第159話 悪意 -stare from abyss- 16

 黄金に輝く髪をオールバックに纏め上げ、純白の騎士服に身を包み、堂々とした立ち姿で街を歩く1人の青年がいた。

 顎に手を当てて、顔に憂いを浮かべ、復興中の街を見つめるその姿は、まさに悩める貴公子そのもの。実にエレガントである。

 彼の名は、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル。彼をよく知るものは、その見た目に反して、少々癖のある性格を熟知しているが故に、今更、その姿に戸惑うようなものはいない。


「ふむ……」

「どうかしましたか? レーヴェル卿」

「いや……なんでもないさ」


 口ではそう言ったものに、態度は青色吐息そのものと言える彼の隣を歩いていた、ふわふわとした柔らかい亜麻色の髪を肩の辺りで切りそろえた女性──シャルロット・フランソワは、目を細め、軽く非難めいた視線を向けると共に、溜息を吐いた。

 ただの日常の仕草ながら、片腕を吊った状態だというのに、さながら舞台女優を思わせる華麗さ。実にエレガントである。


「ジン・ルクスハイトのことでしょう?」

「はっ……!? なぜそれを!?」

「ふふっ……そう長い付き合いではありませんが、レーヴェル卿のことは分かるつもりですよ?」


 まあ、ダルタニアンが分かりやすいのもあるのだが。

 シャルロットたちも、昨日の間にジンとティナが、この街を去ったことは、どこかに出かける直前にすれ違ったジェラルドから聞いていたし、《テルミドール》による、全領への事態の終息宣言を耳にしている。

 ダルタニアンが気にするのはある意味必然と言えた。

 もっとも、そのせいでダルタニアンたちも領内で発生している様々な問題に対処しなければならなくなっていたのだが。

 今朝も、先日のMCの暴走事件がドゥバンセ男爵の差し金であることの真偽を問うために、屋敷の前に領民が集まっていた。

 しかし、あいにくとジェラルドは不在である。領民の不満は広がっていると言って良かった。

 カルティエ士爵領は、セレーネ公爵領内にある小さな街を丸ごと割譲したものであるため、領主の屋敷と言っても形ばかりであるし、騎士団などを所持しているわけでもない。

 結果として、セレーネ公爵家の救助部隊や騎士団が領内での救助活動、復興作業を行っている。

 そんな状況下で、領主は不在で何のコメントもなく、革命団ネフ・ヴィジオンによる真偽不明の放送。領民のストレスは相当なものであろうことは想像に難くない。

 そんなわけで、ダルタニアンたちは、屋敷の護衛にMCを一機だけ置き、残りの3人は、連絡係もしくは、遊撃隊的な立ち位置で救助活動の支援を行っていた。

 破壊された街では、MCはともかく、車両は移動し辛く、MCはMCで瓦礫の撤去などの作業があり、人手は常に不足しているのだ。

 そのせいか、領主であるジェラルドが不在であるため、4人を代表して最も地位の高いダルタニアンが、セレーネ公爵家の騎士団に提案したところ、あっさりと許可が出た。

 今、シャルロットと共にダルタニアンがやっているのもその一環で、薬品などの医療物資を余っている区域から、不足している区域に運ぶ役割を担っていた。


「気持ちは分かりますが、今は目の前のことに集中してくださいね?」

「ふむ……分かっている。分かってはいるのだ……」


 そう、ダルタニアンとて、理解している。 ジンやティナの安否など気にするだけ無駄だということくらいは。

 おそらく〈ガウェイン〉の騎士であるジンはもちろん、あの狙撃といい、ティナも凄腕なのは間違いない。

 そして、彼らは、革命団ネフ・ヴィジオンの活動開始から、常に実戦を経験してきた本物の騎士。

 ダルタニアンでは、技量でも覚悟でも及びの付くはずもない。実際、動揺に剣を鈍らせていた時はともかく、ジンの見せた技量は、以前コロッセウムで剣を交えた時よりも数段上だった。


