二百四十話 ヴァルマスク家の<従者長>

 今は夜、夕闇の時間もヴァンパイアらしい。

 そう考えつつ、見知らぬヴァンパイアが発生させている<分泌吸の匂手フェロモンズ・タッチ>の匂いの元へ黒豹ロロと一緒に向かう。

 匂いは路地の曲がり角からだ。血剣に乗るヴェロニカの後ろ姿を捉えた。

 彼女が角を曲がったタイミングで追い抜く。


「あ、速い」

「先に行くぞ――」

「うん」


 背中越しにヴェロニカの声を感じながら地面を蹴り、路地の奥へ向かった。

 横幅が狭い路地を抜けると、視界が横に広がる。

 微風が伽羅色の地面上をすべり、体を通り抜けていく。

 夜を含んだ風の手を感じた。空き地、廃材が疎らにある袋小路の奥に敵はいる。

 ここは絶好の待ち伏せ場所か。

 中央で存在感を示す匂いの主ヴァンパイアたち。

 数は三人。他にも、周囲に複数の魔素の気配がある。俺たちを囲む気だろう。

 中央で佇む吸血鬼ヴァンパイアがフェロモンズタッチを放ったようだな。

 濃密な匂い、風も相まって血の気配を四方へ発している。

 一人の女性吸血鬼ヴァンパイアが一人前に出てきた。


「マギトラを連れて、禁忌のヴェロニカが誘い乗ってくるなんて、珍しい」


 薄笑い顔で喋る吸血鬼ヴァンパイア。双眸に魔力を溜めていた。

 吸血鬼ヴァンパイアの細長い指先には、三つの燃焼した宝石を目立つ指輪を嵌めていた。あの指輪を活かす魔術師、魔法使いの戦闘職業を持つ吸血鬼ヴァンパイアか。ヴェロニカのように日向対策の指輪かもしれない。

