百六十七話 初の<筆頭従者長>誕生

 

 一度リビングに戻る。

 イザベルには、寝室から二階には立ち入るな。

 と、話をしといた。


 そして、今、寝台の上でヴィーネと二人きりだ。


 黒猫ロロは外で掃除中の使用人たちと遊んでいると思われる。


「ご主人様、大事なお話があるとか……」

「あぁ……」


 緊張する。


『閣下、何をなさるのですか?』


 常闇の水精霊ヘルメが視界に現れて聞いてくる。


『悩んでいたが、俺の眷属を生み出そうと考えている』

『なんとっ。では、ヴィーネを眷属に』

『そうだ』

『おぉぉ、素晴らしい。では、念のため、わたしは外へ出ています』


 ヘルメは素直に喜ぶ。

 何かずるい的な、嫉妬発言をするかと思ったが……。

 眷属が増えることのほうが、ヘルメにとっては重要度が高いらしい。


『分かった』


 左目から液体のヘルメがスパイラル状に出た。


「――きゃっ、せ、精霊様?」

「念のために、ヘルメには暫く外に出ていてもらう」

「そ、そうですか……」


 ヘルメは、にゅるりと人の形に変身。

 女体のヘルメは、俺とヴィーネを見ては、目を細めて、微笑んでから寝室の外へ歩いていった。


 よし、勇気を出しすとしよう。


「前に血を欲するヴァンパイア系と話したことは覚えているか?」

「……はい、覚えています」


 声音は小さい。

 俯いたヴィーネ……が、急に顔を上げて、


「――あっ、わたしの血を吸って頂けるのですか?」


 と、笑みを見せながら、そんなことを話す。


「え?」

「ご主人様が望めば、いくらでも、どうぞ――」


 彼女は黒ワンピースの襟を広げるように首を晒す。


「あぁ、それは確かに、魅力的だ。しかし、今回は少し違う。逆だ。俺の血を飲まないか?」


 そこから、恒久スキル<眷属の宗主>について話していく。


 もしかしたら性格が変わってしまうかもしれない。

 日の光を受けたらダメージを浴びるかもしれない。

 誇りある種族としてのダークエルフの在り方を奪うことに繋がるかもしれないとか。

 デメリットを中心に、当初からの不安を包み隠さず丁寧に話していた。


「……凄い、わたしがヴァンパイア系に、ご主人様の血の系譜を得られるのですね。本当の従者に……しかも今よりも強く……最初の<筆頭従者長>というものになれるのですか」

「そうだ」


 俺の言葉を聞いたヴィーネは興奮したのか鼻息を荒くしつつ、


「――お願いするっ! わたしは身も心もご主人様のものなのだっ。永遠にご主人様のお傍にいられるのなら! 日の光など要りません。ご主人様を愛しています……どうか、ご主人様の血を分けてください。光魔ルシヴァルの新種族の系譜へお加えくださりますよう……」


 素の感情を表に出しながら、土下座をしていた。

 そうか、そこまで想ってくれていたのか。


「分かった、本当にいいんだな?」

「はいっ」


 ガバッと勢いよく顔を上げるヴィーネ。

 銀のフェイスガードは装着していない。

 だから、虹彩の双眸がよく見えた。


 いつにもまして、銀色で神秘的な瞳だ。


「それじゃ、寝台から降りてくれるか。何が起きるか俺もよく分からないから。童貞と同じ、初めてなんだ」


 ヴィーネは涙を流しながら立ち上がる。


「はい、ご主人様……嬉しいです。一生の宝となります」


 目を瞑ってすべてを受け入れるように両手を広げて、胸を突き出していた。


 俺も覚悟を決める。

 そして、初めて<眷属の宗主>を発動――。


 その瞬間、視界が闇に染まる。

 俺とヴィーネだけを闇のフィールドが包む。


 寝室の一部も闇の次元フィールドらしきモノが包む。

 同時に身体の内側から魔力と血が沸騰したかのように暴れ出す。


 ――ぐおぉぉっ、血だ、血が躍動するっ。

 しかも、魔力が凄まじい勢いで消費され失われていく……。

 そして、得体の知れない、何かに、精神が、噛み付かれ、喰われ、血と精神と魔力がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、ぐぁ……。


