三百五十五話 <光と闇の運び手>

 

「そりゃ俺も男だ。美人とは交わりたい」


 といつも通りに美人は好きだという意志をハッキリと言葉として発した。


 俺の言葉を聞いて微笑むキサラ。

 僅かに小顔を傾けて頬へと指を当てていた。


 その人差し指と中指を頬に当て揃えた動作は『数字はこれでいい?』と聞いてくるような印象を抱かせる。可愛らしい仕草で魅惑的。


 同時にキサラは体から放出させていた魔力を体内に循環させるように外気の魔力を吸引。

 体内に取り込んだ魔力を合わせて体内で質の高い魔力操作を行っていた。


「ふふ、了解――準備をするから待っててね」


 可愛いポーズで興奮気味に語るキサラ。

 頬に当てていた二本の指を離し「う~ん」と悩ましい声を発しながら両手で万歳をするように背伸びをしていた。


 深呼吸と共に胸が強調される。

 ぷるるんといったように巨胸が見事に揺れていた。


 あの双丘さんの中には、甘い蜜がたっぷりと、入っているのかもしれない。


 キサラは猫のような背伸びを続けていく。

 

 そこに夜風が吹いた。

 ……キサラの白絹のような髪は儚く揺れている。


 雰囲気がある。

 まさに黒女王的だが、髪が白銀っぽさもあるし、白女王か。


 そのキサラは腰掛けていた闇鯨から離れた。

 宙を歩くキサラの表情が変化。


 双眸を含めて感情の色彩が変化していくのが分かった。


 何気ない空中歩きに、秘奥が感じられる。

 黒紫色の唇に鮮やかさが増した。


 その唇と喉に胸元から僅かな呼気を感じ取る。

 と、綺麗な口から魔息が吐かれていく。

 

 薄氷を踏みしめるような緊張を得た。


 同時に、腰金具に繋がる魔導書らしきモノが光ると、声が、


「……遙場ありテ遠きかな、中道をゆく燻り狂えル砂漠烏、炯々に燃えゆク槍武人ダモアヌン、暁の魔道技術の担い手<光と闇の運び手>を探し、神ノ恵みを顧みない魔人と神人を貫きテ……法力の怪物に敗れしも、尚もセラをも貫くさんとすル」


 キサラは詩を謳いあげていた。

 ひしひしと肌に食い込むような、研ぎ澄まされた謳い声。

 超自然的な声?


 吟遊詩人の歌声とはまた違う……。

 人魚のシャナと少し似ているが、喉は光っていない。


 魔女の儀式なのかな。

 魔導書らしきモノから光も消えた。


 秘曲のようなモノを謳い終えたキサラ。


 彼女は乱れた髪を細指で梳かしながら、反対の手を腰袋に伸ばし袋から紐を取り出している。

 その取り出した黒紐で横に流れていた前髪の一部を纏めていた。


 前髪を纏めて耳裏に通す彼女。

 その女性らしい仕草で白耳が見えた。

 エルフじゃない。繊細そうな小ぶりの耳だが人族系だ。

 

 彼女は何かの意志を込めるような仕草をとってから……。


 目の前で浮いている魔女槍を見つめ出す。

 キサラは、頷いて、その魔女槍へと手を伸ばし半透明な柄粒子を掴んだ。


 やはり掴めるのか。


 と、その刹那――俺が注目していた魔女槍の柄が蠢く。

 

 魔石を細かく砕いたかのような粒子状の石たちが、彼女の手に合わせるように集結しながら独自オリジナルのナックルガードを形成していった。


 ――想像通りだ。


 新しい金属柄の表面に彼女の紫ネイルの細かな装飾までも写し取られていく。


 キサラは握っている魔女槍を傾けその魔女槍越しに視線を寄越してきた。


 黒女王のマスクから覗く蒼い目は美しく、鋭い。

 黒紫色の口紅が綺麗な小さい唇も動く。


「……ダモアヌンこれが気になる?」


 魔女槍をダモアヌンと呼ぶキサラは、その魔女槍を見せつけてくる。

 そこには、家紋を意味するかのような格子縞の数が刻まれた窪みがあった。


「そりゃ、気になるさ」


 あれは魔女のマークだろうか。

 個人が特定できるような代数を顕す意味かな?


