二百七十四話 ひさしぶりの日本語
サジハリとバルミントの声が後ろから聞こえたが、腕をあげて応えるのみ。
俺と
岩盤の地面が続く幅広の通路を進む。
正面に豚ゴリラ型のモンスターの背中が見えた。
筋肉で盛り上がった黒毛の背中だ。
その背中へ魔槍杖の紅斧刃をぶち当てる。
真一文字のごとく背中を切り裂いてやった。
切り裂かれた箇所から血飛沫が上がる。
その血飛沫はある種の狼煙を上げたように見える。
洞窟戦を開始する口火となった。
まずは左前方に居る大柄ゴブリン共からだ。
彼らはまだ俺たちの姿に気付いていない。
大柄の背中を見せて、迷宮の中へ進んでいる。
「ロロ、俺はこちら側をやる――」
ロロに指示を出してから走る。
「にゃあ」
狙いは一番手前に居たゴブリンの背中。
その背中目掛けて、ランスチャージの如く真っ直ぐ伸ばした神槍ガンジスを構えながら突進した。
大型ゴブリンの背中を神槍の月型穂先が貫く。
神槍の穂先からゴブの重さを感じる。
だが構わず他のゴブリンの背中を柔らかい豆腐でも突き崩す勢いで突き破っていった。
神槍ガンジスの穂先の下に、新しいゴブリンの纓ができたように大柄ゴブリンたちの死骸が重なりぶら下がる。
少し重さを感じたので、その神槍の穂先に連なった肉団子死骸を払おうと、神槍を横へ振った。
神槍に突き刺さりぶら下がっていたゴブリンの死骸たちが吹き飛んでいった。
すると、丁度よく、杖を持ち魔法を繰り出そうとしてきた者たちに、その吹き飛ばしたゴブリンの死骸群が衝突。
「――ぐあぁ」
「死骸がぁ邪魔だっ」
左の集団は死骸に巻き込まれて、多くの者たちが転倒していた。
しかし、巻きこまれずにいた魔法使いの集団が、反撃の魔法を撃ち出そうとしていた。
そこに、相棒の気配――。
「ガルルゥ――」
獣の声を発した黒豹ロロディーヌが紅蓮の炎を吐いた。
直線状の紅蓮の炎はビーム砲の如く直進。そのまま耳を聾する叫び声のような音を発した相棒の紅蓮の炎は、右側一帯を紅蓮の炎で燃やし尽くした。
相棒の紅蓮の炎で、大半は消えただろうと、思ったが、
杖持ちの魔人の優れた魔法使いたちか。
彼らは俺に放とうとしていた魔法攻撃を止めて、スクエア型の防御結界を敷いていた。
が、その魔法防御の高い魔人といえど……神獣の火炎に耐えられる訳もなく、結界が消えると、紅蓮の炎に飲まれて消えた。
熱風が、俺の全身をも突き抜けていた。前髪が少し焦げる勢いの紅蓮の炎……。
相棒のロロディーヌは、ヘルメがいないこともあって紅蓮の炎の出力を上げたのかもしれない。
が、相棒の絶妙なフォローだった。感謝の気持ちで、
「ロロ、ありがとう」
「にゃおお――」
黒豹のロロディーヌは可愛い猫の鳴き声を寄越すと、獲物を見つけたのか、他のモンスターへと飛び掛かっていく。
俺はこちらだ……と、左に転がった者たちを睨む。
足に魔力を込めた魔脚で床を蹴る。爆発するように蹴り、前傾姿勢で突貫。
凄まじい速度を身に実感しながら、三つ腕に持つ槍ではなく<導想魔手>に握らせたムラサメブレードを下段に振るう<水車剣>を発動させた。
魔手の腕から先がぶれて霞むように見える。
疾風のように振られた光刀の残光がネオンのように宙に残りながら、石の床に転がった者たちを無慈悲に溶かし両断。
蒸発が間に合わない大量の血が、門を作るように宙に舞った。
その舞う血をヴァンパイア系らしく身体に吸収させながら、二つの<鎖>を前方と斜めに射出。
前方に伸びた<鎖>は、多数のモンスターと魔人を貫く。
一方、左斜め上に伸びた右手から伸びた<鎖>は洞窟の天井に突き刺さった。
その両方の<鎖>を収斂。
手首の鎖因子の位置に<鎖>は運ばれると同時に、俺は天井へ身体を移動させていた。
天井に両足をつけて、逆さま状態で洞窟全体を見渡す。
……もう軍団長とやらは居ないようだ。
そして、何か、見られていると視線を感じる――。
その壁に向け、俺の右手前方の宙空から<
狙い通り――闇色の杭が突き刺さり、次々に<
壁の一部を破壊した後、感覚は消えさった。
迷宮のシステムか何かか?
