百五十一話 魔宝地図
「使い方だと? そんなことも知らないのか」
ハンニバルは不機嫌そうに話をする。
ヴィーネの視線を俺が防いだことにイラッとしたようだ。
「そうだよ。俺は迷宮に潜った回数は少ないからな」
暗にヴィーネのほうが迷宮に精通してますよ。的に話す。
ハンニバルは眼輪筋に力を入れて俺を見た。
「……ほぅ。地図に関しては完全な素人か。なら特別に俺が説明してやろう。解読された魔宝地図なら誰でも使えるんだよ。触ったら、その地図に記された宝箱の位置が分かるんだ」
へぇ、誰でもか。
と、机の魔宝地図を触った。
刹那、墨汁色の筆で書いたような〝Ⅳ〟と〝五層〟の文字が魔宝地図の表面に浮かぶ。
二つの塔と墓場の絵が強調表示された。
宝箱が埋まった場所もX印で記されている。
「今はそれだけの情報だが、迷宮の五層に入れば自分の位置も地図に出現する。だから迷うことはない。
実際に掘るのかと思ったけど、違うのか。
「なるほど」
「念のために、その鑑定した地図は仕舞ったほうがいいぞ。鑑定済みの地図があれば、誰にでも発掘は可能だからな。ま、レベル四だから、発掘した際に出現する守護者級のモンスターを倒さねばならないが」
モンスターが出現するのは【スロザの
魔宝地図をアイテムボックスの中へ仕舞いながら、
「……分かった。これは仕舞っとく。それで宝箱と共に出現するモンスターは、どのくらいの規模とか、モンスターの種類とか決まりはあるのかな?」
ハンニバルは髭をぽりぽり掻くと、短く溜め息を吐く。
「……規模か。出現するモンスターはレベルに見合った強さが出現するが、様々だ。ランダムだよ」
「ランダムね、もう少し地図関係のことを詳しく」
俺の質問に、ハンニバルは再度溜め息を吐きながら、しょうがねぇなといった面を作る。
「……本当に今日は特別だぞ。俺が仕事以上のことをするのは稀なんだからな? まずはもう一度、基本からだ。レベル四以上の魔宝地図を使って迷宮で掘り当てた瞬間、守護者級モンスターが湧き、雑魚も大量に湧く。ここまでは知っているな?」
なんか、中年の教師に直接指導を受けている気分だ。
自然と敬語を意識。
「はい、知っています」
「なので、高レベルの魔宝地図は宝を発掘する際に死人がでることでも有名なんだよ」
「死人が……」
ハンニバルは頷くと、話を続ける。
「そうだ。今回、俺が解読した地図はレベル四と五層の場所。だから、最低でも五匹以上の
なるほど。
守護者級の
ハンニバルはめんどくさそうにしながらも分かる範囲で説明をしてくれた。
エロい視線を時々ヴィーネに向けていることは、ムカつくが……。
ダフィが信頼できる男といってたように、仕事に関することは聞かれたら対応してくれるらしい。
「そもそも魔宝地図は一階層から五十階層まで確認されている。ただし、十一階層が現在の最高到達地点だ。十一階層以降の深層地図は、死に地図となって値段はあまり高くない。しかし、十一階層に突入したクランが出たから、地図の値段が少し上がりだした」
「あぁ、それ知ってますよ。百年ぶりに十一階層に突入したクラン、
その名前を挙げるとハンニバルは不機嫌そうに顔を歪める。
「そうだ……」
短くいうと沈黙してしまった。
やべぇ、地雷ワードだったか。
切り替えて聞いていこ。
「それじゃ、その十一階層の魔宝地図は値段が高くなっていたりするのですか?」
「……そうだ。一階層から八階層が特に高値だな。八階層から下は、迷宮自体の難易度が高い。地図があっても、宝箱が出現する場所に辿りつけるパーティを雇うことは困難だ。しかし、一山当てたい冒険者は多数いる。八階層以降の地図に挑戦する冒険者はあとを絶たない。だが、挑戦は多いが成功例は少ない。六大トップのクランでもそう易々とは、この依頼は受けないことでも有名だ。中には受けているクランもあるが……」
覚えておこう。