 胸の動悸どうきが激しく……。

 ドンッと心臓が高鳴った瞬間、熱い血潮が全身から迸った。

 血が勢いよく噴出、動悸は収まるが……。

 噴出した夥しい量の血と急流のような血の流れは凄まじい……。


 これが眷属の血、俺の魂の系譜……。

 どっかの哲学者じゃないが、まさに、特別なジュースだ。

 闇の世界を血が満たしていく。


 この血をヴィーネへ移すのだな。


 まさに、俺の力を分けているシェア


 血の海はヴィーネの足もとに届くと、足先から膝、腰の辺りにまで彼女は俺の血にどっぷりと浸かり、血に侵食されていく。


 彼女はそんな状態でも怖がらずに、俺のことを一心に見てくれていた。


 やがて、特別な血がヴィーネの全身を覆うと、彼女は血球に包まれて宙に浮かぶ。


 不思議だ。赤ん坊が誕生するかのように、血の子宮か?

 そう疑問に思った瞬間、血の子宮はぐにょりと大きな幹へ形を変えた。


 血の滴る大きな樹木。幹が誕生していた。

 幹には五つの大円、続いて十の大円が作られ、それらを結ぶ二十五の小円の枝ができている。


 血海の中に大きな紋章の樹木が出来上がっていた。


 ※ピコーン※<ルシヴァルの紋章樹>※エクストラスキル獲得※


 まじか、初のエクストラスキルを獲得!?


 血が滴るルシヴァルの紋章樹はヴィーネと重なり合った瞬間、眩しいほどの強烈な光がヴィーネの心臓の位置から発生。

 心臓の位置から光の筋が全身に生まれ出ると同時に、眩しい光粒子と血粒子が、闇の世界を照らすように宙へ放出された。


 陽と陰のマークのような光粒子と血粒子のマークが空中に作られる。


 ハッキリとした形になると、光と血は混ざり合い内部でぐるぐると蠢き出した。

 ……渦を巻く凄まじい速度の血流の渦は、ヴィーネの全身へ取り込まれ吸い込まれていく。


 彼女は苦しそうな表情だ。俺の心を抉る。

 大丈夫か……心配だ。

 だが、この目でしかと見届けなければならない。

 これもスキルの制約の一つらしい。


 内部が変質、肉、骨、血、細胞、ダイヤモンドダストのような光の粒と真の闇が混ざり合い、まさに俺の血が彼女の全てを進化、変化させていると分かった。


 ヴィーネの中へ全ての血が取り込まれると、彼女の身体に重なっていたルシヴァルの紋章樹に印された大円の一つにヴィーネの名前らしき古代語が刻まれた。


 その刹那、彼女はルシヴァルとしての圧倒的な存在感を示す。

 蠱惑的な表情を一瞬、浮かべるが……突然気を失うように倒れていた。


 闇の空間は幻想的な霧が晴れるように徐々に消えていく。


 ※ピコーン※<従者開発>※恒久スキル獲得※

 ※ピコーン※<真祖の系譜>※恒久スキル獲得※

 ※エクストラスキル<ルシヴァルの紋章樹>の派生スキル条件が満たされました※

 ※ピコーン※<ルシヴァルの紋章樹>と<真祖の力>が因果律へ干渉……進化を促します……<真祖の力>※<真祖の系譜>※<眷属の宗主>※三種スキルが融合します※


 ※ピコーン※<大真祖の宗系譜者>恒久スキル獲得※


 おお、スキルを獲得した。

 成功したようだが……俺がヤヴァイ。

 仙魔術を超える魔力消費。

 ガクッと、膝を床につける、口の中に胆汁が染み渡る……。

 胃どころか、腹がねじ切れそうな感覚、ヴィーネに駆け寄りたいが、身体が重い……。

 息を吐くように自然と床に視線がいく。床、というか、寝室の周りには俺の血は全く付着していなかった。


 恒久スキル<眷属の宗主>、いや、融合したから<大真祖の宗系譜者>か。


 とにかく、魔力と血が大量に消費されるということだ。

 ゆっくりと、立ち上がりながらヴィーネのもとへ近付いていく。


 彼女の姿形に変化はない。

 綺麗な長い銀髪と青白い皮膚を持つ、ダークエルフ。

 さっきの出来事が何もなかったかのように黒いワンピースも血に染まってはいない。


「ん……」


 起きた。


「ヴィーネ、どうだ。俺が分かるか?」

「ご主人様? わたしはヴァンパイア、新種族へ……?」

「まだ自覚がないか? 試してみよう」


 その場で、血を操作、右手首から血を出していく。


「あぁ、血が、美味しそうに見えます……」


 彼女は目の横に血管が浮かび、目が紅い。

 もろにヴァンパイア顔だ。


「<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>スキル。<血魔力>、<真祖の系譜>、<筆頭従者長>の恒久スキルを取得したと分かりました……そして、スキルが統廃合されて違うスキルに、音の捉えかたも変わったようで、体が軽いです……」