ここの主に悪いことをしたかもしれないが……あまりいい気分ではないので壊してしまった。すると、下の方から、
「――なんだありゃ」
「槍と不思議な鎖を使う新手が裏からきたぞおお」
「紫色の騎士鎧? 槍とあの光る刀は……」
「壁を攻撃していた魔法もある、散開しろ!」
「――ギャッオオ」
「「ギャッギャギャギャ」」
「ゴギャギャッ!」
天井に両足をつけたまま、壁を攻撃しているおかしな俺を指差して叫んできた。
俺が身に纏っている姿は紫色の魔竜王の鎧バージョンだ。
そして、片腕からゆっくりと収斂中の<鎖>には貫かれた大量のモンスターが血塗れ状態でぶら下がっているので、異常な光景といえた。
そこに、俺に対して指を差している魔人とモンスター軍団とは違う、洞窟の奥から別の声が響いてくる。
撤退しているモンスターたちの姿だ。
迷宮の主である女魔術師の軍勢が逆に押し返しているのかな。
豚の頭部で胴がゴリラのモンスター、体格のいいゴブリン、下半身がバッタのモンスターたちが逃げてくる。
逃走中の豚ゴリラモンスターの頭部が綺麗さっぱりと切断されていた。
切れ味鋭い斬撃を振るったのは、骨の兜を被ったスライム状の人型。
細身の人族にも見えたが、ゼリー状だから異質だ。
ゼリー状の双丘も悩ましく揺れている。
顔もゼリー状で判断ができないが、ゼリーながら胸の造形は美しい。
続いて隣にいた大柄ゴブリンの胸を水色の槍で突き破って吹き飛ばしたのが、騎士の鎧を身に包むスライム状の人型。
スライム状態の腕に水色の槍を装備している。
その背後から、黒髪の魔術師も姿を現した。
彼女がサジハリに助けを求めていた魔術師か……。
背はそんなに高くない。
彼女に挨拶をしよう。
だけど、まだモンスターの数は多い……。
とりあえず下に群がるハザーンの軍隊を掃除しちゃうか。
天井に突き刺し身体を支えるアンカーにしていた<鎖>を消失させて地面に落下していく。
そこに丁度よく逃走している豚の頭部を持つゴリラ型が下を通った。
その豚の頭を、アーゼンのブーツ裏で踏み潰すように着地。
ついでに、その頭部を潰したゴリラの胴体へ向けて<
ゴリラ型の胴体は、瞬く間もなく岩盤に叩きつけられてペチャンコに圧殺された。
近くで逃げていた魔人が言葉にならない叫び声をあげるが、無視。
単純な手数なら……。
と考えてから、右下腕に握った魔槍グドルルを消失させた。
『イモリザ現れろ』
俺の右下腕が別意識を持ち地面に落ちると変形しながらイモリザの姿へ変身していく。
ハルホンクの魔竜王鎧、右下腕が存在した脇腹の位置に穴がぽっかりと空いたが、自動的にその穴が塞がり紫鱗に包まれていた。
さすがは神話級アイテムだ。ングゥゥィィ!
