三百五十六話 キサラと激闘

 潜水艦を思わせる頭部が欠けたロターゼは腹を見せるように吹き飛んでいく。


 キサラは目を細めながら語っていた。


 が、そのロターゼは欠けた頭部の部分が蠢き出している。


 回復か、タフなロターゼだ。


 しかし、さすがにぼろぼろか。


 宙にいるキサラは魔女槍を横に振るって、腕の動きを止める。

 

 穂先と腕を揃えた水平の構え。

 そこから握り手のナックルガードを持ち上げて、肘を曲げる。


 魔女槍の穂先を差し向けてきた。


 四天魔女キサラの蒼い瞳は鋭い。

 それは猛禽類を思わせる。


 魔女槍の穂先の髑髏刃から血が流れている。螻蛄首か穂先の髑髏刃の内部から血が滲み出ているんだろう。

 

 その血と、キサラの血が融合し、色合いが変化していた。

 ダモアヌンの魔槍の柄の中心の孔から出ているフィラメント群と、その血のコントラストが美しい。


 フィラメントの一部は厚底の戦闘靴にも繋がっていた。

 

 何か特別な繋がりがあるようだ。


 魔女槍の名はダモアヌンの魔槍……。

 やはり特別なアイテム、神話ミソロジー級かな。

 それとも四天魔女が強いのか。


「……強い、さすが神獣ね。でもわたしはシュウヤを感じたいの。だから、その暗緑を基調とした防護服を突いて、あ・げ・る」


 感じたいか。俺もキサラを抱擁したい。

 彼女は魔女槍の根元を脇で押さえると、再び、突進してくる。


 彼女の足下から漏れている魔力光が虹板のようだ。

 再生している修道服の上から羽織る魔法衣から背後へ放出している魔力粒子も虹の翼に見える。


 ――綺麗だな。

 と、そんな余裕はない――ロロ、分かってるな?

 ロロに気持ちを伝えてから即座に飛び降りた。


「にゃ~」


 神獣ロロディーヌは頭に小熊太郎ぷゆゆを乗せたまま闇鯨を追う。


「ぷゆゆっ、ぷゆっぷゆぅ!」


 ぷゆゆは『神獣号、あれを捕まえるぷゆ!』と指示を出しているように見えた。

 

 それを横目に魔闘術を纏う。

 すぐさま<導想魔手>を近くに移動させる。

 

 近付くキサラを視認。

 よく見たら彼女は首元にネックレスをかけている。


 俺は魔力の歪な手導想魔手を足場にして、宙へと跳躍した――。


 間合いを詰めてきたキサラの魔女槍は<刺突>系の技だ。

 俺の胸を貫かんと迫る血濡れた髑髏模様の矛。

 

 だが――貫かせない。

 横回転を行いながら魔槍杖も振るう。


 近寄るキサラの髑髏刃を迎え撃つ――。

 弧線を描く軌道の紅斧刃と迫る髑髏刃が、目の前で衝突した。


 川中島の戦いで有名な謙信と信玄が刃を交えたドラマ映像が脳裏に過る中――。

 

 硬質な不協和音が紅斧刃と髑髏刃から響く――。

 魔女槍の先端から漏れていた血は紅斧刃に触れて一瞬で蒸発。

 蒸発音と血の臭いが立ちこめる。


 紅斧刃の表面と魔女槍の血が繋がる?

 ――ん? 紅斧刃の波紋にボンが?

 魔槍杖も震えた?

 ――いや、幻影らしきものは消えた。

 

 気のせいか。

 すると、キサラは衝突している魔女槍を微妙に傾け穂先をずらしてきた。

 穂先の髑髏刃が回転しながら紅斧刃の表面を滑る。


 俺の頭部に魔女槍を向かわせてきた。

 槍を扱う技術は高い――。

 初撃の突きが防がれることは想定済みの動き――。

 俺は螺旋しながら迫る髑髏刃を鼻先で避けた。


 避けた機動のまま反撃に移る。

 ――魔力を込めた魔槍杖を振るう。

  

 キサラに届くか届かないかの微妙な位置。


 そのタイミングで隠し剣氷の爪を発動させる。

 竜魔石から氷広剣が生まれ伸びてキサラへと向かった。

 

 だが、あっさりと紫色の魔線糸に氷剣は絡められて防がれている。

 

 間合いが急激に変わっても対応か。

 魔女槍の孔からフィラメント状に放出している魔線群は防御手段にもなりえる。


 あれは神槍ガンジスに備わる嬰と同じようなシロモノか?