「ふふふ、でも、まだよ。もう少し……待っててね」


 張りと艶のある甘い声。

 そして、片目を瞑りウィンクか。


 ミステリアスな雰囲気だ……。


 それは布きれ一枚で胸元を隠した風呂上がりの美人が……。

『興奮しないの坊や』と語りかけてくるような色っぽい言葉に聞こえた。


 そんな妖艶なキサラは魔女槍の窪んだ家紋マークへと親指を押し当てる。


「……」


 一瞬、キサラは痛みを感じたように表情を歪めた。


 痛みは親指からだろう。

 押し込んだ指から血が溢れ出ていた。

 血の匂いは健康そうだが、指は痛そう。


 そして、溢れたキサラの血は魔女槍から滴り落ちていない。

 柄元から血は零れず、穂先まで続く頭蓋骨模様を血で染め上げていった。


 血は染み入るように魔女槍と融合していく。

 血を欲する槍? イグルードのような意識があるのか?


 すると、魔女槍は不気味な音を立て幅が広がった。


 同時に孔の周りの髑髏模様たちが穂先へと血に導かれるように集まっていく。

 広がった幅の表面から回転縮小を繰り返している双曲タイリングパターンを幾度も宙に浮かび上がらせていく。


 新たな金属を得たように槍を形成し直していった。

 それは「細分割曲面」を使ったかのような粘滑な動き。


 穂先の表面に集結していた髑髏模様たちの眼窩に炎が灯っていく。


 髑髏たちはカラカラと乾いた骨音を立て嗤う。

 ボッ、ボッと、喋るような音も轟かせてきた。


 そして、穂先髑髏たちから小さい幻影が生まれ出る。


 小さい幻影は鬼仮面のような頭部だった。

 髪型はコンロウ。額に十字印が刻まれている。

 双眸はオッドアイだ。

 古代ペルシャ人、或いは白塗りの夜叉面のようにも見える。


 その鬼仮面の下には、同じような形の仮面が幾重にも連なっていた。

 連なった仮面は息を吹きかけたら消えてしまうような陽炎が揺れている。


 鬼仮面は修道服の下腹部にあったデザイン画と同じか?


 魔女槍の全体像はランスに似た形状。

 丸孔も大きくなった。

 孔の中で羅を作っていた紫と赤と黒の魔線群がさっきよりも密集している。


 真新しい曲線を描くナックルガードの柄部分は昔ユイが愛用していた魔刀アゼロス&ヴァサージに少しだけ似ていた。


 俺的には、前のヴァージョンの方が好きだがな。

 キサラはその血を灯した魔女槍を上方から下方へと振るう――。


「――いいわ。能力スキルは失ったけど、感覚は違う――」


 振るった真新しい魔女槍を寄り目気味で見つめながら話す彼女はどこか楽し気だ。

 続いて、振り下ろしていた魔女槍を持ち上げて右へと払った。


「――うん、嫌味な巨人を吸収したお陰で古い魔女たち仲間たちと同じぐらいには……このダモアヌンの魔槍を扱えそう。もし、あの魔術師と対決することがあっても退けることは可能!」


 今度は少女のように喜々として語る。

 右手を引いて魔女槍の角度を変えていた。


 流派を感じさせる構えだ。

 その構えから魔女槍に螺旋力を加えた突きを繰り出す。


 <刺突>系の技かな?

 続いて、腕ごと伸びたダモアヌンの魔槍魔女槍を左へ払い流す。


 左へ流れた魔女槍の柄孔から伸びゆく紫と赤と黒の魔線たちがフィラメント群となって彼女の両腕と繋がり出す。


 魔線たちと繋がった右手から左手へ素早く魔女槍を移し替えていた。

 あれは風槍流の応用技『枝崩れ』と似た技術だ。


 槍を持ち替えた彼女は握り手を調整しながら宙を跳ねるように側転を行う。

 膝を持ち上げるように体勢から、突く、払う、蹴りを魅せた。

 そこから、バトンを背中に移して回転させる動きに近い機動で魔女槍を背中へ移す。


 さらに、修道女服に羽織るように身に着けている魔法衣の一部を利用して、背中の上を滑らせるように魔女槍を回転移動させていた。


 その回転しながら腰に移動していた魔女槍を反対の手で掴むキサラ。


 新体操選手を超えているというか、魔女槍と彼女の体は磁石で繋がっているのか?

