九十話 桃色髪の美人さんへの助太刀

 あれは野火じゃない。

 なんかのトラブルか?


 黒猫ロロも異変を感じ取ったか、既に俺の肩に戻っていた。


 よし、行ってみるか。


 ここは街道の両サイドに森が広がっている。

 それも背丈が高く幹も太い木々ばかりだ。

 俺にとっては好都合。

 木々の太い幹や太い枝を風のように伝い前方へ移動していく。


 煙が上がっている現場が見えてきた。

 黒煙は火の魔法が原因らしい。

 馬車が転倒している。襲われているのか?

 んお? 魔獣系モンスターか。しかも集団だ。


 太い枝に止まり、観察を開始。


 モンスターは青毛に覆われた大柄の四本足。

 馬と人間が合わさった、ケンタウロスに似ている。

 ケンタウロス擬きの集団が転倒した数台の馬車を囲っていた。


 多数の人族兵士たちが、ケンタウロス擬きと戦っている。

 一匹のケンタウロス擬きへ視線を集中させた。

 青毛に覆われた角張った顔には四つの歪な赤目がある。

 胸板は分厚く、白毛と青毛が重なり合うギザギザとした段だら模様で、筋肉質。

 肩から腕にかけては異常に筋肉が発達しているのか太い両腕を持ち、その手にはバスタード系の長剣が握られていた。


 長剣で人族の兵士たちを切り伏せている。


 筋肉質なケンタウロス擬きたちと戦う兵士たちは紅白を基調とした軍服を身に着けていた。

 宗教国家か、聖王国か、どちらかの軍兵士だろう。

 転倒していない馬車もある。そこを中心にして、三角帽子をかぶる魔法使い系と思われる人物が円状のフィールド魔法を展開させていた。

 守りの魔法か? 薄青色の魔法フィードの場所を守るように隊長クラスと思われる重騎士たちが数十人の兵士へ指示を出しては自らケンタウロス擬きと戦っている。


 おぉ? 大柄な重騎士の背後に、姫らしき桃色髪の人物を発見っ!


 桃だ、桃だ。桃色髪とな! 良いね。

 顔も可愛い。モンスターたちを睨んでいる目も可愛いときたもんだ。

 しかし、兵士たちがケンタウロス擬きたちにより、次々と斬られ、殴られ、蹄で蹴り飛ばされていく。


 あの、ケンタウロス擬きなかなか強い。

 体内に魔素の動きも確認できる。

 動きもなんか他のモンスターとは違って、人と似ている。


 あ、防御フィールドがひび割れたと思ったら消えちゃった。

 いや、あの魔法使い、攻撃に切り替えたのか?


 魔法使いは片手で大杖を掲げて振り払うように大杖を扱っている。

 振られた大杖の先端からは複数の火炎が発生。その火炎魔法は蛇の如く細くうねり、ケンタウロス擬きたちの体にぐるぐると巻き付くと、一瞬で青毛が燃えて筋肉質な全身が炎に包まれていた。あっという間に数体のケンタウロス擬きが黒焦げの彫刻となって炭化した姿となる。


 まだ魔法使いの攻撃が続く。


 腰から小さい杖ロッドを左手で取り出し、右手に握られている大杖と同じように左手に握られたロッドを振った、その瞬間、先端から氷礫が大量に発生し、ケンタウロス擬きたちへ追跡を行いながら雨あられのように氷礫が降り注いでいく。

 大量の氷礫はケンタウロス擬きたちの大半に突き刺さり傷を負わせ倒していた。

 

 凄い魔法だ。やるなぁ、あの魔法使い。


 だが、敵愾心ヘイトが集中したのか魔法使いに攻撃が集まっていく。

 ケンタウロス擬きたちは魔法使いを脅威と判断したらしい。

 弓矢が放たれ<投擲>された長剣が魔法使いのもとへ飛んでいく。

 魔法使いは逃げるように巧く避けてはいるが、魔法使いを守ろうと攻撃に出た兵士が次々に射ぬかれ、薙ぎ払われ、突かれて、倒れていった。


 そこで、一人の重騎士が魔法使いを守ろうと前方に飛び出す。

 叫んでいるのか、女性の甲高い声が俺の位置にまで轟いた。

 ただ単に叫んだだけか、挑発スキルか? 魔法使いに集中していたケンタウロス擬きが、重騎士にターゲットを変えたようだ。


 あっ――挑発が効いてないのがいる。


 頭部に青角を生やしたケンタウロスには影響していなかったらしい。

 もしかして、あいつはケンタウロス擬きのリーダーか?

