十二話 ゴルディーバで、初めての狩り※

 師匠は俺を見守るように腕を組みながら片方の眉をあげると、口元をほころばせる。


「嬉しそうな顔を浮かべて水とか言っていたが、何かを感じたな?」

「はい。水のイメージでした」


 アキレス師匠はそれを聞くと僅かに頷く。


「水か。まずはそうだな、記憶喪失で忘れているだろうから、基本的なことを話しておこう。主に属性は、火、水、風、土、雷、無、と六つ存在する。その基本六属性の上位に当たるのが闇と光の二属性だ。闇は光に弱いが他の属性には強い。光は闇を滅するが他属性にはあまり関係がない。それと、最後に特殊なのが時空属性だな」


 基本属性か。

 ありがちな展開だけど、魔法を使う上で大切なことだ。


 しっかりと頭に叩き込む。


「基本六属性に、その上位である闇と光の二属性。最後に時空属性ですか……」


 時空属性はやはり特殊だよな、名前からして。


「そうだ。良し、これを握ってみるのだ」


 師匠はガラス玉、石のような物を差し出してくる。

 それを受け取り、言われた通りその石を握ってみた。


「それは測魔検査石と言ってな。属性を知ることができる代物だ。他にも簡単に属性を知る方法があるので教えておく。それは魔法書に触れることだ。その魔法書から魔力が感じられれば、その触った本人にその魔法書の属性があるということだ」


 師匠の言葉を聞きながら、数秒ほど渡された石を握っていた。


「これでいいんですか?」


 そう言って掌を広げると、ガラスの石は白色、黒色、青色、灰銀色、を順繰りに示した。


「光、闇、水に、時空の四つか。これに無属性を加えると、合計五つの属性持ちだな。普通は光と闇は相反し片方しか持てないはずだが……それに灰銀色の時空属性とは、中々珍しい。やはり……シュウヤは特殊な吸血鬼ヴァンパイア系だな」


 特殊か、そりゃそうだよな、新種族だし。

 光と闇を併せ持ち、尚且つ時空属性持ちときたもんだ。


 普通の人はどれくらい属性を持ってるんだろ?


「普通の人は、属性をどれくらい持っているんですか?」

「普通と言ってもな、わしらゴルディーバ族の中でも様々だ。光と闇以外の全属性を持つ恵まれた者もいたし、一つや二つの属性を持つだけの者もいた。人族や他の種族も皆そうだろう。親の属性が子にも引き継がれるのが大概だな」


 基本は様々だが、一応規則性は存在するのか。


「様々ってことですね。でも、相反する属性を持つ俺は……」

「そうだな。わしは長らく生きているが……光と闇を同時に合わせ持つ者など、見たことがないし、聞いたこともない。時空属性持ちはそれなりに見たことがあるが」


 見たことがないか……。

 ま、分かってはいたけどね。

 俺は人間じゃなく新種族、光魔ルシヴァルだ。


 しかし、大きい都市や街に行ったら身の振り方を考えないとな。


「確かにそうですね……」


 嘆息して、沈みがちに答えた。


「そう悲観せず、堂々と魔法を覚えたらいい。闇も光も魔法は扱う者次第だ。目立つのが嫌なら、時と場所を見極めて使っていけば良いだろう。それに、シュウヤはまだ魔法を覚えてはおらぬのだからな」


 師匠は優しい笑顔を作り、俺の肩を軽く叩いて慰めてくれた。


「そうですね。その闇と光の魔法はどんな物なんですか?」

「……闇属性の魔法は、主に魔族が使う。人族では暗殺者や影に生きる者、闇神リヴォグラフや邪教を信奉する者たちが主だな。光属性は癒しの魔法が多く、光神ルロディスを崇拝している神聖教会の聖職者、教会騎士に属している者が主だ。光属性は聖、闇属性は魔、と呼ぶ地域もある」


 神聖教会……は宗教系のキーワードだ。


「一般的に魔法使いという者は――」


 それから魔法に関する説明を長々と受けた。


 魔法使い、魔術師系を目指す者たちは優秀な魔術師から学ぶことから始め、徐々に魔法書を読み、魔法を身に付けていく方法が一般的であるとか、才能のある子は各都市にある冒険者を育成する魔法学院を目指し、その中でも天才たちが集まる最高峰の学園が塔烈都市セナアプアと学術都市エルンストにあるらしい。


 その基本的なことから複雑に変化していく戦闘職業に関する話にまで説明は及んだ。


 魔法には魔力や精神力などが必要なこと。

 成長と共に魔法を覚えていくと、<魔法使い>から<魔導士>にと戦闘職業も様々に変化していく。

 魔法職の戦闘職業が進化すれば、スキルとして特別な魔法を取得できる可能性があるとか。が、基本は魔法書を読むことで魔法を覚えられるらしい。


 魔法職や戦士職だけでも戦闘職業の組み合わせは無限に広がるんだとか。


 この辺りは少し前に戦闘職業について説明してもらったので、すぐに理解した。とにかく、沢山の戦闘職業が存在するってことだ。


 言語魔法と紋章魔法についても簡単な説明をしてもらった。


 言語魔法は精霊や神を讃える詠唱文を唱えてから発動する魔法らしい。


 下位魔法と上位魔法が存在するとか。


 紋章魔法の方は読んで字の如く紋章を浮かべてから魔法を放つ魔法で、一般的に高度な魔法とか自由な魔法と言われているらしい。詠唱は必要ないが、魔法陣を構築するのに時間が掛かるそうだ。


