第103話 連鎖 -butterfly effect- 34

「邪魔だ」


 ジンは小さく毒突くと、腰に佩いた双剣──『ガラティーン』を抜き打ちに振るった。

 凄まじい速度で突っ込んできた〈ガウェイン〉の一撃に、〈エクエス〉は反応さえできず、両断される。

 同時に崩れ落ちる〈エクエス〉を踏み付けて跳躍。前に加速を乗せながら空中で半回転し、さらに二機の〈エクエス〉を肩口からコックピットを外して斜めに切り裂く。

 警告音アラートを聞きながら、流し目に騎士弩ナイツバリスタを向ける〈エクエス〉を映したジンは、ほぼ無意識に機体を操作する。

 撃墜した〈エクエス〉を踏み台にし、二度目の跳躍。さらに背部のブースターを高出力で噴射。

 急激な加速に、ジンの身体がシートに押し付けられる。だが、もはや慣れた感覚だ。むしろ、心地良ささえ感じる。

 久々に乗った、貴族の技術の粋を集めて作られた最高の騎士は、自分の一部であるかのように馴染む。

 思った通りに反応し、思った以上の機動を再現してみせる〈ガウェイン〉に、ジンは小気味良さを感じていた。ここ数日、〈エクエス〉や〈ティエーニ〉といった少々型落ちの機体にばかり乗っていただけになおさら。


「周回遅れだな」


 さながら急降下するハヤブサのごとく、〈ガウェイン〉は、騎士弩ナイツバリスタを構えた〈エクエス〉の前に滑り込み、そのままの勢いで振るった二刀が、二機の〈エクエス〉の腕を肩口から切断。

 さらに、その間をすり抜け、ブレーキ代わりに足を引きずって、足元の残骸を蹴り飛ばして半回転しながら、反応の鈍い〈エクエス〉をまとめて撃破する。

 この間わずかに十数秒。まさに一瞬の出来事だった。

 おそらくは、〈ガウェイン〉の接近を察知した指揮官が、小破健在の機体や、騎士弩ナイツバリスタを持った機体を中心に足止めを狙って配置したのだろうが、その程度の有象無象の戦力で、〈ガウェイン〉を止められるはずもない。


「契約は履行する」

『テメェ、《フリズスヴェルク》か!?』


 通信から返ってきたシェパードの言葉には答えず、性能差故か、多勢に無勢であるからか、押されつつあるチェルノボグの部隊の前に機体を突っ込ませる。

 自分達の倍以上の、しかも、精鋭を含む部隊に対して、性能に劣るわずかに5機の〈ティエーニ〉で誰も欠けることなく、戦線を維持し続けている部隊運用の手腕と個々の技量は、まさに死神(チェルノボグ)の面目躍如といったところだが、着実に追い込まれているのは事実だった。

 ならば、契約を守るためにも、ジンが介入するのは道理とも言える。幸い、〈ガウェイン〉に乗っている今ならば、この程度は相手にもならないのだから。

 部隊指揮官であろう〈ファルシオン〉がいるおかげか、先ほどの部隊よりはるかに反応が良い。

 素早く囲むように〈ガウェイン〉を迎え入れた〈エクエス〉がいっせいに斬りかかってくる。

 しかし──


「他愛ないな」


 突き出された複数の剣をわずかに位置取りを変えることで回避。さらに、高速で切り上げを放ち、腕を吹き飛ばす。

 〈ファルシオン〉が剣を振った隙を突いて切り込んでくるが、生憎とジンは双剣使いだ。その剣舞に明確に付け入る隙などない。

 もう一方のガラティーンが閃き、〈ファルシオン〉の足を容赦なく削りとっていく。

 その機体が落下するより早く、〈ガウェイン〉は駆け、次の獲物を捕らえている。

 双剣が舞う。

 美しく空に描かれた剣閃。しかし、それは、触れるものを容赦なく細切れにする、その美しさに反して破滅的な舞であった。

 ほぼ同時に、複数機の〈エクエス〉と〈ファルシオン〉の腕部と脚部が宙を舞った。


「殺すなよ。そいつらは利用価値がある」


 そして、ジンは戦闘能力を失った騎士団のMCを置いて、疾風はやての如く戦場を駆け抜ける。


『ぐぅ……』

『下がれって、いつも前に出過ぎなんだよ!』

『うるさいわね! あたしにだってできるんだから!』


 〈ファルシオン〉に果敢に切り込む〈ヴェンジェンス〉だが、その機動も、剣筋も、何もかも甘い。気合だけは十分なようだが。

 確か《ムニン》と《フギン》と言っただろうか。前回の戦闘を詳しく見ていたわけではないが、やはり実戦は早かったように思えた。

 実際、相手もそう感じたのだろう。傭兵団には相当数のMCが回されたのに対し、こちらには〈ファルシオン〉と〈エクエス〉が一機ずつだ。

 それで十分撃破可能だと判断されたということだ。実際、ほとんどその読みは正しいのだろうが。

 とはいえ、双子の騎士は、敵の精鋭である〈ファルシオン〉相手によく保っている方だろう。猪突猛進気味な《ムニン》を《フギン》がフォローに徹することで支えている。

 少々綱渡り気味だが、そこは双子故か、息の合った連係でその穴を危ういところで塞いでいた。

 まるで同一人物が別々の機体を動かしているかのように、徹底してその動きは噛み合っている。不協和音の一切ない完璧な連係。なるほど、確かに革命団ネフ・ヴィジオンの騎士として未熟ながら有望な素材だろう。

