三百六話 ハンカイと再会

 

 ◇◆◇◆


 天凛堂の外では複数の闇ギルドが潜伏している。

 中には自らの力を誇示するように顔を晒しながら通りを歩く者もいた。

 右の街路樹の下には【雀虎】の盟主リナベル・ピュイズナーとトクマンがいた。その【雀虎】の盟主は、

「コンロン&ウジテ兄弟が殺されたか……」

 と呟く、【雀虎】鬼面奇想のカード使いトクマンは視線を少し下げ、

「止めたのですがね……」

 と力なく語る。リナベルは虎獣人ラゼールらしい怒りの表情を出し、

「兄弟は馬鹿でどうしようもない奴らだったが、俺たちの幹部だったのは事実。トクマン、その殺った褐色男の名は?」

「絶剣のゼイン、耳朶のゼインとも」

「ソクテリアでは知らない名だが、あの血に飢えた滅殺兄弟を殺せるほどの人材がゼインか」

「はい、タンダールでは名の知れた剣客です」

「だろうな。だとしても、部下が斬られてそのまんまはなぁ? このままじゃ名がすたるばかりではなく、漢流儀の道が立たぬ。だから、俺が直にそのゼインとやらを斬ってやろう。<腑夜>から、この神話ミソロジー級の龍絶兀刀で仕留める」

 【雀虎】の総長リナベル・ピュイズナー。怒りから冷静の顔付きに移っていた。

 リナベルの顔は虎の毛が覆う。他の人に彼の感情は読み取れない。

 そのリナベルは背中に装着している大太刀の柄へ手をかける。

 リナベルは元来風来坊気質の冒険者の面もあるが、猫獣人アンムルの八頭輝のホクバ・シャフード以上の武闘派だ。絶剣流の使い手で虎拳流を学んだ格闘もこなす、

 セブンフォリア王国の六五大戦で生き延び、各地の戦場を渡り歩いた。セブンフォリアで手柄を立てたが、セブンフォリアの貴族と揉めて軍罰特殊群の追撃部隊に追われた経験を持つ。ソクテリアに流れついてからは、自慢の剣術を活かし闇の仕事をこなす。そこで頭角を現し八頭輝にまで登りつめることに成功していた。

 トクマンは、そのリナベルを見て、


「無為自然のリナベル様ですから、やる気だと思っていましたが……」


 と語ると、掌の上にカードを広げていた。沢山のカードの中から自然とカードが持ち上がる。カードは自動的に空中に浮いていた。カードの表面には、血塗れた月の残骸マークが描かれてある。そのカードをチラッと見たリナベルは、トクマンを見て、


「当たり前だろうが。しかし、直の斬り合いは久しぶりだ。数ヶ月前に、ヘカトレイルでゴーモックのおっさんとの交渉次いでに入った迷宮以来か?」

 その時に、シュウヤとすれ違っているとは、彼は知らない。

 と、地響きが起きた。天凛堂の屋根が崩れ落ちていく。

「ぬおぉぉ、すげぇ。上は上で、派手な争いに発展しているようだ」

「……卵で塔を組んだ訳ではないと思いますが、屋根が落ちてくるとは、正直驚きです」

 鬼面奇想のカード使いトクマンは本当に驚いて心臓が高鳴っていた。

「外を囲う結界は弱まる気配なしか。影翼は優秀な外界術士を抱えているようだ。滾ってきたぞ、フハハ――」

「そうですか。普段はハイム川が見える静かな高級宿の天凛堂。この日ばかりは、祝祭空間・・・・に様変わりですね」

 リナベルとは異なる性格のトクマンは冷静に語る。

「さて、俺は<腑夜>を使い単独で乗り込む……トクマンはここで待機しろ」

 リナベルは虎獣人ラゼールらしく自ら活を入れてから<腑夜>を発動――口元の牙を怪しく光らせつつ闇に溶け込むようにリナベルは姿を消した。

 <腑夜>とは虎獣人ラゼールだからこそ可能な不可視インヴィジビリティよりも優れた気配殺しスキル。かの伝説のアサシンクリード一家の長マクスオブフェルトも、この<隠身ハイド>を超えた隠蔽術を見たら驚くだろう。

