第113話 反動 -retributive justice- 04

「はぁ……はぁ……触れられもしないとは……これが、『双剣』の実力だというのか……!」


 二本の剣を構え、悠然と立つ〈エクエス〉。ただ自然体で立っているだけ、にも関わらず、そこに一切の隙は無かった。

 純白の騎士服に身を包み、明るいブロンドをオールバックにした青年──ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルは、自らが駆る〈エクエス〉のコックピットで、荒い息を吐きながら、瞠目した。

 なんという技量。なんという業前。実にエレガント。

 同じ『双剣』でも、ダルタニアンがかつてその身に感じたものとは、格が違う。

 これが、かの最強の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、シェリンドン・ローゼンクロイツとも同格に戦えるという騎士、『双剣』、ジェラルド・カルティエの力。


『どうした? 打ち込んでこなければ訓練にならんが?』


 通信越しに、ジェラルドの声が聞こえる。まだまだ余裕の感じられる口調。そのどこか煽るような口調と、傲岸とも言える態度は、ダルタニアンが知るもう一人の『双剣』に似ているように思われた。

 そう、これは訓練だ。あの恐るべき双刃が、ダルタニアンの命を刈り取ることはない。しかし、ただ正面から打ちかかるだけでは、軽くいなされて終わりだと、ここ数日の間に刃を交えた中で学んでいる。

 直後、ダルタニアンの機体の隣にいた〈エクエス〉が踏み込む。その速度、まさに神速。一瞬にしてジェラルドの〈エクエス〉との距離を縮め、刃を叩きつける──ように見せかけて、左手に逆手に持ったもう一本の騎士剣(ナイツソード)で、ジェラルドが迎撃のために繰り出した剣を滑らせ、一瞬の間を作った。

