百二十三話 悩殺ポーズを繰り出すヘルメさん
エリボルの屋敷は貴族街の東。
セーヴァ・ガイラルの話が嘘だったら、探すのは大変だ。
それはありえないか。
馬獅子型サイズになった黒猫に乗り、速度を出して北東へ進む。
屋敷を飛び越えて移動を繰り返すこと、数十分、貴族街らしきとこに到着した。
ここは人通りが少ない。
時折、豪華な馬車が通るのみだ。
日が沈み本格的に夜になってから、探すとしよう。
暫く、夜になるまで貴族街の東へゆっくりと散歩を行う。
一般人の通行より青色鎧を着た兵士たちの巡回が多い。
貴族街というだけあって警備が厳重か。
兵士の巡回が通り過ぎたのを確認。
「ロロ、目立たないように空へ上がってくれ」
「にゃ」
ロロは馬獅子サイズから大型グリフォンサイズへ姿を大きくさせる。
同時に黒触手を左右へ伸ばして骨剣を地面に突き刺し固定。
こないだと同じく触手を引っ張り捻り、パチンコのゴムのように勢いをつけて離す。
一気に空高く舞い上がった。
すぐに<夜目>を発動。
暗闇の中、胴体の両サイドからビロードのような黒翼が生えていく姿が確認できた。
一瞬で漆黒の翼が広がる姿は感動すら覚える。
闇に闇が生える。と言えばいいか。
そんなどうでも良い言い回しより、周囲を警戒しないと……。
ペルネーテの夜空には、竜騎士などの姿は確認できない。
兵士の巡回は地上だけらしい。
遠くに灰色の大きい建物群が見える、あそこは避けとこう。
ヘルメの精霊の目を借りよ。
『借りるぞ』
『はい』
視界に現れたヘルメを掴むイメージをする。
『……ァン』
喘ぎ声を我慢したようだが、微妙に色っぽい。
ヘルメの声に気を取られてると、精霊の目が視界に広がった。
サーモグラフィの視界で、本格的に空上から貴族街の探索を開始する。
人が赤くなるので分かりやすい。
<夜目>効果と合わさり、地上で生活している人々の様子が手に取るように分かる。
目印はあるが標識はないので、普通に探すとかだと大変だったと思う。
さて、敷地には結界石が多いとこ……。
石門があるところだよな……。
「ギャッギュオォォォォォ――」
え? 何だ? 遠吠え?
大きな土地に大屋敷がある土地の上空を幾つか、通り過ぎた時、大きな咆哮が下から轟いた。
何だ、何だ? と、下から音が響いた大屋敷の土地を見る。
精霊の目であるサーモグラフィーは、ドラゴンのシルエットを映し出していた。
え、うはっ、口から火を吹いている!
ドラゴンだ。数は三匹。しかも、白か銀か輝く鎧を着込む騎士らしき人物がドラゴンに乗ろうとしてる。
対応の動きが速い。
まるで、緊急のスクランブルに対応した空自のパイロットのようだ。
竜騎士が地上にいるとは聞いてねぇぇ。
だけど、暗闇だからか、竜が頭上をきょろきょろと回し見ているだけで、俺たちのことはバレていないようだ。
でも、このままだと、本当に飛んでいる位置がバレそうだ。
急いで降りるとこを、探す――。
隣のあそこに降りるか。
東端の他の土地と比べたら……あぁ、青い灯籠が複数、芝生の庭に生えている、いや、設置してあるじゃん。
あそこが目的の土地じゃないか。
ラッキー。急ぎ降りよう。
ドラゴンたちが騒いで近いけど、良いや、隣の敷地へ突入。
無事に降り立った。
俺も<
暗闇に乗じることにする。
忍者を意識。<暗者適応>の効果も期待できる。
最初はステルスで行く。
敷地の中心には大理石がふんだんに使われたロマネスク風の大屋敷がある。
この大きな庭には他の土地にはあまり見かけなかった青い結界石の石塔があちこちに設置されてあった。
屋敷の内外からは、給仕や従者だけじゃなく兵士と見られる真っ赤な反応を示す人の動きが多数、確認できる。
周りの屋敷に比べても、確実に人が多い。
場所も貴族街東端の土地だし。