 トクマンは不安気な表情を浮かべて、

「分かりました。禍福は糾える縄の如し……お気を付けて」

 と発言し頭を下げた。消えたリナベルは、もう、既に、この場には居なかった。

 トクマンは天凛堂の切断された屋根を眺めていく。


 ◇◇◇◇ 


 天凛堂の左手の街路樹に【星の集い】の関係者も集まっていた。


「お母様、アドリアンヌ様、こちらが月の残骸の幹部、ポルセン様とアンジェ様です」

「どうも、ポルセンです」

「アンジェです」

「幹部の方々、今宵はありがとう。月の残骸が同盟としての動きを早速示して頂いたことにとても感謝しています」


 仮面をかぶったアドリアンヌはポルセンとアンジェに向けて頭を下げた。

 彼女の背後には、背に環の武器を背負った大柄な人族。

 短杖を掌で転がしている魔法少女。

 四つ目と四腕を持ち、肩口に大剣の柄を覗かせ、腰にシャムシールを備えた魔族。


 皆、アドリアンヌとは違う仮面を装着している。

 【星の集い】の幹部たちだ。

 ポルセンは同盟相手とはいえ、星の集いの幹部たちから、異質なプレッシャーを感じ取っていた。


「……とんでもない。メル副長の指示の通りに動いたまでのこと」

「……」


 ポルセンは恐縮しながら頭を下げて答えている。

 アンジェも黙ってポルセンの行動に続いて頭を下げた。


「お母様、アドリアンヌ様、天凛堂は完全に内部を占拠されたようです。その証拠に中の護衛、地下の護衛たちからの定時連絡がありません」


 アシュラー教団の部下から耳打ちを受けたミライが、皆に報告していた。

 ミライの言葉に老婆のカザネが頷きながら、


「今、思えば『盲目なる血祭りを歩む混沌なる槍使い』この言葉は、今日のことだったのかもしれません」

「そうですね。当初は、カザネの力が通用しないお相手とのことで、不安を抱いていましたが、意外に律儀な方でした。今後とも、永遠・・に仲良くしていきたい特別な相手・・・・・です」


 アドリアンヌは独特のエコーが掛かった声を強めて、カザネだけでなく、月の残骸の幹部ポルセンに対しても、しっかりと、言葉を伝えていた。

 ポルセンは彼女の言葉の意味を探ろうと……。

 カールした口髭の先端を指でつまみながら引っ張り、そして、その髭を横に伸ばすといったことを繰り返しつつ視線を鋭くしている。


「今回は教団に多大な損害が出ましたが、シュウヤさんと個人的な繋がりを得た。その事実だけで、すべての損害を超えた実利となることは明白」


 アドリアンヌはそう発言。

 カザネとミライは頷く。


「はい。槍使いシュウヤ・カガリは、わたしの力が通じない相手。未来の予想は、不安視されますが……違った意味で【血星海月連盟】の今後は、大いに期待が出来るかと」

「カザネと若い・・ミライにも努力はしてもらいますから」

「お任せを」

「はい、秘薬はもうありませんが、その秘薬分は般遊させて頂きます」


 あわよくば、シュウヤさん……と。

 頬を林檎のように紅く染めたミライ。

 彼女は個人的にシュウヤと繋がりたいと考えていた。


「アドリアンヌ様、キーラ・ホセライの件はどうなさいますか?」

「……不自然な資金調達に不可解な行動。アシュラー教団東部局長の地位を捨て脱退したキーラ・ホセライですか。アルカディアを目指す方で野心家ではなかったはずなのですがね」

「はい、コレクターと繋がりもあるようですが……」


 ミライが報告を加える。


「資金の流れの理由は、その辺りにありそうですが、そして、わたしたちと敵対したキーラの動機が気になりますが……活動範囲は東部リージョナルですし、裏の闇組織も膨大な数があります。東は、西と同じく色々と闇も根が深いですから……ね。無駄に追っ手はかけず、身辺調査だけでいいでしょう」

「承知致しました」

「さて、コラテラル・ダメージを浴びましたが、天凛堂で行われている利益にならない争いに介入はせず、このまま月の残骸にお任せしてわたしたちは撤収ですよ。レシャ――箱船とプレートが見つかったとされる南の遺跡探索ルートは用意できて?」


