん。


 そして、師匠にも会いたいし。

 宗教都市で生きているか死んでいるか分からない妻を見たいというツアンの望みもある。

 キサラの故郷、ゴルディクス大砂漠、更には宗教国家ヘスリファートのどこかの丘へと辿り着き、そこの丘の天辺に、聖槍アロステをぶっ刺しては――。

 聖王国で久しぶりに、あの桃色髪の姫様とも再会したい。

 更に、オークションで手に入れた魔王の楽譜とハイセルコーンの角笛を使う魔界への届け物もある。しかし、俺に演奏ができるか不安だ。

 一応はギターを扱えて正義のリュートもあるが……。


 カザネに魔王の楽譜について聞いた時も、


『楽譜は楽譜で演奏できる者が限られているようです。専用の楽器も必要と聞きました』


 と、カザネは話していたからなぁ。

 そんなことを思い出していると、


『……聖者の言葉は……』

『な、なんたることか……』


 幽霊たちが、ざわざわ……を始めてしまった。


『そ、そんな、ご先祖様が嘆いているのに……』

『……わたしたちの胸を見たくせに』

『でも、わたしたちが頼めば考えるって』

『……やらしい』


 と、双子エルフの美人な幽霊さんから睨まれてしまった。


『聖歌が足らんのだ!』

『讃えよう……』


 と、また幽霊たちが歌い出す。

 幽霊たちに、悪いなと感じながらも、何か、こう釈然としない思いもあるんだよ。


 そもそもだ。

 俺は英雄なんて柄じゃない。


『シュウヤ殿! この魂たちの叫びが聞こえるだろう? 聞き届けてはくれまいか……』


 うーん。

 地底といえばアムたちのハフマリダ教団。

 そして、独立地下火山都市デビルズマウンテンだが……。


 魔神帝国、地底神ロルガ以外にも無数の敵がいるはずだ。

 大変な道のりなのは先が見えている。


 幽霊たちの願い、この爺さんの頼みごと。

 彼らは英雄として期待しているんだろうが……。

 

 俺には、キッシュの祖先というだけで、知らないエルフばかり。

 何にも義理はない。


『……キストリンさん。今は無理です。どうも匂う・・

『……』


 キストリン爺さんは眉をピクリと反応させた。

 俺はそれを睨みながら口を動かす。


『……きな臭いというか、光側か、神界側の思惑を強く感じる……俺は、ただで捨て石になるつもりはない。それに英雄とか悟りの境地を持つ聖者ではないからな……虐殺を行う聖者がどこにいるってんだ。そして、それを知ったうえで、貴方が、光の勢力と見たキストリンさんが、この幽霊、魂たちの想いを利用、扇動して、俺の良心に訴えては、地底神ロルガ討伐に利用しようとしているのかもしれない』


 その瞬間、カッと十字魔眼を裂くように広げたキストリン爺。


『……フハハ、素晴らしい推察能力だ。確かに利用している。ただの正義感だけの種族ではないな……』

『おっと、いきなり声音が変化を』

『……シュウヤ殿。その感覚は正しい。だが、この魂たちが嘆いているのは確かなのだ』

『知っている。だが、闇の魔界と通じている俺だぞ? それでも頼むのか?』


 また、正直に話をした。


『……それこそが光を持つ証。知らず知らずに正々堂々とした態度になっていることにお気づきかな? 清濁併せ呑むこれ即ち覇道なり。わたしはシュウヤ殿の心根を信じている。光道を辿り千紫万紅の花園があるという聖域まで、この幽霊たちのことを誘ってくれると……』


 そんな重責は……。

 キストリン爺さんに反論しようと思った直後――。


 ロロたちが探索に向かった森がざわめきだす。


 ブナのような樹木群の足下から緑色の濃霧が溢れ出した。

 刹那、異質な空気を感じ取った鳥たちが慌てたように一斉に飛び立つ。


 月明かりに照らされた緑色の濃霧が森を飲み込もうとしていく。

 あれは、ただの霧じゃねぇな。

 この幽霊たちが生み出した金色と藍色の霧とは正反対だ。


 怪しい霧と分かる。影響はすぐに現れた。

 樹木の樹皮を這うように、大量に蛆虫とミミズが湧き出す。


 その湧き出た虫たちごと樹木をも巨大な口を広げて食べていくモンスターも出現。

 

 イタチと鼠が合体したような横幅が大きいモンスター。

 そして、樹木群を打ち倒し土煙を上げて、大鹿の怪物たちと狼たちが出現。


 狼たちは人狼。ハイグリアと同じ古代狼族か?

