第66話 騎士 -oath of sword- 27

『こちら、《フリズスヴェルク》。目標を制圧』


 群衆の隙間を縫って、憲兵を狙撃できる物陰に移動し、ライフルを再度組み上げていたティナは、耳元に隠した通信機からジンの声が漏れ出てくるのを聞いた。

 ジンが受け付けに消え、ヴィクトール伯爵家のメダルを見せてから十数分。予想は裏切られず、容易く入場権を得たジンは、ヘリに乗り込むことに成功したようだった。

 ここまでは予定通りだ。しかし、勝負はこれからである。


「《フェンリル》、了解」

『《グルファクシ》、了解。こっちも準備オーケーだ』

『《グレイプニル》、了解。こっちもいいよ』


 自分の現況を伝え忘れたティナは、慌ててそれを付け加えた。


「わたしもいつでもいけるよ」

『《グルファクシ》より、《フリズスヴェルク》。信号の準備はいいな?』

『ああ、銃声を確認後、30秒で点灯する』

『よし、《グルファクシ》より各員へ。オペレーション・ナイトブリッツ、第2フェイズ開始だ』

『『「了解」』』


 ティナは物陰から銃口だけ出すと、スコープを覗き込む。改めて組み直した今は、暗視スコープに切り替えられている。

 夜の帳が落ち、人々は疲労を見せ始め、差し止め役の憲兵達も気が緩み始めている。

 またとないチャンス。しかし、ティナはその銃口が震えているのに気付いた。

 可能な限り射線の開いた場所を選んだとはいえ、誰かが突然飛び込んでくる可能性は否定できない。そして、銃声で気付かれれば、再び、あの悪意を向けられるかもしれない。

 そう思うと、身体は震え、引き金にかけた指は、凍りついてしまったかのように動かなくなる。


『《フェンリル》、タイミングは任せる』

「あっ……うん」

『おい……ぼけっとするなよ……』

「……ごめん」


 ──だめだ、やっぱり怖い。

 撃とうと思えば思うほどに、その脳裏に、あの昏い瞳が思い起こされて、震えが広がっていく。その震えは、ライフルへと伝わり、銃口は定まらなくなっていく。


『《フェンリル》? 早くしてくれ』

「うぅ……」

『ティナ』


 その時、ジンが、作戦中にも関わらず、わざわざ名前・・を呼んで、声をかけてきた。


『覚悟を決めろ』

「──っ!?」

『今、何を信じるのか、何のために撃つのか、それを選ぶのはおまえだ』


 それは、冷たく突き放すようでありながら、優しい言葉だった。

 そうだ。何を信じ、何のために引き金を引くか。それを見誤ってはいけない。

 ティナは今、革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーの一員として、仲間の命を背負っている。たとえ、恐怖していようとも、そこで立ち止まってはいけない。

 確かに、大多数の人々はティナに悪意を向けるのかもしれない。だが、ジン達は、ティナを信じて、ティナに任せたのだ。

 ならば、その信頼を信じて、応えるのがティナの仕事だ。


「うんっ!」


 震えはもうない。思考はいっそ冴え渡っている。射線はクリアー。

 引き金を引く。その弾丸は、迷いを断ち切ったティナの心そのままに、過たず、憲兵の握るライフルを撃ち抜いた。

 銃声が追い付き、ざわめきを引き裂いて、その場に響いた。

 続けて数発の銃声。ファレルの仕業だ。


『走れ!』

『オーケー』

「了解!」


 ティナが走り出すと同時、銃声が作り出した束の間の静寂が、誰かの甲高い悲鳴が切り裂かれた。

 予想通りパニックに陥った人々が、立ち塞がっていた憲兵に殺到する。


「止まれ! 止まれ!」

「テロリストだ! 逃げろ!」


 憲兵が押し留めようとするが、多勢に無勢。これでは止められるわけもない。


『「ヘリを奪って逃げるんだ!」』


 誰かがそんなことを叫ぶ。通信越しにも聞こえるので、ファレルかカエデが、あえて混乱を煽っているらしい。大概性格の悪い連中である。

 混乱に飲み込まれ、統制を失っている憲兵のすぐ隣をティナは走り抜ける。行き掛けの駄賃とばかりに、ついでに手に握られていたライフルをはたき落しておく。

 誰かが撃たれても、ジンとその他2名は気にしないだろうが、ティナは気にするのである。というか、自分達が起こした騒動のせいで、無関係な人が傷つくのはさすがに寝覚めが悪い。


