二百七十五話 友と古竜たちとの別れ

 

「そうです。昔は地球の日本人」


 アケミさんの顔を見ながら日本語で話す。

 彼女の小さい耳が髪の間から覗いていた。

 ちゃんとシャンプーとリンスをしているようだ。

 髪に艶があり綺麗な髪質。


 迷宮の中に風呂とかあるのだろうか?

 そして、セーラー服だし……可愛い。 


「嬉しい……わたしも地球、鈴宮朱美、日本人です。この下に着ているセーラー服の通り軍武科に通う高校の一年生でした」


 一年生だと十六歳ぐらいか。

 でも、軍武科? 宗教系のスクールなのか? 

 よく分からない。

 そんな疑問は出さず、同郷のことを話す。


「……同郷、嬉しいですね。その喋り方だと関東地方ですか?」

「はい、大関東の帝都東京出身、東日本ですね」


 帝都? 大関東というフレーズはカザネの言葉を思い出す。

『シュウヤさんも、その喋り方からすると、前世は大関東圏、東日本の方かしら?』


 カザネは他にも、『少なからずあるわ。全員が微妙に歴史が違う現代日本から転生した点ね。それと、幼い時に病気や頭を打った衝撃で“日本人としての記憶”を突然に思い出している。共通しているのは、それぐらいかしら、この世界セラでの生まれや育ちは皆、バラバラだったからね』


 そんなカザネたちと同じ日本世界からアケミさんは転移してきた?

 それとも全く異なる歴史を歩む日本からの転移だろうか……。


 カザネ、【クラブ・アイス】のアンコ・クドウ、ケイコ・タチバナ。の転生者たちとは、また違う日本からの転移者かもしれない。


「……それが迷宮の主ですか」

「そうなんです。軍部教練の授業中……目の前の光景が突然変わってしまい、気付いたら迷宮核がある司令室でしたから……しかも周りはわたし一人だけの状況。当時はめちゃくちゃ混乱しました。魔法の結界に捕らわれたにしては、オカシイし現実的過ぎると……そして、その迷宮核と融合したとか脳内に謎のメッセージが響いて……」


 アケミさんは昔の辛い記憶を思い出したのか……。

 綺麗な瞳から涙が零れていく。


 泣き始めてしまった。


 しかし、軍部教練? 魔法? 戦争がリアルで行なわれている不思議な現代日本からの転移者か。

 その事は聞かずに、彼女の気持ちに寄り添う。


「……転移した直後ならの気持ちなら分かる。俺の場合は誰も何もない地下空間……自分の力しか頼れない状況だった……」

「地下なら、わたしと近いです!」


 泣いていたけど共通点が得られて嬉しいのか、パッと表情を変えて俺を見つめてきた。

 そして、緊張も解れたようだ。


「地下、この一階のような場所なのかな?」

「そうです。最初は一階層の奥でした」

「最初……という事は拡張を?」

「はい」

「なるほど」


 俺がそう言うと、アケミさんは、また緊張したような顔付きに戻る。

 彼女も歳を考えて……もっとフランクに話すか。


「そのセーラー服可愛いね。その服と同じように他にも日本の物は持っているのかな?」

「あ、ありがとう。嬉しい……」


 頬を朱に染める、アケミさん。


「あ、他にもありますよ! 机の中に入れないでおいた次の時間の教科書とノートが入った鞄、携帯、筆記用具とか、見ますか? 友達にも自慢していた可愛い消しゴムがあるんです、ふふ」


 消しゴムを見てもしょうがない……。

 教科書なら大いに金儲けのヒントがあるだろうけど、迷宮核と融合したとの彼女が語っていた言葉が気になる。


「……それはいいや、迷宮核と融合の事が聞きたい。最初から迷宮の主としての自覚を持っていたという感じなの?」

「はい、脳内にメッセージが響いた時は驚き混乱したんですが、予め生まれ持って知っていた感覚。自然と呼吸している感覚といいますか……最初から全部のが自然と使えていると同じ感覚で<迷宮核>というエクストラスキルがわたしに宿っていました」