梟と木のマークは確認していないが、たぶん、エリボルの屋敷はここだろう。
向かうか。ゴルフ場のような短い芝生を踏みつけ、歩き出す。
いつでも戦闘可能な態勢だ。
「ロロ、今回は隠れながら殺るぞ」
「にゃ」
屈みながら話す。夜の闇に同化だ。
<暗者適応>と<
そんな可愛い仕草をしている
屋敷に近付くと、出入り口と見られる木製扉を発見。
だが、横から人の魔素反応。
灯りだ。急ぎ――暗闇に潜む。
暗闇から近寄ってくる灯りと人を、確認。
ぼんやりと光るのは、兵士が手にしている松明だった。
腰に剣を差している二人組の兵士。
見回りの兵だな。
こいつらを襲ってもいいが……もう少し様子を見よう。
通り過ぎていく傭兵たち同士の話し声が聞こえてきた。
「敵さんも、さすがになぁ? この貴族街にある大屋敷には来ないだろうに」
「確かに。ありえんな。なんせ隣の敷地が王族だ。巡回の兵士も外を見回ってるし闇ギルドの手練れとて、中々、難しいだろう」
「だろぉ? お前もそう思うだろ。俺らはずっと働きっぱなしだからな。いくら金払いが良くても、こう毎日巡回を増やされると、きついよ」
「確かにきついが、今はしょうがないだろ。……幹部が立て続けに殺られ、他の闇ギルドに縄張りが奪われたんだ。エリボル様も警戒を強めるのは分かる」
「だがなぁ……」
「そう、愚痴るなって。総長に聞かれたら、ただじゃ済まされないぞ?」
「う、わ、わかっているさ」
二人組の傭兵はそんな愚痴をこぼしながら、通り過ぎていった。
すると、またすぐに魔素の反応。
兵士か。次に歩いてくるのも二人組。
こっちの兵士は無言のまま通り過ぎていった。
まだまだ巡回兵の数は多いようだ。きりがないので、忍者走りで急ぎ、扉前まで進む。
扉に手をかけ開けようとしたが、開かない。
鍵が掛かっていた。そりゃそうだよな。
小さい裏口の出入り口だし。
『閣下、わたしが開けます』
『分かった。ヘルメ。頼む』
その直後、左目からにゅるっと液体状のヘルメが、宙へ弧を描くように水飛沫を上げながらスパイラル射出。
途中で、水スライムのように形をくねらせて、小さい鍵穴の中へ突入し、穴に吸い込まれたように消える。
すぐにカチャッと鍵が開く音が聞こえた。
はえぇ。もう扉が動いた。
扉を開くと、人型に戻っていたヘルメが腰のくびれを生かした
「……よくやった」
「はいっ」
俺に褒められて、蒼い葉をウェーブさせては、嬉しそうに微笑むヘルメ。
しかし、凄いね。鍵が簡単に開くとは盗賊顔負けだな。
宝箱とかの鍵も開けられたりして。
ついでだ。今回は、彼女に索敵と敵の無力化を頑張ってもらうか。
最近、ヘルメは迷宮でずっと我慢させてきたからな……。
「……ヘルメ、先行し、水状態で中を索敵できるか?」
「はい。お任せください」
「じゃ、索敵をお願い。エリボルや強そうな人を残して、他は無力化とかできる?」
「無力な弱い人族の無力化は可能かと思われますが、エリボルは見たことがないので無理です。強そうな人の判断は可能です」
それもそうか。俺もエリボルの顔は知らないし。
いくら精霊であろうと、神通力があるわけじゃないからね。
「わかった。それじゃ俺も魔素の探索をするよ。ヘルメのすぐ後ろからついていくから先行しちゃって」
「はっ――」
その場で、ちゃぽんっと水スライムと化したヘルメは、にゅるにゅると音が鳴るように扉の下から部屋奥へと進んでいく。
あの液体化で移動している動き、音は立ててないが、本当に“にゅるにゅる”と文字が浮かび音が耳に響く感じだ。
そんな感想を抱きながら掌握察を使い、周囲の魔素を把握。
この部屋内部は薄暗く、魔素反応がない。
穀物や樽が並ぶので倉庫のような印象を受けた。
今回は派手に行かずステルスモードで行くと判断したのだろう。
