第148話 悪意 -stare from abyss- 05

「貴様、どういうつもりじゃ!」


 病室を訪れるなり、そう詰め寄ってきた男に、暗灰色の瞳に紺色の髪の青年──アンヴェール・バージェ・ル・ヴィペール・ド・ユシュタースは、その冷たいまでに整った顔立ちをわずかにしかめた。

 目の前にいる老年の男──ミッシェル・ナァバ・ド・フォン・レヴァナントは、楽園エデンの最高戦力たる円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機の一つ、〈ブルーノ〉を与えられた騎士だった。

 憤怒に黒い瞳を滾らせるその眼力からは、年老いても衰えぬ気迫が感じられる。


「『城塞』殿、あの場では私が出るのが最善だったと、愚考しておりますが?」


 確かに、ミッシェルは、ヘリの護衛を理由に、アンヴェールに後方に待機しているように命じた。しかし、刻々と戦況が変化するのが戦場だ。

 最初の命令が、以後も最適解であるとは限らないのだ。状況に臨機応変に対応できて初めて、戦場で生き残れるのである。

 実際、あのままにしていては、〈ガウェイン〉とあの狙撃手によって〈ブルーノ〉は撃墜されていただろう。

 頭部と片腕を失い、専用装備である『ラ・コート・マル・タイユ』もその機能の約半数を奪われていた。その状態であの2機を相手にしては勝てるものではない。

 〈レガトゥス〉とヘリを一機失う結果にはなったが、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機の損失に比べれば小さなものである。


「そのような問題ではないわ! 儂の決闘に水を差しよって!」

「私は、任務の遂行のために必要だと考えたことをなしたまでです。私たちに与えられた任務は、〈ガウェイン〉の撃破、それ以上でも以下でもない。違いますか?」

「そのような問題ではないと言っておるのだ! 貴様のような騎士道を軽んずる男が、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズに名を連ねるなど……恥を知れ!」


 その言葉に、アンヴェールは真面目くさった無表情を、わずかに崩した。そう、ほんの少し、ほんのわずかに口角を上げたのだ。


「『城塞』殿もおっしゃったではありませんか。騎士の決闘とは互いに名乗りをあげるもの。答えぬ〈ガウェイン〉の騎士は無粋だと。決闘は成立していない。さすれば、私の手出しも無粋ではないと存じますが?」


 そう、〈ガウェイン〉の騎士は最後まで名乗らなかった。それどころか、名乗りを求めるミッシェルの騎士道を安いと評した。

 ──言いたいことがあるなら、剣で語れ。

 この言葉に〈ガウェイン〉の騎士の思いは、騎士道は集約されているのではなかろうか。

 冴え渡る双剣の剣閃や、雪崩の如き猛威は、彼の言葉そのものなのだ。

 しかし、アンヴェールは、それをあえてミッシェルに語ろうとは思わなかった。長年騎士であり続け、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの中でも古参である彼は、言い方は悪いが古臭い考えの持ち主である。

 予想を裏切らず、アンヴェールの言葉に、ミッシェルは苛立たしげに毒付いた。


「ええい、屁理屈ばかりこねおって……」

「よくお考えください、我らに与えられた剣は、元老院の信任の証。それを失うことがどういうことか分からない『城塞』殿ではないはずでは──っ!?」


 アンヴェールは、突然向けられた覇気に、言いかけた言葉を切った。

 向けられた爛々と輝く瞳には、はっきりと憤怒以上の何か──殺意が宿っていた。

 老いたとはいえ、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの1人。その強き意志が放つ気は、アンヴェールを容易く飲みこみ、硬直させた。


「貴様は、この儂が! このミッシェル・ナァバ・ド・フォン・レヴァナントが! あのままでは、〈ガウェイン〉の小僧に……あのような小童こわっぱに、斬られておったと、そう言いいたいのじゃな?」


 その歴戦の古強者ふるつわものが放つ威圧的な気配に、ほんの一瞬、アンヴェールは、表情を歪め、不快感を示した。しかし、同時に、そこに込められた感情を仔細に読取らせるような愚を犯すことはなかった。


「いえ、そのようなことは。しかし、リスクは減らすのが──」

「くどいぞ……! ユシュタース!」

「……申し訳ありません。しかし、『城塞』殿が、あそこで退かねば、御身が寵愛する彼も、無事ではすまなかったのではありませんか?」

「うぬっ……」


 アンヴェールが、視線をガラス張りの集中治療室の中に向けると、激昂していたミッシェルが初めて、言葉に詰まった。

 病室の中にいるのは、ミッシェルの弟子の1人であり、側近たる騎士だった。彼の駆る〈レガトゥス〉は、先の戦闘の最中、〈ガウェイン〉に組み付き、ガラティーンに串刺しにされた。