 と、疑問に思う中。


 キサラはその掴んだ魔女槍を前方へ伸ばしてから、また跳ねている。

 闇鯨の頭上で踊るような機動だ。


 厚底の靴だけど、戦闘用の魔法靴か。

 彼女が宙を移動する度に、靴から虹のような魔力粒子が零れていた。


 形はまったく違うがサザーにプレゼントした靴を思い出す。

 すると、踊るキサラは首を基点として、くるりと舞う。


 槍を持つ反対の手を真っ直ぐと伸ばし、その掌を闇鯨の額に当てていた。


 片手の倒立か。

 臍とお腹を覗かせるガーターベルトを内包したスカート衣装が美しい。

 すらりとした長足はモデルのようだ。


 青白く透き通る硝子の白肌……あの肌に指を滑らせたい。

 と、思わせるぐらいに綺麗な足だ……。


 そんなエロ思考を加速させるように、はらりとスカート系の前掛け布が捲れた。

 さらに、月光が鮮やかな倒立姿のキサラを照らす。


 ――黒パンティが透けただと!?


 艶のある陰毛を濡れた白鳥が翼を広げるがごとく鮮やかに映す。


 月の神様、やるじゃないか。


 悩ましい熱情を帯びた姿を晒したキサラは片手だけで腕立てをやるように肘を曲げる。

 そして、肘を真っ直ぐに動かし片手の掌で闇鯨の額を突く――。


 彼女はまた宙へと体を高く浮き上がらせていた。

 そのまま伸身捻りから前方へ抱え込み回転を行う。


 ――黒パンティがっ食い込んでいる!

 ――素晴らしい。月の神様を信仰すべきか?


 そんな俺のエロ思考へツッコミが来るように魔女槍が横斜めから薙ぎ払われてしまう。

 髑髏刃によりパンティは隠されてしまった。


 んだが、パンツ食い込み委員会の高級審議会を開いている暇はねぇ。


 パンティよりも彼女の扱う槍技術だ……。

 淀みない魔槍の扱いから、彼女の実力が窺い知れる。


 相当なレベルに違いない。


 キサラが魔女槍を華麗に動かす度に、孔と繋がる魔線たちも綺麗な軌跡を生むので、音を視覚化したかのような彩りを宙に生み出していた。


 こりゃ槍を交えたら、本当にいい経験になりそうだ。

 しかし、魔女槍の骸骨の穂先部分と、美しい魔線が彩る柄孔部分は、正反対。


 穂先が闇で柄が光のようなイメージだ。

 そんな魔槍を軽々と扱い武術を魅せる魔女キサラは体が火照ったらしい。


 さっき魅せていたアマゾネスのような雰囲気だ。

 白肌の上に薄らとした魔闘術系の魔力筋が浮いていた。


 ……いいねぇ、戦う修道女であり、戦う魔女。

 というか半神のヴァルキリーだな。


 槍を扱う彼女の姿に魅了されていると、黒女王を髣髴としたマスクも変形。


 地下世界のレリーフにあったような壮大な模様は崩れた。


 黒色のレース状が黒揚羽のように羽ばたき、黒鳥が羽を広げるように拡大しながら前頭部を覆うように細兜を形成していった。

 最終的に鼻先の先端がコンドルの嘴のように鋭くなった渋い黒兜となる。


 キサラは細顎を傾け右手に携えた魔女槍を太股に沿うように仕舞う。


 ……槍を持った佇まいは絵画のようだ。


「……マスクが兜に変化というか進化か? 魔女槍の形も変わったし、それを華麗に扱う美しいキサラからは独特の武術と歴史を感じる」


 俺は純粋な気持ちで尊敬の意思を込めて語る。


 キサラも敬意に応えてくれた。


 すらりとした足先へと沿うように置いていた魔女槍を捻り回してから礼儀正しい歴史ある所作を取る。


 続けて俺に対して頭を下げ、頭を上げたキサラは、


「……嬉しいわ、どうもありがとう」


 と、丁寧に礼を述べてから笑みを浮かべる。

 美人だからといった贔屓ではないが、その所作には感動すら覚える礼だった。


「……魔女には魔女の槍流派があるのか?」

「天魔女流といったところかしら、血骨仙女のような怪しいモノじゃないからね。これはメファーラ様の加護を用いた魔人武術の一種。戦闘態勢の砂漠烏ノ型。特別で特異な宝具を用いた姫魔鬼武装だから……ふふ」