そのままゆっくりと薄暗い倉庫部屋を歩き出す。
ヘルメのにゅるにゅるな水スライムの姿が、木の床を進んでいくのが見えた。
倉庫部屋を出て、渡り廊下に出る。
早速、魔素の反応あり。二人の魔素。
魔素の反応は、角向こうからだ。
ヘルメが角を曲がり進む。
俺も液体な彼女の後をついていき、角を曲がる。
そこには廊下を歩いてる人族の二人がいた。
格好からして下男、下女な召し使い、給仕だろう。
ヘルメはあの二人を無力化するようだ。
水状態のヘルメは、その二人へ闇靄らしき魔法を放つ。
男女の召し使いは頭部にぶくぶくっとした黒靄が掛かると、一瞬で気を失い、その場で倒れていた。
続けて、廊下の左右にあった部屋から魔素の反応が八つ。
ヘルメは部屋の入り口から魔法を放っていた。
人がバタバタと倒れる音がする。
左右の部屋とも、厨房&配膳室らしき部屋だった。
その部屋にいた料理人や給仕たちが倒れて全員が気を失っている。
速効性があるねぇ。
視界を奪う奴に似ているけど、微妙に違うようだ。
闇属性の魔法だろうけど、凄い。
彼女は水精霊の特徴を生かし、にゅるにゅると液体状態で廊下の先を移動していく。
ここは大屋敷なので結構な広さだ。
廊下から部屋の中へ入り、また違う廊下へ出て、部屋の中へ入っていた。
出会った使用人やら兵士は数十人。
その全てを無力化していく。その手際は本当に見事。
魔力を内包した強い凄腕戦士のみ、ヘルメの魔法がレジストされたのか、女体化の姿を現して戦っていたが、それ以外は水状態の姿で、魔法を使い無力化させていた。
ヘルメは廊下の先から大広間と思われる場所へ移動。
彼女を追いかけ大広間に出た。
その広間中央では、傭兵と思われる四人組が気を失い倒れている。
剣も抜かせずに倒したようだ。
ここは天井にシャンデリアの光源があるので、非常に明るい。
ヘルメの水スライムの表面が、その光源に反射し、水晶のような煌く輝きを発していた。
その眩しいヘルメは気を失っている兵士の側で、水溜まりを維持した状態で止まっている。
何処に行こうか迷っているようだ。
広間は四角形で左の壁に通路が一つ。
上の中央には上階段があり階段の左右には通路が二つある。
まぁまぁの広さだ。
壁のあちこちには金糸で彩られた布マークや絵画に肖像画が飾られている。
布マークを見ると“梟が停まった木の絵”が描かれてあった。
肖像画も拝見。これが、エリボルか。太ましい白髪がある中年だ。
他にも絵画があるが、無視して部屋の右手を見る。
二階へ上がる独特な色を発している白石階段、手摺からして凝った象嵌が入った豪華な階段だ。
この階段先がいかにも怪しい。
けど、まずは左右の通路先を確認するか。
通路の先、全てに魔素の反応はある。
どこに進んでも、兵士たちが居ると判断できた。
ヘルメは少し迷っていたが、左隅の廊下を選択したようだ。
だったら、俺は右隅にいくか。
「ヘルメ、後でここに合流」
「……」
ヘルメは水溜まりからニョキっと腕型の手を生やす。
手は親指と人差し指を合わせて“OK”的な意味合いのサインを出していた。
俺はその印を見て、頷き、右隅の廊下を進む。
廊下には誰もいない。しかし魔素の反応は四つある。
右奥に部屋扉があるから、あの先だろう。
そっと、その扉に近付くと声が聞こえてきた。
「なぁ、さっき総長が怖い顔を浮かべて、二階へ上がっていったけどさ、何か悪いことが、またあったのかな……」
「さあな。俺は近くにいなかったから……」
「わたしも側で見てたけど、こっちまで殺気を感じて、思わず身構えちゃったわよ。あれは確実に悪い知らせでしょうね」
「お前らがびびってどうするよ? 俺らの仕事はここを守ることだろうが」
「けっ、アダム、お前は糞な衛兵かよ。わかりきったことを言うな」
兵士たちの休憩場所か?