 その際に、コックピットの中で、砕けた破片を無数に浴び、重症を負ったのだ。

 いわば、師であるミッシェルを庇って受けた傷。ことの他、この弟子を寵愛していたミッシェルとしては、痛いところを突かれた形だ。


「ご安心ください。『城塞』殿、再出撃の準備は始めております。念のため、開発中の『光槍ハスタ・リュミエーレ』も用意させております」


 そう言ったアンヴェールの胸倉を掴みあげたミッシェルは、その身体を壁に押し付けた。


「貴様! 巫山戯るのも大概にせんか! 『光槍ハスタ・リュミエーレ』だと! あれは、前線の騎士のために作られたものぞ! このようなくだらぬ戦に、そのようなものを持ち出す故があると思うてか! まして、あのような武器を、誇り高き円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが使うじゃと!? その意味を理解しておるのじゃろうな!?」


 沸騰したマグマのように、先ほど以上の怒りを露わにするミッシェル。しかし、今度のアンヴェールは、飲まれることはなかった。

 むしろ、その無機質な瞳は、爬虫類めいて冷たく、怒りに燃えるミッシェルのそれを絡め取った。


「ええ、理解しております。しかし、状況を理解していないのは、『城塞』殿の方ではありませんか?」

「貴様、儂を愚弄するか! 若僧が偉そうな口を聞きおって……今ここで殺しても構わんのだぞ?」

「冷静に話を聞くこともできないとは……そちらの方が、誇り高き円卓に名を連ねるものとしての恥というものでしょう。それとも、御身の誇りとは、声ばかりが大きいこと、なのですか?」

「なん、じゃと……!」


 怒りが振り切ったのか、言葉を詰まらせるミッシェルに、アンヴェールは、ねっとりと絡みつく蛇のように、言う。


「我々に与えられた任務は、〈ガウェイン〉の撃破。しかし、すでに、我々は一度失敗している。お分かり分いただけませんか?」

「それは貴様の──」

「理由はどうあれ、一度敗走したのは事実。それは我らの失態でしょう。かの騎士、〈ガウェイン〉は健在なのですから」

「ぐう……」


 唸るミッシェルの手を解き、アンヴェールは、ゆったりとした動作で、立ち尽くすミッシェルの背後に回る。


円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの敗北は許されない。手段を選んでいる余裕などありはしないのでは? いかなる手を使っても、騎士の恥と誹られようと、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの名を背負う者である以上、勝たなければ、その価値を証明できなのですから」

「…………」


 言葉に窮したミッシェルを嘲笑うかのようにアンヴェールは続けた。


「貴族とは、民の上に立ち支配する者の責務として、己が手を汚す者。そこに躊躇いや迷いなどあろうはずもない。『城塞』殿もそれはよくご存知でしょう?」

「…………」


 アンヴェールの言葉に、ミッシェルは苦渋に満ちた表情を浮かべた。彼もまた領主として、支配する領地を維持するために汚い手を使っているのは否定できない事実だった。返す言葉があろうはずもない。


「我々は騎士であると同時に貴族。ならば、その手を穢すことになんの迷うのは、まさしく騎士道にもとるというものではありませんか。民は、革命団ネフ・ヴィジオンなどという下賤を、希望のともしびと縋っている。しかし、希望とは、同時に毒でもあります。彼らの与えた希望という名の毒は、すでに楽園エデンを蝕み始めている……」

「なにが言いたい……?」


 アンヴェールは、三日月に口元を歪め、その瞳の内に、ゆらゆらと妖しい炎を燃やす。


「儚き希望げんそうに取り憑かれ、我を失った愚民共には、もう一度、現実を教えて差し上げなくてはなりません。そして、従うべきは、支配者は誰なのか、その身に刻み込んでいただかなくては……そうでしょう? 『城塞』殿」


 それに、と一度言葉を切ってから、アンヴェールは、ミッシェルの耳元でささやくように、


「〈ガウェイン〉の首級を上げることこそ、彼への慰めになるというものでしょう? さすれば、『城塞』殿の自身への、慰めになりましょう。いつもそうしているように・・・・・・・・・・・・

「貴様……!」


 動揺も露わに、ミッシェルがアンヴェールを睨む。しかし、アンヴェールはそれに気圧されるでも、なにか言葉を返すでもなく、


「さて、私はこれで失礼いたします。ご検討のほど、よろしくお願いいたします。それでは」


 一礼して、ミッシェルに背を向け、その場を立ち去った。


「ユシュタース、貴様! これ以上、儂を愚弄するなら、その首、落ちると思うのじゃぞ!」


 しかし、アンヴェールは、振り向かない。彼は口角を小さく上げ。酷薄に笑み、歩き去った。

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