第123話 反動 -retributive justice- 14

「はあはあ……くっ、予想以上に時間がかかってしまった」


 ダルタニアンは、ようやく辿り着いたカルティエの屋敷の裏門で荒い息を吐いた。

 すでに混乱はカルティエ領全土に広まっている。出現したMCが、領主の屋敷から反対側へと侵攻したため、この辺りは避難してきた人々でごった返し、そのせいで、ダルタニアンは予測より遅れてここまで来ていた。

 その上、領主の屋敷は、混乱した民衆に包囲されており、ダルタニアンは中に入るどころか、すぐ側に近付くことすらできていなかった。


「これでは約束を果たせないではないか! しかし、そんなことが騎士として許されるわけもない!」


 強行突破の意思を固めたダルタニアンの肩を誰かが叩いた。若干ビクつきながらダルタニアンは振り返り、そこにいた人物に驚愕した。


「君は──」

「すいません、ちょっと注目集めるのはまずいんで、黙ってくれます?」


 叫びかかったダルタニアンの口を押さえることで、無理やり閉じ、そう言ったのはカルロスだった。

 ダルタニアンが、カルロスの言葉にうなずくと、カルロスは手を離し、付いてくるように言った。

 ダルタニアンは素直に後を追いながら、声を潜めて尋ねた。


「カルロス卿、なぜ君が?」

「ああ、難しいことじゃないっすよ。単純に、抜け道使って外に出ただけです。そっちこそ、フランソワ卿はどうしたんですか?」

「ああ、その件でカルティエ士爵に話がある。卿はどこに?」

「ジェラルドさんも中にいますよ。MCが出たって聞いて、俺たちも出ようとしたんですけどね。ジェラルドさんに止められまして」


 会話しながら、幾つかの角を曲がり、一見ただの場末の飲み屋に見える店のドアをくぐると、カルロスは店主を無視して、ある場所の壁を押した。


「地下階段か!?」

「ええ、なんでも、屋敷を貰い受けた時に、セレーネ公から教えてもらったそうですよ」

「ふむ……しかし、なぜカルティエ士爵は、MCを出さなかったのだ?」

「さあ、本人に聞いてくださいよ。これ、存外近いですから」


 カルロスの言葉通り、そう長くあることなく、ダルタニアンにも見覚えのある開けた場所に出た。屋敷の地下にあるMC格納庫である。


「一人来てましたよ、ジェラルドさん」

「おう、悪いな」


 カルロスの言葉に手を上げて答えたのは、この屋敷の主人であり、領主である、ジェラルド・カルティエその人だった。


「俺も騎士なんですから、こういう地味な仕事好きじゃないんですけどねー。じゃ、レーヴェル卿を任せます」


 そう言い残して、カルロスは元来た道を戻っていく。おそらく、ダルタニアンと同じく、誰かが来ていないかを調べる役回りだろう。


「カルティエ士爵! なぜ、MCを動かさないのですか! 領民が危険に晒されているのですよ!」

「それは分かってはいるんだがな。まあ、俺も弱小貴族だからな。お上の意向に逆らうわけにもいかん」

「お上……?」


 ダルタニアンは、はっと思わず息を呑んだ。カルティエ士爵領の内で起こった問題に干渉してくる可能性がある人物など一人しかいない。

 セレーネ公爵。楽園エデンの頂点に立つ三公筆頭。そして、このカルティエ士爵領を、ジェラルドに与えた人物でもある。


「カルティエ士爵! 私はあなたを見損ないました! あなたは、貴族の序列などに迎合するような方ではなかったはずだ!」

「まあ、落ち着け。俺はお前を待ってたんだ」


 ジェラルドは、にやりと楽しげに笑みながら、そう言ってみせる。意味を理解しかねたダルタニアンが首を傾げる。


「と言いますと?」

「俺一人なら良かったんだがな。いかんせん、今日はお前たちを抱えているだろう? 俺が動くことでお前たちに、セレーネ公の手が伸びるのは避けたかった。領民たちには悪いが、俺も人間だ。優先したいことはある」


 そう、ジェラルドにとっては、セレーネ公の命令を無視することなど、そう難しいことではない。たとえ、領地を取り上げられたとしても、ジェラルドは、それを気にするような人間ではないし、そもそも、ジェラルドに命令無視など、セレーネ公は気にも留めないだろう。

 しかし、そこにシャルロットやサミュエルといった、騎士として社会的地位を確立している弟子たちがいるとなると話は違ってくる。彼らの将来に影が差す可能性を、師匠として残すわけにはいかない。

 故に、ジェラルドは動けなかった。


「だが、お前とジンは違う。レーヴェル家を潰すことはセレーネ公爵家にも不可能だ。少なくとも、政治的にはな。まあ、ジンはむしろ嬉々としてやるだろうな。だから、俺は待っていたんだ。お前たちのどっちかが来るのをな」


 そう言ってジェラルドは苦笑しつつ、


「まあ、ジンは俺に頼るより先に、MCを奪うことを考えそうだがな。その方が時間のロスが少ない」


 この師匠にして、あの弟子ありと言ったところか。シャルロットから聞いたジンの行動はまるっきりそれだった。


「では、私が?」

「そうだ。セレーネ公爵閣下の思惑通りに動いてやるのもくだらんからな。お前が行って、叩きのめしてこい。ついでに、ジンにもMCを届けてやれ」

「カルティエ士爵……」

「だからその呼び方はやめろと言ってるだろう?」

「うっ……いえ、その前に報告することがあります」


 ダルタニアンは、ここに来たもう一つの目的を思い出した。

 合流したメンバーの現状を伝えること。それがシャルロットから頼まれた、ダルタニアンのもう一つの約定だ。


「ああ、シャルのことか?」

「フランソワ卿は、片腕を折ったようですが、無事です。ジンは……その、カルティエ士爵の言う通り、一人で……」

「くっくっくっ、だろうと思った」

「そして、クロエ嬢ですが、重傷を負いました」

「ほお?」


 ジェラルドの目が細められた。一瞬で空気が切り替わり、ダルタニアンは威圧される。


「で、ですが、ジンの友人であるティナ嬢の、適切な処置のおかげで一命を取り留めました。申し訳ありません。直前まで共にいたというのに、私はフランソワ卿も、クロエ嬢も守れなかった……」


 ジェラルドは、一言、そうか、と返すと、威圧的な雰囲気を消し去り、


「ダルタニアン」

「な、なんでしょう?」

「なんでもかんでも自分の責任だと思い込むのはただの思い上がりだ。確かにお前にも責任はあるが、お前だけのせいじゃない」


 そう力強く言ったジェラルドは、こう続けた。


「だが、お前が責任を感じているのなら、為すべきことがある。それは分かるな?」

「はい! このダルタニアン・ルヴル・レーヴェル、己が騎士道に誓って、この事件を収束させてみせましょう!」

「それでいい。機体はすでに準備してある。闘技場にヘリと一緒にな。さあ、行ってこい!」


 ダルタニアンは、ジェラルドに最大級の敬意を込めて、騎士の礼を取ると、走り出した。

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