「それは凄く分かる。俺もスキルを獲得した時にそんな感覚を覚えたよ」


 自然と微笑むと、彼女も笑顔を返してくれた。

 ……可愛いじゃないか。


「そのスキルを使い、スラ吉というスライムを使役することが出来たんです」

「ご主人様ー知らない言語でボクの事を話しているのー?」


 下から見上げるスラ吉は日本語が分からない。

 というか、この会話は俺とアケミさんしか分からないだろう。と、周囲を見る。


 サジハリは双眸から怪光線を放出させるような凄い形相で俺たちを睨んでいる。

 バルミントはサジハリの後ろで待機。

 そして、イモリザは戻していた銀髪を細かく伸ばして猫じゃらしを作ると、ロロと楽しく遊んでいた。


 俺も混ざりたくなるような遊び。

 アケミさんの部下にも視線を配る。


 スライムの侍と騎士の側に立つ血骨の騎士の方は、ただ黙って渋いというか骨顔で見ているだけ。

 あの胸前に浮かんでいる墨色の心臓は動いているので、不思議だ。

 一方で、ソジュと呼ばれた脳腕の方は、ぷかぷか浮きながら俺の近くに来ていた。

 脳の表面から魔眼めいたものを幾つも発動させている……。

 睥睨した眼、静かに眺める眼、黄色と白銀が螺旋を描く眼、感情がむき出しになった眼、瞬きを繰り返している眼、神秘的な色彩を見せている眼、何かの汁を出している眼、その一つ一つの眼が見た目といい魔力の質も違っていた。


 それらの不気味な眼たちが、俺と遊んでいる黒猫ロロの事を凝視してくる。


 様々な眼……。

 一体幾つの魔眼を脳内に持っているんだろう……。

 こんな部下を持つアケミさんも一見、美少女だが……実は頭の後ろに大きな口があったりしないだろうな?

 体内に蟲を飼っていたり……驚かせるのは止めて欲しい。 

 それに、迷宮の主といえば、ヘカトレイル近郊にあった魔迷宮のサビード。


 転移者だが、あの魔族と同じ魔界の神々と繋がっている可能性もあるのか?

 カレウドスコープでチェックするか?

 俺が疑心暗鬼になって彼女を見つめていると、そのアケミさんは屈んでスラ吉と視線を合わせている。


「……そうなの、今、シュウヤさんと大切なお話をしているところだから、スラ吉、今はシッね?」


 足元から可愛く見上げていたスラ吉へ『邪魔しないで』とメッセージを込めたように小振りの唇の表面に指を縦に置いていた。


「はーい」


 スラ吉は可愛い。

 でも、アケミさんというより“ちゃん”と呼んだ方がいいのだろうか……ま、さんでいいか。  

 その唇の上にある彼女の指爪の表面に注目した。


 魔力を感じるマニキュア? 

 綺麗なカラーで塗られてあった。 


「あ、この美爪術、気になりますか?」


 彼女は立ち上がりながら聞いてくる。

 俺の細かな視線に気付いたらしい。


「うん、美しい化粧だ」

「あ、ありがとうございます。でも、普通の美爪術じゃないんです」


 彼女は照れながら、両手を見せてくれた。

 魔力操作をしているらしく、全ての指に魔力を集めていく。

 同時に指の表面に見たことのない細かな文字群が現れると、その全ての爪の表面に六芒星のマークが現れていた。

 小型の紋章の魔法陣? 


