二百二十話 四眼ルリゼゼ
最初に目に入ってのは巨大な長方形の岩の柱だ。
岩の柱からは石清水のごとくの水がちょろちょろと岩の表面を伝っている。
長方形の岩の柱は岩の天井と繋がっていた。
岩から垂れた巨大な岩って見た目でもある。
が、下から見たら、湖の真ん中で、ぽつんと淋しげに存在する小島に聳え立つ塔って印象でもある。名作ゲーム『MYST』的か?
ま、ここは湖でも島でもなく、ただの洞穴の中だが。
足下に拡がる水の浅さも湖のような深さはない。
足のくるぶし程度の浅さ。
天井から滴る水の音が洞窟のあちこちから響いていた。
匂いはどことなく塩素系が混じったような鉱物系の匂いが鼻を刺激するが、いい匂いも混ざるから嫌な感じはしない。
中心の岩の柱と天蓋の天井は何かの神像のように見えてきた。
すり減った岩棚と壁を伝う水を見ると、精霊が住んでいそうな雰囲気もある。
魔素の反応はその岩柱の辺りから感じた。
地中に溜まっている水は泉から湧き出た水なのか、透き通った色合いの綺麗な水。
その泉か地下水のお陰か、洞穴の中は水気が漂い空気が澄んでいて心地いい。
清い空間? んだが、デボンチッチは湧いていない……。
ま、デイダンの秘宝の時もいなかったし、ここは迷宮内であり邪神界だ。
子精霊たちがいるペルネーテの存在する惑星セラがある次元ではない。
「……ゼメタス、アドモス、俺が先頭でいく」
「畏まりました」
「閣下、ご用心を」
骨音を響かせ歩く沸騎士たちより前に出た。
ゼメタスが言ったように用心しつつ砂混じりの地面を歩いた。
魔素の反応は、岩の裏から感じる以外は……ない。
そして、肝心の地図の場所は……。
天井と繋がる中央の岩の柱の真裏。
盛り上がっている砂土の場所か。
「……あそこに魔宝地図を置けば、宝箱とモンスターが出現するはず」
指を差した瞬間、
「何奴だ! 魔界の雑魚下郎めがっ、ここはシクルゼ族である四眼ルリゼゼの領地ぞっ、そして、我の裸を見るには数千年早い!」
地底から這い上がってくるようなガラガラ声。
だが、女の声だと分かる。
声は柱の裏、魔素を感じた辺りから聞こえた。
「女?」
エヴァがトンファーを岩の柱へと伸ばす。
「ん、言葉は解らないけど、あの巨岩の後ろから女性らしい声が聞こえた」
続いてヴィーネが
「ご主人様、あの岩ごと、この翡翠の
「いや、待て」
そこに、「ンン――」
俺の足下の水面に頭部を向けて小さい口から舌を伸ばす。
ピンクの舌で水を叩くように水を舌で掬い、水を器用に飲んでいた。
「ロロ、あまり飲みすぎるな。ここは邪神界なんだから」
「ンンン、にゃ」
『大丈夫ニャ』という感じだろうか。
実はミネラルが豊富で水素水とか?