「だから、今、鑑定した魔宝地図の発掘に挑む場合は多人数パーティで望むのが一番だぞ」
ハンニバルは俺たちを心配してくれたのか、そう警告してくれた。
エロ紳士さんか。
俺も同じ一族。好感度が上がる。
「了解した。ハンニバル、鑑定と説明をありがとう。では」
「おう、またなぁ」
立ち上がり、ヴィーネを伴って外へ向かう。
その間、ハンニバルからの視線がずっとヴィーネばかりに集まっていたが、その視線を塞ぐように手を動かした。ハンニバルから舌打ちが響くが気にせず、足早に【魔宝地図発掘協会】から退出した。
「地図も解読したし、冒険者ギルドにいくか。レベッカとエヴァにも連絡しときたいし」
「はい。連絡板に書き込むのですね」
「そうだ」
ヴィーネを連れて、隣の冒険者ギルドに向かう。
ギルドに入ると――。
毎度おなじみの光景が待っていた。
依頼が貼ってあるボードの前は、相変わらず冒険者たちで混んでいる。
〝この依頼が良い?〟
〝いや、これだろう〟
と、パーティを組む冒険者たちが依頼を選ぶ声が聞こえてくる。
中には喧嘩をしている冒険者たちもいた。
拳と拳を衝突させて、互いに悲鳴を上げていた。
女性冒険者たちは、化粧品について語り合いつつ、フレグランスの魔力効果とか女性らしい会話が聞こえてきた。
この辺はいつも変わらない。
そんな喧騒の中、カウンターに足を向けた。
受付カウンターの前には、列がある。
列の最後尾にはつかず、並ばない――右隅へ移動。
喫茶的な場所だ。
ブックシェルフ的な奥行きが短い机と背丈の高い椅子がある。
ここは珈琲片手にパソコン作業とか捗りそうな場所だ。
そして、簡易的にパーティメンバーが集まる場所でもある。
今も、他のパーティor他クランのメンバーたちが、それぞれの目的にそったディスカッション。
打ち合わせだ。
「ん?」
あっ、レベッカとエヴァじゃん。
他のパーティと距離が離れた立ちテーブルの一つにレベッカとエヴァがいた。
二人は仲良く談笑しているし。
その二人に近付いていく。
「よっ、レベッカとエヴァ」
「あっ」
「シュウヤ!」
「二人ともギルドに来ていたとはな」
言葉を聞いたレベッカとエヴァは互いに視線を通わせると、少し笑みを浮かべた。
「ん、そう。そのことで、今笑ってた」
「うん。わたしも連絡板に書こうか、と思ってここに来たら、エヴァも今来たみたいで、わたしと同じことを思っていたみたい」
さすがは女同士だ。
意思が通じ合っている。
「俺たちもスムーズに事が運んだから皆に連絡を取ろうと、ここに来たところだよ。な?」
そういって、ヴィーネに同意を求めた。
「はい」
ヴィーネは軽く頭を下げて、俺に返事をしている。
それを聞いたレベッカは、にこにこしながら、
「あっ、もしかして魔宝地図を解読してもらったとか?」
「勘が鋭いな。レベッカの言う通り、【魔宝地図発掘協会】に行ってきたんだ。そこで地図解読師のハンニバル・ソルターという人に、こないだの銀箱から手に入れた魔宝地図の解読をしてもらったのさ」
「おぉー」
レベッカは小さい手で拍手している。
「ん、シュウヤ、その人、聞いたことがある。サボリのソルターと、渾名があったはず」
エヴァは聞いたことがあるらしい。
「やっぱそれなりに知られた人物なのか、掴み所のない人物だったけど、地図解読はすんなりと終わっていた」
「ん、滅多に仕事をしないとか聞いた。でも、地図解読に関しては一流。レベル五を読める数少ない地図解読師」
ハンニバルはあまり表に出てこないのか。
俺は運が良かったのかな。
「それでそれで、その魔宝地図に挑むんでしょ? ――わたしはもう準備は出来ているわ!」
レベッカはもう既に、やる気十分のようだ。
銀魔鋼の杖を天に掲げて、宣言している。
生々しい腋がエロい。
そんな行動に、周りのパーティやクランの人たちから視線が集まってしまった。