「見えた!」


 点滅信号。光を発しているヘリは複数あるが、点滅パターンはあらかじめ決めてある。誘蛾灯に誘われる蛾のように、ティナはひたすらその方角に向けて走る。

 五分もしない内に、ヘリの全体像が見え、開いたドアと外を窺うジンの姿が見える。


「はぁ……はぁ……一番乗り?」

「残念、僕が先だよ」


 乗り込んだティナが荒い息を吐きながら尋ねると、前方のコックピットからそんな気楽なセリフが返ってきた。カエデだ。陽動作戦に役割がなかった身軽さ故だろうか、ティナより先に着いていたらしい。


「むー、がんばったのに……」

「ふっ……勝利!」

「うう……腹立つんだけどっ b! なんか無性に腹立つんだけどっ!」

「うるさい」


 ばっさりジンに切り捨てられた。さっきは励ましてくれた癖に。優しさと冷たさの落差が激しい。


「ところで、《グルファクシ》は?」

「今の所来ていないな」

「僕も見てないよ?」

「こちら、《フェンリル》。《グルファクシ》、応答して?」


 そう言う割に、二人とも連絡を取ろうとはしないので、ティナは仕方なく自分が通信のスイッチを入れた。

 すると、すぐに明瞭な答えが返って来た。


『こちら、《グルファクシ》。MCが乱入してきた。黒い奴だ。おまえたちは先に行け。おれは後から合流する』

「いやいや、後でってどうやって?」

『いいから行け。撃たれるぞ』

「ちょっと、待ってってばっ!」


 聞くだけ聞いていたらしい、ティナ以外の二人は、既に飛行フライトの準備に取り掛かっていた。清々しいくらいに見捨てるのが早い奴らである。


「あんたらは冷た過ぎだからっ!」

「え?」

「は?」


 二人とも何を言ってるんだおまえは、という表情を隠すこともなくティナを見た。本気でなんとも思ってないのが怖い。

 まあ、彼らは逆の立場に置かれたら置かれたで、何も言わず粛々と一人で生き残る算段を立てるのだろうが。


「ああ、もう!」

『「「うるさい」」』

「ハモんないでよ!」

『《グレイプニル》、早く飛ばせ。全員が逃げ損ねる方が問題だ』

「当たり前だよ。不足の事態の時は置いて逃げるって言ったじゃないか」

『やっぱ本気だったんじゃねーか!』

「あはは、なんのことかなあ?」


 こんな時でも冗談を飛ばし合える精神性は未だに、ティナは真似が出来る気がしない。


「《フェンリル》、狙撃の準備をしておけ」

「撃つの?」

「邪魔だ。違うか?」

「そりゃ、まあ……」


 確かに、ファレルを拾うにしても、逃げるにしても、銃火器装備のMCは邪魔である。


「《グレイプニル》より各員へ、離陸テイク・オフ。小さいから落ちないようにお気を付けて」

「先に言ってよね!」


 ティナは、開けっ放しのドアから入り込む乱気流に揉まれながら叫んだ。被っていたフードがめくれ、縛っていなかった白銀の髪が、風に煽られて滅茶苦茶になる。そんなティナにジンが、ぽいっとロープを渡してくる。どうやらこれが命綱らしい。

 ティナはそれを身体に結び付けると、思いっきり引っ張って強度を確かめ、安全を確認した後、肩に引っ掛けていたライフルを手にする。


『目標は?』

「探してる!」


 通信越しのジンの静かな声に、ローターが回転する轟音の中、ティナは叫び返した。

 暗視スコープを覗き込む。ゆっくりとヘリは高度を上げていく。現在30m程度。


「いたっ! 5時方向!」

『了解、回頭するよ』


 ヘリが空中で向きを変える。スコープを覗き込んだままだったティナは、向きの変わった気流にバランスを崩すが、後ろから抱きすくめられて身体を支えられた。

 ティナは伝わってくる体温に全力で狼狽し、ジンの腕の中でわたわたと暴れる。


「ジン!? にゃ、にゃにするのっ!?」

「うるさい、集中しろ」


 声が耳元で聞こえる。息が耳に吹きかかっているのが分かる。正直に言って、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「だ、だって……」

「そんなことをしている場合か?」


 ──だから、耳元で囁くなっ!