 角だけに三倍の速度で動く、という感じではないようだけど。


 その青角ケンタウロス擬きが放った弓矢が魔法使いの足に直撃。


 足に怪我を負った魔法使いが倒れると戦線の維持ができなくなっていく。

 紅白色の装備を着る兵士たちの数は、まだまだ多いが……劣勢と言えた。

 ――ジャスティスが疼く。

 桃色髪の美人さんをこの世から無くすのは神が許しても、俺が許さない。

 助太刀をしよう。


『ヘルメ』

『はいっ』

『視界に現れろ』


 視界の端に出現したヘルメのデフォルメキャラ。


『ハッ、ここです』

『視界を貸せ』


 ヘルメを捕まえる――。

 視界からヘルメは消えるが……。


『――はっ、アッン、ハァハァ』

「その悶え声はやめて欲しいのだが……」

『す、すみません……』


 気にせずに周囲を探索。

 掌握察も同時に行う。


 温度変化によってどこに敵がいるか、見ていく。

 ケンタウロス擬きの背後、森には伏兵はなし。

 魔素も同じだ。


 ――精霊眼を解除。


『ヘルメ、水の状態で、あのケンタウロス擬き集団の背後へ回れるか?』

『はい』


 念話から普通の言葉へ切り替える。


「それじゃ、ヘルメは隙を見てあのリーダー格角持ちの魔獣を攻撃。俺とロロは正面からいく」

『わかりました』


 常闇の水精霊ヘルメは左目からスパイラル放出。

 地面の表面に着水した液体と化したヘルメはにゅるにゅると地面を滑らかに異常な速度で移動してゆく。


「よし、今回は普通に先制攻撃といきますか」

「にゃ」


 魔槍杖を右手に出現させる。

 その場の――高枝から飛び降りるように飛び出した。


 <導想魔手>と<鎖>を使い、空中を翔る。

 人族兵士と戦ってるケンタウロス擬きの頭上から急襲する形となった。

 上空からの着地へ向かう重力無双。


 縦に魔槍杖を振るう。


 ――紅斧刃をケンタウロスの頭へプレゼント。


 微かな抵抗感を感じさせながら縦に一刀両断。

 馬ゴリラのような筋肉質な胴体は、じゅあっと両断面を焦がしながら左右に分れていた。


 着地後。


 間髪容れずに、魔槍杖を振り上げ隣にいたケンタウロス擬きの首辺りへ紅斧刃を衝突させる。

 感触はあまりなく、シュッパっとした音を響かせては紅斧刃が通り抜けていく。そのまま魔槍杖を振り抜き横回転を行った後、斬り上げたケンタウロス擬きの首に血筋が斜めに入り、血筋に沿って首がずり落ちていくのが視界に映っていた。


 肩から跳躍していた黒猫ロロも右側面から急襲。

 触手骨剣をケンタウロス擬きの頭部に突き刺しては触手を収斂させて、一気に近付き、倒れゆく大きい胴体を踏み台にしては違うケンタウロス擬きへ爪を剥き出した状態で飛び掛かっていく。