「やる気は十分分かったからその杖を下げろ。周りから視線が集まってるぞ」
「あっ、ごめん」
レベッカは舌で上唇をなめるように動かす。
可愛い。
「ん、わたしもやる気ある」
エヴァはレベッカに対抗するように、両腕の裾から黒いトンファーを天に向けて突き出して、クロスさせている。
錬魔鋼と霊魔鉱から造られた逸品とかいってたオーダーメイドの武器か。
と、武器に感心しているところじゃない。
「エヴァもやる気は十分だな。だが、武器は仕舞おう」
「ん」
エヴァは頷くと、少し魔導車椅子を動かした。
トンファー武器を袖の中に縮小させていた。
ヴィーネも何かやろうとしていたから、視線をむけてやるなとアイコンタクト。
首を左右に振る。
「ンン」
相棒だ。
肩で休んでいた
片足と触手を使って、リズムよく俺の肩を叩き出す。
「ンン、にゃ、にゃお」
お前もか。
やる気を示したいんだろうけど、ほっとこ。
『閣下』
ヘルメもかい。
精霊ヘルメは突然視界に登場して、やる気を示すように小さい姿でファイティングポーズを取っている……。
『やる気十分だな』
『はいっ』
精霊ヘルメは小さい姿の状態で膝を曲げて、俺に頭を下げていた。
そんなヘルメは無視。
地図のことを説明する。
「……皆がやる気に満ちているのは分かった。それで、魔宝地図に挑もうと思うが、その地図の鑑定結果がレベル四の魔宝地図なんだ。それでいて五階層に埋まっているらしい。だからこのまま挑むか、人数を集めるか考えたい」
「えっ」
「レベル四っ」
レベッカとエヴァはそれぞれに特徴ある驚きの顔を浮かべてリアクションを取っていた。
「なんだよ、そんな驚くことか?」
「そりゃ驚くわよ。高レベル地図なんて聞いたことがあるだけで、一度も挑戦したことがない」
「わたしも経験がない。五階層でレベル四の魔宝地図なら、発掘した際に出現するモンスターも守護者級」
「……そうよ。レベル四だからね。守護者級。狩って無事に帰還したら一流の冒険者と云われている存在が相手」
レベッカもエヴァも経験なしか。
俺、
さすがにパーティメンバーには経験者がほしい。
「……それじゃ、メンバーを集めたほうがいいかな?」
「どうしよ。シュウヤが規格外に強いから無理に集めなくても大丈夫だと思うんだけど、エヴァはどう思う?」
レベッカはエヴァに顔を向けている。
「ん、多いほうが安全。けど、宝の分配を入念に話さないといけない……それに、わたしには悪い噂が広まっているから……冒険者たちは集まらないかもしれない」
エヴァは顔に翳を落とす。
段々と小声になっていた。
そんな噂なんて気にしない冒険者はいると思うけどな。
でも、高レベル魔宝地図の経験者を呼べたとしても宝の分配を考えなきゃいけないか。
「あ、わたしもハーフエルフとして、悪い噂がエヴァと同じぐらい広がってるからなぁ。仲間は絶望的……かも。あと、お宝が減るのはいや」
悪い噂は置いとくとして、レベッカはお宝が大好きだからな。
「ヴィーネはどう思う?」
背後で控えていたヴィーネに尋ねてみた。
「はい。ご主人様とロロ様がおられる限り、どんな障害もたやすく乗り越えられるかと。しかし、サポートするわたしも四階層までしか経験しておりません。五階層と魔宝地図を経験している冒険者を今回限りの契約で集めるのも手かと思われます。もしくは単純ですが、高級戦闘奴隷を買い人数を増やすか」
だよなぁ。
「わたしは戦闘奴隷を買えるほど、余裕はないわ。ましてや高級なんてね」
「ん、わたしも」
なんなら、高級戦闘奴隷を買うのもありか。
「俺は余裕がある。買ってくるか」
「……また、露店で菓子を買うように……」
「ん、賛成。裏切らないのは重要」
レベッカは違う意味で不満顔だ。
エヴァは天使の笑顔で頷いてくれた。
いつ見ても、その紫の瞳は綺麗だ。笑顔も癒される。
