第87話 連鎖 -butterfly effect- 18

「緊急招集ねぇ……ほんと、折り合いつけるの難しいんだけどなぁ……」

「そう言うな。みな、それぞれ事情があるのも確かなら、それぞれ目的があってここにいるのも事実だろう」

「最近、連日、任務続きで、表ではよく思われてないんだけどなぁ……」


 そうぼやくのは、水平線の青ホライズンブルーの瞳に、揺らぐ水面のように色合いを変える黄金の髪を持つ青年──レナードだった。

 そんなレナードを諌めるように苦笑を漏らすのは、ディヴァインだ。部隊唯一と言っていい、年長者である彼も、表でも活動しているメンバーの一人だ。気持ちは理解できるのか、言葉少なである。

 とはいえ、緊急召集の際は、全員が必ず来なければならないという訳でもない。事情があるのなら、それを伝えればくる必要はないのだ。

 なんだかんだ文句を言いつつも、わざわざ召集に応じているあたり、レナードも革命団ネフ・ヴィジオンの活動に熱意がない訳ではないということだろう。

 しかし、彼らが今集まっている、革命団ネフ・ヴィジオン隠れ家アジトにある作戦室には、聞いた言葉を聞いたまま受け取って噛み付く、少々猪突猛進が過ぎる少女がいた。


「そんなに表のことが大切なら、来なかったらよかったじゃないですか」


 黒髪の少女が言った言葉に、レナードは豆鉄砲を食らった鳩のような表情を見せ、隣のディヴァインにひそひそと囁きかけた。


「(えっと、あれは悪気はないんだよねぇ?)」

「(ああ、ないはずだ)」

「(うわぁ……空気読めない娘なんだねぇ)」

「(そう言ってやるな。アレで真面目で出来のいい騎士ではあるんだ。頭は固いがな)」


 そんな二人を少女が一喝する。


「なんですか? 言いたいことがあるなあはっきり言ってください!」

「いやー、えっと、《ムニン》……じゃなかった、リンファちゃんだっけ?」


 レナードにじーっと視線を向けれられた少女──リンファはわずかにたじろいだ。


「な、なんですか?」

「キミさぁ……空気読めないよねぇ」


 リンファはレナードの言葉の裏側にある意図を理解したらしく、羞恥でその頬を赤く染めた。さすがに、個々にジャイアントキリングを行うに足る戦闘能力を要求する革命団ネフ・ヴィジオンの騎士に補充とは選ばれるだけあって、噛み付き癖があるだけではなく、頭に回転は悪くないらしい。


「よ、余計なお世話です! っていうか、なんで名前知ってるんですか」

「そこのフェイくんが教えてくれたよ? 記載なかったらしいけど、コードネームって普段は扱い辛いんだよねぇ」


 レナードの言葉で、またやってるよ、といった風情で、頭を抱えつつも、無関係を装っていた、少女とそっくりの顔立ちをした少年──フェイが、びくっと身を震わせた。


「あ、ん、た、の、せ、い、かー! 名前は隠しとけって言ったわよね! なにやってんのよ!」

「おまえも言ってただろ、この人たちは信用できるって」

「そういう問題じゃないわよ!」


 突然、喧嘩を始めた二人に、レナードとディヴァインは戸惑いを隠せずにいたが、レナードはふと、何かに気が付いたように、拳で平手を打った。


「ああ、なるほどねぇ。名前からして、東の民オリエンスだからか」


 レナードの言葉に、二人は、凍り付いたように固まった。しかし、そんな様子を見て、レナードとディヴァインは苦笑を浮かべるだけだった。


「ああー、大丈夫大丈夫。ここにはそんなこと気にするような人間はいないから。それ言っちゃえば、ジンだって東方の血が混じってたはずだし、ティナは髪色的に北方系が混じってるのかな? 僕も楽園このあたりでは、主流派の血筋じゃないからねぇ」

「確かに、楽園エデンでは、他国民を見下す傾向はあるが……それほど酷いものだったか?」


 楽園エデンは極めて閉鎖的な国家体系をとってはいるものの、一般人の多くがその事実を知らないが、他国との外交関係も存在する。移民や亡命者なども数は多くないが流入しており、楽園エデン内部にも、それぞれの国の特徴を持った人々は少数派ではあるが、それなりの数、存在する。