突っ込んで終わらすか。
「ステルスモードはここで終了だ」
俺は殺るぞ? と、頷いた。
「にゃお」
つぶらな赤瞳で見つめてきた
俺の肩から降りて中型の黒豹型へ変身。
扉を見据えて、いつでも『大丈夫ニャ』的に、長い尻尾の先を、俺の足へ当ててきた。
よし、行くか。
一瞬で遠距離から終わらすつもりだが、一応、外套を開き、右手に魔槍杖を召喚。
扉を左手で、そっと開けて中へ入った。
部屋の中央に長机と椅子があり、椅子に座った状態の兵士たち。
皆、呑気に会話し食事を取っていた。
兵士たちは俺たちを視認するや否や、武器を手にしようとするが、そうはさせない。
中級:
無動作で魔法を発動。
一瞬で、目の前に腕先ほどの大きさの氷矢が生成され、飛翔していく。
氷矢は武器を取ろうとした兵士の胸を貫く。
続けて、間をかけずに左手を翳し、<鎖>を射出――。
鎖は女兵士の腹、男兵士の頭を連続で貫き、二人を同時に屠る。
「うぅ、うぐぅ……」
腹に鎖が貫通してる女兵士は苦しみながらも生きている。
丁度いい。尋問じゃなく聞いてみるか。
平兵士といえど闇ギルドの構成員なので、血を吸わない限り抵抗して喋らないと思うけど、一応ね。
「……おい、ここの二階にエリボルと総長が居るんだな?」
「ぐぁ、ぷぁっ!」
うへ、俺を睨んで、血唾を飛ばしてきやがった。
ま、予想していたので、軽く横に避けて躱したけど。
「なら、もういいや――」
魔槍杖を無慈悲に振り下げた。
鈍い音を立て、女兵士を両断。
紅斧刃に付着した血がじゅあっと蒸発。
鎖を消失させて、鉄分溢れる匂いを掻き消すように、魔槍杖を振り回し、血を払った。
よし、多少、音を立ててしまったが、この部屋にいる兵士を全員殺ることができた。
ヘルメなら殺さずにできただろうけど。
ま、今さらだな。
血を貰っとこ……殺した女兵士の身体の一部から血をたっぷりと貰う。
ここだけを見れば、完全にホラー。
左上に奥に行ける扉があるが、一旦、あの広間に戻る。
さっきの兵士たちの会話から推測するに、二階にエリボルと総長がいる可能性は高い。
入ってきた扉を出て、広間へ戻っていく。
広間の階段前ではヘルメが人型サイズで待っていた。
「左にも兵士はいたのか?」
「はい。無力化、魔法抵抗が高い戦士がいましたが、殲滅しました」
「わかった。このまま上に行こう」
「はい」
ヘルメはステルス状態と言える液体化を行い、にゅるりと奇妙な動きで階段を這い上がり進む。
俺もこの階段を上がる。
二階からは幾つか魔素の反応があるが……。
階段を上がりきると、分かりやすい部屋の配置が目に入る。
幅広の廊下の先だ。
いかにも、政務室的な大部屋が奥にあるのを確認。
廊下の天井にはクリスタル光源があり階段下の広間にあったシャンデリアに負けないぐらいに明るかった。
床にはペルシャ系の高級絨毯が敷かれ、左右の壁には花瓶やら像が飾られてある。
その絨毯を踏み締め、廊下を進む。
廊下の左右には、飾りばかりでなく、凹み扉があり小部屋があった。
その部屋向こうからは九つ魔素の反応を示す。
「ヘルメ、左の方を無力化させろ」
「……」
ヘルメは、手で円丸を作り了承すると、水スライム状態で扉の下から浸水していく。
あっという間に倒したようだ。
バタバタと人が倒れる音が聞こえてくる。
俺も急ぎ、右にある部屋扉の表面に手を当て、押し開こうとしたが、止めといた。
別に競争してるわけじゃないし、闇ギルドとは言っても一般の給仕人だったりしたら、殺すのも、なんかね。
と言うことで、左の小部屋を制圧して廊下に戻っていたヘルメに命令。
「ヘルメこっちも任せた」
「……」
同じ反応を示すヘルメさん。
“OK”の大きい丸輪を作り返事をしてくれていた。
液体ヘルメが扉下から小部屋の中へ侵入。
また、バタバタっと人が倒れる音が聞こえるが――
「何だっ、これは!」
やべ、敵の声が聞こえた。急ぎ、扉を開けて突入。
ヘルメは人型に戻って戦っている。
魔法使い系の女へ氷刃魔法を次々と飛ばしていた。
女魔法使いは銀糸で覆われたローブ系から発せられていると思われる防御魔法で抵抗している。
やるじゃん。と、素直に感心しながら部屋を確認。
左隅にいた給仕二人はうつ伏せに倒れて、右隅の兵士は眉間に氷礫が刺さり仰向けで往生している。
この部屋にはソファの前で抵抗している魔法使いの女のみだ。
魔法使いは、新たに出現した俺の姿を視認すると、ぎょっとした顔を浮かべていた。
その顔へ笑顔を送ると共に、左手から銃を抜くように手首をスナップさせて<鎖>をプレゼントしてあげた。