 キサラの口調は修道女らしく慎ましさがあった。

 語尾の微笑み以外はだが……。


「……で、準備は完了か?」

「うん、完了よ……」


 キサラは俺が持つ魔槍杖を意味ありげに睨んでから、


「貴方の深淵な闇の瞳と光の匂いは特別。そして、その……紅と紫の魔槍を扱うところを直に見たい」


 と、熱を帯びたか、声が途中で嗄れる彼女。

 それほどに俺と魔槍杖バルドークが気になるようだ。


「この槍か」


 槍を扱う天魔女流。

 キサラの蒼い双眸は、鷹のように輝いて見えた。


 戦闘狂気味。


 メファーラ様の加護と喋っていたからな。

 魔界セブドラの神絵巻に載っていた闇遊の姫魔鬼メファーラ。

 その神の力が作用したか?


 それとも彼女の信条か。

 彼女は、にこやかな表情を浮かべると、


「そうよ――」と語り、魔女槍の穂先を差し向けてくる。

 そのまま俺と神獣ロロディーヌに特攻してきた。


「ンン、にゃ――」


 神獣ロロディーヌが反応した。

 神速めいた速度で宙を翔る近付くキサラへと触手群を向かわせる。


 が、キサラは速い。


 サーフィンで波に乗ったようなバレルロール機動で自身に差し迫ったロロの触手群を華麗に、巧に避けながら、俺たちと間合いを詰めてきた。


 俺が対処するか!

 ロロディーヌから離れて、魔槍杖を用いて直に打ち返すか――と、思ったが、


「ぷゆゆっ――」


 魔法衣を羽織る小熊太郎が、俺の前に――。

 玩具にも見える捻れた杖を掲げ、その捻れた杖の飾りから魔法を放っていた。


 枝についていた飾りたちが粘土細工のように蠢き、枝から離れ宙へ飛翔していった。


 あの飾り、ただの飾りじゃなかったらしい。

 極彩色の蝶々と虫の群れがぶぅぅんと奇妙な音を立て、キサラに向かう。

 続いて、ミニチュアの恐竜も中を泳ぐように飛翔し、キサラへと襲い掛かっていた。


「ええ? なに――」


 突進していたキサラは、宙でつんのめるように転倒。

 カウンター気味に蝶と虫の群れとミニチュア恐竜を全身に喰らう。

 というか浴びたか?


 ストラップのような玩具恐竜が、彼女の太股に噛みついて、巨乳に!?

 何気に攻撃力があるのか?

 魔法衣の一部を裂いて修道服の膨らんだところを裂いていた。

 

 ――ぷるるんさん、こんにちは!

 思わず片父さんに、いや、片乳さんに挨拶していた。


 キサラさんは胸の盛り上がりにかかるところで手で押さえて止めている。


「ううう~、いやぁ~」


 頭上に??? といった文字が浮かぶように、混乱したキサラ。

 魔女槍を闇雲に払い振るう。


 そのままキサラは変声を上げながら、視界を埋め尽くしているだろう蝶と虫の群れと、ミニチュア恐竜を払いつつ後退した。


「ぷゆっ ぷゆゆゆう――」


 どうだ! と言わんばかりの小熊太郎。

 雄か雌か、わからん生物だが、偉そうで妙に可愛いぞ……くそ。

 ミスティなら糞が、あと二つつく。


 だが、素晴らしい乳さんを見せた攻撃なので褒めてやろう。

 

 小熊太郎は、まだぷゆゆ、ぷゆゆと叫んでいたが……。


 『わたしの神獣に手をだすな ぷゆ!』


 と、語っているかどうかは分からない。


 そんな小熊太郎ぷゆゆの足にはロロの触手が絡まった状態だ。

 というか、絡まったというよりも、ぷゆゆが動きやすいように台座の上に乗った状態といえばいいか……。


「……ふざけるな、キサラを虚仮にする気か!」


 キサラの背後で『面白くねぇ』といったように凄んで睨んでいた闇鯨君の言葉だ。

 動脈がぶち切れそうな勢いで、歪で小さい馬足を揺らし地団駄を踏む。


 ぶち切れそうと思ったが、果たして、あの鯨の内部に動脈はあるのか?

 微妙なところだが……。

 まぁ、キサラの乳さんが見えちゃったからな、怒るのは当然か。


 そこに、グォォォンとした音と共に強烈な振動波が伝わってきた。


 地団駄の影響か?

