23 アカリナにて

 パンタシアとの国境線でもある山脈を背に建てられた建物を見て、ユウキは大きく息を吸う。

 磯の香りが僅かに漂う。ここで過ごしたのは数日のはずなのに妙に懐かしいと不思議に思った。


 ここはリーベルタースの町、人魚姫のお話でユウキが最初に落ちた修道院のあるアカリナだ。

 数日の船旅を経て、ようやく大陸に渡る事ができた。ここならばもう少し状況がわかるのではないかと、ユウキは船を降りる少し前からそわそわしていた。


 パンタシアとカタラクタの戦は勃発寸前で防がれた。そして協定を結ぶための会談が、アカリナで開かれることになったらしい。だが、そこで決裂すれば、開戦となるだろうから未だ緊迫した状況が続いているとのこと。

 そういった情報は海を渡ってきたものなので、一週間も前のものだ。

 情報の古さのせいで、開戦の原因がクリスがエミーリエと共に海に落ちたせいだと聞いたときには、彼らの無事がわかるまで、気が気でなかった。どうしてこの世界には電話もテレビも新聞もないのだろうとユウキはもどかしくてしょうがなかった。


「大分顔色がましになったな」


 声が頭上から降ってきて、ユウキは胡乱な目を向けた。

 今回の訪問は非公式。商人のなりをしたフリッツ王子が、少し面白そうな顔でユウキを見下ろしている。

 実のところ船酔いでずっと寝込んでいた。陸沿いに行った前の船の旅とは違った。その上、小さな商船は、ケロッとしているフリッツが頼もしく思えるくらいにはよく揺れたのだった。


「全然慣れてないけど、君の故郷――ニホンだったっけ――には海がないのか?」


 かつてオフィーリアの身代わりを努め、そのまま海に落ちたということは伏せてある。リーベルタースの海に落ちた人間が、どうやって海を渡り、どうやってユーリアの使用人になったのかなどの事情を説明するのが面倒だからだ(というかユウキにもその経緯は全くわからない)。


「ありますが、船に乗る必要があまりなくて」


 追及されると困るので、ユウキはすぐにうつむいた。


「……ふうん」


 あの後、結局フリッツはユウキの提案を呑んだ。ユウキの出した案というのは、オフィーリアの身代わり(の続行)だ。

 パンタシアとリーベルタースはすでに政略結婚によって結ばれている。オフィーリアが欠ければ両国の関係は悪化してしまうだろう。

 だが、ユウキがオフィーリアとしてクリスの元に戻れば、平和は保たれる。そうなればフリッツもオフィーリアを手放さずに済むから、協力してくれると思っていたのだ。

 ――取引しようと言った、あのときは。


 しかし、その後情報を集める度に、不安が膨らんだ。そもそも戦をしようとしていたのはパンタシアとカタラクタ。オフィーリアの帰還だけで、本当に平和が戻るのか確信が持てなくなっていたのだ。


「あの、お聞きしたいことが……オフィーリア姫は海に落ちたのでしょう?」


 クリスとエミーリエが海に落ちたという情報とともに、パルマやオールドーにもその情報は届いていた。だからこそもやもやする。


「彼女の身代わりがね」

「身代わりだというのは、公になったのでしょうか?」

「いや、それはないだろうな。今更、公にするくらいなら、オフィーリアが失踪した時点で、彼女を全力で捜すか破談にしたはずだ。リーベルタース王は何が何でも、落ちたのが本物だと言い張るだろう」