「希少戦闘職の“天魔女槍師”にそんな隠し技氷剣は通用しない――」


 初見で隠し剣を見破ったキサラが自身の戦闘職業を自信あり気に語る。

 キサラは語尾で間を作った直後――。


 身体を回転させてくる。

 その回転する勢いを魔女槍に乗せて、左から右へと振るってきた。

 穂先から零れる血が紅色の軌跡を宙に生む。


 それを紙一重で躱した。

 髪の毛が斬られる。


 さらに右から左に流れた魔女槍の後端を押し出すように差し向けてきた。


 全身に魔闘術、血魔力<血道第三・開門>――。

 血液加速ブラッディアクセルを発動。


 魔女槍の柄頭攻撃を受けるつもりはない――。

 再び<導想魔手>を足場に利用だ――。


 アーゼンのブーツの底で自らの血を焦がすように歪な魔力の手導想魔手を蹴り上げる。


 素早く左方へ回避した。


 彼女と距離を取りながら魔槍杖を握る右手首を素早く返す。

 魔槍杖から金属音が微かに響く。


 紅斧刃を横に寝かしてからキサラを見る。


 魔女槍を横に動かしてナックルガードの位置の指を調整しているキサラ。

 その動きと表情を確認。

 コンドルのような嘴がある兜の下にはEラインが美しい細顎がある。

 

 彼女の修道服の上から羽織る魔法衣の姿と魔女槍の柄から伸びている煌びやかなフィラメント群が、コンドルのような翼をイメージさせた。


 実際にコンドルのように素早い。

 そして、美しい。が、戦いは戦いだ――。


 俺はゼロコンマ何秒も経たずに、また<導想魔手>を足場に利用。

 

 両足を畳むような姿勢だ。


 歪な魔力の手を蹴る――。

 

 飛翔するようにキサラへ直進しながら同時に魔力操作。


 腹の丹田に魔力を集中。

 バネを巻くように身を捻る。

 

 筋肉を硬くするのではなく緩ませることも意識。

 そのまま腕を握っている魔槍杖ごと背中に巻き込むように捻り続ける。


 魔闘術が脊柱起立筋、大腰筋、腹横筋を刺激するように……。

 体幹を中心に全身の筋肉が大いに躍動しているのを身に感じた。


 <魔闘術の心得>の効果だろう。

 その<魔闘術>が浸透している筋肉力を解放。


 バネの反動力を右手の魔槍杖バルドークへ伝搬させた。


 トルネードのごとく――。

 体を横回転させ魔槍杖バルドークを振るった。キサラの腕をぶった切るイメージの<豪閃>を発動させた。

 