 例えば、リンファやフェイなどの黒い髪は東方系の特色であるし、ティナのような白銀の髪は、北方系──その中でも珍しい部類ではあったはずだが──の特色である。

 ジンにいたっては、東方系の黒い髪に、南方系と思われる赤っぽい色合いが混じっているので、見た目からだけでは、出身を推定するのが困難なほどに混血している。

 つまるところ、異国民というのは、楽園でも──貴族社会ではともかく──少なくない数見られるものなのだ。あえて、そういった特徴をあげつらって、人を見下すようなことは、この楽園エデンでさえも、少ない。よって、ディヴァインの疑問はもっともなものであった。

 対する双子の答えは実に歯切れの悪いものであった。リンファはむすっとしているのを隠そうともせず、代わって、兄であるフェイが少々ためらいがちな様子で答えた。


「えーまあ、そうなんですが……おれらっていわゆる移民二世で、産まれたとこが、ノルマンディー伯爵領で……その……」


 ノルマンディー伯爵といえば、保守色の強い急進派の貴族として有名で、移民やその子どもを含む、異国民に対しての徹底的な弾圧や、貴族権益の強化政策を推し進めている、典型的な権威主義の貴族だ。

 とはいえ、領民の不満をより下位に置かれた異国民の弾圧という方向に向けさせているという点では、胸糞悪い話ではあるものの、領地運営には成功していると言えよう。

 しかし、そんな大貴族の名が出てきたにもかかわらず、レナードが口にしたのは侮蔑を含みただ一言であった。


「ああ、あのアマリリスの犬っころか」


 納得したようにうなずくレナードに、ディヴァインが苦笑した。


「その言い方はどうなんだ……」

「はっ、派閥所属の貴族なんて、だいったい犬っころで十分さ」


 いつも通りの甘い笑みを貼り付けつつも、目だけが笑っていないレナードが、吐き捨てるように言う。すると、むしろ、当事者であるはずの、双子の方が引き気味になっていた。


「(え? この人、こんなんで外でやっていけてるわけ?)」

「(知らないって)」

「そういえば、もう一人いたよね? 《ニーズヘッグ》、だっけ? 彼はどうしたんだい?」

「命に関わるほどの怪我ではなかったはずだが……?」

「あんた、あいつ見た?」

「おれも見てないぞ」


 結局、全員がレナードの疑問には答えられなかった。先日の戦闘で乗機を撃墜され、負傷したもう一人の新人──《ニーズヘッグ》は、双子と同じく、普段から革命団ネフ・ヴィジオン隠れ家アジトにいるメンバーであり、召集を聞いていないということはないはずだ。

 そもそもここ場にいないジンとティナを除いて、ここには、《マーナガルム》、《スレイプニル》、《ムニン》、《フギン》、《ニーズヘッグ》というそれぞれのコードネームで呼ばれる五人のMCパイロット全員が集まる手はずだったのだが、予定とは違い、一人欠けているのが現状だった。

 レナードは、先日の戦闘で折れた腕を吊っているディヴァインと、フェイとリンファの双子をに回して、


「え? ってことは、ボク以外、実質双子ちゃんだけ?」


 うわぁ、とこぼしたレナードの言い草に真っ先に噛み付いたのはいつも通り、《ムニン》──リンファだった。


「なんですか、そのハズレくじ引いたみたいな反応は!」

「おお、言い得て妙だね」

「……はあ?」

「え?」

「ちょ、ちょっと、先輩!? 本気で言ってるんですか!?」

「うん」

「あたしたちだって、革命団ネフ・ヴィジオンです! 先輩たちの代わりだって務めてみせます!」

「いい加減にしろ!」

「…………」


 普段から温和なレナードに急に怒鳴られたせいか、動揺して口をパクパクしているだけで、何も言えないリンファを前に、さすがに、ディヴァインが間に入った。


「レナード、やめておけ」

「ディヴァインさんこそ、過保護過ぎたんじゃないかい?」

「確かに、勝ちの感覚に溺れるのは良くないが、勝ちを知らぬ者は勝者にはなれない。戦場の鉄則だ」

「まあねぇ……でも、まあ、弁えろ。キミたちじゃ、二人合わせて、訓練を受けた騎士団員と同格程度だ。調子に乗らない方がいい」


 レナードはそう、冷たく言った。事実を告げることは大切だ。

 ディヴァインの言った通り、勝ちの感覚を掴んでいないものが、勝者になるのは難しいだろう。まして、革命団ネフ・ヴィジオンという負けられない組織においては、負け癖が付くことは絶対にあってはならない。