 順手に持った一本と逆手に持った一本の合計二本を巧みに操る流麗な剣術。実にエレガントである。


「ふんっ!」


 その隙が作り出されるのを直前から予期していたダルタニアンは、盾を振り捨て、両の手で剣を構え、大上段から踏み込んで唐竹割りに剣を振るう。

 まさに一刀両断、乾坤一擲の一撃。その威力は並の防御を正面から打ち破る。

 しかし、ダルタニアンは失念していた。この一撃が、目の前の騎士と同じ剣術の使い手によって、真っ向から粉砕されたということを。


『縦斬りは横に受けるものじゃない。縦に受けろ』

「なんと!?」


 ダルタニアンは驚愕を漏らした。ダルタニアンの渾身の一撃は、側面から剣を叩くことで逸らされたのだ。

 前のめりにジェラルドの〈エクエス〉とすれ違ったダルタニアンは、腕を引いて剣を叩きつけるのを遅らせつつ、あえてさらに前傾した。


『失礼しますよ、っと』


 そんな声とともに衝撃。一機の〈エクエス〉が、ダルタニアンの機体の肩を踏み台に跳躍する。

 さらに、ダルタニアンは強く一歩踏み込み、全身を起こしつつ、剣を切り上げる。

 ツバメガエシ。ダルタニアンの得意とする東方の秘剣である。

 ジェラルドの〈エクエス〉の頭上に飛び出した〈エクエス〉が空中で前転しながら、下方に剣を振り下ろす。

 さらに、二本の剣を持った〈エクエス〉が、高速の突きを放つ。

 もう一機、背後から忍び寄るように迫っていた〈エクエス〉が、逃げ場を防ぐようにシールドバッシュを繰り出す。

 前後左右上、全方位から、4機の振るう3本の剣と盾が同時に襲いかかる。

 しかし、その渦中に立たされたジェラルドは、ふっと笑っただけだった。

 そして、双剣を帯びた〈エクエス〉はその場で回転した。轟音が響く。

 回転しながら放たれた双剣の斬撃は、4機の同時攻撃をほぼ同時に全て弾き返していた。

 4機はそれぞれの方向に大きく弾き飛ばされた。受け身を取りながら着地し、それぞれの感想を口から漏らす。


「くっ……」

『ちょ、今の防ぐとかマジですか?』

『追撃すら許されませんか。さすがですね、ジェラルド様』

『背後を付いたはずなのですが……』

『なかなか見事な連携だった』


 その見事な連携を、このジェラルド・カルティエという騎士は、たった一振りで無効化したのである。

 しかも、ここにいる騎士はダルタニアンを含め、それ相応の腕前を持つ騎士だ。それを、こうも容易く捌くなど、常人技ではない。


『ダルタニアンはあの体勢良く持ち堪えた。アレが無ければカルロスに繋がらなかっただろう。カルロスも咄嗟に上空からの強襲に切り替えた判断はいい。サミュエル、逃げ場を塞ぐという判断は間違いではないが、ぶちかました方が有効なこともある。今回はそうでもなかったがな。それと、MCは機械だ。センサーの情報は常に与えられている。騎士さえ意識を配っていれば、死角は死角でなくなる。視覚だけが全てではない。覚えておくことだ』


 まるでなんでもないことのように言っているが、MCの網膜投影システムによって、視界に投影されている情報のメインはやはり、光学カメラによって与えられた視覚である。センサーの情報は小さく表示されているだけであり、視線入力で拡大しなければ、有用に働くとは言えない。

 それに、接近警報が警告音アラートを鳴らして知らせてくれたり、後部カメラ映像が自動で拡大表示されるため、実際のところ、MCは搭乗する騎士に背後からの強襲を知らせる機能を元から持っているのだ。もっとも、それを待っていては反応が遅れる場合は少なくないのだが。


『私には何もないのですか?』


 この場における唯一の女性騎士にして、唯一名前が出なかった少女──シャルロット・フランソワが、くすりとからかうような笑みをこぼして尋ねた。

 相変わらず、騎士でありながら淑女の礼儀を忘れぬ所作であった。実にエレガントである。


『おまえに言うことは……あー、アレだ。もっと本気で来ても構わんぞ?』

『ふふっ……私は充分本気ですよ?』


 たおやかに笑ってみせるシャルロットに対し、ジェラルドは呆れたように、


『冗談を言え。おまえが本気ならば、もっと早いだろう』

『いえ、私の疾さなど、『双剣』に比べればまだまだですから』

『手を抜いていては訓練にならないのだが……』

『ふふっ、ジェラルド様こそ、本気ではないでしょう?』

『ふっ、俺に本気を出させたいのなら、もっと腕を磨くことだな』


 堂々と言ってのけるジェラルド。しかし、その態度に違わぬ技量の持ち主であることは、すでに知っていた。

 そう、ダルタニアンたちでは、四人合わせてもなお、ジェラルドに本気を出させることは叶わないのだ。

 こうしたジェラルドの態度は、騎士としての礼儀を欠いているように見えるが、その実、彼は事実のみしか口にしていなかった。

 ただただ事実として、ダルタニアンたちを相手にするのに本気を出す必要はなかった。

 ただただ事実として、ダルタニアンたちの戦技の未熟であることを指摘していた。

 確かに、ジェラルドは本気を出していない。しかし、本気を出していないことと、全力で向き合っていないことはイコールではない。

 ダルタニアンはそれを思い知っていた。最初に会った時は心中で反発を覚えたものだった。

 かのシェリンドン・ローゼンクロイツが同格と認める騎士が、こうも騎士らしくないのかと、ひっそりと失望したりもした。

 なぜ、本気で戦わないのかと。

 なぜ、余裕綽々として飄々とした態度を崩さないのかと。

 しかし、ダルタニアンは己の勘違いを訓練の中でまざまざと見せ付けられた。

 ジェラルドはいつだって全力でダルタニアンたちに向き合っていた。弟子であるシャルロットはともかくとして、ダルタニアンたちは初対面の部外者であり、いずれも爵位ある貴族の子弟である。にもかかわらず、ジェラルドはそのことに斟酌しなかった。

 ただ、騎士として、ダルタニアンたちを受け入れ、騎士として、その戦技と在り方に向き合った。

 それはダルタニアンの目指すエレガントな騎士の在り方とは異なっていたが、それもまた一流の騎士の在り方。実にエレガントである。

 考えてみれば、彼の弟子であるジンもそうではなかったか。彼は一見、粗暴で礼儀など持ち合わせていないように見えるが、その実、彼は騎士として確固たる芯を持っている。よく観察してみれば、確かに師弟らしく良く似ている。


