三百二話 ネレイスカリと紺碧の百魔族
ネレイスカリと会話を続けながら屋敷に向けて歩く。
「王は病弱で宰相が実権をですか」
「わたしも悪いのです。輔弼の臣だと信任の厚かった宰相の謀略にもっと早く気付いていれば、わたしに付いて来てくれた貴族たちも居たのに……」
ネレイスカリの表情から推察するに……自分を責めているようだ。
彼女だって誘拐された。奴隷のように扱われて苦労していたのに。
評判通り講和を望む善い人か。
「宰相はどうして【ノクターの誓い】のホクバ・シャフィードに姫様の身柄を預けたのです? 政治に利用可能な人質のはず。普通は穴倉や塔の中に監禁すると思うのですが」
「最初の数ヶ月はまさにその通り、乾し草を積み枕木を敷く作業を強いられていました。外に出されてホクバに預けられたのは、王族が宰相配下の闇ギルドの手に堕ちたという他貴族たちへの見せしめです。実権を確かな物にした証拠でもあります」
悲痛な顔色で語るネレイスカリ。信を失えば立たず。の言葉を思い出す。
「それは……」
眩しい夕陽が姫と俺を射す。歩道に矢のような影を作る。
「その顔色の通り、ザムデは王党派に揺さぶりを掛けていたので効果覿面でした。わたしを奴隷にしたとの報は、内外へのアピールにもなりますし、同時にレフテンの王威は失墜です。ザムデはこの一年で見事に立ち回りレフテンを手中に収めつつあります。きっと新たな王になるつもりなのでしょう……八頭輝のホクバもそれらしき言葉を漏らしていました。しかし、わたしは……」
ネレイスカリは最後に言葉を詰まらせて泣いていた。しかし、姫が語った
「……姫様、身分を弁えず上からの意見で失礼します。俺は【月の残骸】の盟主、総長。八頭輝という地下オークション限定時の称号のようなモノもありますが、毎日、闇の中を手探りに歩いている槍使いに過ぎない。しかし、そんな俺でも光が射せば間違いだったと分かる時があります。だから気にしないでください」
自分に言い聞かせるように語る。夕陽が頬に薄紅を刷く。
新しい化粧を得た姫様の顔は美しい。
「光が……確かに今がそうですね。ホクバから救って頂き感謝しています。わたしにとってシュウヤさんは黄昏の騎士を超えた存在です」
黄昏の騎士は大騎士のような存在と仮定。
「姫様。真顔で見つめながら語られると照れます」
「ふふ、わたしに様、敬語は必要ないですよ。今はシュウヤ様に救われた一人の女でしかないのですから」
姫の顔に笑みが射す。ようやく笑みを浮かべてくれた。
話を聞いていた眷属たちもいたわりの眼差しを向け頷いている。
「了解した。俺も様はなしで。それで、ネレイスカリ、ザムデが新たなレフテンの王になりそうな状況でも故郷に戻りたいのか?」
俺の言葉に微笑むネレイスカリ。
「はい、答えは先ほどと変わりません。戻りたいです。ザムデは権力を手に入れましたが、王党派、機密局を完全に押さえた訳ではないのです。レフテンの南、サージバルド伯爵ならば、わたしを迎え入れてくれるでしょう。彼の下に届けて頂くだけで構いません」
「サージバルド伯爵……」
「知っていますか? 優秀なコムテズ男爵を配下に従えている講和派の筆頭です」
旅をしている最中に聞いた覚えがある。
「いや、昔、少し聞いたような気がするが、特に覚えていない」
斜め前方を歩くネレイスカリは頷く。
「そうですか。オセベリア、サーマリアと隣接した地域でもあり治安が悪い場所で有名でしたが、昨年から急激にコムテズ領と共に治安が良くなりました。現在は南の重要拠点の一つとなっているのです」
「へぇ、重要拠点か。分かった。オークションの後になるが、そこまで送り届けよう」
俺の言葉を聞いた彼女は、目の中に希望の灯火が生まれたように目を輝かせた。
そのネレイスカリの小さい唇が動く。