 一方で、<生活魔法>ではなく言語魔法や紋章魔法を簡単に使えるアイテムがあることも教わった。

 それは主に魔法具店で買えるアイテムで、スクロールという紙片らしい。使う魔法の属性と魔力があれば、そのスクロールを消費することにより、魔法が発動できるんだとか。


「――といった感じに早口で説明してきたが、大丈夫か?」

「はい、何とか」

「ここには詳しい魔法の本などは無いからな……それにわしが知ってるのは三百年前の知識だ」


 三百年前の知識か。

 魔法の技術はその三百年で進化してるんだろうか。


 有為転変は世の習い。

 という言葉もあるし、変化はしてるかもしれない。


「これでも、知っていることは話したつもりだ」

「今のでだいぶ分かりましたよ」

「ふむ。だが、まだ魔技の源である魔力について、言っておかねばならんことがある」


 そのタイミングで師匠の目が鋭くなり、身振り手振りで説明を始めた。


「先ほども話を通り、魔法を使えば魔力を消費する。これは当たり前だな? 魔力が切れかかると倦怠感を感じ体がだるくなる。更に魔力を消費すると、魔力飢餓が起こる。酷くなると、失神を起こし、死に至ることもある。そして、失った魔力を回復するには基本寝るか休息が必要になってくる。中には寝ずに自然回復が異常に早い者もいたりする……が、まぁ特殊な例外は多数あるからな。今ははぶく。他の回復手段は、<瞑想>などのスキルに加え、錬金術の心得があれば、専用のポーション類が作れるようになる。それを飲めば体力、魔力などが回復する。ポーションも奥が深い」


 魔力の管理は重要だな。

 俺の精神の値が最大MPと仮定して、どれぐらい魔力を消費したらMPは切れるんだろう。

 ステータスでは数値とかは表示されてないし……。


「……魔力飢餓、重要なのは分かりますが、これ以上魔法を使ったら危険領域だぞ、とか、目安みたいのはあるんですか?」

「ある。今はいずれ分かる時が来る、と言えばいいか」


 いずれ分かる時が来るか……。

 感覚的なものなんだろうとは想像がつく。


「話を続けるぞ。次は魔技の要、魔力の運用だ。これは魔法使いだけではなく、魔力を使う全ての戦闘職業の基本であり根幹だ」


 基本。魔力は重要なんだな。


「魔力の運用……」

「そうだ。それを使いこなす稀有な技術をわしは身に付けている。<導魔術>、<魔闘術>、<仙魔術>、この三つだ」


 師匠は話しながら指を一本ずつ立てていき、三本の指を強調する形を見せた。


「この三つの技が魔技なのだ。これは一見、魔法とは違うようだが、魔法と同じく魔力を使う。だが、これらの魔技は魔法書では絶対に覚えられないし、勿論、魔法学院でも教えられていない。覚えている者も中には居るだろうが、せいぜい<魔闘術>止まりだろう」


 魔技について事細かに説明を受けた。


 <導魔術>は体内魔力その物を外に放出し、戦う術。


 <魔闘術>は体内魔力を体内で操作し、体を強化する術。


 <仙魔術>は体内魔力を外に放出し、自然界と同調させ、利用する術。


 この三つが合わさると<魔技使い>と呼ばれる戦闘職業に成るんだとか。

 そして、魔力の運用が非常に重要らしい。


「といった具合なんだが、ある程度は理解できたか?」

「はい。イメージは何となく」


 それを聞くとアキレス師匠は眉尻をピクリと動かし反応した。


「イメージか……実はそれが、一番大切なことなんだぞ?」


 イメージなら自信がある。妄想好きだ。


「はい」

「説明はここまでだ。早速、基本からやっていく。最初に魔力を確認。次にその魔力を引き上げ、その魔力を体の一部に集める。最後に集めた魔力を霧散させ、また魔力を集める動作から繰り返す。まずはこの基本からじっくりとやっていけばいい」


 繰り返しか。

 でも、なんかこういう修行には憧れがあったし、楽しみだ。


「分かりました。早速やってみます」


 魔力か。わくわくするな。


「今日はここでやると良い。夜までにはある程度コツも掴めるかもしれん。しかし、魔力操作は毎日の積み重ねが大切だからな?」


 継続は力なり、だな。


「それに近いうちに【修練道】で本格的に身体能力の底上げを行い、槍武術、風槍流の基礎を身に付ける訓練を始める予定だ。魔力操作は暇な時に常に心掛けるといった感じで練習すると良いだろう」