 悩ましい衣服は正直魅力的だ。


「……最近、姿を見せていなかった槍使いと、黒猫が、禁忌の側に居るからだろう」


 女ヴァンパイアの背後に居る、大柄な黒人ヴァンパイアの言葉だ。


 俺と黒猫ロロのことを指摘してきた。


 彼は肩の部分がぎざぎざに切られたような半袖のワイルド系の胸元が開いた服を着ている。

 胸板が厚く、金の螺旋された鎖型ネックレスを首に掛けていて、筋肉質な身体を見せていた。


「チッ、槍使いは居ないと思っていたが……。ゴルド、ナーガ、気をつけろ。底が知れない相手だ」


 その二人、特徴的なヴァンパイアたちへ後ろから忠告したのが……端整な顔を持つヴァンパイアだった。


「ルイ、そのために、わたしたち従者長が出張っているんでしょ?」


 口調から高慢さを感じさせる女のヴァンパイア。

 彼女は端整な顔のヴァンパイアへ、そう力強く告げると、


「お前たちも出てきなさい――」


 腕を上方へ伸ばし指示を飛ばす。

 すると、広場の四方から、わらわらと下級ヴァンパイアと思われる男女たちが現れる。

 その下級ヴァンパイアたちの手には、長剣類、中には鎌のような得物を持っていた。

 鎌の銀刃が月光に反射し鈍い光を放っている。


 その集団に仲間のヴェロニカが反応。

 小柄な彼女は、乗っていた血剣から軽くジャンプして地に降り立つ。


「……いつもの血の薄い雑魚下級ヴァンパイアたち。シュウヤ、左は任せたわ」


 ヴェロニカは、鈴がなるように声質でそう喋ると、身に着けているゴシック服の隙間から血霧を放出させていく。


 ゆらゆらと揺れる血魔力。

 彼女の全身を縁取る血のオーラにも見えた。


「……了解、ヴェロニカ。でも、俺だけじゃないんだ」

「え?」

「まぁ、見とけ、集団なら、集団で対処する。ヘルメ、イモリザ、出ろ」


 指示を出した直後、左目に住む精霊ヘルメがスパイラル放出しながら人型ヘルメを形取り、目の前で、地面に着水すると綺麗な精霊ヘルメが片膝を突いた状態で現れた。


「閣下、精霊ヘルメ参上でありますゾ」


 沸騎士の真似をしているらしい。

 同時に新しい指が地面へ落ちる。


 その落ちた指が銀髪のイモリザへと変身していく。

 やはり変身には少し時間が掛かる。

 続けて指に嵌めている闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトを触り、沸騎士たちを召喚。


 髑髏指輪から放たれた二つの魔線糸が繋がる地面は前と変わらず、沸々とした煮え立つ音を鳴らし、煙を同時にもくもくと立ち登らせていく。

 その地中から沸騎士たちが現れ出た。


「――閣下、前衛の右辺はゼメタスにお任せあれ」

「前衛の左辺は、このアドモスへ、敵を塵に」

「敵を灰に」「敵を魔素に」


 沸騎士たちは気合いを入れるように口々に語る。

 髑髏指輪から召喚されたばかりだが、状況判断は早い。


 骨長剣と骨方盾を構え持ち、下級ヴァンパイアたちへ狙いをつけていた。


「では、わたしはここで」


 ヘルメは落ち着き払った動作で立ち上がる。

 細い括れた腰回りにフラフープのような氷の環を作り、俺の側で待機。


「使者様ァ、あのヴァンパイアたちをやっつけるのですね?」


 変身を完了させたイモリザが、銀髪でハテナマークを作りながら聞いてきた。


「にゃ、にゃんお」


 黒豹ロロが鳴きながら数本の触手を使い、ヘルメの影響か分からないが、イモリザの尻をぽんぽんと軽く叩いていた。


「ンン、にゃぁ」


 『わたしの新しい部下ニャ』といったように鳴く。

 そのイモリザへ触手と鳴き声で指示を出していた。

 イモリザも銀髪の形をビックリマークに変化させながら、黒豹ロロの指示に対して「はーい」と可愛い声で返事を上げている。


「……臨機応変にな」


 黒豹ロロとイモリザの行動に少し笑いながら魔槍杖を右手に召喚。


 反対の手を魔槍杖に添えながら両手持ちに移行。

 正眼に魔槍杖を構える。

 先端にある大きな紅斧刃が、紅色に輝いて見えた。

 その輝きは獲物を速く寄こせと訴えてきているように感じさせる。


 とはいえ、今日はこの魔槍の出番は少ないかもな。


「……びっくり。精霊様に、上等戦士、銀髪の女……色々なモノを使役しているのね」


 驚くヴェロニカへ微笑を作りながら、


「あぁ、万能選手を目指しているんで」


 冗談めいた口調で答えていた。

 その時、空き地に流れるよそ風により前髪がなぶられる感触を得る。


 風が強い。


「――何? あの屈託ない整った微笑顔と悪戯小僧を思わせる黒瞳に魅かれるけど、召喚術? 魔界から上等戦士系を呼び出しているし、報告にないのだけど……」


 対峙しているナーガと呼ばれた女のヴァンパイアがそんなことを喋っていた。

 彼女は姿がエロい。

 ネグリジェのような透けて見える銀衣服を身に着けていた。

 皮膚の下から血の色が見える。


 お椀型の胸の先から乳首らしきものがチラついたが、魔力が内包されたピアスみたいのが刺さっていたので、スルー、見えていないフリをした。


「……関係ねぇ、雑魚は任せた。俺があの黒髪の槍使いをやる」

「ゴルド、ナーガ、突出するな。従者たちの追手を翻弄し逃げることに徹していた、あのマギトラ使い、禁忌のヴェロニカが前に出たことを推察しろ」

「しらねぇっよ。ぐだぐだと……もう、ルンス様からの勅令は下されているんだぞ?」

「……ゴルドは放っておくとして、わたしはルイの側にいるから」

「あぁ、用心するべきだ。禁忌は【月の残骸】の仲間も呼んでいない。あの変異体の豹男もな」


 やはり、中央で指示を出しているルイというヴァンパイアが中心らしい。

 金色な総髪の髪、細長い眉、双眸も碧色。

 色白肌で、筋鼻も高い。

 悠揚とした品位に満ちた顔立ちといえた。


 ……顎が割れているけど、キリッとしている。


 頭が良さそうだ。恰好は一人だけ黒を基調とした鎧服。


「冷静ぶるのはいいが、ルイよ、狩りの手順を忘れてないだろうな?」

「……忘れるわけがないだろう」

「ふ、なら、いつも通り俺が先手だ。いいな?」

「あぁ……」


 体格の大きいゴルドと呼ばれた色黒男が、後ろのルイに同意を得ると、喜ぶように嗤い前に出る。


 ルイは心配気な顔だ。

 分隊長みたいなものかな?