 こえぇ、貧乏ゆすりの次元を超えている。

 そんな地団太をがんばる闇鯨に、虚仮どころかありがたいと、反論しようと、


「……べつに虚仮になん――」

「――ガルルルゥ」


 振動に警戒したロロディーヌが、俺の言葉を挟むように威嚇の声を発していた。

 こりゃ、怒った声だ。


「ぷゆゆ!」


 小熊太郎も杖を宙へ差し叫ぶ。

 だが、魔法はもう発動しなかった。


 力を使いきったのか、肩を落とし「ぷゆぅ……」と萎える声が発していた。

 そんな眼で見つめてくるなや、と、ツッコミを入れようとした時。


 怒りか嫉妬か振動波を発生させていた闇鯨が蠢く。


 マッコウクジラのような額はただでさえ大きい。

 だが、さらに膨らんでいった。

 プリント基板模様の額に深い輪郭を刻むように盛り上げていく。


 その盛り上がった箇所から特別な怒りを表現したかのような火が灯った。


 あれは魂? 魔印の部位か?

 そして、火の灯った下からプリント基板模様を上書きするように緻密な筋模様が発生。


 それはニューロンネットワークの中を走っている光のようにも見えた。


 続いて黒光りする全身から、ぽっこりとした触手孔を生やす。

 見た目はハナギンチャクが持つような触手孔だ。

 その孔から赤黒い蛍光色を帯びた湯気を放出させていく。


 湯気は粘性を帯びた狼煙のように上方へ噴き上がっていった。


 あれが全力モードの闇鯨か?

 憤怒の極みといった土蜘蛛のような狂気染みた顔を俺たちに向けて、


「……お前らの相手は俺様だ。新しい技を試してやる!」


 目が剥きながら威勢よく語る闇鯨。


「刺して、貫きィィッ! そして、ぶッち、殺すぅ!」


 怒声の言葉と共に、額を揺らしながら、ラップのように吐く。

 額が可笑しなことになっている闇鯨は後退していたキサラを押し退けて突進してきた。


 使役しているデコトラ闇鯨に、先を越される形となったキサラ。


「――あぁ、ロターゼ! シュウヤはわたしと戦うのに!」


 彼女がそう叫んだ時、もうかなり前方を飛翔していた闇鯨。


 額は言わずもがな、血走った双眸の闇鯨か。

 あの特徴的な頭部で血気盛んに突撃してくるさまは、迫力がある。


 しかも、闇鯨の背後から赤黒い四角形のドットが漏れていた。

 あれは毒屁か、未知のエネルギー源のガスもしれない。


 あの闇鯨は宇宙デコトラ野郎ばりに派手だ。

 闇トラックに牽かれたら、どこかに転生してしまう?


 そして、トラックへと変身する機械生命体が変装をしているのかもしれない。


 またはシュミハザーの成れの果てか。


 そんな疑問の途中――。

 土蜘蛛のような表情の闇鯨は飛翔を続けながらも、その顔に魔力を集中させていた。

 すると、プリント基板模様の光が強まる。


「――串刺しとなっちまえっ」


 光った闇鯨が叫んだ直後――。

 赤ん坊形の魔印近くからイッカク鯨のごとく長い角牙を突き出させてきた。


 その細長い角牙の周りには、ぐるぐると回る火を纏った小型杖の幻影たちも出現。

 捻れ六角形に混ざる形で小さいR文字の幻影も浮いていた。


 だから闇鯨は、貫くと刺すとか言ってたのか。


 そこに、


「ンンン、にゃごぁァ」


『そんなのぶっさすにゃ~』と鳴いたように、珍しくを込めた声を発した神獣ロロディーヌ。


 瞬時に触手群の半分を螺旋させながら一つに結合させる。

 すると、その一つに結合したかのような触手の先端がぱっくりと割れる。


 割れた中から飛び出てきたのは銀色と桃色が煌めいている螺鈿模様が綺麗な巨大骨剣だった。

 螺鈿模様は桃色に輝いたフジツボの触手角。


 その触手角から螺旋手裏剣の形をした黄金粉を周囲へと撒き散らしていた。


 フジツボはどこかで見たな……。

 でも、なんで手裏剣?