 死体を蹴り上げての、素早い軌道か。

 そのタイミングで、ケンタウロス擬きたちの叫ぶ声が聞こえてくる。


「ゴォファ? (なんだ?)」

「ボフォガル(危険です)ボフォガ(危険)」


 言葉が理解できた。


「ヅォゴヅァ(人族)ダズファン(の動きではありませ――」


 おっ、会話していた怪物が背後から斬られてる。

 斬ったのは劣勢だった重騎士の一人。


「――チャンスだ、お前たちも攻撃を開始しろっ!」


 重騎士の裂帛声。


「――おうっ」

「俺たちだって」

「おおおぅっ!」


 重騎士の勇気ある行動と、激しい掛け声により姫様を守っていた兵士たちが勢いを取り戻す。

 ケンタウロス擬きが話をしていた言語の意味は分かるが、今まで聞いたことのない言語だった。


 ま、このまま掃除をする。


「ガジッ、ドライ、ラマジャッズ、アァ!! (あの、槍使いっ、我がっ、仕留めるっ!!)」


 青角を生やしたケンタウロス擬きがそう叫びながら、大弓を構えた。


「閣下っ! ――やらせません」


 その言葉と共に現れたのは常闇の水精霊ヘルメだった。

 青角ケンタウロス擬きの背後から急襲。


 ヘルメは飛び上がっているので、宙に浮いているようにも見えた。

 左右の両手を真横へ広げている。


 右手には蒼水の丸い塊が浮かび左手には丸い闇靄が浮かんでいた。


 右手を払うと蒼水から――数本の氷槍が射出。

 氷槍は青角ケンタウロスの胴体へ飛翔していく。

 それと同時とヘルメは左手を振り払う――すると、他の大多数のケンタウロス擬きの頭に闇雲が発生し、視界を奪っていた。

 ケンタウロス擬きたちは呻き声をあげては、両手を使い頭にある闇の雲を払い除けようとするが、魔法の闇雲は離れない。


 一方で、青角ケンタウロス擬きの胴体にも氷槍が突き刺さり腹から血を流して、持っていた大弓を地面に落とす。


「グァ、グ、ガジィ、(誰だ、あいつは)パズオドッ、(二つ同時の魔法だとっ)」


 青角ケンタウロス擬きは悔しそうに叫けぶ。

 口を閉じて牙を噛んでいた表情を浮かべる。

 ヘルメ、ナイスだ。

 視界を奪ったケンタウロス擬きたちは右往左往している。


 まずは、コイツらを殺る。


 地面を蹴りケンタウロス擬きに一気に近付き、俺の間合い槍圏内に入った瞬間、魔槍杖を無造作に振り上げる。

 ――紅と紫の流閃。ケンタウロス擬きを下腹から斬り上げた。

 近くにいた違うケンタウロス擬きにも、少し跳躍しながらの魔槍杖を振り下げ頭から斬り伏せる。


 距離が離れていても、狙った標的は外さない。

 魔脚で間合いを詰めては、魔槍杖の餌食にしていく。


 黒猫ロロも触手骨剣だけでなく、口牙、四肢の爪の攻撃でケンタウロス擬きたちを殺していた。


 状況はこれにより一変したと言って良いだろう。


 生き残っていた重騎士と兵士たちも、俺たちの無双な攻撃を見て勇気付けられたのか、今までの鬱憤を晴らすかのように本格的な反撃へ移っていた。


 視界を奪われたケンタウロス擬きたちは、まともな反撃ができずに次々と兵士たちに討たれ死んでいく。


 リーダー格の青角ケンタウロス擬きは負けを悟ったようだ。


 牙をまたもや噛み、悔しそうな表情を見せる。

 赤き四つ目で俺を睨みながら雄叫びを上げると、まだ生き残っていた数匹を伴って撤退し背後にあった森の中へと消えていく。


 結局、逃げていったか。


 それを見ていた騎士たちが歓喜の声をあげる。

 続けて兵士たちが喜びを爆発させた。


「勝った、勝ったぞおおお」

「「おおぉぉぉ」」


 その間にヘルメは水になり、俺の左目へ戻る。

 黒猫ロロも定位置である肩に戻っていた。


 矢の攻撃を受けていた魔法使いは怪我の治療を受けているようだ。

 桃色髪の姫様と思われる女性が紋章魔法と思われる回復魔法を唱えている。


 紋章が浮かんでいる。

 闇の紋章とは違うな、初めて見る紋章。

 暫くすると魔法使いは馬車の中へ運ばれていた。


 よし。この人たちへ挨拶しとくか。

 特に、あの桃色髪の女性に話しかけてみよう。


 桃色髪の姫らしき人物に近付いていく。


 その時、二人の重騎士が立ちはだかる。

 一人は明らかにリーダーと思える装備品。

 庇が付いた兜に胸が膨らんだ重厚なプレート鎧を身に着けていた。


 女なのか?