脳内でハルホンクを褒めていたら、銀髪のココアミルク肌を持つイモリザが現れていた。
ヘルメが居たら何か語っていたはず。
「使徒様♪」
「よ、イモリザ。早速だが、あの出入り口へ向けて逃走しているモンスターたちを倒せ、外に逃げたのは放っておいていい。やれるだけやれ」
「はーい」
彼女は銀髪を伸ばし先端を巨大な鎌の刃に変化させる。
その鎌刃を振り子のように振り回して、バッタ型モンスターの足を刈りとっていた。
続いて、両手から黒爪を四方八方へ伸ばし、逃走している大型ゴブリンの胴体を突き刺してから、その突き刺したゴブリンを肉槌の武器に使うように、他の逃走している剣を持った魔人たちへ衝突させている。
「イモリザ、いい動きだ。あ、高・古代竜のサジハリが入り口から来るかもしれないから、気をつけて攻撃しろ」
「お任せくださーい♪ 逃がしませんよぉー久々の個人活動なのです♪」
イモリザは楽しげに話をしながら鎌型に変化させた銀髪を梳かすように無数に分裂させると、その髪先群を石床にめり込ませる。
何をする気だと思ったら、石床に絡ませた銀髪を一気に持ち上げていた。
逃げるモンスターを多数乗せた大きな石床を、天井に衝突させている。
モンスターたちが一網打尽だ……。
天井にぶつかった持ち上げた石床はバラバラに砕けて落ちると、天井と床に挟まれたモンスターたちの残骸が天井に張り付いていたのが見える。
肉片と血が大量に落ちていく。すげぇ。
あんな方法があるとは、俺とロロにはない発想が彼女にはある。元が芋虫だからか?
と、感心するが……岩盤の石床だった場所に巨大な落とし穴が誕生していた。
そこに、
「あらら、凄い髪の毛をお持ちの方も居るのですね……そして、そこの槍使いさん……」
……背後から女性の声が響く。サジハリと同じ言語。
俺は素早く振り返った。
彼女が女魔術師か……日本語じゃないけど、やっぱり日本人なのだろうか。
ユイと初めて遭遇した記憶が蘇る。
現代的な若い女子だ。高校生ぐらいの年かな?
眉毛は太く整えられてあり、細長な目も大人しそうな印象を抱かせる。
鼻は小さくアヒル口を持ち子狐を連想する可愛らしい顔だ。
そして、そんな可愛い黒髪の女魔術師を守ろうとしているのか、彼女の両脇と中央にスライム状の騎士たちが並んでいた。
中央の骨騎士が目立つ。
頭部は骨部分が多く肉も多少ある。厳つい印象だが、女性のモンスターなのか?
胸が膨らんで、その胸の真上に黒い紋章が浮かんでいる。
黒髪の女魔術師の足下には小さいスラ吉の姿もあった。
まずは名乗るか。
迷宮ということで、冒険者は商売敵かもしれないが、サジハリと話している言語を意識。
「……こんにちは。名はシュウヤ・カガリです。槍使いで、高・古代竜と知り合いです」
「はい! スラ吉から聞いてました。シュウヤさんというのですね。宜しくです。わたしの名はアケミ・スズミヤといいます」
女魔術師さんの名はあけみ・すずみや。鈴宮朱美さんかな?
彼女は緊張しているらしい……唾を飲み込んでいるような仕草をしていた。
汗もかいているし、顔も赤く火照っているように見える。
「……宜しく。この迷宮の主であるアケミさんに会いたいと。俺が直にサジハリに頼んで連れてきてもらったんです」
そこに、
「――おい、魔術師! 入り口の床がないぞ! こんな罠を仕込んでいたのか?」
「あぁーごめんなさいぃ。わたしがやりましたー♪」
入り口の手前でバルミントを連れたサジハリが叫んでいた。
それを聞いていたイモリザが、あっけらかんとした態度で謝っている。
サジハリが怒るかもしれない……。
「何だい? そのだらしなく伸びた銀髪といい魔力も不自然な動きだ。化け物の匂いがする! ハザーンの生き残りか?」
「ガォガォッ」
バルミント、お前まで吼えてどうする。
あ……思えば、ちゃんと挨拶させていなかったような気がする。
新しい六本指の状態か、槍の訓練に使う時の新しい腕に変化させていたからな……。
「うううう、バルミントちゃん! わたしを忘れてしまったのですね」
巨大な穴の手前に居たイモリザは、泣く真似をしていた。
