第141話 epilogue-02

 ジン・ルクスハイトは、革命団ネフ・ヴィジオンの本拠地の一つ、旧ヴィクトール伯爵領領都、アガメムノンに戻ってきていた。

 その背中には、すーすーと柔らかい寝息を立てる銀糸の髪の少女──ティナを背負っている。

 あの後、唯一屋敷に残っていたシャルロットにクロエのことを任せ、すぐに戻ってきたのだが、偽装を最小限にした最短ルートとはいえ、主要な街道には、隣接する貴族領の騎士団が配置され、航空網が封鎖されているヴィクトール伯爵領に戻ってくるのはどうしても時間がかかる。

 娘を人質にしているマレルシャン領は、主戦力たる天馬騎士団が半壊したこともあり、騎士団を配置していないし、行商人の出入りも制限しておらず、そちらからの侵入は容易いのだが、いかんせん、マレルシャンとヴィクトールは繋がりが薄かったこともあり、街道の整備は甘い。その上、ジンたちが戦闘で壊したこともあり、半ば封鎖状態にあるのだ。

 結論をいえば、マレルシャン領経由で、ヴィクトール伯爵領に侵入し、境界付近にいた革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーに足を用意させ、ここまできたのだが、時刻はすでに正午を大きく回っていた。

 作戦の成否は知らないが、もう結果は出た頃だろう。もっとも、ジンは、革命団ネフ・ヴィジオの首魁たる、『始まりの十二人』に、ドゥバンセ男爵程度の小物が、対抗できるとは欠片も思っていなかったが。

 ジンは、この3ヶ月ほど、滞在メンバーの拠点となっているヴィクトール伯爵の貴賓館にいた。

 ティナを彼女の部屋に寝かせてこようと思ってのことだった。ちなみに、ティナはここで寝泊まりするのを、かなり嫌がっていた。

 まあ、貴賓館の用途を考えれば気持ちはわからないわけでもない。特に、女であるティナならばなおさらのことだろう。

 そう思いながらも、他のところで寝かせるという選択肢はそもそもないので、ジンは、すでに歩き慣れてしまった貴賓館の、ティナの部屋へと向かう。

 そして、彼女の部屋のドアを開けたところで、規則正しい寝息が乱れ、


「ふにゅぁ……?」


 と間抜けな呻き声が聞こえた。相変わらず不可解な擬音である。


「起きたか? ティナ」


 ジンは背負ったままにティナに尋ねるが反応はなかった。多少呆れながらも、ジンはティナを、ベッドに下ろしてやる。

 布団もシーツも妙に新しいが、これはティナが、強硬にベッド周りを新品にすることを要求したためである。

 その結果、貴賓館に入った女子メンバー全員から同様の主張が表出し、全員分の物を確保するために、制圧直後に走り回った(主に男子メンバーが)という悲しい過去があったりもする。