 おぉ、恒久スキル<真祖の系譜>は俺も取得した。融合して変わったけど、それ関係か。


「……スキルか、ヴァンパイア化は成功だな。しかも<真祖の系譜>と<筆頭従者長>という恒久スキルの名前からして、確認してみないと分からないが、俺の力は受け継いでいるようだ。だが、目が血走り、目の周りに血管が浮き出ている……その状態で血を我慢できるか?」

「……は、はい、ご主人様が愛おしい、その神聖なる血は……濃厚な雄の匂いを感じてしまい、正直……物凄く、誘惑はありますが……はい。気持ちを抑えることは可能のようです。後、毎日、僅かですが血の摂取が必要です」


 毎日か、それなら、俺の血を毎日吸わせてやればいい。


「本当のようだ。目の充血が収まっている。顔の変化もなくなった。この流れ出る、俺の血を見ても平気なら、大丈夫そうだな。次は光を試すか……少し怖いが」

「……はい」


 二人で廊下を出てリビングルームへ向かった。

 リビングルームの十字窓から出ている光に指を伸ばすヴィーネ。


「どうだ?」

「大丈夫です。光に当たっても火傷はありません」


 確かに、何の変哲もない。


「おおお、やはり、ヴィーネは俺の眷属。光魔ルシヴァルの血を受け継いだ」

「はい、一応外へ出てみます」


 ヴィーネは嬉しそうに素早く走って玄関を開けては中庭に出ていた。


「――大丈夫でした。そして、<筆頭従者長>の効果で身体能力が跳ね上がっています。わたしの意識が追いついていかないんですが、何気ない動作が速いんです」


 確かに速くなっている。椅子に座る動作も速い。


 俺も椅子に座りながら口を開く。


「少しずつ慣れていったらいい」

「はい」

「それで、その<筆頭従者長>では身体能力が上がるほかに、どんなことができるんだ?」


 ヴィーネは机に両肘を置いて、


「傀儡骨兵の作成ができるようになりました」


 彼女の口調は自信有り気だ。

 傀儡骨兵はヴェロニカが前に少し話していたことを覚えている。


「……傀儡骨兵はヴェロニカが作っているという奴か。見たことがないが、作るのに材料とか必要なのか?」

「はい。種族は問わないですが、人型の骨、これは古い墓地であり魔に近い骨ほど、傀儡骨兵の性能がよくなります。そして、モンスターの骨、栄養のある土、錬金粉、石粉、主人の血が必要です。更に、スキル使用時に多大な魔力を消費するようです」

「へぇ、沸騎士とは違うようだ」

「はい。知能はそんなにないようです。改良ができるようですが、実際に作ってみないと分かりません」

「分かった。それと、ヴィーネが覚えた<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>だが、ヴァンパイアハンターに狙われる原因にもなるから、あまり使うな」


 これは予め教えておかないと余計なトラブルに巻き込まれる危険性があるからな。


「分かりました」

「ただし、非常に使えるスキルだから、索敵で知りたい場合はリスクを覚悟して使え、これは一種のヴァンパイアとしての縄張りを示すことに繋がる。詳しくは<血魔力>の第一関門を得たら分かる」

「肝に銘じておきます」

「まぁ、使ったとして……ヴァンパイアハンターの冒険者がおれたちにいちゃもんをつけてきたとしても、たぶん大丈夫だと思うがな? 聖水、銀光蜘蛛とか、対ヴァンパイア用の攻撃を受けても、俺は平気だったし。だとしても、ヴィーネはまだ喰らっていないから分からない。リスクが一応あるということは、頭の片隅に入れておいてくれ」