「……まずは<凱獣血>で様子見だ」


 黒人ヴァンパイアが凱獣血と呟く……。

 仲間うちで話しているけど、少し尋ねてみるか。


「……なぁ、お前たちは【血法院】、【大墳墓の血法院】とかのヴァルマスク家だよな?」

「……そうだ。黒髪の槍使い。ルンス様の指令を邪魔するなら、お前から滅してやろう」


 先頭に立つゴルドが、俺の言葉に反応してきた。

 俺を滅してやろうか。


「それは困るな」

「ゴルド、言っとくけど禁忌抹殺が最優先事項だからね。掛かれ――」


 ゴルドの後ろ背後に居たナーガと呼ばれていた女のヴァンパイアが周囲へ向けて声を上げた。

 集まっていた下級ヴァンパイアたちが襲い掛かってくる。


「下級が幾ら攻めてこようと、無駄よ、やってやるんだからっ。マギット、魔力を借りるわよ!」

「にゃごぁ!」


 ヴェロニカはマギットの首輪の緑色の魔宝石へ細い指を当てている。

 魔力を借りるらしい。


「マギトラ・アブラナム・アスローハ・テ……」


 鶯のような可愛らしい声で呪文を紡ぐヴェロニカ。

 白猫マギットの首輪に嵌められた緑宝石へ、彼女の呪文の旋律と共に細い指が沈み込んでいく。


 そして、禍々しい緑色の魔力がその彼女の指を伝い腕を這うように外へ漏れ出てきたと思ったら、その緑魔力を放出している大本の魔宝石から多頭を持つ白狐の幻影が現れ出た。


 その白狐の幻影はヴェロニカの全身と重なる。


 白狐はヴェロニカが全身から放出している血魔力と融合したのか、瞬く間に、眩い白銀色と深紅色が織りなすコスチューム姿へ変身を遂げていた。


 ゴシックドレスもよかったけど、これも華やかでいい。


 ヴェロニカの両手には血色と白色の金属が螺旋された長剣が握られている。

 荒神マギトラに由来するアーティファクト武器だろうか。


 彼女は変身効果で速度も増しているのか華麗にステップを踏むと、駆け出す。

 そして、脇構えから両手に握った白と紅のフランベルジュの長剣でヴァンパイアたちが斬り込んできた剣を打ち払い、胴薙ぎから、肩から胸にかけて袈裟がけに二撃を浴びせる。


 近寄ってくるヴァンパイアたちを寄せ付けず、連続斬りで切り裂いていく。

 時折、血剣の群れを発生させて、その血剣を飛ばし、ヴァンパイアの全身を串刺し状態させる遠距離攻撃も見せていた。


 荒神と血魔力を合わせた特殊な攻撃方法か。凄い。

 と、感心しながらも……俺も遠距離からいこうか――。


 両手を鎖因子のマークから左右へ<鎖>を伸ばす。

 ――狙いは頭だ。

 暗闇を切り裂く稲妻のように伸びた二つの<鎖>はヴァンパイアたちの頭を貫き、爆散させた。


 頭が爆散した下級のヴァンパイアは倒れていく。

 下級だからか? 頭を吹き飛ばせば死ぬようだ。

 動かないだけで生きているのかもしれないが。


 そんな思考のもと、仲間の行動もあるので伸びきった<鎖>を消失させる。


 その間にも、ゼメタスとアドモスが愛用の長剣と方盾を使い下級ヴァンパイアを倒していくのが視界に入る。

 盾の名前は……失念したが、その盾の使い方は前にも増して絶妙だ。

 左右から斬りかかってきた下級ヴァンパイアの斬撃を赤沸騎士が方盾を斜めに掲げて防ぐと、盾で防いだ赤沸の背後からぬっと現れた黒沸騎士が、その下級ヴァンパイアの胴を薙いで、胸を突き刺す。といった連携攻撃を見せる。