 集中できない。ただ、ジンには100%他意はないのだろう。ただ、作戦を成功させるに当たってティナに狙撃を失敗されると困るからわざわざ自分も命綱をつけてティナを支えに来たのである。

 分かっている。それは分かっているのだが……


(うう……やっぱ恥ずかしい!)

「落ち着け」

「あうっ……」


 頭をはたかれた。痛い。今日何回目だろうか。今日だけで確実に脳細胞が減っている気がする。


「俺が撃つ」

「え? 無理だよね?」

「…………」

「いたっ!」


 再び頭に直撃。無言のままはたかれた。ティナと同じく気流に揉まれているはずなのだが、余裕である。

 言ったことは事実は事実なのだが、素で言ったのはまずかったらしい。いや、さっきから落ち着きをなくしている奴よりはマシだと言いたかったのかもしれない。


「落としたほうがいいか?」

「……ごめんなさい」


 ジンの手が、ティナの命綱にかかるに至って、ようやくティナは落ち着いた。さすがに落とされたくはない。っていうか、死にたくない。


『はぁ……いちゃいちゃしてないで早くしてくれないかな……』

「うっさい! いちゃいちゃなんかしてないもん!」

『図星かな?』

「うっさい!」

「いい加減にしろ」


 ジンの冷たい声で、カエデとティナは口を噤む。そして、そろそろジンの声音が本格的に絶対零度に近づいて来たので、スコープの先の景色に意識を移す。

 〈ヴェンジェンス〉や〈アンビシャス〉と同じく、漆黒に染め上げられたMC。革命団ネフ・ヴィジオンへの当て付けにしか見えない。

 銃口が瞬き、地上に赤い花が咲くのが、スコープ越しに見え、ティナは身体を震わせる。

 あれは命の花──意味わけもなく散らしていいものではない。


「折れるな」


 そんなティナの震えを感じ取ったジンが、小さく囁く。

 分かっている。そのために、今、革命団ここにいるのだから。そのために、あの人・・・が作り出した牢獄から抜け出したのだから。


「うん。目標補足……墜ちてファイア?」


 引き金を引く。真っ直ぐ銃口に向かったはずの弾丸は、気流に呑まれ、わずかに予定の射線を逸れた。数百メートル離れている場所への、しかも、わずかに数センチの銃口を狙った狙撃だ。1mmのずれは、致命的な誤差を生む。