「ありがとう。ホクバから暗黒街の盟主たちが集まっている屑の頂点が八頭輝と聞き及んで、軽蔑しておりましたが、ところがどっこい全く違うのですね。常に冷静知的で優しい殿方でした。わたしが復権した際には――」
「待った。そんな報酬が目当てで助けているわけではない」
美しい姫を助ける。これは定番。が、別の目的もある。レフテンに姫様を届けてからヘカトレイルの友、キッシュにも会いたい。チェリも元気かな。ついでにエルフ領テラメイ王国の上空を飛びながら師匠たちのゴルディーバの里へ里帰りするのもいいかもしれない。
「……ではどうして」
「そりゃ、女だからだ。君はもらってくださいと俺にアピールしたからな」
「女? だから、わたしを……」
ネレイスカリは先ほどの言葉を思い出したのか、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
ネレイスカリの両肩にはレベッカのコート系のお洒落な服が被されていたから、もうネグリジェの姿は見えていない。ネレイスカリは、
「……女」
と反芻している。皆が見ているから、別に口説いているつもりはないのだが。
うん、ヴィーネさんが冷然としているし口説く訳がない。
「で、そのザムデなんだが、ホクバの闇ギルドの名前通り、彼も恐王ノクターの信者なのか?」
「……信者かどうかは知りません。元々、【ノクターの誓い】を含めた恐王ノクターを信奉する組織と繋がりがあったようです」
宗教絡みと単純に兵士集めに利用したか。
「その配下のホクバは、俺に対して戦争を仕掛け、貴女の奪還を考えるかな?」
ネレイスカリは細い顎に指先をおいて思考していく。
もう闘技場近辺は過ぎて、武術街の通りに入ったので、もうすぐ屋敷に到着だ。
「シュウヤさんは八頭輝ですので正面きっての戦争はあまり考え難いかと。ただ、ホクバはわたしを痛めつけていたように気性が荒い面もあります。オークションが終了した直後に勝算を見出せばわたしの奪還を目論む可能性はあります。しかし、状況から判断しますと、レフテンへの帰還を優先させるかと……今、彼の側に居る幹部は弓殺のムーだけだったはず。ファダイクに武芸者崩れの弟ヌハ、請負人ハゼ、掃除屋タタミ、幻夢のトトを残していますからね。全幹部を一箇所に集結させたうえで準備を調えてから、何かしらシュウヤさん個人へ向けた攻撃の手段を考えてくると思います」
一応はオークション後、屋敷の防備を強めるか。
新しい戦闘奴隷の紺碧君も居るけど、血獣隊に任せよう。
「……レフテンには、恐王ノクターに関係する組織は多い?」
「多いです。昔からレフテンの闇社会では恐王ノクターの信望者たちが幅を利かせています」
昔から……。
「ホクバから別段魔界の神の使徒という感じは受けなかったが、魔界の神の影響がありそうだ。本格的に裏で暗躍している使徒が存在している可能性もある」
元戦場、治安が悪いとくれば自ずと魔界の諸侯たちが好む環境だ。
恐王ノクター以外にも、何かしら、魔界に関係する場所はあるだろう。
「そうなのですか? 神々の使徒……」
ネレイスカリは口に手を当て、驚いていた。
「何か曰く付きの土地とか、モンスターが多い場所を聞いたことはない?」
「不屈獅子の塔には不思議な話が沢山あります。それ以外にも、針葉樹も満足に生えないモンスターが増え続けている荒れ地も何箇所か……」
やっぱそれなりにあるよな。
ホクバのやりそうなことも聞いてみよう。
「なるほど。後は、闇ギルド関係でホクバの組織が行っていたことを何か知っていたら教えて欲しい」
「各地の闇ギルドにもスパイを送り込んでいるようです。潜入工作員を密かに【梟の牙】へと潜り込ませていたが、何者かに殺されたとホクバは悔しそうに語っていました」
へぇ、ん? 梟ってまさか……。あの二剣使いではないだろうな?