 さらに、銀髪のイモリザも、その連携に混ざるように両手指から伸ばした黒爪で下級ヴァンパイアの胸を突いていた。


「フォローは任せなさいっ」


 沸騎士とイモリザの後ろの位置に陣取るヘルメが叫ぶ。

 彼女は両手の掌に丸型の氷の繭を生成していた。


 月光の光で、両手の丸い氷の繭が煌めく。


 その両手から氷礫の魔法を下級ヴァンパイアたちへ向けて放ち、前衛として戦う沸騎士とイモリザのフォローを行っていた。


 そこに攻撃態勢の黒豹ロロが左辺の先頭に立つのが視界に入る。


「ガルルルゥ」


 黒豹ロロは、獣の声を上げて、牙がある口を開く。

 その開かれた口から勢いよく火焔が吹かれ、屏風を立てたような炎の幕が空き地に生まれ出る。

 ごうという波濤の焔音を打ち鳴らしながら、左辺の下級ヴァンパイアたちを一気に巻き込み、燃やし尽くした。


「――ひぃぃ」


 その悲鳴は敵ではなく、味方の常闇の水精霊ヘルメ。


 右辺で戦っていた下級ヴァンパイアの胸を氷剣で一突きしながら、ロロが放った炎の息吹から離れているのに、さらに距離を取っていた。


「何だァ、その炎は」

「あの数のヴァンパイアが一瞬で蒸発だと……」

「……ねぇ、ルイ……わたしの炎の質より上よ? 嫌な予感がするのだけど」

「……ここまでとは」


 <従者長>たちは驚き、夢でも見ているのか? というように瞬きを何度も繰り返して、狼狽えている。


 そこを狙った。右手に持った魔槍杖を消失させてから、中央に居る三人の<従者長>のヴァンパイアたちへ向けて、水属性の《氷弾フリーズブリット》を十数個、連続で射出。


「「――多魔法!?」」


 上級といえる? 三人のヴァンパイアたちは驚く。


「<凱獣血>」


 大柄のゴルドは、牽制の《氷弾フリーズブリット》の一群に対抗しようと、血色の毛を全身に生やした大柄の怪獣を一体、目の前に生み出していた。


 氷弾は、その大柄の血色怪獣に幾つか突き刺さる。

 血色怪獣の頭部は歪で、大きな口に生やした乱杭歯と、太いミミズのような舌を伸ばしているのが見えた。

 その二足歩行型の怪物は、氷の弾丸魔法を受けてもびくともしていない。


 身体に魔法を受ける度に、血の粒子が舞っていたが余裕そうだ。


「くっ――」

「ふん――」


 二人のヴァンパイアも独自の血魔力を用いて抵抗を示す。


 女のナーガは全身からヴェロニカのように霧状の血を放出させた。

 岩を刻むような細い目だが、目一杯広げている。

 同時に細い片手を頭上へ翳していた。


 片手の指先には、指環がある。

 すると、放出していた霧状の血がその指輪に集結。

 指輪と血魔力が合成され、化学反応を示したように一気に血魔力と指輪の魔力が混ざると、どす黒い炎の魔法が指輪から爆発的な勢いで生み出される。


 黒炎は自身の周りを覆うように展開していた。

 それは、スパイク状の粒が付いた黒炎のカーテンにも見える。

 俺が無数に放った氷弾魔法の一部を防いでいく。


 一方で、男のルイの方は血槍を左右の手に生成。

 その血槍を用いて、自身に迫る氷弾を薙ぐように防いでいる。


 あの血槍はカッコいい。が、手加減はしない。そこで<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を発動。

 微妙にタイミングを外し<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を順次に合計三つ、発動させていく。


