第122話 反動 -retributive justice- 13
ジンは破壊の爪痕を残す街並みを駆けていた。目標はただ一つ。クロエを傷付けたMCを抹殺すること。確実に、完璧に殺して初めて、ジンは一応の満足を得る。
そのために手段を選ぶ気は毛頭なかった。
「……目標補足」
ジンの目が複数のMCを捉えた。予想通り、目標は、セレーネ公爵領だったのだろう。
しかし、予想より進行速度が遅い。だが、その分、破壊の痕は拡大していた。ジンはその事実に、内に燃える炎をさらに滾らせる。
彼らの目的は知ったことではないし、誰の命令で動いているのかも興味はない。
しかし、こんなくだらない真似を許す気にもなれなかった。
彼の所属する
そんなものは革命ではない。ただの、虐殺だからだ。
確かに、歴史を紐解けば、革命家とは時に虐殺者であり、新たな独裁者であった。しかし、それを
そして何より、あの虐殺者たちは、ジンの逆鱗に触れた。それ故に、ジンの脳裏に浮かぶ選択肢は、ただただ、殲滅のみであった。
「〈エクエス〉か」
機体の詳細を見分けられる距離まで近付いたジンは、小さくこぼした。ティナはお仲間と評したが、正式量産機である〈エクエス〉を複数機用意するのは、貴族のバックアップなしには不可能に近い。
実際、
結論を急ぐのであれば、ヴィクトールのお仲間、の方が正解に近そうに思える。
とはいえ、どこの誰だろうと、潰すことに変わりはないのだが。
ジンは、一番近い一機に狙いを絞ると、銃弾をばら撒きながら、のろのろと領境目指す〈エクエス〉を追う。途中、逃げ惑う領民とすれ違うが、彼は気にも留めなかった。
そして、動きの遅い〈エクエス〉に先回りしたジンは、開けっ放しになっていたドアから、一軒の民家に侵入した。
「……これだけあれば十分だ」
まずはMCを奪う。そして、すべてを撃墜する。ジンにとって、前者さえ成功すれば、校舎は、息をするより容易いことだった。
〈エクエス〉が前を通るタイミングを計って、ジンは、屋上から飛び降り、〈エクエス〉の肩と頭部の隙間に着地、さらに、民家かあ拝借したカーテンを、〈エクエス〉の頭部に被せ、視界を奪う。
突然消えた視界に慌てたのか、〈エクエス〉の手が伸ばされるが、ジンは、伸びてきた腕が届くより早く、引っ掛けたカーテンを支えにしながら、突き出したコックピットブロックの上に移動し、緊急用の開放レバーに手を伸ばして引っ張った。
そして、懐から拳銃を引っ張り出しながら、開いたコックピットに飛び込み、シートに座る男に銃を向けた。
「あ、あんた、何者だ!?」
ジンは質問には答えず、引き金を引いた。男が座るシートに弾丸が直撃し、情けない悲鳴が上がる。
「……状況は理解したか?」
ガクガク震えながら男はうなずくが、〈エクエス〉は、その破壊活動を止めはしなかった。
「理解力不足の自殺志願者なら今すぐ撃ってやってもいいが」
「ま、待ってくれ! オレも死にたくない! まずは話を聞いてくれ!」
「敵の言葉を律儀に聞くとでも?」
「あんたにとっても悪い話じゃない! オレはこいつを止めたら殺されるんだ! あんたにも見えるだろう! この首輪が!」
確かに、男の首には、不釣り合いな白い首輪が付けられてた。見たところ、シートに繋がっているらしい。
ジンは、男の言い分に、わずかに引っかかりと興味を覚え、先を促した。
「それで?」
「こいつのせいでオレは降りられない。しかも、オレが操縦するのを止めたら、このMCは動力炉を暴走させて自爆する! オレたちは引き金を引き続けるしか生き残る方法はないんだ!」
「……なるほどな」
ジンは納得したようにうなずいた。ヴィクトール伯の部下もそうだったが、よくよく自爆が好きと見える。
おそらくは情報隠蔽のためと、何よりパイロットである彼らを抹殺するため。つまり、このパイロットは、罪人か何かであり、糸を引いているのはどこかの貴族であるということだろう。
「わかるだろ? オレたちは助かるために引き金を引いて、あのクソ野郎の言う通りにするしかないんだ!」
そんな風に己の身を嘆き、同情を誘うように顔色をうかがう男に対して、ジンは真紅の瞳を輝かせ、悪魔めいて口角を吊り上げた。
「それはいい話を聞いた。つまり、お前を殺せば、こいつは止まるわけだ」
「なっ!? お、おい、じょ、冗談だろ……?」
「言われるがままに引き金を引くとはな。そんなに自分の命が大事か?」
「あ、当たり前だろう! あんたは、死にたいのか!?」
それはそうだ。誰だって死にたくはないだろう。ジンだってもちろんそうだ。他人の命を踏み潰してでも利己的に生き残りたいと思うのは別に不思議でもなんでもない。
しかし、その行動は、結局、死に向かう一本道を歩んでいるに過ぎない。それにすら気付かない男を愚鈍と言わずしてなんと呼べばいいのか。
自分のために他人を踏み潰すのはともかく、これは、大掛かりな自殺に他人を巻き込むような真似である。
「誰に命じられたかは知らないが、お前は、任務を完遂したところで生きていられるとでも思っているのか? 呆れた思考だな。お前を利用した人間が、そこまでお優しい人間だと思い込むとは」
「そりゃ、あいつは信用できない! だが、オレの命だけじゃない! 仲間の命だってかかってるんだ! 志を同じくする仲間のためにも、オレたちはやり遂げなくちゃならない! そうじゃなきゃ、何のために立ち上がったか分からないんだよ!」
そう言って男は、〈エクエス〉を操り、コックピットの前に張り付いたジンを叩き出そうとする。
それならなおさら、唯々諾々と命令に従ってはならない。
支配を逃れようとするものが、支配者に従っていて、どうして、それを達成できるだろうか。支配を打ち砕くのは常に叛逆者である。
自分を含め、全員を救おうと思うのなら、支配される人形であってはならないのだ。
故に、ジンはその言い草を鼻で笑った。
「はっ、笑わせる。お前たちは何も成し遂げることなどできはしない。セレーネの騎士団にこんな
ジンは迷うことなく引き金を引いた。びくっと男の身体が震え、そのまま物言わぬ人形と成り果てる。
ジンはそれを確認するよりも早く、コックピットから身を投げ出し、銃撃のせいで生まれていた瓦礫の裏に身を隠す。
直後、爆発が起き、衝撃波がジンが身を隠した瓦礫の上を走り抜けた。どうやら嘘ではなかったらしい。
爆風が去った後、熱に滲んだ汗を拭い、埃を被った髪を払ったジンは、いっそ狂気すら感じさせる表情で、つぶやいた。
「まず、一つ」
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