 重厚鎧の上から紅白を基調とした前掛けの布服を垂らしている。

 布の左胸には花と十字と盾が重なったエンブレム模様が描かれてあった。


 色合い的にクロアチアの国旗に似ている。


「……お待ちください。この度は助けて頂きありがとうございました」


 重騎士は丁寧に挨拶してくると、兜を脱いで頭を下げていた。

 金色の髪が長い。やはり、女性か。


「いえいえ、助けられてよかったです」


 無難に、挨拶しとく。


「はい。貴方様のお陰で姫も助かりました。わたしは【アーカムネリス聖王国】第三王女護衛騎士百花団団長エルメス・イングヴェイという者です」

「同じく、百花団副官サヒア・ローレンスです」


 女団長エルメスさんか。

 青目に鼻梁もしっかりしていて美人。

 が、右頬から顎にかけて獣の牙に傷つけられたような大きな傷があった。

 副官さんはサヒア。

 色黒な初老の男。

 額には皺が多く、目が細い、顎には白皙はくせき美髯びぜんが目立っていた。


 挨拶しようか。


「……俺はCランク冒険者です。名前はシュウヤ・カガリ。シュウヤと呼んでください」

「な、なんと、あれほどの戦力と実力でCランクとは……にわかには信じられないが……」

「団長、冒険者の中にはランクが低くても際立った者がいる場合があると聞いたことがあります」


 副官のサヒアと名乗っていた初老男性が、渋い声を出し意見していた。


「ほぅ……」

「なら、カードを見せましょうか?」

「い、いや、いいのだ。失礼をした。信用しよう」


 エルメスさんは驚いていたが、カードを見せずとも納得してくれたようだ。

 おっ、桃色髪の姫さんが近付いてくる。


「――エルメス? この方が助けてくださったのですね」

「ハッ、アウローラ姫。そうでございます」


 アウローラ姫様か。

 姫様の髪型は中分けのボブカット気味の桃色髪。


 ――ピンクは素晴らしい。


 眉も細毛で桃色だ。瞳はまんまるの碧色で美しい色彩を放っている。

 小顔の顎ラインも健気さをアピールしていて、尚更良い。

 服装は簡易な小さい肩アーマーが付いた白絹のロングドレス。

 膨らんだ胸あたりを押さえる薄桃色が混ざった真鍮のボタンが特徴的だ。

 腰には銀糸で巻かれた杖が差してある。


 見た目的にはシンプルな旅行で着るような高級衣服だと思う。


「そうですか。是非に、貴方様のお名前が知りたいです。教えてくださいますか?」


 桃髪の姫様は俺を見つめている。

 何度も億劫だが、もう一度、自己紹介しとくか。


「はい、姫様。礼儀がなっていませんが、ご容赦を、俺は冒険者Cランク。シュウヤ・カガリという名前です」


 恭しく頭を下げて話しておく。

 俺が頭を下げても黒猫ロロは触手を使い肩から落ちずにしがみついていた。

 何も文句の鳴き声は出さないので、黒猫ロロは肩の位置で成り行きを見守るようだ。


「シュウヤ様ですね。礼儀などは構いません。わたしの、そして、騎士団の命の恩人なのですから。グリズベルの魔族の手から我々を救ってくださって本当にありがとうございました」


 さっきのケンタウロス擬きの名前がグリズベルという名か。

 でも、この姫様……綺麗な人だ。

 きちんと褒めて本心のまま対応しておこう。


「いえ、当然のことをしたまで、美しい姫様を救うことができて光栄の至り」

「美しい、だなんて……お上手ですね」


 ぽぉっと頬が赤くなってる。

 まんまるお目めをぱちぱちさせて、やばいな。可愛い。


「いやいや、本音ですから」

「ありがとう。でも、シュウヤ様はとてもお強い冒険者様なのですね……あ、まだ、ちゃんと名乗っていませんでした。わたしの名は、アウローラ・フィ・アーカムネリス。【聖王国】の第三王女です。アウローラとお呼びください」


 姫様は片手を前に出してる。これにキスしろと?

 礼儀なんて分からないけど、たぶんそうなのだろう。


「はい。アウローラ姫様――」


 そう言って、御辞儀しながら姫様の細っこい手の甲にチュッとしたった。


 なんとも言えない柔らかい感触を得た。

 その時に姫様の細く綺麗な指を見る。

 右手の人差し指には、魔力が漂う白いダイヤモンドのような宝石指輪を嵌めていた。


 高そうな指輪だな。あっ、しまった。

 あまりジロジロ見てるのも失礼だよな。


 俺は視線を誤魔化すように――。


「……姫様、俺は貴族ではないので、様付けは必要ないですよ?」

「いえ、助けて頂いたのですから、当然です」


 碧色の双眸は力強く見つめてくる。


「ゴホンッ、では、シュウヤ殿? 今回の救って頂いたお礼をしたいのですが……」


 騎士団長のエルメスさんがわざと咳をして、良い雰囲気を壊してきた。

 エルメスさんは一瞬、睨みを利かせてから笑顔で語っている。


 姫を口説いたように見えたらしい。怖いので断っとこ。


「……お礼なんて、いらないです」

「――そんなことは言わずにお願いします」


 アウローラ姫がずんっと前に出て、顔を出す。

 俺に顔を寄せて必死に訴えてくる。

 お姫様は隣にいた騎士団長のエルメスに“貴女も何か言いなさい”的な目配せしていた。


「……シュウヤ殿。わたしからもお願いする。護衛騎士団を率いる身としては不甲斐ないが、魔術師長も怪我を負ってしまい緊急を要する。凄腕な貴殿に“護衛”をお願いしたい。【聖都】までの道中はまだあり、この先、魔族たちが再度襲いかかってくる可能性もあります。ギルドを通さないので正式な依頼ではないのですが……【聖王国】からの個人的な指名依頼として受けてくれないだろうか?」