 そして、右手の人差し指の爪にある六芒星の内部から半透明なモノが滲むように現れ出た。

 粘液を感じさせる半透明なモノは、中空へ伸びて一つの丸い物体となると、形を鋭い刃に変えている。


 その半透明な刃は一直線に洞窟の壁に向かい、その壁に衝突。

 半透明な刃は振動しながらも、壁に突き刺さっていた。

 ……サジハリが彼女の事を黒髪の魔術師と呼ぶ理由なのかもしれない。

 その際にカレウドスコープでスキャン――。

 内臓の位置が違うような感じだが蟲はいない化物の類ではなさそうだ。


 安心した。


 しかし、その使っていた魔法が少し違うような気もする。

 聞いてみるか。無詠唱だったし。


 右目の側面のアタッチメントを触り元の視界に戻しながら、


「……無属性か風属性? 無詠唱だし、微妙に違うような感じの印象を受けたが」

「はい、これはわたしが鈴宮家の人間だから使える独自の魔術なのです。指に対応した魔術が使えます」

「鈴宮家の人間だから魔術が使える?」

「そうです。魔術、魔法。十二名家の一つ鈴宮家で育てられましたから基本的な魔術の素養はあるつもりです。ただ、御守様と契約前にこの世界にきてしまったので……」


 十二名家というものがあるんだ。

 こりゃ、確実に俺が知る日本じゃない。


「凄いね、魔法かぁ、名家独自の魔術があったりする?」

「知っているのですか? この世界にある魔石と似たような感じで、宝石を媒介する魔術もあります」


 彼女がかつて住んでいた世界も面白そう。

 でも、今はもう関係ないので、次は争っていた原因を聞くとする。


「……話を変えるが、今、争っていたハザーン連中は、何が目的でこの迷宮に?」

「ハザーンの他にもゲロナスといった勢力がありますが、目的は迷宮核です。魔神具の一部に用いることが可能だと、昔、捕らえた魔人が語っていました」


 魔人千年帝国ハザーンとやらは、エネルギー源として欲していると……。


「……そっか、魔神具なら聞いたことがある」


 少し同情しながら話す。


「はい、色々なことに利用しているようです。ゲート魔法もその一つかと思います」


 アケミさんの言葉に頷く。


「その魔法ならサジハリも使い勝手は悪いといってた」


 日本語からサジハリと話していた言葉に戻す。


「お、やっとわたしの分かる言葉だ。それより、お前たち知り合いだったのかい?」


 サジハリが落とし穴を飛び越えて側に寄ってくる。


「いや初めてだ。たまたま故郷が同じ星だったのさ」


 歴史は違うが、同郷だ。


「そうなんです。同じ島国なんですよ。内部の戦争と外の戦争が激しいですが」


 内部の戦争と外の戦争?

 正直いうか。


「……アケミさん、正直いうと、俺の知る日本はもう長いこと戦いはなかったし平和そのものだった。同じ地球という星だけど、俺が知っている日本とアケミさんが知る日本は違うと思う。島国は共通しているようだけど」


 日本語で話す。


「そ、そうだったのですか……総理大臣は八九式戦争で活躍した菊池丘隆三ではないのですね」

「確実に違う」


 アケミさんは愕然とした表情を浮かべる。

 自分の知る日本じゃないと知ってショックを浮かべたようだ。


「……気に食わないねぇ、その言葉で話すのは止めろ。分からない」

「ンン、にゃあ」

「ガォォォッ」

「わたしも使者様の言葉がわかりませーん」

「わたしもだ。ご主人様の言語はいったい……」

「……」


 俺たち以外の全員がチンプンカンプンという顔付き。

 普通に戻すか。


「ということで共通語に戻すけど、いい?」

「分かりました……あ、あの、し、シュウヤさん」


 そう聞いた途端、アケミさんが、どきまぎした様子を見せて、顔に湯気が掛かったように赤らめる。

 違う日本と聞いて動揺したのか?


「ん?」

「突然ですが……わたしと、友達になってください!」


 彼女は顔と首を真っ赤に染め上げていた。

 そして、告白するように手を伸ばしてきている。


 動揺じゃなく恥ずかしかっただけか。

 友達、可愛いアケミさんならこっちからお願いしたいくらいだ。


 握手をしておこう。 

 希望通り、柔らかい手を握ってあげた。


「……わぁ、これが、強い、だ、男子の……」


 アケミさんは手を握りながらも、ブツブツ独り言を……。

 興奮しているらしい。ま、喜んでくれるなら嬉しい。


 友達になれたかな? 