「はい」


 アキレス師匠は俺の返事に満足そうに頷くと、階段を上がり鍛冶部屋から出ていった。


 時々話に出てくる【修練道】という場所が気になる。


 まぁ今は魔力の感覚を身に付けよう……。

 その場で座禅を組む。

 目を瞑り、さっきの感覚を引き戻そうと試みた。


 魔力の確認を行う。


 水は俺本来の、自分自身の属性だと、すぐに理解できた。


 その理由は転生する前に遡る。

 子供の頃、両親と一緒に乗っていた車が突然の崖くずれに巻き込まれてしまい、川へ車ごと転落するという事故にあった。


 その事故で俺の両親は死んでしまった。


 俺も大怪我を負ったが、体が小さくて、たまたま助かったんだ。


 そのせいで水が怖くなるトラウマを煩い、風呂にも恐怖を抱くようになってしまった。

 だが、育ての親でもある爺ちゃんに無理やり水泳教室に通わされて矯正された。

 暫く水泳教室に通ううちに、自然と水嫌いが逆に水好きになっていくその過程は、子供ながらに不思議な感覚だったな。


 そういった水に関する経験で培ってきたことがあるから、属性が水なのは妙に納得できる。


 水以外の属性は転生時に種族やスキルを選んで取得した属性と分かる。

 闇属性はヴァンパイアハーフを選択したから取得、光属性はエクストラスキル<光の授印>で得たと。


 それで新種族の光魔セイヴァルトに。

 今では進化して光魔ルシヴァルだ。


 見た目は完全に人間だと思うが、種族は違うらしい。

 俺が気付かないだけで、多少変わってるところがあるのかもしれないが……。


 ま、こまけーこたぁ良いんだよ。


 俺は俺だ。我思う故に我あり。


 それはさておき、時空属性だけは特殊かもな。

 種族や心で決まったわけではなく、異世界に渡ったお陰で得られた属性らしいし……。


 さて、魔力に集中しようか! 座禅して、集中集中――。


 ――魔力を確認できた。

 心の奥にある魔力の礎に、意識を向けていく。


 その心の奥、腹の底にある水の膜のような魔力を動かし、引っ張りあげた。

 引き上げた魔力を指にまで浸透させようと、より集中していく……徐々に心の奥底から水の膜の幅が拡がっていく感覚が得られた。


 これが魔力の礎。


 魔力の礎の小さな波紋は胴体の上、胸を抜けるように通り腕から指へ集まる。

 濃密な魔力を指先に集めることに成功した。

 次に指先に集めた魔力を霧散させて、また腹の底から指先へ魔力を集めて霧散させる。


 再度魔力の礎を感じ取り、また胸から腕を通して指へ魔力を移動させるといったことを繰り返す。


 ピコーン※<瞑想>※スキル獲得※


 おぉ、覚えちゃったよ! <瞑想>スキルか……。

 何回も魔力を使って、魔力を回復させようと意識して<瞑想>したからかな?


 そうして、何回も何回も繰り返す。


「シュウヤ兄ちゃん、ゆうしょくだよぉ」


 レファの声が聞こえてきた。気付くと、もう夜になっていたようだ。


「にゃぁ」


 黒猫ロロが鳴く。

 いつの間にか、俺の膝の上で寝ていたらしい。

 黒い耳をピクピクと動かし、中が白とピンクが混ざる可愛い色合いのその耳をレファの方向へ動かしている。

 レファへ小さい顔を向けてから、俺にも紅い瞳を向けてきた。


 きっと黒猫ロロの気持ちは『食事へ行かないの?』という感じなのだろう。


「分かった。今いくよ」


 レファと黒猫ロロを連れて居間に戻ると、居間にある椅子に全員が座り待っていてくれた。


「感覚は掴めそうか?」


 師匠が話しかけてくる。


「はい、何とか。お待たせしてすみません」

「良い良い。ま、座れ、食事だ」

「はい」


 席に座ると、アキレス師匠が皆に報告してくれた。


「今宵から暫しの間、シュウヤはわしの正式な弟子になる」


 すぐに頭を下げた。「よろしくお願いします」と。


 ラグレンさんは心配そうな顔をしたが、爺が言うならと了解してくれた。レファは表情が柔らかくなり喜んでいるみたいだ。


「わぁ、シュウヤ兄ちゃん、ずっとここにいるの~?」


 レファは勘違いしているが、黙っておいた。

 ラビさんも、


「ふふ、新しい家族ね。家畜の世話が楽になるし嬉しいわ」


 と言って笑顔を作り、柔和と期待が合わさったような視線を送ってくる。

 こうして、アキレス師匠の弟子となり、正式にゴルディーバ族の一家の家に居候することになった。


 その日の夜。


 ベッドに横たわりながら、「ステータス」と呟き、スクリーンを表示させる。


 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:20

 称号:神獣を従エシ者

 種族:光魔ルシヴァル

 戦闘職業:槍使いnew:鎖使い

 筋力6.3→6.4敏捷8.0→8.1体力6.0魔力9.1器用6.3→6.4精神2.4→2.5運4.0

 状態:平穏


 戦闘職業に<槍使い>が追加されてるな。能力値もわずかに増えている。


 RPGではないが……成長が実感できるのは嬉しい。

 アキレス師匠とゴルディーバ族の一家に感謝だ。

 これからどんどん武術の技を吸収して強くなってやる。


 更なる飛躍を胸に誓い、眠りについていった。



 ◇◇◇◇



 目覚めると昨日と同じく夜明け前。


 小屋の中にある水桶の前に移動。


 水面へ両手を突っ込み水桶の中で掌を合わせて椀を作り、水を掬って顔を洗う。

 バシャバシャと洗う、顔のスキンケアは大事だ。が、前に小指を鼻の穴に突っ込んで、鼻血を出したことがあったんだよなぁ――同じ間違いは起こさない――。


 水を浴びてさっぱりとしてから棚にある小枝を掴んだ。


 この習字筆っぽい小枝。誰かが使った可能性もあるんだよな。

 一応、小枝を水桶に浸してゴシゴシと洗ってから、その小枝で自らの歯を磨いていった。


 師匠も起きてるのかな。と考えながら外へ出て畑を横目に広場へ進む。


 そこにはやはり師匠が待っていた。二本の槍を持ち立っている。


「おはよう。待っていたぞ。ほれっ」


 アキレス師匠は穂先が付いた槍をこっちに投げてくる。


「っ……」


 いきなりだな。俺はその槍を掴む。


「軽くやるぞ、まずは第一の構えから、風槍流の焔式だ」


 アキレス師匠は重心を低くして構えて、黒槍を前に突き出す。


 ――突く、突く、突く。


 三度の突きの後、素早く黒槍を胸前に引き戻しながら斜めに黒槍を構え持った。

 風槍流『焔式』か……。

 アキレス師匠は半身の姿勢をよりずらすように、右斜め後方に右足を退く。

 退いたと思ったら、半身ずらしていた体を正面に向け直すように腰を捻って一気に右足を前へと押し戻す。


 同時に、槍の後方部である石突を前に伸ばしていた。


 今度は逆向きに左斜めに槍を持ち体を半身に退く。

 さっきの逆の動きを繰り返す。

 一通りでセットのような動きだ。


 最後は〆の動きらしく、その場でジャンプして大振りな一撃を地面に叩きつけていた。


 強烈……。


「今日はこの型からだ」

「型ですか」

「そうだ。型は実戦に比べれば幼稚な踊りに過ぎない。だが、槍の基礎を学ぶにはちょうど良い」


 真似をして同じ事を繰り返していく。

 暫くして、槍、風槍流の『焔式』の感覚を掴む。


 そして、ふと疑問に思ったことを聞いてみることにした。


「師匠、風槍流と言っていましたが、そういう流派は他にも?」

「あるぞ。槍は主に技巧派の風槍流、力技派の豪槍流、伝統派の王槍流の三大流派に分かれている」


 三つの流派か。


「一般的に強さを表す級もある。初級、中級、上級、免許皆伝。更に烈槍級、王槍級、神槍級の上位三つ。剣も似たように技巧派の飛剣流、力技派の絶剣流、伝統派の王剣流、の三大流派が存在する。級も槍と全く同じだな。因みに、わしは風槍流の神槍、剣は飛剣流の王剣止まりだ」