「……はい」


 ヴィーネはゆっくりと頷く。


「それと<血魔力>だが、そこから発展させるには、ある器具と訓練が必要だ」

「訓練ですか。確かに、<血魔力>だけでは意味が分かりませんでした」


 そこでアイテムボックスから“処女刃”を取り出す。


「これだ」

「腕輪ですね」

「そうなんだが、ここをカチッと押すと……」

「あ、刃が、凄い数の刃が出ています。不思議なギミックですね、刃が異常に多い……」

「そそ。この腕輪を嵌めて、ひたすら、痛みに耐えながら、<血道第一・開門>を得られるまで頑張るしかない」

「……」


 ヴィーネは表情を曇らせる。

 まぁこんなドM訓練なんてやりたくないよね……。

 だが、強くなるためには必要だ。


「吸血鬼の先輩のヴェロニカ曰く、昔は全身を包む刃鎧を着ていたそうだ。それよりかは、幾分かはましだろう?」

「そ、そうですね。それはご主人様もお使いに?」

「うん。俺も使った」

「……なら、やってみます」

「分かった。やるなら、陶器桶バスタブがある二階へ行こう」

「はい」

「――成功しましたか?」


 椅子から立ち上がろうとしたら、常闇の水精霊ヘルメが玄関から現れた。

 黝い葉っぱが靡いて蠢く衣服を纏っている。


「あぁ、成功だ」

「はい、精霊様。ご主人様の一族の系譜に加わり<筆頭従者長>に成れました」


 ヴィーネは誇らしげな顔だ。


「おめでとう。血の系譜を得られたのですね。わたしとは違いますが、同じ偉大なる闇の力を授かったということです。なんという幸運、なんという素晴らしき出来事なのでしょう。ヴィーネ、今後とも閣下のことを頼みますね。わたしも閣下を支えますが、貴女ならば、わたしにはできないやり方で閣下を大きく支えられるだろうと信じています。信頼していますよヴィーネ……」


 常闇の水精霊ヘルメはいつになく饒舌に、感情的に、涙ぐみながら本当に嬉しそうに語る。


「……ありがたきお言葉です。このヴィーネ、ご主人様の血となり骨となりましょう」

「ふふっ、互いに至高の御方にお仕えできるのです。わたしも閣下の水となりましょう」

「はいっ、フフ……」


 なんか、怖いガールズトークだ。

 だが、最高の二人だ。

 たとえ、人類の征服、世界征服へ乗り出したとしても、一緒に側にいてくれそうな二人。

 俺にとって、かけがえのない存在。

 ま、そんな支配とかに興味はないが、永遠に一緒に過ごす二人の存在は大きい。


「二人とも、ありがとう」

「閣下……」

「ご主人様……」


 二人はゆっくりとした動作で、椅子に座る俺に抱きついてきた。

 お返しに、優しく二人のお尻へ手を回してぎゅっと揉みながら抱きしめてやる。


 そして、おっぱい研究会の技の中で、難易度が高く百五十七手の技で至高の受身状態と言われた、ダブルの巨乳に直接、顔が挟まれた状態だ。


 だが、不思議とエロい感情は湧かない。

 心が温かいんだ。二人の忠誠と愛が、俺の心を満たしていた。


 自然と頬に涙が流れていく。


「あぁぁ、閣下――」

「もったいないっ、ご主人様――」


 あうあ、二人とも俺の目元に顔を伸ばして、舌で涙を舐めている。


「美味しい、閣下……」

「美味しいです。ご主人様」

「……分かったから、少し離れていいぞ」

「はい。でもどうして、お涙を……」


 ヴィーネが聞いてきた。


「それは、おまえたちの忠誠と愛が嬉しかったのさ。独りぼっちの人生が長かったせいもあるが、三人いれば嬉しいことも三倍だ。悲しいことも三分の一に減る。病める時も健やかなる時も愛する者たちと一緒に過ごすのはいいもんだなと、想ってな」