「……おう、これで友達だな?」

「はい!」

「――にゃお」


 その握手の上に黒猫ロロのお豆型の触手が重なる。

 混ざりたいらしい。

 イモリザとの遊びを止めて足元に来ていた。


「ふふ、可愛い……触ってもいいですか?」

「いいよ、ロロが許せば」

「にゃ?」


 黒猫ロロは首を傾げていたが、天邪鬼は起こさず。

 アケミさんから頭を撫でられていた。


「……とっても癒されます……」


 彼女は片膝を地につけて、視線を黒猫ロロと合わせながら頭から背骨を撫でてていく。


 その光景を見ていた彼女たちの部下である血色の骨騎士が微笑んでから近寄ってくる。

 骨の顔だが、血色を帯びているので、微笑んでいるようにも見える。

 さっきも思ったが、あの胸から飛び出るように浮かぶ黒い心臓の紋章も気になった。

 そして、親近感を覚える血の匂いも感じた……骨とはいえ、女性型だからか?


「……アケミさんの部下たちは個性あるね」


 この骨騎士に、俺の部下である沸騎士の姿を見せたらどんな反応を示すかな。

 アケミさんは黒猫ロロとのイチャイチャを終わらせてから、立ち上がると、


「紹介が遅れました。彼女はわたしの重臣。第三階層を守る守護者の一人。ミレイ・ハルゼルマ。元ヴァンパイアロードなので、この大陸の歴史を彼女から学ぶことが多いです」


 ……ハルゼルマだと? 

 ヴァンパイアロードとか……驚きだ。

 見た目は血色の骨だが、ヴァルマスク家とは違う流れを組むヴァンパイア一族だったのかよ。

 ミレイは、元、高祖十二支族の出身という事か。


「……ヴァンパイアが骨?」


 と、俺は単純な事を質問。


「あ、不思議ですよね、まずは……わたしの事から説明します。お分かりの通り迷宮の主です。そして、迷宮の主とは、迷宮核が宿りこの迷宮と同一化……」


 えっと、アケミさん、自分の胸に手を当ててるけど……。

 迷宮核が心臓にあるという事か?

 頭とかじゃないんだ。


「……この迷宮と一体化していると?」

「そうともいえます――」


 アケミさんは床に手を当てると、魔力を床へ送っていく。

 その瞬間、イモリザが壊した入り口手前の床が新しくなって元通りになっていた。

 大きな穴だった箇所だけ穴を埋めたように、真新しい床色に変わっている。


「おぉ、凄い……これはさっき行なった鈴宮家の魔法とは違うんだ」

「にゃおおぉ」

「ガォッ――」


 黒猫ロロも驚いて埋まった箇所を走っていく。

 バルミントが追い掛けていった。

 だが、他のメンバーたちは、サジハリも含めて、当然という顔を浮かべている。


「はい、鈴宮家のとは関係がないです。魔力をかなり消費しますが、迷宮の範囲内なら天井、柱、狭い岩場といったように、色々と自由に弄れるんです」

「なるほど、まさに主」


 彼女は頷く。


「……転移した直後、この迷宮核としての力が宿り一体化したことに慣れず、途方に暮れていました……当初は受け入れる事ができませんでしたが、スラ吉に出会い……司令室という場所で<創成>というスキルを使い、モンスター同士を掛け合わせることを除々に学び、わたしに宿る迷宮核が奪われたら命をも無くなることも学びました。そこから必死に鈴宮家の魔術を生かして独自の戦いを覚えて、この迷宮に挑んでくる者たちと戦った結果、頼もしい部下が増えて今に至るという訳です」


 そのスラ吉は、新しい床を走るのに飽きた黒猫ロロにより猫パンチを下腹部に浴びていた。

 ぷにょんぷにょんと効果音が響く。 

 浮いているソジュと呼ばれている片腕と脳の物体が、そのスラ吉を守ろうとしていたが、銀髪のミルクココア肌を持つイモリザが、そのソジュに近寄っていく。


「だから、<創成>スキルを用いれば新しい配下を作れるです」

「そっか、あの腕と脳しかない部下も?」

「そうですよ。彼女も大切な側近です。魔界四九三書をよく知る彼女が居たから助かった事もあるんです。古竜様はあまり好きではないみたいですが……」

「当たり前だ、下らん幻術といい、だいたい見た目が気持ちが悪いだろう? あの頭の表面が蠢いて汁のようなものも垂れているのはなんなんだい? しかし、シュウヤカガリの使徒とやらは仲良くしているようだ……」