鎖はあっさりと女魔法使いが放っている防御魔法を突き抜ける。
弾丸と化した鎖は、女の眉間を捉え、頭部を破壊。
西瓜にアンチマテリアルライフルの弾丸が当たったかのように頭部は四散し、脳漿血糊が部屋中に飛び散った。
真っすぐ伸びた血が滴る鎖を、すぐに消失させる。
「さすがは、閣下ですっ、わたしのポーズを見てくださいっ」
常闇の水精霊ヘルメは元気よく宣言すると、全身の蒼葉をウェーブさせる。
そして、円月殺法でもするかのように両腕を悩ましく回転させて、腕を臀部へクロスさせながら、両腕に巨乳のおっぱいを挟んで持ち上げるという……素晴らしい悩殺ポーズを取っていた。
うひょおっ、目が飛び出るぐらいな反応をしてしまう。
惨殺現場が一瞬にて、華やかな空気になった。
「……す、素晴らしいポーズだ」
「ン、にゃお、にゃおん」
「ロロも悩殺されたか、負けたくないからか、分からないが興奮しているな……さて、目の保養もしたし、このまま奥の部屋へ直行するぞ」
「はい、廊下の先ですね」
ヘルメと
そのままエリボルがいるであろう、奥の部屋扉を
ドアを蹴り破り突入した部屋には、二人の人物がいた。
一人は梟の銅細工の置物がおかれた政務机の手前に立つ強そうな雰囲気の大柄の男。
背中には古びた段平の両手剣が装着されている。
もう一人は……一目、見ただけで分かった。
机向こう、縦長の背凭れつきの椅子に、でっぷりと太った厳しい面を浮かべて座っている人物がエリボルだと。
大剣を背負っている大柄男は、その太っているエリボルと思われる男へ頭を下げると、何か小声で話して報告を行っていた。
報告を終えた大柄男は、侵入してきた俺たちの方へゆっくりと振り向く。
その目はギラついていた。
随分と傷だらけの顔だな。
しかも、片耳がないときたもんだ。
整えられたロマンスグレーの髪色。
雰囲気からして、歴戦の勇士といった印象だ。
一方で、机向こうに座っているエリボルの顔は色白肌。
中分けのボブの金髪に丸い目。
ふっくらと頬が膨らみ脂肪たっぷりの顔はまさに白狸と言えた。
身に着けている衣装も豪華な物だ。
飾りがついた黒ダブレット系の上着。
脂ぎった太い首回りには二重顎を締め付けるような、襟高な白シャツ。
肩には銀チェーン付きの高級毛皮のケープを羽織っていた。
丸い目で俺を捉え、凝視してくる。
そんな中年たちの視線を受け止めながら、俺は無言で部屋を歩き、二人の男たちの側へ近寄っていく。
部屋の天井は高く、シャンデリアの光源があった。
壁には梟の刺繍が入った旗が飾られていて、額縁に入った豪華な船の絵画、海図、海路図、帆面図、見たことのない地図なども飾られている。
海の地図か。あれでも、海運商会の主だからな。
右には大きな扉がある。
その扉向こうにも魔素の反応があるが、今はこっちが優先だ。
左から
「ロロ、ヘルメ、最初は俺が話をするから、様子見だ」
「にゃ」
「はっ」
「戦いになったら、自由に参加していいから」
そんな余裕なやり取りをしてると、背凭れ椅子に座っていた、エリボルが口を開いてきた。
「お前は誰だっ!」
胸を張るように紫鎧を露出させながら、一歩、二歩、と前に進み、笑みを交え口を開く。
「……名乗るもんでもないさ」
「若造、そこまでだ。止まれ」
片耳だけの渋い中年男が背中の両手剣の柄へ手をかけながら、俺に警告してきた。
一応、警告通り止まる。
「止まったぞ?」
「ふてぶてしいな……ここまで無傷で来たとすると、カルバインとモニカは殺られたか……」
兵士たちの名前を言われてもね……。
「貴様、その態度は何だ? ここが何処か分かっているのか?」
ふっくら顔のエリボルは椅子に座った状態で、横柄な態度で言ってくる。
「分かっていますよ。ここはマカバイン大商会エリボル会長の家であり、あなたは“八頭輝”の一人とされた人物。配下に闇ギルド【梟の牙】を持つ、エリボル・マカバインさん。ですよね?」
エリボルは俺の説明染みた丁寧な言葉を聞くと、驚愕したのか口をわなわなと震わせ、目を見開き瞬きを繰り返す。
「……いったい、何者なのだ。あ、――ま、まさか……」
たじろいで、椅子から落ちそうになるエリボル。
「閣下、念のため、武器をお取りください」
片耳の男は段平系の両手剣を引き抜きながら、エリボルへ指示を出している。
「ひぃ、ビ、ビル、わたしに武器を持てと言うのか?」
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