 が、


「……ひゅれいや<砂……」


 と、怪しい魔声で呟いたキサラ。


 キサラは器用に素早く魔女槍を扱うと弧を宙に描いたダモアヌンの魔槍と、魔槍杖バルドークの穂先が衝突――。


 あっさりと<豪閃>が往なされる。


 キサラはそのまま忽然と面を上げながら回転機動を取った。


 それは大輪の花を宙空に咲かせるような動き。


 キサラは俺の回転力を逆に利用していく。


 そして、優雅に身を翻しながら速度と力を加算させた魔女槍ことダモアヌンの魔槍を振り抜いてきた――。


 髑髏刃が眼前に迫る。


「――凄い機動だ」


 相手の機動を褒めながら、髑髏刃を仰け反って避ける。

 瞬時にこの魔女槍の髑髏刃を避けて反撃しようと思ったが――。


 その髑髏刃が変化。

 髑髏刃から派生した歯型の三角刃が四方へ伸びていた。

 ヘッドスリップでは避けられない――。


「――いてぇぇっ」


 頬が歯状の三角刃に抉り取られた――クソ痛いっ、が、このままいく。

 裂けていく頬から大量の血飛沫が飛ぶのを感じながら横回転を続けた。


 反撃の中段回し蹴りをキサラの胸元へ向かわせる。


「――あぅ」


 キサラは魔女槍の中部でアーゼンのブーツの蹴りを受け止めて、後退。

 魔女槍が少し曲がり衝撃を吸収している。


 元の剣のような髑髏刃に戻っていた。

 あの髑髏穂先は伸びるだけじゃないのか。


「……強烈な蹴りね……でも、肉は嬉しい!」


 キサラは魔女槍を握っていた両腕が痺れる仕草を取りながらも、俺の肉がこびりついている髑髏穂先を見て喜びの声を上げていた。


 その喜びの声が、頬の傷痕に染みる。


 ――が、怯まない。


 魔槍杖の握り手を前方にずらしながら大上段の構えを取る。

 そして、<導想魔手>を足場にして、下に居るキサラへ向けて跳躍。

 

 キサラに飛び掛かる。

 上空の位置から魔槍杖の金属柄を左手で握る。

 

 その大上段の位置で魔槍杖の両手持ちへと移行。

 左手を手前に引き右手で前にパンチを繰り出すように魔槍杖を動かす。


 両手の力で魔槍杖を一回転させた。

 魔力は込めてない素の竜魔石をキサラの頭部に向かわせる――。


 彼女はさっと身を引いて蒼い竜魔石ファーストアタックを躱す。


 髑髏穂先の魔女槍で受けずに躱すところの判断力はさすがだ。


 だが、風槍流を舐めてもらっては困る――。

 慣性で降下している俺は腕を交差させるように魔槍杖を縦回転させながら、重力を味方にした左足の下段足刀を放っていた。


 キサラはコンドルの嘴を持つ兜を下げ、下段蹴りに反応――。

 兜から覗く蒼い双眸は鋭い。

 俺の蹴りの機動を読んでいることが分かる。


 彼女は下段足刀を体を浮かせるように身を捻り回避していた。

 しかし、避けてくるのは想定済み。


 叩きつけの初撃と蹴りはフェイクだ。


 俺は<導想魔手>で足場を確保。 

 そして、縦回転させている紅斧刃の背を、キサラの頭部へ向かわせる。


 キサラは魔法衣を光らせながら、なんとか半身をずらして紅斧刃の背を避けていた。


 だが、俺の攻撃は終わっていない。

 一回転、二回転と回転し続けている魔槍杖の後端が、避けているキサラを追う。


 キサラは反対側へと身を回転させながら、魔槍杖の後端攻撃を躱そうとするが――。

 怒涛の三連撃に間に合わず。


 キサラは竜魔石の一撃を肩に喰らっていた。


「ぁ――」


 肩に受けた衝撃で魔法衣が消失。

 身を落とすように体勢を崩したキサラは、血反吐を吐いた。

 そのまま周囲に血を撒きちらしながら、横斜め下へ回転し、後退。

 

 彼女の白絹の髪の一部が血に染まり横髪を結んでいた黒紐が解けていく。

 魔法衣ごと修道服の胴体を捉えたからな、手応えあり。


 風槍流の師匠直伝『片羽根崩し』を改良した『朧崩し・改』が決まった。


 キサラは川に落ちそうだ。

 だが、キサラは落ちない。

 厚底戦闘靴の表面が川面に触れるか触れないかの位置で止まる。


 川面に波紋ができていた。

 その川へ血を吐き捨てる彼女。


 するすると落ちてきた黒紐を手に掴むと、口元の血を手で拭ってから魔息を吐いた。


「……炯々なりや、砂漠鴉。ひゅうれいや」


 彼女はまたもや古語めいた魔声の謳を披露。


 スキルか魔法か?