名水的な感じで体に良かったりして。
「……そこの岩陰にいる者、話をしようか」
「何故ソナタらの言葉に従わねばならんのだ。それに……今は無理だ」
「何が無理なんだ」
「この場所からは想像がつかぬかっ、痴れ者がっ!」
随分と偉そうな口調だ。
想像だと、岩から水が流れ落ちて……。
砂、地中から水が湧き出ている場所だ。
「……もしや、水浴びでもしていたのか?」
「そうだ。裸なのだ、武器もない。だから頼む。後生だ、こっちに来るな……」
女で裸だから恥ずかしいのか。
「裸か。興味あるな。邪界の、洞窟に棲まう存在だ」
思わず、眷属たちが分かる言葉で呟いていた。
「「シュウヤ?」」
「ご主人様?」
「閣下?」
う、女性陣から冷たい言葉が突き刺さる。
「仕方ないだろう? 俺しか言葉が通じないのだから」
「裸なんて……休憩の時にわたしたちのを、散々……見ているじゃない」
うむ。金色の髪を持つレベッカさんの小柄な裸体は、しっかりと、把握してますとも。
「ご主人様、相手は裸で出てこれないと言っているのですね」
「そうらしい、武器もないとか」
「それでは、わたしが代表して」
「いや、俺がいく。お前たちは、今の女だと言う存在の言葉は分からないだろう? 邪界ではないかも知れないが、だから、ここで待機だ」
「はい、言葉が分かりませんので仕方はありませんが……」
「ん、えっちなシュウヤ」
「俺はいく、ついてくるなら好きにしろ」
岩のほうに向けて足を向けた。
「では、フォローします」
「しょうがないわね……」
「閣下、私たちが盾に」
「そうですぞ、我ら沸騎士にお任せあれ」
結局、皆で裏側に回ることに。
沈黙していたカルードもついてくる。
一応、岩の裏にいる未知な女に知らせておくか。
「――もうすぐ岩場につく、悪く思うなよ」
「ひぃぃぃぃ、くるなーーー」
そんな怯えた声を上げながら岩陰から飛び出してきた。
彼女はどういう意図か分からないが、滑りやすいと思われる大岩を上っていく。
話していた通り、裸だった。
登る女の髪は薄緑色で、長い。
背は俺と同じぐらいか、もっと高いと思われる。
二つの太長い腕と二つの細長い腕を器用に使いながら苔が生えた岩をよじ登っていく。
皮膚は白に近い肌色、人族に近い色合いで、悩ましい。
透き通るような綺麗な背中の表面には、岩から跳ねた水滴が多数付着していた。
足は普通の人に近い、指の形は違うか。
『大きい方ですが、可愛いお尻です……』
ヘルメの尻好きセンサーが反応していた。
「ん、大きい」
「シュウヤと同じぐらい? もっとあるかも」
「腕は邪族と
「二十階層の入り口近辺で戦った奴らの仲間? 髪は薄緑髪。一応、書き留めておくから――」
岩の上を必死に登る女であろう裸の種族を見て、美人の<筆頭従者長>たちは、それぞれに感想を述べていた。
ミスティは羊皮紙に走り書き中。
ミスティの羊皮紙に興味が出た。
彼女の後ろに回る。
<筆頭従者長>としての身体能力を活かすミスティ。
羽根ペンを凄まじい速度で動かして書いている厚い羊皮紙を覗いた。
□■□■
邪神界の調査レポート、その三十五。
洞窟に住む謎な大柄女怪物。
注・お尻が大きく、精霊ヘルメ様がご執着の模様。
髪が薄緑色で、サイズが微妙に異なる四本腕を持つ。
見事な筋肉質を保ち、足は嫉妬を覚えるほどにスラリと長い。
足先の形は人族と違うようだ。鍵爪がついている。
腕の指の形も若干違うようだが、岩を登る仕草が速いので上手く調べられない。
そんな彼女、魔族? 邪界の方かも知れない。
とマスターはスムーズな未知なる会話を円滑に進めているので興味深い。
この間もマスターはラグニ族の村の方々と円滑にコミュニケーションを取っていた。
あの言語は何だろうか、邪族のドワーフ語に比較的近い感覚とは全く違い、母音、子音、有声音、イントネーションが微妙に異なる。
発音の仕方も分からない……真似はできそう、邪界語? 魔界ゼブドラの共通言葉なのだろうか?
マスターの会話の様子から女の種族に興味が湧いたらしい。
顔を見れば、だいたい分かる。
レベッカがそれを知って不機嫌になっていた。
そもそも、なんでこんな森の中にある洞穴に住んでいるのかしら。先ほどの見たことのないランプ、ランタンも気になるし、魔力を帯びた絨毯に、壁に彫られた絵も気になるわ、洞穴の壁にあった同じようなアルコーブもあるし……
□■□■
ミスティは夢中になって日記風に書いている。
俺も彼女のように少し博士風を吹かしてみるか。
カレウドスコープでチェックしよう。
右の眼の横にある十字金属アタッチメントをタッチ。
薄青いフレーム面が洞窟の内部を映していく。
天井付近まで登り、岩上に張り付いている怪物を縁取り▽のカーソルが出た。
カーソルを意識。
――――――――――――――――
???シクルゼ>?他?生命・ad##
脳波:興奮
身体:正常
性別:雌??
総筋力値:567
エレニウム総合値:2801
武器:あり
――――――――――――――――
表示がバグっている。魔界か、もとは違う宇宙に連なる生命体だからかな?