 そんな疑問をよそに――。

 黄金の渦を巻くような風を孕んだ巨大骨剣は宙を切り裂くように直進――。


 見た目はフランベルジュ。

 壊槍グラドパルスにも似ているか。


 ロロが放った新しい大技。

 その触手骨大剣槍と闇鯨のイッカク角牙が衝突した。


 けたたましい衝突音が響いてから衝突したところから閃光が生まれる。


「グアアァ」

「ぷゆゆぅ~ぷゆ!」


 小熊太郎が、『神獣女王強いぷゆ!』とでもいうように叫ぶ。


 可愛いぷゆゆ声は無視。

 しかし、闇鯨の野太い悲鳴も聞こえている通り。

 

 神獣ロロディーヌのフランベルジュ大剣槍が勝利していた。


 闇鯨の角牙は真っ二つに折れてからバラバラとなる。


 イッカク角だった破片たちが川に落ちていった。

 周囲を回っていた小型杖の幻影もR文字を吸収しながら急激に縮んで消失。


 さらにロロの触手骨大剣槍は折れ残っていた闇鯨の角牙を裂きながら進む。

 

 闇鯨の額の根元に触手骨大剣槍を突き刺していた。


「にゃご――」


 神獣ロロディーヌは叫ぶ。

 そのまま闇鯨ロターゼを一本釣りするごとく、触手大剣槍を持ち上げていた。


 だが、さすがに闇鯨ロターゼは巨体。

 大マグロを釣り上げたようにはいかない。


 が、その額は大きく引き裂かれていた。


「――グヌォ、イテェェェ、根本からやられちまうとは……」


 闇鯨は潜水艦のような巨大頭を震わせながら喋る。

 縦に裂かれた赤ん坊の形が小さく萎んでから消失していた。


 ロロはそのまま神獣サイズの大きさを維持した状態で、一回転してから退く。

 触手大剣槍を縮小させながらも移動は速い。


 小熊動物ことぷゆゆの体は触手に絡んでいるので平気だが、ロロの回転するGに引っ張られるように宙に浮いていた。


 宙を跳ぶロロは触手大剣槍を細かな触手群へと分裂させてから身体へ収斂させていく。

 

 いつものことだが……。

 この触手が元に戻る時は迫力がある。


「……せっかくの新しい技が! <フォカレの愚火槍>が……」


 闇鯨がそんなことを喋っていた。

 付け焼き刃ははげやすいというからな。


 しかし、その動作仕草は隙だらけだ。


 ……動きも止めている、チャンス?


 神獣から離れて、勢いを乗せた魔槍杖であの額をぶっ叩くか?

 やはり忍ばせていた<鎖>の三節棍を使う?

 または、氷系の上級か、<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を使うか、と思考を重ねた瞬間、


「――チッ、誘ったのにこねぇ……」


 そんな言葉を放つ闇鯨。

 今の間は、俺を誘う罠だったようだ。


「いや、もう少しで攻撃するところだったが?」

「素直に語るとは、いちいちムカツクぜ。槍だけのバカじゃねぇってか?」

「そうでもないと思う」

「それが素直なんだよ! 穢れなき稀人ってか? キサラが初見で気に入るわけだ……だが、次元は違えど地獄の幻魔大戦を生き抜いた俺だ。“デスラの波動”は回避したんだ。柔じゃねぇ……」


 幻魔大戦?

 

 何処かで聞いた言葉だな。

 その瞬間、


「ここからだ――<愚光>」


 闇鯨はスキルか魔法名かを叫ぶ。

 同時にプリント基板皮膚模様から真珠母のような色合いの光線を生み出す。


 平面状にレーザー照射か。

 しかも星型が混じっている?


 その星形多面体が混じった眩い光は双曲線の影を宙に生む。

 暗い部分もあるが眩しい――。


 第二の月光は多面体を崩すように四方の宙へと拡散。

 拡散した光は指向性を伴う。

 光は曲がりくねりながら異常な速度で俺たちに襲い掛かってくる。


 眩しく捉えるのが難しい――が、見える。

 ロロの展開していた触手群と衝突していく拡散光線。


 神獣の触手が次々と燃えて、消失し、闇鯨が放った光線と共に相殺していく。

 闇雲に突進してきた闇鯨ロターゼの理由はこれか――。


 神獣ロロディーヌの触手を一部とはいえ燃やすように消失させるとか……。


 中々ない攻撃力。巨獣故の攻撃力か。

 ……闇鯨の懐であの光線を浴びていたら躱すことは不可能だったろう。


 だが、忍ばせていた俺の梵字が表面に浮かんでいる三節棍<鎖>は消えていない――。

 俺はその<封者刻印>の印がある三節棍を操作。


「いくぞ、闇鯨! その腹太鼓を鳴らしてやる!」


 俺は大声を出した。

 鼓を鳴らして攻む!