 三つの光条の鎖槍がヴァンパイアたちを天国へ誘うように迫る。


 最初に、ゴルドが生み出していた強靭そうな血色獣の胸元へその光槍が吸い込まれると、旭日昇天の勢いで、その獣の胸を円形に溶かし蒸発させる。


 光槍はあっさりと血色獣の胸を突き抜けていた。

 血色獣の丸い傷穴から血の蒸気が吹き出ていく。


「なっ!?」


 突き抜けた光条の鎖槍光槍は、背後に居た大柄のゴルドの胴体にも突き刺さり止まった。


「――ぐああ、な、なんだこりゃぁ」


 続けて、二つの光条の鎖槍が宙で弧を描く機動を見せながら、ゴルドの背後にいたナーガ、ルイへ追尾していく。


 ナーガは光槍を防ごうと、俊敏な動作で腕を掲げて、指環の血魔力を増強させる。


 バリアのような黒炎のカーテンが分厚く積層型に増えるが、光槍がその分厚い黒炎のカーテンに触れた途端、そのカーテンは熱されたチーズのように溶けて無くなる。


 光槍はそのままナーガの右胸辺りに突き刺さった。


「痛いいいいいぃぃッ、こ、こんな、光……の魔法……大司教クラスなの?」


 ナーガは悲鳴をあげるが、光槍は彼女の胴体を突き抜け地面に繋がっているので身動きが取れなかった。


 ルイはナーガを右に左に軽快な身ごなしで、追尾している光条の鎖槍を避けようとするが、避けられない。

 彼は手に持っていた血槍で相殺を狙うが――迫る光槍に血槍が衝突した途端に、ルイが振るった血槍は爆発するように蒸発。


 そのまま無防備となったルイの胴体にも光槍は突き刺さった。


「――ぐっ、このような光の魔法……まさか、狂騎士を超えた魔族殲滅機関ディスオルテのメンバーとでもいうのか?」


 三人の胸元に刺さった光槍の下部はイソギンチャクのように蠢いて、螺旋状に回転しながら光の糸が幾重にも張り巡らされた網のように変化している。


 光網に覆われたヴァンパイアの肉体へ光の網が喰い込んでいくと、彼らは何もできずにバラバラの肉片となっていく。


「身体がぁぁ」

「ひぃぃぃ」

「……魔槍使い……と、聞いたことがあったが、光神の加護があるとは……」


 頭部だけとなったヴァンパイアたち。

 彼らは苦悶の表情を浮かべ語っているが、その内臓は蠢き、血肉を集めながら再生を果たそうと蠢いていた。

 しかし、網目状の光槍の部位に当たる度に、その血肉は溶けるように蒸発。

 再生速度はみるみるうちに遅くなり、血煙が発生していた。


「ルイ<従者長>様がぁぁ」

「ゴルド様ぁ」

「ナーガ様がやられるなんて……」


 右辺に残っていた下級ヴァンパイアたちはショックを受けて呆然自失といった表情を浮かべると、ヘルメの氷魔法を喰らっていた。

 続けて、ヴェロニカの煌めくフランベルジュの二振りにより斬られ、連携した沸騎士も混ざり斬り、イモリザの黒爪がヴァンパイアを串刺しにする。

 黒豹ロロの触手が彼らの足に巻き付き転倒させると、最後に、


「では、叩き潰しますー♪」


 イモリザが楽し気に叫びながら、トンカチハンマーのような形の銀髪を振るい下げ地面に倒れていたヴァンパイアの頭を潰していた。


「――うあああ」

「――逃げろおおお」


 残ったヴァンパイアたちは一斉に逃げていく。

 その行動に、戦っていたヘルメは全身の蒼葉皮膚をウェーブさせて、


「閣下、追撃しますか?」

「ンン、にゃあぁ」


 黒豹ロロは体勢を低くすると尻尾をふりふりしている。

 同時に、四肢の脚先にある血濡れた獣爪の出し入れを繰り返していた。

 首もとから生やしている複数の触手の先端からも、足爪と同様に骨剣の出し入れを行っている。


 ヘルメと黒豹ロロは追撃をしたいらしい。


「……いいぞ、だが、一般人を巻き込むなよ」

「はい。ロロ様、競争ですっ」

「ン、にゃおおぉ――」


 水飛沫を発生させたヘルメと黒豹ロロは空を舞うように駆けていく。

 追われるヴァンパイアたちの姿が目に浮かぶ……。


 哀れな下級ヴァンパイアたちの末路を、片手で祈ろうかと思った時、空き地に転がる三つの頭の口が動く。


「ここは、逃げるぞ」

「おう」

「うん」


 頭部だけの状態だが、彼らは血魔力を活性化。

 その瞬間、頭部だけでなく、辺りに散らばる自身たちの血を操作したらしく……中空の夜空、三か所の位置へ、血の粒子的な霧状の血を集結させていく。


 その瞬間、蝙蝠二匹と一羽の鴉の姿へ変身を遂げていた。


 蝙蝠と鴉たちは黒翼を羽搏かせ、夜空へ飛び立っていく。


 ――逃がすかよ。魔槍杖を右手に再召喚。

 魔闘術を足に溜めた魔脚で走り、地を強く蹴って走りながら跳躍をした。


 跳びながら宙の足元に<導想魔手>を発動。

 足場を宙に作り、利用――。


 俺は二段跳躍をしながら、右手に持つ魔槍杖の紅斧刃を水平に寝かせた。


 背に翼でもあるように宙を凄まじい速度で移動していく。


 瞬く間に、逃げる一匹の蝙蝠に身体を寄せるように近付くと、その蝙蝠へ向けて、横に寝かせていた魔槍杖をナギナタを扱うように力強く振るった。


 獲物に飢えていた紅斧刃が蝙蝠に喰らいつく。

 完全に蝙蝠を断ち割った。

 蝙蝠は悲鳴をあげることなく、血煙となって儚く消える。


 変身すると極端に弱くなるのか?