 そして、弾丸は、漆黒の装甲に弾かれ、小さく火花を散らした。


「あっ……」


 気流を計算に入れていなかったわけではない。だが、カオスに変化し続ける気流を人間の演算力で完璧に予測するなど不可能だ。

 まして、今回は、ジン1人のために用意された小型ヘリ。風の影響は何時もより大きい。

 理由はいくらでも見つけられる。だが、ミスしてはならない、ここ一番のところでミスしたのは紛れも無い事実。

 被弾を認識した漆黒のMCは銃口を空へ向ける。狙われている。喉が干上がった。狙撃位置を逆算し、銃を向けてきたのだ。相手は素人ではない。


「──っ!」

「カエデ! 高度を上げろ! 来る!」


 ジンが叫んだ直後、ぐいっと身体が浮き上がる感触と共に、ヘリの高度が一気に上がる。

 空を引き裂く音と共に、弾丸がヘリのすぐ下を駆け抜けていく。


『まずいね、これ……逃げきれなくなるよ?』

「ああ。だが、とりあえずライトを切れ」

火器F管制CシステムSには映ってると思うけど?』

「自分から位置を晒すよりはマシだ」


 真っ暗になった客室キャビンの中、ティナは、ジンの腕に抱かれたまま呆然としていた。革命団ネフ・ヴィジオンの作戦において、ティナは今まで一度も外したことがなかった。

 ミスが誰かの生死に繋がるタイミングでティナはミスしたことがなかったのだ。そこで外したという事実は、ティナの心に重くのしかかる。

 断続的に響く砲声に負け無い大声で、ジンがティナを叱咤する。


「ぼさっとしている場合か! 次弾、急げ!」

「う、うん……」


 回避機動を取っているヘリは先ほどに増して揺れ、風はさらに吹き荒ぶ。足場も悪ければ、射線も曲がり放題。最悪の状況だ。

 ティナがどう頭を捻っても、当たるヴィジョンが湧いてこない。


「どうした?」

「無理だよ……わたしじゃできない」

「……無理、か」

「当たるイメージが出てこないの……これじゃ当たらない……」


 ジンは一つ舌打ちを漏らすと、


「こちら、《フリズスヴェルク》。《グルファクシ》、聞こえるか?」


 ファレルへと通信を繋ぐ。状況は見ているらしく、ファレルはすぐに応答した。


『こちら、《グルファクシ》。聞こえている。撃たれてるのおまえらか?』

「ああ、避けてはいるが、余裕がない」

『巻き添え食らって堕ちてるのが何機かいるぞ。下から見てる限りな』

「責任はオルレアンの連中にいく。俺達には関係ない」

『まっ、貴族様が爆発四散したところで、今更か』

「くだらない戯言はどうでもいい。あのMCが邪魔だ。排除を手伝え」

『いいぜ。何をすればいい?』

「あのMCの動きを一瞬でもいいから止めてくれ」

『生身の人間に何言ってやがる……』

「初撃を外した以上、形振り構ってはいられない」

『だから、とっとと逃げりゃ良かったものを』

「おまえが欠けた場合の戦力不足の方が深刻だ」

『お優しいことで、っつても、どっちにしろおれは生命の危機じゃねーか』

「言ったはずだ。余裕がない」


 その時、機体に衝撃が走る。ついに避けきれなくなった弾丸が、機体を掠めたのだ。


『足に被弾! さすがにやばいよ!』

「ごめん! わたしのせいで……」

「うるさい。おまえのミスを責める権利は俺たちにはない。だから気にするな」


 揺れる機内で頭上のジンに謝ったが、当のジンは冷たい声であしらっただけだった。もっとも、内容は彼にしては優しいものだったが。

 とはいえ、ティナの曲芸じみた、否、いっそ魔法のような制度を誇る狙撃に、彼らが期待し過ぎていたのも事実である。頼り過ぎていたツケが回ってきたと言ってしまえばそれまでだった。


「とにかく余裕がない。《グルファクシ》』

『ちっ……手持ち粘土爆弾くらいしかねーんだぞ!』

「カメラに当てれば十分だ」

『ハードルたけーな、おい!』


 ファレルが呆れたような声でジンの無茶振りに答える。しかし、ジンはそこで何かを言葉を返しかけたところで、開いていた口を閉じ、闇の中の一点を凝視する。

 そして、今度は別の形に口を動かした。


「いや、《グルファクシ》、作戦変更だ。俺達のところまで走れ」

『はあ?』

「急げ、巻き込まれたいならいいが」

「あっ……!」


 ジンが何のことを言っているのかに気が付いたティナは、スコープを覗き込んでそれを視界に収める。

 咆哮するマンティコアに剣と十字架を象った紋章コート・オブ・アームズ。肩の装甲に描かれたそれは、オルレアン伯爵家を示すもの。

 それを装着するのが許されるのは、オルレアン家直属の騎士に他ならない。


「オルレアンの騎士団っ!?」


 いや、そんなことよりも、漆黒のMCに突っ込む〈ファルシオン〉。それは二振りの剣を両手・・に持っていた。


「しかも、双剣!?」

「いや、本人曰く、『二剣』らしい」


 どうでも良さげに言うジンだが、ティナはその中に、何気ない親しみを感じ、頬を膨らませ、ちょうど頭の上にあるジンの方に目をやった。


「む……ジン、知り合い?」

「さあな」


 ジンははぐらかすように答える。眼下では、〈ファルシオン〉に気が付いた、漆黒のMCが、銃口を向けていた。銃弾の嵐が〈ファルシオン〉に降り注ぐが、左右に滑るように移動して射線を絞らせず、直撃弾のみを二本の剣で弾く、という凄まじい方法で全てを捌ききっていた。