「うみゅ……うにゃ……ふぇっ……!?」


 むにゃむにゃと口を動かしていたティナは、目を半開きにし、ジンの真紅の瞳と視線を正面からぶつけ合うと、不意に、ばっと身を起こした。

 ジンは、避けるのではなく、上がってきた頭を軽く押さえることで激突を回避していた。

 ただし、その代わりに勢いをつけて起き上がったにもかかわらず、頭を抑えられたティナは、首にかかった痛みに、一人じたばたしていた。


「痛いんだけどっ!」

「自己責任だ」

「うぅ……言い返せない。っていうか、また寝ちゃってごめんね?」


 頬を膨らませてジンに抗議していたティナだったが、すぐに思い直したようにしおらしくなると、ジンをうかがうようにして、頭を下げた。


「気にするな。理由もなく怪我人に無理を言う気はない」

「理由があれば無理を言うと聞こえるんだけど……」

「当然だ」

「うわー、鬼畜がいる。鬼畜がいるんだけど」

「くだらない茶化し方をするな」


 ジンが、軽くティナを睨むが、今となってはティナも慣れっこである。あっさりとその視線を受け流す。少し睨まれたくらいで竦んでいたあの頃が懐かしい。

 そんなことを思い出して、ティナはくすくすと笑みをこぼした。

 そんなティナを、ジンはうろんげな目で見ていたが、


「まあいい。俺は状況を確認してくる。おまえはここで寝ていろ」

「ふぇっ? やっ、わたしも行くって」

「怪我人は寝ていろ。それに、必要なら嫌でも起きてもらうことになる」

「え? あれ本気だったの?」

「当然だ。MCで狙撃するだけだ。その怪我でも問題ないはずだ」

「んー、まあ、そうだけど」


 納得がいかない、という風に微妙な表情を浮かべるティナを置いて部屋を後にし、玄関まで来たところで、わずかに目を見張ったジンは、その真紅の瞳を獰猛にギラつかせ、


「お出迎え、という柄でもないな。何の用だ?」


 玄関にある談話室のような空間。そこにあるソファに端然と座る金髪の男がいた。その瞳は、蒼玉サファイアのごとく煌めき、その奥には深い知性が感じられる。

 言うまでもなく、彼らのリーダー、《テルミドール》である。


「君なら戻ってくると思っていた。ジン・ルクスハイト」

「……それで?」


 ジンが促すと、《テルミドール》は、何かを投げて寄越した。ジンはそれを受け取り、不敵に笑んだ。


「予想通り、か」


 渡されたのは、映像を表示する端末。映し出されているのは、ここから少し離れたところにある、東の街道だ。そして、同時に、街道の上空を飛ぶ、一機のヘリを捉えている。


「ジン、君には、これを迎撃してもらいたい。君にならできるはずだ」

「了解」


 それだけを言い残して、自らの愛機──〈ガウェイン〉へと走る。


「搭乗者認識──クリア。コックピット環境及び機体ステータス正常値を確認。レバーフィードバック、正常動作を確認。バッテリー残量安全域、ジェネレーター出力安定。戦術データリンク、網膜投影アクティベート。システムオールグリーン、〈ガウェイン〉、システム戦闘モードで起動」


 起動シークエンスを終えると同時に、コックピットに座るジンに、小さく衝撃が伝わる。

 〈ガウェイン〉の機体を伸びてきたアームが掴んだのだ。整備用に機体を固定したタラップが解除され、機体がアームに持ち上げられ、レールの上に固定される。


『《ヴァントーズ》より、《フリズスヴェルク》へ。カタパルトへの接続を確認。射出タイミングを、《フリズスヴェルク》に移譲する』


 ジンの前のゲートが開く。無駄に金がかかった設備だが、出撃の度に、街を踏み荒らしていては話にならないので、MCを遠方に射出するためのこういったものを使うのは妥当な選択と言えるだろう。


「了解。《フリズスヴェルク》、〈ガウェイン〉、出る!」


 スラスターの噴射に合わせて、脚部に接続された固定具が巻き取られ、一気に機体を加速。目標であるヘリが接近する東の方角へと機体を射出する。

 一瞬で街並みが小さくなるほどの加速力に、〈ガウェイン〉の推力を合わせて、一気に加速。空中で態勢を立て直しながら、人通りのない街道に着地した。

 そして、相手側もこちらを補足したのだろう。ヘリに懸架されていた機体が切り離され、地上に落下する。

 一機は見覚えのある機体──〈ファルシオン〉、いや、そのハイスペック機である〈レガトゥス〉だろう。近衛騎士団に配備されているはずの機体だが、ジンの記憶と完璧には一致しない。〈レガトゥス〉のカスタム機といったところか。

 もう一機は、見覚えのない機体だった。

 装甲は黒く染め上げられ、しかし、遠目から見ても、その黒は単純なものではなく、層状の縞模様を描いている。

 それは、あえて形容するならば、黒瑪瑙ブラック・オニキスの如く──

 そして、機体全身を覆うように肩にかけられたマント状の装甲。それには、折りたたまれた、4つの盾が接続していた。

 一見して異形の機体。しかし、マント状の装甲の下に見えるのは、〈ガウェイン〉と同様、精錬し無駄を徹底して省いた、MC騎士のものだ。

 正体不明の敵を自動検索した〈ガウェイン〉のデータベースが一つの解答をジンに示す。

 それを見た彼の口角がみるみるうちに吊り上がった。


「データベース照合──円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、〈ブルーノ〉」


 ジンの真紅の瞳が、獲物を見つけた肉食獣めいて獰猛に細められる。

 両腰から双剣──『ガラティーン』を抜き放ち、構える。

 〈ブルーノ〉は、その手に握った剣を、〈ガウェイン〉へと向けた。


「殺す──っ!」


 円卓の騎士と円卓の騎士。

 楽園エデンが作り上げた最高の剣同士が、再び相見えた瞬間だった。

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