 古代狼族は、フランベルジュの形をした爪を扱う。

 鹿のモンスター軍団と戦っている。


 ハイグリアのように爪が変形した鎧を装着している。

 鹿のモンスターは大小様々。

 ドリームキッチャー的な飾りが目立つ大きな杖を持つ二足歩行の怪物もいれば……。

 ゴリラのような雄叫びを発している四つの巨大な腕を持つ、ゴリラ的な怪物。


 ゴリラの鹿は強そう。

 

 他にも鹿の頭部に、二つの細が長い腕と胸板の脂肪が分厚い上半身と太ましい下半身に、三つの足を持つ怪物もいた。

 その胸板が厚い鹿の頭部は機敏に動いている。

 体格に似合わない疾風迅雷の動きで、浅黒い腕を棒状に変えた。

 

 と、その棒状の腕で、古代狼族を吹き飛ばす。

 

 棒状の腕は、槍使いっぽいが、別に、槍使いの鹿の頭部の怪物もいた。

 鹿の前頭部は……皆、共通。

 長細い顎が、左右に大きく裂けている。

 そこから触手の毛が大量に生えていた。

 で、槍使い鹿頭の怪物は、左手に竹槍を持つ。竹槍だが、魔力がある竹槍だから威力があるんだろう。

 右手には骨の槍を持っている。


 その槍使いも気になるが……他にも気になる異質な鹿系怪物がいた。

 それは、頭は鹿だが、首が太い蛇で、獅子のような胴体と四肢を持つ怪獣。

 その鹿の怪獣は、樹の幹をけたたましい声を発して蹴る。蹴りの反動を利用しつつ古代狼族の一部に襲い掛かった。

 そんな鹿の怪獣が暴れている奥に……。

 

 巨大な魔力を内包したモンスターがいた。

 左右に巨大な狼を従わせている。


 あれが雰囲気的に鹿系の軍団を率いているボスか?


 ボスも、当然の如く、頭部に鹿の角を持つ。

 上半身は人族の女性と似ていた。

 が、下半身はイカ系。そう海に棲むイカ系だ。

 触手が多いプラナリアのような水棲生物ときたもんだ。

 

 その下半身から伸びた触手が巨大狼の首輪と繋がっていた。

 イカ触手が首輪となって巨大狼を飼っているのか。


 巨大狼の双眸から濃い緑色の魔力が出ている。

 この樹海は川の支流が至るところに存在するから、あのボスのような存在は、支流の主とか?


「うあああ、西の森からモンスターが来た――」


 その森がある方角から樵のエブエが走って逃げてきた。

 彼が持つ斧には、どす黒い血がべっとり。

 エブエも右脇腹から血が流れて傷を負っていた。


「大丈夫か?」


 と、すぐに上級の《水癒ウォーター・キュア》を念じ、発動。

 水の塊は融け散ってエブエの体に降り注ぐ。

 魔法で癒してあげた。


「エブエさん、わたしたちの背後に」


 キサラがそう話しながら、森を見て、数歩、前を歩く。


「――ンン、にゃごあ」


 お、ロロ! 

 黒豹型のロロディーヌだ。


 巨大な鹿の頭部を口に咥えている。

 鹿の頭部は人の頭部に似ているが、あ、潰れた。


 黒豹型のロロは首を左右に振りながら頭蓋骨を奥歯で噛み砕き咀嚼していた。

 神獣というより、『野獣黒豹ここにあり』と宣言しているような食べっぷり。


 そして、獲物を食べている黒豹型ロロディーヌの首からは、しなやかに伸びた四つの黒触手があり、その先端には触手を血色で彩るアクセサリーのように怪物たちの死体がぶら下がっていた。


 ロロはもう既に古代狼族たちを助けていたのかな。

 もう一度、その触手にぶら下がる怪物の死体を凝視。


 頭部が鹿。

 胸板が厚く、左右と背中に生えた腕が三本。

 カモシカのような細長い足が四本。

 その全身は茶色の薄毛が覆う怪獣系。

 