 しかし、勝利に酔いしれ、自分の力を過信すれば、それはすなわち死へと直結する。

 レナードとしても、自分より若いパイロットを無為に死なせる気はなかったし、何より、レナードを含む、ジンたち第一世代の四人と同格の力をいずれは身に付けてもらわねばならない。

 そうでなければ、複数の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズを抱える貴族には絶対に勝てないからだ。

 故に、レナードは冷たく現実を突き付けた。それが、この二人にとって必要なことだと判断したからだ。ディヴァインが止めないのも、レナードを後押ししていた。


「すいません。あたしが先輩たちの代わりだなんて……」

「将来はなってもらわないと困るけどねぇ」

「当然だ。貴様らの将来性を買っての部隊配属だ。いずれは背中を任せらるようになってもらわんとな」

「まあ、要するに? 死なない程度にがんばれってことだよ」

「むっ……」

「いちいち絡むなって!」


 レナードの言い草に反応したリンファを、兄のフェイが抑えつけた。

 その時、部屋の扉が不意に開いた。

 全員が視線を向けると、そこにいたのは、アッシュブロンドの女性だった。メンバーなら誰もが知っている『始まりの十二人』の一人、《ヴァントーズ》である。


「全員、集まっているようだな」

「せんせー、《ニーズヘッグ》がいませーん」


 レナードがふざけたように言うが、《ヴァントーズ》はわずかに顔をしかめただけで、その悪ふざけは相手にせず、


「《ニーズヘッグ》は前回の戦闘で負傷し、現在は療養中だ。よって、今回の作戦には参加しない」

「うわぁ……」


 ──実質一人か

 大袈裟に驚いてみせた後に、小さく口の中だけでつぶやいた言葉を聞いたものはいなかった。


「質問は以上か? なければ、作戦の概要を説明する」


 全員の雰囲気が緊張感で引き締まった。いつもは、個々人の裁量が大きく、適当な作戦会議をやっていることが多いMC部隊だが、『始まりの十二人』がわざわざ作戦会議に現れるとなると話が違ってくる。

 それは、この作戦が、革命団ネフ・ヴィジオンの趨勢を決定付けるものであるということを示しているのだ。


「作戦の概要を説明する。作戦目標ミッション・オブジェクティブは、ヴィクトール伯爵領、領都アガメムノンの制圧だ」


 《ヴァントーズ》の端的な言葉に、双子が息を呑む音が、静まり返った会議室に響いた。

 一方で、ディヴァインとレナードの反応は淡白なものであった。ディヴァインは目を閉じて聴いているだけで、レナードはいつも通り薄い笑みを貼り付けているだけだ。


「すでに知っている者もいるだろうが、一昨日、オルレアン伯爵領で起きた、MCによる叛乱事件。これを主導したのはヴィクトール伯爵だ。しかし、当の本人は何者かによる襲撃を受け、おそらく死亡している。我々はこの機に乗じて、領都アガムメノンを制圧する」


 それは革命団ネフ・ヴィジオンによる初めての貴族領奪取作戦であった。それは、革命団ネフ・ヴィジオンにとってはもちろん、貴族にとっても大きな意味を持つ。

 楽園エデンの陰に潜む反体制派には、貴族打倒の可能性という希望を、楽園エデンを支配する貴族たちには、革命団ネフ・ヴィジオンを侮ってはならぬという警戒を、それぞれ与えることになる。