「しかし、あまりに急ではないかね? クロエ嬢の意識も戻らないというのに……」

「ふふっ……」


 シャルロットが楽しそうに笑い、ダルタニアンは少々の戸惑いを持って、彼女の横顔をうかがった。


「いえ、レーヴェル卿も存外、彼のことを理解していないのですね、と思っただけです」

「なんと……!?」


 まさか、シャルロットからそう言われるとは思わなかった。しかし、同時に、ダルタニアンは納得してもいた。

 ジンと師を同じくするシャルロットには、ダルタニアンには見えていないものが見えているのだろう。


「ジン・ルクスハイトは思いの外、律儀な方ですから。近い内に帰ってくると思いますよ?」

「ふむ……」


 確かに、あのジンが、クロエを置いていってそのまま、ということはないように思われる。

 しかし、ドゥバンセ男爵の件は収束している。そもそも、彼らがここを離れた時間帯では、ドゥバンセ男爵領に間に合ったとは思えない。

 それはつまり──


「どうやら、これで終わり、というわけではないようだ」

「ええ、あまり大きな声では言えませんが、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが召集されたようです」

「まさか!?」


 それはつまり、革命団ネフ・ヴィジオンの活動が、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが召集されるような事態と判断されたということだ。

 いかなジンとはいえ、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズを相手にして、そう容易く勝利を掴めるものではないだろう。否、それどころか、討たれる可能性すらある。

 友の窮地に駆け付けられぬ不甲斐なさに歯噛みしたダルタニアンは、シャルロットの非難めいたじとーっとした視線にはっとする。


「レーヴェル卿? 肩入れのし過ぎは良くないと忠告したはずですよ?」

「……くくっ」

「……?」

「……ははは!」

「あの、レーヴェル卿?」

「ふははは!」


 突然高笑いし始めたダルタニアンに、きょとんと、シャルロットは目を瞬かせた。

 困惑するシャルロットに対し、ダルタニアンには、胸の支えが晴れた気分だった。

 そうだ、何を案ずることがあるのか。友とは互いを信ずるもの。ジンはダルタニアンを認めてくれた。だというのに、ダルタニアンがそのジンを疑うとは何事か。

 そんなことで、そんな未熟さで、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルが、ジン・ルクスハイトの対等な友として隣に立てるものだろうか。答えは言うまでもなく否。


「そうとも、私は貴族騎士の一員! その責務を果たさずして、ジンの友を名乗るなど無礼千万!」


 そうだ。ジン・ルクスハイトと対等であるというのは、彼と同じ側にいることではない。

 騎士の友誼とは、すなわち、魂に交わされたもの。そこには敵も味方もなく、ただただ純粋に騎士としての矜持と誓いしかない。

 共に行く仲間でなくとも、その騎士の道さえ交われば十二分。そして、ダルタニアンは誰よりも確信している。ジン・ルクスハイトの目指す騎士道と、己の目指す騎士道はそう遠くないものだと。

 ダルタニアンは、傾き始めた空を仰ぎ、ゴールデンブロンドの髪をさっと払った。気取った仕草でありながら嫌味を感じさせない爽やかな動作。実にエレガントである。


「たとえ敵として剣を向けあったとしても! そこに騎士道あらば、そして、互いの騎士道を認め合う心あらば、それは騎士の友誼! ならば、私は私のすべきことを成し遂げ、彼を誇りを持って迎えよう。それこそが私の友誼だ!」