 同時に黒紐で血濡れた髪を慣れた仕草で結ぶ。


「――ひゅれいや――砂漠鴉」


 超自然的な声が止まった直後――彼女から魔力が爆発。

 川面から水飛沫を発生させながら、上方で見ている俺に突進してくるキサラ。

 

 凄まじい加速で、間合いを詰めてくる。

 彼女の兜から覗く蒼い双眸から漏れる光が、蒼いネオンの軌跡を宙に生む――。


 ツツと間合いに入った彼女へ魔槍杖の紅矛<刺突>を差し向けた。

 ――が、彼女は消え、いや鴉!?

 

 気付いたら胸に衝撃を受けていた。

 ――ハルホンクが撓む。


 俺は吹き飛びながら、背中に<導想魔手>を当て衝撃を殺す。

 コンマ数秒も経てずに、再び髑髏刃が迫ってきた。

 俺は回避が間に合わず右腕が斬られてしまう。


 激しい痛みに「グッ」と声を漏らし、怯む。

 そこに魔女槍の孔から扇状に展開したフィラメントの細刃が俺を突いてきた。


 これは躱せない。いてぇ! 右腕の一部が刺しぬかれた。

 が、他の螺旋した細刃はハルホンクが防ぐ。


「――暗緑色の防具服? 硬い!」


 キサラは傷の再生速度と螺旋刃を防がれたことが予想外という声を発していた。


 だが、フィラメントが輝く魔女槍の角度を変えると髑髏穂先を伸ばしてきた。

 

 俺は咄嗟に爪先回転を行う――。

 キサラの武術を感じさせる突きの連撃を避けながら魔槍杖バルドークで反撃した。


 右横から振るった紅斧刃――。

 それをキサラは避ける。

 左横から反撃のキサラの蹴りが飛来。

 その蹴りを避けつつ、下から竜魔石をキサラの顎か胸元に衝突させようと向かわせるが、それも回転したキサラに避けられる。


 そこで、視線でフェイク――。 

 キサラは視線に釣られ反応が鈍る。


 刹那――。


 体の<魔闘術>の攻防力を変化させながら突きの連撃を繰り出した。


 受けに回ったキサラは魔女槍を盾代わり――突きの連撃のタイミングを変えるように<闇穿>を放った。


「――闇鴉!?」


 キサラは闇の魔力を纏う魔槍杖バルドークを見て、驚く。

 と、咄嗟に仰け反った。


 <闇穿>はキサラの顎先を掠める。

 かぶっている兜を弾く。

 が、キサラの踵蹴りが下から迫った。

 

 俄に、横へ半身をずらして、その踵落としを避けながら――。

 

 近々距離戦へ移行――。


 踵落とし繰り出した直後のキサラを狙う。その胴体へ右肘の打撃を放った。


 が、肘の打撃は魔女槍のフィラメントに防がれた。構わない、続けて――。

 

 案山子のように首後ろへ通していた魔槍杖バルドークを活かす。

 

 首を基点に体を回し、腰も回転させながら、左肩を前に押し出す――。


 風槍流の<槍組手>『左背攻』を繰り出した。


「グェ――」


 と打撃を喰らったキサラから鈍い声と共に、ドッと鈍い衝突音が響く。


 さらに前進――。

 追撃――。


 左背攻を喰らったキサラは半身。

 姿勢が崩れたキサラに魔槍杖バルドークをぶち当てようと向かわせた。


 しかし、柄の孔からのフィラメント群でカーテンを敷くように紅斧刃を受け止めていた。

 だが、紅斧刃に絡み付いた魔線群は燃えていく。


 そのまま布のような魔線群ごとぶった切るイメージで、魔槍杖を強引に押し込む。

 彼女の肩から首に紅斧刃は侵入した。


「きゃ――」


 動脈に傷がついたようで、血を噴出させる。

 さらに十字架の模様を光らせている修道服の一部が燃えて、肩と鎖骨を露出した。


 俺は彼女の血を浴びた。

 刹那――キサラの首に掛けていたネックレスが光る。


 明るく暖かい閃光が視界を奪った。


「光神ルロディス様――」


 キサラは神の名を口に出しながら後退。


 光が消えて視界を取り戻した俺は<導想魔手>を足場にして宙に立つ。

 キサラを探すように魔槍杖を回転させながら身を翻した。

 