筋力、エレニウム値が高い。強そうだ。
「……なぁ、四つ腕を持つ方よ。そんな上に登って何をしているんだ?」
「こっちに来るなーーーバカーーーヘンタイーー」
二つの長い腕で背中側へ一生懸命に振り回している。
追い詰められた手負いの動物のようだ。
「もう来てしまったが……下からだと、はっきりと尻が見えているぞ」
「エエェェエエ、キャァ――」
四本の手で身体を隠そうとしたところで、足が滑り落ちてきた。
しょうがない――助けてやるか。 跳躍して、落ちてきた四本腕の大柄女を空中で抱きとめた。
「――ぇ?」
体重は結構重いが、指摘はしない。
「大丈夫か?」
「ぁ、ぁ、はぃ……」
彼女は四つの眼を持つ怪物さんだった。
口と繋がった太い黒眼帯で二つの眼は隠されているけど。
人間だと眉の位置にある二つの眼がギョロリと動いて、俺の顔を見ている。
彼女の動いた瞳の色彩は緑色。
綺麗なエメラルドのような緑眼が、俺の瞳を注視してきた。
その瞬間、彼女の頬の肌が少し紅くなる。
着地してから、抱きしめていた彼女を地面へ降ろし、丁寧に解放。
「――ほら、向こうに着替えがあるんだろ」
「うん。あ、きゃっ――」
四つ眼を持つ女怪物は眼帯で隠されていない二つの眼で俺を見つめ返すが、自身が裸だと改めて認識したような取り繕う顔付きを浮かべる。
彼女は慌てて踵を返す。
開かれた鉄扉の先、地に敷かれた魔力漂う絨毯の上を走っていくの見えた。
「眼帯で隠しているけど、眼が四つ……」
「数日前、わたしたちに襲い掛かってきた軍団の片方側に、四つ眼の魔族たちがいました」
レベッカとヴィーネが武器を構えて用心しながら語る。
「いたな。同じ種族の亜種かもしれない。肌の色は違うが」
「マスター、魔宝地図の設置は後回し?」
「そうなる。今、着替えている彼女に一応聞いてみないと……」
そこに着替えが終わった四つ眼の怪物、魔族さんが戻ってきた。
長い薄緑色の髪は縦長の耳裏へ流されている。
首襟の部位から肩甲と上腕甲が一体化したダマスカス加工が施されたような金属の螺旋が美しい芸術品を感じさせる防具を身に着けていた。
黒革鎧の胴体部分は大柄の体を拘束具で締め付けるかのような焦げ茶色の小さい革ベルトたちが無数に散りばめられてあった。
特殊な魔獣の革鎧と判断。
焦げ茶色の革ベルトと共に魔力伴う鋲らしきモノが打ち込まれてあるし。特に手首あたりに密集している?
両肩から二本の直刀剣の青白い魔力が染み込んだ柄巻きを覗かせ、腰の両側には刃が湾曲したシミター系の長剣が差してある。
キレと同じような四剣使いか。
「……先ほどは失礼した。助けは不要だったが、貴方に助けられたのは事実。礼をいう」
彼女は歯を見せて微笑を浮かべる。
怪物らしい鋭い鮫牙の歯だ。
微笑だが、先ほどの態度とは変わって渋くなっている。
「いえ、こちらこそ水浴びの最中に乱入して申し訳ない」
と、丁寧に謝っておく。
そして、頭を下げた――。
四眼の者に頭を下げるといった意味がラグニ村の方のように通じるか分からないが……。
「……我に謝るとは珍しい。名乗っておこう。我は、シクルゼ族の半端者。四眼ルリゼゼが名だ。其方の名は何というのだ?」
通じた。
「シュウヤです」
「そうか、シュウヤは人族なのか?」
「いえ、似たような感じですが違います」
「ほぅ、亜種といえど、この邪神界の大陸に人族がな……」
ルリゼゼは眼帯で隠されていない二つの瞳で俺を見つめながら語る。
「……ルリゼゼさん、訊ねたいのですが」
「何だ?」
「魔宝地図というのは知っていますか?」
「知っている。モンスターと共に宝箱が出現するのだろう? 轟毒騎王ラゼンが自慢気に話していたのを覚えている。その地図を持っていた部下を殺してやったがなっ! フハハハハッ」
突然、怪物らしい表情を浮かべて呵々大笑。