 そう。ダルタニアンは南の方角を指差して宣言した。その威風堂々たる姿、実にエレガントである。


「ふふっ……」


 隣でそれを見ていたシャルロットが、堪えきれない、という風に笑みをこぼす。

 ダルタニアンはそれに気付き、自分のせいでシャルロットを待たせてしまっていたことに気付く。


「すまない、フランソワ卿。パッションが溢れるとつい身を任せてしまうのは僕の悪い癖だというのは理解したさ」

「ふふっ……自覚できただけでもよしとします」


 少しからかうように言ったシャルロットに対し、ダルタニアンはバツが悪そうに、目を逸らした。いい加減、何度も怒られれば、その原因に察しがつくというものである。ダルタニアンは、少々行き過ぎな面はあるが愚かではない。

 ただし、治せる治せないはまた別問題ではあるのだが。

 口元を押さえ、控えめに笑うシャルロットの前にダルタニアンは軽く跪き手を差し出す。


淑女レディ、謝罪の意味を込めて、お荷物をお持ちしましょう」


 シャルロットはくすくすと笑いをこぼす。最初の頃は頬を赤らめて恥ずかしがっていたが、もうすっかり慣れてしまったのか、そんな様子は見られなかった。


「ええ、お願いしますね。レーヴェル卿」


 シャルロットは女性である前に騎士であることに拘っているし、そう扱われたがっているのを、ダルタニアンは知っていた。

 故に、差し出した手に、シャルロットが素直に手にしていた荷物を乗せたのが少々意外だった。

 顔に出したつもりはなかったが、気配を気取られたのか、シャルロットがつぶやくように言う。


「ふふっ……レーヴェル卿はそうしないと納得なさらないでしょう?」


 それはどこか、自分への言い訳のようにも聞こえた。

 たおやかにダルタニアンに礼を取り、騎士ではなく、貴婦人として、彼に手を差し出す。その仕草はまるで映画のワンシーンのように華麗。実にエレガントである。

 思わず見惚れたダルタニアンは、一瞬反応が遅れたことを内心で恥じながらも、尋ねる。


「フランソワ卿?」

「ふふっ……いいでしょう? ティナさんにはしていたのですから」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるシャルロット。しかし、その表情は拗ねた子供のようにも見える。

 目を逸らし、わずかにそっぽを向いたその頰は桜に染まっている。

 そんな彼女に、ダルタニアンは少々戸惑った。だが、ダルタニアンは騎士である。貴婦人に礼を求められれば応ずるのがその在り方にふさわしき振る舞いというもの。


「仰せのままに」


 故に、ダルタニアンは、騎士として礼を取ると、純白の手袋で覆った手で、シャルロットの御手を優しくとり、口付けた。


「ふふっ……」


 シャルロットは何も言わなかったが、その笑い声はどこか満足げなものだった。

 面を上げ、その表情をうかがったダルタニアンは絶句した。

 シャルロットは見たこともないような柔らかな表情をしていたのだ。いつもの騎士としての凛とした姿ではなく、年相応の女性としての可憐さがあった。

 ダルタニアンの内側に、言いようのない熱情パッションが溢れ出す。

 しかし、それが言葉になるよりも早く、シャルロットはいつも通りの凛とした張りを感じさせる声で、


「行きましょうか、レーヴェル卿」

「…………」

「レーヴェル卿?」


 惚けていたダルタニアンは、不審げなシャルロットの声に正気を取り戻し、慌てて荷物を手に立ち上がると、彼女の隣に並んだ。


「少々時間を食ってしまいましたね。急ぎましょうか。シルペストル卿の話によれば、まだまだ回らなければいけない避難所はあるそうですから」

「あ、ああ……」


 己の内にある熱情パッションに気を取られ、歯切れ悪く返事をするダルタニアンだったが、そこで慌てて自らを戒めた。

 ──責務を果たすと決めたはずだというのに……!


「ふむ、サミュエル卿からの通信を待つ他ないが、追加の依頼もあるだろう。待っている民のためにも、急がなくては」

「……? ええ、そうですね」


 ダルタニアンは、シャルロットと共に再び復興中の街へと足を踏み出した。

 そして、ダルタニアンは、行き場をなくした熱情パッションを発散するかのように、騎士としての職務に心血そ注いだ。

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