 彼女は右方に避難していた。

 傷が回復している……。


「ネックレスか?」

「……そう。ネピュアハイシェントに封じたルロディス様の力……」


 彼女は静かな口調で語る。

 力を失ったネックレスが朽ちていくのを哀し気に見てから回転していた。

 

 魔女槍から発生しているフィラメント群を愛し気に操作している。

 今の防御手段もあの色の毛のような魔線たちか。

 

 さっきの鴉もあのフィラメントからだ。

 魔女槍の孔から伸びている色髪の毛にも見える魔線群か……。


 どうやら瞬間的に鴉のような幻影姿を作れるらしい。


「……メファーラ様が嫉妬するほどの憧れのルロディス様のような血――」


 俺が分析していると、そんな魔女めいた言葉を呟く彼女。

 魔女槍の穂先にこびりついた俺の血を手で掬い……。


 自身の頬へと俺の血を塗っていた。


「アァァン――これよ、これよ。感じるぅ。この王樹キュルハのような匂いも、たまらない……」


 キサラはそう喋りながら、身体を震わせて巨乳を揺らし、悶えている。

 

 恍惚な表情を浮かべていた。

 そして、俺を見つめてくる蒼い双眸からはイモリザのような信仰めいた光を感じた。

 

 そんな彼女だが……。

 まだ片腕の肩を下げている。


 ネックレスの力は緊急手段だったのか。

 

 さっきの肩打撃を受けた傷の回復はしていないようだ。

 キサラは巨人シュミハザーの魔力を喰らったようだが、不死系の回復力を備えているわけではないのか。

 

 防御と回復が低いが速度特化タイプ……。

 人族だが、魔族のようなトグマのような相手。

 いや、普通の人族ではない“魔女”か。


 人のことは言えないが、本当に様々な相手が居るもんだ……。


 そんな感想を持つと遠くで闇鯨を翻弄しているロロディーヌの声が轟いてきた。


 さぁて、俺も気合を入れる――。


 尊敬の意思を込めてキサラを見つめた。

 そして、『ラ・ケラーダ』と胸元に手を当ててから魔闘術を練り直す。


「いくぞ――」


 <血液加速ブラッディアクセル>と魔闘術の加速だけじゃない。

 彼女が速いなら、俺も速度でも対抗だ。

 切り札を脳裏に描きながらも体幹の筋肉と魔闘術を意識。

 <導想魔手>を足場にして宙を掛け、キサラと間合いを詰める。


「見て! 速さなら自信がある!」


 キサラの言葉が耳朶を叩く。

 俺は構わず、普通の突きのモーションから俄かに前転しながら魔槍杖を縦に振るった。

 フェイク交じりの――<豪閃>だ。

 

 しかし、キサラは反応。

 魔女槍を斜めにして紅斧刃の衝撃を殺しながら流してくる。


 そして、魔女槍の孔から放出しているフィラメントを展開させた。

 横へ流していた紅斧刃が毛に包まれる。

 

 <豪閃>を完全に防ぎきってきた。

 さすがだ――。

 彼女は一度見た技だが……。


 ここまで完璧に防ぎきるとはな。


 打撃を喰らい怯んで恍惚なキサラだが、槍の技術はまったく衰えていない。

 衰えるどころか戦闘中に成長している。


 すると、その紅斧刃を包むフィラメントを変形させてきた。


 急激な攻撃を繰り出してくる。

 カウンターといえど、俺だって、もう見慣れている!


