21 王家の預け物

 しんと静まり返った坑の中に、足音が響いた。

 山中に有る地下室は王家の所有する氷室だった。冬の間に得た氷雪を保存しておくための施設だが、これほどまでに大きな氷室は、王家の権威をもってしてはじめて得られるのだった。

 階段を下に進むに連れ、上下左右、四方を氷で覆われる。カタラクタとの国境、ネブラ山脈の山中にはこうして自然にできた氷室が多数あった。

 季節を忘れたかのように、空気は冷えきっている。

 美しい氷の壁に囲まれた空間はひどく幻想的だ。

 だがそこに居る者は、今にも戦いに向かうのではないかと思えるような、物々しい服装をしている。

 彼は命を受け、都からわざわざ預け物を引き取りに来た使者だった。預け物は、一月ほど前に、国中に触れを出し、海から引き上げた宝だと聞いている。

 傷みを防ぐために、すぐ氷漬けにしたというのだが……気が知れないと使者は吐き気をこらえた。こんな胸の悪くなるような役目はできれば引き受けたくないものだ。


「……お偉い方の考えることは本当にわからんな。世には死体愛好家なんて、悪趣味な人間もいるし……」


 噂を思い出した使者がげんなりしたところで、奥からバタバタと騒々しい足音が響いた。宝を持ち出しに行った兵達が青くなって駆けてくる。


「大変です……!」


 彼らの焦りは一気に伝播した。


「おい、どうした? 例のものは?」

「そ、それが――」


 兵の声はひどく震えていた。それを見て使者は異常事態を察して青くなる。こんな山奥での異常事態など、一つしか思い当たらなかったからだ。

 後ろから四名の兵に抱えられた透明な直方体が現れた。蓋は開いているが、中身は空だった。使者は青くなる。


「申し訳ありません! ……消えました……!」

「なんだと!? だが、あれは厳重に管理していたはずだろう」

「ですが、いくら探してもいないのです。入り口は一つだけで、見張りは常に四名体制です――なのに!」


 兵たちの膝がばらばらと崩れ落ちる。

 首が飛ぶのを覚悟せねばならないかもしれない。彼らは一様にそう思った。



 *



 寝ているときと食べている時以外はひたすらに移動だった。クリスたちは一週間をかけ、ようやくカタラクタにたどり着いた。

 開かれた城門の向こうには街があったが、人々は俯き、トボトボと歩いている。以前に通ったことがある街だが、急に寂れた感じがした。

 悲壮感が漂っている。


「いつもは鉱夫たちで活気があるはずなのに。あぁ……徴兵されたのか」


 ロシェルが呆然と呟く。クリスはほっとする間もなく、城門前に立っていた、軍服を着た兵に駆け寄ると必死で訴える。


「カタラクタ王との会談を、至急取り持っていただきたい。私は、パンタシアの王子、クリスティアン・オズワルドだ! 暗殺されたって聞いてるかもしれないけれど、おれは、生きている! 戦を、今すぐに止めるんだ!」


 カタラクタの娘が暗殺を企んだなどという情報は――実際は半分ほど正解だが――デマであると訴えた。両親に無事を知らせ、無駄な戦を止めたいと訴えると、兵は顔色を変えて王都へ早馬を出してくれた。

 そこからはカタラクタの軍に丁重に保護され、馬車で王都まで移動した。

 緊迫した空気が漂う馬車の中で、ロシェルが難しい顔をしている。


「パンタシアはもう、進軍を開始してるらしいけど。間に合うかな」


 クリスは呟くと、にらみ合いの状態で済めばいいと祈った。


「カタラクタの騎馬部隊なら余裕で行けますよ。安心してください」


 年の功なのか、一番冷静に見えるルーカスがそう口にすると、ロシェルの目が僅かに潤む。

 自分のせいでパンタシアとの開戦という、最悪の事態が発生しようとしているのだから動揺するのは当然だった。

 彼女の行動は浅はかと言えるかも知れないが、クリスが彼女と同じように家族を盾に取られたならば、同じことをするかもしれないと思う。


(ロシェルに俺の暗殺を頼んだ人間……か。ロシェルは知らないやつって言ってたけど、おそらくは)


 クリスの中ではほぼ答えは出ていたけれども、小さな可能性でもあるのならば、潰しておく必要はあると思った。

 窓の向こうには赤茶けた荒野が広がっている。太陽に焼けた土の色。跳ね返った日差しは痛いほどの眩しさだった。立ち上がる陽炎にクリスは息苦しさを感じる。


(痩せた土地だ)


 鉱山に頼るしかない、小さな国。その唯一の財源を守るために、王子、王女を人質のように差し出してきた国だった。

 だからこそ、カタラクタがクリスの暗殺などという軽率な命令をするとは思えなかった。リーベルタースとパンタシアが結ぶことが最悪の事態だとロシェルは言ったけれど、両国が結んだとしても、すぐに戦になってカタラクタが攻め潰されるわけではない。


 しかし、もしあのときクリスを殺していたら、念入りな調査が入っただろう。ロシェルの身元が暴かれないとは思えない。

 となると、カタラクタが戦場になるのは避けられない。

 黒幕がカタラクタ王だとしたら、どうしても矛盾を感じる。わざわざ犯さなくても良い危険を犯している。

 だからクリスは、船の上で最初に浮かんだ直感――もう一つの可能性が正解だと思った。


(『暗殺で誰が一番得をするか』を考えたら、やっぱり答えは一つしかない)


 だが、簡単に尻尾は出さないだろう。


(面倒だな)


 クリスはこれから先に起こるであろう事態を思い浮かべ、憂鬱な気分になっていた。



 さすがに騎馬部隊を持っているだけある。カタラクタ王都への伝令は半日もかからずに到着し、王都からの伝令は更にパンタシア国境まで半日で届いた。

 伝令を追うようにしてクリスは前線まで駆けつける。いざとなったら盾になるつもりだったのだ。

 クリスの無事が伝わると同時に、一触即発だった両国は落ち着きを取り戻す。

 カタラクタとパンタシアの国境の小さな町で、クリスは両親に迎えられた。


「まさかこんなことになるとは思いもしなかったわよ!」


 興奮した母は、泣き腫らした顔を隠そうともしなかった。遠慮なくクリスを抱き寄せると、頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。まるで子供にするような仕草に――本当の子供にだ――クリスは胸が熱くなる。大切にされていると、知っていたけれどはじめて実感する。されるがままにしておく。


「でもどういうことなの。あなたが、刺されて海に落ちたって聞いたのよ」


 クリスが自分の予測を口にすると、母は途端厳しい顔になる。


、ね。昔から小賢しいのよあの男。やりかねないわ」


 目の上のたんこぶなのだろうか、不愉快さを隠しもせずに母は鼻にシワを寄せる。


「しっかり釘を刺しておくべきじゃないか?」


 戦を止めに必死で戻ったのだ。わざわざ喧嘩を売るような真似はしたくないが、黙って引き下がるのも違うだろう。

 クリスが言うと、母は生ぬるいとでも言いたげに目を細めた。


「叩き潰してやりたいくらいね」


 ちらりと後ろを見ると、父が好きなようにしなさいとでもいうように頷いた。

 母の言いなりなのは、相変わらずだ。だが、血の気の多い母の好きなようにしていれば、諍いは絶えないに決まっている。

 クリスは提案する。


「とにかく、うちとリーベルタースとカタラクタ、三国での会談の場を設けて欲しいんだけど」

「今、目の前には、カタラクタの娘が暗殺を企んだという事実しかないわよ?」


 母の視線を受け、部屋の隅にいたロシェルが青くなっている。


「証言もそれしか出てこないって考えていたほうがいいわね。だから、リーベルタースが出てきても、オフィーリア姫も巻き添えを食らったとか、被害者面するに決まっている。一緒にカタラクタを叩こうとか、都合の良い提案をしてくると思うわ」


 それはカタラクタにとって最悪の事態だ。


「……させないし、そんなこと」


 母が片方の眉を上げる。クリスは小さく笑う。そう簡単にロシェルとのつながりを掴ませるとは思えない。だから暗殺の件での追及は、無理だろう。だが、すぐに追及すべき事案をクリスは握っている。


「おれが結婚したオフィーリア姫は、だ」


 母の目が丸くなる。


「あの《お人形》ってこと……? え、でも」


 母は何か言いかけたが、事情を知らない父の目を気にしたのか口をつぐむ。父にはユウキの秘密を受け入れられるほどの度量はない。


。彼女は、


 つまり、リーベルタースの王女ではありえない。

 言葉をなくす母に向かって、クリスは言った。


「つまり、姫はだ。追及する必要があるよな?」


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