 ユイ、キッシュと別れ、ミアに突っ込まれてから、まともに向き合ってこなかった面もあるが。


「身に染み入る素晴らしきお言葉です。ご主人様は司祭様になれます」

「閣下、わたしも涙が流れてきました」


 ヘルメが顔を突き出してアピールしてきた。

 わたしの涙を舐めろ? それはいいや。ごめん。 


「……さ、もうお涙頂戴は終わりだ。ヴィーネの<血魔力>を覚醒させるぞ」

「はい」

「閣下……舐めてはくれないのですね……ここで待機しています」


 常闇の水精霊ヘルメは少しいじけてしまった。


「おう、すまんな。メイドたちにも後で挨拶しといてね」

「はい」


 ヴィーネを連れて、二階の風呂場があるミニ塔へ向かう。


「ヴィーネ、これを渡しとく」

「はい」


 処女刃を手渡す。

 ヴィーネは黒ワンピースを脱いで裸になり、タイルの床に足をつけて悩ましい姿で歩く。


 大きい胸が揺れる。お触りしたくなるが自重した。


 彼女は腕輪を嵌めると、バスタブの中へ両足を入れる。


「見ててやる。スイッチを入れたら、刃が突き刺さるからな。痛いだろうが……頑張れ」

「はい、早速っ」


 処女刃のスイッチを入れたヴィーネ。


「痛っ」


 腕輪の刃が皮膚に食い込んだのか、腕から血が溢れていた。


「その状態で血の道、<血魔力>を意識。痛いだろうが、我慢だ。徐々に傷口から出血している感覚を得られる。その感覚をどんどん強めていけ。因みに全部、ヴァンパイアでもあるヴェロニカ先輩の受け売りだ」

「はいっ」


 数時間後、バスタブが血で溢れたのは何回目か。

 また、血で満杯になっていた。

 その溢れ出た彼女の美味しい血は、吸い取ったから、美味しい思いを何度も得ている。

 そして、夜、深夜を過ぎた頃、ヴィーネの表情が、ぱっと明るくなった。


「ああ、やりましたっ。<血道第一・開門>を獲得しましたっ」

「お、成功したか」

「はいっ。更に、<血剣幻弓師ブラッドエクス>に戦闘職業が変化を遂げました。他にも<筆頭従者長>及び<従者長>たちへ遠隔から血を使った簡単な指示が出せるようになりました。<筆頭従者長>の力ではないですが、<真祖の系譜>を使えば、血文字として、遠く離れていても、ご主人様に連絡が行えるようです」


 血文字を用いた遠隔通信か。かなり便利だ。素晴らしい。

 <筆頭従者長>と<従者長>を作れば、その眷属たちと連絡が可能。


 ヴィーネは目を紅色に変化させつつ恍惚の表情を浮かべていた。

 なみなみと溜まったバスタブの血を吸い上げる。時折、感じているような甘い声を出すヴィーネ。


「……あぅ、ん、これが血を操作――。そして、血を、吸うことが、体に取り込むことができる。<血道第一・開門>……略して第一関門」

「……そうだ」

「あん!」

 