「……サジハリとバル、その子は俺の部下だ。気にするな」
「なんだと!? このような物を部下とは……」
「そうですよ♪ サジハリ様、わたしは使者様の下僕。<光邪ノ使徒>の一柱であるイモリザといいます。以後、見知りおきを――」
銀髪を元に戻しながら頭を下げているイモリザ。
「クククッ、わたしのシュウヤカガリが使者様かい? 独自の支配構造のようだねぇ、部下というより使役か」
さすがは高・古代竜。
あっという間に分析を終えたようだ。「わたしの」が気になるが指摘はしない。
「元は黄金芋虫ちゃんだからな」
「はい♪」
「……芋虫だと? またまた驚きだ。戦場での動きといい神獣の使役、芋虫に神々との会合……もしや、シュウヤカガリは神格をも得ているのか?」
「ガオォ?」
バルはよく分かっていないようだ。
イモリザのことを見て『あいつは食べないガオ?』と聞くように、新・お母さんサジハリの様子を見上げている。
「神格?」
そうサジハリに聞いた時、黒豹から黒猫に戻ったロロが大きな穴の前まで移動するのが見えた。
「にゃおお」
「……仲がいい皆さんです。そして、古竜様! ありがとうございました。お陰で助かりました」
部下を引き連れて穴の手前から古竜に挨拶するアケミさん。
「魔術師、久々だな。礼なら、そこのスラ吉に言うんだね。それより、命を助けてやったんだ。例のものをよこせ」
俺との会話ムードから一瞬で態度を変えるサジハリ。
姿から放出する魔力の質、身体全体から醸し出す匂いまでも変えてきた。
やはり高・古代竜。威厳を感じさせる。
「あ、はいですっ ソジュ、聞いていたわね?」
「勿論――」
驚いた。なんだありゃ、アケミさんの頭上から、突然、腕と繋がった脳が出現した。
「ふん、そいつか」
サジハリは睨みを利かせて腕と脳の物体を指摘している。
知っていたようだ。
「では、古竜様、ご主人様の指示があったので、この魔石と迷宮核の欠片を捧げます――」
腕と脳だけのソジュと呼ばれた物体は、姿を消し現れの点滅を繰り返しながら穴を越えてサジハリの前まで移動。
ソジュは、魔力を内包させた脳の表面に無数に現れている眼の一つを瞬きさせると、二つの袋を宙の目の前に出現させている。
その出現させた魔法袋をサジハリの足元に移動させていた。
サジハリは対価を要求か、得る物があるから、この女魔術師はサジハリに生かされているんだな。
「ンン、にゃお」
黒豹から黒猫の姿に戻っていたロロが点滅しているソジュの姿を見て、鳴いていた。
さすがに猫パンチは打たない。
警戒しているようだ。
一回ジャブを打ってから逃げる感じだろう。
「ガォッ!」
バルの方は警戒せず。
とことこと穴の前に移動して下の穴に落ちそうになりながらも、浮いて点滅している腕脳のソジュへ飛びかかろうとしているが、サジハリに押さえられていた。
「バル、そいつに関わるな」
「――ガォォ?」
バルはサジハリの言葉を聞いて振り返る。
疑問風に鳴いてから、背中の四枚翼を動かしてサジハリの背後に移動していた。
サジハリの足に隠れるようにしてからこちらへつぶらな瞳を向けている。
魔石は分かる。だが、対価としての価値がある迷宮核の欠片とは何だろう。同じようなエネルギー源なのだろうか。
一方で、気になることがあった。
アケミさんが……俺の側に擦り寄ってきている……。
初めは足元に居る黒猫の姿に喜んでニコニコと笑顔を浮かべて、ロロへ腕を伸ばしていたが、彼女は確実に俺の側に来ていた。
美少女が近くに来るのは嬉しい。
しかし、初めて会ったばかりなので警戒してしまう。
そして、今も少しずつだが、俺の側に寄り添おうとするアケミさん。
その時、彼女のローブの隙間からセーラー服らしきものが見えた。
「……アケミさん、その中の服って」
「あ、やっぱり分かりますか……シュウヤさん、やはり名前通り、に、にほん人ですか?」
お、久しぶりの日本語。
でも、まだ彼女は緊張しているらしい、少し口を咬んでいた。
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