 動きの無茶苦茶っぷりはジンと同等。だが、それでいて恐ろしいほど精緻な操縦技術。こちらはジン以上かもしれない。


「っていうか、あの騎士めちゃくちゃすごいんだけど……」

「……見せたのはミスだったか?」


 ジンがぼそりと小さくつぶやく。ティナは良く聞こえなかったので、尋ねた。


「え? 何か言った?」

「…………」


 無視された。答える気は全くないということらしい。


「っていうか、アレ誰?」

「…………」


 黙秘された。この質問にも答える気はないらしい。


「もう……」


 むすっとしたティナは、再びスコープを覗き込む。銃弾の嵐を駆ける剣舞はまだ続いていた。しかし、漆黒のMCに勝ち目はないことは明らかだった。

 すでに別の二機のMCが漆黒のMCの背後に回り込んでいる。

 銃弾を弾くという化け物じみた技量を見せる〈ファルシオン〉に気を取られている漆黒のMCでは対応できないのは明白だった。

 事実、すぐに距離を縮めた二機のMCによって、銃は破壊され、抵抗しようと剣を抜いた腕は斬り飛ばされる。そして、コックピットを貫く突きの一撃が、漆黒のMCを完全に停止させた。


「コックピットを潰した……? なんで?」


 貴族騎士は高潔さを重んじる。そんな騎士が理由もなくコックピットを潰して、搭乗者を殺害するとは思えなかった。

 しかし、そんな思考は、耳に飛び込んできた通信によって断ち切られる。


『こちら、《グルファクシ》。足元に着いたぞ。早く乗せろ』

『《グレイプニル》、了解。すぐに降下するよ。後ろのお二人さんもいい?』

「ああ」

「なんか、まとめられてることに微妙な悪意を感じるんだけど……」

『そりゃ、ね……』

「なに? 言いたいことがあるならはっきり言ってよね」


 意味深な言い方をするカエデにティナが不満を漏らすが、カエデは答えなかった。

 しばしの浮遊感の後、地上数十センチの位置にホバリングした機体に、ファレルが乗り込んでくる。

 そして、驚いたようにティナの方を見やると、にやにやとした笑みをこぼした。


「なるほどな。カエデも文句を言いたくなるわけだ」

「え? なにが?」

「ティナ。おまえ、自分の状況、分かってるか?」

「ふぇっ?」


 改めて自分の状況を確認する。命綱に繋がれたまま、ジンの腕の中に閉じ込められている。側から見たらどう見えるか。

 ティナがジンに後ろから抱きすくめられているようにしか見えない。


「──っ!!」


 声にならない悲鳴がティナの口から漏れ、


「離して! ジンのバカ!」


 思いっきりジンを突き飛ばす。しかし、いつの間にか命綱が絡んでいたらしく、一緒に引っ張られたティナは、バランスを崩したジンの腕の中に倒れこむ。


「おーおー、青春だねぇ」


 囃し立てるファレルに対し、ジンの冷たい声が突き刺さった。


「解くのを手伝え。近過ぎて俺には無理だ」

「しばらくそうしとけって。その方が面白いだろ?」

「おまえらだけがな」

「ジン、今のおまえは、ティナに動きを束縛されている。分かるか? どんな手を打っても、おまえに勝ち目はない」

「ちっ……」


 不機嫌そうに舌打ちをこぼしたジンを放置して、ドアを閉めたファレルはコックピットの方へ向かう。

 どうやら助ける気はないらしい。


「うう……」


 改めて考えてみると恥ずかしい。一度忘れていた羞恥を思い出させておいて、助けずに自分は逃げるとはなんという鬼畜の所業だろうか。というか、あいつら性格悪い。


『《グレイプニル》より各員へ、当機はまもなく、ヴィクトール伯爵領に向け出発いたします。飛行中は危険ですので、シートベルトをしっかりとお締めください。到着は、現在より70分後を予定しております』

『機長からは以上です。それでは、ごゆるりと空の旅をお楽しみください』


 カエデがふざけたような調子で言うと、ファレルもそれに追従し、面白がるのを隠さない口調でセリフを引き取った。

 この状態で一時間以上もいろというのか。

 重ねて言おう。

 ──あいつら、絶対! 性格悪い!


「ふざけんなぁー!」


 ティナの叫びは虚しく機内に響き、ヘリは暗闇の中へと飛び立った。

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