 アドリアンヌは、背後に居た小柄な女性に話しかけていた。

 彼女の黄金仮面にある二つの双眸の穴から覗く瞳は鋭い。


「うん。鰻販売で有名な中商会を予約してあるー」

「よろしい、手配通りに南経由で帝国に帰還しますよ」

「了解。かえろかえろー。買った品物と買った奴隷の調子を楽しみながら、マーガレットの鰻を食べてゆっくりとね♪」

「ふふ、レシャは、あの鰻が気に入ったようね。それではカザネ、ここの仕事は任せますよ」

「はい、アドリアンヌ様」

「それでは、ポルセンさんとアンジェさん。護衛はここまででいいですから、シュウヤさんに宜しく」


 アドリアンヌと星の集いのメンバーたちは軽快な足取りで天凛堂を後にした。

 ポルセンとアンジェは無言で圧力をかけるようにカザネとミライへ視線を向ける。


「お母様、明日の朝にコレンドン奴隷商との打ち合わせがありますから、ここは月の残骸に任せて事務所に戻りましょう」

「そうですね。では、ポルセンさんとアンジェさん。わたしたちも離れます」

「分かりました」


 月の残骸のメンバーたちが天凛堂の周囲を固めているので、アシュラー教団と星の集いの面々は、天凛堂付近から安全に撤退できてていた。


 今も月の残骸のカズン、ゼッタが話し合いながら影翼旅団の人員を探している。

 そんな中、天凛堂の戦いに注目するかのように集結している他の闇ギルドが存在した。


 それは八頭輝が一つ、【シャファの雷】のメンバーたち。


 とんがり帽子をかぶり、黒服の胸元にあるアクセサリーが蠢いている男。

 八頭輝の会合でも血色に輝いていたアクセサリーが反応を示す。

 彼の隣には、胸元に十字のネックレスをかけたAラインスカートを着こなす清楚な女性。

 蛇顔の十字型の金属を両手に持つ、ビアのように腹が大きい蛇人族ラミアも居た。


 とんがり帽子を被っている男が仲間たちに向けて口を開いた。


「ここは魔族共が多い」

「五階層のような世界がある迷宮都市。様々な勢力が入り乱れているからね、魔の関係者が多いのは納得できる。それに元教会騎士の闇ギルドが潰れた影響もあるかもしれない。そういえば、八頭輝のアドリアンヌ、シュウヤ・カガリも反応を示していたのでしょう?」