 感覚が共有しているロロディーヌも前進。

 闇鯨の胴体に一つ、二つと神獣ロロディーヌの触手骨剣が突き刺さっていくのを確認。


 よしッ、あの寸胴鍋の腹を、ぶっ叩いて鈍い鐘音を鳴らしてやる――。

 下から弧を描く軌道で<鎖>の一部を下腹部へ向かわせた。


 闇鯨の下腹へと――。

 蛇が噛み付くような動きを見せる<鎖>三節棍の先端が衝突した――。

 

 その衝突した下腹部から、めりめりっとひび割れる音が響いた直後、


「グォォァァ――」


 鎖の三節棍のサイズは小さいが、大木がぶつかったように闇鯨ロターゼは悲鳴を叫ぶ。

 

 同時に下腹部は大きく凹み撓んでいた。


 少し遅れて、ぐぉんと鈍い寸胴音が周囲に轟いていく。

 闇鯨はそのまま仰け反りながら一回転、慣性で吹き飛んでいった。


 潜水艦のような巨体鯨がひっくり返るさまは爽快だ!

 ――さらに追撃と思ったが、


「にゃ――」


 感覚を共有しているロロの声だ。

『転んだ』『楽しい』と気持ちを伝えながら俺より先に追撃へと出ていた。

 光線と衝突しても消失しないで残っていた触手群と再生を果たしていた触手骨剣たちが一斉に闇を打ち払う孔雀明王のごとく闇鯨へ向かっていた。


 ひっくり返った闇鯨の内腹から背中辺りに多数の触手骨剣が突き刺さっていく。

 その度にドドドドドドッと、鈍い多重音を響かせていた。


 黒色の鋼のような表面だが柔い?

 突き刺さり具合からして、魔竜王の鱗のような堅牢さは、ないだろう。

 しかし、堅牢な箇所が一カ所あった。

 もう一つの魔印だ。

 紫色の防御フィールドが二重に張られて大事そうに守られてある。


 そんな守りが堅い部位が弱点っぽい闇鯨だが……。

 ロロディーヌの多重触手骨剣が全身に突き刺さっている状態に変わりない。


「――ガルルルゥ」


 案の定、神獣らしい唸り声を上げたロロディーヌが直進――。

 俺たちを乗せたまま漆黒の翼を羽搏かせていた。


 更に闇鯨へ突き刺さっている触手骨剣を収斂させる。

 触手を体内に引き戻したことで速度が増したロロディーヌは爆速を超えた勢いで闇鯨へと襲い掛かった。


 両前足の大きな鈎爪が闇鯨ロターゼの胴体の横を捕らえる。


「ギュァ――」


 闇鯨の叫び声を「ガァルルゥ」と神獣の唸り声で打ち消す。

 ロロは爪をぐっと曲げ、そのまま強引にロターゼの胴体の一部を剥ぎ取る。


 続いて、口を広げた神獣ロロディーヌ。

 俺とぷゆゆが頭に居ることを忘れたようにマッコウクジラの額へと勢いよく頭を衝突させるように噛み付きを行っていた。


 闇鯨の額の一部を喰ったロロディーヌは口を閉じ咀嚼音を響かせる。

 

 そのまま身体を回転させて強烈な後蹴りを闇鯨の胴体にぶち当てていた。

 

 闇鯨は勢いよく吹き飛んでいく。

 神獣ロロディーヌは後蹴りの反動を利用――。


 螺旋回転しながら後方からキサラと闇鯨を見るように旋回機動を取った。


「――ぷゆゆっ」


 ぷゆゆが落ちそうになったが、触手が足に絡まっているので大丈夫だろう。


 ロロは「ンンン――」と喉声で鳴きながら喉元から音を立てる。

 まだ闇鯨の肉を食べている途中だった。


 口元から闇鯨の肉片を落としていく。

 雨粒のようなソレは、下の川に落ちていった。

 川からボトボトと音が響く。


「ロターゼを軽々と……」


 キサラが呆然とした表情で呟く。


 そのロターゼは吹き飛びながらもまだ生きていた。

 だが、ロロに噛まれた部位は痛々しい。

 胴体も撓んで最初の気概は見る影もない。

 出血も激しく魔力を大きく減らしていた。

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