 うひゃ、神級ですか。しかも剣までも。


「最高の級なんですね。さすがです――」


 師匠を褒めながら、その動きを完璧にトレース。


「そうなんだが、風槍流の神槍級といっても、わしの槍は剣技、魔技、スキルが加わるので、我流オリジナルに近い」


 オリジナルか、憧れる。


「では、この槍武術はアキレス流ということですか?」

「いや、それは風槍流でよい」


 風槍流に拘りでもあるのかな。


「何か理由が?」

「わしは昔【鉱山都市タンダール】の武神寺へ通い、風槍流と飛剣流の武術を学びながら過ごし、研鑽を重ねていた。そして、当時の神槍級者である神槍アキュレイに勝負を挑まれてな? わしは心良く引き受けその勝負を行った。それにわしが勝つと、アキュレイに今後は風槍流の神槍と名乗れと言われたのだ。当初は断っていたのだが、何度もしつこく付きまとわれて、仕方なく風槍流の神槍と名乗ると約束させられたのだ……それ以来、風槍流の神槍と名乗っている」


 神槍に勝つのは凄いが、その相手は少し嫌だな。

 タンダールに行く機会があったら、立ち寄ってみるのも面白いかもしれない。

 そんな機会は永遠にないかもしれないが。


「……なるほど」

「しかし、早いな。もう焔式はマスターしたようだ。さて、次の――この動きはどうかな?」


 にこやかに語るアキレス師匠は、朝霧の中を駆けだした。

 そして、宙を舞うように躍動する。


 急に跳躍したと思ったら、槍の穂先ごと黒槍を地面に叩きつける。

 強烈に叩き付けた黒槍は反動で、回転しながら宙に上がった。


 アキレス師匠は、その黒槍を逆手で掴み取る。

 そこで急にゆったりとした動きに変わった。


 真円の形に黒槍をぐるりと回しながら、右手に黒槍を持ち変える。その握った右手の腕と上半身を斜め前へ伸ばし、長らく身体を固定。


 これ、より型っぽい。


 ヨガのポーズのように暫く体の動きを止めている。

 その行為で、槍と体が一体になったように見えて、余計に体が長く見えてきた。


 そして、突然師匠は空を舞うように跳躍を繰り返す。


 静から動へ。霧を溶かすように黒槍を振り回し、穂先を目まぐるしく回転させていった。


 黒い穂先に水滴が沢山付着していく。

 水分を飛ばし、空気をも霧散させる勢いだ。

 暫くすると、師匠の周りだけ霧がなくなっていた。


 ――凄まじい技量ということだけは分かる。


 俺もその動きについていこうとするが、途中の体を一回転させる動きにたたらを踏んでしまった。


「――おっと、すまん。さすがに今のは高度すぎたか」


 失敗したけど、おもしれぇ。


「はい。追いかけて必死に真似してはいますが。でも、身に付いてくるのは分かるので、凄い面白いです」

「うむうむ。何事も楽しめるのは才能だな。さて、そろそろ時間だ。家畜の世話も楽しもうか?」


 師匠は白歯を見せる笑顔で語りながら黒槍を立て掛けると、家畜小屋がある崖下へ向かう。

 俺も歩きながら師匠の背後から話しかけた。


「……それも楽しむんですか?」

「あぁ、藁の交換はあまり楽しめないが、楽しい物もあるぞ? ルンガなんてな、一日一日餌の食べ具合が変わる。それにより肉質や乳の出具合も変わるし、味も変わってくるのだ」


 可愛いなルンガ。味が変わるのは少し気が引けるが……命か、感謝しよう。

 ……人は、生命を喰らうことで生きているからな。そして、それを楽しむことが重要か。


「何事も楽しむってことですね。毎日が勉強だ」


 梯子を降りた俺と師匠はいつものように家畜の世話を開始した。


 ポポブムの寝床にある古い藁を運び、掃除を行ってから真新しい干し藁と交換。他にもルンガや他の家畜の餌作りを行い、餌やりをしていく。


 家畜の世話を終わらせると梯子を登り、また家に戻った。


 ――おっ、いい匂いだ。

 家に戻ると、台所から美味しそうな匂いが漂ってきたぁぁ!


 ――ごはぁぁーんと叫びたくなる。


 その匂いに釣られるようにレファやラグレンさんが寝惚け眼で起きてきた。


「ささ、レファ、顔を洗ってらっしゃい。ラグレンもちゃんと起きてくださいねっ! 朝食ですよ!」


 ラビさんが元気よく台所で叫ぶ。

 レファとラグレンさんは親子そっくりな動作で顔を洗いに行っていた。


「今日は魚か」


 ボソッと師匠がラビさんの近くで言った。


「そうです。茸ばかりじゃないんですからね」

「わかっとるわい」


 ラビさんは師匠の言葉に少しカチンときたのか、頬を少し膨らませて言っていた。


 そうして皆が居間に揃い、和気藹々の雰囲気で鮎に似た川魚を食べていると、師匠が口を開く。


「シュウヤ、今日は【修練道】に案内して、そこで訓練をしようと思ったのだが、中止だ。その代わりに狩りと荷物運びをやる」

「はい、分かりました」

「下の森で木を伐採して木材を運びたい。その際に森の動物やモンスターが飛び出す危険性がある。だから、護衛も兼ねてのことだ」


 ラグレンさんも緩やかな口調での言葉だったが、護衛……。


「いいですけど、護衛ってどんなのが出るんですか?」


 アキレス師匠は、俺の少し怯えた言葉を聞いて、したり顔を浮かべて微笑している。


「色々出るぞ。この辺だと灰牙狼エスト・ウルフ大蜂ブソーグ・ビー大鹿レンブ・エルク、ゴブリン、オーク……中でも一番厄介なのが赤実熊デゴザベアだな。闇虫ダーク・ビートルも危険だ。……後は巨大竜ドラゴンはさすがにヤバイ。もし会ったらすぐに逃げることだ」