 女性は質素な長袖の腕を伸ばし、魔道具の反応と同じ方向を示す。


「特に槍使いだけが、会合の場を含めて、も不自然なほど反応を示している」

「でも、神聖教会のようにそれだけで魔族判定をするのもね……ギュルブンも深追いをするつもりは無いんでしょう?」

「その通り、あの褐色男の剣術を見ただろう? 戦うだけ損だ。争いにも介入するつもりはない」


 ギュルブンを含めた【シャファの雷】のメンバーたちは頷き合う。

 崩れた天凛堂の天辺を見上げていく。


「……さぁ、引き揚げ時だ――シャファ神殿でデリアン司祭様との謁見もある。その際に美しい戦巫女のイヴァンカ様ともお話ができるだろう」

「了解~。ギュルブンが惚れた相手か」

「その神殿の者たちに、品物の輸送護衛をまた頼むのか?」


 ギュルブンたちは宗教街の方角へ歩いていく。

 彼らが去った直後、天凛堂を射すように月明かりが強まっていた。

 双月神ウラニリ、双月神ウリオウも、天凛堂の戦いを眺めているのかもしれない。



 ◇◆◇◆



「ハンカイなのか?」


 俺の問いを聞いたハンカイは走り寄ってくる。

 玉葱頭のドワーフの行動に、ヴィーネ、ユイ、ヘルメが警戒したのか、ヴィーネはエクストラスキル<銀蝶の踊武>から派生した<銀蝶揚羽>を発動した。

 ヘルメは水幕の魔法を階段周りに広く発生させている。

 ユイは抜き身の神鬼・霊風の切っ先をハンカイに向けていた。


 俺は『知り合いだ』と意味を込めて、彼女たちへ手を翳す。


「そうだとも! 俺だ、ハンカイだ! シュウヤ、久々だな」

「元気そうで何より」


 近くで見ると、余計にハンカイだと分かる。

 特徴的な顔立ちといい、別れた頃から、さして外見に変化はない。


「しかし、どうしてここに」

「血長耳のレザライサと話し合うためだ」

「何だと!? 古きエルフとシュウヤは知り合いだったのか」

「そういや、ハンカイはエルフを嫌っていたな」

「あぁ……」


 ハンカイの目に迷いの色が浮かぶ。

 その途端、血長耳と影翼旅団のメンバーたちが顔色を変えた。

 新たに登場した俺たちとハンカイが知り合いだったことが、両メンバーたちにとって意外だったのか、二律背反だったのかもしれない。戦いが徐々に沈静化していく。

 血長耳のメンバーを追いかけていた漆黒獣も両翼を広げて羽ばたくと動きを止めた。

 大鷹のような頭部をこちらに向けたロロディーヌをジッと大きい双眸が捉えている。

 ロロディーヌも漆黒獣の姿を紅い双眸で見上げていた。

 あの漆黒獣……キメラだが妙にカッコイイ。

 一方で、レザライサとガルロの戦いは続いていた。

 俺たちの存在に気付いている雰囲気だが、目の前の相手に集中している。

 それにしても、あの剣は……生き物か? レザライサの持つ武器は異質だ。

 剣身に鮫のような鋭そうな歯牙がびっしりと生えている魔剣。

 ガルロは柄が十字で幅広の魔剣。

 クレイモアのような剣の表面には線路のような窪みの横線があり、窪みの端から蒸気的な闇の炎が出ていた。あの剣から出る闇炎も気になるが……。

 もっと気になる場所がある。それはガルロの両腕にあるマーク。

 肘辺りまで袖が捲られている、腕の皮膚の表面に刻まれたマークから異常な質を持つ魔力が放射状に展開し、ガルロが両手に握る十字剣と繋がっていた。

 ガルロもレザライサも異質な魔剣だ。

 レザライサが、


「影翼、しつこいぞ。お前たちは評議員の手駒なのか?」

「評議員はどうでもいい。暗殺依頼で金を貰っただけだからな」

「金だと? その程度の理由でわたしを、いや、八頭輝が泊まる宿を狙ったのか?」


 嗤いを含んだレザライサの言葉に、ガルロは黒い双眸に刃が宿るように鋭くなった。


「どの口が語っている……地底界の秘宝ロルガの闇炎を奪おうと何度もわたしの命を狙っていたはずだが?」

「……さぁ、どうかしら?」

 レザライサは俺の顔を一瞥。片眉を僅かに動かしている。俺の【月の残骸】に聞かれたくない内容の話だったのかもしれない。

「他にも沢山あるぞ。エセル界の権益、セナアプアの権力網、鉱山利権にうるさいオセベリアの女狐との繋がり、タンダールの歓楽街で起きた多数の娼婦行方不明事件はお前たちの仕業。賭博街と商業施設の縄張り争いと闘技関係者の囲い込みもだ」

「娼婦? 賭博街? 知らないわね」

「白々しい。アルフォードが【梟の牙】、【大鳥の鼻】とお前たち血長耳の会合の場を視ていた・・・・んだよ」


 そんな遠隔透視が可能な能力者がいるのか。

 遠くから見たい様子を窺える……個人でスパイ衛星を持つようなモノではないか。アメリカの軍事目的の通信傍受エシュロンは日本もあった。傍受しまくりで、機密なんて日本には皆無に近かったな、スノーデンは色々と語ってくれた。韓国と北朝鮮と中国のスパイにヤラレ放題な傘なんて本当に必要だったのか? 更に、携帯やスマホがあるからな。俺が知る日本でも、大手の通信事業者が一人一人の顧客情報を他の企業やら警察に検察と共有して国民を監視していた。と過去を思い出しても仕方ない。