そのタイミングで屋敷に到着した。
「ここが屋敷だ」
「わぁ……」
ネレイスカリは大きい門に驚いている。
俺はその大門の下で、懐からアーレイとヒュレミの陶器人形たちを取り出す。
猫ちゃんズへ魔力を注いだ。中へ猫たちを解き放つ。
「ンン、にゃぁぁ」
早速、軍団長黒猫ロロディーヌがアーレイとヒュレミたちへ命令を下す。
「ニャオ」
「ニャア」
指示を受けた猫ちゃんズは、四肢を躍動させながら庭の一角へ向かった。
すると、荒ぶる牛のように厩舎の木製扉を胸で勢いよく弾いたポポブムが、法螺貝を鳴らしながら登場し、庭を走る猫軍団を追い掛けていく。
『閣下……』
『分かっている、ヘルメも楽しみたいんだろう。いってこい!』
『はいっ!』
左目から液体化したヘルメがスパイラルしながら出た。
庭に着水した精霊ヘルメ――下半身は液体のまま水飛沫を周囲に発生させつつ進む。
上半身は美しい女体、下半身は水だが、水が泡を吹きながら凄まじく内側で回転していた、常闇の水精霊ヘルメだから可能な移動方法だろう。
「わぁ~、精霊様のお帰りです!」
「水飛沫に虹が混ざっています」
「凄いっ、追いかけましょう」
ヘルメ教の信者と化した使用人たちも庭に生えている大樹の片方に向けて走り出す。
大樹の周りで楽しそうに猫軍団が走り、ポポブムが法螺貝のような鳴き声を発して、頭部を前後させながら、猫を追いかけて千年植物が見事に歌う。
ヘルメが音楽に釣られて水飛沫ダンスを披露。
信者と化している使用人たちがヘルメにお祈りを捧げていく。
「ボクも混ざりたいー」
「行ってこい」
サザーも走っていく。もこもこが……やばい可愛い。小柄な羊犬にしか見えない。
「我も……いや、止めておく、宿舎に戻る」
「わたしもそうしよう」
「微笑ましいですが、洗濯物を畳まないと」
寄宿舎へ歩いていく。
「……お屋敷がとても広くて驚きですが、それ以上に……神秘的な方々ですね」
ネレイスカリは精霊のダンスに魅了されたように双眸を輝かせている。
ここにまたヘルメ教の信者が……。
「精霊様、皆、楽しそう」
レベッカも、カオスな動物空間を眺めながら語る。
「混ざりたいなら参加費を頂こう」
「なんでわたしだけ金を取るのよ。でも、今日はベティさんの手伝いがあるから残念! お金は払えないの」
「売り子さんか。ベティさんに宜しく」
「うん。ところで今日の地下オークション? という謎のオークションに初めて参加したけど、凄く楽しかった」
「良かった。明日の夜に第二部だ」
お宝好きなレベッカさんなら楽しみにしているはず。
「お宝好きとして興味はあるけど行かないと思う」
「珍しい。てっきり興奮しながら、これは買うのよ! とか、言いそうな気もしたが」
「だって安くなった魔宝地図を個人で買うような代物ではないし。第一部の競売も迫力があって見ている分には面白かったけど、シュウヤに大金を出して買ってもらうのもね? それに、店の手伝いの後に行う訓練もあるから」
ポケットマネーがあるから買えるのだが。
しかし、レベッカは慎ましい考えを……明日は雪が降るかもしれない。
というか冬なので、本当に降りそうな気配がする。
そんなことを考えながら、
「……確かに訓練は大事。蒼炎神拳の伝承者として世紀末を生きる者は厳しい訓練に耐えなきゃならん」
冗談っぽく語るが、光魔ルシヴァルの血とハイエルフの血のケミストリで身体能力が跳ね上がっているのは確実。
「伝承者なの?」
ユイが俺の冗談を真に受けたのか真剣な表情で聞いている。レベッカは、
「蒼炎神の血筋は引いているらしいけど、そんなだいそれたモノじゃないわよ、ただ、蒼炎の拳なら――」
と語り、ユイの言葉に同意するように笑顔のままクルブル流の型を披露。
拳を前に突き出す。小さい拳はオーラのような蒼炎で覆われている。
蒼い炎は綺麗に揺らめいていた。エヴァが目を輝かせて、
「その拳カッコイイ!」
「ありがとエヴァ。でもね? 実は――クル、――ブルッ、この正拳突きしかないの。だから、皆みたく、器用に戦えなかったりする」
「前より強くなっていることは確か。わたしも紫魔力で拳を作ってみる――」
エヴァはレベッカの蒼炎の拳を、直の手でぺたぺたと触ってから全身から紫魔力を放出。目の前で、その紫魔力で粘土を弄るように不思議な紫の拳を作り上げていた。
しかし、エヴァがレベッカの蒼炎を纏う手を直に触っても、特に燃え移ったりしなかったのは、レベッカが敵と味方を識別しているからなのか?