 そんな強そうな怪獣を触手骨剣で大量に屠ったようだ。


「にゃお」

「ニャオ」


 その猫の鳴き声は、ロロディーヌではない。

 背後にいた大虎姿のアーレイにヒュレミだ。


 その二匹の大虎は、鹿の頭部を咥えていた。


 ロロ軍団強し……。

 そのまま神獣ロロディーヌが率いる大虎コンビは、ハイグリアの仲間たち古代狼族を救うように戦いを始めた。


 続いて、鳶色の毛を持つ大熊モンスターが出現。

 鳶色の毛が覆うが強靭な体躯と分かる。


 樹木の根を手の爪で削りつつ「ガァァァァ」と叫びながら現れた。

 まだまだ出現は続く。

 キラキラと光る糸を操る猿魔獣?

 

 いや、違った。

 光る糸を口と胴体から吐き出している猿と蝉が合体したようなモンスターだ。


 顔の表面と胴体の一部が、猿でそれ以外が巨大な蝉という。

 撓んだ皺だらけの皮膚といい羽が妙にリアルで怖い。


 しかし、光る糸は綺麗だった。

 その光る糸を巧みに扱う猿蝉モンスター。


 闇夜を切り裂くように樹木の間を行き来している。

 見た目は猿と蝉だ。やはり機動力がある。


 要注意かもしれない。


 素早い猿蝉の狙いは……。

 どうやら反対方向から樹木を打ち倒して進む大型毛虫モンスターのようだ。


 きらきらとした光る糸を、枝に絡ませ口に収斂――。

 猿蝉はそのまま体を丸めるような体勢になりながら直進。


 褐色の剛毛を持つ大型毛虫モンスターの下へ向かうのが見えた。


 大型毛虫は横幅が大きい。

 イモリザの黄金芋虫ゴールドセキュリオンとは似ていない。


 その大型毛虫はハリネズミのような剛毛触手を伸ばしていく。

 あれで光る糸に対抗するらしい。


 大型毛虫は身に迫る光る糸を直進させた剛毛の針で見事に突くと、そのまま近くの樹木の下へ勢いよく運ぶ。

 逆に張り付けにして対処していた。


 その怪物と怪物の戦いの間にもイタチと鼠が合体したようなモンスターと大熊モンスターが、俺の家がある広場の下に近付いてきた。


 鹿型モンスターと古代狼族の戦いは続いている。

 ロロディーヌとアーレイにヒュレミも加勢していたが、数は鹿の方がまだ多い。


 頭が女性の人に近い鹿ボスは触手群を左右に靡かせる。

 悠然とした態度でにゅるにゅると音を立てながら横に移動していた。


 イカ触手の一つで巨大狼の頭を撫でている。


 一時の平和はこれで終了だな。

 石の陰や草むらから違うモンスターたちまで集まり始めてしまった。


 オークの次はモンスター軍団のバトルロイヤルとは。


 そして、この森を騒がす騒音はサイデイル村にも響いたらしく……。

 キッシュの姿を確認。イモリザと沸騎士たちの姿も見えた。

 ハイグリアも走ってきている。


 一番早く広間に着いたのはハイグリア。


「――あれは樹怪王の軍勢。それにリョクライン! ダオンたちまで。いずれはわたしの匂いを辿ってここまでくるとは思っていたが……」


 両手の銀爪を出し入れして動揺している。

 仲間は知り合いか。

 あいつらは樹怪王の軍勢なんだ。


 そんな未知の怪物と戦っている古代狼族たちが彼女を追ってきたのだとすると、ハイグリアはかれらの姫として……。

 大切に育てられてきたのかもしれない。


 シュミハザー曰く、ハイグリアは神狼ハーレイアの加護を得ている神姫らしいからな。


「リョクライン! ダオン、今助けてやる! シュウヤ、先に神獣様のとこへ向かう!」

「おう、気を付けろ」


 ハイグリアは頷くと、下半身を膨れ上がらせるようにして魔闘術を扱う。


 ――猛然と前傾姿勢を取ると疾風のごとく駆けだした。


 軽やかに右足、左足と草を切るように前進するさまは、まさに疾風迅雷。