 守勢に回って、細かな刃を一つ、二つ、三つと踊るように避けていく。


 刃を避け切ったところで回転しながら横下から魔槍杖を振るう。

 キサラは速度に自信があると語っていたように――。


 真上に飛んで薙ぎ払いを回避してきた。


 キサラは宙の位置から俺を見つめて、微笑む。

 魔槍杖を振るいきっている俺に目掛けて中空から凄まじい速度で降りてきた。


 しかも、両足を揃えた厚底戦闘靴の底を見せつけながら――。

 ストンピング攻撃を繰り出してきた。

 その両足の踏みつけを、魔槍杖を持ち上げ、左手から神槍ガンジスを召喚して防ぐ。


 ――まさか防御手段で布石神槍が使わされるとはな。


「――凄い、やはり凄いわ。神人クラス! あの魔術師に抵抗できる! ダモアヌン魔印の力を込めた、この<邪重足霊蹴>を初見で防ぐなんて――」


 彼女はSM女王のように嗤い喜びながら、喋り続けて、踏みつけを連打。

 両腕から感じる彼女の蹴りが想像以上に重い。

 しかも、この両足を揃えた厚底戦闘靴が、くそ重く速い――何度も踏みつけてくる。

 

 ――彼女の体重はそんなでもないはずだが。


 <鎖>も放つ暇がない。

 俺は連撃を浴びて後退。重力と彼女の蹴りに押され続けて川面が近付く。

 このままじゃ川にドボンだ。

 いや、焦るな、先のイグルード戦を思い出せ!

 

 師匠の怒鳴り声を思い出し、目を瞑り冷静さを取り戻す。


 足裏に吸い付くような水上歩行は確かだ。

 水神様も頼みますよ――。 

 凄まじい蹴りの連撃を、俺は守勢に回り続けて彼女が焦れるのを待った。


「――え? 今、何か幻影が見えたような」


 蹴りの連撃を出し続けているキサラが呟く。


「でも、さすがにこの連撃はキツイかな?」


 キサラは蹴りの連撃を防ぐ俺を心配するような言葉を放つ。

 だが、どこか早口だ。


 俺が防御に専念していることに焦れているからこその言葉だろう。

 そう思った直後――。


「ふふっ、実はまだあるの! <烈叭槍>――」


 キサラは楽し気に語る。

 そのコンマ数秒の間にフィラメントを巻き付けたダモアヌンの魔槍で、俺を突いてきた。


 ――ここだ。


 キサラとその動きを凝視しつつ――。

 <脳脊魔速切り札>を発動。


 二の腕を意識。

 その二の腕に環を発生させ、その環が幾つも連なる環の防具腕先にまで自動展開させた。


 これは、洪家拳でいうなら鉄手環だろう。


 その環の防具が嵌まっている左腕と左肩を突き出す。


 そのまま〝ワザ〟と、斑色の環の光輪防具アーバーで、百光を感じさせるキサラの必殺技染みた魔女槍の穂先を受けた。


「え!?」


 キサラは驚く。

 

 構わず、血と魔力と水を合わせた爪先足回転朧水月を実行。


 環の防具の表面でダモアヌンの魔槍の穂先を受け流すことに成功。


「くっ」


 キサラは慣性のまま下に向かう。

 俺は、魔槍杖バルドークを消失させながらキサラの懐へと滑り込むように回転。


 その際、キサラの魔女槍から悲鳴のような声が轟いた。


 構わず――。


 片手で水面を突いて体を支える。

 水面を支えにアーゼンのブーツに魔力を込める!