「ふっ……やはり、僕はまだまだだな……」


 人を見る目も、騎士としての技量も、精神も、実に未熟。しかし、だからこそ鍛え甲斐があるというもの。到達点などない。ただひたすらに研鑽するだけの道は、無限に続いているのだから。


「さあ、フランソワ卿、カルロス卿、サミュエル卿、もう一度征くぞ!」

『了解。っと、まあもうちょっと頑張りますか』

『ええ、無論です』

『ふふっ、その意気です。では、ジェラルド様、もう少しお付き合いください』

『ああ、俺はおまえたちがぶっ倒れるまでやっても構わないんだがな』


 ニヤリと笑いながら言うジェラルドを嗜めるように、シャルロットが口を挟んだ。


『あまり無茶をしても意味はないでしょう?』

『シャル、そうは言っても、経験しておいて悪いものでもないだろう?』

『……否定はしません』


 まるで、シャルロットが倒れるまで訓練をしていたことがあるというように聞こえる。


「実際にあるのかね?」

『……黙秘します』

『こいつもまだ可愛らしい子供だったころだがな。今でこそこんな感じだが、昔は小生意気な──っと、そんなに恥ずかしいか?』


 口を噤んだシャルロットの代わりにジェラルドが口を開くが、次の瞬間には、まさに空をはしる迅雷の如き速度で、シャルロットが踏み込み、剣を振るっていた。しかし、ダルタニアンならば反応すらできないであろうその速度に対しても、ジェラルドはこともなげに防いでいた。


『そのおしゃべりな口は悪い癖ですよ? ジェラルド様』

『ふっ、ようやくいい太刀筋になったじゃないか』


 シャルロットの右手の剣が舞う。時に左の剣でジェラルドの迎撃の剣を滑らせ、右の剣を叩きつける隙を作ろうとする。

 これこそが、『二剣』──シャルロットがそう呼ぶ、攻め手と捌き手を左右に分けた『双剣』の派生剣術である。

 その姿は、舞台の中心で踊るプリマの如く。その美しき剣の舞は鋭く相対するものを攻め立てる嵐の如く。

 実にエレガントである。

 しかし、ジェラルドはそんな剣舞の全てを片手の剣のみで防いでいた。攻め手は一つ一つ丁寧に弾き、捌き手による搦め手は、逆にシャルロットのリズムを崩すように、剣の速度を切り替えるチェンジ・オブ・ペースで対応する。


『たまには昔みたいにがむしゃらになってもいいんじゃないか? 今はお行儀が良すぎて捌きやすいぞ?』

『ふふっ……』


 気のせいだろうか。シャルロットのこぼす笑みが黒い。剣が加速する。しかし、それすらもジェラルドは容易く防いでいた。


『そこの三人もぼけっと眺めているな。騎士なら剣で語るものだ。剣を振るわん騎士などただの馬鹿でかい鎧だ』


 そうだ。シャルロットとジェラルドの攻防に気圧されていたが、これこそが、否、このずっと先にあるものが、ダルタニアンの目指す境地である。この程度で威圧されてなんとするか。


「我が騎士道、とくとご覧に入れよう!」


 機体を前傾させ、ブーストと重心の移動をフルに活かして急激に加速する。

 己の力不足を感じたあの日から、もう一人の『双剣』と刃を交えてから、3ヶ月。ダルタニアンは毎日の訓練を欠かさなかった。毎日剣を振り、毎日己の機動の未熟さを見つめ続けた。

 一週間ほど前、シャルロットから、オルレアン領のごたごたが概ね片付いたこと、ジェラルドにも許可が取れたことを知らされ、カルティエ領を訪ねた。

 この数日、幾度となく見続けた、楽園エデン最高の騎士に数えられるであろう男の機動。それすらも取り込み、ダルタニアンは見様見真似でしかなかったそれを完成の域にたどり着かせていた。