俺がそんな疑問を考えていると、エヴァが作った紫色の拳へ、レベッカが蒼炎を消失させていた白魚のような手を伸ばす。
「――この拳のようなモノは、大きいけど、ただの魔力でしかないようね」
エヴァの作り出した拳状の紫魔力はあくまで見た目だけか。
レベッカの指は紫魔力の中をすり抜けていた。
よく見ると、エヴァの作り出した紫の拳……少し卑猥な形かもしれない。
「仕方ない。シュウヤの歪な魔力の手のように物理的な実体化なんて難しすぎる」
エヴァは俺の心を読んだように舌を少し出してから、微笑していた。
「そりゃそうだ。<導想魔手>は苦労の末に獲得したスキルだからな」
「あの不思議な魔力の手、便利よねぇ」
「ご主人様は、時々戦いに混ぜていますね。かなり応用範囲の広い優れたスキルかと」
「<魔闘術>魔力操作が凄すぎる故のスキルでしょ? 蒼炎だってあんな器用な事はできない」
「<魔闘術>でさえできる人とできない人も居るんだから、呆れるほどの戦闘民族よね?」
「ん、魔力操作なら自信があったけど、シュウヤを見て学んだ。上には上が居る」
エヴァはユイの言葉に頷く。
すると、彼女の紫色の魔力が俺の身体を包んでいった。
「……エヴァ、紫魔力が俺を包んでいるが……」
「ごめん、シュウヤの事を考えていたから」
「シュウヤの髪の毛が逆立ってるー」
人差し指を伸ばして、俺の髪の毛を指摘しているレベッカさん。
「天然のエヴァ魔力で髪の毛を整えよう」
にこやかに語りながら手櫛で適当に髪を整えていく。
「ふふ、可笑しなシュウヤ。それじゃもっと話していたいけど、ベティさんが悲しんじゃうからね」
「ん、いってらっしゃい」
「蒼炎継承者よ、さらばだ」
「またね」
「またです」
「うん、お姫様もまた」
レベッカは皆へ向けて笑みを浮かべてから、華麗に踵を返して風を切るように走り出した。金色の髪が背中に靡いている。
「わたしも第二部には行かない。ディーのところで仕込みの手伝いがある」
「了解した」
「ん」
エヴァは魔導車椅子に座ったまま天使の微笑を浮かべると庭を進む。
「お姫様ついてきて、案内するから」
「はい」
ユイは黙っていたネレイスカリの手を取り、エヴァが乗る魔導車椅子を片手で押していった。
「紅茶でも飲みましょう」
「ん、姫様も気に入る、とっておきのお菓子を用意する」
「もしかして、レベッカの
「ん、レベッカには
「うん」
ユイとエヴァはそんな秘密めいたお菓子会話を展開。
バリアフリーの坂を踏みながらテラスに上がった。
姫様は笑顔で応対しているが、はて? と考えていそう。
さて、俺は……紺碧の百魔族と話をしよう。
ヴィーネの隣で、ムスッとした表情だと思う不思議な紺碧顔を見つめながら、
「さて、まずは名前を聞いていなかったから教えてくれ」
「我の名はアジュール・ツイツクンック・ミリノミムリアンだ。主人」
ツイツクンック……。
ツクツクツイィーンとかに改名したい。
しかし、これだけはいえる。その名前は世界に一つだけだろう。
「……ビアより短いけど、咬みやすい名前だ」
「好きなように呼んでもらって構わんぞ」
ここはシンプルに。
「なら、アジュールと呼ぶことにする」
「了解した。我はアジュールだ」
「アジュール、剣が扱えると聞いていたが、覚えているスキルを教えてくれ」
アジュールは環に備わっている眼球たちを、それぞれ四方八方へ蠢かせながら奇妙な唇を動かす。
「<乱斬り>、<乱組み>、<蹴兎>、<剣鬼>、<突剣>、<柳斬り>、<暦斬り>、<漣>、<斬捲り>、<空蝉>、<四突斬>、<蒼百眼速>、<眼竜砲>、<百眼嵐>が使える。戦闘職業は<怪蒼剣師>である」
スキルの名からして強そう。即戦力だ。
「剣を与えたら大切にするか?」
「勿論だ。そして、主人の命令を忠実に実行しよう」
「それならば……」
アイテムボックスからランウェンの狂剣を取り出した。
いずれは俺が使おうかと思っていたが……。
クロイツが使っていた毒々しい波紋を見せる
「これを受け取れ。製造者は魔界八賢師ランウェン。そのランウェンが作り上げた魔界六十八剣の一つ。魔界大戦時に於いて、狂乱した魔界騎士ハザンが愛用。無数の上等戦士、魔界騎士、一部の魔界公爵を斬りあげたという伝説がある。と知り合いの凄腕アイテム鑑定人が教えてくれた。それと、狂乱の魔界剣士ハザンが生み出したといわれる<剣凪・速王>を獲得する可能性があるそうだぞ」
ランウェンの狂剣を差し出すが、アジュールは四つの腕を動かさない。
環に並ぶ眼球たちは焦ったような動きを示していた。
「……主人、我にこれを授けてくれるのか?」
「遠慮は要らない。因みに俺は槍使い――」
ランウェンの狂剣を庭の土へ刺してから、右手と左手に魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを出して見せてあげた。そのまま、掌の中で魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを回し続けてペンマジックを行うように指の間に魔槍杖バルドークと神槍ガンジスの柄を通し、指の間から甲へ移動させた。両腕を少し傾けた、前腕に移動していく魔槍杖バルドークと神槍ガンジスで遊ぶように肘から二の腕を移動していく。
背中に両腕を回した勢いで魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを回しながら交差させていく。そこに、
「閣下~、訓練ですか~?」
両手から水を放出中の常闇の水精霊ヘルメの声だ。槍の動きを止めず、
「――違うから、そのまま水をロロたちに浴びせてあげてなさい」
「はい~」
ヘルメの返事に笑顔で応えながら、楽し気に水を撒き散らすヘルメから視線をアジュールに戻した。
「アイテムの価値が高すぎると思っているなら、気にするな――いやなら知り合いの鍛冶屋に出向いて、アジュールに合う武具を探そうと思うが、どうする?」
「……主人の気持ちを受け取ろう。大切に使わせて頂く」
そのタイミングで、風槍流の流れを汲む……自己流の槍の妙技で動く魔槍杖バルドークと神槍ガンジスをスムーズに柳の枝を感じさせるように両手から消失させる。
アジュールは、両手から瞬時に武器を消失させたことに驚いていた。
驚く仕草、癖なのか、眼球たちが横回転している……面白い。
アジュールは驚きながらも少し長い首に備わった環の頭部を縦に動かして頷いてから、そぞろ歩きで地面に突き刺さっている緑の魔剣に近寄ると、その魔剣の縦長の柄巻きを掌で掴んで持ち上げている。環の縁に備わっている眼球たちが蠢く。
ランウェンの狂剣の刃紋を確認。魔剣のことを一点に注視する様に圧倒された。
遺伝子の発現パターンもまったく違うのだろう。エピジェネティクスの構造、昆虫の枠組み、構造的進化論を超えた生物の多様性を感じさせる光景だ。
改めて、環の真ん中にサッカーボールが入るぐらいの穴が丸く空いているのを凝視。