 姫様は念を押すように話を続ける。


「わたしからもお願いします。わたしと騎士団を救ってくれたシュウヤ様になら安心できます。報酬も約束しましょう。何か、ご希望の報酬があれば、わたしにできる範囲でしたら用意させますので……是非ともに、護衛をお願いします」


 姫様は胸前で両手を組んで神に祈るポーズを取る。

 眉を寄せて、必死なお願い顔だ。

 どうせ、東へ行くついでだ。

 美人だし。こりゃ、護衛がんばっちゃお、とした気分になっちゃうよ。


 オレ、鼻の下が伸びてるかも……

 いかん、一応は紳士的に対応しなければ。


「……東には用事がありますし、そうですね。あ、でも、一介の冒険者に過ぎない者ですが大丈夫でしょうか?」

「勿論です。大丈夫ですっ! ですよね? エルメス」


 エルメスは姫の顔を見て満面の笑みを浮かべる。


「はい、姫様」


 でも不安要素があるんだよな。

 隣の国ヘスリファートのように教会関係が強い可能性が非常に高い。

 名前も聖王国だし……不安だが、碧眼の桃色さんの頼みだ。


「……では、東に向かう間だけ護衛を受けます。僅かの間だけですが、宜しくお願いします」

「よかった、シュウヤ様、よろしくお願いしますね」


 姫は少し飛び跳ねてる。そんなに嬉しかったのか?