 そんな評価を下したジンは一言、


「緩い」


 そうこぼし、〈ガウェイン〉ですれ違い様に〈エクエス〉と〈ファルシオン〉を両断した。

 双子に対応していた穴と意識の隙間にそのまま滑り込んだような形だ。目の前で二機のMCが崩れ落ちるのを見た《ムニン》が驚愕をもらした。


『えっ……? 〈ガウェイン〉……!』

「頭に血を昇らせすぎだ。それでは勝てる戦いも勝てない」

『先輩、どういう意味ですか、それ!』

『だからいちいち絡むなって……』

「自分で考えろ」


 それだけ言って、ジンは最後の目標に向かって〈ガウェイン〉を疾(はし)らせる。

 そして、今にも大剣を振り下ろさんとしていた団長機──〈レギオニス〉に、手前の〈アンビシャス〉を飛び越えながら蹴りを入れ、くるりと宙で回転し、〈アンビシャス〉の斜め前に着地した。


『遅いじゃないか、224秒遅刻だ』

「そうか? 俺は、76秒早く来たつもりだったんだが」

『はっ、自分の言葉には責任を持ってくれないかなぁ?』

「おまえこそ、こいつを落とすんじゃなかったのか?」


 律儀に互いの口にした時間について揶揄するジンとレナード。戦場のど真ん中で、再開したばかりだというのに、である。

 つくづく、水と油のように仲が悪い二人であった。

 おそらく、ティナ辺りがいれば、呆れから頭痛を覚えたのだろうが、幸か不幸か、他のメンバーは後方にしかいなかった。


『邪魔してくれたのは誰だよ?』

「なら、後52秒待ってやろうか?」

『貴様ら! まとめて斬り捨ててくれる!』


 〈ガウェイン〉に蹴られたことでたたらを踏んでいた〈レギオニス〉が体勢を立て直し、大剣を〈アンビシャス〉と〈ガウェイン〉に向けると、さっきまでの言い争いはなんだったかのように、


『はあ? キミ程度にボクが斬れるとでも?』

「不可能だな。おまえには俺を殺せない」


 わざわざ通信回線を切り替えて、騎士団長であるフェゴールを罵倒した。こんな時ばかり仲の良い二人であった。

 同時に、〈ガウェイン〉が双剣〈ガラティーン〉を振るう。高速分子振動による絶対切断。その能力を知ってか知らずか、〈レギオニス〉はその剣を受けるような真似はせず、むしろ、〈ガウェイン〉の機体そのものを狙ってきた。

 確かにガラティーンより、大剣の方がリーチ自体は長い。この距離ならば、先に当てるのは十分可能だろう。

 しかし──

 その時、〈ガウェイン〉の機体が、底なし沼に沈んだかのように、がくんと、落ちた。

 そして、その頭上をすり抜けるかのように〈アンビシャス〉の槍が宙に疾った。


『なんだと!?』

『はっ……勝った気になるなよ』


 レナードの〈アンビシャス〉が繰り出した槍と騎士団長の〈レギオニス〉の振るった大剣が正面から追突する。点と線の衝突という本来ならあり得ない現象。

 しかし、それは偶然ではない。ジンとレナードが一瞬の内に生み出した連係の成果。すなわち必然であった。

 槍がひしゃげ、大剣が止まる。この静止こそ、二人が求めたものだった。

 一閃──

 慌てて大剣を手放そうとした〈レギオニス〉の腕が宙を舞った。並の剣戟を通さぬ重装甲も、絶対切断のガラティーンに前では、紙切れ同然。容易く装甲を斬り裂き、容赦なく腕を奪い去ったのだ。


『キミのことは嫌いだけど──』

「さっきの礼だ。沈め」


 ジンの〈ガウェイン〉がしゃがみ込んだまま半回転し、〈レギオニス〉の両脚を切断する。

 同時に、素早く手を伸ばして、ガラティーンの柄を〈アンビシャス〉に差し出し、踏み台にさせる。

 半壊した槍と、盾を捨て、跳躍した〈アンビシャス〉の左腕の手首の辺りの装甲が展開し、マニピュレーターを包むように広がる。それは、鋭い爪となって、五指を覆った。

 革命団〈ネフ・ヴィジオン〉が開発した固定装備で、狼爪刃〈ウルフネイル〉と仮称されている新装備だ。

 前回の戦闘から、武器の喪失時にMCの戦闘能力が低下することを危惧したレナードの提案に答える形で作られ、彼に試験配備された餓狼(レナード)の爪である。

 空中で〈レギオニス〉の頭部を掴み、そのまま体重を乗せて、アスファルトの地面に叩きつける。と同時に、頭部は握り潰されながら斬り裂かれた。

 轟音とともに、衝突のエネルギーに耐えられなかったアスファルトが砕け散り、〈レギオニス〉を中心に、ひび割れたクレーターが生まれた。


『キミと組むのは嫌いじゃないね』

「……俺はそうでもないが」

『照れ隠しかい?』

「ふざけているのか?」

『もう少し、殊勝になれないものかなぁ?』

「……おまえは何を言っているんだ?」

『はぁ……だから、つまらないんだよねぇ、キミ』

「は?」


 それが、オルレアン伯爵領、ヴィクトール伯爵領、マレルシャン子爵領と、複数の貴族領に跨って連鎖的に起きた戦いの帰趨を決した瞬間だった。

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