 ソジュの片腕がイモリザの銀髪を撫でていた。

 大丈夫か? イモリザは幻惑魔法に掛かったような顔を浮かべているが……。


「ソジュさん、気持ちいいーーー♪」

「ハハハッ、そうでしょう? わたしのこの腕は、かの天帝も欲した黒犬傭兵団を率いた英雄の腕だからね!」


 ソジュの掌にある流暢に喋る口の中に……イモリザの銀髪が入っている……あんな状態でよく喋れるな。

 しかし彼女たち? は勝手に打ち解けていた。


「ガォッ、ガォ」

「にゃ、にゃ、にゃぁーん」

「ボクの身体は玩具じゃないぃー」


 バルミントもサジハリの元から離れて、ロロの行動を真似するようにスラ吉の表面に頭を擦りつけていた。

 ロロも負けじと肉球タッチこと猫パンチをスラ吉の下腹部へ当てている。


 またも、ぷにゅぷにゅと音が響いてきた。

 スラ吉が叫んでいるが、俺も感触を確かめたい……。

 そこに、血骨騎士こと、ミレイ・ハルゼルマの変な笑い声が響く。

 四本の長細い腕を持つ元ヴァンパイアロード。

 鴉型のバックルが付いた腰ベルトの剣帯に、四つの骨剣がぶら下がっている。


 ルリゼゼと同じく四剣流の使い手?

 少し話をしてみるか。


「……ミレイさん、少し尋ねたいことがある」

「何だ? 異質な槍使い」

「昔はヴァンパイアロードと聞きましたが……」

「そうだ……」


 血色の骨鎧姿のミレイさんの胸元と繋がって浮かんでいる墨色の心臓の巡っている血の色が濃くなった。

 気持ちと連動している?