「はい」

「にゃ」


 肩で人形のように成り行きを見ていた黒猫ロロがアピールを始めた。


「まぁッ、可愛らしい猫ちゃん」

「こいつはロロディーヌ。ロロが愛称です。俺の使い魔であり相棒です」

「わぁ、相棒のロロちゃんなのですね。先程の戦いを見てましたよ? 凄かったですねぇ、姿も少し変えられるようですね。黒い艶やかな毛並みに触手を伸ばしていましたし」

「ン、にゃにゃ~ん」


 久々に黒猫ロロのどや顔が炸裂していた。


「か、かわいいですぅ、抱きしめていいですか?」

「ど、どうぞ。ロロが逃げなきゃですけど……」


 ロロは逃げなかった。

 胸で抱っこされて、姫様に撫でられている。

 ロロは髭を下に垂らして、不機嫌顔をしているので、我慢しているのだろうけど……。


 といった感じに姫様と黒猫ロロがいちゃついてる間に、エルメスさんが副官サヒアへ色々と指示を出していた。

 サヒアから指示を出された兵士たちは馬車の立て直しや散らばった荷物の回収に、死んだ兵士の遺品回収などを行っていく。

 馬車は全部で四つあるが、どの馬車も転倒していただけで車輪の欠損なぞはなかったようだ。その内の一つは豪奢な馬車だった。


 さすがに王族なのだろう。


「シュウヤ様、こちらへ」


 しかも、姫様から直接、馬車の中へと案内されてしまった。


 断るのもなんなので、そのまま、なりゆきで道中を王女と向き合う形で進むことに。

 隣には女騎士団長のエルメスが控えてるが、姫様は終始ニコニコとご機嫌顔で明るく話しかけてくる。


「シュウヤ様はどうして【アーカムネリス聖王国】に?」

「はい、東の大森林地帯に用がありまして、確か【旧ベファリッツ大帝国】があったところとか……」

「東とはあの【魔境の大森林】ですか? グリズベルやレッサーデーモンなどが出現する魔界に通じる〝裂け目〟、〝傷場〟がある場所ですよ?」


 姫様は驚いてる。レッサーデーモン? とかいうのも出るのか。

 魔界の裂け目やら傷場は聞いたことがある。ギルドの依頼紙にも書かれてあったし、沸骨騎士たちが前に話していたセラ世界にある傷のことだ。

 魔界セブドラへ通じているとか話していた。


 知ってはいるが、知らないふりをして聞いておく。


「……はい。その東の大森林です。でも、その魔界の裂け目とは何です?」


 俺が問うと、姫様と女騎士団長のエルメスさんは神妙な顔付きを浮かべる。

 そんなエルメスさんが重そうに唇を動かした。


「……それについてはわたしが説明をしましょう。魔界の裂け目とは過去の戦争の爪痕です。原因は約六百年~七百年前の頃と言われています。【ベファリッツ大帝国】の【帝都キシリア】にて、エルフたちの賢者が禁忌の大魔法を行った結果、魔法が失敗、大爆破を起こし【帝都キシリア】は大打撃を受けたのが始まりとか。エルフにとっての悲劇はさらに続き、その余波で次元に裂け目が発生。これが“魔界の裂け目”と呼ばれています。そこから魔族が大量に溢れだしたと……それにより麗しきの都と言われたエルフの帝都の一帯は一日で崩壊したと古き歴史書には書かれてあります」


 エルフが禁忌の魔法か。

 そんなもんに手を出すほどの切羽詰まった戦争だったのかねぇ? 

 まぁ、詳しくは歴史書を見ないとわからない……ん、そういや、約五百年~六百年前にオセベリアや人族の国ができたとか師匠が座学の時に話していたな。

 裂け目に魔族……そのフレーズから一瞬、地下深くにあった黒き環ザララープを思い出す。

 黒き環は、今も地下に存在しているはず。

 あの大きさの環が複数個、地上にも存在すると、黒猫ロロの前身であったローゼスは語っていた。


 ま、これは前に沸騎士たちが言ってたように魔界の裂け目とは関係の無い話。


「……裂け目からですか。あのグリズベルたちも?」


 エルメスさんは頷く。


「はい。【魔境の大森林】は魔族たちの住み処になっているのです。五百年以上の過去から現在に至るまで十字軍という聖戦を組み、【聖都サザムンド】から何度も何度も討伐十字軍は組まれたのですが、グリズベルやデーモン系の大軍に阻まれ、十字軍は全滅か後退を繰り返す始末。今でも前線である【ソール砦】が【アーカムネリス聖王国】の国境を守るのに存在していますが……さきほどのグリズベルの集団による攻撃でお分かりのように、国境を完全に押さえているわけではないのです」


 へぇ、大変なんだな。


「なるほど、国境が危ういとなると……【聖都サザムンド】は大丈夫なんでしょうか?」

「それについては、大丈夫でしょう。前線には砦もありますし【聖都】には堅固な防壁と対魔族結界や装備も揃えてあります。今回襲撃してきたグリズベルは魔境から聖都を迂回、森に移住をしてきた一グループに過ぎないと思われます。しかし、こんな聖王国内部まで侵入を許すとは……」


 対魔族結界=光関係? 

 イメージ的には聖水とかすぐ浮かぶけど、専門の呪文的なフィールド魔法があるのかもしれない。


「エルメスのいう通りです。グリズベルが、まさか聖王国西方の奥地にまで現れるなんて、わたしは予想もしていませんでした。ここは【宗教国家ヘスリファート】の国境にも近いですからね」


 姫様の碧色瞳は相変わらず輝いて見える。

 薄化粧な肌が綺麗でもちもちしてそう。

 表情は真剣だけど、吸い付きたくなる肌だな……。


 いかんいかん。すぐ脱線してしまう。


 しかし、二人の話から察するに……。


 さっきのグリズベル魔族たちの襲撃が想定外だったとしても、今後も、この街道に魔族系のモンスターからの襲撃が繰り返されているとしたら、【聖都】とやらはもう魔族たちに囲まれているんではなかろうか……。


 ま、そんな考えを話すつもりはないけれど。


「……想定外だったんですね」

「はい。そうです。魔術師長であるクロエも怪我を負ってしまい、わたしたちは全滅寸前でした。本当に、シュウヤ様がいてくださって良かった……」


 そういや怪我をしていた魔法使いがいたな。

 運ばれていたけど……。


「……その怪我をした魔術師長の方は大丈夫なのですか?」

「はい。クロエは意識を失っていますが、大丈夫です。ポーションを飲ませて回復魔法も唱えました。傷は塞ぎましたし、今は専門の治療師が毒治療を行い後方の馬車で寝ています」

「そうですか、助かってよかった」


 そんな調子で馬車の中で会話を続けていた。

 馬車の外ではオレンジの光が木々の間から漏れている。


 夕日を感じながら【聖都サザムンド】へと向かう街道を進んでいく。

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