『閣下、奴隷など不要です。わたしを使えば奴隷の何倍も働いてみせましょう』
視界から消えずに残って聞いていたヘルメが真剣な面を浮かべながら念話してきた。
『ヘルメなら当然だ。だが、迷宮を舐めたらいけない。確かに、俺たちは強い。だが、幸せと不幸は背中合わせと言うじゃないか。だから、念のために奴隷を買う。パーティの戦力を底上げするのは悪いことじゃないしな』
『閣下は軍勢を作りあげるつもりなのですね。素晴らしいです』
『軍勢か、少し違うが』
小さい姿のヘルメは頭を下げている。
『……わたしの考えが浅はかでした』
『いや、構わんさ、視界から消えていいぞ』
『はっ』
ヘルメは視界から消える。その瞬間、
「……では、キャネラス邸に?」
ヴィーネがそう聞いてきた。
「そうだな」
ケラガン・キャネラス。
彼にはこの間、俺に奴隷を用意しとく。
と、話をしていたからキャネラスの家に行ってみるのも手だ。
「キャネラス?」
「奴隷商人の家?」
レベッカとエヴァは【デュアルベル大商会】の幹部組織【一角の誓い】のケラガン・キャネラスのことを知らないか。
ま、接点がなきゃ知らないよな。
「そうだよ。大商会の幹部」
「すごっ、そんな大物と知り合いなんだ……」
「んっ……」
レベッカとエヴァはまたしても驚いて溜め息をついていた。
「ヴィーネを買った相手でもある。それとヴィーネはもう奴隷じゃなくて、俺の従者だから、そこんとこ宜しく」
「はい。ご主人様専属の従者です。改めて、宜しくお願いします」
ヴィーネは頭を下げて丁寧に挨拶。
「え、えぇ?」
「ゴフォッ、ゴホゴホ」
レベッカは鳩が豆鉄砲顔を披露。
エヴァは驚きのあまり喉を詰まらせていた。
「すまん、これが一番驚いているな……」
「当たり前でしょうが。奴隷を解放するって、ヴィーネさんには失礼だけど、大丈夫なの?」
「……ん、心配。少し触っていい?」
レベッカとエヴァは動揺したらしい。
エヴァはヴィーネに触って心の表層をチェックしようとしているし。
「大丈夫だ。心配ない。ヴィーネのことは信頼している」
「ご主人様……」
俺の言葉を聞いたヴィーネは感動したのか、銀色の虹彩に涙を溜めていた。
瞳がうるうるとして可愛いぞ。
少し、間を空けて、顔を綻ばせている。
そして、すぐに視線を皆へ向けると小さい唇を動かしていった。
「レベッカ様とエヴァ様。わたしはご主人様をお慕いしています。そして、どこまでも付いていくと〝心〟に決めたのです。もう奴隷ではありませんが、ご主人様と皆様と同じパーティメンバーとして、命をかける気持ちです。ダークエルフの端くれですが、宜しくお願いします」
ヴィーネは自分の意思をハッキリと示すように力強く話すと、今度は深々と頭を下げていた。
九十度の角度を持ったお辞儀だ。
ルビアの時とは本当に雲泥の差。
やはり、一度同じパーティメンバーとして行動を共にしているし、彼女たちの実力や気心に触れているのが大きいのだろう。
と、勝手に推測。
「……ん、お慕い……。よろしく」
ヴィーネの文言にエヴァは紫の瞳を散大させて驚くと頷いてから了承していた。
「……う、うん。丁寧にありがとう。シュウヤが信頼しているなら大丈夫か。なら、大事な仲間ね。ヴィーネさん。一緒に頑張ろう」
レベッカは笑窪を出して、にこやかに語っていた。
仲間ができて嬉しそうだ。
「はいっ」
ヴィーネは二人から受け入れられたのが、嬉しいのか珍しく、声を高くしている。
「にゃ」
肩にいる
「よかったよかった。ということで、このメンバーが【イノセントアームズ】の創立メンバーであり、コアメンバー。略してコアメンだ」
「コアメン……」
「上手く纏めようとしている努力は買うわ」
エヴァとレベッカは微妙そうな顔を浮かべている。
「ンン――にゃ――にゃおん」
「「……」」
痛みはないが、その可愛いツッコミに驚くよ。
付き合い長いけど、初めてじゃないか?