「あら、そうなの? しかし、状況は常に変化してゆく――」

 レザライサは鮫牙魔剣を反対の手で撫でるように可憐に扱ってから、

「闇社会では、予定調和なんてものは泡の如く消えるのが、常識・・だろうが――」

 は銀色の魔力を大柄な身に纏いながら、語尾の声を荒らげた。

 魔剣の十字柄を両手で握り締めて構えているガルロへ先制攻撃を仕掛ける。

 レザライサはガルロとの間合いを零とした流れから、その身を畳ませるように鮫牙が目立つ魔剣をガルロの左肩口へ振るう。

 左肩口から胸を狙う袈裟斬りから、身を僅かに斜めに落としながらの、ガルロの足を削ろうとする連携剣術を繰り出した。ガルロも<魔闘術>を纏った剣術の動きで対抗。

 手首の関節を軸に下段から上段へと体と腕で円を描くように闇炎の魔剣を振るう。

 レザライサの鮫の歯牙が目立つ魔剣と数度打ち合っていく。

 魔剣ルギヌンフはガルロの体を喰らいミンチにでもしようかと喋る勢いだった。

 ――生きた鮫牙魔剣とクレイモア魔剣が噛み合う金属音は独特。

 魔剣が衝突する度に出る火花は、あまり見たことがない魔力の波だ。

 波紋のような魔力波を幾度となく宙へと放出しては、淡い軌跡を残している。

 蒼い目の血長耳総長レザライサ。

 黒い目の影翼旅団総長ガルロ。

 両者は握った武器と体の動きを巧みに協調させた攻撃と防御を繰り返す。

 闇ギルドのメンバーたちはリーダーの一騎打ちに加わろうとはしなかった。


 実力が拮抗していると分かる美しい決闘だ。


 その間に、ハンカイの肩打撃を腹に喰らい転がって痛がっていたエルフが血長耳のメンバーたちのところへ転がるように戻った。俺とハンカイの話し合う様子は、確実に屋上の戦いに影響を及ぼしていくが、血長耳と戦っていたハンカイは影翼のメンバーなのか?

 とりあえず、彼とは戦いたくないので交渉を試す。

「……ハンカイ、俺は【月の残骸】の代表だ。【血長耳】とは同盟の立場。そのうえ、【アシュラー教団】と繋がる【星の集い】とも同盟を結んでいる。だから、影翼は敵となる」

「……」

 俺の言葉を吟味するようにハンカイは眉を動かす。眉で八の字を作ると、表情を僅かに変化させながら沈黙。思い詰めたような表情だ。俺と黒豹と化しているロロディーヌを見ては……悩む?

 玉葱頭を左右に揺らす。気を取り直したように顔を上向かせると、

「……シュウヤ、退いてくれ」

「無理だ。二階で褐色男と戦い、その影翼のメンバーを殺した――」


 その瞬間、稲妻が俺に向かってきた。

 が目の前に展開していた水膜と銀の蝶々が、稲妻をピカピカと反射させつつ分散してくれた。

 ヘルメの魔法水幕ウォーター・スクリーンと、ヴィーネのエクストラスキル<銀蝶揚羽>の効果は絶大だ。月の光を浴びた蝶々。

 宙を飛ぶ、その蝶々が力を増しているかのように、キラキラと輝きを増す。

「――ご主人様、ここはお任せください」

 ヴィーネは笑みを浮かべながら話す、頼りになる女だ。銀の仮面を綺麗な銀髪の上にかけているから、頬を刻む銀の蝶々が目立つ。

 エクストラスキルを使った影響もあるだろう。

 青白い手が眩く銀色に輝いているヴィーネが放った銀の蝶々の数が増えているような気もする。

 光魔ルシヴァルの<筆頭従者長>としての力だろう。

 ヴィーネが強くなった結果か。

「雷精霊たちが不自然に合わさった雷魔法の使い手。閣下の部下に……無理そうですね」

「……あの魔眼の効果でしょうか」

 ヘルメとヴィーネが稲妻女を見て呟いていた。

「……また千雷が防がれた。その防ぐ水幕と不思議な銀の蝶々たちといい……お前たちの余裕ある態度から見ても、絶剣のゼインを殺した。との言葉は本当のようね。それに、そこの玉葱頭! あんた、この土壇場で〝のるか反るか〟をやっている暇なんてないのだけど?」


 稲妻を指先から迸っている女がハンカイを睨みながらそう語る。


「エルフに憎しみを抱いているはずの、蘇り、狂犬とも呼ばれた傭兵ドワーフがこうもあっさり裏切るとは――」


 ガルロが呟く。


「――裏切り? 月の残骸の裏切りではないのだな? 最適解を求める槍使い」


 ガルロと蹴りを衝突させ合い距離を取っていたレザライサの言葉だ。

 彼女は不安気な表情を浮かべている。

 思わぬ伏兵ハンカイの登場にハムレットのような心境なのか、目が不審で揺らいでいた。

 言っては悪いが、意外に女らしいかもしれない。

 内実は片方の手に剣を残しているんだろう。


「あらぬ誤解をするな。安心しろ、レザライサ。裏切ってはいない――で、ハンカイ。お前はどうする?」

 右手に魔槍杖バルドークを召喚し、肩に担ぎながら聞いていた。

「紫のハルバードを出現させた? 月の残骸、黒豹……」

 魔槍杖バルドークを見た稲妻女が呟く。

「ラライ、その黒髪がお前の恋い焦がれていた槍使いだ。そして、ノーランが忠告していた相手でもある。注意しろ」

 レザライサと対峙していたガルロが語る。

 ノーランという奴が、事前に告げていたらしい。

 そんな知り合いは居ないと思うが……。

「あの槍使いなのね? ふふ、わたし、会いたかった!」

 会いたい? ラライと呼ばれた女の子は無邪気で嬉しそうな表情を浮かべる。珍しい玩具を得たように、はしゃぐラライ。可憐な小さい指たちで俺の姿をなぞるように動かすと、そのやおら機動で動く指先から稲妻を勢いよく放出してきた。