 そして、足と背筋を揃えるような、即興の独自上段足刀トレースキックを繰り出す――キサラの胴体へ垂直蹴りを喰らわせた。


「げぇ」


 キサラの持つ魔女槍は力を消失したように魔力を半減させている。


 ドッとした鈍い破裂音がキサラの腹から響く。

 キサラの体は、への字に曲がる。 

 上空に打ち上がった。

 続けざま、上段へ跳ねる機動の――。

 

 左手ごと突き上がる昇竜をイメージした槍技を繰り出した。

 

 ピコーン※<水月暗穿>をスキル獲得。


 キサラの折り曲げた胴体を神槍ガンジスの方天戟が貫いた。


 キサラの修道服も貫通している。

 キサラは悲鳴を上げられず、体から魔力を失う。

 

 突き刺さった神槍ガンジスにだらりと垂れたキサラは、自らの体重により、余計に神槍に貫かれていった。


「うぅ、見事……ね。月を、水面に揺らぐ月のような機動……ぐぁ」


 喉を嗄らしたようなキサラの声。

 キサラは俺の新技<水月暗穿>を語るとダモアヌンの魔槍の魔女槍を川に落とす。


 もう戦闘意欲を失ったようだ。

 キサラの腹に突き刺さった神槍ガンジスを消失させた。


 キサラは川に落ちた。

 流されていく。

 

 一方、ダモアヌンの魔槍の魔女槍は、髑髏穂先から髑髏の枝を至る所に伸ばし、川底に刺さったのか、魔女槍は流れない。

 微かに揺れていたが川に生えた歪な樹木のように固定されている。


 キサラは川に沈んでいく。

 もう泳ぐ力も残されていないらしい。


 キサラの血が川面を染めていった。


 その瞬間、シュミハザーを生み出していた巨大棺桶から硫黄の匂いが溢れ出す。


「……やはり四天魔女を倒してきたか……」


 と、巨大棺桶から声を響かせてくる。

 怪しい巨大棺桶!

 ――<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を発動させる。

 

 <夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を巨大棺桶に向かわせるが……。


 やはり意味はなかった。

 棺桶は喜ぶように<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を吸収。

  

 すると、遠くから闇鯨ロターゼの、


「キサラーーーー」


 野太い声が響く。

 その切ない声に動かされたわけではないが、巨大棺桶は無視だ。


 水流に流されていくキサラを押さえるように<邪王の樹>でキサラを囲う。

 邪界の樹木で堰き止めた彼女に急ぎ近寄って彼女を拾う。

 ずぶ濡れで悩ましい姿のキサラを身体に寄せて抱えてから岸部に素早く移動――。


 彼女の体は先ほどの連撃蹴りを受けた時と違う。

 羽根のように軽く……可愛らしい。


「……あ……」


 地面に降ろしたところでキサラは目が覚めたようだ。

 まだ生きているが、出血が酷い。

 このままだと死ぬかもしれない。


 そこに戦いが終わりつつあることがわかっていたのか、モガたちが走ってくる。


「おい、こっちはこっちで――」

「あぁ、ちょっとまった」


 俺は手でモガの言葉を制止。

 すぐに上級の《水癒ウォーター・キュア》を念じ、発動させる。


 丸み帯びた透き通った水塊だ。

 水塊は一瞬で崩れて霧粒子状となり、キサラの全身に降り注ぐ。


 彼女は回復していく。


「……戦ってた奴を助けるのか?」


 ペンギンだが真面目な表情で聞いてくるモガ。

 彼の愛用している剣に緑の葉が絡まっていた。

 何かモンスターが出ていたようだ。


「そうだよ」


 と、語りながら、巨大棺桶に視線を向けるが、もう消えていた。

 さっきまで浮いていた位置に居ない。

 魔力も硫黄の匂いもさっぱりと消えていた。

 