皆も驚いてるし……。
左の頬を差し出し、右の頬も差し出す。
的な、赦しの教えを説く救世主じゃないし。
親父にも殴られたことないのにー、と、やりたい気分だけど自制した。
「……こあめんデスネ」
ヴィーネも
変な口調だし。
微妙な空気になったので……話を切り替えよ。
「……それで、さっきの話の続きだけど、キャネラス邸に向かうとして、レベッカとエヴァも一緒に来るか?」
「――行きたい行きたい。貴族街でしょ? いつも敷地外から芝生の庭を見てるだけだったのよねぇ……楽しみ」
レベッカは背丈ぎりぎりの机に手を乗せて身を乗り出すように片手をあげる。
挙手アピールをしていた。
「わたしも当然、行く。品定め手伝う」
なるほど。
エヴァは心の表層が読めるスキルがあるからね。奴隷選びには好都合か。
レベッカの楽しみ……は。
どんなのかはある程度、想像がつく。
「……あと、奴隷を買ったらすぐに迷宮というわけには行かないと思うが、そこんとこ大丈夫?」
「うん、迷宮に向かうのは明日でいいわ」
「ん、明日。選ぶのだけついていく」
レベッカとエヴァはそういってくれた。
「了解、んじゃ行こう」
「にゃお」
大人しくしていた
肩をぽぽんぽんと叩いて、外へ行くぞと促している。
「ん、ロロちゃん可愛い――」
エヴァは俺の肩を叩く
そのまま車椅子を操作し反転していた。
先にボード前に並ぶギルドの中央部へ進み出す。
エヴァに続いて、皆で相談していた立ちテーブルから離れていく。
「混んでるねぇー、ロロちゃんっ」
ギルド内部を歩いていると、レベッカがそんなことを喋りながら肩にいる
指で小鼻をツンツクするように遊んできた。
なんとも言えない顔を浮かべながら、そのレベッカの指に向けて、頭部を前後に動かす。
ピンピンと伸びた上唇毛を擦り出していた。
指に匂いを擦りつけたいのか?
甘えたいのか?
レベッカの指は『わたしのにゃ』と言いたいのか、分からないが、可愛い。
そんな調子でギルドの外に出た俺たちは第一の円卓通りを北に歩き出す。
貴族街はペルネーテの北だからね。
「ンン、にゃ」
歩いていると、頭を撫でられていた
その場で、姿を大きくさせた。
いつもより少し大きい馬の形に近いロロディーヌ。
胸元は若干、獅子っぽさが入っている。
相棒は、早速、俺たちに向けて触手を伸ばした。
いつものように触手で俺たちの体を掴むと、背中に乗せてくれた。
最後に車椅子に乗るエヴァだけ取り残される。
「あ、さすがにあの車椅子ごとは無理?」
そういった瞬間――。
神獣ロロディーヌは数本の触手を使いエヴァが乗った車椅子を軽々と持ち上げた。
急に持ち上げられたエヴァは、
「きゃっ」
と、車椅子の車輪を両手で押さえつつ、少し可愛い悲鳴を出している。
エヴァの乗った車椅子は俺たちの座っている前に移動。
丁度、
馬のような鬣がエヴァの座椅子としても機能するように形を変えていく。
触手よりも固定感が強そうに見えるし、専用の特別な椅子にも見えた。
大きさ的に、自転車の子供専用の椅子みたいな感じだが。
「ロロちゃん、凄い、凄い。力持ち、視線も高い」
エヴァは視線が高い特別席のような場所なので素直に感動していた。
例えるならば、インド象の上に王族用の椅子が用意された感じか。
「あはは、ロロちゃん凄いー」
後ろに座るレベッカも身体を斜めにしながら、前方の様子をみて、喜んでいる。
片手で背中の黒毛を軽く撫でて叩いていた。
「あの触手は万能ですね」
前に座るヴィーネもそんなことを呟きながら、俺と向かい合わせになるように体勢を変えると、抱きついてきた。
胸の感触が良い。
「……だなぁ、後一人か二人は乗せられそうだ」
「にゃにゃー」
神獣ロロディーヌは少し高い鳴き声を発すると、進み出した。
速度は爆速ではないが、馬より速く通りを駆けていく。
人数が多いからか、さすがに高軌道の動作は無理らしい。
家々を越えるような動きは一切なかった。
速度はゆっくりに変化。
通りを進んでいく。
「ちょっと、ヴィーネさん。さっきからシュウヤにくっ付き過ぎじゃない?」