 ラライの放った稲妻群と、防御の水幕に銀蝶が衝突。

 ヘルメの水の防御魔法とヴィーネの<銀蝶揚羽>たちの効果で、細かな稲妻が乱反射を起こすように弾かれて消えていった。

 ビームが霧に弱いと聞いたことがあるが似たような感じだろうか。


 そして、ガトランスフォームの表面も銀色の膜で覆われていた。

 右肩の竜頭金属甲ハルホンクも銀メッキされたような色合いに。

 ヴィーネ、ユイ、ヘルメ、ロロディーヌの表面も銀蝶と同じ色に包まれている。


「……その女はダークエルフか?」

「そうだ」

「聞いたことはあるが、初めて見たぞ。珍しい種だ」


 好奇心のこもったハンカイの言葉を受けて、ヴィーネはハンカイを睨む。


「他にも珍しい不思議な者たちを従えているのだな……それに、そこの大きな黒豹はあの時の黒猫が変身したのか?」


 ハンカイはロロディーヌの姿を見て、黒猫の姿を思い出したようだ。


「そうだよ。玄樹の光酒珠を手に入れたからな」

「おぉぉぉ、あの時の話か! ということは、まさか、御伽噺を実行したというのか。何という行動力だ……伝説の光酒珠を……」


 口をわなわなと震わせる。


「だからもう、神獣のロロディーヌだ」

「シュウヤ。お前は偉大なるブダンド氏族を超える神話の男なのか?」


 ハンカイのご先祖に偉大な方がいたようだ。


「神話ではない。ロロとの約束を守っただけだ」

「フハハ、その約束がとんでもない話だと誇らないところが、シュウヤらしい。助けられた時と変わらない不思議な男だ」

「ハハ、確かに俺は生まれつき不思議な野郎さ、人生の意義に感じたら頑張るが」

「ガハハッ」

 ハンカイは釣られて笑う。

 彼の目に浮かんでいた憎しみが僅かに薄らいだ気がした。

「……で、ハンカイはどちらにつく?」

「そんなもんは、決まっている」

「裏切るのか狂犬!」


 メイス使いのエルフと再び戦いを始めていた鋼鉄の鎧人が叫ぶ。

 その言葉を聞いたハンカイは少し顔を沈ませるが……。

 彼は玉葱頭を左右に揺らし、気を取り直したように顔を上向かせる。


「……狂犬か。確かに古きエルフは憎い」


 ハンカイは血長耳を強く睨んでから、純粋な眼で俺を見つめてきた。


「だが、助けてくれた恩は一時も忘れることはなかった! かつて羅将ハンカイと呼ばれた俺はこの砕けた残骸の月夜のように、心が憎しみで壊れ残骸となっている。だからこそ、この残骸の月夜に誓おう――シュウヤが月の残骸ならば、これも命運と思い従うと! 改めて、ラングール王国ブダンド族リチャの息子ハンカイの忠誠を受け取ってくれるか? シュウヤよ」


 ハンカイは言葉に体温がこもるような言い方で宣言を行い、二つの斧を頭上へ掲げていた。

 斧刃に月明かりが反射してハンカイの目元を照らす。


 彼は涙を流していた。


 ハンカイ……苦しみながらも自分の心情より、昔の恩を取ったらしい。

 しかし、巡り巡って忠誠か。昔、初めて出会った頃を思い出す……。

 これもいい機会だ。機会は鳥の如し、飛び去らぬ前に捕まえよ。ハンカイに翼は生えていないが、先人の言葉に倣う。


「……分かった。受け取ろう」

 古くて新しい友。

「よし! んだが、エルフに付くこともあり得ない。だからこの場は戦わず降りる……シュウヤ、早くこの戦いを終わらせろよ。色々と積もる話があるからな」

 ハンカイは微かな歓喜の匂いを全身に染み込ませるように斧を背中に回して納める。俺の横を通り階段に足をかけて降りていった。

「……まさか、蘇りが槍使いと知り合いだったとは誤算だ」

「それはわたしも同じ見解だ」


 影翼旅団のガルロと血長耳のレザライサが語る。

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