「……そうですか。それを持っているのです。丁度、地図の発掘場所が、そこの中央にある岩場の下なんですが……出現させていいですか?」
「なにぃ、だから我の家に侵入したのか。駄目だといったらどうする?」
さすがにここで暮らしているなら邪魔はできない。
地図ならレベッカの死に地図もあるし、もしくは地図を止めて、一旦、家に帰るか。
「……無理を押し通すつもりはないです。違う地図の場所へ向かうか、家に帰ります」
「つまらんな。その見え透いた敬語も止してほしいものだ」
この魔族系の女は何がしたいのか、いまいち分からない。
お望み通り、敬語は止すけど。
「……わかったよ。それで、ここに地図を置いちゃ駄目なら帰るけど」
「……ふん、我と戦いに来たのではないのか!」
「戦いたいなら戦うけど、どっちにしろ地図を置いちゃだめなんだろ?」
「いや、いい」
いいのかよっ。
「そうか、なら置くけど」
「待て、それは我と戦った後だ」
「そういうことか、なら」
魔力を放出し、魔槍杖を右手に出す。
「――くっ、何という濃密な……
四眼ルリゼゼは素早く後方へ跳躍しながら、頬の両端を引き上げた。
「……いいぞ、いいぞぉ、その槍斧がメイン武器なのだな。我に挑むという心意気。フハハハっ、急に面白くなってきたぁ、面白いぞっ。気に入った! シュウヤッ、お前は人族の面を被った魔族であろう?」
分かりやすい女だ。
「ふっ、そうかもしれん」
冗談に乗り笑いながら、ルリゼゼの二つの瞳、緑彩を捉える。
彼女の眼には魔力が留まっているので、俺を分析しているようだ。
「……邪界に飛ばされて数千年。我に挑む酔狂な魔界騎士、邪界騎士、邪界導師、神界戦士の数が減ってきたところに、
ルリゼゼは戦闘狂らしい。
このまま彼女と戦う前に、報告しておかないと。
眷属たちはこの会話が理解できていないだろうし。
「ルリゼゼ、戦うのはいいけど、少し待った」
「作戦会議か? 構わん、やれ――」
鼻で笑ったルリゼゼ。
顎をくいっと伸ばし、好きにしろ的なニュアンスだ。
しかし作戦? 舐められたもんだ。
一応仲間に振り返り、
「皆、あいつと戦うことになった」
「え? 仲良く話していたように見えたのに」
「ご主人様、
さすがはヴィーネ。微笑を浮かべて、気持ちを当ててきた。
エヴァ並に気持ちを読んでいる。
「その通り。皆には悪いが見ててもらおう」
「ん、シュウヤの顔、凄く楽しそう。見学する!」
「――了解、わたしたちもゆっくりと楽しみましょうか。紅茶タイムにするわ」
後退しながら話すレベッカ。
彼女はアイテムボックスから色々と休憩道具を取り出し地面に設置していく。
「ここには岩があまりないから、普通に手伝うわ」
「うん、ありがと」
休憩時には、必ず仲間のために敷物とお菓子を用意してくれるレベッカさんだ。
ミスティも参加して給仕のようにテキパキと動いていた。
「あの四つ眼の魔族? 腕に自信があるんでしょうけど、シュウヤと戦う選択を取るなんて……」
ユイが刀を仕舞いながら話していた。
「そうねぇ。でも仕方がないのかも、ここが我が家なら必死に抵抗をするでしょ。さ、今はシュウヤに任せて、皆こっちに座って、お茶にしましょ」
「うん」
「ん、了解」
「はい」
「一応ゴーレムを作って置いておくわ」
美女たちはピクニックをするように地面に敷かれた布の上に座り出す。
渋い表情を浮かべているカルードは俺を見据えていた。
彼からは戦いたい、という目力を感じる。
「先ほどマイロードが沈めた相手とは……また少し違い、地上に居る武芸者のような雰囲気を出している相手ですな」
「そう分析したか」
「……はい。戦いは参考にさせて頂きますぞ」
カルードもまた武芸者、武人、鋭い眼光で俺を見つめている。
俺が参考にしているようにカルードもまた俺を参考にしているらしい。
少し恥ずかしくなったので、笑顔を浮かべて頷いてから、四眼のルリゼゼの方へ振り返り、歩み寄っていく。