 師匠の口調には珍しく、恐怖が滲んでいた。

 こえぇな、巨大竜ドラゴン……。


「……えぇぇ、師匠、ドラゴンって」

「あはは、爺、シュウヤを脅すなよ? デゴザベアは確かに厄介でここにも出る。だが、小型の竜ならいざ知らず、大きい竜なんて現れないだろうに……出没するのはもっと標高の高い地域か、遥か北東にある山脈の火口、南の遠方にある【バルドーク山】とか、西の遠方の【オセベリア大草原】辺りだろう?」


 ラグレンさんは楽しそうに語っている。


「……そうなんですか?」


 アキレス師匠も人が悪い。

 悪戯小僧のように俺の反応を見て楽しんでるし。


「そうなんだが……だがな? 何事も絶対は無い。準備が必要なのだ」

「……デゴザベアとは?」


 俺の問いに、笑みを含んでいた師匠の顔色が一転して、厳しい目付きに変わる。


「デゴザの赤いあま~い実が大好きで好戦的な大熊だ。別名、鮮血の熊と呼ばれている。口元をよく真っ赤に染めるからな」


 師匠は口を指し、熊の真似をしているのか、口をぱくぱくしながら語る。ラグレンさんもその師匠に同調して、厳しい目付きで話に加わった。


「だが肉食でもある。雑食とも言うか。体躯も平均で三~四mはあるか、爪や牙が強烈だな。ここら辺では一番の強敵といえる。それも出会いやすい上に、臭いもキツイ……ほら、そこの真上に飾ってあるだろ? あの通り巨体だ」


 確かに、部屋の壁には熊の頭蓋骨や熊手が飾ってある。

 あの爪と牙は強力そうだ。


「覚えておきます」

「そうだ。狩りはそれだけではないぞ? 普通の鹿や兎などの動物たちも沢山いるので忙しくなるはずだ。それに、シュウヤは血が必要だろう?」

「あっ、そうですね」


 そうだった。七日<吸血>無しだと能力ダウンで、二十日無しだと徐々にミイラ化だったけか……。


「心配してもらってすみません。ですが、まだ血は無くても平気みたいです」

「そうなのか? まぁ、護衛ついでに狩りをするといい」

「はい」

「それじゃ、梯子前に集合だ」


 食事を終えた皆は準備をするため離れていく。


 俺も小屋に戻り黒槍を手にして準備を整えた。

 崖下に続く梯子前まで歩いていこうと、小屋を出た時――。


 黒猫ロロディーヌが俺の肩に乗ってきた。

 

「お前も来るのか?」

「にゃにゃお!」


 どこか語尾が強めだ。

 前足で肉球で、俺の頬を突く。肉球ジャブは基本だ。


 わたしも『いくにゃ!』的なことかな。


 離れそうもないので、黒猫を肩に乗せて移動。


 ラグレンさんと師匠に肩に乗せた黒猫のことを話すと、すぐに了承してくれた。


 ラグレンさんは、神獣様と戦えるのか! と喜んでいた。

 師匠にいたっては、わしの技を見てほしい……とか、ぼそぼそっと頬を染めて言い始めているし……。


 黒猫を連れていくことになった俺は、微妙な表情を浮かべながら二人が梯子から下りていく様子を見ていた。


 ラグレンさんは赤い大斧を持っている。

 身に付けている鎧は金糸で縫い合わせてある赤革のキュイラス系の胸甲だ。赤革のグリーブの脛の端からは剛毛が外に飛び出ていた。


 アキレス師匠はいつもの黒槍。

 腰には小剣四本を差している。

 普段から着ている革服に、初めて見る服を重ねて着ていた。


 黒いフード付きの黒い革ジャケットか。

 ジャケットの裏地には、短剣やらナイフが大量に納まっているのが見え隠れしている。


 そういや、ポポブムに乗って行かないのだろうか。

 もっと多くの荷物を運べると思うんだけど……。

 