 重力落下を身に感じる最中、再度<導想魔手>を足場にして宙を舞うように跳躍を続けながら、右手の魔槍を消失させる。


 あの片方の鴉は捕まえるとして、蝙蝠には死んでもらおう。


 宙で身を捻り回転して移り変わる視界の最中、逃げ飛ぶ蝙蝠と鴉はしっかりと捉えている。


 手と左手をそれぞれ斜めに伸ばす。狙いは蝙蝠と鴉。

 両手首から<鎖>を射出――逃げる蝙蝠と鴉へ<鎖>を向かわせた。


 左手首から伸びた弾丸速度の<鎖>で蝙蝠を穿つ。

 紅斧刃で断ち斬った蝙蝠と同じく、鎖に貫かれた蝙蝠は霧のように姿を消失した。


 消失したのを左の視界に捉えながら、右手から伸びていた<鎖>が鴉の翼を貫く。そのまま鎖を操作。


 ぐるりと小さい鴉の胴体に巻きつかせる。

 その絡めた鴉ごと<鎖>を右手首にあるマークへ収斂。

 引き戻した鴉の鎖を消失させながら、右の掌で、その鴉を掴み取る。


 その右の掌の中で、もがく鴉へ、


「お前が誰かは分からないが……」


 と、語り掛けると、鴉は目を赤く光らせる。

 ガアガアと不協和音で鳴き声をあげるが、右手の握力を強めると、死んだように身体をぐったりとさせ、煩く鳴いていた鴉は黙り込んだ。


 <導想魔手>を足場に使って、空き地へ戻り、着地。


 すると、


「「――我らの勝利だっ」」


 沸騎士たちが骨剣をクロスさせながら叫んでいた。


「初勝利ぃぃ。でも、骨ちゃんたち強いですねー?」


 隣にいた銀髪のイモリザが沸騎士たちへ駆け寄ると話し掛けていた。興味を持ったらしい。

 というか、初対面か。


「いえいえ、銀髪の貴女こそ」

「我らは、まだまだです。閣下の新しい部下殿」

「ふふ、骨ちゃん、声が渋い。わたしの名はイモリザ、イモちゃんです」

「イモリザ殿でしたか、私は黒沸騎士ゼメタス」

「我は赤沸騎士アドモス、閣下の盾と自負しております」


 自己紹介を始めていた。


「そうなんだ。わたしは<光邪ノ使徒>。骨ちゃんたち宜しくです」


 イモリザは、頭を下げていた。

 骨ちゃんとして認識したようだ。


「閣下との絆を持っているようですな」

「うん♪」


 そこから仲良く話を続けて、


「魔界にて、領域を少しですが広げているのですよ」

「へぇーゼメちゃん、カッコいい」

「我らは、密かに魔界騎士を超えるのを目標にしているのです」

「アドちゃんも、凄い! でも、アドちゃんの鎧少し傷が多いのね」

「なんのこれしき! 魔界に行けば元通りですぞっ」

「おぉ、今、アドちゃんの炎が増えた?」


 なにやら、一気に打ち解けたようだ。

 そして、沸騎士たちの骨剣に黒爪を合わせ出し、


「えい」

「えい」

「おぉ~」


 リズムよく合図に合わせて頭上へ沸騎士の持つ骨剣と一緒に黒爪を掲げている。何か誓い合ったようだ。


 沸騎士と意気投合していたイモリザちゃんの構図。


「……上等戦士もだけど、シュウヤの使役している女の子? 不思議ね……」

「にゃあ、にゃおん」


 側で見ていたヴェロニカが呟く。

 足元に居る白猫マギットも、彼女に同意するように鳴いていた。


 そういうヴェロニカの姿も不思議な姿。

 煌びやかな白と紅の鎧服の状態。

 魔法騎士、魔法少女、的な雰囲気がある。


「不思議はその通りだが、そういうヴェロニカも、その姿は何だ?」