 いずれにせよ、これからの戦局は激化すること想像に難くない。


「なるほどね。それは緊急召集がかかるわけだよ」

「狼煙の次は楔か。一月足らずでこれとは、ずいぶんと忙しい」

「主にジンのせいじゃない? だいたい、めんどうを拾ってくるのってそうだし」

「ふっ……貴様ら全員に言えることだがな」

「え……?」

「自覚がなかったのか?」


 呆れたように言うディヴァインに、レナードはさすがに泡を食った様子で反論した。


「ちょ、さすがに、僕をジンと同列に扱うのは心外というものだよ」

「MC部隊は問題児ばかりだと我々も認識しているがな」


 しかし、ディヴァインが何か言うより先に、予想外の人物からの援護射撃が入った。資料を閉じたファイルを片手に、プロジェクターの準備をしていた《ヴァントーズ》である。


「問題児っていっても、度が違うと思うんだけどなぁ……」

「ジン・ルクスハイトと合わせて、貴様も問題児筆頭だ」

「え? 本気で言ってるの?」


 本気で嫌そうな顔をするレナード。ジンと同列に扱われるのがよほど気に食わないらしい。


「あっ、先輩。ちなみに、あたしは弁護できないと思ってますから」

「キミには聞いてないよ」

「なんですか、それ!」

「さて、雑談はそこまでにしておけ」


 作業を終えた《ヴァントーズ》が部屋の電気を消しながらそう言うと、むすっとした表情ながらも、リンファが黙り込み、レナードも不機嫌を笑顔の下に押し隠した。


「これが制圧目標であるアガメムノンの航空写真だ。ただし、現在は領主の館は焼け落ちている。具体的な制圧目標は、長距離通信施設と、空港施設だ」


 《ヴァントーズ》はプロジェクターと繋がった端末を操作しながらそう言う。目標とされた施設に赤い丸が付けられ、そこを指揮棒が指し示した。


「なお、本作戦の不確定要素として、革命団ネフ・ヴィジオンの名を騙る組織の存在が確認されている。これの制圧も本作戦の目標の一つだ。MCを保持しているとの情報もある。貴様たちMC部隊はこれの撃破及び、制圧後の領都防衛が主要任務となる」

「ねぇねぇ、ものすっごく何気ない感じで出されたけど、革命団ネフ・ヴィジオンの偽物ってなんなのさ?」

「俺に聞くな」


 レナードが小声でディヴァインに尋ねると、彼も知らなかったのか、それともレナードが鬱陶しかっただけなのかは定かではないが、一言で切って捨てられた。


「それについては、前回の作戦以後、情報部に上がってきた情報だ。さすがに、詳細までは掴めていない。しかし、革命団ネフ・ヴィジオンの名を意図して使っているのは間違いない」


 《ヴァントーズ》はさらに付け加えた。


「元は、領民への締め付けの激しいヴィクトール領で生まれた小規模な反体制勢力で、以前からその存在は把握していた。革命団ネフ・ヴィジオンを名乗り始めたのはごく最近だ。しかし、だからこそ、我々は、革命団ネフ・ヴィジオンとして見逃すわけにもいかない。もちろん、わかっているな?」

「なるほど、餅は餅屋ってわけじゃないけど、貴族は貴族、反動勢力は反動勢力ってわけだ。潰しちゃっていいんだよねぇ?」


 獲物を前に舌舐めずりするかの如く、獰猛な笑みで答えたレナードに、《ヴァントーズ》は一言、


「食い過ぎるなよ、餓狼」


 と釘を刺した。


「わかってるさ」

「信用ならんな。ディヴァイン、後方からにはなるが、この阿保あほうをしっかり見張っておけ」

「了解しました。作戦司令官殿」

「よし、作戦の通達は以上だ。現場での指揮は私が取り、作戦の立案は《プリュヴィオーズ》が行う。貴様たちは、この後、それぞれに指定された航路で領内に侵入しろ。機体はすでに搬出済みだ。途中で合流することになる。いいな?」

「了解ですっ!」

「了解しました」

「任務了解だ」

「了解、で、航路ってどれ?」


 レナードが不躾に聞くと、《ヴァントーズ》は彼に、なにかを投げてよこした。

 レナードが宙を舞うそれをキャッチし、手の平において見る。小型の情報端末だ。先んじて入力した情報を出力するくらいしか能のない、大した機械ではないが、特に暗号化されていないルートを表示するならこれで十分だろう。


「その中に全ての指示が入っている。その通りに行動しろ」

「オーケー、じゃ、お先に。舞踏会ダンスパーティーの会場で会おうね、双子ちゃん」


 レナードが出て行こうとすると、それに合わせたように、《ヴァントーズ》がそれぞれのメンバーに情報端末を投げ渡した。


「本作戦を以後、オペレーション・トライデントと呼称する。貴様たちの活躍を期待する。以上だ。作戦開始! 抜かるなよ」


 《ヴァントーズ》が言い切ると、何も言わずにレナードは部屋を飛び出し、残った三人も、《ヴァントーズ》に一礼だけして走り去っていく。

 一人残された《ヴァントーズ》はふっと笑みを浮かべ、自分も部屋を出て行く。

 そして、革命団かれらは動き出す──

 自ら、混沌の渦の中心へと──

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