 一陣の銀色の風のような機動のハイグリア。

 その右足で地面を強く踏み込むと、横に腰を回しながら跳躍していた。

 そのまま一回転、二回転と独楽のように体を回転させていく。


 爪先から真っすぐ伸びた銀爪が鹿系モンスターの額に吸い込まれる。

 鹿系モンスターの前頭部がスパッと鋭利な刃物に斬られたように分断され、切られた頭頂部が真上に飛んでいく。

 残された頭の半分と身体は暫く佇んでいた。

 が、ハイグリアが何もすることなくとも、鹿系モンスターは前のめりになると、切断された下半分の頭から脳漿を垂らしながら倒れていった。


 蹴りから着地したハイグリアは地面を蹴る。

 さらなるロケット加速のように前進――ノーモーションで正拳突きを繰り出す。


 下腹部が膨れている鹿の腹を鋭い拳で突き刺し、その鹿の腹を爆散させていた。

 その飛び散る肉片を『この塵が――』というように「ウォォォォ――」と咆哮を上げながら反対の手で掴んでは、握り引き裂くと、素早く右辺へ翔けていく――。


 その瞬間、彼女の逆立っている銀毛に纏う魔闘術から漏れた魔力の形が、美しい白毛を身に纏う巨大狼の姿となっていた。


 くっきりとした巨大白狼。

 髭は勿論だが、ロロに似た触手が首元に二つある。


 もしかして、あれが神狼ハーレイアか?


 そこに、


「――シュウヤ! 子供たちと住人には集会場に集結するように指示を出した。守りはモガとネームスに頼んだからこっちは大丈夫だ」


 サイデイル村の司令長官キッシュだ。

 凛々しい重騎士姿。


 やはり軍務卿と呼ばれる雰囲気がある。


「了解した」

「あいつらは、オークの新手ではないようだな」


 キッシュの言葉に頷く。


「閣下、ご命令を! 大熊の対処は我らが!」

「大熊の狙いはここか! 閣下、このゼメタスが新しく得た、長剣技にて仕留めてみせます!」

「かっかー、わたしにめいれいを! イモリザ門番長がけんざん!」


 と、キッシュを追い越してきた沸騎士たち&イモリザ。


「イモリザ、お前は門番長として急いで仕事に戻れ、正面の守りは重要だ。途中で村人の様子も見ておくように」

「はーい♪」


 イモリザは数本の爪を地面に突き刺すと中空へ飛び上がる。

 そのまま空中でお尻を震わせていく。


 ヘルメ立ちからの、空中イモリザ立ちとは進化しているな。


 さらに魔力を纏わせた指先で小型の魔法陣を素早く描く。

 その小型魔法陣を爪繰き<魔骨魚>を召喚した。


 そのまま魔骨魚に腰掛けたイモリザは村の門がある場所へ向かう。


 こんな状況だが……。

 幽霊たちは歌を歌い続けていた。

 その真上には、俺の<光の授印>と呼応したキストリンの爺さんが漂っている。


 爺さんは隠者らしく沈黙していた。


 しかし、皆は、この幻影の隠者を含めて幽霊の姿が見えていない。

 皆には、幽霊の歌が響いている中での、モンスターの襲来といった状況だろう。


 そんな皆に向けて、


「――キッシュ、ゼメタスとアドモス、説明は後だ、やるぞ。キサラとロターゼもいいな」

「「はい――」」

「任せろよ! 角は使わねぇが、<赤屁>で吹き飛ばしてやるさ」


 皆に続いてロターゼが吼える。

 あの尻から放出していたドットのような屁には吹き飛ばす種類があるのか。


「一緒にモンスターと戦うのは久しぶりだな――」


 キッシュは洗練された動きで長剣を扱うと、俺の側に来た。

 笑顔を浮かべている。

 俺も魔槍杖を右手に召喚――。


 キッシュが斜め下へ伸ばした長剣の上へ魔槍杖を差し向ける。


 彼女の長剣に紅斧刃を軽く合わせて金属音を鳴らしたところで「――そうだな」と笑みを浮かべながら応えた。

 