「あ、やっぱり? そんなにわたしのこと気になるのぅ?」

「気になる」


 若干、目を細めることを意識して聞いていた。


「ふふーん、総長の厳しい目、痺れちゃう~。けど、嬉しい~教えてあげる。これはマギットの魔力を借りることが前提なんだけど、わたしの血魔力系の第三関門の特殊スキルなの。血と魔力をかなり消費するけどね。綺麗でしょ?」

「あぁ、綺麗で、凄いスキルだな」


 その言葉を聞いたヴェロニカは照れる表情を浮かべてから、はにかむ。

 そして、血魔力を解除してゴシックドレスの衣装に戻っていた。


「……でも、でも、シュウヤもシュウヤよ。教会騎士を超える光の網の技能を持つ光槍なんて、わたし生まれてから初めてみたんだから……狂騎士が扱う光の十字魔法も凄まじかったけど、追尾性能といい凄すぎる……ヴァルマスク家<従者長>の血魔力をあっさりと屠っていたし、まさか、噂に聞く……魔族殲滅機関ディスオルテ一桁エリートのメンバーだったりして?」


 エリートか、あまりその辺は詳しくない。

 いつか、ツアンに聞いてみるか。


「違う違う、ヴェロニカも前にだが、その一端を味わっただろう?」


 俺がまだ、迷宮の宿り月で泊まっていた頃だ。

 彼女はあの時、俺の血を触り、指を焦がしたからな。


「うん。覚えてる。とすると、本当にヴァンパイアロードじゃないのね……」


 彼女は残念そうな表情で呟いた。


「ルシヴァルだからな」

「うん、それで、その腕に掴んでいる弱っている鴉、どうするの?」


 彼女は俺の右手でぐったりとしている、鴉を指摘。

 まだ生きている鴉。


「尋問だ」 


 ま、最後は吸魂だが。

 そのまま、ヴェロニカから右手に握る鴉へ視線を向ける。


 薄目を開けている、鴉の目を見て、


「……人語は話せるのか?」

「……話せるが」

「お前の名前は?」

「ルイ」


 鴉の眼だが、冷ややかな感じだ。


「お前の親は<筆頭従者>のルンスとかいう奴で合っているか?」

「……チッ、ルンス様はお前を必ず追いかける。我ら血法院を敵に回したことを後悔するだろう」


 尋ねると、嘴を広げて血唾を飛ばしてきた。

 逆に脅しか。


「シュウヤ、ルンスの直属の<従者長>に尋ねても無駄よ。ルンスの<血魔力>、第二関門のスキルから生み出した血が薄い下級ヴァンパイアたちと違って血の繋がりが濃いからね」


 ほぉ、逃げた下級ヴァンパイアたちは<従者長>とはまた違う<血魔力>のスキルで支配下したものたちだったのか。


「そっか、なら用はない――」


 鴉に噛み付き<吸魂>を行った。


「アヒャ」


 ルイは変声を出すが、瞬間的に消える。

 もう少なくなっていたが、濃厚な血と魂を頂いた。


「うふ、その顔を見ると痺れちゃう」


 ヴェロニカはそういうが、俺には分からない。

 さぁて、用は済んだし、黒猫ロロとヘルメを待って屋敷に帰るか。


 まったりと休んで、明日か明後日あたりにでも、鑑定タイムへ出かけよう。


 わくわくだ。ついでにアイテムボックスの中身も鑑定してもらおうかな。

 あ、そういえば、コレクターのシキがなんか言っていたな……魔界セブドラの神絵巻も鑑定してもらったら、神話級と分かるかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る