 それは、ジェラルドやシャルロット、そしてのような、二本の剣を扱うものたちが得意とする、迅雷雷速、神速の踏み込み。

 瞬時に、ジェラルドの〈エクエス〉の側面に飛び込み、加速を乗せた全力の一撃を放つ。縦斬りでは防がれる。横薙ぎでも同様だろう。ならば斜めである。

 角度を付けて振るわれた剛剣。だが、ジェラルドはそれすらも、シャルロットの剣を捌きながら、もう一方の剣で弾いた。

 それも正面から剣をぶつけて。加速を乗せたダルタニアンの剛剣を。振り返りながら放っただけの一振りで。


「──っ!?」

『やるじゃないか。それはなかなか真似できるものじゃないからな。だが、甘い。機動が直線的で読み易い。それと、言い方が悪かったな。剛剣なら正面から打込め。揺らぐのは重心が甘いからだ』


 そう言いながら、ダルタニアンの剣を弾いた剣を、地面に突き立てるようにして、足払いをかけたカルロスの剣を防ぐ。

 そうだ。愚直に剣を振ってきた以上、今までのスタイルを変える必要はない。ダルタニアンの剣は、変幻自在の剣。しかし、この一撃だけは、紫電一閃、必殺の一刀と決めているのだから。

 しかし、だからと言って、そこで停滞してもいけないのだ。『相手の思考を超えろ』、かつて、もう一人の『双剣』はそう教わったと言っていた。

 ならば、その教えを返す時だ。

 ダルタニアンは、上に弾かれた剣を、しっかりと握り込み、無理やり踏み込んで前方に重心を移動。そして、剣を全力で振り下ろす。

 やっていることはツバメガエシとほぼ同様。しかし、ツバメガエシが急上昇する燕なら、これは急降下する隼の如き剣。

 あえて名を付けるなら隼返しだろうか。


「うぉおおお!」


 しかし、虚をついたであろうダルタニアンの剣は、ジェラルドが剣を当てて滑らせることで、シャルロットの方へと流された。


『くっ……!』


 シャルロットが左の捌き手で流しつつ、右でジェラルドの〈エクエス〉に突きを打ち込む。

 ジェラルドはそれにすらも対応してみせるが、いかんせん手数が足りない。


『もらった!』


 切り上げを放ったカルロスの歓声が上がる。同時に、サミュエルの剣が挟み込むようにジェラルドに襲いかかる。

 二本ともに対応することは不可能。先ほどのように、無理やり弾き返すにしても、シャルロットとダルタニアンとの距離が密着し過ぎていて、勢いを乗せられない。勝利を確信した時、


「ふっ、悪くない。一つ、外すぞ」


 次の瞬間、サミュエルとカルロスの〈エクエス〉は大きく弾き飛ばされていた。


『ぐっ……!?』

『おや……?』


 二機を弾き飛ばしたのは今まで使ってこなかった足だった。ジェラルドはその場で半回転しながら、サミュエルの剣を弾き、二機の〈エクエス〉を横殴りに蹴り飛ばしたのだ。

 一つ外す、とはダルタニアンたちを相手にする上で設けていた制限のことだったのだろう。

 これでさらに手強くなった。否、ようやく制限を外せる程度まで持ち込めた、というところだろう。


「しかし、それでこそ、挑む価値があるというもの!」

『あー、悪いんだが、時間だ。そろそろ昼時だしな』


 そして、次の瞬間、ジェラルドの〈エクエス〉が消えた。


『うえっ!?』


 カルロス機に撃墜判定が出る。慌ててカルロスの〈エクエス〉の方を見るが、そこにすでにジェラルドの姿はない。

 ダルタニアンは直感のみに頼って、剣を振るう。先ほど動きが直線的と評価されたが、それはジェラルドも同じはずだ。あの踏み込み速度では、そう簡単に、方向転換はできないのだ。

 手応えはあった。しかし、吹き飛んでいたのはダルタニアンの剣だった。


『いい直感だ。だが、迷いがある。腰が入ってないぞ、ダルタニアン』

「ふっ……」


 圧倒的な差に、思わず笑みを漏らす。そこから1分と経たずにダルタニアンたち全員に、システムから撃墜判定が告げられた。

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