 キッシュは頷く。

 翡翠色の瞳には戦う、村を守る、という強い決意があった。


「閣下、右はお任せを! あの大熊の首を貰いまする――」

「アドモス、先んじるな。私も向かう!」


 沸騎士たちが先に出る。


「わたしはここでシュウヤ様と戦う。ロターゼは空からピンポイントで攻撃ね」

「おう――」


 キサラは俺と歩調を合わせたいらしい。

 俺の魔槍杖とキッシュの扱う長剣が交わっているのを、鋭い流し目で確認。


 キサラは続いてキッシュの表情も見てから、俺の反対側に来た。


 キッシュもその蒼い視線を受けて……。

 俺の魔槍杖と合わせていた長剣を引く。

 そして、胸元に構えていた盾の角度を変えながら、キサラと視線を合わせていた。


 ニコッと微笑む。

 キサラもキッシュの笑みに応えて微笑んだ。


 美女たちが織り成す微笑みの世界は美しい。

 だが、そこには何かが存在した。


 そう『絶対に負けられない戦いがここにはある』

 という、どこかで聞いた言葉が何処かから聞こえてきたような気がした。


 うん、ナカヨクしようね。


『閣下、幽霊は安全そうですし、わたしも外で戦いますか?』

『数が数だ。一応、ロターゼが空にいるが、お前も状況を見ながら、皆のことを頼む。集会場の位置を把握しているな?』

『はいです!』


 左目から飛び出した液体ヘルメは、瞬時に女性の姿に変化し、可憐に飛翔すると、そのヘルメが、


「――植木の祭典で買ったお花ちゃんのような形は伊達じゃないんです!」


 と、宣言しつつ、新しいスキルの<珠瑠の花>を展開させた。

 ――蒼色と黒色の紐を手元から伸ばしていた。

 沸騎士たちと対決中の熊モンスターに、その紐が向かう。

 手を振るい沸騎士の方盾に傷を与えていた大熊の片足に、その紐を絡ませる。

 新しいスキルは応用が利いて性能が良さそうだ。

 ヘルメのフォローのタイミングが巧いのもあるかな。

 しかし、あの紐は魔力の紐か? 水の紐にも見える。

 うーん、ま、ただの光る紐でいいか。

  そして、ヘルメの指先に咲いた小花・・を見て……。


 あるアイテムを思い出す。俺も新しいことに挑戦してみよう。

 <サラテンの秘術>と違って、まだ一回も試していないが……。


 そんな感想を浮かべながら、キッシュとキサラとアイコンタクト。


 左のキッシュと右のキサラは頷く。


「奇を衒うわけじゃないが、少し試す――」


 美人な彼女たちにそう告げながら、アイテムボックスを素早く流れるように指で操作。

 取り出したのは――。


 時獏から貰ったアイテム。

 雲錆・天花の一部の源が入っているらしい、波群瓢箪だ。

 

 形は瓢箪、大きな鐘や巨大な香炉に見える。

 青銅製っぽいが、全体的に赤黒い色合い。

 

 が、表面から形に至るまで、黄金と銀の精細な彫刻の細工が実に見事な品だ。

 仏像と植物と煙が不自然に交ざり合ったような浮き彫り加工が施されてある。


「また突然だな。巨大な瓢箪? 重そうに見える」


 キッシュは瓢箪を触ろうと剣を仕舞おうとしたが、今の状況から剣は仕舞わず、聞いてきた。


 すると、キサラが、


「……大きな瓢箪、大きな鐘に見えますね。黄金の飾りといい黒魔女教団の大鐘獏魔にそっくりです」


 黒魔女教団の広間の中心には獏魔という巨大な鐘が設置してあったらしい。


 イメージは寺のような感じだが。


「たしかに重いからこそ使う。この鐘のようなアイテムの名は、波群瓢箪。時獏にもらった。荒神大戦で活躍していたようだな。怪しい巨大な亀に乗っている。その時獏は〝雲錆・天花〟の一部の源が、この瓢箪の中に入っていると語っていた。ま、これに構わず、あいつらを片付けるぞ――」

「あ、了解――」

「はい――」


 左手に持った波群瓢箪は重いが扱える。

 右手に魔槍杖バルドークを持ちながら走った。

 ――左からキッシュが進む。右側にキサラも続いた。

 狙いは、樹怪王と呼ばれていた軍団。

 俺は相棒とハイグリアの戦いに加勢だ。

 義理はないが、ハイグリアの仲間なら助太刀しよう――。

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