 そのまま梯子を降りながら疑問を口にした。


「ポポブムに乗って降りないんですか?」

「んー、今日持ち運ぶ予定の木材はそんなに大きくないから必要は無い。それに、ぐるっと回って降りていくと時間が掛かりすぎる」

「この崖を飛べれば楽なんだがな? ポポブムは竜ではないからな~」


 と、アキレス師匠は皮肉染みた笑い声で答えてくれた。


「確かに……」


 そんな会話を続けながら崖から崖へと梯子を降りて移動していく。

 最終的に、森が生い茂った場所に着いた。


「ここからすぐだ」


 ラグレンさんは案内するように少し森を歩くと、木々が繁っている場所で立ち止まった。

 ロロディーヌは俺の肩から下りて、森を探検するように頭をきょろきょろ動かして一緒に歩いていく。


 木々には目印っぽい削られた痕がついている。


「この大木だ。前に印をつけておいた。それじゃ、やるぞ」


 ラグレンさんはデストロイヤーの如く筋肉を生かし、力強く大斧を振り巨刃を大木へぶつけていく。

 大斧の刃が大木を勢い良く削り、高音と重低音が周りに響いていた。

 森にいた鳥たちがその音に吃驚したのか一斉に飛び立っていく。

 その様子は壮観だったが、少し不安になる。動物たちの声が周りの森から聞こえて……騒がしくなってきた。


 大木はラグレンさんの豪快なスイングから始まる大斧の連撃で大きく削れる。その一撃一撃は強烈無比。

 あっという間に大木が削られていくので、これスキルなのか? と思わず凝視していた。


「――倒れるぞ。衝撃やモンスターに気を付けろ」


 ラグレンさんが警戒するように言うと、太かった大木が折れるように倒れていく。

 どすんっという震動と共に大木が倒れた。


 辺りの森がどよめく。倒れた先の森林の茂みから、兎やアライグマだろうか、動物たちが一斉に飛び出しきた。


「ほれ、仕事だ」


 アキレス師匠はナイフを<投擲>した。

 そして腰に差してあった小剣はもう宙に浮き、ヒュンッと音を立てて獲物に襲いかかっていた。


 俺が何をするまでもなく。


 兎が四匹にアライグマ一匹が、ナイフと小剣によりあっという間に狩られていた。


 そんな師匠の早業よりも驚いたのが、黒猫ロロの武器。


 黒猫ロロのひげの横、下から首筋にかけての両サイドに生えている触手がぐぅんと生き物のように獲物へと伸びていた。


 触手の先端からは鋭い刃物のような白い突起物が飛び出ていた。

 その白い突起物の見た目は骨の剣。骨剣か。太く鋭そうに見える。

 兎の腹に触手の骨剣が衝突、骨剣は兎の腹を貫通し背中から飛び出ていた。

 血濡れた骨剣は、にゅるりと音を立てて兎から抜けると、触手に収斂されていく。


 触手の中に骨剣が収納されたと思ったら、また触手が伸び、先端から艶やかな白い骨剣が飛び出ていた。


 その骨剣は次の獲物を捉えている。

 まさに触手骨剣。すげぇな、触手はムチのように速いし。


「ロロディーヌの触手は肉球だけではないのか」


 俺の言葉に頷いたアキレス師匠は、あまり驚かずに感嘆の表情を浮かべていた。


「そのようだ。さすが神獣様だな。さ、これらを解体するぞ」


 淡々とした口調で冷静に語る。

 師匠はナイフを使い、獲物の内臓を出して血抜きを施していた。

 スムーズに肉と筋を切り動物の皮を剥ぎ取っていく。


「シュウヤもやるのだ」


 とナイフを渡され、師匠の真似をして皮を剥ぎ取っていくが……上手くできない。と、思いついて、剥ぎ取る際に、ついでに兎の血を飲む。


 ――旨い。


 ふと横を見たら、ロロディーヌも兎の血をペロペロと舐めていた。


「血を味わってるのか」

「――シュウヤ、すまないが……その姿は成るべくレファには見せないでくれ……」


 師匠はそうでもないが、ラグレンさんは俺が血を吸う姿が嫌いらしい。

 嫌悪の表情を浮かべている。生理的に無理って奴か。


「分かってるよ、ラグレンさん。そんな嫌な顔をしないでも、人は襲わないよ」

「済まないな、初めて見るもんだから……」

「にゃにゃ~ぉ」


 ロロも何かラグレンさんに話し掛けているが……。

 シカトされている……いや、俺の血を吸う姿に動揺してるせいかもな。


 ラグレンさんの目には恐怖の色があった。


「おい、ラグレン、シュウヤ、用意しろ。血の臭いに誘われたようだ。何かがくるぞ」


 アキレス師匠はモンスターの察知ができるみたいだ。

 早速俺も。


  <分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を発動。


「数は四、いや、七、もっとか?」


 師匠はそう話している。

 俺が察知できたのも同じ、いやもっとだな。更に後方にデカイのを感じる。


 獣の濃い臭いだ。


 師匠の目線の先、森の中から灰色の狼の集団が現れた。

 狼たちは血の臭いで興奮しているのか、唸り声をあげると一斉に飛びかかってくる。


 俺は冷静に重心を低く保ち、黒槍を構えた。狼を迎え討つ。


 こないだ覚えた、アレを出す。


 キタキタッ、狼が正面から来たっ。

 ここだ――<刺突>っ! 