 ヴィーネは俺の声を聞いて体を震わせつつ、悩ましい声を上げた。

 ヴァンパイアってより、女として感じている表情がいい。

 そのことは告げず、


「<血道第一・開門>を獲得して、戦闘職業が変化か。スキルの獲得はしてないのか?」

「してないです」


 ……ヴェロニカが驚いていた理由はこれか。

 俺は<血道第二・開門>も同時に獲得したからな。

 ヴィーネが<血道第二・開門>を覚えたら、血に関するスキルを覚えるかもしれない。

 が、そう簡単には覚えることはできないだろう。

 俺のような成長を加速させる<天賦の魔才>や<脳魔脊髄革命>はないのだから。

 そのことは告げずに、


「略して、第一関門の獲得、おめでとう。第一段階完了だ」

「ありがとうございます、これをお返しします」


 受け取った処女刃は、またアイテムボックス行きだ。


 さて、俺も新しいスキルを試すか。


 <従者開発>を発動。

 その瞬間、ヴィーネの悩ましい裸の全身が光った。


「ご主人様?」

「俺の<従者開発>スキルだ。そのまま待機」

「はい」


 ……ヴィーネの体の色合いを弄れる。

 入れ墨的な光魔ルシヴァルとしての種族の証明的な……。

 紋様を刻めるようだ。


 試しに色だけを……。

 青白い肌から普通の肌へ変化させてみた。


「ああ、肌の色が……」

「こうしてみると、普通のエルフだな」

「……はぃ」


 更に、髪の毛の色合いも変化させた。

 ――銀色から黒色へと。


「ヴィーネ、その長い髪を触ってくれるか?」

「? はい。ああ、黒くなっています!」

「お前の肌と髪の色を弄れるようになった」


 おっぱいの大きさは、弄れない。

 ま、ヴィーネは巨乳さんの持ち主だ。

 弄る必要はないか。


「凄いです。ご主人様のお好みの色へと染まれるのですね……」

「あぁ。だが、俺は銀髪、青白い肌のヴィーネが好きなんだ。だから、銀は少し輝くようにして、青白い肌に戻す」

「はいっ」


 黒くした髪を元の銀髪に戻し、少し光沢をつけてやった。

 元に戻した青白い皮膚も、どことなく、肌つやがよくなる。


 入れ墨は俺の紋様として刻めるようだが……。

 今はいいや。


「他にも紋様が刻めるようだが、今日のところはこれでいいだろう、完了だ」

「……本当に銀の髪に戻りました。しかも、月に反射したように少しだけ輝いて見えます……嬉しい」


 よかった、喜んでくれた。

 あぁ、だから、ポルセンの従者であるアンジェの髪の毛が綺麗な青だったんだな……。


 青い髪はポルセンの好みか。


 しかし、ヴァンパイアハンターでもあるエーグバイン家のノーラ、妹がヴァンパイアになっていると知ったら……。


 ポルセン、大丈夫か?


 が、俺は【月の残骸】のトップ……。

 ポルセンも今や仲間だ。


 あのノーラとは対決したくない。

 んだが、絡んでくるよなぁ、どう考えても……。

 この間のように、ニアミスを起こすぐらいに、ポルセンの後を追っていたんだ。


 将来的に、このペルネーテには来ると思われる。


「……ご主人様、どうかされましたか?」


 ヴィーネはもうバスタブから出て黒ワンピースを着ていた。


「昔、絡んだことのあるヴァンパイアハンターの一件を思い出していたんだ」

「そのようなことが。そのヴァンパイアハンターとは、冒険者ですよね?」

「俺が会ったのは冒険者かどうかは分からない。ヴァンパイアを追う専門的な存在だと本人は話していたな。綺麗な女性で、名前はノーラ。昔からヴァンパイアと対決していた一族らしい。俺も最初はヴァンパイアだと勘違いされていた。誤解は解いたが。どうやら、ポルセンを追っていると思われる」


 綺麗な女のところで視線を鋭くするヴィーネさん。

 指摘はしないが、嫉妬は治りそうもないな。


「ポルセンは【月の残骸】のメンバーですね」

「そうだ。いつか、ノーラが絡んでくるかと考えていたのさ」

「……そのポルセンに知らせておきますか?」

「必要ないだろ。あいつも強い。絡んできたら報告がくるはず。んだが、いざとなったら、助けてあげるつもりだ」

「はい、ご主人様はお優しい……」


 そんな会話をしながら一階へ戻った。


「シュウヤ様っ、この方が精霊様なのですか?」


 俺たちが一階に戻ると、メイド長のイザベルが顔を引きつらせながら、近寄ってきた。


 ヘルメのことを聞いてくる。

 イザベルが恐る恐る腕を伸ばした先には、リビングの一角で、胡坐の体勢で宙に浮かぶヘルメの姿があった。


 彼女は瞑想中。


「そうだよ。瞑想中らしいから、気にしないでいい」

「はぁ……あぁ、そうでした。そんなことより、血の匂いが漂ってきましたが、あれは……?」

「……」


 俺とヴィーネは顔を見合わせる。

 さすがに、光魔ルシヴァルのことは、まだ、言えない。

 咄嗟に嘘を言っていた。


 ま、勘づいているとは思うが、ニュアンスで伝わるだろう。


「新しい魔法、血の研究だ」


 ま、確実に、ヴァンパイアだとバレていると思うが。

 彼女なら使用人にも上手く言い聞かせてくれるだろう。


「あ、新しい魔法……」

「イザベル、ご主人様は、至高なる魔槍使いであり、偉大なる大魔術師たる存在なのです。こうやって、会話をさせていただいているだけでも、ありがたきこと。あまり疑問に思わぬことです」


 ヴィーネが俺の即興の言い訳に重ねるように話してくれた。

 至高なる魔槍使いに、偉大なる大魔術師かよ。


 大袈裟だ。


「は、はい」

「分かっていると思いますが……内密にするのですよ?」


 ヴィーネは銀色の虹彩が少し紅色に光る?

 更に、目の横には吸血鬼らしい血管が浮き出ていた。


 あ、ルシヴァルの、<魅了の魔眼>か。


「畏まりました。ヴィーネ様」


 必要ないと思うが、魔眼が効いたらしい。


「しかし、もう深夜の時間だろ。イザベル、疲れたんじゃないか。休んでいいぞ」

「……お言葉はありがたいのですが、シュウヤ様、お食事はどうされるのですか?」

「あぁ、作ってくれていたのか」

「はい、キッチンメイドたちが仕事をしました」

「すまんな、それじゃ、その作った料理を持ってきてくれるか? ヴィーネも食うだろ?」

「はい」

「わかりました、今、用意させます」


 イザベルは礼儀正しく頭を下げる。

 少し、恐縮してしまうが、その間に、イザベルは、そそくさと端で仕事を待っていた使用人たちに指示を出した。


 待っていたのか、悪いことをした。


「悪いな、待たせていたようで」

「ご主人様、わたしたちはご主人様を支えるメイドです。お気遣いは大変にありがたいですが、わたしたちの仕事がやりにくくなるだけですので、無用な心配です」


 叱られた。さすがはメイド長。

 余計なことだったか。


「わかった。プロに徹してくれ」

「はいっ」


 いい表情だ。

 イザベラか……。


 心では、リスペクトを送るように、イザベラさんと言うべきだろうか。

 

 リビングの机の上に色とりどりの料理が並べられていく。


「おぉ、これを作ってくれてたのか」

「はい、キッチンメイドたちとて、優秀ですから」


 大鳥のロースト。これは豪華な食事の定番メニューらしい。


 ほかにも、ルンガの牛ステーキ、レタス系、みたことのない青い葉野菜。

 茸と魚の煮込み物が並ぶ。


 マイ箸を使い料理を口へ運び、勢いよく食べていく。

 俺とヴィーネが食べていると、


「にゃおん」


 黒猫ロロの声だ。

 廊下の先から走ってきては、俺の側に来る。

 一階の玄関からじゃないから二階にいたのかもしれない。


 遊びまわって探検でもしていたのかな。


「お前も食うか?」

「ンン、にゃぁ」


 喉声を鳴らして返事をする。

 肩に乗るだけで、食事には見向きもしなかった。


「さきほど、ロロ様はたくさん食べられてました」


 イザベルが報告してくる。


「なるほど、もう食っていたのか」

「勢いよく食べておいでで、驚きました」

「はは、だろうな」


 黒猫ロロはそんな会話中に頭巾の中に潜っていく。

 背中に可愛い重さを感じながら、食事を胃の中へ運ぶ。


 まだ残っていたが、お腹はいっぱいだ。


 マイ箸の汚れを水で落としてから仕舞う。

 ヴィーネも食べるのを止めていた。


「――イザベル、美味しかった。キッチンメイドたちにお礼を言っといて」

「畏まりました」


 寝室に向かうと、黒猫ロロが起き出した。


「にゃぁ」


 頭巾から肩に移動して床に飛び降りると、素早く寝台の近くまで走り、ベッドの上に飛び乗った。


 いつものように飛び跳ねて遊ぶのかと思ったら、俺の顔を見てくる。


「どうした?」

「にゃぉ」


 片足でポンポンとベッドの表面を叩く黒猫ロロさん。


「はは、一緒に寝ろってことか?」

「にゃ」


 黒猫ロロは寝台上で寝転び、逆さまで俺を見てきた。

 肉球を見せるように片手を伸ばしてくる。


「遊びたいだけか」


 俺は笑いながらベッドにダイブ――。

 可愛い黒猫ロロを抱いて、手と手を合わせてなむーっと、ふざけながら、肉球ちゃんをもみもみとする。


 相棒は俺に身をゆだねて、なすがままの、だらーんとした脱力状態。

 可愛い。


 だが、


「にゃ、にゃ~」


 と、突然鳴いた。

 黒猫ロロは俺の鼻を踏むように肉球スタンプを繰り出す。

 ヴィーネが戻ってきたようだ。


 ま、いいさ。

 構わずに黒猫ロロと遊び続ける!

 ……肉球と耳を伸ばし同時にマッサージする秘技を繰り出した。

 続いて、喉の毛を梳きながらゴロゴロと音を鳴らし、振動している喉を触って楽しんでいく。

 

 相棒は眠くなったように目を細めて、頭部を俺に預けてきた。

 ここで俺が両手を下げたら、支えをなくした黒猫ロロはどうなるかな?


 と、両手を下げたらガクッと頭部を突っ伏した相棒ちゃん。

 起きるかと思ったが、そのままだ。

 

 黒猫ロロは眠っていく。

 俺が悪戯したことは気にしていないようだ。


 そして、俺もゴロゴロとした喉の音を癒しのBGMとして……。

 一緒に眠っていく。

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