 声からして雰囲気があり渋い。


「……ヴァルマスク家は知っていますか?」

「随分と遠いヴァンパイア一族を知っているんだな。【大墳墓の血法院】のヴァルマスク家の名は聞いたことがある」


 聞いたことあるだけ、距離的に当然だな。

 むしろ知っているだけ凄いか。


「ハルゼルマ家のヴァンパイアだった、貴女が何故、この迷宮へ?」

「同じヴァンパイアのパイロン家、忌み嫌う古代人狼族の争いでハルゼルマ家は滅びた。そして、その争いで生き残ったわたしは一人……永い間放浪を続けた結果だ」

「……なるほど」


 沈黙が流れる。

 俺はサジハリに視線を向けた。

 彼女はアケミさんから貰った袋の中を調べている。


「古竜様、顔が若返っていますね」

「お、魔術師、分かるかい? シュウヤカガリが分かりやすい反応を示すからねぇ」


 サジハリは袋を調べながらも俺に視線を向けてくる。


「当たり前だ。俺は男、綺麗な女は好きだからな。そんなことより、質問がある。そのアケミさんから、貰った迷宮核の欠片とは何?」

「これかい?」


 と、サジハリさんは人差し指と親指に挟んだ状態で、虹のように輝く水晶の欠片のようなものを見せてくる。


 その硝子の破片にも見える綺麗な欠片には、魔力が多大に内包されていた。


「そう……」

「単純だ。これを取り込めば、パワー、魔力が得られる。ま、今回は全部バルミント用の食事に混ぜる予定だがね」

「ガォッ」


 バルは期待を寄せるように鳴き声をあげる。

 なるほど、バルミント用か。

 将来のバル、母親のロンバルアを超えた姿になるのだろうか。

 ルシヴァルの血を持つ唯一の竜……。


 さて、もうだいたい話を聞いたかな。

 ……女魔術師こと、アケミさんとの挨拶も済ませたし、そろそろ家に帰るか。


「それじゃ、サジハリとバル、俺たちはそろそろ帰るよ」

「そうかい、魔術師に会ってから帰るといってたからねぇ……しかし、淋しいぞ。わたしのシュウヤカガリ」


 高・古代竜サジハリ、彼女の表情は本当に切ない顔を浮かべている。

 そんな顔されると、一緒に住みたくなるだろう……。


 だが、俺には帰る場所がある。

 レーレバの笛もあるし、また会いにくるさ。


「キュッガォォッ!」


 遊んでいたバルも、俺の足元に来て、可愛い声で挨拶してきた。


「ン、にゃぁ」


 黒猫ロロも少し淋しげに鳴く。


「シュウヤさん……折角の貴重な男子……ううん、友達になったのに……もう帰っちゃうんですか?」


 アケミさんも残念そうに声のトーンを落とす。


「すまん。俺はバルの様子見で付いてきただけだから、またいつか会えるだろう」

「まってください、最後にもう一度、あ、握手を」


 アケミさんは手を伸ばしてきた。 

 望み通り握手を行なう。


「……ふふ、シュウヤさんの、男の手……」

「そりゃ、俺は男。アケミさんも柔らかくて女性らしい手だよ」


 そこで手を離した。


「あ……」


 手の感触が名残惜しいのか? 

 アケミさんは残念そうに声を漏らす。

 その吐息から女を感じ取る。

 でも、こんな可愛い子が、いきなりの異世界か……。


 当初は、大変という言葉では言い表せない苦労があったに違いない。

 すると、そのアケミさんが籠手の位置にある魔道具を弄りだしていた。籠手から丸石? を取り出している。


 あの籠手アイテムボックスなのか。


「シュウヤさん! これを受け取って下さい」


 丸石を受け取る。

 表面が妙に美しい、宝石の色合いだ。

 魔力も感じる。高級なアイテム?

 助けられたお礼かな?


「これは何?」

「ソジュ曰く、時空属性に関係するアイテムらしいです。双子石。もう一つある石があれば真価を発揮するとか。珍しいらしいです」

「そうなんだ、ありがとう」

「はい。よかった。今、お礼で渡せるのはそれぐらいしかなかったので」

「気にしないでいいよ、気持ちだけで十分だ。久しぶりに日本語が聞けたし」

「わたしも一生分のドキドキして、凄く楽しかったです! 本音を言えば、もっとお話しをしたかった。シュウヤさん、また、ううん、必ず会いに来てください」


 彼女は少し膨らんでいる胸を張るように目に前に来る。

 キスできるような近距離だ。ドキッとする。


「お、おう」

「ほう、魔術師……わたしのシュウヤカガリに手を出すきかい?」

「古竜様、わたし、これでも女子ですから……」

「生意気だねぇ……この迷宮ごと潰すよ?」

「ひぃ――」

「ご主人様!」


 ソジュが即座に動き防御結界をアケミさんの周囲に張り、血骨騎士ミレイが四本の骨剣を抜いて女の意地を見せたアケミさんを守ろうと前に立ち独特な構えで臨戦態勢を取る。


「――ガォッ」


 その時、足元に居たバルがサジハリに体当たり。


「おや、バルミント、そうかいそうかい、わかったよ。翼を見て欲しいんだね。全く可愛い子だ……」


 サジハリは一気に機嫌を治しバルの背中を弄っていく。

 ……剣吞の雰囲気が一瞬で、のほほんとした空気に包まれた。


「バル、今後ともサジハリのことを頼む」

「ガォォッ」


 バルはサジハリの手元から離れて、俺の脛に頭を衝突させてくる。


「逆だと思うがねぇ」


 サジハリの声が響くが、構わず、


「はは――バル! 眷属たちもお前の成長を願うと共に寂しがっていたんだぞ。だから、お前も新・お母さんの下で、修行を頑張るんだ!」


 ずっしりと重くなってる可愛いバルを持ち上げて、つぶらな竜の瞳を見ていく。


「ガォォン」


 バルは『わかったガオ』と鳴いているのかもしれない。


 次に会う時……。

 もうこうやって持ち上げることは出来ないかもな……。

 淋しいがそれが成長か……。

 よし、帰ろう。あ、その前……表に転がっている筈のハザーン軍団長の死骸を見てからにしよう。

 バルを石床の上に優しく降ろしてから、


「それじゃ、イモリザ指に戻ってこい、ロロも一端、外に出る」

「はーい」

「にゃぁ」

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