……本当に凄い。尊敬の眼差しでアジュールを見つめながら、
「……アジュール。俺は冒険者だから、迷宮、訓練、各種冒険にアジュールを連れていくかもしれない。しかし、当分の間は、この屋敷の警備をしてもらう」
「警備なら任せろ。門番の仕事なら経験がある」
彼は自信あるのか、片腕を胸に当て、もう片腕で二の腕を見せながら力瘤を作る。
「そうなんだ。なら期待できる。それと、この屋敷に来たから分かっていると思うが、メイド長を含めた使用人たち&ポポブムに魔造生物の猫たちと一緒に暮らしているから、彼女たちの買い物も護衛がてら手伝ってあげてくれ」
「了解した」
「それじゃ、専用の部屋を今作る」
「……今?」
「そうだ」
<邪王の樹>を意識しながら魔力を消費。腕先から樹木を誕生させる。
大門の横へ樹木を伸ばし小屋の内装を考えながら作成した。
バルミントの家よりは大きい。テーブル、椅子、寝具が付いたワンルームだ。
「驚きだ、主人……」
「食事は使用人たちに用意させよう。アジュール、外の見回りも頼むぞ」
「――偉大なる主人。我に任せてくれ」
アジュールは小屋をあっさりと作ったことに感動したのか片膝の頭で地面を突いて環の頭を下げてきた。そのアジュールに手を出して、
「アジュール。そんな形式の挨拶はいい、立ってくれ」
「気さくな敬服に値する主人。百魔族の頭首になれるぞ」
「なんだそりゃ、そんなのいいから立ち上がれ、ほらっ」
アジュールの腕を強引に掴んで立ち上がってもらった。
「それで、紺碧の百魔族と呼ばれているようだが、どうしてだ?」
アジュールの眼球たちが一途に俺の姿を見つめてくる。
「紺碧島ジェルグンラード。百の魔族たちが暮らす島の総称だ」
島。蒼鱗の皮膚的に南海をイメージするが……。
「島か。どうして奴隷に?」
「島を出て海運都市リドバクアにたどり着いた。そこからソクテリア、セスドーゼンと渡り歩いて、ロシュメール遺跡と繋がっているとされる古の遺跡迷宮に向かう隊商の護衛を頼まれたので了承したのだ。しかし、シャプシーという幽体モンスターに遭遇。我以外の全員がその幽体に取り憑かれてしまい対処を知らぬ我は、対応に遅れた結果……皆、死んでしまった。その責任を騎士団に取らされた」
「とんだとばっちりだな」
「我もそう思う。騎士団の人族を多数屠ったのだが、多勢に無勢で捕まってしまった。それから奴隷になったのだ」
多勢……奴隷にされてしまう訳だ。生きているだけでも奇跡かもしれない。
「よくわかった、これからは守りのアジュールとして過ごしてくれ」
「了解した。主人に感謝しよう。早速だが、この辺りを見て回る。許可をくれ」
「仕事熱心だな。いいぞ、許可しよう」
アジュールはヴィーネへ向けて紳士的に環の頭部を下げる。
その環の頭部を上げると、環に納まっている沢山の眼球たちが新しい家を見つめては使用人たちとヘルメ、ロロディーヌ軍団が戯れる庭の様子を眺めてから大門の方へ歩いていった。ヴィーネを見て、
「戻ろう。姫様と皆でまったりと過ごすか」
「はい、お傍に居ます」
明日の夜は地下オークションの第二部。
魔王の楽譜を狙うとして、他にどんなアイテムが出品されるか楽しみだ。
オークションの後には、レザライサと会う約束もある。
姫は屋敷に残して行くつもりなので、護衛に血獣隊をつけておくのも忘れない。
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