 そして、朝日が昇る。

 周囲を明るく照ららす中、銀毛が綺麗なハイグリアの姿も見えた。


 彼女は満面の笑みだ。


「――シュウヤ! こっちにもモンスターが出ていたんだ」


 元気なハイグリアが銀爪に絡む葉を落としながら語る。


「大変だったけど、トン爺が活躍したの! わたしも頑張った~」

「わたし、は、ネームス!」


 ネームスは両肩に葉っぱのモンスターの死骸を載せている。

 そして、巨大なツクシのようなものを脇にたくさん抱えていた。


「でも、敵を助けるなんて……」

「何か考えがあるんじゃろうて」


 他の人たちも怪我した人がいたようだが、近寄ってきた。


「見て、あそこで闇鯨を押さえつけてるロロちゃんが居る!」

「本当だ、わー凄い凄い!」


 走ってきたアッリが指を差す。

 そのアッリとタークは、俺が封じ込めた侯爵君のアドなんたらとイグルードの種を持っていた。

 アドなんたらの単眼君は、口を樹木で押さえられているので語れないが、もごもご口周りを動かそうとして元気は良さそうではある。


 イグルードの方は種のような石は変わらず。


 そこで、アッリが指を差しているロロを見た。

 闇鯨の上に乗っている遠吠えをしているロロディーヌがそこには居た。


 さらには、小熊太郎が杖を掲げて、ロロの頭上ではねていた。

 そして、ロロは闇鯨のお尻部分に触手骨剣を突き刺して遊んでいた。


「アッリとターク、あれはあまり見ちゃだめだ」

「えーーなんで」

「ねーこの樹木のたまたまで遊んでいい?」


 イグルードの種を投げようとしているターク。


「それもダメだ。一応預かっておくから、そこに置いときなさい」

「えーだめだめじゃつまんない」

「こら、シュウヤ様の言葉は聞きなさい」

「そうじゃそうじゃ、このトン爺の礫を喰らわせるぞ」

「あぅ、う、うん、わかった……」

「わかった! その代わりトン爺の<投擲術>教えてね!」

 

 子供たちはトン爺を尊敬しているようだ。

 イグルードの種と侯爵君を預けていた。


 ということで、キサラを見る。

 彼女は上半身を起こしながら周りの様子を確認した。


 子供たちを見て微笑んでいるし。

 さっきまでとは雰囲気が違う。


「……意識はあるようだな」

「……ある。ううん、あります」


 キサラは上目遣いで俺を見ていた。


「まだ戦うか? あそこに魔女槍が突き刺さっている。そして、使役している闇鯨はあんな状態だが……」

「ふふ、もう充分よ。ロターゼは可哀想だけど、タフだから大丈夫」

「そっか、立ち上がれるか?」


 俺は友好の意思を示すように手を差し伸べた。


「うん、助けてくれてありがとう――」


 キサラは俺の手を掴むとそのまま抱き着いてくる。

 柔らかい巨乳さんが!


 と、喜びも束の間、キサラの手を握っていた掌の傷が疼いた――。

 手の内を見ると、一直線に剣傷があり、ぱっくりと開いていた。


 開いたというより孔か?

 どういうことだ。回復していない?


「……まだ傷が?」


 白絹の髪からいい匂いを漂うキサラが掌の孔を見て心配そうに尋ねてきた。


「あぁ」


 生返事をしながら孔を意識した直後――どこからともなく剣が飛翔してきた。


 瞬時に左の掌の中にすっぽりと納まる。


 ピコーン※サラテンの秘術※恒久スキル獲得。

 

 ハイグリアを守った時の神剣か。

 どうやらシークレットウェポン系の技らしい。


 が、キサラの血の匂いがたまらん。

 ここは吸血鬼ヴァンパイアらしく牙を生やすか?


「――ああーー! なんでシュウヤに抱きついているんだ! ゆるせん!」


 怒ったハイグリアが銀爪を立てながら、俺に抱き着くキサラを離そうとしてきた。


「あら、ごめんなさい」


 キサラは軽やかにハイグリアを避けると、さっとした動きで片膝を地面に突く。


 そして、上目遣いで俺を見つめてくる。

 片膝の膝頭におっぱいが潰れていて非常に悩ましい……。


「シュウヤ様……」


 熱い吐息で呟くキサラ。

 蒼い双眸の奥底には力強さがあった。

 

 そう、それは信仰を得たかのような顔つき……頬と首筋がかなり赤くなる。


「何だ?」

「ダモアヌンの髑髏たちの名に懸けて……今ここにシュウヤ様へ永世の忠誠を誓います。どうか、この四天魔女が一人キサラを……御側において下さいませ」


 な、なんだと。

 ハイグリアの悲鳴も耳に谺した。

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