「でも表向き王女をうしなったってことになってるんですよ? 本物が死んだならば、リーベルタースはパンタシアに責任を追求したりしません?」


 パンタシアがクリスの死で動くというのならば、リーベルタースだって同じだとなんとなく思ったのだ。


「《身代わり》の落下はどうやら事故から。だけど、パンタシアの王子はカタラクタの人間に突き落とされたし」

「それで、暗殺という話になっているんですか?」

「だろうね。カタラクタはパンタシアとリーベルタースが繋がることを望まないって、この辺りに住んでいる者なら誰でも思う。、カタラクタが怪しいって思うからね」


 フリッツはどこか含みのある口調で言った。

 王子だし、何か別の情報を持っているのだろうか? そう思って問いかけようとしたときだった。

 馬に乗った兵数名に囲まれた大きな箱馬車が街道に現れた。ユウキとフリッツは道の脇に避ける。

 馬車の速度は、そろそろと、ひどくゆっくりだ。何かひどく大事なものを載せている、そんな印象だった。


「あれはリーベルタース王家の荷物だろうな。紋章が入っている」


 フリッツは小さくささやくと、顔を隠すようにうつむき、木陰に身を隠す。非公式な訪問なので、目立ちたくはないのだ。


「警備も多い。相当重要なものだろうけど……」


 馬車はのろのろと修道院の方へと進んでいく。


「会談が行われるのは修道院か……というか、この小さな町で王族を受け入れられそうな建物はあそこくらいだ。だけど……小さな港と、それ以外には修道院しかないような街なのに、会談の場所にここを選んだ理由はなんだろうな」


 そういえばそうだ。もっと大きな街の方が、会談にはふさわしい施設がありそうだと思う。


「ところで、君はどうするつもりだ。オフィーリアの身代わりだと訴えるにしても、どうやって会談の場に入り込む? 外で騒いでも王に届かなければ意味がない」


 フリッツに問われて、首をひねる。修道院の方を見ると、さすがに王族がひとところに集まるだけあって、人も多く、警備は厳重そうだ。オフィーリアですと言って訴えれば王の元へ連れて行ってもらえると思っていたけれど、……よく考えると信じてもらえるだろうか。

 そもそも偽物なのだから、身分を証明できるものを持ち合わせていないのだ。姿が似ていると言っても、髪の色や目の色が違うから、訴えても取り合ってもらえないかもしれない。

 気がついて頭を抱えたくなる。

 勢いでここまで来てしまったけれど、あまりにも計画がずさんだった。


(だって、細かい作戦なんて、童話には書かれていないから……!)


 言い訳してもしょうがないけれど。御伽噺には城などの警備のことなど何も書かれていないのだ。


(偶然クリスに会えるなんてこと……さすがに、ないか)


 本音を言えば、何もかも手順を飛ばしてしまいたい。都合の悪いことなど見なかったことにして、何も考えずにクリスを探したいと思う。

 もしも自分で物語を紡げるのであれば、ご都合主義と言われようと、魔法でもなんでも使って手順を飛ばしている思う。そんなに気が長い方ではないのだ。

 ユウキはそんな自分に少し呆れつつ、一度深呼吸をした。


(だけど、ここでそれは通用しない)


 今までのことでもよくわかっている。この世の中で不思議と呼ばれるものはユウキの存在だけなのだ。


(短気を起こして、全部無駄にしてしまう訳にはいかないんだから……!)


 何か上手く忍び込む手立てはないものか。何気なく馬車をじっと見つめていると、死んだ魚のような目をした御者と目があった。彼はしばしじっとユウキを見ていたが、突如我に返ったような顔になる。そして突如御者台を飛び降りてこちらに走り出した。


「あのっ――」


 ここはもうリーベルタースだというのに、迂闊すぎる。一転して焦るユウキはフードを深く被り直した。

 だが、すでに時遅し。ロックオンされているらしく、御者は一直線にユウキに向かってきた。

 回れ右をしようとしたけれど、フードの裾を掴まれる。


「オフィーリア、さま?」


 ぎくりとしたけれど、本当に本人ではないのだ。堂々としているべきだとユウキは引きつった笑みを浮かべたまま振り返る。


「……ええと……どなたかとお間違えですか?」


 御者はユウキをまじまじと見つめていたけれど、やがて、


「黒い髪……黒い瞳……似てる……だけど、生きて、る……ってことは、ではないよな?」


 と呆然と呟く。御者はユウキを食い入る様に見つめ続ける。さすがに気まずくなったユウキが、


「あの、わたし、急いでいて」


 と逃げようとすると、


「お、お待ち下さい!」


 御者は慌ててユウキの前に立ちふさがり、真剣な目で訴えた。


「不躾かもしれませんが、一生のお願いがありまして……!」

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