後ろに座るレベッカがいきなりそんなことをいって来た。
「何かおかしいですか?」
「おかしいというか、くっ付き過ぎな気が……」
ヴィーネとレベッカが俺を前後に挟んで会話をしているし。
「これはいつものことです。今はロロ様が速度を出していませんので、楽ですが、普段は爆発的な速度で駆けられるので」
「そ、そうなのね……シュウヤ、わたしも手を回していい?」
レベッカが珍しく聞いてきたので振り返りながら、
「――いいよ」
と、軽くいうと、レベッカは顔を少し伏せて頬を赤くしていた。
そんなレベッカの顔をジロジロと見ていると、
「もうっ、こっちへ向かないでよ――」
レベッカは恥ずかしそうに話しながらも小さい腕を腰に回して顔を寄せてくる。
これがハーレム七神器の一つと言われている、おっぱいサンドイッチか。
レベッカの胸は洗濯板なので、感触はないが。
「……はいよ」
エロイ顔を表に出さないようにして、ヴィーネのほうに顔を戻した。
ヴィーネと視線が合うと、彼女はにっこりと微笑む。
銀色のフェイスガード越しの視線。
最近は表情が柔らかくなった。
優しい雰囲気を感じさせる。
そうこうしてるうちにキャネラス邸が見えてきた。
馬と獅子と黒豹が合体したような姿のロロディーヌは動きを停める。
「ンン」
喉声を出しながら触手を使う。
エヴァが座る魔導車椅子を丁寧に降ろした。
俺たちも続けて降りた。
全員、神獣ロロディーヌから降りた直後――。
相棒は、犬が水を弾くように全身の黒毛を震わせつつ、小さくなった。
黒色の獅子か馬のような姿から、黒豹っぽくなって、黒猫化。
いつもの可愛い
その相棒は、俺に顔を向け、
「ンンン、にゃ」
『一仕事終えた、にゃ』的に鳴き声を出す。
と、俺の肩の上へ跳躍。
ごろごろと喉を鳴らしながら落ち着いていた。
「ロロちゃん、頑張った」
エヴァはそう言いながら車椅子を動かして、肩で休む
「尻尾だけかい」
「ふふ、今も尻尾で言葉に反応してる」
また、
エヴァはそんな
「ここが奴隷商人――大商人が住む土地」
「敷地が広そうね。あの開いた門の向こうにユニコーンの像もある」
レベッカがそう指摘する。
「その門から中へ進むぞ」
「ん」
「うん」
「はい」
皆で開かれた門を通り、石道を歩いていく。
前のように掃除している使用人はここにはいなかった。
石道を進むと、オープンガーデン的な情趣に富んだ庭が皆を出迎える。
エヴァとレベッカは口々に感嘆の言葉を述べていた。
あまり庭の見学はしないで、屋敷前へと進んでいく。
広い庭を通り屋敷が見えると、
「へぇ、あれが大商人が住む屋敷なんだ。シンプルね」
「ん、意外に小さい」
レベッカとエヴァは屋敷の感想を素直に語る。
「そうだよ。玄関に向かうか」
俺たちが屋敷前に来ると、使用人が近寄ってきた。
こないだと同じ初老の男性だ。
また、あの布印を見せた方が良いのかな。
「これはこれは、シュウヤ様、ようこそおいで下さいました。旦那様から予め知らせを受けております、今日も中に入られますか?」
お、顔パスだ。
布印はもう見せないでいいのか。
キャネラスは俺の名前を知らせていたらしい。
「ええ、ケラガンさんは中にいらっしゃいますか?」
「はい。今は丁度、帰られた直後かと思われます」
「良かった。あ、俺のパーティメンバーも一緒ですけど大丈夫ですか?」
「はい。当然でございます。どうぞこちらに」
初老の使用人にそう促されて、大理石の玄関を通り屋敷の中へと進んでいく。
また、豪華な客室に案内された。
「こちらで御休み下さい。今、軽いお食事をご用意させますので、少々お待ちを」
「はい。すみません」
俺たちは革張りのソファに座り少し待つ。
背の低いテーブルには、またまた紅茶セット、底の深い銀ボウルの皿に入ったフルーツの盛り合わせと、沢山の菓子が並べられていった。
「ねね……これ、食べていいんだよね?」
レベッカはフルーツと菓子類に目を奪われながら呟いている。
肩にいた
「にゃお」
と、鳴く。
レベッカの呟きに反応した?