 捻りを意識した突技の黒槍の穂先へ狼が吸い込まれるように衝突。

 黒槍の穂先が狼の首下を突き破る。

 鈍い音と共に狼の重さが手に伝わってきた。


 すげぇ威力。


「シュウヤ、まだ来るぞ」

「――はいっ」


 スキルの威力に感動している暇はないらしい。

 穂先に刺さった狼を、黒槍を振るい投げ捨てる。


 今度は二匹。

 左右から狼が現れた。


 躊躇せず、左手を翳す。

 狼へ向けて――<鎖>を突出させた。


 狙い通り、<鎖>は狼へ一直線に進む。

 左にいた狼は<鎖>を躱すことができずに直撃――。


 その刺さった<鎖>を放出した状態で、右へ走る。

 <鎖>が突き刺さった狼を引き摺るが構わない。


 残りの狼が、そんな音を立てながら走る俺に狙いを定めたのか、合わせたように擦り寄ってきやがった。

 走りながら近寄ってくる狼を見据えた。

 ――黒槍の射程に狼が入るのを待つ。


 狼の攻撃を誘うように、速度を緩めた。

 よしっ、狼が俺の誘いに乗ってきた。


 狼が槍圏内に入った刹那――。

 黒槍を握る右腕を脇に引き込みながら重心を下げて、足、腰の――捻りを意識しつつ黒槍の柄と穂先へ力を伝えるように、狼の頭蓋へ黒槍をぶち込んでやった。


 渾身の<刺突>が決まる。

 やはり、<刺突>の威力は凄まじい――。

 スキルの偉大さを思い知る。


 黒槍の穂先の刃はあまり鋭くなさそうなんだが、狼の頭は大きい鋭利なドリルで穴を開けたように穿たれていた。


 無惨にも頭蓋が破壊された映像はショッキング。


 そして、周囲を確認――。


 皆にも狼は襲い掛かっていたようで、師匠の前にも狼の死骸が三つ、ラグレンさんの前にも二つほど狼の死骸が転がっていた。

黒猫ロロを見た瞬間、


「ぬお!?」


 驚いた。


 黒猫ロロの体が一回り成長していた。

 黒いビロードのような毛並みが綺麗だ。チーターのようにすらりとした体。

 そんな黒豹のロロディーヌの前にも狼の死骸が二つ転がっていた。


 師匠とラグレンさんも、驚いた様子を見せる。


「神獣様が、少し大きく?」

「さすが神獣様だ。大きく成られ、獲物を狩られたのだな」


 信仰の対象だからか、二人とも直ぐに納得していた。

 地下の時の神獣の姿ではないが……黒猫ロロは……やはり……。


「ぬ、まだ一匹来るぞ!」


 アキレス師匠が警戒するように大きな声で促す。皆、急いで武器を構え直した。


 そして、すぐに一際大きい灰色の狼が森の茂みから姿を現す。


 やはり、奥にいたやつだ。

 <分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>の匂い通り。


 こいつは他と少し違う雰囲気。

 大きい灰色の狼は佇み、大きな黒い瞳で何か物を言うように皆を見据えて動こうとしない。


「おぉ……」


 なんか、シベリアンハスキーを巨大化させたようで威厳を感じさせる。


大牙狼グレートエストか」

「……用心しろ」

「にゃぁ」


 その体躯が大きい大牙狼グレートエストはアキレス師匠たちが発言しても、微動だにしない。


 大牙狼グレートエストの視線は、一声鳴いた黒猫ロロに向いている。


 黒猫ロロは無言で、とぼとぼと長い尾を左右へ揺らして、お尻をふりふりさせながら魅力たっぷりに歩いて、大牙狼グレートエストへと無用心に近付いていった。


「神獣様っ」


 ラグレンさんは驚きの声を出す。


「にゃおぉぉぉぉん」


 黒猫ロロディーヌは猫声で遠吠えに似た声を発していた。

 大牙狼グレートエストに話しかけているようだ。


 黒猫ロロは顔をあげて、ドヤ顔を大牙狼グレートエストに向けている。

 狼の遠吠えには聞こえないけど、大丈夫かな?


 姿も少し大きくなった状態だし……。

 会話が成立するのだろうか……。


「神獣様?」


 アキレス師匠は心配しているのか、思わずそう声を出す。


 大牙狼グレートエスト黒猫ロロと同じように顔をあげた。

 そのまま返事を返すように「ウオォォォォン」と雄叫びをあげる。


 大牙狼グレートエストが雄叫びをあげ終えると、そっとその巨体が動き、黒猫ロロに挨拶するように顔を屈めた。

 黒猫ロロも僅かに顔を上げて、頬と頬を親しげに触れ合わせている。

 すると黒猫ロロが先に動いて、大牙浪グレートエストのお尻の臭いを嗅ぎ、大牙狼グレートエストも遅れて黒猫ロロのお尻の臭いを嗅ぐ。


 大牙狼グレートエストは尻の臭いを嗅ぐと満足したのか、引き返していった。


 見合いでもしたのか?

 猫や犬の習性が合わさった感じか?


「さすが神獣様。獣と会話なさった」

「去っていきましたね……」


 それにしても、ロロディーヌには驚かされる……。

 あの大牙狼グレートエストと尻で会話をしたのか?

 親戚だったり? 分からないが不思議だ。

 黒豹か黒獣のロロディーヌは大牙狼グレートエストがいなくなると姿が縮んで、普通の黒猫の姿に戻っていた。


 愛称通り、ロロの黒猫ちゃんは可愛い。

 黒猫ロロはそのまま走って、俺の肩に飛び乗ってくる。

 この肩に乗るのも絶妙な上手さ。

 触手の肉球を使って、自分の体を支えるように、バランスを取って座っている。


大牙狼グレートエストがあんな風に退くのは、初めて見る」

「わしもだ。それにしても、姿を少し大きくされたのは驚いた。大牙狼グレートエストとも会話をなさっていたし……まさに神獣様故の出来事だな」


 俺もそう思う。こいつはすげぇ。ただの猫じゃなかった。


「確かに……」

「それにだ。お前もだな、シュウヤ? さっきの鎖の飛び道具みたいなのは、いつでも出せるのか?」


 そういや、初出しだった。


「出せます」


 ラグレンさんは俺の左腕を見て「凄い武器だな?」と話し、アキレス師匠も腕のマークを見つめていた。


「秘術系のシークレットウェポンか? それとも吸血鬼ヴァンパイア独自の技か何かか?」


 秘術系とは、また知らん単語が出た。


「いえ、何ですかそれは? 魔法ではないかと……」


 俺は惚けるように話す。


「そうか? 何にせよ、それは戦闘に置ける大きなアドバンテージだ。不意をつかれたら……あの速度だ。まず初見では避けられまい」

「爺も見たこと無いのか?」


 ラグレンさんは少し驚いた顔をしてアキレス師匠に聞いていた。


「無いな」


 師匠は頭を振って答える。


「ほぉ……爺が知らないのか。そりゃ凄い。それに、シュウヤ、中々いい動きだった。これからも狩りの手伝いや樵の手伝いをよろしく頼む」


 ラグレンさんは屈託のない笑顔を見せてそう話してくれた。

 俺は仲良くなれると思い調子に乗って話していく。


「はい、ラグレンさん、いつでも言ってください、手伝いますよ」

「ははは、ありがとな。それと、俺はラグレンでいいぞ? よろしくな、シュウヤ」

「はいっ、よろしく、ラグレン」

「二人とも、打ち解けたのは良いが、まずは――」


 アキレス師匠はそう発言すると、散らばる死体に目を向け


「これを回収するぞ。魔晶石はさすがにないと思うが……」


 と、ナイフで倒した獲物の解体を始めていた。


 魔晶石が何か気になったが、俺は狼の解体に協力するので精一杯。


 なんせ、黒兎ヂヂの解体には慣れていたが、こういうちょっと大きい獲物の解体は初めてだからな。


 アキレス師匠やラグレンは、実に巧みに解体を行う。

 血抜きを施し、肉を簡単に切り分け袋に入れる。

 紐で肉を縛って何かの粉を掛けていた。


 必死に手伝うが……。

 最後は殆ど見ているだけとなってしまった。


 袋にはかなりの量が入っている。

 不思議な袋だ。今度聞いてみるか。


「よし、戻るか」

「はい」

「シュウヤ、明日から【修練道】で訓練を開始するからそのつもりでな? といっても、お前さんの場合は規格外だから、だいぶ変わると思うが、まぁ、一度体験してみるのも良いだろう」


 どんな訓練になるのだろう……。


 それはさておき、目の前の木材はどうやって運ぶんだ? 