俺は眼帯繋がりで、
「――待たせたな。で、どこで戦う?」
どこぞの渋声を意識して、ルリゼゼに聞いていた。
「ん? 仲間はどうしたのだ。一緒に我と戦うのではないのか?」
「いや、俺一人だ」
彼女はショックを受けたのか、二つの眼が見開く。
「二つ腕のシュウヤだけで、我と戦うというのか? 余程の自信過剰、馬鹿か……」
「馬鹿でいいよ。で、戦うならどこで戦うんだ?」
「ふ、ここの水浴び場でいいだろう――」
「了解――」
互いに浅い湖の上を浚渫する勢いで掻き分けて歩く。
宮本武蔵、佐々木小次郎の剣豪たちが、鎬を削って戦った巌流島のように。
水飛沫が地面から舞う中、間合いを計る。
この、剣呑たる間、アドレナリンが出るな。
それは四眼ルリゼゼも同じように見えた。
四眼ルリゼゼは嗤いながら上腕二肢を肩口へ伸ばし、青白い柄巻きを綺麗な細い指を動かし掌に握って銀鋼の直刀剣を引き抜く。
武士道でもあるのか、二つ腕だけ武器を抜いてきた。
……相手に合わせてくる武闘派か。
気は心。ともいうし。
彼女なりの真剣勝負に対する誠意なる想いは気に入った。
俺も鎖と古代魔法は止めておく。
使うのは、大好きな槍、<導想魔手>、第三関門の速度系だけにしとくか。
相手はちゃんとした防具を身に着けているので、二の腕へ魔力を送る。
防具的な斑模様の腕を囲う環が腕先にまで、自動展開された。
環は色合い的に渋いし、近未来型のガジェット防具にも見える。
内実は壊れた
そこで俺とルリゼゼは何もいうことなく意気投合したように走るのを止めて、動きを止めた。
「……見ての通り二つ腕だけだが、気にするな。眼と腕を解放して全力で掛かって来いよ。なんでもありの真剣勝負、遠慮はいらん」
「――潔い人の雄なのだな。承知した」
ルリゼゼは下腕の手を使い眼帯を持ち上げる。
眼の色彩は上と同じだが、魔法陣らしきモノが浮かんでいた。
そして、目尻から光を帯びた緑色の螺旋状マークが縦長の耳裏の方まで刺青が生まれるように伸びている。
「……魔眼<魔靭・鳴神>の第一開眼を解放……では、遠慮なく、かつて魔界騎士と呼ばれた力の本髄を魅せてやろう」
魔眼の魔法陣が時計の針が回るように急回転。
下腕の両腕を下方へクロスさせ両越しに差してある曲剣を引き抜くと、そのまま前傾姿勢で突貫してきた。
先手は四剣流のルリゼゼ。
魔力を足に込めた鋭い踏み込み。
地面の砂場から湧き出るような水を跳ね退けながら、俺との間合いを一瞬で詰め上腕二肢に握られた二つの銀鋼の直刀剣を振り下ろしてくる。
――速いな。
頭上にきた一つの直刀剣を半身ずらすように躱しながら、右から迫った俺の頸を薙ごうとする剣線の直刀刃へ右方に動かした魔槍の上部を衝突させて刃を受け流す。
ルリゼゼは、キッキッーンとした異音の硬質音が響く初撃が防がれても、構わず、柔軟な足捌きで剣術を繰り出してくる。
彼女は細長い下腕を鞭のごとくしならせて、両手に握られた朱色の曲剣刃を振るう。
左と右から俺の胴体を挟むように繰り出してきた。
キレと同じような技だ。
剣刃を受けずに一歩、二歩、後退して左右からの鋭い薙ぎを躱す。
だが、素早さを増した彼女が前進しながら突き技を放ってくる。
連続で迫ってきた。
「痛ッ」
魔槍杖を円回転させながら剣突を弾いていくが、四本腕なので弾けない剣刃もある。
そして、俺は革服だ、胴体に銀刃と朱刃が掠る度に、傷が発生した。
「後退は愚――」
ルリゼゼは余裕の表情で俺の行動を責めてくる。
そのまま後退する俺を追うように前進しながら四つの腕を使い迅速の突きを繰り出してきた。
俺の両腕を囲う環の金属たちは、ちゃんとした防具になっているので、ルリゼゼの刃を防ぐ度に硬質の音を響かせ火花を散らせている。
そんな凄まじい剣術を披露しているルリゼゼは四つある視線でフェイントを繰り出してから、
「――これはどうだ?」
砂場に足を入れ、砂を掬い蹴る。