肩から机に降りた。
フルーツが盛った銀ボウルの皿へと顔を突っ込む。
勝手に食い始めてしまう。
「わたしも食べよっと」
「ん」
「では……」
レベッカ、エヴァ、ヴィーネも続けて食べていく。
しょうがねぇなぁ……。
と思いながらも、この間とは違うフルーツの盛り合わせに視線を集中。
どんな味だろ……。
そんなことを考えてると、自然と手が動いてた。
赤いフルーツの一切れを口に運ぶ。
果実に含まれた汁がじゅあっと出た。
甘くて美味しい。苺味だ。
一切れほどの大きさだが……。
豊富に水分を含んでいた。
うまうまで、うまうまだ。
一切れでこの大きさだと、大本はトマトほどの大きさなのかな。
「美味しい。イチゴーン……。高級フルーツの一つ」
「この赤いの、イチゴーンが名前なのか」
「ん、わたしがお世話になっている店では仕入れられないぐらい高いフルーツ」
エヴァはイチゴーンがお気に入りのようだ。
小さい口周りに赤い汁がついている。
「へぇ」
「紅茶も美味しい。茶葉はインビトウィーン、どこ産かは分からないけど、短い期間でしか採れない高級茶よ。器も凄く綺麗だし……」
レベッカは希少な茶葉名を言いながら、紅茶を啜る。
確か、夏場前の僅かな間に採れる茶葉だったはず。
前世と同じ茶葉だったらの話だが。
俺にはただの美味しいお茶としか判断できないや。
レベッカは凄い。パッとそんな名前が出てくるということは、相当な舌と鼻だ。
やはり紅茶の店で働いているだけはあって、お茶類に相当な蘊蓄を持つようだ。
皆、そんな調子で夢中になって紅茶を飲みフルーツを食べていた。
銀ボウルに入っていたフルーツ類はあっという間になくなっていく。
だが、ビスケットの菓子類だけ残っていた。
試しに一個、ビスケットを掴む。
この間とは形が違うが……。
まぁものは試しだ――と、齧ってみた。
もぐもぐと……薄味で、パサパサしている。
そんな感想を持っていると、左奥にある部屋の扉が開く。
ケラガン・キャネラスだ。
複数の使用人を連れている。
キャネラスは秘書らしき人物が持ったクリップボード的な物の上にある羊皮紙にサインをしつつ俺たちが座るところに近付いてきた。
その姿は、忙しい社長の姿に見える。
服装もこの間の鮫革服とは違う。
少しフォーマルでシンプルな仕事服。
胸毛も金ネックレスも見せてはいない。
そんなキャネラスは俺の連れの新しいメンバーを深海のような青い瞳で見つめてくる。
少し逡巡するように確認。
物を言うような仕草から、頷くと、俺を見つめてから、手に持っていた木製のクリップボードを使用人に手渡す。
そして、
「……シュウヤさん、お待たせしました。本日はやはり、高級戦闘奴隷ですかな?」
商人らしい笑顔だ。
「えぇ、はい。お願いできますか?」
「勿論ですよ。すぐにわたしが所有している奴隷商館に案内します――おい、用意はできてるな?」
キャネラスは使用人たちに向けて、手を叩くと、厳しい声で命令を下す。
「「――はっ」」
傍で控えていた使用人たちだ。
頭を下げての返事。
皆、礼儀正しい所作を見せてから、そそくさと部屋から退出していった。
「では、表玄関へ向かいましょう。馬車は用意してあります」
「はい」
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