 そう疑問に思っていると……。


 ラグレンは木材を切り出していた。

 何分割かして運ぶらしい。


 アキレス師匠の周りには<導魔術>で浮かせた木材が何個も浮いている。

 あの宙に浮いてる木材、何キロぐらいだろう……三十、四十キロはありそうだが……。


 とにかく、相当な重さを運べるってことだ。


 一方でラグレンさんは<導魔術>が使えないようで、腰につけた袋はパンパンに膨れ上がり、背中には重そうな木材を背負っていた。


 俺も<導魔術>は使えない。

 なので木材を積んだ荷物を背負い梯子を登っていく。


 でも、あの袋のことが気になる。やっぱり聞いてみよ。

 登りながら質問した。


「すいません。その袋、大量に入りますけど、どんな風になってるんです?」

「魔法袋か。丈夫で物が大量に入る袋だ。これはわしが冒険者時代に大量に買った物だ。特殊な繊維やスキルに無属性魔法で作られるって話だが、詳しくは知らん」

「便利ですね」

「そうだな」


 ま、ファンタジーだ。そんなものもあるだろう。


 梯子を登り、崖の上に戻ると、眩しい太陽の光が目に入ってくる。

 それは夕暮れの光だった。


 そのオレンジの斜陽を感じながら運んできた木材を小屋の近くに重ね置いていく。三人で黙々とその作業を繰り返した。


 小一時間かけて、木材の積み重ねを終える。

 しかし、まだ眩しいぐらいの夕焼けの光が照っていた。

 なので、ちゃんと太陽を見ようと、休憩がてら、崖側へ歩いていく。


 崖上から綺麗な夕焼けを堪能した。


 景色が目に焼き付く。美しい。

 ゴルディーバの里からの天然の眺めだ。


 アキレス師匠がいつでも見れると話していたが……。

 毎回、こんな美しい景色を拝めるのか。


 俺は夕焼けの太陽と美しい自然に思わず両手を合わせて拝んでいた。


「シュウヤ兄ちゃん、なんで手をあわせてるの~?」


 レファは不思議そうな顔を浮かべ話しかけてきた。


「ああ、思わずな。あの太陽の明るさに手を合わせたくなったのさ、しわとしわをあわせて、しあわせぇってな?」

「……ふ~ん、へんなの~」


 そりゃそうだな……こどもに何してんだ……。

 気を取り直し、誤魔化すように違う話題をレファに振った。


「レファは今日、何してた?」

「おかあさんとべんきょう~。ほんとはね……いっしょに森へ行きたかったんだ……」


 皆がいなくて、寂しく感じてたのかな?


「そっか。今は無理でも、ちゃんとお父さんとお母さんの言うことを聞いていれば、いつか一緒に連れてってくれるさ」

「うんっ、そうだよね。ありがと、シュウヤ兄ちゃん」


 小屋の裏ではレファの父のラグレンと爺のアキレス師匠が俺とレファの話を聞いていたようだった。


 俺はそんな会話に耳を傾ける。


「だ、そうだぞ?」

「爺、レファはまだ小さい……」

「だが、もう来年は十歳に成るぞ? ゴルディーバじゃ何かしらの、得意な得物での狩りを覚えなければならん」

「……それは分かってる。だから今度レンブの大鹿を狙ってるんだ。あれは弓にいい」

「あの大鹿の角か……確かに弓にはぴったしだな。いや、スマンかった。ちゃんと考えていたのだな?」

「当たり前だ」


 そんな声の主たちのところへと、レファと黒猫ロロを連れて戻る。


「あ、おとうさん。もくざいいっぱいとれた?」

「いっぱいとれたぞ」


 ラグレンは笑顔になりレファを持ち上げ肩に乗せた。


「わっわっ、あぶないよ」


 肩車か。微笑ましい。


「ははは、少し大きくなったなぁ? 重くなったか?」

「あっ、もうしらないっ、ふんだ!」


 レファは怒って、ラグレンの肩から下りて離れていった。


「あらまぁ、ラグレン。レファだって女の子なんですよ?」


 そこに、話し声が聞こえたのか、レファの母であるラビさんが口に手をあてながらラグレンの隣に来た。


 ラビさんは呆れたって感じの表情を作り、ラグレンをせめている。



 夕焼けの斜陽が小屋を差し影を作る中――。

 俺は壁に寄りかかり、黙って……その家族の様子を眺めていた。


 幸せそうな光景を見ていると、何処か切なく、懐かしくもあり、羨ましくもある。

 思わずそんな心境になった。


 ハハ、顔に出てるな、こりゃ。


 前世での父と母との思い出は、事故以来……殆ど無いからな……。

 自然と顔を沈ませ、そんな家族の幸せな光景を眺めていた。


 煙草を吸いたくなる気分だ。


「にゃお~」


 そこに小さく響く猫の声。


 黒猫ロロが甘えるように自らの頬を、俺の足に擦りつけてきた。

 頭部を鳩の如く前後に動かしてから、まるで俺のことを心配するように、つぶらな瞳を向けてくる。


「フッ……」


 お前は慰めにきたのか? どこまで分かってんの?


 少し表情を和らげて、黒猫ロロのわき腹を抱えあげる。

 黒猫ロロは紅色と黒色の瞳を見つめ返す。


「にゃぉ、にゃ!」


 すると、嫌だったのか腕の中で暴れて離れる黒猫ロロ

 そのまま地面へ華麗に着地すると、そのまま小屋の中へ走っていく。


「……まったく、気まぐれな黒猫ロロめ」


 そう言いながらも、笑顔を取り戻していた。

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