――砂を俺の目へと飛ばしながら目潰しを狙い、彼女は肩を巻き込むような畳んだ姿勢から袈裟斬りを繰り出してきた。
俺は咄嗟に、左へ回転しながら目潰しと袈裟斬りを、避けた直後――。
ルリゼゼの下腕の両手に握られた朱色の曲剣刃が、また、左と右から、俺の胴体を挟むように薙ぎってくる。
慌てず、魔槍の紅矛を正面に居るルリゼゼではなく、浅瀬の土地面に向けた。
地面を突き、俺は身体を浮かせて左右から迫った朱刃を避ける。
その避けたタイミングで地面を突いた魔槍を掬い上げる。泥と水を魔槍の矛と紅斧刃で掬い上げ、ルリゼゼの目元へ泥水を飛ばしてやった。
ルリゼゼは俺が同じことをしてくるとは思わなかったようで、咄嗟に右へ避けるが、左眼の一部に泥水をかぶる。
これで一時的に視界の一部を潰したはず。
「くっ――これぞ真剣勝負だ。良いぞ、良い、良い、良い、良い、良いッ!」
興奮しながら喋るルリゼゼ。
横向きの姿勢を保った状態で走りながら嗤い、喋っている。
彼女の二つの左眼は瞑られたままだ。
その瞳が一瞬散大したかと思うと、横を並走していた彼女は直角に動く。
膝を折り曲げたと思ったら、僅かに宙へ跳躍――左前回転を行いながら上腕下腕に握られてある四つの剣刃を生かすように、独特の回転斬りを繰り出してきた。
それぞれ微妙に違う角度から刃が伸びている、四剣斬。
ユイ&カルードの回転斬りを思い出しながら<血道第三・開門>を開門――。
<
血塗れた足裏により身体速度が増したので、身に迫る四つの回転剣刃の一つ一つの剣刃の形を把握しながら紙一重の距離で避けていく。
ルリゼゼは剣の名手と分かるが、彼女の四剣の朱色と銀色が混ざり合う剣閃が虚空を交差した。
四つの剣刃を躱しきったところで、魔槍杖の石突をルリゼゼの腹に衝突させようとするが、彼女は少し距離を取った。
「素晴らしい身体速度、体術、いや、槍武術の一つなのか? 我と同じ魔界騎士になれるぞ。だが、第二開眼<魔靭・鳴神>――」
その刹那。
四つの眼と連動したのか、彼女の四つの手首から魔力が膨れ上がる。
その手首から暗器のような多数のジャックナイフを連想させる緑色のモノを突出、いや、刃を閃かすように飛翔させてきた。
――旧ソ連、スぺツナズ・ナイフを連想させる。
魔槍を回転させて防ぐが、ナイフ群は数が多い、これは避けられない。
咄嗟に魔槍杖を持ちながら腕を頭の前に交差させた。
ブーが俺にくれた両腕に展開させている壊れた環防具を使い、斑花火を発生させながら左右へ緑色の太い刃を弾いていく。
ぐお、ドス、ドスッと、いてぇぇ、骨に沁みるような鈍い音を立てながら、下半身に刃渡り太いナイフが刺さる……痛すぎるッ。
しかも、股間の大事なところに刺さって、しまった……これは、なんだ。
あまりの痛みと変な感覚を得て、必死に何かを否定。
革服のズボンは切り裂かれ赤く染まる中、ルリゼゼから距離を取る。
刺さったナイフを素早く引き抜いていく。
「……その速度を生み出している足を貰うとしよう。四腕シクルゼ流<
トントンットン、と、小気味よいステップをしながら喋るルリゼゼが、技めいた言葉を呟くと共に、爆発的な加速を見せる。
間合いを詰めながら未知の剣閃を薙ぎってきた。
丁度、最後の緑ナイフを引き抜く作業を終えた直後だったが、魔槍杖を地面へ斜めに刺すようして、その四つの剣閃を防ぎきる。
金属の不協和音が耳朶を震わせながら、口を動かしていた。
「さすがに足を狙うといったら分かるだろ」
「ふ、そうだな<
マジ? 最初はフェイクだったらしい。彼女は技名を呟いた瞬間、ぶれるように現れたもう一体のルリゼゼが俺の足を薙ぎっていた。
「ご主人様――」
背後から選ばれし眷属の悲鳴が届く中、俺は両足が切断され、躰が空に舞っていた。
百八十度移り変わる洞穴の映像を見る。
知らない天井だ……これが斬られた反動からくる、移り変わる映像という奴か。
久々にまともに斬られたな。
眷属たちが驚いているが、もう心配はさせない。
ルシヴァルの宗主として――血魔力<第一関門>を意識。
「俺を殺すなら足じゃだめだ。熱く滾っている魂を斬らないと」
そんなことを語りながら、脛足から血が迸っている血を操作し、地面にある切断された俺の足の断面へその血を繋げた瞬間。
斬られた二つの足が瞬時に空中に舞う俺の膝下へ運ばれる。
磁石の時S極とN極が引かれ合うように、ロボットが合体するように切断面を合わさり足が合体、再生を果たした。
決して、足が逆とか、逆さまになっているとかではない。
「なんだとっ」
当たり前だが、ルリゼゼは唖然とした表情を浮かべて驚く。
彼女の四つ眼に溜まっていた魔力が減少しているように見えた。
俺は浅瀬の表面に着地。足の感触は普通だ。水が冷たい。そのままルリゼゼの姿を視界に捉えて睨む。
そのまま魔槍杖を握る感触を確かめながら、彼女との間合いを詰める。
下段から砂と水を掬いあげるように
「くっ、魔眼<魔靭・鳴神>には見えているぞっ――」
ルリゼゼはそんな言葉を発し、俺の
そこで全身に魔力を纏う魔闘術を行う。
俺の身体速度がもう一段階引き上がったのを利用。
見た目的には、オーラを纏った全身の筋肉が一回り増しているような感じなのかもしれない。
凄まじい躍動を身に感じながら、下段軌道を描くように運んでいる魔槍の握り手の指をラフマニノフの難しい協奏曲を弾くように素早く離しなぞらえながら動かし上段の位置へ魔槍杖バルドークを運ぶ。
ルリゼゼの頭上、大上段の位置から彼女の頭上ごと切り裂くイメージで魔槍杖を振り下した。
「何っ、速い――」
彼女は回転斬りの勢いを利用しながら両上腕に握られた二つの直刀剣と左下腕に持っていた曲剣の刃を急ぎ頭上へ掲げて、三つの刃をクロスさせる。
振り下ろした紅斧刃を三つの刃で受け止めていた。
紅い火花が散り、彼女の髪を少し焦がす。
力の紅斧刃を受け止める三つの剣は刃こぼれなし、業物、魔剣の類だろう。
彼女は俺のフェイントに掛かっていたが、反応が異常に速い。
ルリゼゼが使用した<魔靭・鳴神>の力なのかもしれない。
さらに、右の下腕に握る朱色の刃が煌く曲剣を伸ばそうとしてきた。
ところが、俺が振るった大上段から力の一撃でもある魔槍杖の振り下ろしが予想外に重かったらしく、ルリゼゼは顔を歪めながら片膝を浅い湖面へ突き、バランスを大きく崩す。
反撃の曲剣の突きは途中で止まる。
「その顔色、予想外な速度と力か?」
俺は笑みを浮かべながら、挑発をするように語り掛け、二つの直刀剣と朱色の曲剣刃の三つと魔槍の紅斧刃による鍔迫り合いに移行する。
と、
「ぐ、ぐっ、我を舐めるなっ――」
掛かった。
そのタイミングで、ルリゼゼの三つの剣刃と重なっていた紅斧刃の魔槍杖をわざと消す。
そう、突然なる均衡の崩れ。
これにはルリゼゼも対応できまい。
足が複数あったなら、また違っただろうが。
彼女の接地は完全に失われ体勢を崩すと、前のめりに転倒した。
そこに、<導想魔手>を発動させる。
歪な魔力の巨大拳をルリゼゼの視界を潰した左側面へもろに直撃させた。
左半分の顔と黒革鎧の側面に、歪な拳の跡が生まれ出て凹む。
「――ぐあぁ」
ルリゼゼは上腕と下腕の手に持っていた剣を落とし、もんどりうって回転しながら岩壁へ吹き飛んでいく。
岩に直撃するか? と思ったが、すげぇっ――。
彼女は血塗れな身体を空中で動かし体勢を変え両足の裏で岩壁を捉えると、吹き飛ばされた力を逆に利用するかのような反動で、俺の方へ飛ぶように突っ込んでくる。
血塗れた髪がべっとりと着く彼女の顔は拳の痕が痛々しい。
暴戻の気が漲った表情だ。
そして、下腕の右手には、まだ朱色の曲剣が一つだけ握られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます