二百九十二話 黒髪対決
◇◆◇◆
ここは砦内。
間口が広い古風な木柱が並ぶ暗い場所。
剣戟の音が響く。今も剣を振り合い戦っているのは、黒髪の人族とエルフ。
二人は剣の間合いから少し離れた。
片方の黒髪の男は片頬を上げてニタリと嗤う。
「エルフ、やるじゃねえか」
と喋るとエルフは眉を潜ませる。
黒髪の男の己を嘲笑しているような顔を見て、怒りを見せるように睨んでいた。
そして、黒髪の男の剣法の隙を見抜こうと視線を鋭くさせながら、刃渡りが広い魔剣を傾け、柄の握りを変えつつ黒髪の男の背後を見る。
エルフは、
「……お前の背後にいる女たちは参加してこないのか?」
と、黒髪の男の仲間と分かる女たちを指摘した。
手を出して来ない女たちを警戒しての言葉だった。
黒髪の男は、
「そうだよ――」
エルフに同意する言葉を吐き捨てるや――。
前傾姿勢で前進。
男はエルフが瞬きする間もなく間合いを零とする。
闇を纏った魔剣がエルフの左脇腹に向かった。
エルフは素早く、その横から迫る魔剣に反応――。
銀色の刃を斜めに傾け魔剣の黒刃を受け、そのまま刃の表面を滑らせるように流した。
銀剣の上を滑りゆく魔剣の刃から白銀の斑火花が迸り、硬質な金属音が響く。
「――ちっ」
「これほどの剣の腕、闇ギルドにもそうはいない。闘技上がりの飛剣流か?」
「半分正解ってとこか――」
互いに間合いを保ったかに見えた瞬間、再度、両者が残像を生むような所作で斬り結ぶ。
二振りの黒の魔剣と銀の魔剣が宙空でクロスしながら激突していた。
四つの剣が、何合と必殺間合いで打ち合う。
砦内部に大気が震えるような音と魔力光を撒き散らす。
そんな凄腕の剣士や剣師と呼ばれる強者の戦いを、見守る二人の女性が洞窟の奥にいる。彼女たちは凄腕同士の戦いには参加しようとしない。
と片方の黒髪の女性は背後の闇に消えるように姿を消していた。
姿を消さず戦いを見守る黒髪の女は左目に魔力が集積した。
と魔眼を発動させる。瞳の中は白濁した魔力で渦を巻いていた。
その魔眼を使用しながら、冷めた表情のまま静観していた。
エルフと戦っている黒髪の仲間がやられることは無いという分かりきった顔。
それは黒髪の男の剣の腕を信用しているだけではない。
魔眼の能力の一つで、エルフの能力をある程度把握することが可能だからだ。
その視線を受けている黒髪男とエルフの戦いはまだ続く。
打ち合いに飽きたような表情と変化した黒髪の男。
視線でフェイントを行いながら、
「黒柳――」
技の名前を喋りながらの途中で、縦から斜めに軌道を変えて振るった剣刃をエルフは半身の態勢で器用に避けると、エルフの横にあった柱に魔剣の刃が当たり柱は切り裂かれた。
柱が斜めにずれ落ちていく音を立てながら、石畳の上にも鋭利な切り口を残す。
エルフにも柱が倒れる音は聞こえていたが、エルフは動じず、その避けた態勢で、右手に握る銀剣の切っ先を黒髪の男の胸元へ向かわせる。
しかし、黒髪の男は独特の嗤い顔を作ると、反対の手に握る黒剣を傾けた脇構えで銀の剣突を往なしていた。
剣突を往なした黒髪の男は後退。
間合いを保つと、独特の二剣の構えを取り、黒い魔力を全身からオーラのように放出させていく。
「……エルフ、お前も強いが俺は更に上をいく。キュズレの加護持ちだ。相手が悪かったな」
黒髪の男は自信が奥底深く沈着している言葉と態度。
その直後、黒髪の男は突貫、両腕に魔力が集結していく、徐々に速度が増す二振りの魔剣。闇色の光の軌跡を残しながらエルフの防御軌道を描く銀剣と宙で衝突した。
一合、二合と、互いに不世出の剣士による打ち合いの最中、黒髪の男自身が、先ほど述べた言葉通りの有言実行を行うが如く、体の残像を生み出して一段階人の限界を超えるような加速を見せる。
同時に両腕に集まっていた魔力が爆発したような閃光が生み出された。
黒髪の男が持つ<
彼の両腕から放たれた空間を振動させる黒き波動がエルフを襲った。
エルフは黒き波動に包まれると、眩暈が起きたように二剣の間合いが不自然に狂ったエルフの銀剣が空を泳ぐ。
その瞬間の隙は致命的。
「――ぐあああ」
エルフは気付いたら片腕が斬られていた。
斬られた片腕は綺麗な断面図を見せながら急回転し鮮血がシャワーのように迸る。
エルフはそのまま風圧めいたモノを全身に感じ取り、背後に吹き飛ばされていた。
更に、中で血の雨を作り出していたエルフの片腕を塵のように切り刻む黒髪の男。
エルフの片腕に握られていた銀剣は中空で柄を軸に回転。
黒髪の男はその銀剣へ向けて回し蹴りを放つ。
蹴られた銀剣は、砦の天井に突き刺さった。
「――ふはははっ、波動の力はどうだ? ま、答えられないよな? これで止めだ――」
嗤い、醜い愉悦の表情を浮かべている黒髪の男は右手に握る魔剣をエルフへ向けた。
◇◆◇◆
俺とフランが向かった先で激しい剣撃音が響いてくる。
二剣持ちの黒髪の男がエルフを吹き飛ばし、止めを差そうとしているの現場だった。
急遽、《
腕の大きさの氷矢を無数に俺の目の前に生成させる。
氷矢の先端の鏃は、白色に輝く鏃だ。
その氷槍のようにも感じる氷矢を、柱の隙間を縫うように黒髪の男の下へ飛翔させていく。
黒髪の男は身に迫る魔法に素早く反応していた。
感知系のスキルでもあるのか?
彼は視線を鋭くさせながら黒剣の切っ先を向けていたエルフの下から離れて、自身に迫る氷矢を弾き斬りながら後退。
背後にあった柱を利用して、俺の氷矢の遠距離魔法を防いでいく。
黒髪の男に注意しながら俺とフランは間口が広い中央に躍り出た。
「――キリエ、新手だ気をつけろ」
「エルフと同じ特殊部隊員かしら?」
「さあな、だが、エルフと同じ部隊なら強者だろう」
「片方は黒髪、あ、逃げられた原因の赤髪も居るじゃない。相手はエルフじゃないけど、大丈夫?」
「はっ、俺にいう言葉じゃねぇ」
「そうだけど……」
「けっ、顔はいいくせにタマキみてぇに陰氣くせぇこといってんなよ」
耳障りな男の喋りがかんに障るが、片腕を失っているエルフの下に向かう。
回復ポーションを、苦しんでいるエルフにかけてあげた。
「大丈夫か?」
「ありがとう……だが、同じ黒髪か?」
「勘違いするな、そこに赤髪も居るだろう?」
「フランの仲間か……」
安心した表情を浮かべているエルフ。
彼が血長耳の乱剣キューレルか……。
片腕を失っても、目付きは鋭いままだ。
「同じ黒髪が相手か」
振り返りながら、柱の影から俺たちを窺っていた黒髪の男を見つめる。
その背後に黒髪の女もいる……。
本格的に戦う前に、念の為、イモリザを意識。
第六の指は焦げ茶色の板の間に落ちて、イモリザと化していく。
続いて、懐から二つの猫人形アーレイとヒュレミも取り出した。
その陶器人形に魔力を込めると、アーレイとヒュレミは、瞬時に大虎の姿となる。
「ニャア」
「ニャォ」
大虎たちは喉を鳴らしながら可愛い猫声を鳴らして俺の足元に座った。
「お前たちはイモリザと共に周囲に備えろ。あそこに居る黒髪たちは敵だ」
「ニャァ――」
「ニャォ――」
俺の言葉を認識したアーレイとヒュレミの魔造虎たち。
聞き分けのいい大虎たちは、イモリザの変身完了を待たずに、黒髪の女の方へ迂回しながら走っていく。
肉食獣を野に放つ。
「おいおい、新手の正体はサーカスかァ?」
「タケ、合流しとく」
黒髪の女は虎の動きを察知したのか、前に出て二剣使いの男と合流していた。
「お? キリエが珍しいな……まさか上位鑑定眼を弾く相手なのか?」
「……うん」
あの左目が魔眼か? 白く濁っている。
「ほぅ、そんな相手が……フロルセイル以来か……」
魔槍杖を右手に召喚しながら、
「フラン、後ろのキューレルを拾い、建物の外に居る俺の仲間たちと合流しとけ」
「……了解」
フランは俺の実力を知っている。
だが、何かを言いたげな顔を浮かべているのは分かった。
「……」
俺は黙って視線と僅かな顎の動きだけで、早く行けと指示を出す。
「分かった」
赤髪を僅かに揺らし女らしい表情を浮かべたフランは、血長耳のキューレルに肩を貸すと一緒に外へ歩いていく。
「使者様ー敵はあの黒髪ですかー?」
場違いな声で聞いてくるイモリザ。彼女が誕生していた。
細筆で書いたような眉と青い目。ココアミルク肌の女性の姿だ。
臍も相変わらず出ている。
「……そうだ」
イモリザを視界に捉え喋りながらも警戒は怠らない。
……掌握察だと、柱の奥に僅かな魔素の感覚がある。
隠蔽しているが、魔力操作を扱う技術は低いか?
他にも隠れている奴が居るのは確実……<
――匂いで丸分かりだ。柱の影に女だ。
「奥にも一人隠れている女が居る。気をつけろ。遠距離型と判断した」
「分かりました」
「……おいおい、どんな気配察知スキルだよ。タマキが隠れているのを発見しやがった。かなり距離がある筈だぞ……」
男の声が響くが、無視。
イモリザはすぐに銀髪の形を扇状に展開させて大きな盾を作ると、自らの前に置いていた。イモリザはくるっと横へ一回転してから胸を張る。
細い手を泳がせながら小さい魔法陣を宙に描き、その魔法陣の表面から幾つか<魔骨魚>を生み出していた。
更に、左右の腕の肘を四十五度位の角度に曲げつつ指揮棒を振るうように動かしていく。
魔力を纏わせた指先で、新しい小円の魔法陣を二つ描いてから、その小型魔法陣の表面を爪繰っていた。
魔法陣と宙を漂っていた骨型魚たちはリンクしている。
骨魚の頭蓋骨がピカッと光り、眼窩に光が灯ると、宙を泳ぐ速度をあげていった。
「……使役している銀髪女も生み出しているし、あの骨魚は、異界獣と同じ代物と鑑定では出ている」
「骨魚だけ見えてもな……虎の方はどこにいった」
「視界にないと見えないのは知っているでしょ、きっとタマキの方よ」
解説しているが、俺は構わず彼らの下へ歩いて近付いていった。
「来るか……キリエ準備しろ」
「うん」
黒髪の男がリーダー格と判断。独特な構えで二本の魔剣の切っ先をこちらに向けている。
二つの魔剣の刃は歪な形だが、魔力がかなり内包されている、切れ味は良さそうだ。
一方でキリエの左目は……眼球から白いシャボン玉のようなモノを生み出していた。
そこにイモリザが生み出した<魔骨魚>の骨魚の幾つかが、キリエと黒髪の二剣使いの男に襲い掛かっていた。
「……ちっ」
舌打ちした黒髪の男は<魔骨魚>を避けようと左へ走り出す。
「任せて」
キリエはそういうと、無数のシャボン玉を<魔骨魚>たちに衝突させていく。
シャボン玉は粘着性があるらしく、割れずに骨魚の<魔骨魚>を包み込むと、シャボンの中に閉じ込めてしまった。
……あの骨魚を見る度に毎回乗って見たいと思わせるが、戦闘が終わる度に忘れてしまう。
さて、そんなことより、キリエの事はイモリザに任せよう。
俺の相手は横へ走って骨魚を回避している黒髪だ。
前傾姿勢で突貫――狙いは銅系と思われるアーマーの腹――。
魔闘脚で素早く黒髪の男と間合いを詰めた。
左足で板の床を踏み込む。体幹の筋肉を活かす。
腰を捻りすべての筋肉から伝搬した魔力と力を魔槍杖バルドークに移すように、右腕を前方へと捻り出した。
紅矛と紅斧刃が螺旋を描くように回転していく<刺突>を繰り出した。
黒髪の男は片手に持った魔剣で、宙に二の字を描く軌道で対応。
螺旋している紅矛に魔剣を衝突させて<刺突>を防いできた。
彼は片手の魔剣の黒刃で<刺突>を防いだ直後――。
表情を歪ませて足裏を滑る歩法で身を退いた。
どこかで見たことのある歩法だ。
「マジかよ。なんつう重い……」
黒髪の<刺突>を軽々と防いで見えたが、手が痺れたらしい。
だが、黒髪は目が嗤っていた。
そこに、奥から僅かな魔素の
瞬時に、全身に魔闘術、血魔力<血道第三・開門>――。
身体を急加速状態で初めて捉える事が出来た
急ぎ身を仰け反らせて、その黒鏃を避ける。
だが、俺は鼻先が削られて抉り取られた――イテェェェ。
額も掠り大きな切り傷を負う。と、その瞬間、血に染まる視界の中、二剣使いの黒髪が濃い闇色の光を生み出す剣突を俺の胴体に伸ばしてきた。
異常に素早い。が、狂眼トグマの方がまだ速い。
俺は痛みを我慢しながら片足を下げて、半身の態勢に移行し、冷静に黒髪が繰り出してきた剣突を避ける。
ハルホンクに黒刃が掠ると、緑と黒の火花が散った。
「なんて反応速度だ。しかも、タマキの絶命弾を避けた奴を初めて見た……」
距離を取った黒髪が二剣の構えを取りながら呟いている。
しかし、先ほどの矢は凄かった。
ここが戦場ではなく街中で油断していたら、確実に、今の矢を頭に喰らっていただろう。
タマキという女は弓の名手か……。
「メラド神の祝福を受けた絶命弾を避けるとはね……タマキ泣いているかも。それより、邪魔な骨魚は全て封じたから、タケ、いつもの――」
「骨魚だけじゃないんですよー♪」
動きが鈍い側転をしているイモリザの声だ。
華麗な立ち居振る舞いとはいえない動作で立ち上がりながら腕をキリエへ向ける。
黒爪の指先がキリエを捉えた状態だ。その五つの黒爪がぐんっと音を立てて宙に弧を描きながら伸びてキリエに向かう。
キリエは、黒爪を避けようと左目から生み出していたシャボン玉の中に自らの体を入れていた。
綺麗にすっぽりとシャボン玉に入ったキリエ。
宙に浮かびながら妖精にでもなったように、自身に迫る黒爪たちを避けていく。
そこにキリエが回避する行動を読んでいた訳じゃないと思うが――。
銀髪の形を大きな扇状に変えていたイモリザが前進。
「――その玉ごとぺちゃんこです!」
大きな扇状の形になっていた銀髪のハンマーが蝿叩きの要領で振られていた。
大きな扇状の銀髪がシャボン玉に包まれたキリエと衝突し、シャボン玉は扇型に大きく歪んで後方へ吹き飛んでいく。
一つ、二つの柱を吹き飛ばしながら跳ね返り止まっていたシャボン玉。
その形は凹凸が激しいが僅かに円形に保たれている。
防御系能力はかなり優秀らしい。
当然、シャボン玉の中に居たキリエも無事だ。
しかし、衝撃は殺せないのか、頭をぶつけたらしく手で頭を押さえている。
その間にも、タケと呼ばれていた黒髪の二剣使いは、独自の歩法で呼吸を整えながら横を歩いていた。
じりじりと足裏を動かしタケの動きに対応。
そのまま魔槍杖バルドークを背に回し、左手を黒髪のタケに向け風槍流の構えを取った。
「――きゃぁぁ」
奥から女の悲鳴が聞こえてきた。俺に矢を放ってきたタマキの声?
アーレイとヒュレミに喰われたか?
「タマキ!」
二剣使いは油断したのか名前を叫ぶ。顔の向きも変えた。
――チャンス。黒髪のタケの脇腹へ魔槍杖バルドークの矛を伸ばし<刺突>を繰り出す。
ところがタケは自身の速度を上昇させて、俺の刺突を回転しながら避けてきた。
そして、コンマ何秒も掛からず――。
タケは、俺に掛かったな、と言わんばかりの表情を浮かべて、両腕に魔力を溜めた刹那――。
その両腕から魔法を放つ、魔法は、衝撃波か――避けようのない波のような衝撃波を全身に喰らった。
視界がぐらつく。黒髪のタケは畳み掛けるようにトグマ並みの速度で間合いを潰し、魔剣を振るう。
急遽、盾代わりに魔槍杖バルドークを斜めの下に伸ばし、地面を刺す。
黒髪のタケが操る二剣の薙ぎ払いを柄で受け止めた。
床に突き刺した魔槍杖バルドークを足代わりに――柄の握り手を意識しながら跳躍、魔槍杖バルドークを支えに懸垂を行う要領で体を横に傾けながら体を捻り回しタケの首へ延髄蹴りを狙う。
タケは己の首を黒い剣で隠すような体勢でアーゼンブーツの蹴りを受け止めると、俺の蹴りの勢いを逆に利用するように――。
左へ跳んで柱へ飛ぶと、その柱に両足で蹴って三角飛びを行ってきた。
黒い稲妻を彷彿とさせる剣先が顔面に迫る。
と<魔闘術>を意識し強めて、己の速度を上げながら右回りに横回転――。
タケの剣突を紙一重で避けた、が、ハルホンクの襟が焦げて燃える? 首に痛みを覚える。
黒髪のタケが引いた魔剣の刃を観察すると、横に刃が無数に生えていた。
刃に俺の肉片がこびりついていた。
アレのせいか。ギミックがあるようだ。
それに黒髪のタケの右目が魔力を帯びてチカチカと光っている。
キリエと同じく片眼のみだが、身体加速を促す魔眼系も持つのか?
二振りの魔剣を独特の構えながら間合いを計る黒髪のタケ。
床を刺していた魔槍杖バルドークを両手で捻り回しながら全身の筋肉を意識し<豪閃>を発動。
振るった魔槍杖バルドークごとぶつけるように、黒髪のタケの脇腹へ紅斧刃を向かわせた。
黒髪のタケは左手に握る魔剣を宙へ縦に置くように、刃を紅斧刃に衝突させて、魔槍杖バルドークを弾いてくる。
タケの腕の筋肉が膨れて見えた。
独特な体を持つ。タケは、流れで、右手と左手が握る魔剣を袈裟切りから横へ素早く振るい続けて前進してきた。
両手に持った魔槍杖バルドークで上部と下部に打ち分けられてくる黒い斬剣を防いでいく。
防ぐ度に火花が発生し、弾かれた魔剣が衝突した際の衝撃で砦の床板が捲れていった。
黒髪が操る二剣の動き、かつて戦った青銀のオゼを超えている。
二剣だがトグマ、ルリゼゼたちを彷彿とさせる四つの腕を持つような剣捌きだ――。
これは真似が出来るレベルではない。
その二振りの黒剣がフェイントを交えた軌道から、虚空ごと断絶するように急角度で打ち下ろされてきた。
急遽、左手から神槍を召喚させ、魔槍杖と神槍を目の前クロスさせるように掲げ持つ。
魔剣の打ち下ろしを防いだ。
四つの武器から生み出された火花といえない紫と黒の凄まじい火蝶斑が、宙に舞い散った。
鍔迫り合いとなったが、力なら俺の方が上――二本の槍を前面に出し、力で押し弾く。
「ぬぉ――」
黒髪のタケは驚いた声を発しながら、身を退かせた。
そこへ左手に握るガンジスの月型矛を黒髪のタケの胸へ伸ばす。
続けて、右手に握ったバルドークの紅矛<刺突>を黒髪のタケの腹へ伸ばした。
黒髪のタケは落ち着いた表情を維持。
二つの魔剣を胸前で交差させるように扱い、俺の神槍と魔槍杖による槍突を着実に防ぎながら後退を続けた。
ルリゼゼじゃないが、後退は愚――追撃する。
前傾姿勢で、膝をぶち当てるイメージで左の腿を勢いよく持ち上げてから、魔脚で駆けた。
槍の
「闇の技術もあるのか――」
黒髪のタケは呟きながら、片方の魔剣に魔力を込めると魔剣の剣身を幅広の形に拡げる。
その拡げた剣身を盾のように扱い、紅矛の<闇穿>に正面から衝突させる形で防いできた。
そして、広がっている魔剣を回転させ真っ直ぐと伸びている魔槍杖を下方へ押さえ込んでくる。
膨らんだ腕の力を生かすように、魔槍杖バルドークを力で封じようとしているらしい。
「――お前、相当な槍使いだな?」
魔槍杖を押さえた事で余裕を感じたのか、タケは話しかけてきた。
俺はその言葉に答えず。
左肩に乗せていた神槍ガンジスの握り手を後部にずらしながら、その神槍を大きく左横から振るう。
宙に扇状の軌跡を残しながら月型穂先を黒髪の脇腹辺りへ向かわせた。
黒髪のタケは右手に握る魔剣の刃を斜に構えて対応、ガンジスの薙ぎ払いを衝撃波を喰らいながらも、あっさりと月型の矛を弾いてくると、左の柱へ逃げるように走り出す。
間合いがまた保たれた。
「……すげぇ武芸者だ……二槍流とか痺れるぜ。お前モテルだろ?」
タケは嗤いながら変な事を聞いてきた。
彼は俺の瞳を見つめてくると……ニタリと顔をまた歪ませる。
「女は好きだな」
「……俺もだ。しかし、戦国乱世のフロルセイルの戦場でも、俺のエクストラスキルを用いた連撃で生きた奴はいなかった。しかも、掠り傷のみで、もう回復を果たしている……どこまでの回復スキル持ちか不明だが、ここまでの強者はこの世界に来て初めてだ」
「フロルセイルとやらは戦国なのか」
黒髪の男タケは、眉をぴくりと反応。
口を動かしていく。
「黒髪でフロルセイルの実情をあまり知らないとなると、現地生まれでこの強さかよ……世界はひれぇな。もしや、神王位、俺と同じ加護持ちなのか?」
「現地生まれではないな」
「だとすると、次元裂きの転生実や森の転生神ゴッデス絡みの召喚による転移者ではないのか……」
次元裂きだと? カザネが探して見失ったアイテムじゃないか。
「その次元裂きの転生実で生まれた転移者はどうなった?」
「散ったよ。各方面にな。フロルセイルに残り戦い続けている奴も居るし、俺たちのように帝国に所属している奴も居る」
「
「その通り、ラドフォード帝国は西の七王国、今は六王国だが隣接しているからな。優れた人材の流入はする。それだけフロルセイルは戦が激しいという事だ」
「よく分かった」
「ところで、名前を聞いてなかった。俺の名はヨシユキ・タケバヤシ。お前の名も教えてくれ」
「シュウヤカガリ」
「シュウヤか、特殊スキル持ちとして……元、日本人だよな?」
「その通り、お前の知る日本じゃないかもしれないが」
「――そうかい」
不意をついたつもりか、またも両腕から衝撃波を発生させてくる。
俺は魔察眼で魔力波の範囲を把握しながら、<導想魔手>を使い宙に跳躍して避けていた。
天井に頭がぶつかりそうな位置で、不意打ちのお返し《
空気中の温度が下がり、多頭を持つ氷竜が突き進む。
全身から先端が鋭い硝子の欠片が生えた身体を螺旋回転させながらタケバヤシへ向かった。
「魔法かよ!?」
タケバヤシは素っ頓狂な声を出して驚きながらも、黒魔剣を口に咥えてから、空いた片手を懐に潜り込ませる。
素早くアイテム取り出して、頭上にアイテムを掲げていた。
手に持った物は、不自然なほど明るい闇色の炎を纏った形の雲珠。
その怪しい雲珠から無数の伎楽面が生み出されて、タケバヤシの回りを囲む。
多頭の氷竜が、その伎楽面たちと衝突。
しかし、多頭の氷竜は伎楽面たちに吸い込まれるように消えてしまった。
衝撃波も生まれずか……。
高・古代竜サジハリ曰く王級と称された俺の烈級魔法を吸い込んだ伎楽面たちは――嗤い、叫びながら雲珠の中に吸い込まれるように戻っていく。
地面に着地すると――痛ッ、僅かに痛みが走る。
首に触ると血が流れていた。<夢闇祝>が反応。
ということは……あの闇炎を纏った雲珠は悪夢の女神ヴァーミナに関係する物か?
「吸い込めたか……」
黒髪は溜め息を吐きながら雲珠を仕舞う。
そこに、
「<白蛇溶解>で、その銀髪ごと溶かしてあげる――」
右の視界にイモリザと戦っている左目に白く濁った魔眼を持つキリエが、その左目から白礫を放っているのが見えた。
盾の形に変形させていた銀髪で、叩くように白礫にぶつけていたが、ぶつけた銀髪が本当に溶けている。
イモリザの身体にも白礫が当たり、身体の一部が溶けてしまった。
「うぅぅ痛いぃ」
イモリザは苦し気な表情を浮かべると、両手から黒爪を下に伸ばして身体を後方へ運んで移動。
キリエから距離を取っていた。
「もっと溶かして魂を頂こうかしら――」
キリエが嗤いながら逃げたイモリザを追っていた。
少し、心配だけど、大丈夫だろう。
あれは誘いだ。危なかったら俺に助けを求めるはず。
俺は、このタケバヤシから始末しないと。
牽制にタケバヤシの頭部へ向けて、短剣を<投擲>。
<
続けて、《
「多魔法だと? どんな魔槍使いだ――」
黒髪のタケバヤシは、短剣を魔剣で弾いてから、再度、雲珠を掲げて伎楽面を展開。
その光槍が伎楽面バリアと衝突。
光の鎖槍はあっさりと伎楽面を破壊しながら黒髪の右腕に突き刺さった。
「げぇぇ」
続けて二発の光の鎖槍が胴体と足に突き刺さる。
俺は<導想魔手>を蹴り、空中の位置からタケバヤシへ向けて間合いを詰めていく。
タケバヤシは<
そして、迫り来る氷の弾丸を魔剣で数発防いでいくが、流石に間に合わず。
防具を突き抜けた氷弾、防具の隙間を通った氷弾を身体に喰らい続けていった。
タケバヤシは身体のあちこちから細い鮮血が幾つも迸る。
そこに、俺が大上段から振り下ろしていた紅斧刃を、タケバヤシの頭部へ向かわせた。
避けることは出来ないタイミング。しかし、タケバヤシは反応――。
傷だらけの身体、血を噴出させながら魔剣を掲げていた。
二振りの魔剣の横から伸びた刃を交差させて簡易ネット作るようにして、紅斧刃を防ぐ。
「貰ったぞ! <封極の網敷き>」
タケバヤシは、スキルか魔法か分からない言葉を叫ぶと、魔剣と連動した簡易ネットが拡大。
紅斧刃を含めて魔槍の上部に闇の網に包まれてしまった。
魔法の着弾に合わせて両断を狙ったが、甘かったか。
でも、その間にも、俺が放った彼の身体に刺さっている光槍の後部が蠢き分裂し光網となった。
光網は、タケバヤシの腕、腹、足の表面を覆い網目状の傷を作りながら内部へ浸透していく。
その瞬間、タケバヤシは全身に魔力を込めてからスキルを用いたのか、光網の浸透が途中で止まっていた。
「ぐぅ、いてぇ、女神に頂いた<天賦の身>で成長している身体の筈が」
傷ついたタケバヤシは呆然とした表情で呟いているが、無視。
闇の網に包まれている魔槍杖を右手から消去させる。
「き、消えた!?」
俺は左手に握った神槍ガンジスをノーモーションで、驚くタケバヤシの胸元へ向ける。
<闇穿・魔壊槍>を繰り出した。
凄まじい勢いで回転する穂先の<闇穿>がタケバヤシの魔剣と衝突。
振動している方天画戟と似た穂先が、魔剣の黒い刀身を喰らうように削る。が、見事な防御剣術で<闇穿>は防がれた。
しかし、コンマ数秒遅れて出現した壊槍グラドパルスは違う。
タケの魔剣では壊槍グラドパルスを防げる訳もなく――。
防ごうとした黒色の魔剣ごとタケバヤシの上半身は消し飛んだ。
ミキサーに巻き込まれる異音を立てながら、ぐちゃぐちゃ巻き込まれたタケの上半身は一瞬でくり貫かれて破壊された。
下半身のみとなったタケバヤシ。
見るも哀れな肉塊の姿となった。
――壊槍グラドパルスはなおも直進。
背後にいた砦の柱を一瞬で幾つもくり貫き、突き抜けてから虚空の中へ消えていた。
タケバヤシの足の一部を覆っていた光の網は残っている。
女神から頂いたとか喋っていたが……流石に復活はないだろう。
不自然な魔力の動きはない。
そこに、二頭の大虎が走ってくる。
黄毛と黒毛のベンガル虎を彷彿とさせるアーレイ。
白毛と黒毛のホワイトタイガーを彷彿とさせるヒュレミだ。
雌虎たちは、女の体の一部を口に咥えていた。
獲物を仕留めたのを自慢するように、咥えていたものを床に吐き捨てると、
「ニャァァ」
「ニャォ」
ドヤ顔で鳴いてきた。
「よくやった」
咥えていた片腕に大きな魔道具が握られていたので、拾う。
先端部位が大きな環だが、ここから飛び道具を生み出すのか?
分からない。アイテムボックスの中に入れておこう。
「よし、イモリザのところへ向かうぞ」
「ニャア」
「ニャォ」
走ろうとした二匹の大虎はしゃがみこむ。
これは背中に乗れということか?
どちらの背中に乗ろうかな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます